第58話
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――ほの暗いその場所は、広大な書庫だった。
――遥か高みをいく無数の本棚が立ち並び、その圧倒的な蔵書の量と古 の知識が醸し出す存在感で来訪者を圧倒する。
――書斎で執筆に励む老人は、たった一人に等しい弟子に話しかけた。
「結局、軍人になったのか。ロイ」
「はい師匠 」
――青を基調とした軍服を纏ったロイが姿勢を正し、軍への所属を報告する。
「行く行くは、国家錬金術師の資格を取って国のために働きたいと思っています」
――その言葉に、老人はゆっくりと振り向いた。
――かつて知的だった顔立ちは痩せ細っており、深く窪んだ眼窩 、顔色はひどく青白い。
「やはり、まだおまえに『焔の錬金術師』は、早いな」
「まだ…ですか。結局今まで錬金術の基礎しか教えてくれませんでしたね」
「当たり前だ。軍の狗になり下がるような奴には、基本を教える事ですらもったいない」
「『錬金術は大衆にために』――ですか?」
――儀礼的に返答しながら困ったように笑うと、ロイは表情を引き締めて自身の思いを語る。
「師匠。私は軍のためになる事が民衆のためにつながると思っています。周辺諸国の脅威にさらされている今、軍の強化こそが急務。国民を守るために錬金術は…」
――切実な思いを説明した後で、彼の師匠は冷ややかに斬り捨てる。
「そんな受け売りは聞き飽きた」
「師匠……師匠程の知識があれば、国家資格を取るのも容易でしょうに」
――悲しげに首を振るロイの問いは、質問というより、糾弾に近かった。
――師匠が雑草の溢れた家にこもり、ただひたすら事象の深遠を読み取らんとするのはわかる。
――だが、だからといってすぐに引き下がるわけにはいかない。
「正直、師匠ほどの方が、こんな極貧でくすぶっているのは耐えがたい。国家資格を取って、研究費の支給を受け取れば、師匠の研究も更に上に…」
「その必要は無い」
――心配する弟子の発言を遮るとペンを置き、虚空を見つめた。
「私の研究は、とうの昔に完成している。最高最強の錬金術だ。使い方によっては、最凶にもなり得る。そして、満足してしまった」
――ロイは、徐々に眼前の師匠に引き込まれていた。
――老人の虚ろな瞳は既に弟子を見ておらず、錬金術師のみが知る真理を映し出している。
「錬金術師は生きているかぎり、真理を追い求めずにはいられない生き物だ。考える事をやめた時『錬金術師』は死ぬ。だから私は、とうの昔に死んでしまった人間だ」
「死んだなどと言わないでください。その力を、どうかこれからの世のために…」
「力か……力が欲しいか、ロイ」
――その時、小さくつぶやく師匠が前触れもなく倒れたのを見て血相を変えて駆け寄った。
「師匠!!」
――突っ伏した師匠は苦悶の表情で胸を押さえた。
――吐き出される大量の血液。
「師匠!!」
「君の成長を…見とどけてから…授けようと思っていた。残念だ…私にはもう、教える時間が無い…」
「なっ…」
「だが、私の研究の全ては…娘が知っている…」
――同時に、ゴボッ、とまた師匠が大量の血を吐き出す。
――蒼白な顔は、限りなく死に近かった。
「君が私の錬金術を…力を正しい方向に使うというなら、秘伝を授けてくれるだろう…」
――師匠は絶え絶えの呼吸の中で言い聞かせるように告げた。
――これだけは言いたかった。
「すまない」
「しっかりしてください!!」
「研究に没頭するあまり、何もしてやれなかった。すまない、リザ…」
「師匠!!ホークアイ師匠!!」
「ロイ…娘をたのむ…どうか…どうか…」
――その身を賭して、命の最期の灯火を燃やして、残された肉親へと言葉を紡ぐ師匠に、ロイは悲愴な声を出す。
「どうか……」
「誰かっ…誰か医者を!!誰かいないか!!」
――痩せ細った身体を抱え、ロイは叫んだ。
――突如訪れた師匠の危機……縋るようなロイの叫びを聞きつけて、一人娘が書斎に入ってきた。
「リザ!!」
――吐血している父親とそれに付き添う青年を見た時、リザは表情を強張らせる。
扉を開けた途端に飼い犬が客人に飛びかかる光景にリザは目を丸くする。
「ごめんなさいね、エドワード君」
「いや…よくある事だから…」
なんてことない、とぼやくが、
「だめっ」
リザはハヤテ号をお座りさせ、叱る。
「あれ?」
彼女のおかげで自由になる身体を起こして部屋を眺めると、いっぱいのダンボールの山が目に入った。
(ダンボールの山…)
「引っ越し…じゃないよな」
「ああ、これ?」
すると、リザは壁に寄りかかって肩をすくめる。
「中央に引っ越して来てから、荷物を片付けるヒマが無くてね……まだ、しばらくはこのままね」
「大佐に聞いたんだけど、大総統付きだって?」
「ええ。そっちの話も聞いたわ。キョウコちゃんの身柄が北に預けられた事も。ウィンリィちゃんが標的にされてる事も」
リザの剣呑な視線を真正面から受け止め、エドは微かに頷いたものの、しかしすぐには声を発ししようとしなかった。
すると、酔ったアパートの住人が通りがかり、そこで彼女は言葉を止めた。
「廊下でするような話じゃないわね。入りなさい。何も無いけど、お茶くらいは出せるわ。キョウコちゃんもいるし」
「え、キョウコが?」
「よほど疲れが溜まってたのか、ぐっすりとベッドで寝てるわ」
リザに促されて部屋の中に足を踏み入れる。
廊下を半分ほど歩いたところで、寝室の扉の僅かな隙間を覗き込むと、確かにキョウコはベッドにいた。
椅子に腰かけると、目の前に温かいコーヒーが用意される。
引っ越したばかりの彼女の部屋は、たくさんのダンボールで埋め尽くされていた。
エドから渡された銃の弾倉を外して中身を見ると、赤黒い血液が詰まっている。
「…血のりがすごい詰まってるんだけど…」
「あーー…ごめん…」
「これ、固まらないうちに掃除ちゃうわね。ちょっと油くさくなるけどかんべんしてね」
リザは銃の手入れに必要な道具を広げ、作業を始める。
そして、あっという間に銃を分解し、固まった血を拭いていく。
――アイツも寝てなかったし、疲れてただろうから起こす気にはなれないな。
「銃……何発か使ったけど、人は撃ってないよ」
「そう。人を撃たずに済んで、エドワード君とキョウコちゃんも元気に戻って来れたのなら、それにこした事は無いわ」
「『撃たずに済んだ』じゃなくて『撃てなかった』んだ。仲間が危ないって時にも、引き鉄が引けなかった」
つぶやくリザからすっと視線を外し、エドは唇を引き結んで続けた。
「軍に在籍してるから銃は見慣れたし、いつか使う時が来るかもと思ってた。でも、いざとなったら撃てなかった。ダメだよな、覚悟が無いから、周りに迷惑かけてばっかで」
背けた顔をうつむけ、どこか言い訳じみた声を出す。
後悔と切なさと……それ以上の自己嫌悪が胸を打つ。
引鉄を引くという行為は、エドが想像していた何十倍も、何百倍も、覚悟が必要なものだった。
「何かあったの?」
リザが、すかさず訊ねる。
「傷の男が、ウィンリィの両親の敵だった」
答えは短く、それゆえに真実の響きを含んでいた。
「あいつが傷の男に銃を向けた時、心底『嫌だ』と思ったんだ。急に、銃が怖い物に見えてさ。気がついたら、傷の男の真ん前に飛び出して、銃押さえ込んで、あいつに撃たせなかった」
エドの脳裏に、ウィンリィの両親の仇によって今まで全く考えもしなかった光景が浮かぶ。
明るくて機械鎧オタクで口うるさい幼馴染みが、復讐という負の感情に任せて銃を握るという光景が。
「殺したいくらい憎かったと思うんだ。今まで見た事ないくらい、わんわん泣いてたもん。あいつ、いつも明るく振る舞ってたから気付かなかったけど…身内亡くした苦しみを、今までずっと抱えてたんだよ」
自分でも説明できない感情が、胸の奥で渦巻いている。
幼馴染みの少女に守られるだけで何もできなかった無力感。
他人の心を弄 ぶ卑劣な策を仕掛ける人造人間への怒り。
そして、それ以上に――。
「だから、オレもアルもキョウコも絶対死なねえって約束して…でも今回、色々あって…結果的に生きて戻れたけど、もしかしたらまたあいつを泣かすような事になってたかもしれない」
こんな情けない顔、キョウコだけには見せられるわけにはいかなかった。
「ほんとダメだ。心配かけてばっかで覚悟無くて、キョウコとリンが助けてくれなかったら、どうなってたか………」
「生きて帰って来れたからこその悩みね。そうやって悩んで這いずり回って格好悪くたって生きのびなきゃ。大切な人のためにも」
「その大切な奴にもまた、心配かけさせちまった」
「…キョウコちゃんと何かあったのね?」
「オレ…あいつを一人で闘わせちまったんだ。倒さなきゃいけない敵を前にして、攻撃を躊躇しちまった」
どうして、自分は何もできないのか。
キョウコは本当に素晴らしい錬金術師だ。
暗躍する人造人間も凄まじい。
彼らが争う幕に、自分が出る幕など僅かばかりもない。
キョウコの手伝いすらできない。
矮小な彼の存在は、あの場において足手まとい以上のなんでもなかった。
キョウコの手助けをしたくても、何もできなかった――だから、苛立ち紛れの、八つ当たりにも似た感情をぶつけた。
でも、悲しい。
何故だか理由はわからないが、どうしようもなく悲しかった。
「あいつも辛かったはずなんだ。なのに、オレは…」
(今でも良く覚えてる――…)
エンヴィーの体内のクセルクセス人の魂を前にして攻撃できなかった自分と、それらを前にしてもまっすぐに向かっていった少女の背中。
「あいつはオレよりも、ずっと覚悟がある」
暗闇の中に立つ、凛々しく立ち上がる姿を思う内に、また倦怠感が襲ってくる。
リザは、そのエドの態度に気づくものがあった。
己の非力さを痛感し、懺悔というには無力すぎる吐露をした時。
そう言い切った、しかし信頼の温かみもない、まるで冷たい事実を告げるような表情。
「…そうね、そうかもしれないわ」
拳銃の手入れをする手は止めず、エドを見る。
歳月を経た深さを満たして、リザは口を開く。
「でもね、エドワード君。彼女は誰の為に闘っていると思ってるの?」
「それは……」
「他でもない、あなた達兄弟の為に闘っているのよ」
これには、エドは余計な口を行動を挟めなかった。
言い放った女性がふざけてなどいないことは一目瞭然で、確信も気迫も変わらず、真剣な眼差しを向けていたからである。
突然雰囲気を切り替え、こんなことを言ってきた。
「守ってあげてね」
「え?」
「大好きなんでしょ、ウィンリィちゃんの事」
あまりにも直球だったものだから、エドはコーヒーを危うく吹きそうになった。
「……は?」
「あら、違うの?キョウコちゃんから散々話を聞かされてたし、今の話を聞いたらそうなのかと思ったんだけど」
「ち、違うよ!あれはただの幼なじみで家族みたいな!!守るとかなんとか、当たり前っちゅーか!!」
事情を呑み込めないまま首を左右に振り、真っ赤な顔で否定する。
さらにリザは続け様に、こうも言い放った。
「じゃあ、やっぱりキョウコちゃんの事が好きなのね」
威力抜群の第二段に今度こそ盛大に吹き出し、
「キャン」
霧状の液体は、モロにハヤテ号の顔にかかった。
『……………』
口の端からコーヒーを垂らして唖然とするエドとびっしょり濡れたハヤテ号、驚くリザの二人と一匹が無言になる。
「どどどどいやそそそ、そんなそれは!!」
――遥か高みをいく無数の本棚が立ち並び、その圧倒的な蔵書の量と
――書斎で執筆に励む老人は、たった一人に等しい弟子に話しかけた。
「結局、軍人になったのか。ロイ」
「はい
――青を基調とした軍服を纏ったロイが姿勢を正し、軍への所属を報告する。
「行く行くは、国家錬金術師の資格を取って国のために働きたいと思っています」
――その言葉に、老人はゆっくりと振り向いた。
――かつて知的だった顔立ちは痩せ細っており、深く窪んだ
「やはり、まだおまえに『焔の錬金術師』は、早いな」
「まだ…ですか。結局今まで錬金術の基礎しか教えてくれませんでしたね」
「当たり前だ。軍の狗になり下がるような奴には、基本を教える事ですらもったいない」
「『錬金術は大衆にために』――ですか?」
――儀礼的に返答しながら困ったように笑うと、ロイは表情を引き締めて自身の思いを語る。
「師匠。私は軍のためになる事が民衆のためにつながると思っています。周辺諸国の脅威にさらされている今、軍の強化こそが急務。国民を守るために錬金術は…」
――切実な思いを説明した後で、彼の師匠は冷ややかに斬り捨てる。
「そんな受け売りは聞き飽きた」
「師匠……師匠程の知識があれば、国家資格を取るのも容易でしょうに」
――悲しげに首を振るロイの問いは、質問というより、糾弾に近かった。
――師匠が雑草の溢れた家にこもり、ただひたすら事象の深遠を読み取らんとするのはわかる。
――だが、だからといってすぐに引き下がるわけにはいかない。
「正直、師匠ほどの方が、こんな極貧でくすぶっているのは耐えがたい。国家資格を取って、研究費の支給を受け取れば、師匠の研究も更に上に…」
「その必要は無い」
――心配する弟子の発言を遮るとペンを置き、虚空を見つめた。
「私の研究は、とうの昔に完成している。最高最強の錬金術だ。使い方によっては、最凶にもなり得る。そして、満足してしまった」
――ロイは、徐々に眼前の師匠に引き込まれていた。
――老人の虚ろな瞳は既に弟子を見ておらず、錬金術師のみが知る真理を映し出している。
「錬金術師は生きているかぎり、真理を追い求めずにはいられない生き物だ。考える事をやめた時『錬金術師』は死ぬ。だから私は、とうの昔に死んでしまった人間だ」
「死んだなどと言わないでください。その力を、どうかこれからの世のために…」
「力か……力が欲しいか、ロイ」
――その時、小さくつぶやく師匠が前触れもなく倒れたのを見て血相を変えて駆け寄った。
「師匠!!」
――突っ伏した師匠は苦悶の表情で胸を押さえた。
――吐き出される大量の血液。
「師匠!!」
「君の成長を…見とどけてから…授けようと思っていた。残念だ…私にはもう、教える時間が無い…」
「なっ…」
「だが、私の研究の全ては…娘が知っている…」
――同時に、ゴボッ、とまた師匠が大量の血を吐き出す。
――蒼白な顔は、限りなく死に近かった。
「君が私の錬金術を…力を正しい方向に使うというなら、秘伝を授けてくれるだろう…」
――師匠は絶え絶えの呼吸の中で言い聞かせるように告げた。
――これだけは言いたかった。
「すまない」
「しっかりしてください!!」
「研究に没頭するあまり、何もしてやれなかった。すまない、リザ…」
「師匠!!ホークアイ師匠!!」
「ロイ…娘をたのむ…どうか…どうか…」
――その身を賭して、命の最期の灯火を燃やして、残された肉親へと言葉を紡ぐ師匠に、ロイは悲愴な声を出す。
「どうか……」
「誰かっ…誰か医者を!!誰かいないか!!」
――痩せ細った身体を抱え、ロイは叫んだ。
――突如訪れた師匠の危機……縋るようなロイの叫びを聞きつけて、一人娘が書斎に入ってきた。
「リザ!!」
――吐血している父親とそれに付き添う青年を見た時、リザは表情を強張らせる。
扉を開けた途端に飼い犬が客人に飛びかかる光景にリザは目を丸くする。
「ごめんなさいね、エドワード君」
「いや…よくある事だから…」
なんてことない、とぼやくが、
「だめっ」
リザはハヤテ号をお座りさせ、叱る。
「あれ?」
彼女のおかげで自由になる身体を起こして部屋を眺めると、いっぱいのダンボールの山が目に入った。
(ダンボールの山…)
「引っ越し…じゃないよな」
「ああ、これ?」
すると、リザは壁に寄りかかって肩をすくめる。
「中央に引っ越して来てから、荷物を片付けるヒマが無くてね……まだ、しばらくはこのままね」
「大佐に聞いたんだけど、大総統付きだって?」
「ええ。そっちの話も聞いたわ。キョウコちゃんの身柄が北に預けられた事も。ウィンリィちゃんが標的にされてる事も」
リザの剣呑な視線を真正面から受け止め、エドは微かに頷いたものの、しかしすぐには声を発ししようとしなかった。
すると、酔ったアパートの住人が通りがかり、そこで彼女は言葉を止めた。
「廊下でするような話じゃないわね。入りなさい。何も無いけど、お茶くらいは出せるわ。キョウコちゃんもいるし」
「え、キョウコが?」
「よほど疲れが溜まってたのか、ぐっすりとベッドで寝てるわ」
リザに促されて部屋の中に足を踏み入れる。
廊下を半分ほど歩いたところで、寝室の扉の僅かな隙間を覗き込むと、確かにキョウコはベッドにいた。
椅子に腰かけると、目の前に温かいコーヒーが用意される。
引っ越したばかりの彼女の部屋は、たくさんのダンボールで埋め尽くされていた。
エドから渡された銃の弾倉を外して中身を見ると、赤黒い血液が詰まっている。
「…血のりがすごい詰まってるんだけど…」
「あーー…ごめん…」
「これ、固まらないうちに掃除ちゃうわね。ちょっと油くさくなるけどかんべんしてね」
リザは銃の手入れに必要な道具を広げ、作業を始める。
そして、あっという間に銃を分解し、固まった血を拭いていく。
――アイツも寝てなかったし、疲れてただろうから起こす気にはなれないな。
「銃……何発か使ったけど、人は撃ってないよ」
「そう。人を撃たずに済んで、エドワード君とキョウコちゃんも元気に戻って来れたのなら、それにこした事は無いわ」
「『撃たずに済んだ』じゃなくて『撃てなかった』んだ。仲間が危ないって時にも、引き鉄が引けなかった」
つぶやくリザからすっと視線を外し、エドは唇を引き結んで続けた。
「軍に在籍してるから銃は見慣れたし、いつか使う時が来るかもと思ってた。でも、いざとなったら撃てなかった。ダメだよな、覚悟が無いから、周りに迷惑かけてばっかで」
背けた顔をうつむけ、どこか言い訳じみた声を出す。
後悔と切なさと……それ以上の自己嫌悪が胸を打つ。
引鉄を引くという行為は、エドが想像していた何十倍も、何百倍も、覚悟が必要なものだった。
「何かあったの?」
リザが、すかさず訊ねる。
「傷の男が、ウィンリィの両親の敵だった」
答えは短く、それゆえに真実の響きを含んでいた。
「あいつが傷の男に銃を向けた時、心底『嫌だ』と思ったんだ。急に、銃が怖い物に見えてさ。気がついたら、傷の男の真ん前に飛び出して、銃押さえ込んで、あいつに撃たせなかった」
エドの脳裏に、ウィンリィの両親の仇によって今まで全く考えもしなかった光景が浮かぶ。
明るくて機械鎧オタクで口うるさい幼馴染みが、復讐という負の感情に任せて銃を握るという光景が。
「殺したいくらい憎かったと思うんだ。今まで見た事ないくらい、わんわん泣いてたもん。あいつ、いつも明るく振る舞ってたから気付かなかったけど…身内亡くした苦しみを、今までずっと抱えてたんだよ」
自分でも説明できない感情が、胸の奥で渦巻いている。
幼馴染みの少女に守られるだけで何もできなかった無力感。
他人の心を
そして、それ以上に――。
「だから、オレもアルもキョウコも絶対死なねえって約束して…でも今回、色々あって…結果的に生きて戻れたけど、もしかしたらまたあいつを泣かすような事になってたかもしれない」
こんな情けない顔、キョウコだけには見せられるわけにはいかなかった。
「ほんとダメだ。心配かけてばっかで覚悟無くて、キョウコとリンが助けてくれなかったら、どうなってたか………」
「生きて帰って来れたからこその悩みね。そうやって悩んで這いずり回って格好悪くたって生きのびなきゃ。大切な人のためにも」
「その大切な奴にもまた、心配かけさせちまった」
「…キョウコちゃんと何かあったのね?」
「オレ…あいつを一人で闘わせちまったんだ。倒さなきゃいけない敵を前にして、攻撃を躊躇しちまった」
どうして、自分は何もできないのか。
キョウコは本当に素晴らしい錬金術師だ。
暗躍する人造人間も凄まじい。
彼らが争う幕に、自分が出る幕など僅かばかりもない。
キョウコの手伝いすらできない。
矮小な彼の存在は、あの場において足手まとい以上のなんでもなかった。
キョウコの手助けをしたくても、何もできなかった――だから、苛立ち紛れの、八つ当たりにも似た感情をぶつけた。
でも、悲しい。
何故だか理由はわからないが、どうしようもなく悲しかった。
「あいつも辛かったはずなんだ。なのに、オレは…」
(今でも良く覚えてる――…)
エンヴィーの体内のクセルクセス人の魂を前にして攻撃できなかった自分と、それらを前にしてもまっすぐに向かっていった少女の背中。
「あいつはオレよりも、ずっと覚悟がある」
暗闇の中に立つ、凛々しく立ち上がる姿を思う内に、また倦怠感が襲ってくる。
リザは、そのエドの態度に気づくものがあった。
己の非力さを痛感し、懺悔というには無力すぎる吐露をした時。
そう言い切った、しかし信頼の温かみもない、まるで冷たい事実を告げるような表情。
「…そうね、そうかもしれないわ」
拳銃の手入れをする手は止めず、エドを見る。
歳月を経た深さを満たして、リザは口を開く。
「でもね、エドワード君。彼女は誰の為に闘っていると思ってるの?」
「それは……」
「他でもない、あなた達兄弟の為に闘っているのよ」
これには、エドは余計な口を行動を挟めなかった。
言い放った女性がふざけてなどいないことは一目瞭然で、確信も気迫も変わらず、真剣な眼差しを向けていたからである。
突然雰囲気を切り替え、こんなことを言ってきた。
「守ってあげてね」
「え?」
「大好きなんでしょ、ウィンリィちゃんの事」
あまりにも直球だったものだから、エドはコーヒーを危うく吹きそうになった。
「……は?」
「あら、違うの?キョウコちゃんから散々話を聞かされてたし、今の話を聞いたらそうなのかと思ったんだけど」
「ち、違うよ!あれはただの幼なじみで家族みたいな!!守るとかなんとか、当たり前っちゅーか!!」
事情を呑み込めないまま首を左右に振り、真っ赤な顔で否定する。
さらにリザは続け様に、こうも言い放った。
「じゃあ、やっぱりキョウコちゃんの事が好きなのね」
威力抜群の第二段に今度こそ盛大に吹き出し、
「キャン」
霧状の液体は、モロにハヤテ号の顔にかかった。
『……………』
口の端からコーヒーを垂らして唖然とするエドとびっしょり濡れたハヤテ号、驚くリザの二人と一匹が無言になる。
「どどどどいやそそそ、そんなそれは!!」