第56話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
賢者の石の再生力が尽きたグラトニーに"お父様"が近寄る。
「石の再生力を使い果たしてしまったか」
熱塊の炸裂を受けて焼けただれた部位も多く、
「お…あ…ヴ…」
言葉にならない呻き声を絞り出す。
"お父様"はその様子をじっと見た。
「心配するな、我が息子よ」
そう言うと、なんの躊躇もなしに腕が彼の胸部に食い込んだ瞬間、ズブッという音と共に大きく侵入する。
人体構造学的に計算し尽くされた臓器を経由して、さらに奥……賢者の石へと辿り着いた。
刹那、その突き出した掌に賢者の石が引き寄せられ、吸い込まれる。
勢いよく体内から抜き放つと、身体の輪郭を薄れさせ、揺らめく。
最後には砂塵となって消えていった。
「また造り直してやる。記憶もそのままにな」
シャワーの落ちて弾ける響きの中で、キョウコは荒い息を吐き、力なくしゃがんでいた。
「はっ、はぁ、はぁ、はぁっ」
――神経を使い過ぎた……。
「ふぅっ、ふっ、くっ……」
――でも……きっとこの異常な疲れ方は、それだけじゃない。
「はあっ、は…」
その胸中では、初めて明らかにされた真実と憎悪をぶつけた戦闘に、未だ復讐心が残っていた。
――あたし、今頃になって……こんなにも、胸がうずいている…。
――まるで……心の奥から毒が染み出したみたいに……。
彼女だけが許された弱音、込められた心を、身体で確かめる。
膝を抱えた腕に爪を食い込ませて、キョウコは自分を戒める。
(今は自分のために動いていい時じゃない。守らなくちゃいけない仲間がいる……)
シャワーの蛇口を閉め、肢体を形作る精美 の流線を温水が滴り落ち、立ちのぼる湯気がその衣となる。
簡素なシャワー室の仕切りを開け、籠からバスタオルを取った。
決まり切った作業として身体を拭きつつ、思索を続ける。
(戦う理由がちゃんとある。この戦いだって、参加する以上無駄にするつもりはない。敵がどんなに強かろうが、何を言おうが……必ず……)
拭き終ったバスタオルを、続いて、髪を拭くためのタオルを頭に巻く。
傍らにある鏡の曇った鏡面を一筋、掌で擦った。
映し出された白い裸身は、またすぐに霞み、薄れていく。
「――二人の身体を取り戻す」
目の前を塞いだ前髪を払って、頭に巻いたタオルで髪を拭く。
特に気にしなかった女性の作法……ウィンリィに教えられたそれを、かたくなに守る。
支給された下着と軍服に袖を通すと、濡れた漆黒の髪を乾かして結ぶ。
グラトニーの腹の中にいた頃が、酷く昔のことのように思えてくる。
「…頭が、痛い」
ずっと、薄暗い地下での出来事が脳裏から離れない。
手を伸ばしてくる一人の男の姿に、思わず表情を歪ませた。
荒くなっていた気息を、一つ、二つ、深呼吸して整え、スカートを翻すと、左耳にある青いピアスが鈍く縁を光らせた。
司令部内の廊下を歩くと、何人かの軍人とすれ違う。
キョウコは兄弟がいるシャワー室へと訪れると、その扉の横に立つ軍人に声をかけた。
「あたしの所に見張りは無いのね」
軍人に化けたエンヴィーはにやりと笑って見つめる。
「ははっ、そういうキョウコはずいぶんと酷い顔してるね」
「………」
「疲れてるの?それとも混乱してる?」
「どっちもよ…」
「そりゃそうだよねー」
何が楽しいのか、目を細めるエンヴィーの態度に、胡乱そうに目を伏せたキョウコは扉を一つ挟んだ壁に寄りかかる。
「まぁ、どうせ見張りなんか付けたところで、どっか行くワケでもないだろうし」
「どういう意味?」
「だって知りたいでしょ?真実」
キョウコは反撃として、ぼそりとつぶやく。
「………かりそめ」
「何?」
「……そうやって他者になりすまし、さらには自分の身体さえも偽り。本来は、あんな禍々しい姿なのにね」
キョウコの物言いに、エンヴィーが剣呑な目つきになる。
「何だって?」
「今もそう。そうやって、絶望に暮れる人を試す」
「ふーん。それは褒め言葉と取ってもいいの?」
「今の言葉のどこに褒める要素があったかしら?あんた自体が嫌いだって言いたいの」
「あっははは!言ってくれるねぇ、キョウコ」
余裕の笑みで見下すエンヴィーに、キョウコはうるさそうに顔をしかめる。
「――まぁでも、もっと嫌われる要素持ってんだけどね」
「何か言った?」
「まあいいや。今は言わないでおいてあげる」
彼の言葉に、キョウコは小さく首を傾ける。
熱い湯で身体中の血を洗い流すエドに、仕切りの外からアルが声をかける。
「…兄さん」
「あ?」
「……キョウコは大丈夫かな?ボク…キョウコに何て言ったらいいのか、わからないよ」
自分達と出会う以前の、彼女にとっての大きな喪失。
生まれ育った故郷の消滅。
その裏では、人造人間が人工的に復讐者を作り上げたかったということ。
そして、少女は彼らの思惑通りに才能と力を開花させ、国家資格を取得して"氷の魔女"の異名を授かった。
あまりの壮絶な真実に、アルは言葉を失った。
「今まで、キョウコはオレ達に数えきれないほどの秘密を隠していた。あいつの闇、あいつの真実、あいつが戦う理由、"氷の魔女"と呼ばれる理由……でも、まだ置いてきてしまった感情がある。まだ背負わなきゃいけないものが残っていた」
言い終えて、エドは小さく息を吐いた。
「どっちにしろ、あいつは復讐とか、そんなの望んじゃいねぇよ」
「…兄さん」
アルはエドの気持ちを理解して、うつむいたまま大人しく膝を抱えて座る。
「それに、これはあいつの問題だ。オレ達がとやかく言う事じゃない」
「でも、人造人間はっ…!!」
「それでも…」
エドはキョウコの狂気に燃える目を思い出しながら、顔を引き締めた。
「それでも、もしあの野郎がキョウコを傷付けるような事があったら……そん時は、オレ達の出番だ」
次に、人体錬成を発動した際、真理の扉に取り残されたアルの肉体について話した。
「本当に!?本当にボクの身体!?」
「おう。グラトニーの腹から出て来る時に扉を通ったら会った。『君とは一緒に行けない』とか言われて、連れて来れなかったけどよ」
「…あるんだ…よし……よし!!」
想像していた最悪な考えが撤回され、アルは握り拳をつくって安堵する。
「よかった~~~~、腐ってなくて~~~」
「おう。また一歩目的に近付いたぞ!」
エドは濡れた髪をタオルでガシガシと拭くと、いつものようにアンテナを立てる。
「あれ?でも扉を通ってって…通行料は?」
「エンヴィーの中の石の賢者の石を使った」
「石って!人の命を奪ったアレの事!?」
「エンヴィーの石はクセルクセス人の魂を集めて作られたものらしい。戻るべき肉体も精神も、とうの昔に朽ち果てて、今はただ消費されるだけのエネルギーになってる」
「そんな…理屈ではそうかもしれないけど…」
元々は人の魂であった事実を前にしても、エドは一切怯まずに言い放つ。
「自分自身の人体錬成は成功する事が証明された。通行料が…賢者の石があれば、扉をくぐれる。あとはおまえの肉体を引っぱり出すだけだ」
「でも、エネルギーって言ったって元は……」
「悩んでるヒマは無ぇ。早いとこ、あそこから出さねえと」
「兄さんはそれでいいの!?ボクは…」
「おまえはあの身体を見てないからっっ!!」
感情に任せてエドが怒鳴る。
アルからしてみれば、賢者の石を通行料に錬成するという状況が苦難なはずだった。
賢者の石の材料は生きた人間。
だからこそ、彼はエドの判断に納得できないのだ。
エドも、それは十分に理解している。
理解した上で激昂する。
「あんなガリガリの姿見たら、一日でも早く…」
勢いよく仕切りを開けると、弟の肩に乗るシャオメイを凝視する。
「なぜその白黒猫がいる?」
「とりあえずパンツはきなよ、兄さん。軍支給パンツ。中にね、あの女の子がいるから」
肩に乗っているシャオメイが頬を赤くし、鎧の中に隠れているメイを指差した直後、
「うぇおああいぎゃああ」
顔を真っ赤にしたエドの絶叫がシャワー室の外にまで響き渡った。
「なんだ!?」
何事かとエンヴィーが慌てた様子で扉を開け放つ。
「ななな、なんでもねぇ!!滑っ…滑っただけ!!ほらっ!!石ケンでっっ!!」
ガタガタッ、と音を立てて、赤面したエドがバスタオルで下半身を隠し、
「尻もしまえよ」
後ろから丸見えの状態に、アルは深々と溜め息をついた。
「なに、マンガみたいな事やってんだよ。さっさと支度しなよ、おチビさん」
「チビ言うな!!」
軽く青筋を立てるエンヴィーに向けて、石鹸が投げられる。
「あんまり遅いと、キョウコにイタズラしちゃうよ?」
「はぁ!?おまえ、性懲りもなく!!」
怒りに任せて、エンヴィーのもとへ迷う素振りも見せず歩き出す。
「ちょっ、兄さん!」
という叫びはその直後に聞こえた。
「――ぅえっ?」
エドの喉から間抜けな声が漏れた。
彼にその自覚はなかった。
今のエドに、そんなことを気にしていられる余裕は皆無だった。
指一本動かす、どころか瞼を閉じることすら意識になかった。
それは彼が見ている相手も同じ。
視線の先で、キョウコはこちらに顔を向けた姿勢で固まっていた。
「なっ――!?」
キョウコの視界に映る景色はこうだ。
エドは下半身にバスタオルを巻いただけのあられなもない格好。
先程の動揺で腰の結び目がかなりゆるんでいる。
彼の後ろには唖然とするアルと頬を赤く染めるシャオメイ。
おそらく鎧の中に隠れているメイの存在に驚いて、混乱してしまったのだろう。
人の悪い笑みを浮かべるエンヴィーの背後にはキョウコの姿が見える。
ここでようやく、自分が裸にバスタオル一枚で出てきてしまことにったエドは気づいた。
はらり、とバスタオルの結び目がほどける。
時間の流れが数分の一に減速。
否、これは意識が数倍に加速したのか。
ゆっくりと落ちるバスタオルをアルの手が慌てて押さえる。
エドの身体を拘束していた呪縛が、その時ようやく解けた。
「わ」
「すけべへんたいさっさとふくきろばかーーっっ!!!」
悪い、とエドが口にするより速く、早口すぎて舌が十分回っていない罵倒の嵐が彼に襲いかかった。
「キョウコも純情だねぇ。男の裸見ただけで、あんなに真っ赤になるなんて……」
おかしげに肩を揺らすエンヴィーの背中に続くエドの顔には、真っ赤な掌が刻印されている。
「石の再生力を使い果たしてしまったか」
熱塊の炸裂を受けて焼けただれた部位も多く、
「お…あ…ヴ…」
言葉にならない呻き声を絞り出す。
"お父様"はその様子をじっと見た。
「心配するな、我が息子よ」
そう言うと、なんの躊躇もなしに腕が彼の胸部に食い込んだ瞬間、ズブッという音と共に大きく侵入する。
人体構造学的に計算し尽くされた臓器を経由して、さらに奥……賢者の石へと辿り着いた。
刹那、その突き出した掌に賢者の石が引き寄せられ、吸い込まれる。
勢いよく体内から抜き放つと、身体の輪郭を薄れさせ、揺らめく。
最後には砂塵となって消えていった。
「また造り直してやる。記憶もそのままにな」
シャワーの落ちて弾ける響きの中で、キョウコは荒い息を吐き、力なくしゃがんでいた。
「はっ、はぁ、はぁ、はぁっ」
――神経を使い過ぎた……。
「ふぅっ、ふっ、くっ……」
――でも……きっとこの異常な疲れ方は、それだけじゃない。
「はあっ、は…」
その胸中では、初めて明らかにされた真実と憎悪をぶつけた戦闘に、未だ復讐心が残っていた。
――あたし、今頃になって……こんなにも、胸がうずいている…。
――まるで……心の奥から毒が染み出したみたいに……。
彼女だけが許された弱音、込められた心を、身体で確かめる。
膝を抱えた腕に爪を食い込ませて、キョウコは自分を戒める。
(今は自分のために動いていい時じゃない。守らなくちゃいけない仲間がいる……)
シャワーの蛇口を閉め、肢体を形作る
簡素なシャワー室の仕切りを開け、籠からバスタオルを取った。
決まり切った作業として身体を拭きつつ、思索を続ける。
(戦う理由がちゃんとある。この戦いだって、参加する以上無駄にするつもりはない。敵がどんなに強かろうが、何を言おうが……必ず……)
拭き終ったバスタオルを、続いて、髪を拭くためのタオルを頭に巻く。
傍らにある鏡の曇った鏡面を一筋、掌で擦った。
映し出された白い裸身は、またすぐに霞み、薄れていく。
「――二人の身体を取り戻す」
目の前を塞いだ前髪を払って、頭に巻いたタオルで髪を拭く。
特に気にしなかった女性の作法……ウィンリィに教えられたそれを、かたくなに守る。
支給された下着と軍服に袖を通すと、濡れた漆黒の髪を乾かして結ぶ。
グラトニーの腹の中にいた頃が、酷く昔のことのように思えてくる。
「…頭が、痛い」
ずっと、薄暗い地下での出来事が脳裏から離れない。
手を伸ばしてくる一人の男の姿に、思わず表情を歪ませた。
荒くなっていた気息を、一つ、二つ、深呼吸して整え、スカートを翻すと、左耳にある青いピアスが鈍く縁を光らせた。
司令部内の廊下を歩くと、何人かの軍人とすれ違う。
キョウコは兄弟がいるシャワー室へと訪れると、その扉の横に立つ軍人に声をかけた。
「あたしの所に見張りは無いのね」
軍人に化けたエンヴィーはにやりと笑って見つめる。
「ははっ、そういうキョウコはずいぶんと酷い顔してるね」
「………」
「疲れてるの?それとも混乱してる?」
「どっちもよ…」
「そりゃそうだよねー」
何が楽しいのか、目を細めるエンヴィーの態度に、胡乱そうに目を伏せたキョウコは扉を一つ挟んだ壁に寄りかかる。
「まぁ、どうせ見張りなんか付けたところで、どっか行くワケでもないだろうし」
「どういう意味?」
「だって知りたいでしょ?真実」
キョウコは反撃として、ぼそりとつぶやく。
「………かりそめ」
「何?」
「……そうやって他者になりすまし、さらには自分の身体さえも偽り。本来は、あんな禍々しい姿なのにね」
キョウコの物言いに、エンヴィーが剣呑な目つきになる。
「何だって?」
「今もそう。そうやって、絶望に暮れる人を試す」
「ふーん。それは褒め言葉と取ってもいいの?」
「今の言葉のどこに褒める要素があったかしら?あんた自体が嫌いだって言いたいの」
「あっははは!言ってくれるねぇ、キョウコ」
余裕の笑みで見下すエンヴィーに、キョウコはうるさそうに顔をしかめる。
「――まぁでも、もっと嫌われる要素持ってんだけどね」
「何か言った?」
「まあいいや。今は言わないでおいてあげる」
彼の言葉に、キョウコは小さく首を傾ける。
熱い湯で身体中の血を洗い流すエドに、仕切りの外からアルが声をかける。
「…兄さん」
「あ?」
「……キョウコは大丈夫かな?ボク…キョウコに何て言ったらいいのか、わからないよ」
自分達と出会う以前の、彼女にとっての大きな喪失。
生まれ育った故郷の消滅。
その裏では、人造人間が人工的に復讐者を作り上げたかったということ。
そして、少女は彼らの思惑通りに才能と力を開花させ、国家資格を取得して"氷の魔女"の異名を授かった。
あまりの壮絶な真実に、アルは言葉を失った。
「今まで、キョウコはオレ達に数えきれないほどの秘密を隠していた。あいつの闇、あいつの真実、あいつが戦う理由、"氷の魔女"と呼ばれる理由……でも、まだ置いてきてしまった感情がある。まだ背負わなきゃいけないものが残っていた」
言い終えて、エドは小さく息を吐いた。
「どっちにしろ、あいつは復讐とか、そんなの望んじゃいねぇよ」
「…兄さん」
アルはエドの気持ちを理解して、うつむいたまま大人しく膝を抱えて座る。
「それに、これはあいつの問題だ。オレ達がとやかく言う事じゃない」
「でも、人造人間はっ…!!」
「それでも…」
エドはキョウコの狂気に燃える目を思い出しながら、顔を引き締めた。
「それでも、もしあの野郎がキョウコを傷付けるような事があったら……そん時は、オレ達の出番だ」
次に、人体錬成を発動した際、真理の扉に取り残されたアルの肉体について話した。
「本当に!?本当にボクの身体!?」
「おう。グラトニーの腹から出て来る時に扉を通ったら会った。『君とは一緒に行けない』とか言われて、連れて来れなかったけどよ」
「…あるんだ…よし……よし!!」
想像していた最悪な考えが撤回され、アルは握り拳をつくって安堵する。
「よかった~~~~、腐ってなくて~~~」
「おう。また一歩目的に近付いたぞ!」
エドは濡れた髪をタオルでガシガシと拭くと、いつものようにアンテナを立てる。
「あれ?でも扉を通ってって…通行料は?」
「エンヴィーの中の石の賢者の石を使った」
「石って!人の命を奪ったアレの事!?」
「エンヴィーの石はクセルクセス人の魂を集めて作られたものらしい。戻るべき肉体も精神も、とうの昔に朽ち果てて、今はただ消費されるだけのエネルギーになってる」
「そんな…理屈ではそうかもしれないけど…」
元々は人の魂であった事実を前にしても、エドは一切怯まずに言い放つ。
「自分自身の人体錬成は成功する事が証明された。通行料が…賢者の石があれば、扉をくぐれる。あとはおまえの肉体を引っぱり出すだけだ」
「でも、エネルギーって言ったって元は……」
「悩んでるヒマは無ぇ。早いとこ、あそこから出さねえと」
「兄さんはそれでいいの!?ボクは…」
「おまえはあの身体を見てないからっっ!!」
感情に任せてエドが怒鳴る。
アルからしてみれば、賢者の石を通行料に錬成するという状況が苦難なはずだった。
賢者の石の材料は生きた人間。
だからこそ、彼はエドの判断に納得できないのだ。
エドも、それは十分に理解している。
理解した上で激昂する。
「あんなガリガリの姿見たら、一日でも早く…」
勢いよく仕切りを開けると、弟の肩に乗るシャオメイを凝視する。
「なぜその白黒猫がいる?」
「とりあえずパンツはきなよ、兄さん。軍支給パンツ。中にね、あの女の子がいるから」
肩に乗っているシャオメイが頬を赤くし、鎧の中に隠れているメイを指差した直後、
「うぇおああいぎゃああ」
顔を真っ赤にしたエドの絶叫がシャワー室の外にまで響き渡った。
「なんだ!?」
何事かとエンヴィーが慌てた様子で扉を開け放つ。
「ななな、なんでもねぇ!!滑っ…滑っただけ!!ほらっ!!石ケンでっっ!!」
ガタガタッ、と音を立てて、赤面したエドがバスタオルで下半身を隠し、
「尻もしまえよ」
後ろから丸見えの状態に、アルは深々と溜め息をついた。
「なに、マンガみたいな事やってんだよ。さっさと支度しなよ、おチビさん」
「チビ言うな!!」
軽く青筋を立てるエンヴィーに向けて、石鹸が投げられる。
「あんまり遅いと、キョウコにイタズラしちゃうよ?」
「はぁ!?おまえ、性懲りもなく!!」
怒りに任せて、エンヴィーのもとへ迷う素振りも見せず歩き出す。
「ちょっ、兄さん!」
という叫びはその直後に聞こえた。
「――ぅえっ?」
エドの喉から間抜けな声が漏れた。
彼にその自覚はなかった。
今のエドに、そんなことを気にしていられる余裕は皆無だった。
指一本動かす、どころか瞼を閉じることすら意識になかった。
それは彼が見ている相手も同じ。
視線の先で、キョウコはこちらに顔を向けた姿勢で固まっていた。
「なっ――!?」
キョウコの視界に映る景色はこうだ。
エドは下半身にバスタオルを巻いただけのあられなもない格好。
先程の動揺で腰の結び目がかなりゆるんでいる。
彼の後ろには唖然とするアルと頬を赤く染めるシャオメイ。
おそらく鎧の中に隠れているメイの存在に驚いて、混乱してしまったのだろう。
人の悪い笑みを浮かべるエンヴィーの背後にはキョウコの姿が見える。
ここでようやく、自分が裸にバスタオル一枚で出てきてしまことにったエドは気づいた。
はらり、とバスタオルの結び目がほどける。
時間の流れが数分の一に減速。
否、これは意識が数倍に加速したのか。
ゆっくりと落ちるバスタオルをアルの手が慌てて押さえる。
エドの身体を拘束していた呪縛が、その時ようやく解けた。
「わ」
「すけべへんたいさっさとふくきろばかーーっっ!!!」
悪い、とエドが口にするより速く、早口すぎて舌が十分回っていない罵倒の嵐が彼に襲いかかった。
「キョウコも純情だねぇ。男の裸見ただけで、あんなに真っ赤になるなんて……」
おかしげに肩を揺らすエンヴィーの背中に続くエドの顔には、真っ赤な掌が刻印されている。