第52話
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――無数の死体が散乱し、肉塊が焼ける強烈な臭気の漂う廃墟を、少女が歩いていた。
――炎に照らし出された惨状を、無表情に見渡しながら。
――美しい少女だった。
――雪を思わせる白い肌、肩まで切り揃えられた金髪、ほっそりとした肢体、一流の彫刻家ですら再現することはできぬであろう端正な顔立ち。
――そこには一切の表情がなく、海のように青みを帯びた瞳もあいまって、感情が欠落していた。
「もう……こんなの嫌……誰もいない……苦しくて……一人ぼっちで……耐えられないよ」
――涙が、一筋こぼれた。
「お父さんとお母さんに会いたいよ……みんなに会いたいよ」
――涙は止めどなく溢れ始め、頬を濡らしていく。
「どうして……」
――視界が霞み、少女は言葉を紡ぐ。
「どうして、あたしだけが……助かったの……?」
――死者の内臓が飛び出し、断ち割られた頭蓋から脳漿 が出て血塗れになって転がっている。
――地獄……そうとしか形容できない光景が広がっていた。
それは、まるで生きた赤い津波だった。
津波は液体ではなく肉のような質感を持っている。
「キョウコ、下がれ…!」
「…一人じゃ無理ダ…!」
肉の表面にはおびただしい数の口や目、手や足が乱雑に生えており、まるで多くの人間をミキサーでぐちゃぐちゃに掻き回したような代物だった。
『きゃはははははは』
「さぁ、キョウコ。これで邪魔者はいなくなった」
『助けて、痛いよ』
『もう、こんなのは嫌だ』
「…………」
数多の修羅場を経験し、数多の脅威を前にしたキョウコでさえ、目の前の存在には死を覚悟せざるを得ない。
(これが、エンヴィーの正体…なんて恐ろしくて……なんて禍々しいの!!)
周りを包む空気が泣いている。
大気そのものが、恐ろしいと悲鳴をあげているのだ。
「この…ッ!!」
キョウコは正面から襲ってくる前足を横に跳んでかわし、両手を合わせて血の海から数百もの氷弾を錬成、肉塊を駆け上がる。
エンヴィーの体内を破壊するべく氷弾が突き刺さり、傷口を拡大。
肉を裂き強烈な殺傷力を発揮してダメージを与える。
すると、肉塊から大量の手が湧き出てキョウコを捕捉する。
その瞬間、足を滑らせて急降下。
無数の手は虚しく空回りし、キョウコは再び両手を合わせて二振りの剣を錬成、斬りつける。
血が飛び散り肉が裂ける音に、人間の顔から雄叫びがかぶさる。
無数の手を切り飛ばすが、すぐに代わりの手が引き抜かれる。
身体を捻ったキョウコの真横を高速で擦過。
回避した直後に剣で両断する。
キョウコは止まらない。
着地すると同時に両手を合わせ、
「――はッ!!」
錬成の光が閃き、硬化させた先端を噴進させる氷の砲弾が、巨大な怪物をたやすく吹き飛ばす。
噴進弾をまともに食らい、真正面から貫通して絶命せしめる――そのはずだった。
三人は思わず目を見張る。
倒れない。
驚くべきことに、本来の姿を見せつけたエンヴィーは、通常ならとっくに戦闘不能な傷を負っても生きていた。
――超速再生……!!
――どうあっても、あたしを行かせないつもりか……。
――急がないと……エドとリンが……!!
焦りから視線を逸らした時、咄嗟の対応が間に合わなかった。
「「キョウコッ!!」」
エドとリンの声にキョウコが驚愕の表情を浮かべる。
瞬間、強襲した竜尾で血の海に叩きつけられ、目や鼻などを問わず血液と暗黒が入り込んでくる。
キョウコは喘ぎながら死にもの狂いで身をよじる。
「…かはっ、ぐっ……ぁ……」
そのまま頭を鷲掴みにされ、肺から空気が絞り出される。
「ダメだよ…オレがいる前で、他の男によそ見なんて」
痛みに歪む美貌に嗜虐の悦を感じつつ、ギリギリと、抵抗を禁じるようにキョウコの頭と腕を絞める。
「ああッ!!」
奥歯を噛みしめ、頭と腕を絞め上げる手を凍らせる。
支えがなくなった身体は落下し、体勢を整えて冷静さを取り戻す。
――……そうだった…忘れていた…他にもまだ敵がいる……とか、極力ダメージを受けないように……とか、そんな事を考えていたら、あたしが負ける……。
途端、エドとリンが顔色を変える。
キョウコの殺気は、それほど生半可なものではなかった。
長い髪をなびかせ、堂々と立ちはだかる少女の呼び名が、理屈ではなく理解していた。
"氷の魔女"――その名にふさわしく相手を、その心を凍りつかせる威厳をもって、指一本動かせない状態で立ち尽くす。
――これは戦い。
――いかに早く敵を殺すかだけを考えて戦う…………。
――あたしが……。
刹那、キョウコの周りで血を材料とした無数の氷柱が錬成され、肉塊を砕いて凍結して切り刻んだ。
――何のために、この地獄のような道を進むのか……それだけを……。
「ああああああ!!」
――考えろ……!!
エンヴィーが獰猛に笑う。
同時に埋め込まれた数多の眼球がぎょろりとこちらに向いた。
三人は死んでなどいない、材料を得た頭脳が即座に推論を弾き出し、アルを行動に移す。
「ボクを連れて行け!!その父親の所へ!!」
人造人間に、ある限りの検討材料を渡すことで状況を打開せんと。
「おまえ扉、あけた?」
「うん。開けた開けた」
「連れてったら、おとーさまよろこぶ?」
「喜ぶよー。めっちゃ喜ぶよー」
見た目からして子供っぽいグラトニーに、アルは頼むように言う。
グラトニーは何か考えを巡らすように沈黙した後、満面の笑みを浮かべた。
司令部では、奇妙な形式での会議が執り行われていた。
「グラン准将が傷の男に殺られたのは人手不足になるが、幸運だったな」
「うむ。奴は名目だけでも第五研究所の責任者になっていたからな」
殺されたグランや第五研究所の人体実験について、内々に処理しようという魂胆が見え透いていた。
「人体実験の跡が見付かった場合、奴に全責任をなすり付けられる」
「人柱候補も選出し直しましょうか?」
「現在、確認済みなのはエルリック兄弟と"氷の魔女"」
「マルコー医師はどうだ。そろそろ…」
優秀な錬金術師の中から一定の条件で選ばれ、既にエド達が候補として目をつけられている。
「キンブリーはどうです?」
「あれは扉を開くような神経は持ち合わせとらんよ」
これを傍らで聞いている男性がいる。
能面めいた無表情で座るロイである。
「飲むかね?」
カップに紅茶を注ぎ、ブラッドレイが声をかけた。
「結構です」
「毒は入っとらんよ」
「何故、この状況で私を生かしておくのですか」
「君の立場を理解させるためだ」
「………いつからですか。いつから軍は人造人間に頭 を垂れたのですか」
語気強く弾劾するロイ。
ブラッドレイは誤魔化そうとは一切せず、あっさり認めた。
「この国が生まれた時から仕組まれていた事だよ」
焦燥と怒りを隠せず、ロイはさらに詰め寄る。
彼女のことでも言わねばいられなかった。
「何故、キョウコなのですか。貴方に忠実な軍人など大勢いたはず…なのに何故、まだ14歳だった少女に似つかわしくない"氷の魔女"と名付け、陰惨な任務を与え、血みどろの戦いを演じさせたのですか」
「彼女が国家錬金術師になる前から仕組まれていた事だ」
「それは、どういう……」
思わず問い返すロイの発言を遮って、ブラッドレイは感服したように言う。
「彼女はよく働いてくれる。私の命令に決して背かず、彼らの最前戦で戦ってくれた。彼女の力を借りなければ遂行できない任務もあった」
「ずっと我々のあがきを見て、ほくそ笑んでいたのですか…ヒューズ准将の葬儀で震えていた、貴方の手。あれは偽りだったのですか…!」
涼やかな仮面の下に燃え上がる攻撃的な激情。
彼の表情に、以前までの弱々しさや臆病さの残り香はない。
声を受けて、緩慢な動作で振り返ったブラッドレイは信じられない言葉を口にした。
「たかが軍人ひとり死んだくらいで、誰もかれも騒ぎすぎだ。軍服をまとった時からそれが死に装束になる可能性が高い事くらい、わかっていただろうに」
喉の奥で笑みを漏らした後、相貌を凶悪に歪めて嘲る。
「ヒューズ准将の子…名をなんと言ったか…葬儀の最中にやかましい事この上なかったな。実に腹が立ったよ」
胸に広がる怒りを押し殺しながら、ロイはブラッドレイを睨んだ。
「貴方にも子供がいたはずだ。よくも、そのような…!!」
しかし、冷酷無比な眼差しで見下ろすブラッドレイは全く意に介さなかった。
「子供……セリムか…あれはよくできた子だ」
「尊敬すべき父親が人造人間だと知ったら、どうなるか…」
「脅しかね?無駄な事だ。あれは私にとっても弱点にはなりえんよ。それよりも自身の心配をしたまえ、ロイ・マスタング大佐」
無益な会話に終わりを告げるべく、声をかける。
もっと重要な要件があるのだ。
ハヤテ号にエサを与え、フュリーは主人の帰宅を待っていた。
「おまえの主人、迎えに来なかったなぁ」
突然ハヤテ号を預けられた時は驚いてしまったが、よくよく考えてみると決意を固めた表情から何かあったんではないか、と思う。
(大丈夫かな、ホークアイ中尉…………何かあったんじゃ…)
ベロベロと顎を舐められていると、同じ寮暮らしの軍人から声をかけられた。
「フェリー曹長!」
「なんですか?」
「人事局だってさ」
「え?」
そこには、封筒を手にした人事局の軍人が彼を待っていた。
「……?」
フュリーはこれから降ってかかる危機を想像して、険しく眉を寄せた。
「ホークアイ中尉!」
彼女の居場所を聞きつけ、フュリーは早足でリザに駆け寄る。
「どうしたの、曹長」
「中尉がここにいると聞いて……って、中尉こそどうしたんですか、こんな所で!」
「大佐が昨夜から司令部に入って行ったまま、戻らないのよ」
――炎に照らし出された惨状を、無表情に見渡しながら。
――美しい少女だった。
――雪を思わせる白い肌、肩まで切り揃えられた金髪、ほっそりとした肢体、一流の彫刻家ですら再現することはできぬであろう端正な顔立ち。
――そこには一切の表情がなく、海のように青みを帯びた瞳もあいまって、感情が欠落していた。
「もう……こんなの嫌……誰もいない……苦しくて……一人ぼっちで……耐えられないよ」
――涙が、一筋こぼれた。
「お父さんとお母さんに会いたいよ……みんなに会いたいよ」
――涙は止めどなく溢れ始め、頬を濡らしていく。
「どうして……」
――視界が霞み、少女は言葉を紡ぐ。
「どうして、あたしだけが……助かったの……?」
――死者の内臓が飛び出し、断ち割られた頭蓋から
――地獄……そうとしか形容できない光景が広がっていた。
それは、まるで生きた赤い津波だった。
津波は液体ではなく肉のような質感を持っている。
「キョウコ、下がれ…!」
「…一人じゃ無理ダ…!」
肉の表面にはおびただしい数の口や目、手や足が乱雑に生えており、まるで多くの人間をミキサーでぐちゃぐちゃに掻き回したような代物だった。
『きゃはははははは』
「さぁ、キョウコ。これで邪魔者はいなくなった」
『助けて、痛いよ』
『もう、こんなのは嫌だ』
「…………」
数多の修羅場を経験し、数多の脅威を前にしたキョウコでさえ、目の前の存在には死を覚悟せざるを得ない。
(これが、エンヴィーの正体…なんて恐ろしくて……なんて禍々しいの!!)
周りを包む空気が泣いている。
大気そのものが、恐ろしいと悲鳴をあげているのだ。
「この…ッ!!」
キョウコは正面から襲ってくる前足を横に跳んでかわし、両手を合わせて血の海から数百もの氷弾を錬成、肉塊を駆け上がる。
エンヴィーの体内を破壊するべく氷弾が突き刺さり、傷口を拡大。
肉を裂き強烈な殺傷力を発揮してダメージを与える。
すると、肉塊から大量の手が湧き出てキョウコを捕捉する。
その瞬間、足を滑らせて急降下。
無数の手は虚しく空回りし、キョウコは再び両手を合わせて二振りの剣を錬成、斬りつける。
血が飛び散り肉が裂ける音に、人間の顔から雄叫びがかぶさる。
無数の手を切り飛ばすが、すぐに代わりの手が引き抜かれる。
身体を捻ったキョウコの真横を高速で擦過。
回避した直後に剣で両断する。
キョウコは止まらない。
着地すると同時に両手を合わせ、
「――はッ!!」
錬成の光が閃き、硬化させた先端を噴進させる氷の砲弾が、巨大な怪物をたやすく吹き飛ばす。
噴進弾をまともに食らい、真正面から貫通して絶命せしめる――そのはずだった。
三人は思わず目を見張る。
倒れない。
驚くべきことに、本来の姿を見せつけたエンヴィーは、通常ならとっくに戦闘不能な傷を負っても生きていた。
――超速再生……!!
――どうあっても、あたしを行かせないつもりか……。
――急がないと……エドとリンが……!!
焦りから視線を逸らした時、咄嗟の対応が間に合わなかった。
「「キョウコッ!!」」
エドとリンの声にキョウコが驚愕の表情を浮かべる。
瞬間、強襲した竜尾で血の海に叩きつけられ、目や鼻などを問わず血液と暗黒が入り込んでくる。
キョウコは喘ぎながら死にもの狂いで身をよじる。
「…かはっ、ぐっ……ぁ……」
そのまま頭を鷲掴みにされ、肺から空気が絞り出される。
「ダメだよ…オレがいる前で、他の男によそ見なんて」
痛みに歪む美貌に嗜虐の悦を感じつつ、ギリギリと、抵抗を禁じるようにキョウコの頭と腕を絞める。
「ああッ!!」
奥歯を噛みしめ、頭と腕を絞め上げる手を凍らせる。
支えがなくなった身体は落下し、体勢を整えて冷静さを取り戻す。
――……そうだった…忘れていた…他にもまだ敵がいる……とか、極力ダメージを受けないように……とか、そんな事を考えていたら、あたしが負ける……。
途端、エドとリンが顔色を変える。
キョウコの殺気は、それほど生半可なものではなかった。
長い髪をなびかせ、堂々と立ちはだかる少女の呼び名が、理屈ではなく理解していた。
"氷の魔女"――その名にふさわしく相手を、その心を凍りつかせる威厳をもって、指一本動かせない状態で立ち尽くす。
――これは戦い。
――いかに早く敵を殺すかだけを考えて戦う…………。
――あたしが……。
刹那、キョウコの周りで血を材料とした無数の氷柱が錬成され、肉塊を砕いて凍結して切り刻んだ。
――何のために、この地獄のような道を進むのか……それだけを……。
「ああああああ!!」
――考えろ……!!
エンヴィーが獰猛に笑う。
同時に埋め込まれた数多の眼球がぎょろりとこちらに向いた。
三人は死んでなどいない、材料を得た頭脳が即座に推論を弾き出し、アルを行動に移す。
「ボクを連れて行け!!その父親の所へ!!」
人造人間に、ある限りの検討材料を渡すことで状況を打開せんと。
「おまえ扉、あけた?」
「うん。開けた開けた」
「連れてったら、おとーさまよろこぶ?」
「喜ぶよー。めっちゃ喜ぶよー」
見た目からして子供っぽいグラトニーに、アルは頼むように言う。
グラトニーは何か考えを巡らすように沈黙した後、満面の笑みを浮かべた。
司令部では、奇妙な形式での会議が執り行われていた。
「グラン准将が傷の男に殺られたのは人手不足になるが、幸運だったな」
「うむ。奴は名目だけでも第五研究所の責任者になっていたからな」
殺されたグランや第五研究所の人体実験について、内々に処理しようという魂胆が見え透いていた。
「人体実験の跡が見付かった場合、奴に全責任をなすり付けられる」
「人柱候補も選出し直しましょうか?」
「現在、確認済みなのはエルリック兄弟と"氷の魔女"」
「マルコー医師はどうだ。そろそろ…」
優秀な錬金術師の中から一定の条件で選ばれ、既にエド達が候補として目をつけられている。
「キンブリーはどうです?」
「あれは扉を開くような神経は持ち合わせとらんよ」
これを傍らで聞いている男性がいる。
能面めいた無表情で座るロイである。
「飲むかね?」
カップに紅茶を注ぎ、ブラッドレイが声をかけた。
「結構です」
「毒は入っとらんよ」
「何故、この状況で私を生かしておくのですか」
「君の立場を理解させるためだ」
「………いつからですか。いつから軍は人造人間に
語気強く弾劾するロイ。
ブラッドレイは誤魔化そうとは一切せず、あっさり認めた。
「この国が生まれた時から仕組まれていた事だよ」
焦燥と怒りを隠せず、ロイはさらに詰め寄る。
彼女のことでも言わねばいられなかった。
「何故、キョウコなのですか。貴方に忠実な軍人など大勢いたはず…なのに何故、まだ14歳だった少女に似つかわしくない"氷の魔女"と名付け、陰惨な任務を与え、血みどろの戦いを演じさせたのですか」
「彼女が国家錬金術師になる前から仕組まれていた事だ」
「それは、どういう……」
思わず問い返すロイの発言を遮って、ブラッドレイは感服したように言う。
「彼女はよく働いてくれる。私の命令に決して背かず、彼らの最前戦で戦ってくれた。彼女の力を借りなければ遂行できない任務もあった」
「ずっと我々のあがきを見て、ほくそ笑んでいたのですか…ヒューズ准将の葬儀で震えていた、貴方の手。あれは偽りだったのですか…!」
涼やかな仮面の下に燃え上がる攻撃的な激情。
彼の表情に、以前までの弱々しさや臆病さの残り香はない。
声を受けて、緩慢な動作で振り返ったブラッドレイは信じられない言葉を口にした。
「たかが軍人ひとり死んだくらいで、誰もかれも騒ぎすぎだ。軍服をまとった時からそれが死に装束になる可能性が高い事くらい、わかっていただろうに」
喉の奥で笑みを漏らした後、相貌を凶悪に歪めて嘲る。
「ヒューズ准将の子…名をなんと言ったか…葬儀の最中にやかましい事この上なかったな。実に腹が立ったよ」
胸に広がる怒りを押し殺しながら、ロイはブラッドレイを睨んだ。
「貴方にも子供がいたはずだ。よくも、そのような…!!」
しかし、冷酷無比な眼差しで見下ろすブラッドレイは全く意に介さなかった。
「子供……セリムか…あれはよくできた子だ」
「尊敬すべき父親が人造人間だと知ったら、どうなるか…」
「脅しかね?無駄な事だ。あれは私にとっても弱点にはなりえんよ。それよりも自身の心配をしたまえ、ロイ・マスタング大佐」
無益な会話に終わりを告げるべく、声をかける。
もっと重要な要件があるのだ。
ハヤテ号にエサを与え、フュリーは主人の帰宅を待っていた。
「おまえの主人、迎えに来なかったなぁ」
突然ハヤテ号を預けられた時は驚いてしまったが、よくよく考えてみると決意を固めた表情から何かあったんではないか、と思う。
(大丈夫かな、ホークアイ中尉…………何かあったんじゃ…)
ベロベロと顎を舐められていると、同じ寮暮らしの軍人から声をかけられた。
「フェリー曹長!」
「なんですか?」
「人事局だってさ」
「え?」
そこには、封筒を手にした人事局の軍人が彼を待っていた。
「……?」
フュリーはこれから降ってかかる危機を想像して、険しく眉を寄せた。
「ホークアイ中尉!」
彼女の居場所を聞きつけ、フュリーは早足でリザに駆け寄る。
「どうしたの、曹長」
「中尉がここにいると聞いて……って、中尉こそどうしたんですか、こんな所で!」
「大佐が昨夜から司令部に入って行ったまま、戻らないのよ」