第71話
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"お父様"の性質をもっとも色濃く受け継ぎ、後に生まれた兄弟達を遥かに凌駕する人造人間と、リザはついに対峙する。
「『始まりの人造人間』…と言ったわね。それはどういう意味?」
「言葉通りです。それ以上の意味もそれ以下の意味もありません」
その問いかけに、プライドは虚無の双眸でじっと見つめる。
顔面は蒼白、びっしりと汗が浮かんでまともに立っていられるかどうかも怪しい――そんな状態で、リザは必死にプライドを威嚇した。
この状況であっても敵の情報を引き出そうとする強さと実直さに、プライドは感嘆を覚える。
「本当に度胸がありますね、ホークアイ中尉。少しでも情報を引き出そうって魂胆ですか」
リザの足元を、いつの間にかプライドが操る影が忍び寄る。
「面白いですね。貴女、こちらの仲間になりませんか」
「冗談を。仲間ではなく、都合の良い人間の駒が欲しいだけでしょう」
怖気を誘う音と共に影がまとわりつき、彼女の身体を拘束した。
「そうですか、残念。"氷の魔女"はよく働いてくれましたよ。じゃあ……」
容赦なくぶつけられた返答を確かめると、
「くっ」
首を鷲掴みにし、ぎちぎちと締め上げていく。
苦悶に喘ぐリザを、プライドは昏い目で覗いている。
顔にも巻きついた影が頬に切り傷をつくる。
痛みをゆっくりと感じている暇もない。
「ムダな脅しはやめてくれるかしら。今ここで、私を殺してもそちらに利点が無いでしょう?」
しかし、リザは引かない。
プライドが本気で殺す気はないと見抜いていた。
今ここにいるのは、グラトニーとは比べ物にならないほど巨大な存在の力を感じさせる人造人間。
そんな彼が自分を簡単に殺すとは到底、思えなかった。
「よくわかっていますね。この事を口外すればどうなるか、わかっていますね。仲間やマスタング大佐も、ただでは済みませんよ」
ようやく影はリザの細首から手を離し、拘束から緩める。
そのまま、するするとプライドのもとへ戻っていった。
「私はいつでも貴女を影から見ていますからね」
締め上げから解放されたリザは勢いよく後ろを振り返る。
既にプライドの姿は幽鬼のように消えていた。
手首には拘束された不気味な跡が残っている。
――私はいつでも、貴女を影から見ていますからね。
脳裏に過ぎるプライドの不吉な言葉。
薄く切られた頬が必要以上にズキズキと痛む。
その身に纏う影が、よりいっそう濃くなった気がした。
キンブリーがエドとキョウコに提示した三つの指示。
最後の指示は、二人の想像の斜め上をいっていた。
「ブリックズに血の紋を刻む…?」
「そうです。我々の手で」
本当はなんとなく想像がついている。
だが、それが正解だと思いたくない。
国家錬金術師としての仕事、血の紋、そしてキンブリーのこの表情……薄ら寒い微笑みの中に嫌な雰囲気を漂わせている。
「うまく話が呑み込めないわ」
「…よく話がわかんねぇな。どういう事だ」
エドは不可解そうに眉根を寄せ、キョウコは冷ややかな眼差しで睨む。
「イシュヴァールと同じです。人々を殺 め、憎悪と悲しみをこの地に刻む」
その表情を見て、キンブリーは両手の錬成陣を見せつけながら口の端をつり上げた。
「んな事、できる訳ないだろが!!」
テーブルに拳を叩きつけた音が、隣の部屋まで響いた。
「何?」
突然の物音に驚いたウィンリィが声をかけると、軍人はただ首を振る。
こちらを不安そうに見つめるウィンリィの存在に、エドは思わず唇をきつく噛む。
「………!!」
すると、凛々しい声がかけられた。
「エド、落ち着いて」
半ば動揺するエドが顔を向けた横、キョウコが侵しがたい静謐 と共に座っていた。
あくまで軍に忠実な国家錬金術師として、人質の存在など欠片も匂わせず、恬淡としている。
そのことに気づいて、エドはようやく落ち着きを取り戻した。
「…徹底的だな。後ろに人質、置いといて交渉か」
「おや、人聞きの悪い。私はウィンリィさんを人質にとったなど、一言も言ってませんよ」
「…ふざけんなっ」
無理矢理、割り込むようにエドは怒鳴った。
「何か言いたい事でも?」
「こいつに、キョウコにまた大量殺戮に手を貸せっていうのか…!」
キンブリーは猛烈な怒りを湧き上がらせるエドの顔からキョウコに視線を滑らせる。
「そうですよ。閣下に命令された時と同じようにすればいい。やってくれますか、氷刹の錬金術師」
「そんなの…!」
「口を挟まないでいただきたい、鋼の錬金術師」
なおも反論してくるエドに、キンブリーは剣呑な声で斬って捨てる。
「そしてもうひとつ、カン違いをしている事が。これは交渉ではなく、命令です。国家錬金術師として仕事をしなさいと言っているのです」
今までの剣幕が嘘のように、エドは身をすくませた。
キンブリーはそれまでの笑みを消して侮蔑の視線を向けてくる。
そして言い放った。
「まさか、人を殺す覚悟が無いくせに軍の狗になったのですか?」
「殺さねぇ覚悟ってやつだよ!!」
エドは悔しさに瞳を揺らしながらも強い決意を持って言い切る。
「「………………」」
テーブルを挟んで工ドとキンブリーの険しい視線が交錯する。
その様子を黙って見ていたキョウコは、深く息を吐いて告げた。
「彼はそんな覚悟を持つくらいなら、守り抜く覚悟の方を選ぶわ。絶対に殺さないっていう信念よ」
「殺さない覚悟…ふぅむ…それもまた、貫けば真理」
キンブリーはその意図を読みかねて、顎に手を当てて考え込む。
そんなキンブリーへ、思わず益体もないことを聞いてしまう。
「キンブリーさんよ。おかしいと思わないのか?軍は人民を犠牲にして何をしようとしてる?あんた、わかってて協力してんのか?」
「わかってますよ」
「だったらなんで、こんなバカげた事に協力を」
「世界の変わる様を見てみたい」
エドは言葉に詰まった。
「…………………………………は?」
沈黙、戸惑い――そして焦燥。
輝く金の相貌を、様々な感情が色を変えながら移ろっていく。
勿論、キョウコにも到底理解できない回答だ。
でも、これだけはわかる。
やばい、と。
関わってはならない、と。
「覚悟と覚悟。意思と意思。命と命。信念と信念のぶつかりあい」
キンブリーの凍てつくような目は、病的なまでに爛々と狂気に輝いているというのに――その物腰は落ち着き払っている。
「人間側と『進化した人間』と名乗る人造人間側。どちらが勝つのか見てみたい」
まるで、悟りを開いた聖人のような静謐さ。
正気のまま狂気に陥ったかのような……そんな歪さが、二人の不安を際限なく掻き立てていく。
「何が正しいのか、何が強いのか、何が生き残るのか、世界が何を選ぶのか……………」
忘我する二人を置き去りに、キンブリーの一人語りは続く。
「ここ、ブリックズの掟は弱肉強食だそうですね。非常にシンプルで力強い真理です」
薄ら寒く乾いた笑い声が、部屋に空々しく響いた。
「実際、長い歴史の中で世界はそうして進化してきました。気候によって滅んだ種、人類によって滅んだ種。アメストリス人によって滅ぼされたイシュヴァール人。これらになんの違いも無い」
長い歴史は弱肉強食で進化し続けてきた。
気候で滅ぼうが、人種で滅ぼうがそれは変わりのないこと。
つまり、今回の件も強い方が生き、弱い方が滅ぶだけだというわけか。
「たとえ『新たな人間』によって今の人間が滅ぼされるとしても、大きな世界の流れの中で生き残る力を持っていなかった…ただそれだけの事でしょう」
言うと彼は、ようやく自分の前に置かれたカップを取った。
すっかり冷めてまずくなっているだろうに、顔には出さない。
「――じゃあ、なんであなたは人間であるにもかかわらず、人造人間側に加担しているの?」
「はっ!!もしかして、あんたも人造人間か!?」
「違います」
人造人間だと決めつけられて、
「失敬な」
不快そうに顔を歪めて、きっぱりと否定する。
「私の特性を最大限に使わせてくれるからです」
「特性?」
「私の錬金術を私の快楽のために遠慮なく使わせてくれる。しかもバックアップ付きで。そんな組織が人間側にありますか?」
キンブリーは笑う。
いつ、いかなる時でも笑い続ける。
狂気を孕んだ薄ら寒い微笑みで。
キョウコはキンブリーに油断なく注意を払いながら言う。
「つまり、あなたの言う特性っていうのは人を自分の錬金術で殺すという事。まぁ、確かにそんな人間はまっとうな組織の中に存在しないでしょうね」
氷のごとく冷ややかな彼女の言葉を聞いて、エドは心からこう思った。
「…あんたよく、国家錬金術師試験の精神鑑定面接、通ったな」
「あんな形式ばったもの、自分が異端である事を理解していれば常人のフリをしてパスできます」
「なるほど、自覚はあった…ってわけね」
「異端…」
キョウコは呆れたふうに顔をしかめ、理解が追いつかないエドの隠すには大きな溜め息が、小さなつぶやきとなってこぼれ落ちた。
「そうです。自分が今の、この世界において異端である事はとっくにわかっています。しかし、私のような者が生き残れば、それは世界が私を認めたという事」
「わかったわ。つまりこう言いたいんでしょう」
――自分達の存在を……生き残りをかけた闘い。
瞬間、キンブリーの顔に巨大な歓喜が浮かび上がった。
二人はその表情に、何かを感じた。
そして、それを確定づけるようにキンブリーは言った。
「生き残りを…まさに存在をかけた闘い。こんなやりがいのある人生は、そうそうありませんよ、鋼の錬金術師」
「オレにはわかんねぇよ!」
「おや残念。錬金術師という者は少なからず、自己中心的な部分があるものと思っていましたよ。宇宙の中心に自分在り――ってね」
予想していた答えが得られないと知って、意外そうに肩をすくめる。
「理解していただけない?」
「………」
ごく自然と述べるキンブリーに対し、エドは唖然とするしかない。
焦燥と怒りに美貌を歪めて、キョウコは訴える。
「キンブリー。殺人命令を出すというなら、あたしにしなさい。エドのいないところで。それなら、大人しく引き受けるわ」
「大総統からの指示は、貴方達二人です。確かに心強いですが、それでは意味が無いのですよ」
ところが、その機先を制し、先程彼女にも揺さぶりをかけた手段を取る。
「では、彼の自己中心的な部分に語りかけてみるとしましょう。のどから手が出る程、欲しいはずです。貴方達、兄弟は」
おもむろにスーツの懐に手を伸ばし、勢いよくテーブルに置いた。
「賢者の…」
エドの目が驚きに見開かれ、紅く輝く石を凝視する。
「……石!!」
「弟さんの身体の件、大総統閣下から聞いてますよ。仕事を引き受けるなら差し上げましょう」
「おまえっ……!!」
敵にまんまと出し抜かれたことよりも、彼を殺しの道具として利用することに、強烈な憤激を覚える。
もはや手加減無用と全力で氷弾を錬成しようとする。
眼前に、すっと伸ばされた彼の手が制止させた。
「あ……」
キョウコの表情から憤激が霧散し、動揺が取って代わる。
対するエドは悲しむような怒るような表情で、首を縦に振った。
「アルと…ウィンリィにも話させてくれ」
「ウィンリィさん?何故?」
「オレ、あいつに何も言ってねぇんだ。いいかげん、カヤの外に置いとくわけにはいかねぇ」
彼の脳裏には、大きな衝撃と痛みが、一つの形として刻印されていた。
両親を殺した憎き傷の男を目の前にして、蒼白な表情で銃を構える少女。
人を殺すという極度の恐れから委縮して、銃を持つ手をカタカタと震わせる姿。
「もう当事者だろ。どんな仕事するにしろ、ウソついて裏切りみたいなマネしたくねぇんだよ」
エドは揺れる黒い瞳に向き合う。
戸惑うキョウコに向けられるのは、揺らぎのない強烈な、金の視線。
彼女にも聞かせるような静かな懇願に、
「――いいでしょう。余計な事は喋らぬように同席させてもらいます」
キンブリーは憮然とした表情でウィンリィに打ち明けることを認めた。
牢へと戻った二人はアルと合流する。
互いに鉄格子に寄りかかると、話を切り出した。
「ぶっちゃけて言おう」
「ウィンリィ、今のあなたは人質状態よ」
「……え?何?どういうこと、アル。なんの冗談?」
突然の宣告にウィンリィは一瞬、唖然とする。
次に大きく見開かれた目は、信じられないと語っていた。
「ねぇ何よ…ちゃんと説明してよ!」
「冗談じゃねぇんだよ。人間兵器として仕事しろって上から要請されてんだ、オレ達」
「それって……」
「ん…大量殺人に手を貸す事になるかもしれない」
「そんなの、断れば……」
思わず立ち上がりかけ、再度座り直す。
二人が言いたいことを理解してしまったから。
「…………あ。それであたしが…」
自分が予期していた以上の情報を一度に与えられたウィンリィは、なんとか自分の頭の中を整理し終えたようだ。
「やだ……あたし、あんた達の足枷になってる…」
顔を隠すように手を組んで、悔しげに唇を噛みしめた。
こみ上げてくる悔し涙を堪えるためには、顔を隠さなければならなかった。
「なっ…ななななな泣くなよ!?」
幼馴染みの様子がおかしいことに気づき、もしかして泣いているのではないかと思って、エドはギョッとする。
「泣かないよ!」
ウィンリィは怒鳴ると、先程まで呑気に浮かれていた自分を戒める。
「ごめん…こんな事になってるなんて気付かずに、のーてんきだった自分に腹が立つ」
「こうなった以上、ウィンリィが巻き込まれる事はわかっていたはず。責任はあたし達にもあるわ」
すると、キョウコがベッドに腰かけるウィンリィの前へ、片膝をついてしゃがんだ。
「殺しの光景を見て委縮するかもしれないし、必ず守るとか調子のいい事は絶対に言えないけど。代わりに、ウィンリィの手を絶対に汚させはしない」
キョウコの声はあくまでクールだ。
慰めも励ましもなく、皮肉も嘲りもなく、ただ冷静に事実を指摘する。
間近で見た親友の美貌は、少し悲しげに歪んでいた。
その瞳を、顔を見て、ウィンリィは笑みを浮かべる。
「キョウコこそ、あんまり無理しちゃダメだからね」
強い言葉だった。
「『始まりの人造人間』…と言ったわね。それはどういう意味?」
「言葉通りです。それ以上の意味もそれ以下の意味もありません」
その問いかけに、プライドは虚無の双眸でじっと見つめる。
顔面は蒼白、びっしりと汗が浮かんでまともに立っていられるかどうかも怪しい――そんな状態で、リザは必死にプライドを威嚇した。
この状況であっても敵の情報を引き出そうとする強さと実直さに、プライドは感嘆を覚える。
「本当に度胸がありますね、ホークアイ中尉。少しでも情報を引き出そうって魂胆ですか」
リザの足元を、いつの間にかプライドが操る影が忍び寄る。
「面白いですね。貴女、こちらの仲間になりませんか」
「冗談を。仲間ではなく、都合の良い人間の駒が欲しいだけでしょう」
怖気を誘う音と共に影がまとわりつき、彼女の身体を拘束した。
「そうですか、残念。"氷の魔女"はよく働いてくれましたよ。じゃあ……」
容赦なくぶつけられた返答を確かめると、
「くっ」
首を鷲掴みにし、ぎちぎちと締め上げていく。
苦悶に喘ぐリザを、プライドは昏い目で覗いている。
顔にも巻きついた影が頬に切り傷をつくる。
痛みをゆっくりと感じている暇もない。
「ムダな脅しはやめてくれるかしら。今ここで、私を殺してもそちらに利点が無いでしょう?」
しかし、リザは引かない。
プライドが本気で殺す気はないと見抜いていた。
今ここにいるのは、グラトニーとは比べ物にならないほど巨大な存在の力を感じさせる人造人間。
そんな彼が自分を簡単に殺すとは到底、思えなかった。
「よくわかっていますね。この事を口外すればどうなるか、わかっていますね。仲間やマスタング大佐も、ただでは済みませんよ」
ようやく影はリザの細首から手を離し、拘束から緩める。
そのまま、するするとプライドのもとへ戻っていった。
「私はいつでも貴女を影から見ていますからね」
締め上げから解放されたリザは勢いよく後ろを振り返る。
既にプライドの姿は幽鬼のように消えていた。
手首には拘束された不気味な跡が残っている。
――私はいつでも、貴女を影から見ていますからね。
脳裏に過ぎるプライドの不吉な言葉。
薄く切られた頬が必要以上にズキズキと痛む。
その身に纏う影が、よりいっそう濃くなった気がした。
キンブリーがエドとキョウコに提示した三つの指示。
最後の指示は、二人の想像の斜め上をいっていた。
「ブリックズに血の紋を刻む…?」
「そうです。我々の手で」
本当はなんとなく想像がついている。
だが、それが正解だと思いたくない。
国家錬金術師としての仕事、血の紋、そしてキンブリーのこの表情……薄ら寒い微笑みの中に嫌な雰囲気を漂わせている。
「うまく話が呑み込めないわ」
「…よく話がわかんねぇな。どういう事だ」
エドは不可解そうに眉根を寄せ、キョウコは冷ややかな眼差しで睨む。
「イシュヴァールと同じです。人々を
その表情を見て、キンブリーは両手の錬成陣を見せつけながら口の端をつり上げた。
「んな事、できる訳ないだろが!!」
テーブルに拳を叩きつけた音が、隣の部屋まで響いた。
「何?」
突然の物音に驚いたウィンリィが声をかけると、軍人はただ首を振る。
こちらを不安そうに見つめるウィンリィの存在に、エドは思わず唇をきつく噛む。
「………!!」
すると、凛々しい声がかけられた。
「エド、落ち着いて」
半ば動揺するエドが顔を向けた横、キョウコが侵しがたい
あくまで軍に忠実な国家錬金術師として、人質の存在など欠片も匂わせず、恬淡としている。
そのことに気づいて、エドはようやく落ち着きを取り戻した。
「…徹底的だな。後ろに人質、置いといて交渉か」
「おや、人聞きの悪い。私はウィンリィさんを人質にとったなど、一言も言ってませんよ」
「…ふざけんなっ」
無理矢理、割り込むようにエドは怒鳴った。
「何か言いたい事でも?」
「こいつに、キョウコにまた大量殺戮に手を貸せっていうのか…!」
キンブリーは猛烈な怒りを湧き上がらせるエドの顔からキョウコに視線を滑らせる。
「そうですよ。閣下に命令された時と同じようにすればいい。やってくれますか、氷刹の錬金術師」
「そんなの…!」
「口を挟まないでいただきたい、鋼の錬金術師」
なおも反論してくるエドに、キンブリーは剣呑な声で斬って捨てる。
「そしてもうひとつ、カン違いをしている事が。これは交渉ではなく、命令です。国家錬金術師として仕事をしなさいと言っているのです」
今までの剣幕が嘘のように、エドは身をすくませた。
キンブリーはそれまでの笑みを消して侮蔑の視線を向けてくる。
そして言い放った。
「まさか、人を殺す覚悟が無いくせに軍の狗になったのですか?」
「殺さねぇ覚悟ってやつだよ!!」
エドは悔しさに瞳を揺らしながらも強い決意を持って言い切る。
「「………………」」
テーブルを挟んで工ドとキンブリーの険しい視線が交錯する。
その様子を黙って見ていたキョウコは、深く息を吐いて告げた。
「彼はそんな覚悟を持つくらいなら、守り抜く覚悟の方を選ぶわ。絶対に殺さないっていう信念よ」
「殺さない覚悟…ふぅむ…それもまた、貫けば真理」
キンブリーはその意図を読みかねて、顎に手を当てて考え込む。
そんなキンブリーへ、思わず益体もないことを聞いてしまう。
「キンブリーさんよ。おかしいと思わないのか?軍は人民を犠牲にして何をしようとしてる?あんた、わかってて協力してんのか?」
「わかってますよ」
「だったらなんで、こんなバカげた事に協力を」
「世界の変わる様を見てみたい」
エドは言葉に詰まった。
「…………………………………は?」
沈黙、戸惑い――そして焦燥。
輝く金の相貌を、様々な感情が色を変えながら移ろっていく。
勿論、キョウコにも到底理解できない回答だ。
でも、これだけはわかる。
やばい、と。
関わってはならない、と。
「覚悟と覚悟。意思と意思。命と命。信念と信念のぶつかりあい」
キンブリーの凍てつくような目は、病的なまでに爛々と狂気に輝いているというのに――その物腰は落ち着き払っている。
「人間側と『進化した人間』と名乗る人造人間側。どちらが勝つのか見てみたい」
まるで、悟りを開いた聖人のような静謐さ。
正気のまま狂気に陥ったかのような……そんな歪さが、二人の不安を際限なく掻き立てていく。
「何が正しいのか、何が強いのか、何が生き残るのか、世界が何を選ぶのか……………」
忘我する二人を置き去りに、キンブリーの一人語りは続く。
「ここ、ブリックズの掟は弱肉強食だそうですね。非常にシンプルで力強い真理です」
薄ら寒く乾いた笑い声が、部屋に空々しく響いた。
「実際、長い歴史の中で世界はそうして進化してきました。気候によって滅んだ種、人類によって滅んだ種。アメストリス人によって滅ぼされたイシュヴァール人。これらになんの違いも無い」
長い歴史は弱肉強食で進化し続けてきた。
気候で滅ぼうが、人種で滅ぼうがそれは変わりのないこと。
つまり、今回の件も強い方が生き、弱い方が滅ぶだけだというわけか。
「たとえ『新たな人間』によって今の人間が滅ぼされるとしても、大きな世界の流れの中で生き残る力を持っていなかった…ただそれだけの事でしょう」
言うと彼は、ようやく自分の前に置かれたカップを取った。
すっかり冷めてまずくなっているだろうに、顔には出さない。
「――じゃあ、なんであなたは人間であるにもかかわらず、人造人間側に加担しているの?」
「はっ!!もしかして、あんたも人造人間か!?」
「違います」
人造人間だと決めつけられて、
「失敬な」
不快そうに顔を歪めて、きっぱりと否定する。
「私の特性を最大限に使わせてくれるからです」
「特性?」
「私の錬金術を私の快楽のために遠慮なく使わせてくれる。しかもバックアップ付きで。そんな組織が人間側にありますか?」
キンブリーは笑う。
いつ、いかなる時でも笑い続ける。
狂気を孕んだ薄ら寒い微笑みで。
キョウコはキンブリーに油断なく注意を払いながら言う。
「つまり、あなたの言う特性っていうのは人を自分の錬金術で殺すという事。まぁ、確かにそんな人間はまっとうな組織の中に存在しないでしょうね」
氷のごとく冷ややかな彼女の言葉を聞いて、エドは心からこう思った。
「…あんたよく、国家錬金術師試験の精神鑑定面接、通ったな」
「あんな形式ばったもの、自分が異端である事を理解していれば常人のフリをしてパスできます」
「なるほど、自覚はあった…ってわけね」
「異端…」
キョウコは呆れたふうに顔をしかめ、理解が追いつかないエドの隠すには大きな溜め息が、小さなつぶやきとなってこぼれ落ちた。
「そうです。自分が今の、この世界において異端である事はとっくにわかっています。しかし、私のような者が生き残れば、それは世界が私を認めたという事」
「わかったわ。つまりこう言いたいんでしょう」
――自分達の存在を……生き残りをかけた闘い。
瞬間、キンブリーの顔に巨大な歓喜が浮かび上がった。
二人はその表情に、何かを感じた。
そして、それを確定づけるようにキンブリーは言った。
「生き残りを…まさに存在をかけた闘い。こんなやりがいのある人生は、そうそうありませんよ、鋼の錬金術師」
「オレにはわかんねぇよ!」
「おや残念。錬金術師という者は少なからず、自己中心的な部分があるものと思っていましたよ。宇宙の中心に自分在り――ってね」
予想していた答えが得られないと知って、意外そうに肩をすくめる。
「理解していただけない?」
「………」
ごく自然と述べるキンブリーに対し、エドは唖然とするしかない。
焦燥と怒りに美貌を歪めて、キョウコは訴える。
「キンブリー。殺人命令を出すというなら、あたしにしなさい。エドのいないところで。それなら、大人しく引き受けるわ」
「大総統からの指示は、貴方達二人です。確かに心強いですが、それでは意味が無いのですよ」
ところが、その機先を制し、先程彼女にも揺さぶりをかけた手段を取る。
「では、彼の自己中心的な部分に語りかけてみるとしましょう。のどから手が出る程、欲しいはずです。貴方達、兄弟は」
おもむろにスーツの懐に手を伸ばし、勢いよくテーブルに置いた。
「賢者の…」
エドの目が驚きに見開かれ、紅く輝く石を凝視する。
「……石!!」
「弟さんの身体の件、大総統閣下から聞いてますよ。仕事を引き受けるなら差し上げましょう」
「おまえっ……!!」
敵にまんまと出し抜かれたことよりも、彼を殺しの道具として利用することに、強烈な憤激を覚える。
もはや手加減無用と全力で氷弾を錬成しようとする。
眼前に、すっと伸ばされた彼の手が制止させた。
「あ……」
キョウコの表情から憤激が霧散し、動揺が取って代わる。
対するエドは悲しむような怒るような表情で、首を縦に振った。
「アルと…ウィンリィにも話させてくれ」
「ウィンリィさん?何故?」
「オレ、あいつに何も言ってねぇんだ。いいかげん、カヤの外に置いとくわけにはいかねぇ」
彼の脳裏には、大きな衝撃と痛みが、一つの形として刻印されていた。
両親を殺した憎き傷の男を目の前にして、蒼白な表情で銃を構える少女。
人を殺すという極度の恐れから委縮して、銃を持つ手をカタカタと震わせる姿。
「もう当事者だろ。どんな仕事するにしろ、ウソついて裏切りみたいなマネしたくねぇんだよ」
エドは揺れる黒い瞳に向き合う。
戸惑うキョウコに向けられるのは、揺らぎのない強烈な、金の視線。
彼女にも聞かせるような静かな懇願に、
「――いいでしょう。余計な事は喋らぬように同席させてもらいます」
キンブリーは憮然とした表情でウィンリィに打ち明けることを認めた。
牢へと戻った二人はアルと合流する。
互いに鉄格子に寄りかかると、話を切り出した。
「ぶっちゃけて言おう」
「ウィンリィ、今のあなたは人質状態よ」
「……え?何?どういうこと、アル。なんの冗談?」
突然の宣告にウィンリィは一瞬、唖然とする。
次に大きく見開かれた目は、信じられないと語っていた。
「ねぇ何よ…ちゃんと説明してよ!」
「冗談じゃねぇんだよ。人間兵器として仕事しろって上から要請されてんだ、オレ達」
「それって……」
「ん…大量殺人に手を貸す事になるかもしれない」
「そんなの、断れば……」
思わず立ち上がりかけ、再度座り直す。
二人が言いたいことを理解してしまったから。
「…………あ。それであたしが…」
自分が予期していた以上の情報を一度に与えられたウィンリィは、なんとか自分の頭の中を整理し終えたようだ。
「やだ……あたし、あんた達の足枷になってる…」
顔を隠すように手を組んで、悔しげに唇を噛みしめた。
こみ上げてくる悔し涙を堪えるためには、顔を隠さなければならなかった。
「なっ…ななななな泣くなよ!?」
幼馴染みの様子がおかしいことに気づき、もしかして泣いているのではないかと思って、エドはギョッとする。
「泣かないよ!」
ウィンリィは怒鳴ると、先程まで呑気に浮かれていた自分を戒める。
「ごめん…こんな事になってるなんて気付かずに、のーてんきだった自分に腹が立つ」
「こうなった以上、ウィンリィが巻き込まれる事はわかっていたはず。責任はあたし達にもあるわ」
すると、キョウコがベッドに腰かけるウィンリィの前へ、片膝をついてしゃがんだ。
「殺しの光景を見て委縮するかもしれないし、必ず守るとか調子のいい事は絶対に言えないけど。代わりに、ウィンリィの手を絶対に汚させはしない」
キョウコの声はあくまでクールだ。
慰めも励ましもなく、皮肉も嘲りもなく、ただ冷静に事実を指摘する。
間近で見た親友の美貌は、少し悲しげに歪んでいた。
その瞳を、顔を見て、ウィンリィは笑みを浮かべる。
「キョウコこそ、あんまり無理しちゃダメだからね」
強い言葉だった。