外伝1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――それは、なにげない会話から始まった…。
喫煙所で煙草を吹かすハボックが、誰にも聞かれてはいないだろう、という軽い気持ちで口を開いた。
「――なあ。マスタング大佐とエドワードって、どっちが強いんだろうな」
「そりゃあ、大佐でしょう」
この問いかけに、純朴な顔立ちのフュリーが即答する。
「いや、鋼のもあなどれんぞ。体術はかなりのもので、錬金術もバリエーションに富むと聞いてる」
一方で、常に冷静な進言をするファルマンが反論する。
「接近戦に持ち込んだら、エドが有利か?」
恰幅な体格のブレダがファルマンの意見に同意する。
あからさまな声量で繰り広げられる噂話はますます広がり、やがては東方司令部にざわめきが飛び交うようになった。
「どうなんだ。実際」
「鋼のはあちこちで、派手にやってるそうだぞ」
「おいおい、お前ら、東部内乱の時の大佐を知らんのか?」
「誰か対戦カード組めよ」
軍人達は口々に囁き合う。
その噂はロイの耳にも届いていて、書類を整理しつつ、キョウコとリザに話しかける。
「…近頃、東方司令部内 で、私と鋼のと、どちらが強いかという話で盛り上がっているようだが」
この頃、キョウコは国家錬金術師になるべくリゼンブールを離れ、東方司令部に勤めていた。
服装も、現在の白いシャツに黒スカートではなく、青い軍服を着ている。
女性用軍服はズボン、もしくは膝までの長いタイトスカートなのだが、ロイ曰 く、
「至急、女性兵用のミニスカートを作らせるんだ!!なに?スカートなら既にあるのに、どうしてだと?あれでは、女性の最も美しい部分が隠れてしまっているではないか!!」
とか言ったようだ。
故に、ミニのプリーツスカートだそう。
「気になりますか。大佐」
「ばかばかしい。子供相手に、私がムキになるとでも?」
「でも、どっちが強いか気になるなぁ…」
ぼそりとキョウコがつぶやくと、ぴくりと口の端が引くつくが、すぐに冷静さを取り戻す。
「だいたい、対戦しようにも、鋼のは各地をフラフラしてて、つかまらんだろう。私の勇姿を見せられないのは残念だが、まぁ、仕方が無いというものだ」
その場しのぎをやり過ごしたように、
「はっはっは」
と笑うが、いつの間にか電話をかけていたリザが声をかける。
「エドワード君はちょうど今、査定で中央にいるらしいですよ」
その時、彼女が持つ受話器からは、
《ケンカなら買うぞ、コラァ!!》
すっかりやる気満々であるエドの声が聞こえた。
「いや、我々、人間兵器が本気でぶつかったら、周囲に多大な被害がだな…」
「中央のヒューズ中佐が上にかけあって、練兵場を空けてくれるそうです」
これまた中央に勤務するヒューズに電話をかけたリザがすげなく告げる。
その時、彼女が持つ受話器からは、
《わははは》
場所を手配したヒューズの笑い声が聞こえた。
逃げ場をなくしたロイは机を拳で叩き、声を荒げる。
「…そもそも、そんな事を大総統閣下が許す訳なかろう!!」
国家錬金術師同士での模擬戦は前例のない事態だ。
そんな模擬戦を、大総統が許すはずがない――。
「面白そうじゃないか。良い、許す」
――軍事最高責任者。
――キング・ブラッドレイ大総統。
愉快な笑い声をあげ、気前よくブラッドレイは快諾してくれた。
《戦いたまえ》
かくして、話はまとまった。
エドとの対戦が決定したロイは、リザが持つ電話機の前で放心した体 で立ち尽くす。
キョウコは、エドとロイの戦いに胸を踊らせる。
(……これは、見逃す訳にはいかない)
これは好機なのだ。
失った身体を取り戻す兄弟と共に旅をするべく、東方司令部で勤務する彼女としては、錬金術での戦い方、政治力など、学ぶべきことが多い。
故に"鋼の錬金術師"エドワード・エルリックと"焔の錬金術師"ロイ・マスタングの戦いを実際に見て、後々に生かしたい。
「大佐!是非、エドと戦ってください!」
「なっ…!キョウコまで、何を言い出すんだ!」
「"鋼の錬金術師"エドワード・エルリックと"焔の錬金術師"ロイ・マスタングの戦いは滅多に見れるものではないですし…何より、あたしもまだまだ学ぶべき事が多い身です。実際、この目で見て勉強したいんです!」
苦渋の色に滲む瞳を正面から見据え、キョウコはロイの手を握りしめた。
12歳の勢いに押され、ロイは眉をひそめる。
「う……」
「やっぱりダメですか?」
キョウコが悲しく顔を歪めると、ロイは反射的に首を振った。
「い、いや、そうではない!そんな事はない。だが、ただちょっと待っ――」
「よかった!」
するとキョウコは輝く笑顔になって、ロイの返答も待たず、はしゃいでみせる。
「じゃあ、決まりですね!楽しみです!エドと大佐の対決」
「キョウコちゃん、気をつけてね。周りは男の人だらけだから、もし何かの事があったなら、コレを持っていきなさい」
そう言ってリザから渡されたのは、軍から支給されているオートマチック銃。
「はい!リザさんから教わった銃撃も撃てるよう、頑張ります」
ロイは冷や汗を流しながら、護身用として拳銃を渡した部下を、遠くから見ることしかできなかった。
等間隔に植えられた針葉樹が囲み、広々とした練兵場にて。
国家錬金術師同士が模擬戦を行うという噂を聞きつけて集まった軍人達が遠巻きに取り囲み、そこはさながら即席の闘技場のようだった。
《レッディース、アンードジェントルメン!!中央の練兵場へようこそ!!》
そこに、マイクを通じて練兵場使用を手配したヒューズの声が響き渡った。
《今日はめでてェ、お祭りだ!なんてったって!うちの娘の二歳の誕生日なんだぜ、イエア!!》
『知った事かーーーっ!!』
櫓の上に立つヒューズの親バカ発言に周りはツッコミを浴びせ、ブーー、とブーイングをする。
《中継はオレ、マース・ヒューズ!!実況と解説はキョウコ・アルジェント!!》
隣には、カチコチに緊張した青い軍服姿の少女――キョウコが直立不動の体勢で口許を引き結んでいる。
キョウコは肘でヒューズの脇を小突き、小声で語りかける。
「ヒューズ中佐…なんであたしまで」
「なーに言ってんだ!二人の戦いを見て、来るべき時に向けて勉強すんだろ?」
「え……!?どうしてそれを!?」
「おまえの純粋な眼が語ってるぞ」
すると、ヒューズはキョウコの頭を、子供にそうするように、わしゃわしゃと撫で回した。
キョウコはかああっと頬を赤く染め、 けれども嫌な素振りは見せない。
『何、二人で見つめ合ってんだーー!!』
再び、軍人達から嫉妬の眼差しが浴びせられ、激しくブーイングする。
《OK!!ページも無いから、サクッといこう!!本日のメイン、焔VS鋼の国家錬金術師対決!!》
「身もフタも無い!」
どこからか飛んできた缶が、ヒューズの頭に当たる。
《赤コーナー!!焔の錬金術師、ロイ・マスタング!!》
一同が注視する中、ロイが悠然と入場すると、周りから野次が飛ぶ。
「自分だけうまいこと出世しやがってーーーっ!!」
「オレの彼女かえせー!」
「仕事しろーーーっ!!」
「滅べー!!」
大騒ぎする軍人達の野次を知らんぷりして無視をするが、手法を変えたのかキョウココールが沸き上がる。
「キョウコちゃーん!!」
「色ボケ大佐じゃなくて、オレ達の所に来てくれー!」
たちまち目つきを険しくさせたロイが青筋を立てて叫ぶ。
「キョウコは誰にもやらん!!」
そして、何故かヒューズも参戦する。
「うちの娘とキョウコは誰にもやらんぞー!!」
「大佐!中佐!恥ずかしいのでやめてください!!」
何かしら無視し得ない発言が飛び交って、キョウコは真っ赤になって怒鳴る。
《青コーナー!!鋼の錬金術師、エドワード・エルリック!!》
エドが傲然 と入場すると、周りから野次が飛ぶ。
「うわ、ちっさーーい!!」
「小学生並!!」
「豆つぶ、がんばれー」
ロイとは対照的な声援が送られるが、少年の(ひそかな)コンプレックスにコンボが突き刺さる。
「ちっさい言うな!!」
身長の低さに反応してしまうのはいつも通りなので、すぐに気持ちを切り替える。
「くっくっく…しかしまさか、公衆の面前で堂々と大佐のスカしたツラにぶちかませる日が来ようとは…」
「兄さん、勝算あるの?」
「ゲンコでボコるのみ!!」
なんの気なしにこぼしたアルの言葉に、エドは悪者のような哄笑をあげる。
もう、どうしようもない感じだ。
(どこが錬金術戦だよ…)
つっこむ気も失せたのか、呆れ返ったように兄の後ろ姿を見つめる。
模擬戦開始の合図が告げられる。
《READY!!》
自信満々な笑みを浮かべ、両足の間隔を開き、戦闘体勢を構えるエド。
対するロイは片手をポケットに収め、やれやれ、と溜め息をつく。
《FIGHT!!》
ヒューズの宣言と共に――模擬戦が始まった。
その瞬間、ロイが発火布の手袋で指を鳴らすと、目の前で爆発が起こった。
「げぇ!!」
「すごい!相手に錬成するヒマも与えず、こちらからの先制攻撃!」
ちなみに、キョウコの姿も声もエドには届いていない。
すかさず身を翻し、先制攻撃をかわしたエドは顔を歪める。
「いきなりか、畜生!!」
「『兵は拙速を貴 ぶ』。戦は早く攻め、早く勝負をつける方が良いという事だ」
「なるほど。メモメモ」
キョウコはノートとペンを取り出し、さらさらと書きつける。
エドは身を翻すと、厚さ数センチしかない防御壁の上をしかし、水平な地面の上にいるかのような俊敏さで駆けた。
「でええええ!!しかも遠慮無しかよ!!」
ところが、炎は防御壁の抵抗を突き破った。
壁を打ち砕いて(ついでに男達をぶっ飛ばして)、一気に決着をつけようとする。
「ひー」
「どわー」
二名ほど炎に巻き込れ、吹き飛ばされた。
物凄い轟音と土煙が練兵場に吹き込んで、軍人達の間に叫喚が湧き上がる。
「うーむ。的が小さいと、なかなか当たらないものだな」
「小さいって言うな!!」
思わず立ち止まり、条件反射のように怒鳴ってしまう――しかしこれも作戦だった。
「『怒らせてこれを乱せ』。敵の挑発に乗ってはいけない」
カッとなりやすい少年の性格を利用した、ロイの余裕の発言。
「エドの背の小ささを利用して挑発。その隙に攻撃する。こちらから相手の弱点を狙う……っと」
「いっ…」
怒涛の攻撃から逃げていただけに、次の対応の判断を一瞬迷う。
だが、その一瞬。
そのたった一瞬で――すかさずロイの放った火花が飛び散り、一撃の下、吹き飛んだ。
「うおおおおおおお」
まばゆい炎が地面を焼き、凄まじい熱気が頬をちりちりと痺れさせる。
煙が濛々とあがる視界の悪さに、ロイは目を細める。
「む……少々やりすぎたな。煙で何も見えん」
すると、黒煙に混じって人影が姿を現す。
「そこか…!」
見失ったエドの姿を見つけたロイは一歩、踏み出した。
だが、それはコートを羽織った彼の偽物。
舌を出し「スカ」と書かれている。
その土煙の中から本物が飛び出すと同時に右腕を刃に錬成し、発火布を切り裂く。
「!くっ…」
「これでもう、炎は出せねぇな!」
「しまった!」
「この勝負、もらった!!」
これで決まったと確信し、エドは獰猛に唇を歪ませて地を蹴る。
「…などと、焦ったふりをしておいて…」
おもむろに、ロイは今までズボンのポケットに突っ込んでおいた左手――発火布を出す。
「実は、左手も発火布だ。『兵は詭道 なり』!だまし討ちも立派な戦略だよ。鋼の」
さすがに意表を突かれたエドは、げ、と顔を真っ青にさせる。
「ぎゃーー」
再び爆発が轟いて、エドは地上数メートルは舞い上がった。
結果、エドは全身火傷でアルとハボックに担がれ、病院送りとなった。
「うむ、みごとみごと。すばらしい戦いだった、マスタング大佐」
模擬戦の勝者へと、ブラッドレイは笑いかける。
「はっ!お誉めにあずかり、光栄です」
背筋を正して敬礼するロイに笑いかけるブラッドレイは後片付けを命じた。
「では、早速、皆で後片付けをするように」
「………やっぱりですか」
なるべく後ろを見ないようにしていたロイは絞り出すようにつぶやく。
辺りを見れば、死屍累々。
二つの足で立っている者など一人もいなかった。
練兵場のそこかしこには、黒い焦げ目や破孔 が、二人の跡として残されている。
その中に焼け焦げたクレーターもできていて、観客として詰めかけた軍人達は後片付けに取りかかる。
「だから戦うの嫌だったのに…しかし、キョウコに頼まれたからには、断る訳にもいかないし…」
上着を脱いだロイが、盛り上がった土の上に座り込み、深い溜め息をつく。
こうなることを予想してか、あまり乗り気ではなかったロイの横から、ハボックが半眼になって流し見る。
「さぼらんでくださいよ、大佐!」
「あーもー、やってらんねー」
「たくよー」
周りの軍人達も嫌そうに愚痴をこぼし、渋々と手を動かす。
「あれ?ヒューズ中佐とキョウコは?」
ふと、それまで実況中継をしていた二人の姿がいつの間にか消えていることに気づき、辺りを見回す。
その頃、アームストロングが休憩所に入ると、呑気にコーヒーとココアを飲むヒューズとキョウコがくつろいでいた。
「む?中佐殿とキョウコ・アルジェント、今日は練兵場に行っていたはずでは?」
「『三十六計、逃げるにしかず』ってな」
「今日はとても勉強になりました!」
どんな優秀な戦法よりさっさと逃げてしまうことがよいというヒューズの発言。
キョウコは満面の笑顔で、そう締めくくった。
喫煙所で煙草を吹かすハボックが、誰にも聞かれてはいないだろう、という軽い気持ちで口を開いた。
「――なあ。マスタング大佐とエドワードって、どっちが強いんだろうな」
「そりゃあ、大佐でしょう」
この問いかけに、純朴な顔立ちのフュリーが即答する。
「いや、鋼のもあなどれんぞ。体術はかなりのもので、錬金術もバリエーションに富むと聞いてる」
一方で、常に冷静な進言をするファルマンが反論する。
「接近戦に持ち込んだら、エドが有利か?」
恰幅な体格のブレダがファルマンの意見に同意する。
あからさまな声量で繰り広げられる噂話はますます広がり、やがては東方司令部にざわめきが飛び交うようになった。
「どうなんだ。実際」
「鋼のはあちこちで、派手にやってるそうだぞ」
「おいおい、お前ら、東部内乱の時の大佐を知らんのか?」
「誰か対戦カード組めよ」
軍人達は口々に囁き合う。
その噂はロイの耳にも届いていて、書類を整理しつつ、キョウコとリザに話しかける。
「…近頃、
この頃、キョウコは国家錬金術師になるべくリゼンブールを離れ、東方司令部に勤めていた。
服装も、現在の白いシャツに黒スカートではなく、青い軍服を着ている。
女性用軍服はズボン、もしくは膝までの長いタイトスカートなのだが、ロイ
「至急、女性兵用のミニスカートを作らせるんだ!!なに?スカートなら既にあるのに、どうしてだと?あれでは、女性の最も美しい部分が隠れてしまっているではないか!!」
とか言ったようだ。
故に、ミニのプリーツスカートだそう。
「気になりますか。大佐」
「ばかばかしい。子供相手に、私がムキになるとでも?」
「でも、どっちが強いか気になるなぁ…」
ぼそりとキョウコがつぶやくと、ぴくりと口の端が引くつくが、すぐに冷静さを取り戻す。
「だいたい、対戦しようにも、鋼のは各地をフラフラしてて、つかまらんだろう。私の勇姿を見せられないのは残念だが、まぁ、仕方が無いというものだ」
その場しのぎをやり過ごしたように、
「はっはっは」
と笑うが、いつの間にか電話をかけていたリザが声をかける。
「エドワード君はちょうど今、査定で中央にいるらしいですよ」
その時、彼女が持つ受話器からは、
《ケンカなら買うぞ、コラァ!!》
すっかりやる気満々であるエドの声が聞こえた。
「いや、我々、人間兵器が本気でぶつかったら、周囲に多大な被害がだな…」
「中央のヒューズ中佐が上にかけあって、練兵場を空けてくれるそうです」
これまた中央に勤務するヒューズに電話をかけたリザがすげなく告げる。
その時、彼女が持つ受話器からは、
《わははは》
場所を手配したヒューズの笑い声が聞こえた。
逃げ場をなくしたロイは机を拳で叩き、声を荒げる。
「…そもそも、そんな事を大総統閣下が許す訳なかろう!!」
国家錬金術師同士での模擬戦は前例のない事態だ。
そんな模擬戦を、大総統が許すはずがない――。
「面白そうじゃないか。良い、許す」
――軍事最高責任者。
――キング・ブラッドレイ大総統。
愉快な笑い声をあげ、気前よくブラッドレイは快諾してくれた。
《戦いたまえ》
かくして、話はまとまった。
エドとの対戦が決定したロイは、リザが持つ電話機の前で放心した
キョウコは、エドとロイの戦いに胸を踊らせる。
(……これは、見逃す訳にはいかない)
これは好機なのだ。
失った身体を取り戻す兄弟と共に旅をするべく、東方司令部で勤務する彼女としては、錬金術での戦い方、政治力など、学ぶべきことが多い。
故に"鋼の錬金術師"エドワード・エルリックと"焔の錬金術師"ロイ・マスタングの戦いを実際に見て、後々に生かしたい。
「大佐!是非、エドと戦ってください!」
「なっ…!キョウコまで、何を言い出すんだ!」
「"鋼の錬金術師"エドワード・エルリックと"焔の錬金術師"ロイ・マスタングの戦いは滅多に見れるものではないですし…何より、あたしもまだまだ学ぶべき事が多い身です。実際、この目で見て勉強したいんです!」
苦渋の色に滲む瞳を正面から見据え、キョウコはロイの手を握りしめた。
12歳の勢いに押され、ロイは眉をひそめる。
「う……」
「やっぱりダメですか?」
キョウコが悲しく顔を歪めると、ロイは反射的に首を振った。
「い、いや、そうではない!そんな事はない。だが、ただちょっと待っ――」
「よかった!」
するとキョウコは輝く笑顔になって、ロイの返答も待たず、はしゃいでみせる。
「じゃあ、決まりですね!楽しみです!エドと大佐の対決」
「キョウコちゃん、気をつけてね。周りは男の人だらけだから、もし何かの事があったなら、コレを持っていきなさい」
そう言ってリザから渡されたのは、軍から支給されているオートマチック銃。
「はい!リザさんから教わった銃撃も撃てるよう、頑張ります」
ロイは冷や汗を流しながら、護身用として拳銃を渡した部下を、遠くから見ることしかできなかった。
等間隔に植えられた針葉樹が囲み、広々とした練兵場にて。
国家錬金術師同士が模擬戦を行うという噂を聞きつけて集まった軍人達が遠巻きに取り囲み、そこはさながら即席の闘技場のようだった。
《レッディース、アンードジェントルメン!!中央の練兵場へようこそ!!》
そこに、マイクを通じて練兵場使用を手配したヒューズの声が響き渡った。
《今日はめでてェ、お祭りだ!なんてったって!うちの娘の二歳の誕生日なんだぜ、イエア!!》
『知った事かーーーっ!!』
櫓の上に立つヒューズの親バカ発言に周りはツッコミを浴びせ、ブーー、とブーイングをする。
《中継はオレ、マース・ヒューズ!!実況と解説はキョウコ・アルジェント!!》
隣には、カチコチに緊張した青い軍服姿の少女――キョウコが直立不動の体勢で口許を引き結んでいる。
キョウコは肘でヒューズの脇を小突き、小声で語りかける。
「ヒューズ中佐…なんであたしまで」
「なーに言ってんだ!二人の戦いを見て、来るべき時に向けて勉強すんだろ?」
「え……!?どうしてそれを!?」
「おまえの純粋な眼が語ってるぞ」
すると、ヒューズはキョウコの頭を、子供にそうするように、わしゃわしゃと撫で回した。
キョウコはかああっと頬を赤く染め、 けれども嫌な素振りは見せない。
『何、二人で見つめ合ってんだーー!!』
再び、軍人達から嫉妬の眼差しが浴びせられ、激しくブーイングする。
《OK!!ページも無いから、サクッといこう!!本日のメイン、焔VS鋼の国家錬金術師対決!!》
「身もフタも無い!」
どこからか飛んできた缶が、ヒューズの頭に当たる。
《赤コーナー!!焔の錬金術師、ロイ・マスタング!!》
一同が注視する中、ロイが悠然と入場すると、周りから野次が飛ぶ。
「自分だけうまいこと出世しやがってーーーっ!!」
「オレの彼女かえせー!」
「仕事しろーーーっ!!」
「滅べー!!」
大騒ぎする軍人達の野次を知らんぷりして無視をするが、手法を変えたのかキョウココールが沸き上がる。
「キョウコちゃーん!!」
「色ボケ大佐じゃなくて、オレ達の所に来てくれー!」
たちまち目つきを険しくさせたロイが青筋を立てて叫ぶ。
「キョウコは誰にもやらん!!」
そして、何故かヒューズも参戦する。
「うちの娘とキョウコは誰にもやらんぞー!!」
「大佐!中佐!恥ずかしいのでやめてください!!」
何かしら無視し得ない発言が飛び交って、キョウコは真っ赤になって怒鳴る。
《青コーナー!!鋼の錬金術師、エドワード・エルリック!!》
エドが
「うわ、ちっさーーい!!」
「小学生並!!」
「豆つぶ、がんばれー」
ロイとは対照的な声援が送られるが、少年の(ひそかな)コンプレックスにコンボが突き刺さる。
「ちっさい言うな!!」
身長の低さに反応してしまうのはいつも通りなので、すぐに気持ちを切り替える。
「くっくっく…しかしまさか、公衆の面前で堂々と大佐のスカしたツラにぶちかませる日が来ようとは…」
「兄さん、勝算あるの?」
「ゲンコでボコるのみ!!」
なんの気なしにこぼしたアルの言葉に、エドは悪者のような哄笑をあげる。
もう、どうしようもない感じだ。
(どこが錬金術戦だよ…)
つっこむ気も失せたのか、呆れ返ったように兄の後ろ姿を見つめる。
模擬戦開始の合図が告げられる。
《READY!!》
自信満々な笑みを浮かべ、両足の間隔を開き、戦闘体勢を構えるエド。
対するロイは片手をポケットに収め、やれやれ、と溜め息をつく。
《FIGHT!!》
ヒューズの宣言と共に――模擬戦が始まった。
その瞬間、ロイが発火布の手袋で指を鳴らすと、目の前で爆発が起こった。
「げぇ!!」
「すごい!相手に錬成するヒマも与えず、こちらからの先制攻撃!」
ちなみに、キョウコの姿も声もエドには届いていない。
すかさず身を翻し、先制攻撃をかわしたエドは顔を歪める。
「いきなりか、畜生!!」
「『兵は拙速を
「なるほど。メモメモ」
キョウコはノートとペンを取り出し、さらさらと書きつける。
エドは身を翻すと、厚さ数センチしかない防御壁の上をしかし、水平な地面の上にいるかのような俊敏さで駆けた。
「でええええ!!しかも遠慮無しかよ!!」
ところが、炎は防御壁の抵抗を突き破った。
壁を打ち砕いて(ついでに男達をぶっ飛ばして)、一気に決着をつけようとする。
「ひー」
「どわー」
二名ほど炎に巻き込れ、吹き飛ばされた。
物凄い轟音と土煙が練兵場に吹き込んで、軍人達の間に叫喚が湧き上がる。
「うーむ。的が小さいと、なかなか当たらないものだな」
「小さいって言うな!!」
思わず立ち止まり、条件反射のように怒鳴ってしまう――しかしこれも作戦だった。
「『怒らせてこれを乱せ』。敵の挑発に乗ってはいけない」
カッとなりやすい少年の性格を利用した、ロイの余裕の発言。
「エドの背の小ささを利用して挑発。その隙に攻撃する。こちらから相手の弱点を狙う……っと」
「いっ…」
怒涛の攻撃から逃げていただけに、次の対応の判断を一瞬迷う。
だが、その一瞬。
そのたった一瞬で――すかさずロイの放った火花が飛び散り、一撃の下、吹き飛んだ。
「うおおおおおおお」
まばゆい炎が地面を焼き、凄まじい熱気が頬をちりちりと痺れさせる。
煙が濛々とあがる視界の悪さに、ロイは目を細める。
「む……少々やりすぎたな。煙で何も見えん」
すると、黒煙に混じって人影が姿を現す。
「そこか…!」
見失ったエドの姿を見つけたロイは一歩、踏み出した。
だが、それはコートを羽織った彼の偽物。
舌を出し「スカ」と書かれている。
その土煙の中から本物が飛び出すと同時に右腕を刃に錬成し、発火布を切り裂く。
「!くっ…」
「これでもう、炎は出せねぇな!」
「しまった!」
「この勝負、もらった!!」
これで決まったと確信し、エドは獰猛に唇を歪ませて地を蹴る。
「…などと、焦ったふりをしておいて…」
おもむろに、ロイは今までズボンのポケットに突っ込んでおいた左手――発火布を出す。
「実は、左手も発火布だ。『兵は
さすがに意表を突かれたエドは、げ、と顔を真っ青にさせる。
「ぎゃーー」
再び爆発が轟いて、エドは地上数メートルは舞い上がった。
結果、エドは全身火傷でアルとハボックに担がれ、病院送りとなった。
「うむ、みごとみごと。すばらしい戦いだった、マスタング大佐」
模擬戦の勝者へと、ブラッドレイは笑いかける。
「はっ!お誉めにあずかり、光栄です」
背筋を正して敬礼するロイに笑いかけるブラッドレイは後片付けを命じた。
「では、早速、皆で後片付けをするように」
「………やっぱりですか」
なるべく後ろを見ないようにしていたロイは絞り出すようにつぶやく。
辺りを見れば、死屍累々。
二つの足で立っている者など一人もいなかった。
練兵場のそこかしこには、黒い焦げ目や
その中に焼け焦げたクレーターもできていて、観客として詰めかけた軍人達は後片付けに取りかかる。
「だから戦うの嫌だったのに…しかし、キョウコに頼まれたからには、断る訳にもいかないし…」
上着を脱いだロイが、盛り上がった土の上に座り込み、深い溜め息をつく。
こうなることを予想してか、あまり乗り気ではなかったロイの横から、ハボックが半眼になって流し見る。
「さぼらんでくださいよ、大佐!」
「あーもー、やってらんねー」
「たくよー」
周りの軍人達も嫌そうに愚痴をこぼし、渋々と手を動かす。
「あれ?ヒューズ中佐とキョウコは?」
ふと、それまで実況中継をしていた二人の姿がいつの間にか消えていることに気づき、辺りを見回す。
その頃、アームストロングが休憩所に入ると、呑気にコーヒーとココアを飲むヒューズとキョウコがくつろいでいた。
「む?中佐殿とキョウコ・アルジェント、今日は練兵場に行っていたはずでは?」
「『三十六計、逃げるにしかず』ってな」
「今日はとても勉強になりました!」
どんな優秀な戦法よりさっさと逃げてしまうことがよいというヒューズの発言。
キョウコは満面の笑顔で、そう締めくくった。