第70話
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軍から連絡をもらい、北方司令部に着いたウィンリィはとある人物を待っていた。
だが、待ち人の姿はまだない。
手持ち無沙汰なウィンリィは、居心地悪そうに身じろぎする。
彼女の後ろには、大柄で引き締まった身体つきの軍人が立っている。
(堅っ苦しいなぁ。早く迎えの人、来ないかなぁ)
無言の圧力というべきプレッシャーにさらされて、思わず萎縮してしまう。
屈強な護衛に、深い溜め息をつくのであった。
その時、司令部にやって来た人物にウィンリィは顔を上げる。
「お待たせしました。私 、ゾルフ・J・キンブリーと申します」
頭を下げる男はソフト帽を上げ、キンブリーと名乗る。
「お荷物はこちら?お持ちしましょう」
「あ…!ありがとうございます」
荷物を見つけるとすぐさま持ち上げ、ウィンリィと共に車に乗り込んだ。
運転席にはマイルズが乗っている。
雪降る夜道を移動中、キンブリーがおもむろに口を開いた。
「ロックベルさんといえばリゼンブールの方ですよね?」
「え?知ってるんですか?」
「大総統閣下から聞きました」
ウィンリィが驚いたように視線を向けると、キンブリーはにこやかに笑う。
少女の驚く顔をじっと映すその双眸は相変わらずで、キンブリーの意図と真意をまるで掴ませない。
「お嬢さん。貴女のご両親はイシュヴァールで命を落とされた医者夫婦ですね?」
「………はい」
「ご両親の遺体を収容したのは私の隊でした」
「え!?」
今度ばかりは目を大きく見開き、両親の最期に耳を傾ける。
「あと一歩間に合わず、私の隊が現場に着いた時にはすでにイシュヴァール人に…」
マイルズは警戒の色を浮かべて後方を流し見る。
切なげに目を伏せる男の姿は、あながち演技とも見えなかった。
「…そうですか」
ウィンリィは辛そうに顔を歪め、相槌で返す。
「医の倫理に従って最期まで意思を貫き通した方々でした。生きてるうちにお会いしたかった」
静かに医者夫婦について語るキンブリーの表情は、真剣そのもの。
献身的な治療を続けながらもイシュヴァール人に殺された夫婦に敬意を表す。
「写真を」
唐突にそう言われて、ウィンリィは疑問符を浮かべる。
「かわいらしい娘さんと一緒に写っている写真を大切そうに持っておられました。その、お嬢さんが貴女ですね?」
二人が最期まで肌身離さず持っていた写真から、目の前の少女だと特定した。
ごく普通の、どこにでもいるような少女に笑いかける。
「お会いできて光栄です。ウィンリィ・ロックベルさん」
キンブリー達を乗せた車は、淡々と地を走っていく。
弱々しいライトだけがぼんやりと闇を払う空間を淡々と走らせ、ついにブリックズ要塞に到着した。
「北に行くなら、そうと一言、言いなさいよ!」
眉をひそめるエドの耳に、幼馴染みのお叱りが浴びせられる。
上半身裸で右腕を伸ばす先にはウィンリィがたくさんの工具を広げ、北国用機械鎧への換装を行っていた。
「しょーがねぇだろ。急ぎだったんだから」
「あんた達はいつも急ぎでしょ!」
叱責を受けてエドは悄然とした。
こうするのはここに来て何度目だろう。
するとウィンリィも同じことを思ったのか、小さく溜め息をついた。
「だいたい、なんで牢に入ってんの?なにやらかしたのか、正直に言いなさいよ」
「いや、まぁ、色々と…」
「単なる手違いですよ」
軽々しく話せない理由から口ごもるエドの横で、キンブリーが割って入る。
「安心してください、ウィンリィさん。鋼の錬金術師と氷刹の錬金術師は、すぐに出られます。あとで手続きをしておきますよ」
「ほんとうですか?ありがとう、キンブリーさん!!」
「いえいえ」
顔を綻ばせるウィンリィに、キンブリーはにこやかに笑う。
「よかったぁ……こいつらの事、よろしくお願いしますね。キョウコがいないと、いつもはちゃめちゃな事やらかすから、女の子一人で心配なんです」
「えぇ、彼女の事は任せておいて下さい」
「………」
親しげにキンブリーと話す幼馴染みを見ながら、物思いにふける。
何せ、相手はイシュヴァール殲滅戦で殺戮を求める狂人だ。
「おい」
髪を軽く引っ張ってこちらに顔を向けさせる。
「おまえ、あんまりキンブリーを信用すんなよ」
「え?なんで?紳士的でいい人だよ?うちの親にも好意的だったし」
「紳士的って…あいつのイシュヴァールの話とか…」
何気なく切り返したウィンリィの質問に、エドは答えようとしてハッとする。
――主観でしか語れないけど。
主観でしか語れないと前置きされた、長きに渡るイシュヴァール内戦の真実。
(主観……そうか。イシュヴァールの話はあくまで中尉の主観なんだよな…)
それを知らない『無垢な世代』のエドは少し迷うように考え込む。
(中尉のっ…て…)
エドが思案の色を浮かべた途端、どこか茶化すようなリザの言葉が過ぎる。
(――「キョウコちゃんのこと大好きなんでしょーー、でしょーー、でしょーー」――)
心臓は一瞬停止した。
それを補うように、次の瞬間から彼の心臓はフル回転を始める。
「ふおおおおおおお!!!!」
……言うまでもなく錯覚だが、それほど彼は驚き、鼓動も呼吸も乱れていた。
機械鎧の整備中にもかかわらず、
「余計なこと思い出した!!」
いきなり大声をあげてベッドから転げ落ちる。
「ちょっと整備中になにやってんの!!」
驚くのも無理はない。
彼の行動が全く予測できないせいで、ウィンリィは戸惑うしかなかった。
(おちつけ…おちつくんだ、エドワード・エルリック!!精神統一だ…違う事を考えろ……集中するんだ!!)
改めて身内の女性からキョウコが好きだという事実を突きつけられ、あからさまに取り乱す。
猛烈に恥ずかしい記憶を振り払うべく、必死で元素記号を口にした。
「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素」
「…頭、大丈夫?」
あまりにも挙動不審で意味不明なことを繰り返すエドを前に、ウィンリィは目を点にさせて硬直せざるを得ず……。
「クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、カリウム、ゲルマン、ヒ素、セレン」
(…だめだこりゃ)
半眼になって、恋愛面に関してだけはどうしても奥手過ぎる少年に呆れる。
「…なんでキョウコはこんな変なのに惚れたんだろ」
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないわ、よっ!!」
苦い顔でウィンリィが言うと同時に右手を接続し、
「あでぇ!!!」
凄まじい電流が走るような激痛が襲い、悲鳴をあげた。
「てめっ…神経繋ぐ時は言えっ……!!」
「はい次、足ね」
激痛に悶えるエドをよそに、ウィンリィは左足の換装に取りかかるのであった。
北国仕様の機械鎧の換装を済ませ、エドは右腕を動かす。
「おっ…軽っ!!」
思わず、その軽さに目を見張った。
「なんか落ち着かねー。こんな軽くて強度、大丈夫なのかね?」
「うん。前のと比べると全体の強度は落ちるけど、要所要所は強化してあるよ」
左足も確認し、どこか落ち着かないでいるとウィンリィが補足する。
「心配ならスネ当て着ける?あと、靴も変えて」
北国仕様の軽い機械鎧に慣れないのか、
「うーーん」
何度も腕を動かして動作を確認する。
「ん?」
「お」
黒のタンクトップに着替えているところへ、バッカニアと出くわした。
するとバッカニアは訝しげに半眼になり、白々しく訊ねる。
「なんで貴様、牢を出ている?」
「さぁね。ま、これが国家錬金術師の力ってやつ?」
エドも肩をすくめ、白々しく応じる。
「ふん!今ごろ、寒冷地用に換装か」
「そちらさんも換装?」
バッカニアの右腕の機械鎧に気づいて、エドは質問を切り返した。
「むふゥ!!軽戦闘用機械鎧M1910改"マッドベアG "!!!やはり、これが一番しっくりくる!!」
バッカニアは得意げに、爪の部分だけ鋭く強化してある機械鎧を見せつける。
「うわぁスゴ!!爪の先だけ強化してあるんだ!!もしかしてダイヤ素材!?ちょっと、エドもこういうの付けない!?」
すぐさまウィンリィが驚きの声をあげ、目を輝かせた。
「断る」
「私にも理解しかねます」
エドはきっぱりと断り、キンブリーも首を捻る。
「ん?なんだ?鋼の錬金術師の整備師?このかわいい娘が?」
目をまばたきさせて、ウィンリィのことを凝視する。
鮮やかな金髪をポニーテールにした彼女は見るからに活発で、先程までエドと気安く軽口を叩き合っている。
隣にいた技師まで、
「わーー。女の子」
男だらけの要塞には馴染みのない美少女がいることで頬を緩ませている。
バッカニアはギラつく目でエドの顔を眺めた。
その瞬間、殺意が湧き上がった。
機械鎧を一閃、無防備な顔面を狙う。
機械鎧で強烈に殴られ、身に覚えのない暴力にエドは怒鳴る。
「なにすんだよ!!」
「なんかムカついた」
去り際、バッカニアが放った一言で不機嫌になるエド。
「ひでーな」
「やー。やっぱり北国用は面白いなー」
ウィンリィは珍しい機械鎧を見られ、浮かれ気分だ。
「なんなら俺の仕事場見る?」
「キャー。見せてくださーい」
顔が緩んだ技師の誘いに、ウィンリィは両手を上げて喜ぶ。
「おいっ!!」
実に楽しそうな表情でその場を離れるウィンリィを、エドは大声で呼び止めた。
「なによ」
「いや…あんまり浮かれて、その辺ちょろちょろすんじゃねーぞ」
警戒心も露に言い、後ろに立つキンブリーをちらりと見やる。
「砦の中、色々あぶねーから」
「うん、わかった」
ウィンリィは素直に返事をした。
「へへーー。今回、出張ついでに寒冷地用機械鎧のノウハウも勉強するつもりで来たんだ。生で北国の技術を見られる機会ってなかなか無いのよね」
技師に連れられ、ウィンリィは意気揚々とカーテンで仕切られた仕事場へと入って行く。
そこには工具やケーブルがところ狭しと溢れかえっていて、バッカニアのチェーンソー型の機械鎧が置かれている。
「チェーンソーの刃だけはさすがに軽いやつじゃダメな」
「ジェラルミンて加工によっては強度上がりますか!もう少し上のレベルで」
急いでメモ帳とペンを取り出し、寒冷地仕様の機械鎧について勉強する。
「炭素繊維は色々試したけど、バリテック社のがいいみたいだ。ガラス繊維と混成して母材繊維を含ませた複合材を使ってる。炭素繊維は高弾性、ガラス繊維で高強度を」
技師の説明に真剣な面持ちで耳を傾ける幼馴染み。
勉強熱心、といった様子で吐息をつくエドの横に、キンブリーが並ぶ。
「ご両親に似て、仕事熱心ですね。とても私好みです」
戦慄と警戒心がない交ぜになったエドの眼差しを受けて、
「おっさん…」
キンブリーはようやく自分の失言に気づいた。
だが、待ち人の姿はまだない。
手持ち無沙汰なウィンリィは、居心地悪そうに身じろぎする。
彼女の後ろには、大柄で引き締まった身体つきの軍人が立っている。
(堅っ苦しいなぁ。早く迎えの人、来ないかなぁ)
無言の圧力というべきプレッシャーにさらされて、思わず萎縮してしまう。
屈強な護衛に、深い溜め息をつくのであった。
その時、司令部にやって来た人物にウィンリィは顔を上げる。
「お待たせしました。
頭を下げる男はソフト帽を上げ、キンブリーと名乗る。
「お荷物はこちら?お持ちしましょう」
「あ…!ありがとうございます」
荷物を見つけるとすぐさま持ち上げ、ウィンリィと共に車に乗り込んだ。
運転席にはマイルズが乗っている。
雪降る夜道を移動中、キンブリーがおもむろに口を開いた。
「ロックベルさんといえばリゼンブールの方ですよね?」
「え?知ってるんですか?」
「大総統閣下から聞きました」
ウィンリィが驚いたように視線を向けると、キンブリーはにこやかに笑う。
少女の驚く顔をじっと映すその双眸は相変わらずで、キンブリーの意図と真意をまるで掴ませない。
「お嬢さん。貴女のご両親はイシュヴァールで命を落とされた医者夫婦ですね?」
「………はい」
「ご両親の遺体を収容したのは私の隊でした」
「え!?」
今度ばかりは目を大きく見開き、両親の最期に耳を傾ける。
「あと一歩間に合わず、私の隊が現場に着いた時にはすでにイシュヴァール人に…」
マイルズは警戒の色を浮かべて後方を流し見る。
切なげに目を伏せる男の姿は、あながち演技とも見えなかった。
「…そうですか」
ウィンリィは辛そうに顔を歪め、相槌で返す。
「医の倫理に従って最期まで意思を貫き通した方々でした。生きてるうちにお会いしたかった」
静かに医者夫婦について語るキンブリーの表情は、真剣そのもの。
献身的な治療を続けながらもイシュヴァール人に殺された夫婦に敬意を表す。
「写真を」
唐突にそう言われて、ウィンリィは疑問符を浮かべる。
「かわいらしい娘さんと一緒に写っている写真を大切そうに持っておられました。その、お嬢さんが貴女ですね?」
二人が最期まで肌身離さず持っていた写真から、目の前の少女だと特定した。
ごく普通の、どこにでもいるような少女に笑いかける。
「お会いできて光栄です。ウィンリィ・ロックベルさん」
キンブリー達を乗せた車は、淡々と地を走っていく。
弱々しいライトだけがぼんやりと闇を払う空間を淡々と走らせ、ついにブリックズ要塞に到着した。
「北に行くなら、そうと一言、言いなさいよ!」
眉をひそめるエドの耳に、幼馴染みのお叱りが浴びせられる。
上半身裸で右腕を伸ばす先にはウィンリィがたくさんの工具を広げ、北国用機械鎧への換装を行っていた。
「しょーがねぇだろ。急ぎだったんだから」
「あんた達はいつも急ぎでしょ!」
叱責を受けてエドは悄然とした。
こうするのはここに来て何度目だろう。
するとウィンリィも同じことを思ったのか、小さく溜め息をついた。
「だいたい、なんで牢に入ってんの?なにやらかしたのか、正直に言いなさいよ」
「いや、まぁ、色々と…」
「単なる手違いですよ」
軽々しく話せない理由から口ごもるエドの横で、キンブリーが割って入る。
「安心してください、ウィンリィさん。鋼の錬金術師と氷刹の錬金術師は、すぐに出られます。あとで手続きをしておきますよ」
「ほんとうですか?ありがとう、キンブリーさん!!」
「いえいえ」
顔を綻ばせるウィンリィに、キンブリーはにこやかに笑う。
「よかったぁ……こいつらの事、よろしくお願いしますね。キョウコがいないと、いつもはちゃめちゃな事やらかすから、女の子一人で心配なんです」
「えぇ、彼女の事は任せておいて下さい」
「………」
親しげにキンブリーと話す幼馴染みを見ながら、物思いにふける。
何せ、相手はイシュヴァール殲滅戦で殺戮を求める狂人だ。
「おい」
髪を軽く引っ張ってこちらに顔を向けさせる。
「おまえ、あんまりキンブリーを信用すんなよ」
「え?なんで?紳士的でいい人だよ?うちの親にも好意的だったし」
「紳士的って…あいつのイシュヴァールの話とか…」
何気なく切り返したウィンリィの質問に、エドは答えようとしてハッとする。
――主観でしか語れないけど。
主観でしか語れないと前置きされた、長きに渡るイシュヴァール内戦の真実。
(主観……そうか。イシュヴァールの話はあくまで中尉の主観なんだよな…)
それを知らない『無垢な世代』のエドは少し迷うように考え込む。
(中尉のっ…て…)
エドが思案の色を浮かべた途端、どこか茶化すようなリザの言葉が過ぎる。
(――「キョウコちゃんのこと大好きなんでしょーー、でしょーー、でしょーー」――)
心臓は一瞬停止した。
それを補うように、次の瞬間から彼の心臓はフル回転を始める。
「ふおおおおおおお!!!!」
……言うまでもなく錯覚だが、それほど彼は驚き、鼓動も呼吸も乱れていた。
機械鎧の整備中にもかかわらず、
「余計なこと思い出した!!」
いきなり大声をあげてベッドから転げ落ちる。
「ちょっと整備中になにやってんの!!」
驚くのも無理はない。
彼の行動が全く予測できないせいで、ウィンリィは戸惑うしかなかった。
(おちつけ…おちつくんだ、エドワード・エルリック!!精神統一だ…違う事を考えろ……集中するんだ!!)
改めて身内の女性からキョウコが好きだという事実を突きつけられ、あからさまに取り乱す。
猛烈に恥ずかしい記憶を振り払うべく、必死で元素記号を口にした。
「水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素」
「…頭、大丈夫?」
あまりにも挙動不審で意味不明なことを繰り返すエドを前に、ウィンリィは目を点にさせて硬直せざるを得ず……。
「クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、カリウム、ゲルマン、ヒ素、セレン」
(…だめだこりゃ)
半眼になって、恋愛面に関してだけはどうしても奥手過ぎる少年に呆れる。
「…なんでキョウコはこんな変なのに惚れたんだろ」
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないわ、よっ!!」
苦い顔でウィンリィが言うと同時に右手を接続し、
「あでぇ!!!」
凄まじい電流が走るような激痛が襲い、悲鳴をあげた。
「てめっ…神経繋ぐ時は言えっ……!!」
「はい次、足ね」
激痛に悶えるエドをよそに、ウィンリィは左足の換装に取りかかるのであった。
北国仕様の機械鎧の換装を済ませ、エドは右腕を動かす。
「おっ…軽っ!!」
思わず、その軽さに目を見張った。
「なんか落ち着かねー。こんな軽くて強度、大丈夫なのかね?」
「うん。前のと比べると全体の強度は落ちるけど、要所要所は強化してあるよ」
左足も確認し、どこか落ち着かないでいるとウィンリィが補足する。
「心配ならスネ当て着ける?あと、靴も変えて」
北国仕様の軽い機械鎧に慣れないのか、
「うーーん」
何度も腕を動かして動作を確認する。
「ん?」
「お」
黒のタンクトップに着替えているところへ、バッカニアと出くわした。
するとバッカニアは訝しげに半眼になり、白々しく訊ねる。
「なんで貴様、牢を出ている?」
「さぁね。ま、これが国家錬金術師の力ってやつ?」
エドも肩をすくめ、白々しく応じる。
「ふん!今ごろ、寒冷地用に換装か」
「そちらさんも換装?」
バッカニアの右腕の機械鎧に気づいて、エドは質問を切り返した。
「むふゥ!!軽戦闘用機械鎧M1910改"マッドベア
バッカニアは得意げに、爪の部分だけ鋭く強化してある機械鎧を見せつける。
「うわぁスゴ!!爪の先だけ強化してあるんだ!!もしかしてダイヤ素材!?ちょっと、エドもこういうの付けない!?」
すぐさまウィンリィが驚きの声をあげ、目を輝かせた。
「断る」
「私にも理解しかねます」
エドはきっぱりと断り、キンブリーも首を捻る。
「ん?なんだ?鋼の錬金術師の整備師?このかわいい娘が?」
目をまばたきさせて、ウィンリィのことを凝視する。
鮮やかな金髪をポニーテールにした彼女は見るからに活発で、先程までエドと気安く軽口を叩き合っている。
隣にいた技師まで、
「わーー。女の子」
男だらけの要塞には馴染みのない美少女がいることで頬を緩ませている。
バッカニアはギラつく目でエドの顔を眺めた。
その瞬間、殺意が湧き上がった。
機械鎧を一閃、無防備な顔面を狙う。
機械鎧で強烈に殴られ、身に覚えのない暴力にエドは怒鳴る。
「なにすんだよ!!」
「なんかムカついた」
去り際、バッカニアが放った一言で不機嫌になるエド。
「ひでーな」
「やー。やっぱり北国用は面白いなー」
ウィンリィは珍しい機械鎧を見られ、浮かれ気分だ。
「なんなら俺の仕事場見る?」
「キャー。見せてくださーい」
顔が緩んだ技師の誘いに、ウィンリィは両手を上げて喜ぶ。
「おいっ!!」
実に楽しそうな表情でその場を離れるウィンリィを、エドは大声で呼び止めた。
「なによ」
「いや…あんまり浮かれて、その辺ちょろちょろすんじゃねーぞ」
警戒心も露に言い、後ろに立つキンブリーをちらりと見やる。
「砦の中、色々あぶねーから」
「うん、わかった」
ウィンリィは素直に返事をした。
「へへーー。今回、出張ついでに寒冷地用機械鎧のノウハウも勉強するつもりで来たんだ。生で北国の技術を見られる機会ってなかなか無いのよね」
技師に連れられ、ウィンリィは意気揚々とカーテンで仕切られた仕事場へと入って行く。
そこには工具やケーブルがところ狭しと溢れかえっていて、バッカニアのチェーンソー型の機械鎧が置かれている。
「チェーンソーの刃だけはさすがに軽いやつじゃダメな」
「ジェラルミンて加工によっては強度上がりますか!もう少し上のレベルで」
急いでメモ帳とペンを取り出し、寒冷地仕様の機械鎧について勉強する。
「炭素繊維は色々試したけど、バリテック社のがいいみたいだ。ガラス繊維と混成して母材繊維を含ませた複合材を使ってる。炭素繊維は高弾性、ガラス繊維で高強度を」
技師の説明に真剣な面持ちで耳を傾ける幼馴染み。
勉強熱心、といった様子で吐息をつくエドの横に、キンブリーが並ぶ。
「ご両親に似て、仕事熱心ですね。とても私好みです」
戦慄と警戒心がない交ぜになったエドの眼差しを受けて、
「おっさん…」
キンブリーはようやく自分の失言に気づいた。