第57話
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「なんと!!大総統が人造人間ですと…!?」
アームストロングが後部座席から声をあげると、助手席に座るロイと運転席に座るリザは眉ひとつ動かす様子がない。
「………!!」
一方の彼は混乱を隠せず、そして動揺を走らせ、腕を組んだまま硬直する。
「………我輩は、この国の弱き人民のために闘いたいと思っていました。我輩だけではありません。多くの者がそう思い、軍を信じ、籍を置いております」
これまでの信念を支えてきた軍から示された突然の裏切りに、足掻くことすら忘れて自失した。
「なのに、上が…寄辺 となるべき軍自体がすでに手遅れとは…」
「軍を辞めてはどうだ、少佐。君の性格だと、ここにいてもつらいだけだろう」
アームストロングの脳裏に、イシュヴァールの記憶が蘇る。
爆炎と砲弾が飛び交うあの地獄を……。
(――「なぜ、こんな戦いを続けねばならんのですか!!?」――)
――その場にある者を物を、等しく激しく叩く衝撃の中、アームストロングは血と煤に塗れ、意識を失ったイシュヴァールの少年を腕に抱き、涙を流して叫んだ。
(――「アームストロング少佐は軍令に背いた。じき中央に戻されるだろう」――)」
――その提案が持つ意味の重さを重々理解した上でロイは冷たく言い放ち、ヒューズが意地悪い口調で投げかける。
(――「この腐れた戦場を離れるにゃ、軍令に背くのが一番賢いやり方だ」――)
女性や子供まで攻撃対象となった殲滅戦に反対したアームストロングは前線を外され、中央司令部に戻されてしまった。
「あの時、イシュヴァールで我輩は戦いから逃げました。軍のやり方が間違っている……そう強く思っていて、それなのに逃げたのです。己 れの戦場に背を向けたのです。我輩は戦場に残って、その『間違ってるもの』と戦うべきだった!!」
心の内を語りながら、闘志が湧き上がってくるのを感じた。
そうだ。
これこそ我が本領。
国家資格を取得したから戦うのではない。
弱きを守り、強きを挫 くという志を持つ人間だからこそ、そのための力を得たのだ。
「イシュヴァールから逃げ戻って今日この日まで、信念を曲げ、逃げた己れを恥じなかった日はありません」
――"氷の魔女"として自ら堕ちていく少女を必死な声で呼び止めるが、無駄に終わった。
(――「その呼びかけに、価値があると思っての発言ですか。喚くなら、相応の責任を持って喚いてください」――)
畏怖と侮蔑と憐憫と嘲笑を全身に受けて、彼女は笑う。
実に禍々しく、美しく、彼女は全てを嘲笑う。
「今また、軍 が戦場だと言うのなら、我輩一人、どうして尻尾を巻いて逃げられましょうか!」
いつしかアームストロングは厳めしい相貌の中に芯の強さを備えていた。
それは、戦場の参入を抑えきれない故にこぼれる、勇猛な徴 であった。
「大佐はどうなさるのですか」
「大総統にな『野望があるから、まだ辞めん』と言ってやった」
貫録のある涼やかさと不動のしたたかさが同居した声が響き、リザとアームストロングの表情が驚愕に染まっていく。
「大総統が人造人間としての自身の重大な秘密とキョウコの人事を私に話したという事はだな。『自分を倒しても後ろにまだでかいのがいるぞ』と暗に示したという事だ」
ロイは何事もなかったかのように視線を戻し、肩をすくめてみせた。
「試されている、光栄じゃないか」
「……意外と余裕ですね」
「どうかな」
すると切れ長の瞳を和らげ、唇が小さく動き、最小限のボリュームの囁きが空気をそっと震わせた。
「ただ…ラストとかいう人造人間と闘った時もそうだが、『兵器』だ『化物』だと言われる自分が、本当の化物だと闘っている時にこそ、己れがただの『人間』である事を実感できるよ」
脅威の回復力と人間離れした能力をもつ人造人間との戦闘が脳裏に過ぎり、ロイは心底、情けなさそうな表情を浮かべた。
キョウコはまっすぐノックスの自宅に向かい、ランファンに会いに行った。
ノックスには既に話を済ませ、彼女がいるという寝室の方へ足を向けると、ベッドに横たわるランファンが枕に深く頭を沈めていた。
その脇にはアルが待機しており、キョウコの姿を視界に入れると事情を説明しようとする。
「キョウコ、ランファンに――」
「その様子なら、リンの体内に賢者の石が埋め込まれた事を知ったみたいね」
アルにそう答え、そのままベッド脇に移動して様子を窺う。
「体は大丈夫?」
「……何をしに来タ?」
「……心配だから、って言っちゃダメ?」
「……アルフォンスからだいたいは聞いタ」
左肩に包帯を巻き、額に汗を浮かべながらも彼女はわかった範囲で事情を聞き入れた。
「そうカ…若は自分で賢者の石を受け入れたのカ…」
言葉では受け入れはしたが、内心で何を考えているのか唇を噛み、シーツを握る手を小刻みに震える。
「ごめん。ボク達が止めていれば…」
「おまえ達を責める気は毛頭無イ。護衛の役目を果たせなかった自分に腹が立っているのダ」
自分に責任があると言いたげな物言いに、アルは床に視線を落とす。
次に彼女は、隣に座るキョウコへと視線を移した。
「ずしぶんと酷い顔をしているナ。いつもの毅然とした顔はどうしタ」
「ケガ人に心配されるなんて、ひどい顔なんだね、あたし」
「……感謝すル、キョウコ」
不意に紡がれた言葉に、キョウコはきょとんとしてランファンの顔を見つめる。
「結果はどうであレ、若を守ろうとしてくれたのだろウ」
「……ランファン」
「若の臣下として感謝すル」
「しっかりご飯食べて、ちゃんと体力戻してよね」
「…あア。そのつもりダ」
キョウコは笑いかけた。
ランファンは彼女につられて、あるいは彼女に応えて笑みを浮かべた。
心配そうにランファンを見るキョウコとアル、二人の視線。
それに気づいて、ランファンはベッドから起き上がった。
「若ハ……まだ、その"グリード"という奴の中にいるんだナ?主が踏んばっているというのに、臣下が休んでいられようカ」
一見、勇ましい台詞だが、虚勢であることは明白だった。
そもそもランファンがリンを護衛する臣下の立場であって、大人しく寝てはいられない状態なのだ。
「そう、だけど…ちょっとランファン!?」
「キョウコ!アルフォンス!腕が欲しイ!今すぐニ!機械鎧技師を紹介してくレ!すぐ腕を付けル!」
慌てふためくアルを尻目に、ランファンは腕が欲しいと至急、機械鎧技師を紹介するよう言い出した。
「すぐったって…リハビリにすごく時間かかるよ」
「根性で何とかすル」
「その前に、ある程度体力が無いと手術してくれないよ」
「そこをなんとか頼ム」
無理を承知で頼み込むランファン。
激痛を伴う手術、長期のリハビリを知っているアルは難しい顔で言う。
「いやいやいや、兄さんも自由に動けるようになるまで血ヘド吐く思いで、それでも一年かかってるし」
「ならば半年ダ。あいつが一年なら、私は半年でやってやル!」
ランファンの言葉に最初は戸惑うアルだったが、静かな闘志で満たされる瞳で見つめられ、兄の決意を思い出させる。
(――「一年だ!」――)
――大人でも根を上げるほどの手術の激痛と長期間のリハビリを告げられたエドは、平均の三年よりも一年で回復させると宣言した。
その時のことを思い出したのか、アルが困ったように溜め息をつく。
いかにもエドらしいエピソードで、キョウコも苦笑するしかない。
「だーめだ、こりゃ。テコでも動かない眼だ。兄さんと一緒だ」
「なにッ!?あんな豆と一緒にするナ!!」
かけられた言葉に、ランファンは聞き捨てならないと青筋を立てた。
(ま…ロックベルの女衆とは気が合いそうか)
恐れず正面からきっぱり言う性格は相性がよさそうで、
「血ヘド吐くよ」
「やってやろうじゃないの」
ウィンリィとピナコがやる気を示す光景を容易に想像できた。
「わかったよ。なるべく早く紹介する。その前に体力つけないと。ノックス先生にご飯もらってくる。それと、キョウコは先に宿に戻ってて」
キョウコはきょとんとした。
「え?」
「お腹も限界でしょ?キョウコの分も頼みたいけど、それじゃノックス先生破産しちゃいそうだし」
「あたしってそんなに大食いに見える?」
「あははっ、とりあえず宿でゆっくり休んでなよ」
「………」
「そうしないと、ボクが兄さんに怒られちゃう」
ささやかな説教をしてくるアルに、キョウコは申し出をありがたく思いつつ、
「そうね」
と言って立ち上がる。
すると、アルが声をかけてきた。
「キョウコも無理しないで」
「分かってる」
ドアノブへと手をかけると、
「またね」
と別れの挨拶をして、静かに扉を閉める。
キョウコを凝視したまま、ランファンは考え込む。
口を開いたのは、しばらく後だった。
「……キョウコ」
「ん?どうしたの、ランファン?」
「…乱れていル」
「えっ?」
前置きをつぶやいて、ランファンが視線をアルへ戻す。
「生きた人間なら持っている筈の気の流れガ、彼女は酷く不安定なんダ」
心配性なところは何も変わってないが、キョウコはアルの成長を感じていた。
(アルに心配されるなんて、あたしもまだまだ無茶するよなぁ……)
その時、台所に立つ家主の後ろ姿を視界に入れ、声をかける。
「――あ、ノックス先生」
「あァ?」
台所に立つノックスは、その外見には似合わず器用に野菜を切っている。
一旦、包丁を握る手を止めて振り返ると、黒髪をしゃらりと揺らして頭を下げた。
「ランファンをお願いします」
「…ったく、何で俺が他人の飯なんか作らにゃならねェんだ」
「ご迷惑かけてすいません。でも、頼む人がいないんです」
「……………」
相変わらず、眉に皺を寄せて唇を引き結ぶノックスに名前を呼ばれ、
「…嬢ちゃん」
キョウコは顔を上げた。
「…またケガすんじゃねぇぞ」
「その時はまた、ノックス先生に手当てしてもらいます」
「バカヤロー、お前っ……!!」
驚きを露に声を荒げると、キョウコは軽く一礼して台所を出ていった。
その様子に彼は小さく舌を鳴らすと、再び包丁を握りしめた。
アームストロングが後部座席から声をあげると、助手席に座るロイと運転席に座るリザは眉ひとつ動かす様子がない。
「………!!」
一方の彼は混乱を隠せず、そして動揺を走らせ、腕を組んだまま硬直する。
「………我輩は、この国の弱き人民のために闘いたいと思っていました。我輩だけではありません。多くの者がそう思い、軍を信じ、籍を置いております」
これまでの信念を支えてきた軍から示された突然の裏切りに、足掻くことすら忘れて自失した。
「なのに、上が…
「軍を辞めてはどうだ、少佐。君の性格だと、ここにいてもつらいだけだろう」
アームストロングの脳裏に、イシュヴァールの記憶が蘇る。
爆炎と砲弾が飛び交うあの地獄を……。
(――「なぜ、こんな戦いを続けねばならんのですか!!?」――)
――その場にある者を物を、等しく激しく叩く衝撃の中、アームストロングは血と煤に塗れ、意識を失ったイシュヴァールの少年を腕に抱き、涙を流して叫んだ。
(――「アームストロング少佐は軍令に背いた。じき中央に戻されるだろう」――)」
――その提案が持つ意味の重さを重々理解した上でロイは冷たく言い放ち、ヒューズが意地悪い口調で投げかける。
(――「この腐れた戦場を離れるにゃ、軍令に背くのが一番賢いやり方だ」――)
女性や子供まで攻撃対象となった殲滅戦に反対したアームストロングは前線を外され、中央司令部に戻されてしまった。
「あの時、イシュヴァールで我輩は戦いから逃げました。軍のやり方が間違っている……そう強く思っていて、それなのに逃げたのです。
心の内を語りながら、闘志が湧き上がってくるのを感じた。
そうだ。
これこそ我が本領。
国家資格を取得したから戦うのではない。
弱きを守り、強きを
「イシュヴァールから逃げ戻って今日この日まで、信念を曲げ、逃げた己れを恥じなかった日はありません」
――"氷の魔女"として自ら堕ちていく少女を必死な声で呼び止めるが、無駄に終わった。
(――「その呼びかけに、価値があると思っての発言ですか。喚くなら、相応の責任を持って喚いてください」――)
畏怖と侮蔑と憐憫と嘲笑を全身に受けて、彼女は笑う。
実に禍々しく、美しく、彼女は全てを嘲笑う。
「今また、
いつしかアームストロングは厳めしい相貌の中に芯の強さを備えていた。
それは、戦場の参入を抑えきれない故にこぼれる、勇猛な
「大佐はどうなさるのですか」
「大総統にな『野望があるから、まだ辞めん』と言ってやった」
貫録のある涼やかさと不動のしたたかさが同居した声が響き、リザとアームストロングの表情が驚愕に染まっていく。
「大総統が人造人間としての自身の重大な秘密とキョウコの人事を私に話したという事はだな。『自分を倒しても後ろにまだでかいのがいるぞ』と暗に示したという事だ」
ロイは何事もなかったかのように視線を戻し、肩をすくめてみせた。
「試されている、光栄じゃないか」
「……意外と余裕ですね」
「どうかな」
すると切れ長の瞳を和らげ、唇が小さく動き、最小限のボリュームの囁きが空気をそっと震わせた。
「ただ…ラストとかいう人造人間と闘った時もそうだが、『兵器』だ『化物』だと言われる自分が、本当の化物だと闘っている時にこそ、己れがただの『人間』である事を実感できるよ」
脅威の回復力と人間離れした能力をもつ人造人間との戦闘が脳裏に過ぎり、ロイは心底、情けなさそうな表情を浮かべた。
キョウコはまっすぐノックスの自宅に向かい、ランファンに会いに行った。
ノックスには既に話を済ませ、彼女がいるという寝室の方へ足を向けると、ベッドに横たわるランファンが枕に深く頭を沈めていた。
その脇にはアルが待機しており、キョウコの姿を視界に入れると事情を説明しようとする。
「キョウコ、ランファンに――」
「その様子なら、リンの体内に賢者の石が埋め込まれた事を知ったみたいね」
アルにそう答え、そのままベッド脇に移動して様子を窺う。
「体は大丈夫?」
「……何をしに来タ?」
「……心配だから、って言っちゃダメ?」
「……アルフォンスからだいたいは聞いタ」
左肩に包帯を巻き、額に汗を浮かべながらも彼女はわかった範囲で事情を聞き入れた。
「そうカ…若は自分で賢者の石を受け入れたのカ…」
言葉では受け入れはしたが、内心で何を考えているのか唇を噛み、シーツを握る手を小刻みに震える。
「ごめん。ボク達が止めていれば…」
「おまえ達を責める気は毛頭無イ。護衛の役目を果たせなかった自分に腹が立っているのダ」
自分に責任があると言いたげな物言いに、アルは床に視線を落とす。
次に彼女は、隣に座るキョウコへと視線を移した。
「ずしぶんと酷い顔をしているナ。いつもの毅然とした顔はどうしタ」
「ケガ人に心配されるなんて、ひどい顔なんだね、あたし」
「……感謝すル、キョウコ」
不意に紡がれた言葉に、キョウコはきょとんとしてランファンの顔を見つめる。
「結果はどうであレ、若を守ろうとしてくれたのだろウ」
「……ランファン」
「若の臣下として感謝すル」
「しっかりご飯食べて、ちゃんと体力戻してよね」
「…あア。そのつもりダ」
キョウコは笑いかけた。
ランファンは彼女につられて、あるいは彼女に応えて笑みを浮かべた。
心配そうにランファンを見るキョウコとアル、二人の視線。
それに気づいて、ランファンはベッドから起き上がった。
「若ハ……まだ、その"グリード"という奴の中にいるんだナ?主が踏んばっているというのに、臣下が休んでいられようカ」
一見、勇ましい台詞だが、虚勢であることは明白だった。
そもそもランファンがリンを護衛する臣下の立場であって、大人しく寝てはいられない状態なのだ。
「そう、だけど…ちょっとランファン!?」
「キョウコ!アルフォンス!腕が欲しイ!今すぐニ!機械鎧技師を紹介してくレ!すぐ腕を付けル!」
慌てふためくアルを尻目に、ランファンは腕が欲しいと至急、機械鎧技師を紹介するよう言い出した。
「すぐったって…リハビリにすごく時間かかるよ」
「根性で何とかすル」
「その前に、ある程度体力が無いと手術してくれないよ」
「そこをなんとか頼ム」
無理を承知で頼み込むランファン。
激痛を伴う手術、長期のリハビリを知っているアルは難しい顔で言う。
「いやいやいや、兄さんも自由に動けるようになるまで血ヘド吐く思いで、それでも一年かかってるし」
「ならば半年ダ。あいつが一年なら、私は半年でやってやル!」
ランファンの言葉に最初は戸惑うアルだったが、静かな闘志で満たされる瞳で見つめられ、兄の決意を思い出させる。
(――「一年だ!」――)
――大人でも根を上げるほどの手術の激痛と長期間のリハビリを告げられたエドは、平均の三年よりも一年で回復させると宣言した。
その時のことを思い出したのか、アルが困ったように溜め息をつく。
いかにもエドらしいエピソードで、キョウコも苦笑するしかない。
「だーめだ、こりゃ。テコでも動かない眼だ。兄さんと一緒だ」
「なにッ!?あんな豆と一緒にするナ!!」
かけられた言葉に、ランファンは聞き捨てならないと青筋を立てた。
(ま…ロックベルの女衆とは気が合いそうか)
恐れず正面からきっぱり言う性格は相性がよさそうで、
「血ヘド吐くよ」
「やってやろうじゃないの」
ウィンリィとピナコがやる気を示す光景を容易に想像できた。
「わかったよ。なるべく早く紹介する。その前に体力つけないと。ノックス先生にご飯もらってくる。それと、キョウコは先に宿に戻ってて」
キョウコはきょとんとした。
「え?」
「お腹も限界でしょ?キョウコの分も頼みたいけど、それじゃノックス先生破産しちゃいそうだし」
「あたしってそんなに大食いに見える?」
「あははっ、とりあえず宿でゆっくり休んでなよ」
「………」
「そうしないと、ボクが兄さんに怒られちゃう」
ささやかな説教をしてくるアルに、キョウコは申し出をありがたく思いつつ、
「そうね」
と言って立ち上がる。
すると、アルが声をかけてきた。
「キョウコも無理しないで」
「分かってる」
ドアノブへと手をかけると、
「またね」
と別れの挨拶をして、静かに扉を閉める。
キョウコを凝視したまま、ランファンは考え込む。
口を開いたのは、しばらく後だった。
「……キョウコ」
「ん?どうしたの、ランファン?」
「…乱れていル」
「えっ?」
前置きをつぶやいて、ランファンが視線をアルへ戻す。
「生きた人間なら持っている筈の気の流れガ、彼女は酷く不安定なんダ」
心配性なところは何も変わってないが、キョウコはアルの成長を感じていた。
(アルに心配されるなんて、あたしもまだまだ無茶するよなぁ……)
その時、台所に立つ家主の後ろ姿を視界に入れ、声をかける。
「――あ、ノックス先生」
「あァ?」
台所に立つノックスは、その外見には似合わず器用に野菜を切っている。
一旦、包丁を握る手を止めて振り返ると、黒髪をしゃらりと揺らして頭を下げた。
「ランファンをお願いします」
「…ったく、何で俺が他人の飯なんか作らにゃならねェんだ」
「ご迷惑かけてすいません。でも、頼む人がいないんです」
「……………」
相変わらず、眉に皺を寄せて唇を引き結ぶノックスに名前を呼ばれ、
「…嬢ちゃん」
キョウコは顔を上げた。
「…またケガすんじゃねぇぞ」
「その時はまた、ノックス先生に手当てしてもらいます」
「バカヤロー、お前っ……!!」
驚きを露に声を荒げると、キョウコは軽く一礼して台所を出ていった。
その様子に彼は小さく舌を鳴らすと、再び包丁を握りしめた。