第51話
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最初に聞こえてきたのは火が弾ける音と、水の中にいるチャプチャプという音。
「…………………………」
赤黒い血の水面、瓦礫の山と成り果てた一個に身体を投げ出して座り込むキョウコはうっすらと目を開け、鈍痛に眉をしかめる。
「う…いたた…打ちつけた……」
続いて、隠しようもないほど濃密な刺激臭。
「それにしても、ひどい臭い…腐ったような臭いと鉄っぽい…」
キョウコはその臭いに何度か咳き込むと、バシャリと地面に片手をついた。
しばらくして落ち着くと、先程から自身の足元で揺れている液体を片手ですくい上げる。
「――え、まさかこれ、水じゃなくて血!?」
微かに見えるその赤さと独特の鉄臭さに、すぐに血の存在を理解するが、今はそんなことも気にしていられない。
とりあえず立ち上がろうと身体に力を入れ、視界の悪さに目を細める。
暗闇に包まれているのもあるが、身体中や髪の毛に付着した血がうっとうしく、キョウコは前髪を掻き上げながら考える。
(なんであたし、こんな所に…そうだ…エドやリンと一緒にグラトニーに飲まれそうになって…)
鉄くさい刺激臭が鼻の粘膜を刺す。
(……飲まれ…て…)
その瞬間、動きを止めたキョウコは先程、グラトニーに飲まれた時に感じたある違和感を思い出していた。
(……?あの感覚、どこかで…)
「おーーい、誰かいないのか!!アル!?キョウコ!?どうなってんだ、これ!」
虚ろな黒い空間に呑み込まれてしまったエドは血の海を歩き続け、大声で仲間の名前を呼ぶ。
「どこなんだよ、ここは!!あーもう、こうなったらグラトニーでもいいや!いるなら返事しやがれ!アルー!!キョウコー!!グラトニー!!バカ皇子ーー!!」
「バカとはなんだ、バカとハ」
誰も聞いていないだろう呼びかけに、思いもしないところからツッコミが入った。
「お?」
振り返ると、ゆらゆらと光を滲ませて視界を確保している。
松明を掲げた長身の人影が近づいてきた。
「リン!」
「一国の皇子になんたる言い草ダ!」
「無事だったか!」
「とりあえずはナ」
仲間の安否にホッとして歩み寄ったが、
「……っと」
次の瞬間には、ピタと足を止め、不審な眼差しで見つめてくる。
「なんダ?」
「…おめー、エンヴィーが化けてたりしねーよな」
「あのな…なんなら君達が泊まってたホテルで俺達が食ったルームサービスのメニューを上から全部言ってやろうカ?」
「よし、本物のリンだ」
変身したエンヴィーかと疑われたリンは青筋を立てて逆に聞き返した。
「そっちこそニセ者じゃないだろうな、このマ…」
「誰が豆粒だ!!」
リンが確認する前に本人から禁止語句を述べられ、本物だと理解する。
「よし、本物だナ」
「それよりも、ここはどこだ?」
「わからなイ。今、あっちの方向へしばらく歩いてみたんだガ…ひたすら暗闇だっタ。どこまで行っても終わりが無イ」
視線を移し、闇の向こうを指差す。
松明をかざして歩いてみたが、光はすぐに闇に吸収されてごく狭い範囲しか見通すことはできなかった。
「んなバカな!松明貸せ!」
リンの手から松明を奪い、よくよく見てみるとそれが骨であることがわかった。
「うわわわわ!!人骨!?」
「ああ、その辺に転がってた死体やら木やら拝借して松明にしタ。この暗闇で明かり無しに歩いてたら気が狂うところだヨ。火元があって助かっタ」
「火元?なんの火だ、これ」
滅多に見ることのない人骨に動揺しつつ辺りを見回し、ぽつんと点 る小さな火を発見する。
「あの大佐の炎がグラトニーに飲まれてたからそれじゃないのカ?」
「あ。思わぬ所で役に立ってんじゃねーか、大佐の奴」
知らず役に立ってくれたロイに少し感謝したところで、自分達がいる場所――グラトニーに飲まれた状況に思い至り、声を荒げる。
「そうだ!『飲まれて』って………オレ達本当にグラトニーに飲まれたのか!?どうしてこんな所にいる!?」
「説明してほしいのはこっちだヨ。俺達は、あの時確かにグラトニーにばっくりやられテ……」
「確かにオレも飲まれた記憶はあるけどさ。奴の腹の中がこんな広い訳あるかよ」
「でもほら、見ろよこレ。俺達がさっきいた廃屋だゾ?」
リンが指差す先には、数時間前まで自分達がいた山小屋の木片がある。
さらには、リザが逃走用に使っていた車もあった。
「あ…!これ、中尉が乗ってた車だ!マジで腹の中……?」
「さあナ。エンヴィーが俺を飲ませたがってたところから見ると、ここがろくでもない場所だって事は、確かだろうけド…」
(――あっ!?)
不意に、気がついた。
今の今まで、何故そのことに気がつかなかったのだろう。
普通に考えれば、彼女もいるのだ。
(キョウコ――!)
彼女がどうなったのか不安になりながら、これら自分の目を疑い、正気を侵食されそうな光景の中で、エドは眉を寄せる。
「……キョウコの事かイ?」
気遣わしげな声をかけて、リンは視線を巡らす。
探るような眼差しと声に、エドは頷いた。
「あの時、エンヴィーに捕まれたリンを助けようとしたのはオレとキョウコだ。だったらキョウコやエンヴィーも恐らく、グラトニーの腹の中だ」
その台詞の裏側にある意味を確認するための問いがエドから発せられるまで、短い無言の時間があった。
「……でも、キョウコ一人ならともかく、エンヴィーと一緒となると心配だなぁ。何もされてなきゃいいけド」
リンが不安そうにする中、エドは一人だけ落ち着いた顔つきであった。
「問題ない。妙な心配なんかしなくても、キョウコは絶対、行動を起こす」
その言い草にリンは目を丸くし、それから微苦笑した。
途端、エドが何かに気づいて赤黒い血の海を進み出した。
「どしタ?」
足で水面を蹴って止めた先には、グラトニーに飲み込まれた、深く抉られた地面が、見る影もなく蹂躙の跡を晒している。
「これはっ…リン!これ!」
その一隅にぽつんと置かれた鎧の手。
「ア……アルの手?」
「手だけって事は…本体はこっちに来てないって事だよな…とりあえず、安心していいか…」
手だけあること、グラトニーの捕食が届かない領域を抜けたことに微か喜色を浮かべるが、さすがに状況を掴めず、溜め息混じりに言う。
「しかし、困ったなーー。ここがどこだかさっぱりわかんねぇし…キョウコがいればこの不可思議な腹の中がどうなっているか、何かしら語ってくれるだろうし…アル、心配してるだろうなぁ…」
聡明な語り口でしてくれる黒髪の少女とはぐれてしまい、エドは謎の空間を模索する。
「ぬおおおお!!都合よく目覚めよ、オレの精神感応能力 !!」
精神感応に目覚めるべく、アルの手を頭上に掲げ、
「エルリックテレパシー、受けとれ、弟ーー!!」
自分の危機を弟に知らせるために精神とのリンクを実行し始めた。
「一人でやってロ。ああ、早くキョウコと合流しないかナ……」
自分の心に他人の心を接触するエドを突き放して、リンは先に進んだ。
知らぬ内に重すぎる決定権を託されたキョウコは、身に纏っているのが黒いシャツでよかった、と思う。
「…もしこれが白いカッターシャツだったら、血の染みと臭いで大変だったろうな」
それを、早々に実証させられる。
地面を踏む自分の足音がぬめり気を帯びた空気にひたひたと異様に響いて聞こえ、鉄くさい臭気と腹の中の閉塞感がただでさえ心細い気持ちを余計に萎縮させる。
キョウコは頭を激しく振って、両頬を叩いて完全に心細さを追い払う。
状況確認のため、周囲に転がる瓦礫と白骨化した死体に注目する。
「白い大理石製の円柱に煉瓦造りの家、木造の建物……そして白骨死体……何もかも時代がバラバラね」
説得力のある解答も、既に心の中で見出している。
それが正しいとすれば、ここはグラトニーの腹の中なのだろう。
――エド……。
状況確認をひとまず保留して、キョウコは物憂げに胸中で囁いた。
グラトニーの腹の中を歩きながら、不可思議な領域をエドとリンは語る。
「ただの夜って訳じゃないよな。星も見えないし」
「あア。生き物の気配がしないから野外でもなさそうダ」
状況確認のため、周囲に転がる瓦礫と白骨化した死体に注目する。
「やっぱり変だぜここ。色んな建物やら白骨死体やら転がってるけど…時代がバラバラだろ、これ。どうなってんだ?」
白い大理石製の円柱、煉瓦造りの家、木造製の建物など、どれも瓦礫と化して点在している。
やはり尋常ならざる場所なのだ。
「そもそも、本当に出口あるのか。こコ…」
「知らん!!知らんが、出る!!『出口が無けりゃ作る』のが俺のモットー!!」
エドは拳を握りしめて力強く宣言する。
「作るっテ…どこニ?」
「………」
しかし、周囲を包む臭気と、どこまでも続く闇の空間に不気味に反響して自分に跳ね返ってきただけだった。
「…あっ!!足元!!とりあえず、地面はある!!」
ということで錬金術で井戸を錬成し、地面の感触を確かめる。
「どうダ?」
「うーん…こりゃ、地面と言うより血のかたまりだな。とりあえず、穴開けてみっか」
触ってみると、地面というより血の固まりである表面部分が削がれ落ちる。
「えーと、血液の成分はタンパク質と脂肪と尿素と鉄分と…」
血液の構成成分を分析し、合わせた両手を地面につけて穴を開ける。
「火、くれ」
次に、新たにつくった松明を拝借し、穴に落とす。
そこからは、何も見えない、感じられない。
そこからは、何も聞こえない、匂わない。
何があるのか、ないのかも、わからない。
全てが認識不可能にして不可知の領域だった。
「……………地面に当たった音がしない…」
エドとリンは、人間の住まう世界の同様のものと錯覚させていた地面が、この領域に浮かぶ、出口が途切れていることを実によって改めて感じ、戦慄した。
「壁ダ!!壁探そウ!!」
「うん、そうしよう!!なぁに!どんなだだっ広い空間でも、まっすぐ歩きゃいつか端にたどり着けるさ!!進め!!」
無難な解決策をエドは言ってくれるが、
「は~~ァ…」
リンは途方に暮れる。
通行人はほとんどいない、早朝の静謐な空気。
不自然な光景が、中央市街の路地裏にある。
「シャオメイ!シャオメイ、どこーーー!?」
煙突から市街地を見下ろし、メイは行方不明となったシャオメイを捜す。
「シャオメイ~~~~~…」
煙突から降りて、火を焚くヨキに訊ねる。
「ヨキさん、あの子帰って来ませんカ?」
「あの白黒ネコ?知らんぞ」
「どこ行っちゃったの、シャオメイ~~~」
「野良犬にでも食われたんじゃないのか?」
ヨキの情け容赦ない一言にメイは表情を失い、
「ノラ……」
次の瞬間には涙腺が決壊し、滂沱と涙を流す。
「わーーーーーー!!!うそ!!!ごめん!!!水出すぎ!!」
あまりの泣きっぷりにヨキは謝罪し、大事な相棒だというシャオメイの生い立ちを聞く。
「あの子…シャオメイは生まれつきの病気で大きくなれなかった大熊猫なんでス。身体が大きくなれず、他の大熊猫に捨てて行かれたのを私が拾っテ…以来、姉妹のように育ってきましタ」
「…………………………」
赤黒い血の水面、瓦礫の山と成り果てた一個に身体を投げ出して座り込むキョウコはうっすらと目を開け、鈍痛に眉をしかめる。
「う…いたた…打ちつけた……」
続いて、隠しようもないほど濃密な刺激臭。
「それにしても、ひどい臭い…腐ったような臭いと鉄っぽい…」
キョウコはその臭いに何度か咳き込むと、バシャリと地面に片手をついた。
しばらくして落ち着くと、先程から自身の足元で揺れている液体を片手ですくい上げる。
「――え、まさかこれ、水じゃなくて血!?」
微かに見えるその赤さと独特の鉄臭さに、すぐに血の存在を理解するが、今はそんなことも気にしていられない。
とりあえず立ち上がろうと身体に力を入れ、視界の悪さに目を細める。
暗闇に包まれているのもあるが、身体中や髪の毛に付着した血がうっとうしく、キョウコは前髪を掻き上げながら考える。
(なんであたし、こんな所に…そうだ…エドやリンと一緒にグラトニーに飲まれそうになって…)
鉄くさい刺激臭が鼻の粘膜を刺す。
(……飲まれ…て…)
その瞬間、動きを止めたキョウコは先程、グラトニーに飲まれた時に感じたある違和感を思い出していた。
(……?あの感覚、どこかで…)
「おーーい、誰かいないのか!!アル!?キョウコ!?どうなってんだ、これ!」
虚ろな黒い空間に呑み込まれてしまったエドは血の海を歩き続け、大声で仲間の名前を呼ぶ。
「どこなんだよ、ここは!!あーもう、こうなったらグラトニーでもいいや!いるなら返事しやがれ!アルー!!キョウコー!!グラトニー!!バカ皇子ーー!!」
「バカとはなんだ、バカとハ」
誰も聞いていないだろう呼びかけに、思いもしないところからツッコミが入った。
「お?」
振り返ると、ゆらゆらと光を滲ませて視界を確保している。
松明を掲げた長身の人影が近づいてきた。
「リン!」
「一国の皇子になんたる言い草ダ!」
「無事だったか!」
「とりあえずはナ」
仲間の安否にホッとして歩み寄ったが、
「……っと」
次の瞬間には、ピタと足を止め、不審な眼差しで見つめてくる。
「なんダ?」
「…おめー、エンヴィーが化けてたりしねーよな」
「あのな…なんなら君達が泊まってたホテルで俺達が食ったルームサービスのメニューを上から全部言ってやろうカ?」
「よし、本物のリンだ」
変身したエンヴィーかと疑われたリンは青筋を立てて逆に聞き返した。
「そっちこそニセ者じゃないだろうな、このマ…」
「誰が豆粒だ!!」
リンが確認する前に本人から禁止語句を述べられ、本物だと理解する。
「よし、本物だナ」
「それよりも、ここはどこだ?」
「わからなイ。今、あっちの方向へしばらく歩いてみたんだガ…ひたすら暗闇だっタ。どこまで行っても終わりが無イ」
視線を移し、闇の向こうを指差す。
松明をかざして歩いてみたが、光はすぐに闇に吸収されてごく狭い範囲しか見通すことはできなかった。
「んなバカな!松明貸せ!」
リンの手から松明を奪い、よくよく見てみるとそれが骨であることがわかった。
「うわわわわ!!人骨!?」
「ああ、その辺に転がってた死体やら木やら拝借して松明にしタ。この暗闇で明かり無しに歩いてたら気が狂うところだヨ。火元があって助かっタ」
「火元?なんの火だ、これ」
滅多に見ることのない人骨に動揺しつつ辺りを見回し、ぽつんと
「あの大佐の炎がグラトニーに飲まれてたからそれじゃないのカ?」
「あ。思わぬ所で役に立ってんじゃねーか、大佐の奴」
知らず役に立ってくれたロイに少し感謝したところで、自分達がいる場所――グラトニーに飲まれた状況に思い至り、声を荒げる。
「そうだ!『飲まれて』って………オレ達本当にグラトニーに飲まれたのか!?どうしてこんな所にいる!?」
「説明してほしいのはこっちだヨ。俺達は、あの時確かにグラトニーにばっくりやられテ……」
「確かにオレも飲まれた記憶はあるけどさ。奴の腹の中がこんな広い訳あるかよ」
「でもほら、見ろよこレ。俺達がさっきいた廃屋だゾ?」
リンが指差す先には、数時間前まで自分達がいた山小屋の木片がある。
さらには、リザが逃走用に使っていた車もあった。
「あ…!これ、中尉が乗ってた車だ!マジで腹の中……?」
「さあナ。エンヴィーが俺を飲ませたがってたところから見ると、ここがろくでもない場所だって事は、確かだろうけド…」
(――あっ!?)
不意に、気がついた。
今の今まで、何故そのことに気がつかなかったのだろう。
普通に考えれば、彼女もいるのだ。
(キョウコ――!)
彼女がどうなったのか不安になりながら、これら自分の目を疑い、正気を侵食されそうな光景の中で、エドは眉を寄せる。
「……キョウコの事かイ?」
気遣わしげな声をかけて、リンは視線を巡らす。
探るような眼差しと声に、エドは頷いた。
「あの時、エンヴィーに捕まれたリンを助けようとしたのはオレとキョウコだ。だったらキョウコやエンヴィーも恐らく、グラトニーの腹の中だ」
その台詞の裏側にある意味を確認するための問いがエドから発せられるまで、短い無言の時間があった。
「……でも、キョウコ一人ならともかく、エンヴィーと一緒となると心配だなぁ。何もされてなきゃいいけド」
リンが不安そうにする中、エドは一人だけ落ち着いた顔つきであった。
「問題ない。妙な心配なんかしなくても、キョウコは絶対、行動を起こす」
その言い草にリンは目を丸くし、それから微苦笑した。
途端、エドが何かに気づいて赤黒い血の海を進み出した。
「どしタ?」
足で水面を蹴って止めた先には、グラトニーに飲み込まれた、深く抉られた地面が、見る影もなく蹂躙の跡を晒している。
「これはっ…リン!これ!」
その一隅にぽつんと置かれた鎧の手。
「ア……アルの手?」
「手だけって事は…本体はこっちに来てないって事だよな…とりあえず、安心していいか…」
手だけあること、グラトニーの捕食が届かない領域を抜けたことに微か喜色を浮かべるが、さすがに状況を掴めず、溜め息混じりに言う。
「しかし、困ったなーー。ここがどこだかさっぱりわかんねぇし…キョウコがいればこの不可思議な腹の中がどうなっているか、何かしら語ってくれるだろうし…アル、心配してるだろうなぁ…」
聡明な語り口でしてくれる黒髪の少女とはぐれてしまい、エドは謎の空間を模索する。
「ぬおおおお!!都合よく目覚めよ、オレの
精神感応に目覚めるべく、アルの手を頭上に掲げ、
「エルリックテレパシー、受けとれ、弟ーー!!」
自分の危機を弟に知らせるために精神とのリンクを実行し始めた。
「一人でやってロ。ああ、早くキョウコと合流しないかナ……」
自分の心に他人の心を接触するエドを突き放して、リンは先に進んだ。
知らぬ内に重すぎる決定権を託されたキョウコは、身に纏っているのが黒いシャツでよかった、と思う。
「…もしこれが白いカッターシャツだったら、血の染みと臭いで大変だったろうな」
それを、早々に実証させられる。
地面を踏む自分の足音がぬめり気を帯びた空気にひたひたと異様に響いて聞こえ、鉄くさい臭気と腹の中の閉塞感がただでさえ心細い気持ちを余計に萎縮させる。
キョウコは頭を激しく振って、両頬を叩いて完全に心細さを追い払う。
状況確認のため、周囲に転がる瓦礫と白骨化した死体に注目する。
「白い大理石製の円柱に煉瓦造りの家、木造の建物……そして白骨死体……何もかも時代がバラバラね」
説得力のある解答も、既に心の中で見出している。
それが正しいとすれば、ここはグラトニーの腹の中なのだろう。
――エド……。
状況確認をひとまず保留して、キョウコは物憂げに胸中で囁いた。
グラトニーの腹の中を歩きながら、不可思議な領域をエドとリンは語る。
「ただの夜って訳じゃないよな。星も見えないし」
「あア。生き物の気配がしないから野外でもなさそうダ」
状況確認のため、周囲に転がる瓦礫と白骨化した死体に注目する。
「やっぱり変だぜここ。色んな建物やら白骨死体やら転がってるけど…時代がバラバラだろ、これ。どうなってんだ?」
白い大理石製の円柱、煉瓦造りの家、木造製の建物など、どれも瓦礫と化して点在している。
やはり尋常ならざる場所なのだ。
「そもそも、本当に出口あるのか。こコ…」
「知らん!!知らんが、出る!!『出口が無けりゃ作る』のが俺のモットー!!」
エドは拳を握りしめて力強く宣言する。
「作るっテ…どこニ?」
「………」
しかし、周囲を包む臭気と、どこまでも続く闇の空間に不気味に反響して自分に跳ね返ってきただけだった。
「…あっ!!足元!!とりあえず、地面はある!!」
ということで錬金術で井戸を錬成し、地面の感触を確かめる。
「どうダ?」
「うーん…こりゃ、地面と言うより血のかたまりだな。とりあえず、穴開けてみっか」
触ってみると、地面というより血の固まりである表面部分が削がれ落ちる。
「えーと、血液の成分はタンパク質と脂肪と尿素と鉄分と…」
血液の構成成分を分析し、合わせた両手を地面につけて穴を開ける。
「火、くれ」
次に、新たにつくった松明を拝借し、穴に落とす。
そこからは、何も見えない、感じられない。
そこからは、何も聞こえない、匂わない。
何があるのか、ないのかも、わからない。
全てが認識不可能にして不可知の領域だった。
「……………地面に当たった音がしない…」
エドとリンは、人間の住まう世界の同様のものと錯覚させていた地面が、この領域に浮かぶ、出口が途切れていることを実によって改めて感じ、戦慄した。
「壁ダ!!壁探そウ!!」
「うん、そうしよう!!なぁに!どんなだだっ広い空間でも、まっすぐ歩きゃいつか端にたどり着けるさ!!進め!!」
無難な解決策をエドは言ってくれるが、
「は~~ァ…」
リンは途方に暮れる。
通行人はほとんどいない、早朝の静謐な空気。
不自然な光景が、中央市街の路地裏にある。
「シャオメイ!シャオメイ、どこーーー!?」
煙突から市街地を見下ろし、メイは行方不明となったシャオメイを捜す。
「シャオメイ~~~~~…」
煙突から降りて、火を焚くヨキに訊ねる。
「ヨキさん、あの子帰って来ませんカ?」
「あの白黒ネコ?知らんぞ」
「どこ行っちゃったの、シャオメイ~~~」
「野良犬にでも食われたんじゃないのか?」
ヨキの情け容赦ない一言にメイは表情を失い、
「ノラ……」
次の瞬間には涙腺が決壊し、滂沱と涙を流す。
「わーーーーーー!!!うそ!!!ごめん!!!水出すぎ!!」
あまりの泣きっぷりにヨキは謝罪し、大事な相棒だというシャオメイの生い立ちを聞く。
「あの子…シャオメイは生まれつきの病気で大きくなれなかった大熊猫なんでス。身体が大きくなれず、他の大熊猫に捨てて行かれたのを私が拾っテ…以来、姉妹のように育ってきましタ」