第59話
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ぬるい風が吹き、近隣の木立が身を揺する。
白い外観の建物の内部は剥き出しのパイプや配管があちこちに設置され、薄暗い地下室では不気味な実験が行われていた。
男の手には拳銃が握られて、銃口からは熱せられた白い煙があがり、
「うう…」
両脚の太ももを撃たれたイシュヴァールの軍人は呻き声をあげる。
石造りの地下室に立っているのは十数人の男達。
全員が白衣を纏い、安全なところまで離れたのを確認して、錬成陣を囲っていた。
錬成陣の中心にいるのは兵籍を抹消させられたイシュヴァールの軍人。
手足を縄で拘束され、一人一人が回路となるべく定められた位置に座らせられていた。
裏で仕切り取るラストが艶やかな笑みを浮かべ、頬を引きつらせ硬くするマルコーや研究者達が固唾を呑んで見守る中、地を這うような低い音が響き渡る。
轟音と共に彼らの身体に異変が走ったのは同時だった。
「ぐっ…」
咄嗟に何が起こったのか、わからなかった。
体内に莫大な術式が流れ込み、強烈な電流を食らったような痺れが襲ってくる。
電流が薄暗い地下室に閃光を放ち、
「ぐ、あああああ」
「ぎっいいいああ」
「ああああぐ」
「あ゙あおあ」
彼らは奇声をあげ、身体の内側から流し込まれる術式にのたうち回る。
「あ゙」
最後の一回、大きく打った心臓の血液循環で彼らは何を考えたのか。
きっと自分の意思を離れて停止する心臓も、口許を伝う鮮血の意味も、十分に理解することはかなわなかったのだろう。
刹那、錬成の閃光は弾けて消えた。
次々と倒れ込む男達の中央に、小さな揺らめきが真紅の物体となって出現していく。
マルコーはおそるおそる両手を差し出すと、細心の注意を払って見つめる。
彼の顔には、この実験を完遂したことへの満足や安堵、まして喜びではない。
軍部に望まれて、しかし自身は望まない、新たな歩みを進めたことへの悲嘆だった。
「急げ!!」
「走れ、走れ!!」
銃を構える軍人達が横並びに走り、機関砲が巻き上げる土煙が地平線をかすませ、布陣を完了させる。
その時、遥か遠方で爆発が噴き上がる光景に目を見張る。
「丘ひとつむこうで、国家錬金術師が出てるらしいぞ」
「すっげぇ火柱」
「本当に人間かよ」
「化物だ」
同じ人間とは思えない攻撃力に向けられるのは、微妙に見え隠れする恐怖。
強者に対する畏れではなく、未知な者に対する恐れ。
耳を塞ぎたくなるほどの機関砲の轟音と大気を揺すり上げる衝撃。
砲弾が着弾した瞬間、爆炎と共に大勢のイシュヴァール人が焼き尽くされる。
目の前で血を流して倒れる同胞にも目もくれず、男達は前線に駆け出す。
軍人達は、総身に緊張をみなぎらせ、いつでも飛び出していけるように武器を構えている。
「退け、退け!!女、子供は先に行け!!」
非力な女性やか弱い子供を率先して逃げさせ、負傷者や老人を最後にする。
「東へ!!」
「街を出ろ!!」
男達の声を受けて逃げるイシュヴァール人は、不意に立ち止まった。
「どうしたの!?早く逃げ………!!」
立ち止まった人々に何事かと訊ねた女性はふと顔を上げ、愕然とする。
「何、この壁!!」
「ここに、こんなもの無かったはずよ!!」
ざわざわと、さざ波のようにイシュヴァール人に動揺が走り、
「ハシゴ、持って来い、ハシゴ!!」
という声が漏れ聞こえてくる。
「出して」
「ちょっと、どうなってるの!!」
壁の向こう側から聞こえる戸惑いの声を、大柄な軍人が手っ甲を地面に打ちつけている。
「逃…げ……ろ」
すると、全身血塗れのイシュヴァール人がよろめく足取りで近づき、忠告する。
「逃げろ!!早く!!」
ガラガラと音を立てて、人が通れるほどの空いた穴をつくり、アームストロングは二人を見逃す。
「ひたすら、東へ逃げろ!他のイシュヴァール人にも逃げるよう、伝えるのだ!国軍に立ち向かってはいかん!」
敵である軍人の必死の説得に、最初は困惑していた二人だったが、もがきながら建物の陰から這い出し、穴の中を通り抜ける。
息を荒げ、血走った目で二人の逃亡を見守る。
その二人が振り返った刹那、紅蓮の熱塊が容赦なく襲いかかった。
目の前で助けたはずの命が失われた光景に、アームストロングの顔は凍りつく。
膝が震え、もう立っていられなくなって、そのまま崩れ落ちそうになった。
すると、紅蓮の攻撃を仕掛けた軍人が声をかけてきた。
「危ないところでしたね、アームストロング少佐。敵を見逃すなんて真似……他の者に見られたら、軍法会議は免れませんよ」
その男は目を細めて、優しそうな表情を彼に向けていた。
戦場とは実にミスマッチなラフな格好で立っている。
「立てますか?」
錬成陣の刻まれた手を差し伸べるが、アームストロングの身体は硬直し、動けなくなった。
口はわななき、合わせた歯がカチカチと音を立てる。
露店が並んでいたであろう通りで、褐色の肌の男達が一斉に射撃する。
「…のヤローども、ぶっ飛ばしてやる!」
迂闊に近づけない状況から、投擲弾の底部を捻る横で、
「ゔ」
配列についていた軍人が小さな呻き声を漏らした。
だが、敵の殲滅に集中していて仲間の苦悶の声が届いていない。
「くらえッ…」
そのまま火薬を詰め込んだ爆弾を投擲しようとした直後、いきなり力強い握力で手を掴まれた。
「何っ…」
痛みよりも驚きが勝り、振り返ると……そこにはイシュヴァールの武僧達の姿。
威圧感のある鉄板のような胸板が民族衣装の上からでもよくわかる。
後ろでは、頸動脈を斬られた軍人が血を噴き上げていた。
武僧は空いた右手で腹部に重い拳を繰り出すと、
「おっ、げぇっ」
強烈な一撃を食らい、込み上げてくる胃液を嘔吐する。
その拍子に手から投擲弾が離れ、息も絶え絶えで武僧に待ったをかける。
「お…ちょい待ち…」
だが、武僧はこれを無視、構わず前に進む。
爆弾が地に落ちた瞬間、中身が破裂して血液やら肉片やらが飛び散った。
最前線で命を張る周囲の兵らは、とりあえず単純に、深い考えなど持たず、乱暴かつ朗らかに会話する。
「か~~~っ、強ぇな」
「イシュヴァールの武僧は、一人でこっちの十人分くらいあるんじゃないのか?」
他人事のような言葉とは裏腹に銃火器を構える動きは隙がなく、
「衛生兵ーーっ」
また一人、出血多量で意識を失った仲間が運ばれる。
すると、一体何度目かという伝令を、軍人が持ち込んできた。
「退却、退却!!焔の錬金術師が来るぞ!!」
「いっ」
途端、軍人達は精神的疲労に淀む顔を歪めた。
大いに慌てる彼らに、ほとんど怒号に近い勢いで言葉を続ける。
「ケツに火ィ点けられたくなかったら、さっさと退け、クズども!」
建物の地形を利用した陣地を組んで睨み合っている、静かながらも凄まじい状況。
その一画で、土嚢を多数詰めて防御陣地を構築し、十数人のイシュヴァール人が剣や銃を携えていた。
(……?攻撃が止んだぞ)
建物の上からライフル銃で狙いを定めていると、先程まで殺到していた国軍の攻撃が止んだことに疑問を浮かべた。
ほぼ同時、手袋をはめた指を擦り、鳴らす。
「えっ?」
声を漏らす、一秒あるなしの間に、真正面から放たれる高密度の炎。
あまりにも突然に訪れた殺戮を前にして、爆発が起こった建物を見上げる。
「なんだぁ!?」
「火柱!?」
「砲弾のじゃないぞ!!」
「国軍の新兵器か!?」
新たな襲撃に混乱する彼らの遠方で、火花が散る。
言うまでもない、新たに投入された錬金術師の攻撃だった。
「いかん!!散れ……」
言い終わる前に、防御壁となっていたはずの土嚢が弾け飛び、イシュヴァール人もろとも建物を崩壊させた。
肌を焼くほどのとてつもない炎の嵐に巻き込まれ、身体はゆっくりと仰向けに倒れる。
「う……く…」
あまりの高熱に肌は焼けただれ、視界が暗転しかける。
重い瞼を震わせて正面を見ると、錬成陣が描かれた手袋をはめた軍人が立っていた。
もう、指一本動かせそうにない。
彼は痛む肺を堪えながら、震える声音で言葉を紡ぐ。
「錬金術師か…これが…おまえ達の望む…錬成術の使い方か…人々のための技術では…」
口を開ける余裕すら、もう残されていなかった。
虚ろな眼差しで、再び指先を擦る動作を眺めながら、終わりを迎えようとしていた。
「なかっ…」
瞬間、指先を巻いて炎が膨れ上がり、たちまち渦巻き、男へと破壊の力を叩きつける。
目に染みるような血の香り、弾丸飛び交う地獄のような光景の中を、彼はコートを翻して前に進む。
「おおおおおのれぇぇぇぇ!!!」
軍の所有地帯には、多くのテントが張り巡らされている。
そこの医療用テントに運ばれる一人の老人が騒がしく喚き散らしていた。
「イシュヴァールのガキめぇぇぇ!!よくも…畜生めがぁぁぁ!!」
左足から流れ出る血と共に、錬成陣が描かれた掌を震わせる。
その様子を、ヒューズと仲間達はうらやましそうに眺めていた。
「コマンチじいさんじゃないか」
「撃たれたんですかね」
「あんだけ吠える元気があるなら大丈夫だ。よかったじゃないか、家に帰れるぜ、じいさん」
カップに口をつけるヒューズのつぶやきに、つかの間の休息を取っていた軍人が仲間に訊ねる。
「あのじいさん、国家錬金術師?」
「へぇー」
やがて話題は、殲滅戦に導入された国家錬金術師に変わる。
圧倒的、と言うべきか、一般の軍人と国家錬金術師には錬金術という決定的な差があった。
「俺、間近で見たけど奴らすげぇよ。小回りのきく重火器つーか大砲つーか、マジ人間業じゃねぇって!近くにいたら巻きぞえくらうぜ」
聞きたくもない会話が、耳に流れ着く。
これを聞いて、ヒューズは不機嫌そうに眉を寄せた。
「ははは、こぇーー」
彼が仲間の前を少し距離を取って横切っていく。
通り過ぎていったその後ろから、無邪気な悪意がこぼれ落ちる。
不意にヒューズは、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ロイ!」
人ごみを押しのけて声をかけると、ロイは親友の姿を視認した途端、目を丸くする。
「ヒューズ!おまえも来てたのか!」
「おい、久しぶりだな、ロ…」
ヒューズは親しげにロイの肩を叩き、互いの拳を合わせて挨拶する。
「おっと!今は『マスタング少佐』か」
「正しくは『少佐相当官』だ。実際は、大尉と同じ権限しか無いよ」
「はっは!俺と一緒だ!」
ロイはドラム缶でつくられた即席の洗面所で顔を洗った。
「大尉になったのか?いつ?」
「さっき!ここじゃ上も下もバタバタ死んでくからな。ちょいと手柄立てりゃ…」
そこまで言って、ヒューズは言葉を切った。
タオルで顔を拭くロイの顔を見つめながら、再び口を開く。
「おまえ…目つき変わっちまったな」
「そう言うおまえもな。人殺しの目だ」
溜められた水に自分の表情が写し出される。
どこか眠たそうな眼差しは、途方もない闇を内包しており、およそ普通の人間とはかけ離れた虚無感が漂っていた。
「ああ」
眼鏡の奥から覗く彼と同じ光に、ヒューズは自虐的に頷いた。
白い外観の建物の内部は剥き出しのパイプや配管があちこちに設置され、薄暗い地下室では不気味な実験が行われていた。
男の手には拳銃が握られて、銃口からは熱せられた白い煙があがり、
「うう…」
両脚の太ももを撃たれたイシュヴァールの軍人は呻き声をあげる。
石造りの地下室に立っているのは十数人の男達。
全員が白衣を纏い、安全なところまで離れたのを確認して、錬成陣を囲っていた。
錬成陣の中心にいるのは兵籍を抹消させられたイシュヴァールの軍人。
手足を縄で拘束され、一人一人が回路となるべく定められた位置に座らせられていた。
裏で仕切り取るラストが艶やかな笑みを浮かべ、頬を引きつらせ硬くするマルコーや研究者達が固唾を呑んで見守る中、地を這うような低い音が響き渡る。
轟音と共に彼らの身体に異変が走ったのは同時だった。
「ぐっ…」
咄嗟に何が起こったのか、わからなかった。
体内に莫大な術式が流れ込み、強烈な電流を食らったような痺れが襲ってくる。
電流が薄暗い地下室に閃光を放ち、
「ぐ、あああああ」
「ぎっいいいああ」
「ああああぐ」
「あ゙あおあ」
彼らは奇声をあげ、身体の内側から流し込まれる術式にのたうち回る。
「あ゙」
最後の一回、大きく打った心臓の血液循環で彼らは何を考えたのか。
きっと自分の意思を離れて停止する心臓も、口許を伝う鮮血の意味も、十分に理解することはかなわなかったのだろう。
刹那、錬成の閃光は弾けて消えた。
次々と倒れ込む男達の中央に、小さな揺らめきが真紅の物体となって出現していく。
マルコーはおそるおそる両手を差し出すと、細心の注意を払って見つめる。
彼の顔には、この実験を完遂したことへの満足や安堵、まして喜びではない。
軍部に望まれて、しかし自身は望まない、新たな歩みを進めたことへの悲嘆だった。
「急げ!!」
「走れ、走れ!!」
銃を構える軍人達が横並びに走り、機関砲が巻き上げる土煙が地平線をかすませ、布陣を完了させる。
その時、遥か遠方で爆発が噴き上がる光景に目を見張る。
「丘ひとつむこうで、国家錬金術師が出てるらしいぞ」
「すっげぇ火柱」
「本当に人間かよ」
「化物だ」
同じ人間とは思えない攻撃力に向けられるのは、微妙に見え隠れする恐怖。
強者に対する畏れではなく、未知な者に対する恐れ。
耳を塞ぎたくなるほどの機関砲の轟音と大気を揺すり上げる衝撃。
砲弾が着弾した瞬間、爆炎と共に大勢のイシュヴァール人が焼き尽くされる。
目の前で血を流して倒れる同胞にも目もくれず、男達は前線に駆け出す。
軍人達は、総身に緊張をみなぎらせ、いつでも飛び出していけるように武器を構えている。
「退け、退け!!女、子供は先に行け!!」
非力な女性やか弱い子供を率先して逃げさせ、負傷者や老人を最後にする。
「東へ!!」
「街を出ろ!!」
男達の声を受けて逃げるイシュヴァール人は、不意に立ち止まった。
「どうしたの!?早く逃げ………!!」
立ち止まった人々に何事かと訊ねた女性はふと顔を上げ、愕然とする。
「何、この壁!!」
「ここに、こんなもの無かったはずよ!!」
ざわざわと、さざ波のようにイシュヴァール人に動揺が走り、
「ハシゴ、持って来い、ハシゴ!!」
という声が漏れ聞こえてくる。
「出して」
「ちょっと、どうなってるの!!」
壁の向こう側から聞こえる戸惑いの声を、大柄な軍人が手っ甲を地面に打ちつけている。
「逃…げ……ろ」
すると、全身血塗れのイシュヴァール人がよろめく足取りで近づき、忠告する。
「逃げろ!!早く!!」
ガラガラと音を立てて、人が通れるほどの空いた穴をつくり、アームストロングは二人を見逃す。
「ひたすら、東へ逃げろ!他のイシュヴァール人にも逃げるよう、伝えるのだ!国軍に立ち向かってはいかん!」
敵である軍人の必死の説得に、最初は困惑していた二人だったが、もがきながら建物の陰から這い出し、穴の中を通り抜ける。
息を荒げ、血走った目で二人の逃亡を見守る。
その二人が振り返った刹那、紅蓮の熱塊が容赦なく襲いかかった。
目の前で助けたはずの命が失われた光景に、アームストロングの顔は凍りつく。
膝が震え、もう立っていられなくなって、そのまま崩れ落ちそうになった。
すると、紅蓮の攻撃を仕掛けた軍人が声をかけてきた。
「危ないところでしたね、アームストロング少佐。敵を見逃すなんて真似……他の者に見られたら、軍法会議は免れませんよ」
その男は目を細めて、優しそうな表情を彼に向けていた。
戦場とは実にミスマッチなラフな格好で立っている。
「立てますか?」
錬成陣の刻まれた手を差し伸べるが、アームストロングの身体は硬直し、動けなくなった。
口はわななき、合わせた歯がカチカチと音を立てる。
露店が並んでいたであろう通りで、褐色の肌の男達が一斉に射撃する。
「…のヤローども、ぶっ飛ばしてやる!」
迂闊に近づけない状況から、投擲弾の底部を捻る横で、
「ゔ」
配列についていた軍人が小さな呻き声を漏らした。
だが、敵の殲滅に集中していて仲間の苦悶の声が届いていない。
「くらえッ…」
そのまま火薬を詰め込んだ爆弾を投擲しようとした直後、いきなり力強い握力で手を掴まれた。
「何っ…」
痛みよりも驚きが勝り、振り返ると……そこにはイシュヴァールの武僧達の姿。
威圧感のある鉄板のような胸板が民族衣装の上からでもよくわかる。
後ろでは、頸動脈を斬られた軍人が血を噴き上げていた。
武僧は空いた右手で腹部に重い拳を繰り出すと、
「おっ、げぇっ」
強烈な一撃を食らい、込み上げてくる胃液を嘔吐する。
その拍子に手から投擲弾が離れ、息も絶え絶えで武僧に待ったをかける。
「お…ちょい待ち…」
だが、武僧はこれを無視、構わず前に進む。
爆弾が地に落ちた瞬間、中身が破裂して血液やら肉片やらが飛び散った。
最前線で命を張る周囲の兵らは、とりあえず単純に、深い考えなど持たず、乱暴かつ朗らかに会話する。
「か~~~っ、強ぇな」
「イシュヴァールの武僧は、一人でこっちの十人分くらいあるんじゃないのか?」
他人事のような言葉とは裏腹に銃火器を構える動きは隙がなく、
「衛生兵ーーっ」
また一人、出血多量で意識を失った仲間が運ばれる。
すると、一体何度目かという伝令を、軍人が持ち込んできた。
「退却、退却!!焔の錬金術師が来るぞ!!」
「いっ」
途端、軍人達は精神的疲労に淀む顔を歪めた。
大いに慌てる彼らに、ほとんど怒号に近い勢いで言葉を続ける。
「ケツに火ィ点けられたくなかったら、さっさと退け、クズども!」
建物の地形を利用した陣地を組んで睨み合っている、静かながらも凄まじい状況。
その一画で、土嚢を多数詰めて防御陣地を構築し、十数人のイシュヴァール人が剣や銃を携えていた。
(……?攻撃が止んだぞ)
建物の上からライフル銃で狙いを定めていると、先程まで殺到していた国軍の攻撃が止んだことに疑問を浮かべた。
ほぼ同時、手袋をはめた指を擦り、鳴らす。
「えっ?」
声を漏らす、一秒あるなしの間に、真正面から放たれる高密度の炎。
あまりにも突然に訪れた殺戮を前にして、爆発が起こった建物を見上げる。
「なんだぁ!?」
「火柱!?」
「砲弾のじゃないぞ!!」
「国軍の新兵器か!?」
新たな襲撃に混乱する彼らの遠方で、火花が散る。
言うまでもない、新たに投入された錬金術師の攻撃だった。
「いかん!!散れ……」
言い終わる前に、防御壁となっていたはずの土嚢が弾け飛び、イシュヴァール人もろとも建物を崩壊させた。
肌を焼くほどのとてつもない炎の嵐に巻き込まれ、身体はゆっくりと仰向けに倒れる。
「う……く…」
あまりの高熱に肌は焼けただれ、視界が暗転しかける。
重い瞼を震わせて正面を見ると、錬成陣が描かれた手袋をはめた軍人が立っていた。
もう、指一本動かせそうにない。
彼は痛む肺を堪えながら、震える声音で言葉を紡ぐ。
「錬金術師か…これが…おまえ達の望む…錬成術の使い方か…人々のための技術では…」
口を開ける余裕すら、もう残されていなかった。
虚ろな眼差しで、再び指先を擦る動作を眺めながら、終わりを迎えようとしていた。
「なかっ…」
瞬間、指先を巻いて炎が膨れ上がり、たちまち渦巻き、男へと破壊の力を叩きつける。
目に染みるような血の香り、弾丸飛び交う地獄のような光景の中を、彼はコートを翻して前に進む。
「おおおおおのれぇぇぇぇ!!!」
軍の所有地帯には、多くのテントが張り巡らされている。
そこの医療用テントに運ばれる一人の老人が騒がしく喚き散らしていた。
「イシュヴァールのガキめぇぇぇ!!よくも…畜生めがぁぁぁ!!」
左足から流れ出る血と共に、錬成陣が描かれた掌を震わせる。
その様子を、ヒューズと仲間達はうらやましそうに眺めていた。
「コマンチじいさんじゃないか」
「撃たれたんですかね」
「あんだけ吠える元気があるなら大丈夫だ。よかったじゃないか、家に帰れるぜ、じいさん」
カップに口をつけるヒューズのつぶやきに、つかの間の休息を取っていた軍人が仲間に訊ねる。
「あのじいさん、国家錬金術師?」
「へぇー」
やがて話題は、殲滅戦に導入された国家錬金術師に変わる。
圧倒的、と言うべきか、一般の軍人と国家錬金術師には錬金術という決定的な差があった。
「俺、間近で見たけど奴らすげぇよ。小回りのきく重火器つーか大砲つーか、マジ人間業じゃねぇって!近くにいたら巻きぞえくらうぜ」
聞きたくもない会話が、耳に流れ着く。
これを聞いて、ヒューズは不機嫌そうに眉を寄せた。
「ははは、こぇーー」
彼が仲間の前を少し距離を取って横切っていく。
通り過ぎていったその後ろから、無邪気な悪意がこぼれ落ちる。
不意にヒューズは、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「ロイ!」
人ごみを押しのけて声をかけると、ロイは親友の姿を視認した途端、目を丸くする。
「ヒューズ!おまえも来てたのか!」
「おい、久しぶりだな、ロ…」
ヒューズは親しげにロイの肩を叩き、互いの拳を合わせて挨拶する。
「おっと!今は『マスタング少佐』か」
「正しくは『少佐相当官』だ。実際は、大尉と同じ権限しか無いよ」
「はっは!俺と一緒だ!」
ロイはドラム缶でつくられた即席の洗面所で顔を洗った。
「大尉になったのか?いつ?」
「さっき!ここじゃ上も下もバタバタ死んでくからな。ちょいと手柄立てりゃ…」
そこまで言って、ヒューズは言葉を切った。
タオルで顔を拭くロイの顔を見つめながら、再び口を開く。
「おまえ…目つき変わっちまったな」
「そう言うおまえもな。人殺しの目だ」
溜められた水に自分の表情が写し出される。
どこか眠たそうな眼差しは、途方もない闇を内包しており、およそ普通の人間とはかけ離れた虚無感が漂っていた。
「ああ」
眼鏡の奥から覗く彼と同じ光に、ヒューズは自虐的に頷いた。
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