外伝2
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ちょこん、と置かれた白と黒の子犬を見て、リザは単刀直入に訊ねた。
「…………なんですか。これは」
その質問に、ファルマンがまるで辞書を読んでいるかのごとく犬についての知識を告げる。
「[イヌ]、食肉目イヌ科。 学名Canis familiaris。原種はオオカミとされ、群れを作って狩りをする習性を持つ」
「そんな事を訊いてるんじゃないのよ。ファルマン准尉」
その時、フュリーが小皿とタオルを持ってやって来た。
「すみません!僕が今朝、拾ってきた犬です!」
「へえ。この犬飼うのか、フュリー曹長」
「いえ。うちは寮なので、飼えないんですよ」
どうやら捨て犬らしく、本当なら引き取って飼いたいところだが、寮住まいなので動物の飼育許可は出ていない。
それを聞いたリザは注意する。
「世話ができないのなら、拾って来てはダメよ」
「この雨の中、ふるえてたからかわいそうで、つい……そうだ。誰かこの犬、飼ってくれませんか?」
「うち、寮だから無理だな」
ファルマンも寮住まいらしく、腕を組んで答える。
「ブレダ少尉は…………」
「犬嫌い!!大っっっ嫌い!!」
犬嫌いのブレダは近づきたくないようで、扉の影に身を潜める。
「……ダメですか……」
身近にいる同僚に話してみたが、飼い主候補は見つからず、フュリーは悄然と肩を落とす。
すると、扉の影に隠れるブレダの後ろから、幼さを残した凛々しい少女の声がかかった。
「こんにちは」
彼女にしてみれば軽く声をかけた程度の、しかし本人には突然の登場に驚いて飛び上がる。
「ぎゃあああっ!!」
「きゃああああっ!?」
同時にあがる二つの叫び声に、リザ達は一斉に振り返る。
「どうしたの?」
「ブレダ少尉?」
「おいおい。いくら犬嫌いっつっても、リアクションが大きすぎるぞ」
その時、ちょうど傍を通りがかったハボックは発見した。
狼狽するブレダの後ろにいる少女を捉え、目が合う。
「――ん?キョウコじゃねぇか」
キョウコは驚きで涙を溜めた両目を拭うと、
「はわっ!ハボックさん!ここここんにちは」
顔を真っ赤にして、慌ててお辞儀をする。
ブレダの後ろに隠れていたキョウコの姿を、リザがようやく確認した。
「今の叫び声……キョウコちゃん?」
「リザさん、こんにちは」
黒く長い髪をポニーテールにしているキョウコは黒いコートを羽織ってはおらず、手に持っている。
リザは、落ち着きなく視線を視線を泳がせる少女に気づいて謝る。
「もしかして、驚かせちゃった?ごめんなさいね」
自分のせいでキョウコが驚いたことにされて、ブレダは軽いショックを受け
「オレのせい!?」
落ち込む彼の肩をファルマンが激励のごとく叩いた。
「何か、話が聞こえてきたんですけど、犬が飼えないとか…」
「そうなんだよ。あっ、キョウコちゃん!もし良かったら、この犬――」
白と黒の子犬を見た途端、興奮からくる赤らみに顔まで染めて瞳を輝かせる。
「カワイイ~!どうしたんですか!?この子~!」
フュリーの腕から子犬を抱き上げ、頬を寄せた。
「僕が今朝、拾ってきた犬なんですよ。でも、うちは寮なので、飼えないんですが…」
「うちも、寮だから無理だ」
「犬嫌い!!大っっっ嫌い!!」
それぞれの事情から動物を飼えないと聞いたキョウコは子犬を撫でながら、視線だけをフュリーに向けた。
「うーん…あたし達、旅から旅への身なんで、飼っていけるかどうか……」
「じゃあ、俺がもらおう」
横から、ひょい、とハボックの手が伸び、キョウコの腕の中から子犬を摘んだ。
「俺、犬は好きだぞ」
「うわぁ。ありがとうございます、ハボック少尉!」
ハボックは真面目な顔で、子犬を目の高さまで持ち上げると、深く考えもせずに言った。
「炒めて食うと、美味いらしい」
まさかの食用犬目的で引き取ったハボックに、周りがぎょっと目を剥く。
「ここからはるか、東のほうの国じゃ食用に飼っててな。赤犬が一番、美味いっていう…」
確かに、東南アジアの一部の地域では食用として犬を飼育して食べる習慣がある。
リザがハボックの手から素早く子犬を救出し、フュリーへと渡す。
「他の飼い主をさがしましょうね」
「はい…」
恐ろしい事実を聞いてしまったフュリーは身体をぷるぷるさせている。
「冗談っスよ」
今の言葉は全く冗談に聞こえないのだが。
すると、キョウコがおそるおそる挙手した。
「一応…エドとアルにも訊いてみましょうか?」
「そうね、いい考えだわ。エドワード君とアルフォンス君はどこに?」
「あたしが案内します」
「じゃあ、フュリー曹長、行って来なさい」
「えぇぇ!!僕も!?」
ぱっと顔を跳ね上げたフュリーは、何故か戸惑っている様子だ。
「拾って来たのはあなたなのだから、責任を持って飼い主を見つけてきなさい」
「………わかりました」
知らず、肩から盛大に力が抜ける。
気弱なフュリーはリザに反論できないまま、キョウコと共に行動することになった。
早速、キョウコの案内で兄弟のもとへ向かったフュリーは、捨て犬の飼い主候補を探していると伝える。
はたして兄弟は声を揃えた。
「「犬?」」
エドはきっぱりと否定する。
「無理だよ。オレらみたいな根無し草がペットなんて」
「やっぱりダメかぁ…」
「だいたい、曹長は人が良すぎだよ。飼う資格も条件も揃ってないのに、動物を拾って来ちゃダメだろ。キョウコもキョウコだ。わざわざオレらに訊かなくても、わかるだろうが」
「だって……」
彼女の憂いに揺れる瞳が、正面からじっとエドの顔を見つめる。
切ない、必死な眼差し。
エドはめまいにも似た感覚を味わった。
(ちょっ、そんな切なそうな目で…しかも上目遣いとか止めてくれよ)
そんな葛藤をしながら、しかしエドは心を鬼にする。
「そんな目をしても、ダメな物はダメだ。なっ、アル」
そう言って、やけに無表情で直立不動の姿勢を取る弟に話しかける。
途端に顔を青ざめ、びくっと動揺する。
その瞬間、鎧の中から、
「にゃーーーーーー」
という猫の鳴き声が聞こえてきた。
次に、カリカリ、と鎧の内側を爪が引っ掻く音が聞こえて、エドの頬に青筋が浮かぶ。
「また、猫拾って来て中で飼ってるな、アル!!」
「だって雨の中で寒そうにしてたんだもん!!飼ってもいいでしょ!?」
「ダメ!!元の所に捨てて来い!!」
「兄さんのバカ!!ひとでなし!!」
アルは鎧を揺らし、号泣しながら逃げ出した。
鎧の中から、猫の悲痛な鳴き声が響く。
「走るな!!ネコ、かわいそう!!」
もはや、捨て犬なんか関係なく背を向けて走っていってしまった兄弟。
「……」
フュリーは唖然として見つめる。
「アルったら、たまにああやって鎧の中に猫飼ってるんですよ。エド、厳しいから」
キョウコは猫を飼うことに賛成なのだが、エドが許してくれず、アルは先程のような行動を取っている。
よし、と気を取り直してキョウコは振り向く。
「ここでくじけても始まりませんから、フュリー曹長、次の飼い主候補を探しましょう」
「そ、そうだね」
落ち着かない様子のフュリーが、固い表情で答えた。
フュリーはキョウコと並んで廊下を歩いていた。
二人で歩いていれば当然、周りの視線が飽きることなく向けられてきたが、そんなことよりも遥かに隣にいるキョウコが気になって仕方ない。
そうっと、彼女の美貌を窺う。
キョウコは凄く綺麗で、本当に軍部の有名人だ。
途中、他の軍人から手振られたり、声をかけられると、キョウコも笑顔で応える。
覇気と淑 やかさに満ちた、幼くも凛々しい相貌。
揺るぎない強さを湛えた黒い瞳。
艶やかな黒髪をポニーテールにまとめる美少女・キョウコは(黙っていれば)、綺麗で凛々しい印象を与える。
「キョウコちゃんって綺麗なのに、その事を気取った様子もないし、ありがちな驕慢さもないよねー……」
「え………?」
思わず漏れたつぶやきにフュリーは驚いた表情で硬直し、悲鳴に近い抗議の声をあげる。
「あっ、今のは独り言だから!気にしないで!」
キョウコは最初、目を丸くしていたが、やがて小さく吹き出した。
「そうですか?あたしは別に、自分が綺麗とか、そんなふうに思ってもいません」
15歳らしからぬ美貌が綻び、口許に笑みが刻まれる。
真正面から見たキョウコの微笑みに、フュリーの顔には一気に熱が増していく。
その時、キョウコは前方に歩く人物に、あっ、と胸中で漏らす。
気づいた時には、ロイが後ろを振り返っていた。
「おや。珍しい組み合わせだな」
「大佐!ちょっと相談したいことが……」
キョウコは早速、子犬の飼い主候補について話し始めた。
「ほぉ、犬か!」
ロイは嬉しそうに笑いながら子犬の頭を撫でる。
「犬は好きだぞ」
「本当ですか!?」
「何より、その忠誠心!!主人の命令には絶っっっ対服従!過酷に扱っても文句を言わんし、給料もいらん!そう!まさに人間のしもべ!いいねぇ、犬!!大好きだ!!」
早口で紡がれた傲慢ともいえる言葉。
犬にだって感情はあるし、従順になんでも言うことを理解してくれるわけではない。
犬に対して間違った考えを持つロイに、二人はすぐさま悟った。
――この人に飼わせてはいけない…!!
散々、周囲の人達に声をかけてみたが誰も引き取る人物はおらず、いっこうに飼い主候補は見つからない。
ロイは眉を寄せて考え込む。
「そうか。飼い主がみつからない時は、また捨てて来いと…」
「はい…中尉も冷たいです。こんな雨の中に、また放り出せなんて…」
フュリーは悲しげに目を伏せ、未だに雨が降っている空を見上げる。
「なに、心配する事は無い。ホークアイ中尉は、ああ見えてやさしい人だよ」
「…………はぁ……」
「飼い主は見つかったの。キョウコちゃん、フュリー曹長」
背後からリザに声をかけられた二人はびくっと肩を跳ね上げ、あからさまに狼狽する。
「あ…あの、いや、その………………」
「みつからなかったのね?」
「はい…約束通り、元の場所に…」
すると、リザは肩を落とすフュリーの腕から子犬を抱き上げた。
「そうね、飼い主候補がいないならしょうがないわね、私が引き取ります。うちのしつけは厳しいわよ?」
仕方ないように苦笑を浮かべながらも、満更でもない顔を向ける。
「リザさん……!!」
「中尉……!!」
「だから言っただろう。彼女はやさしい人だと」
子犬は無事にリザに引き取られ、
「飼い主がみつかってよかったです」
キョウコは安堵したように笑って、執務室から出ていった。
フュリーも同じように安堵して、嬉しそうに笑っている。
「よかったなぁ。飼い主がみつかって」
子犬は皿の中の牛乳を美味しそうに飲んでいる。
「中尉なら、しつけもきちんとしてかわいがってくれそうだしな」
「ひと安心です」
早速、壁に向かって粗相を始めた。
「あ。あーあ。早速、粗相を…」
トイレで排泄の仕方がわからない、愛らしい姿を見て、フュリーは朗らかに笑う。
その時だった。
突然、拳銃を構えたリザが子犬に向かって発砲した。
躾とはほど遠い容赦なさすぎな行動に、ロイ達の顔は一気に青ざめる。
弾は当たらなかったものの、二本足で壁に貼りつく子犬の周りには銃弾の跡。
「だめよ。トイレはここ。わかった?」
リザがトイレを指差すと、子犬は体を震わせながら何度も全力で頷いた。
「そう、いい子ね」
先程の容赦ないリザの発砲からすっかり怯えて震え、
「仕事しよう!!」
ロイ達は急いでその場から立ち去る。
「すいません!あたしったら、コート忘れてきちゃって………どうしたんですか?」
慌てた様子で扉を開けた途端、 顔を青ざめるロイ達に、キョウコは首を傾げるばかりであった。
――一騒動去って「中尉には絶対に逆らわないでおこう」と誓った、東方司令部の面々であった…。
おまけ。
「我が家の愛犬。名を、ブラックハヤテ号と言います」
こうして引き取られた子犬は『ブラックハヤテ号』と名づけられた。
「君、ネーミングセンスは無いんだね」
リザが名づけた微妙な名前に、ロイはこれまた微妙な反応しか返せない。
「ブラックハヤテー」
「キョウコ!?」
しかし、キョウコはすっかり順応していた。
「…………なんですか。これは」
その質問に、ファルマンがまるで辞書を読んでいるかのごとく犬についての知識を告げる。
「[イヌ]、食肉目イヌ科。 学名Canis familiaris。原種はオオカミとされ、群れを作って狩りをする習性を持つ」
「そんな事を訊いてるんじゃないのよ。ファルマン准尉」
その時、フュリーが小皿とタオルを持ってやって来た。
「すみません!僕が今朝、拾ってきた犬です!」
「へえ。この犬飼うのか、フュリー曹長」
「いえ。うちは寮なので、飼えないんですよ」
どうやら捨て犬らしく、本当なら引き取って飼いたいところだが、寮住まいなので動物の飼育許可は出ていない。
それを聞いたリザは注意する。
「世話ができないのなら、拾って来てはダメよ」
「この雨の中、ふるえてたからかわいそうで、つい……そうだ。誰かこの犬、飼ってくれませんか?」
「うち、寮だから無理だな」
ファルマンも寮住まいらしく、腕を組んで答える。
「ブレダ少尉は…………」
「犬嫌い!!大っっっ嫌い!!」
犬嫌いのブレダは近づきたくないようで、扉の影に身を潜める。
「……ダメですか……」
身近にいる同僚に話してみたが、飼い主候補は見つからず、フュリーは悄然と肩を落とす。
すると、扉の影に隠れるブレダの後ろから、幼さを残した凛々しい少女の声がかかった。
「こんにちは」
彼女にしてみれば軽く声をかけた程度の、しかし本人には突然の登場に驚いて飛び上がる。
「ぎゃあああっ!!」
「きゃああああっ!?」
同時にあがる二つの叫び声に、リザ達は一斉に振り返る。
「どうしたの?」
「ブレダ少尉?」
「おいおい。いくら犬嫌いっつっても、リアクションが大きすぎるぞ」
その時、ちょうど傍を通りがかったハボックは発見した。
狼狽するブレダの後ろにいる少女を捉え、目が合う。
「――ん?キョウコじゃねぇか」
キョウコは驚きで涙を溜めた両目を拭うと、
「はわっ!ハボックさん!ここここんにちは」
顔を真っ赤にして、慌ててお辞儀をする。
ブレダの後ろに隠れていたキョウコの姿を、リザがようやく確認した。
「今の叫び声……キョウコちゃん?」
「リザさん、こんにちは」
黒く長い髪をポニーテールにしているキョウコは黒いコートを羽織ってはおらず、手に持っている。
リザは、落ち着きなく視線を視線を泳がせる少女に気づいて謝る。
「もしかして、驚かせちゃった?ごめんなさいね」
自分のせいでキョウコが驚いたことにされて、ブレダは軽いショックを受け
「オレのせい!?」
落ち込む彼の肩をファルマンが激励のごとく叩いた。
「何か、話が聞こえてきたんですけど、犬が飼えないとか…」
「そうなんだよ。あっ、キョウコちゃん!もし良かったら、この犬――」
白と黒の子犬を見た途端、興奮からくる赤らみに顔まで染めて瞳を輝かせる。
「カワイイ~!どうしたんですか!?この子~!」
フュリーの腕から子犬を抱き上げ、頬を寄せた。
「僕が今朝、拾ってきた犬なんですよ。でも、うちは寮なので、飼えないんですが…」
「うちも、寮だから無理だ」
「犬嫌い!!大っっっ嫌い!!」
それぞれの事情から動物を飼えないと聞いたキョウコは子犬を撫でながら、視線だけをフュリーに向けた。
「うーん…あたし達、旅から旅への身なんで、飼っていけるかどうか……」
「じゃあ、俺がもらおう」
横から、ひょい、とハボックの手が伸び、キョウコの腕の中から子犬を摘んだ。
「俺、犬は好きだぞ」
「うわぁ。ありがとうございます、ハボック少尉!」
ハボックは真面目な顔で、子犬を目の高さまで持ち上げると、深く考えもせずに言った。
「炒めて食うと、美味いらしい」
まさかの食用犬目的で引き取ったハボックに、周りがぎょっと目を剥く。
「ここからはるか、東のほうの国じゃ食用に飼っててな。赤犬が一番、美味いっていう…」
確かに、東南アジアの一部の地域では食用として犬を飼育して食べる習慣がある。
リザがハボックの手から素早く子犬を救出し、フュリーへと渡す。
「他の飼い主をさがしましょうね」
「はい…」
恐ろしい事実を聞いてしまったフュリーは身体をぷるぷるさせている。
「冗談っスよ」
今の言葉は全く冗談に聞こえないのだが。
すると、キョウコがおそるおそる挙手した。
「一応…エドとアルにも訊いてみましょうか?」
「そうね、いい考えだわ。エドワード君とアルフォンス君はどこに?」
「あたしが案内します」
「じゃあ、フュリー曹長、行って来なさい」
「えぇぇ!!僕も!?」
ぱっと顔を跳ね上げたフュリーは、何故か戸惑っている様子だ。
「拾って来たのはあなたなのだから、責任を持って飼い主を見つけてきなさい」
「………わかりました」
知らず、肩から盛大に力が抜ける。
気弱なフュリーはリザに反論できないまま、キョウコと共に行動することになった。
早速、キョウコの案内で兄弟のもとへ向かったフュリーは、捨て犬の飼い主候補を探していると伝える。
はたして兄弟は声を揃えた。
「「犬?」」
エドはきっぱりと否定する。
「無理だよ。オレらみたいな根無し草がペットなんて」
「やっぱりダメかぁ…」
「だいたい、曹長は人が良すぎだよ。飼う資格も条件も揃ってないのに、動物を拾って来ちゃダメだろ。キョウコもキョウコだ。わざわざオレらに訊かなくても、わかるだろうが」
「だって……」
彼女の憂いに揺れる瞳が、正面からじっとエドの顔を見つめる。
切ない、必死な眼差し。
エドはめまいにも似た感覚を味わった。
(ちょっ、そんな切なそうな目で…しかも上目遣いとか止めてくれよ)
そんな葛藤をしながら、しかしエドは心を鬼にする。
「そんな目をしても、ダメな物はダメだ。なっ、アル」
そう言って、やけに無表情で直立不動の姿勢を取る弟に話しかける。
途端に顔を青ざめ、びくっと動揺する。
その瞬間、鎧の中から、
「にゃーーーーーー」
という猫の鳴き声が聞こえてきた。
次に、カリカリ、と鎧の内側を爪が引っ掻く音が聞こえて、エドの頬に青筋が浮かぶ。
「また、猫拾って来て中で飼ってるな、アル!!」
「だって雨の中で寒そうにしてたんだもん!!飼ってもいいでしょ!?」
「ダメ!!元の所に捨てて来い!!」
「兄さんのバカ!!ひとでなし!!」
アルは鎧を揺らし、号泣しながら逃げ出した。
鎧の中から、猫の悲痛な鳴き声が響く。
「走るな!!ネコ、かわいそう!!」
もはや、捨て犬なんか関係なく背を向けて走っていってしまった兄弟。
「……」
フュリーは唖然として見つめる。
「アルったら、たまにああやって鎧の中に猫飼ってるんですよ。エド、厳しいから」
キョウコは猫を飼うことに賛成なのだが、エドが許してくれず、アルは先程のような行動を取っている。
よし、と気を取り直してキョウコは振り向く。
「ここでくじけても始まりませんから、フュリー曹長、次の飼い主候補を探しましょう」
「そ、そうだね」
落ち着かない様子のフュリーが、固い表情で答えた。
フュリーはキョウコと並んで廊下を歩いていた。
二人で歩いていれば当然、周りの視線が飽きることなく向けられてきたが、そんなことよりも遥かに隣にいるキョウコが気になって仕方ない。
そうっと、彼女の美貌を窺う。
キョウコは凄く綺麗で、本当に軍部の有名人だ。
途中、他の軍人から手振られたり、声をかけられると、キョウコも笑顔で応える。
覇気と
揺るぎない強さを湛えた黒い瞳。
艶やかな黒髪をポニーテールにまとめる美少女・キョウコは(黙っていれば)、綺麗で凛々しい印象を与える。
「キョウコちゃんって綺麗なのに、その事を気取った様子もないし、ありがちな驕慢さもないよねー……」
「え………?」
思わず漏れたつぶやきにフュリーは驚いた表情で硬直し、悲鳴に近い抗議の声をあげる。
「あっ、今のは独り言だから!気にしないで!」
キョウコは最初、目を丸くしていたが、やがて小さく吹き出した。
「そうですか?あたしは別に、自分が綺麗とか、そんなふうに思ってもいません」
15歳らしからぬ美貌が綻び、口許に笑みが刻まれる。
真正面から見たキョウコの微笑みに、フュリーの顔には一気に熱が増していく。
その時、キョウコは前方に歩く人物に、あっ、と胸中で漏らす。
気づいた時には、ロイが後ろを振り返っていた。
「おや。珍しい組み合わせだな」
「大佐!ちょっと相談したいことが……」
キョウコは早速、子犬の飼い主候補について話し始めた。
「ほぉ、犬か!」
ロイは嬉しそうに笑いながら子犬の頭を撫でる。
「犬は好きだぞ」
「本当ですか!?」
「何より、その忠誠心!!主人の命令には絶っっっ対服従!過酷に扱っても文句を言わんし、給料もいらん!そう!まさに人間のしもべ!いいねぇ、犬!!大好きだ!!」
早口で紡がれた傲慢ともいえる言葉。
犬にだって感情はあるし、従順になんでも言うことを理解してくれるわけではない。
犬に対して間違った考えを持つロイに、二人はすぐさま悟った。
――この人に飼わせてはいけない…!!
散々、周囲の人達に声をかけてみたが誰も引き取る人物はおらず、いっこうに飼い主候補は見つからない。
ロイは眉を寄せて考え込む。
「そうか。飼い主がみつからない時は、また捨てて来いと…」
「はい…中尉も冷たいです。こんな雨の中に、また放り出せなんて…」
フュリーは悲しげに目を伏せ、未だに雨が降っている空を見上げる。
「なに、心配する事は無い。ホークアイ中尉は、ああ見えてやさしい人だよ」
「…………はぁ……」
「飼い主は見つかったの。キョウコちゃん、フュリー曹長」
背後からリザに声をかけられた二人はびくっと肩を跳ね上げ、あからさまに狼狽する。
「あ…あの、いや、その………………」
「みつからなかったのね?」
「はい…約束通り、元の場所に…」
すると、リザは肩を落とすフュリーの腕から子犬を抱き上げた。
「そうね、飼い主候補がいないならしょうがないわね、私が引き取ります。うちのしつけは厳しいわよ?」
仕方ないように苦笑を浮かべながらも、満更でもない顔を向ける。
「リザさん……!!」
「中尉……!!」
「だから言っただろう。彼女はやさしい人だと」
子犬は無事にリザに引き取られ、
「飼い主がみつかってよかったです」
キョウコは安堵したように笑って、執務室から出ていった。
フュリーも同じように安堵して、嬉しそうに笑っている。
「よかったなぁ。飼い主がみつかって」
子犬は皿の中の牛乳を美味しそうに飲んでいる。
「中尉なら、しつけもきちんとしてかわいがってくれそうだしな」
「ひと安心です」
早速、壁に向かって粗相を始めた。
「あ。あーあ。早速、粗相を…」
トイレで排泄の仕方がわからない、愛らしい姿を見て、フュリーは朗らかに笑う。
その時だった。
突然、拳銃を構えたリザが子犬に向かって発砲した。
躾とはほど遠い容赦なさすぎな行動に、ロイ達の顔は一気に青ざめる。
弾は当たらなかったものの、二本足で壁に貼りつく子犬の周りには銃弾の跡。
「だめよ。トイレはここ。わかった?」
リザがトイレを指差すと、子犬は体を震わせながら何度も全力で頷いた。
「そう、いい子ね」
先程の容赦ないリザの発砲からすっかり怯えて震え、
「仕事しよう!!」
ロイ達は急いでその場から立ち去る。
「すいません!あたしったら、コート忘れてきちゃって………どうしたんですか?」
慌てた様子で扉を開けた途端、 顔を青ざめるロイ達に、キョウコは首を傾げるばかりであった。
――一騒動去って「中尉には絶対に逆らわないでおこう」と誓った、東方司令部の面々であった…。
おまけ。
「我が家の愛犬。名を、ブラックハヤテ号と言います」
こうして引き取られた子犬は『ブラックハヤテ号』と名づけられた。
「君、ネーミングセンスは無いんだね」
リザが名づけた微妙な名前に、ロイはこれまた微妙な反応しか返せない。
「ブラックハヤテー」
「キョウコ!?」
しかし、キョウコはすっかり順応していた。