捧げ物
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アルは、明けるまで少し間のある早朝の街路を歩いていた。
この鎧の姿になってからは、食欲や睡眠は必要もなくなり、痛覚は感じられなくなってしまったが、この散策が好きだった。
「――ん?」
すると、家と家の間に、路地ともいえる隙間があるのに気づく。
薄暗い路地に入ると、段ボール箱に入った動物――捨て猫が入れられていた。
「…………………」
彼は大の猫好きである。
時々、鎧の中に隠しては兄のエドに見つかって怒鳴られ、号泣して逃げ出すのみ。
だが、キョウコなら……と考えて、彼は、この後の運命が最悪なものとなるのを知らなかった。
本当に恐ろしいのは、兄ではなく、姉と慕う彼女であることを。
そろそろと帰って来たアルを待ち構えていたのは、腕を組んで仁王立ちをするエドだった。
「…アル、こんなところで、一体、今まで、何をしてたんだ?」
エドは厳しい詰問の視線を突き刺すと、アルは誤魔化し笑いをしながら、そろりと身を引く。
「いや…ほらね?あの…散歩だよ!」
言葉を濁すアルの言い訳に、エドはこめかみを押さえて怒鳴った。
「アル!!また猫拾って来たな、捨てて来い!!」
「――ん?」
エドの怒鳴り声が響いてきて、別室で髪を梳 かしていたキョウコは何事かと立ち上がる。
兄弟が宿泊する部屋の扉を開けて、首を傾げて訊ねる。
「どうしたの、エド?」
「キョウコ!アルの奴、また猫拾って――来て……」
大声が尻すぼみに消えていったのは、彼女の髪型を見たからだろうか。
特に芸もなく、ただ無造作に結んでいたポニーテールの髪が下ろされていた。
それだけで、腰まで届くかというキョウコの癖のつかない漆黒の髪。
艶やかな黒髪が肩を滑り落ちていく様子は、サラサラと音が聞こえてくるかのようだった。
エドはドキドキしながら頷いた。
「う、うん」
「もう……エド、そんなに怒らなくてもいいんじゃない?」
「だってさぁ…」
エドがふて腐れたように抗議の声をあげると、キョウコはアルへと向き直る。
「アル、エドの気持ちもわかってちょうだい。捨て猫がかわいそうなのはわかるけど……そうだ。だったら、あたしも一緒に元の場所に行ってあげようか?」
穏やかに微笑みかけられて、しかし鎧の身体が硬直する。
瞬時に違和感を察知し、キョウコの目が細くなる。
「………アル、何か隠してるでしょ?」
「い、いや、その……」
「その鎧の中、見せなさい」
有無を言わさぬ口調での宣告、その迫力に気圧され、
「はい」
観念して頭部を外し、身を屈め、鎧の中身を二人に見せた。
(増えてるー!!)
鎧の中は無数の猫達が集まり、鳴き声があちこちから聞こえてくる。
エドが目を剥いて絶句する中、キョウコは無表情で、一切内心の読めない淡々とした声で言った。
「アル、あたしの所へ来なさい。猫達はそれが終わってから、元の場所に返してくるのよ」
淡々とした無表情を、にこやかな笑みへと変え、
「この尋常ない猫の数……一回で拾って来たってわけじゃないわね。さぁ、白状してもらうわよ」
キョウコの説教が始まった。
エドが外で待機する間、胸の前で腕を組んで立つキョウコと正座するアルが部屋に残される。
アルは床に正座して、神妙にキョウコの説教を受け続けていた。
その姿を実際に見なくても、何が起こっているのかはもう、大体伝わっている。
結局、一時間あまりも延々と説教され、冷たくされ、たっぷりと諭 された。
凛々しい美少女と向かい合い、しかも二人きりで語らう。
まさか、そんな時間がこれほど苦痛になるとは思わなかったアルであった。
お小言を頂戴している間、エドは体育座りになって放心する。
(キョウコって……髪ほどくと、あんな可愛く見えるんだなぁ)
髪の毛を下ろしたキョウコというのが新鮮だったし、少し顔や身体を動かすと、その長い黒髪も揺れ、いつも以上に美しく見せていた。
と、ようやく説教が終わったところなのか、こちらに向かってくる足音が聞こえ、視線を上げるとキョウコが立っていた。
「全く…アルったら、いつの間にあんな捨て猫を鎧の中に……って、エド、どうしたの?そんなところに座って」
首を傾げて、同じ目線になるようにしゃがむと、エドは未だぼーっとしたまま口を開く。
「…………なぁ、キョウコ」
「何?」
「…………この後、ポニーテールにするんだよな」
「うん。そうだよ」
「…………だったら、オレに髪結わせてくれないか?」
後になって考えると、よくもまぁ、自分があんな事言えたもんだ、とエドは振り返る。
気がつけば、エドはキョウコの部屋の中にいた。
考え事に囚 われていた意識がぱんっと弾け、金色の目をまばたきする。
「へ?」
そして、キョウコはそんなエドの前に座っている。
(どうして……こんな事に)
いつもなら、艶めくポニーテール――それが長く指通りのよさそうな黒髪となって――背中が覆われている。
女の子同士なら、ヘアスタイルのコーディネートを受けるはずだ。
(キョウコの髪って、綺麗で長くて、いじりがいのある髪なのよのねぇ。by.ウィンリイ)
彼女も満更ではないようで、そのお遊びに付き合っている。
アルによると、ひそかに楽しみにしているようらしい。
男の自分がそんなことをしてもいいのだろうか?
そう思いながら、キョウコの艶やかな髪の一房を手に取る。
櫛を髪に通す度に、ほのかに漂う甘い匂い。
(うあー。キョウコ、いい匂いがするー。たぶん、シャンプーとかリンスの匂い、女の子の匂いだ)
ちょっと幸せ気分。
すると、キョウコが少しだけ顔を振り向けて、恥ずかしそうに美貌を揺らす。
「実は、あたし……ちょっとドキドキしてるの。こうやって、男の子に髪を結ってもらうのって、初めてだから」
陶器のように、滑らかで真っ白なその頬が、微かに赤くなっていた。
はにかんだ笑顔を間近で見せられれば、初心 な少年のように真っ赤になり、石像のように固まる。
(ったく、コイツは!なんでそんな無邪気な笑顔を簡単に向けてくるんですか!)
キョウコがきょとん首を傾けながら振り返る。
僅かに迷った挙句、自分と同じ三つ編みに結っていくのに決めた。
キョウコからゴムを受け取ると、最後の仕上げをした。
そして、緩く三つ編みにまとめられたキョウコを見て、エドは思わず吐息を漏らす。
視界がぐらぐら揺れて、思うことは、ただ一つ。
「キョウコ、かわいい……」
との言葉が何倍にも強まって、頭の中を木霊した。
全身が熱くなる。
うわぁ、うわぁ、と混乱が脳裏を渦巻いた。
ちょうどその時、ノブが回され、アルがうなだれた様子で戻ってきた。
とぼとぼと帰ってきたアルは、キョウコに向けて謝罪の言葉を考えていた。
重い溜め息をついて扉を開けて、おそるおそる顔を上げる。
「――あ、アル」
その瞬間、アルの眼が捉えたのは、常にポニーテールにしていた髪を緩く固そうな三つ編みにまとめられたキョウコの姿だった。
「見て。エドに三つ編みにしてもらっちゃった」
頬をほんのりと染めたキョウコは三つ編みにされた黒髪を披露する。
そして、鼻歌混じりに自分の三つ編み姿を見るべく、部屋へと駆けていった。
謝罪を考えていた言葉など全て吹っ飛び、アルは身動ぎもできずに固まった。
その後、キョウコは部屋で三つ編み状態の自分を鏡で無言で眺める。
そして、さりげなく三つ編みをひらめかせた。
今度は角度を変えて。
どうやら、いつもポニーテールだった髪型を変えて、嬉しくなったよう。
ただ、途中から当初の目的を見失っちゃったらしく、キョウコはいろんなポーズでくるくる回り出した。
なんだか楽しくなってきちゃったんでしょう。
実に綺麗な回りっぷり、軸がぶれてません。
三つ編みとスカートが素敵に翻ってます。
そんな感じで、ノリノリのキョウコの部屋を覗く、二つの影――エドとアルである。
不意に、彼女の三つ編みを揺った張本人であるエドに視線を向け、問いつめる。
「兄さん……どういう風の吹き回し?というか、キョウコを見る視線に熱が入ってるというか……もしかして、下ろした髪のキョウコが魅力的過ぎたとか?」
その問いに、いつもの彼なら、
「ななななな何言ってやがる!!」
とか言っていただろうが、エドは真剣な顔で頷く。
「……………あぁ」
男同士だからかもしれませんが……それでも、こうまで素直に言うとは、エドがどれだけ切羽詰まってるかが、わかろうものです。
そんないつもと違う兄に、アルは話を聞いてみることにする。
「ボクが姉さんに説教されている間に、何かあったの?」
「実は……」
視線をキョウコにロックオンしたまま、エドは説明を始める。
ポニーテールのキョウコは凛々しさの方が強かったが、ゆるりと流され、腰まである黒髪の姿は想像もできない、無防備な可憐さに見惚れたり。
髪を梳かし、結ぶ際に、長い髪の隙間からちらりと見えた、透けるような白いうなじがまぶしかったり。
それらに、ちょっとムラムラしたり。
エドが何故か体育座りになってしまうのも、無理もないでしょう。
「それは…………わかるよ、兄さん」
「だよな。弟よ」
エドの視線を追った後、しばらく無言だったアルだったが、
「…………いい眺めだね」
「…………そうだな」
気がつけば、隣で体育座りしていた。
いやいや、アルも十分若いですよ。
扉の隙間からキョウコのことをガン見して体育座りする兄弟。
でも二人とも、ずっとその場所にいると、キョウコに気づかれてしまいますよ。
ふと、こちらを無言で見つめる視線を感じて顔を上げる。
いつの間にか部屋の扉が開かれ、上向きの視界の中心に、キョウコが立っていた。
『………』
目が合った。
『………』
凄く目が合った。
『……………』
物凄く目が……そこでようやく、二人は覚醒する。
「ねっ、姉さん!!」
「おっおまっおまおまっ」
二人は驚きすぎて口から出る言葉も言葉になってません。
「おまっ」
多分『おまえいつからそこにいやがった!!』とか言いたいんでしょう。
「なんか変な視線を感じたから」
瞬時に、キョウコの目つきは変わった。
兄弟はまじまじと、キョウコの凛々しさ溢れる美貌を見つめ直した。
今まで凛々しい風情の淑やかさだったのに、迫力が半端ではない。
いつの間にか、彼女は微笑みを浮かべていた。
ただし、目は笑っていない。
冷徹な迫力に満ちた微笑むキョウコを中心に、周りの気温が一気に下がる。
ぞくり、と兄弟の背筋が冷えた。
キョウコはおもむろに両手を合わせ、頭上に伸ばす。
その掌から、莫大な冷気が集まる。
直後、屋内からの冷気混じりの突風と共に、震動がホテルを揺さぶった。
(追記)
兄弟はしばらくの間、キョウコに一切逆らうことはできませんでした。
この鎧の姿になってからは、食欲や睡眠は必要もなくなり、痛覚は感じられなくなってしまったが、この散策が好きだった。
「――ん?」
すると、家と家の間に、路地ともいえる隙間があるのに気づく。
薄暗い路地に入ると、段ボール箱に入った動物――捨て猫が入れられていた。
「…………………」
彼は大の猫好きである。
時々、鎧の中に隠しては兄のエドに見つかって怒鳴られ、号泣して逃げ出すのみ。
だが、キョウコなら……と考えて、彼は、この後の運命が最悪なものとなるのを知らなかった。
本当に恐ろしいのは、兄ではなく、姉と慕う彼女であることを。
そろそろと帰って来たアルを待ち構えていたのは、腕を組んで仁王立ちをするエドだった。
「…アル、こんなところで、一体、今まで、何をしてたんだ?」
エドは厳しい詰問の視線を突き刺すと、アルは誤魔化し笑いをしながら、そろりと身を引く。
「いや…ほらね?あの…散歩だよ!」
言葉を濁すアルの言い訳に、エドはこめかみを押さえて怒鳴った。
「アル!!また猫拾って来たな、捨てて来い!!」
「――ん?」
エドの怒鳴り声が響いてきて、別室で髪を
兄弟が宿泊する部屋の扉を開けて、首を傾げて訊ねる。
「どうしたの、エド?」
「キョウコ!アルの奴、また猫拾って――来て……」
大声が尻すぼみに消えていったのは、彼女の髪型を見たからだろうか。
特に芸もなく、ただ無造作に結んでいたポニーテールの髪が下ろされていた。
それだけで、腰まで届くかというキョウコの癖のつかない漆黒の髪。
艶やかな黒髪が肩を滑り落ちていく様子は、サラサラと音が聞こえてくるかのようだった。
エドはドキドキしながら頷いた。
「う、うん」
「もう……エド、そんなに怒らなくてもいいんじゃない?」
「だってさぁ…」
エドがふて腐れたように抗議の声をあげると、キョウコはアルへと向き直る。
「アル、エドの気持ちもわかってちょうだい。捨て猫がかわいそうなのはわかるけど……そうだ。だったら、あたしも一緒に元の場所に行ってあげようか?」
穏やかに微笑みかけられて、しかし鎧の身体が硬直する。
瞬時に違和感を察知し、キョウコの目が細くなる。
「………アル、何か隠してるでしょ?」
「い、いや、その……」
「その鎧の中、見せなさい」
有無を言わさぬ口調での宣告、その迫力に気圧され、
「はい」
観念して頭部を外し、身を屈め、鎧の中身を二人に見せた。
(増えてるー!!)
鎧の中は無数の猫達が集まり、鳴き声があちこちから聞こえてくる。
エドが目を剥いて絶句する中、キョウコは無表情で、一切内心の読めない淡々とした声で言った。
「アル、あたしの所へ来なさい。猫達はそれが終わってから、元の場所に返してくるのよ」
淡々とした無表情を、にこやかな笑みへと変え、
「この尋常ない猫の数……一回で拾って来たってわけじゃないわね。さぁ、白状してもらうわよ」
キョウコの説教が始まった。
エドが外で待機する間、胸の前で腕を組んで立つキョウコと正座するアルが部屋に残される。
アルは床に正座して、神妙にキョウコの説教を受け続けていた。
その姿を実際に見なくても、何が起こっているのかはもう、大体伝わっている。
結局、一時間あまりも延々と説教され、冷たくされ、たっぷりと
凛々しい美少女と向かい合い、しかも二人きりで語らう。
まさか、そんな時間がこれほど苦痛になるとは思わなかったアルであった。
お小言を頂戴している間、エドは体育座りになって放心する。
(キョウコって……髪ほどくと、あんな可愛く見えるんだなぁ)
髪の毛を下ろしたキョウコというのが新鮮だったし、少し顔や身体を動かすと、その長い黒髪も揺れ、いつも以上に美しく見せていた。
と、ようやく説教が終わったところなのか、こちらに向かってくる足音が聞こえ、視線を上げるとキョウコが立っていた。
「全く…アルったら、いつの間にあんな捨て猫を鎧の中に……って、エド、どうしたの?そんなところに座って」
首を傾げて、同じ目線になるようにしゃがむと、エドは未だぼーっとしたまま口を開く。
「…………なぁ、キョウコ」
「何?」
「…………この後、ポニーテールにするんだよな」
「うん。そうだよ」
「…………だったら、オレに髪結わせてくれないか?」
後になって考えると、よくもまぁ、自分があんな事言えたもんだ、とエドは振り返る。
気がつけば、エドはキョウコの部屋の中にいた。
考え事に
「へ?」
そして、キョウコはそんなエドの前に座っている。
(どうして……こんな事に)
いつもなら、艶めくポニーテール――それが長く指通りのよさそうな黒髪となって――背中が覆われている。
女の子同士なら、ヘアスタイルのコーディネートを受けるはずだ。
(キョウコの髪って、綺麗で長くて、いじりがいのある髪なのよのねぇ。by.ウィンリイ)
彼女も満更ではないようで、そのお遊びに付き合っている。
アルによると、ひそかに楽しみにしているようらしい。
男の自分がそんなことをしてもいいのだろうか?
そう思いながら、キョウコの艶やかな髪の一房を手に取る。
櫛を髪に通す度に、ほのかに漂う甘い匂い。
(うあー。キョウコ、いい匂いがするー。たぶん、シャンプーとかリンスの匂い、女の子の匂いだ)
ちょっと幸せ気分。
すると、キョウコが少しだけ顔を振り向けて、恥ずかしそうに美貌を揺らす。
「実は、あたし……ちょっとドキドキしてるの。こうやって、男の子に髪を結ってもらうのって、初めてだから」
陶器のように、滑らかで真っ白なその頬が、微かに赤くなっていた。
はにかんだ笑顔を間近で見せられれば、
(ったく、コイツは!なんでそんな無邪気な笑顔を簡単に向けてくるんですか!)
キョウコがきょとん首を傾けながら振り返る。
僅かに迷った挙句、自分と同じ三つ編みに結っていくのに決めた。
キョウコからゴムを受け取ると、最後の仕上げをした。
そして、緩く三つ編みにまとめられたキョウコを見て、エドは思わず吐息を漏らす。
視界がぐらぐら揺れて、思うことは、ただ一つ。
「キョウコ、かわいい……」
との言葉が何倍にも強まって、頭の中を木霊した。
全身が熱くなる。
うわぁ、うわぁ、と混乱が脳裏を渦巻いた。
ちょうどその時、ノブが回され、アルがうなだれた様子で戻ってきた。
とぼとぼと帰ってきたアルは、キョウコに向けて謝罪の言葉を考えていた。
重い溜め息をついて扉を開けて、おそるおそる顔を上げる。
「――あ、アル」
その瞬間、アルの眼が捉えたのは、常にポニーテールにしていた髪を緩く固そうな三つ編みにまとめられたキョウコの姿だった。
「見て。エドに三つ編みにしてもらっちゃった」
頬をほんのりと染めたキョウコは三つ編みにされた黒髪を披露する。
そして、鼻歌混じりに自分の三つ編み姿を見るべく、部屋へと駆けていった。
謝罪を考えていた言葉など全て吹っ飛び、アルは身動ぎもできずに固まった。
その後、キョウコは部屋で三つ編み状態の自分を鏡で無言で眺める。
そして、さりげなく三つ編みをひらめかせた。
今度は角度を変えて。
どうやら、いつもポニーテールだった髪型を変えて、嬉しくなったよう。
ただ、途中から当初の目的を見失っちゃったらしく、キョウコはいろんなポーズでくるくる回り出した。
なんだか楽しくなってきちゃったんでしょう。
実に綺麗な回りっぷり、軸がぶれてません。
三つ編みとスカートが素敵に翻ってます。
そんな感じで、ノリノリのキョウコの部屋を覗く、二つの影――エドとアルである。
不意に、彼女の三つ編みを揺った張本人であるエドに視線を向け、問いつめる。
「兄さん……どういう風の吹き回し?というか、キョウコを見る視線に熱が入ってるというか……もしかして、下ろした髪のキョウコが魅力的過ぎたとか?」
その問いに、いつもの彼なら、
「ななななな何言ってやがる!!」
とか言っていただろうが、エドは真剣な顔で頷く。
「……………あぁ」
男同士だからかもしれませんが……それでも、こうまで素直に言うとは、エドがどれだけ切羽詰まってるかが、わかろうものです。
そんないつもと違う兄に、アルは話を聞いてみることにする。
「ボクが姉さんに説教されている間に、何かあったの?」
「実は……」
視線をキョウコにロックオンしたまま、エドは説明を始める。
ポニーテールのキョウコは凛々しさの方が強かったが、ゆるりと流され、腰まである黒髪の姿は想像もできない、無防備な可憐さに見惚れたり。
髪を梳かし、結ぶ際に、長い髪の隙間からちらりと見えた、透けるような白いうなじがまぶしかったり。
それらに、ちょっとムラムラしたり。
エドが何故か体育座りになってしまうのも、無理もないでしょう。
「それは…………わかるよ、兄さん」
「だよな。弟よ」
エドの視線を追った後、しばらく無言だったアルだったが、
「…………いい眺めだね」
「…………そうだな」
気がつけば、隣で体育座りしていた。
いやいや、アルも十分若いですよ。
扉の隙間からキョウコのことをガン見して体育座りする兄弟。
でも二人とも、ずっとその場所にいると、キョウコに気づかれてしまいますよ。
ふと、こちらを無言で見つめる視線を感じて顔を上げる。
いつの間にか部屋の扉が開かれ、上向きの視界の中心に、キョウコが立っていた。
『………』
目が合った。
『………』
凄く目が合った。
『……………』
物凄く目が……そこでようやく、二人は覚醒する。
「ねっ、姉さん!!」
「おっおまっおまおまっ」
二人は驚きすぎて口から出る言葉も言葉になってません。
「おまっ」
多分『おまえいつからそこにいやがった!!』とか言いたいんでしょう。
「なんか変な視線を感じたから」
瞬時に、キョウコの目つきは変わった。
兄弟はまじまじと、キョウコの凛々しさ溢れる美貌を見つめ直した。
今まで凛々しい風情の淑やかさだったのに、迫力が半端ではない。
いつの間にか、彼女は微笑みを浮かべていた。
ただし、目は笑っていない。
冷徹な迫力に満ちた微笑むキョウコを中心に、周りの気温が一気に下がる。
ぞくり、と兄弟の背筋が冷えた。
キョウコはおもむろに両手を合わせ、頭上に伸ばす。
その掌から、莫大な冷気が集まる。
直後、屋内からの冷気混じりの突風と共に、震動がホテルを揺さぶった。
(追記)
兄弟はしばらくの間、キョウコに一切逆らうことはできませんでした。