第53話

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折れた左腕を固定するための添え木を布で縛ると、短い悲鳴が漏れた。

「いでっ…」

「応急処置ダ」

「いや、十分助かるよ」

そしてエドは、自分を治すキョウコに視線を移す。

「そっちはどうだ?」

「今は錬金術で骨をつないでるけど、まだ定着はしてないわ。治療は結局のところ応急処置で」

「定着するまでは仮に治っているだけだ。決して、瞬時に健康状態を取り戻すものじゃない――そのくらい、わきまえてる」

キョウコの台詞を横取りした形で、自分に言い聞かせるように口に出すと、リンがまさに核心的な部分に触れた。

「外に出られるって本当カ?」

「たぶんな」

「たぶんっテ…」

「これ見ろ。クセルクセス遺跡の一部だ」

キョウコとリンは、クセルクセスの一部だと思われる瓦礫を見やる。

「これがグラトニーの腹の中にあるって事はよ…証拠隠滅と違うか?」

「人造人間の得意なアレ…ね」

「てめぇらがクセルクセスで何をしたか、だいたい読めてきたぜ。なぁ、エンヴィー!」

動揺を押し込めて、エンヴィーに突き刺すような視線を送る。







――本当の親の名も顔も……自身の名すらも覚えていない。


――いや……名を付けられる前に捨てられたか、買われたか――。


軍に買われた赤ん坊達は大総統候補の機関に入れられ、白衣を纏った研究者に囲まれて育てられた。


――ただ物心ついた時から白衣をまとう者達に見守られていたのは覚えている。


「この国を背負って立つのは誰かな?君かな?『●●●●●』」


――「大総統候補」。


――それが自身の名の代わりだった。


――我々大総統候補は一か所に集められ、様々な教育を受けた。


様々な教育と武芸を仕込まれる中で、彼らは過酷な状況の中を生き延びた。


――剣術・銃術・軍隊格闘、あるいは帝王学・人間学……………自分がこの国を動かす人間になる。


――そう信じ、どんな訓練にも耐え……やがて、体力・精神力とともに充実する年齢に達した頃――。


身体中に飛び散った血を伝って、真紅の液体が凝縮した。

「この者もだめでした」

「次だ」

研究者は凝縮した真紅の固まりをすくい取る。

「次は『●●●●●』です」

「連れて来い」

そして、自分の名前が呼ばれて部屋に入った男は、その光景に目を見張る。

簡素なベッドと黒い革のベルト、周りには研究者が集まって何かの準備をしている。

「そこに横になって」

「あの、これは…」

「楽にして」

勧められるままベッドに寝転び、身体を縛られる。

違和感を覚えて視線を移すと、研究者の背後、扉の隙間から覗く血塗れの死体に驚愕する。

「何をする気ですか!!あの死体は……………」

「どうだ、素晴らしいだろう」

眼鏡の奥で剣呑に笑う研究者の一人が、真紅の液体が入った注射器を掲げた。

「賢者の石だよ。見るのは初めてだろう?」

不意にゾッとする気配を感じて、男は顔を上げた。

彼の正面、そこには今まで見てきた研究者とは風貌が異なる、一人の男が音もなく立っていた。

「君で12人目だ。我が『憤怒』を受け入れるのは君か?はたまた、別の誰かか?」

「う………」

必死に恐怖から逃れようとするが身動きが取れず、躊躇なく針が皮膚に突き刺さった。


――賢者の石は他人の魂が多数含まれている高エネルギー体だ。


その賢者の石と適合すれば、素材となった石が持つ「人を超えた能力」を手にできる。


――生身の人間の血液に入れられると、肉体の持ち主との拒絶反応で暴れまわり、その肉体を乗っ取ろうとする。


ただし、実際に混入してみるまでの適性の有無は判別不能。

これまで、試した者はみな自我を破壊され発狂している。


――私以外の大総統候補は生身の肉体を破壊され、無残な死を遂げた。


聞く者の精神に爪を立てるような音程の外れた悲鳴は、正気の在処ありかを失った者の悲鳴だ。

無造作に積まれた男達は、二度と理性と正気の世界に帰ってくることは叶わないだろう。


――私は体内の賢者の石と闘い、のたうち回り、死線をさまよった。


強烈な破壊衝動と石による再生を繰り返し、飲み込まれることなく、飼い慣らした者が適合者だ。


――私の身体は石による破壊と石による補修をくり返した。


――元の身体が完全に死ぬか、賢者の石に打ち克つか…地獄の終わりは、そのどちらかだっのた。


――やがて――。


「「素晴らしい!」」

起き上がった男に研究者は両手を広げ、心の底から嬉しそうに笑う。

「我々は世紀の瞬間に立ち会えた!」

「ここに、新たな人類が誕生したのだ!」

「おめでとう!君は選ばれたのだ!」

「この国を次の段階へと導くリーダーに!!」

興奮した研究者が熱っぽく話しかける間も、男はこれが果たして現実なのだろうかと疑い続けていた。

無論、体内の賢者の石と闘い死線をさまよったことも驚きの一員だったが、それ以上に、研究者のこの態度はなんなのか?

「なぁに、心配する事はない!あとの事は、あのお方に任せておけば良い!経歴も財産も家族も友達も、なんでも用意してくれるだろう!」

「そうだ!この国のリーダーにふさわしい名を付けねばならんな!」

「君の名は今日から――キング・ブラッドレイ」

身体中はびっしょりと汗で濡れ、そこで左目に違和感を覚える。

左目には、虹彩というものが存在しない。

ただ白い眼球が、丸く埋まっている。

そして、その白い眼球の中央にウロボロスの刺青が刻まれていた。


――名も無き実験体の左目は腐り落ちたが、人を超えた能力を身につけ、身体の保持に成功した。


――ただひとつの魂と「憤怒」の感情を残して。







「ただし、ここに残るそのたったひとつの魂が賢者の石にされた誰かのものなのか、元々の己のものなのかは、もう……わからんのだ」

そう言い終える遠雷のように低い声を、ロイはどこか苦々しい思いと共に聞いていた。

固く張りつめた空気の中、ロイは椅子から立ち上がる。

「元は人間だと言うのなら、人造人間としてではなく、人間として生きる事はできないのですか、閣下」

「私に人間に戻れと?無理だな、我々は君達とは違う。この眼と身体能力は人間を超越した。目的を持って造られた君達より優れた品種だ。君達人間が人間である事に誇りを持っているように、我々にも人造人間としての矜持プライドがある」

凄惨極まる激闘の末に人造人間の一人を倒したロイは思い出す。

「あの女も――その矜持を持って死んで行っただろう?」







重厚な扉を開け、闇の中に一歩踏み出す。

基本的な構造は、ここに来るまで通ってきた他のブロックと同じだったが、部品とパイプとコードは先程より数を増し、澱んだ空気を感じる。

「うわぁ…気味悪い所に来ちゃったなぁ…」

「おとーさま!人柱!人柱つれてきた!」

「お父様って、早っ!心の準備が…」

大きな身体を揺らしながら走り出すグラトニーに、慌てふためくアルの頭上から人影が現れる。

「誰だ」

「あっ…あのっ……」

「ぬ?」

"お父様"の面影が写真の父と重なり、呆然とつぶやいた。

「父……さん?」







暗闇の奥で、エンヴィーが巨体を揺らして瓦礫を運ぶ音が聞こえる。

キョウコ

「なに?」

重い瞼を開ければ、すぐ隣にはエドの姿が見えた。

「傷、痛ェか?少しの間だけど休んでてもいいんだぜ」

「いっつも人の心配ばっかりして…」

「…バカかおまえ。そりゃ自分にも言えることだろーが」

「……」

「それに…オレとおまえじゃ、状況が違ェだろ」

そう言ってキョウコの口元に微かに残った血を、機械鎧の甲で拭き取る。

既に治りかけている肩の傷に無意識に手を這わせた。

「この辺にあるのは全部集めたよ」

すると、散らばった遺跡の破片を集めたエンヴィーが声をかける。

「これみんな、クセルクセス遺跡の物なのカ?」

リンの質問に、自分が見たという壁画の全体像を軽く教えてくれる。

「ああ。遺跡の神殿にあった大壁画の物だ」


――初めてこれを見た時、第五研究所地下の賢者の石錬成陣と同類かと思った。


神殿の遺跡に残された、錬成陣を思わせる大壁画。

全体的には、賢者の石の錬成陣と似た円と五角形をベースにした構図だが、一部が欠けていた。

壁画には奇妙な文字が彫り込まれており、太陽や月、石などを意味する意匠が散見される。


――だが違う。


――太陽は「魂」、月は「精神」を表す錬金術記号だ。


――「肉体」表す記号は石……これは壁画そのものであって…。


「おいおい、なに黙り込んでんだヨ」

ぶつぶつとつぶやくエドの後ろで訝しむリンとは対照的にキョウコは目を丸くする。

聡い彼女なら、すぐに気づくだろう。

「何か閃いたの?」

「いや、この壁の全体像な、人体錬成の陣だ」

「ハ?」

彼の口から紡がれた単語に、リンは理解できない声をあげる。

異国の青年に構わず、大壁画の全貌を把握したエドは分析を続ける。

「しかも、陣を形作る基礎がな、当たり前の人間を表してる」

「アタリマエ…」

「――で、閃いたんだが、生きた人間を人体錬成し直すってのはどうだ?」

「……」

固唾を呑んで二人が耳を傾ける中、エンヴィーだけは眉根を寄せる。

「死んだ人間の人体錬成は不可能だ。無いものねだりで代価を払わされたあげく、錬成された者は正しい人の形を成す事も許されない。だが、今ここに生きてる人間を…オレがオレを錬成するのはどうだ?」

「すでに在るものを、そのまま錬成し直ス?」

自然、問い返すリンの表情も、訝しげながら真剣味を増したものになる。

「そうね、たとえば水を水に、鉄を鉄にって具合に。しかも『人体錬成』。扉が開く可能性は高い」

キョウコの方もあまり穏やかな心境ではなかったようで、説明する口調はかなり鋭い。

グラトニーコイツが偽りの真理の扉だというのなら、正しい扉をくぐれば正しい空間に出られるんじゃないだろうか」

キョウコの視線にめざとく気づき、エドは言った。

彼の言っていることは常識的に考えると夢物語でしかない。

しかし、それしか脱出する方法はない。

だから彼の言葉を微塵も疑ってない顔で二人は深々と頷く。

「オレが扉を開ける。おまえらはそこに飛び込む」

「失敗したらどうなる?」

エンヴィーが漏らした素直な質問に、エドは眉をひそめて答えた。

「リバウンドだ。術の失敗は行使した者に全てはね返る。この場合、オレに…な」

「…オレじゃない、オレ達でしょ」

「あ?」
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