第46話
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全周が見渡す広大無辺、容易に人を入れない険しい道なき道を、とある馬車が進んでいた。
「とと…どうした?今日はずいぶん落ち着きが無いな」
唐突に訪れた馬の異変に、手綱を握る御者 は訝しむ。
(まるで何かにおびえてるみたいな…)
馬車に乗り込む乗客の中に、ロックベル家からもらってきた二枚の写真を見つめ、微笑むホーエンハイムがいる。
自身気づかぬまま、いつもよりほんの少し多めに、彼は笑っていた。
すると、笑みの気配を察した子供連れの女性が声をかけてきた。
「ご家族の写真ですか?嬉しそうに見ていらしたから」
傍に伴い訊ねる女性に、
「ええ…久しぶりに家に戻りましてね。上の息子に会いました」
そう、素直に返す。
「すっかりでかくなってて、強い目をしていて、もう、父親は必要無さそうでしたよ」
胸中に抱く様々なわだかまりは、やはり容易に溶けはしなかったが。
成長を見ての満足か、強い姿を見ての妥協か、判別もつかなかったが。
それでも、今の、どこかに凝 っていた余計な力が抜けたように思った。
「ケンカ別れでもして来たんですか?」
「ははは、そんなもんです。もう家に帰る理由も無くなった」
「そんな寂しい事……」
「なぁに、そのうち会えるでしょう。同じ錬金術師ですから」
面食らって、僅か声を失った女性は重ねて聞くが、ホーエンハイムは写真を懐に収める。
その答えに女性は疑問符を浮かべ、
「れんきんじゅつし?」
子供は素朴な疑問に首を傾げる。
刹那、馬を走らせながら銃を撃ちかける男を合図に、一斉に馬群が馬車を追い越した。
「野盗!?」
不意に、という速度も感じさせずに接近された御者は拳銃を取り出し、弾倉を装填する。
「くそ!!」
のみならず発砲、荒々しい破裂音とまばゆい発砲炎が消え果てる。
「ぐあっ」
上空にサインを送った直後、男に肩を撃ち抜かれた。
男は怯んだその隙に手綱を引っ張り、
「どーーう、ストッープ」
馬を止めさせ、負傷した肩を押さえる御者を蹴りつける。
無造作に落ちて、次の標的は乗客へと移る。
浅黒い肌の男が銃を突きつけると、乗客をかばうホーエンハイムが両手を上げて命乞いの姿勢を取る。
「落ち着いてくれ。我々の命を奪っても、なんのメリットも無い」
「ほぉ、おっさんが一番手かい」
「ええ!?」
しかし、その言葉を男が承諾に変換して告げ、容赦なく引鉄を引いた。
銃声が山間 に幾重も響き渡る。
その頃、御者の反抗できぬよう手配した男達は仲間の集合を待っていた。
「どうした。まだ片付かねぇのか」
「早くしろよ。信号弾を見た憲兵が来ちまうぞ。どした?」
仲間の様子を見るべく、後ろの座席に向かうと、大量の汗を流して驚愕していた。
「ひどいな、なんて事してくれるんだ。見逃してくれないかなぁ」
思わず、恐怖に背筋を震わせるほどの、光景が。
身体に二発の弾丸を受けても平然としているホーエンハイムに、二人は腰を抜かして後ずさった。
「うおわわわ…!!」
「なんだ、この野郎!!胸に鉄板でも仕込んでんのか!?頭、吹っ飛ばしてやる!!」
すっかり怯える男に変わって、駆けつけた男が改造した拳銃を構えて撃ち放つ。
「む!」
数分後、空に打ち上がったサインを確認した憲兵が到着、行く先に発見したものは、山の真ん中に停まっている馬車。
「どうした!大丈夫か!?」
これを見た憲兵は馬から降り、御者に訊ねる。
「賊に襲われまして…」
「乗客がやられたのか?」
「いえ、誰も…荷物も盗らずに、奴ら逃げて行きました」
「逃げた?」
「ええ、まるで…」
極度の緊張の中で、彼は口許を押さえて言葉を紡ぐ。
が、それ以上のことができない。
その理由が恐怖による萎縮である、という当たり前の感覚を思い出したのは、すなわち盗賊の反応に気づいたから。
「化物に会ったみたいな悲鳴をあげて…」
乗客が怯えて固まる中、弾丸を受けて穴が空いたコートに視線を下ろし、ホーエンハイムは懐にあった写真の無事に安堵する。
「ひどいな…こんなに撃ちやがって…ああ、よかった。写真は無事だった」
先程まで和やかに話しかけてきた女性が顔を青ざめていた。
震える声音で聞く。
「あなた…なんなの、その身体…………何者なの…!?」
「化物だよ」
複雑な思いを巡らして、ホーエンハイムは答えた。
電柱の足場に両足をついたブラッドレイは小さく声を漏らす。
「ふむ…」
手元を見ると、パキ、と軽い音を立てて折れた剣があった。
(苦無 でわずかに斬撃を逸らしたか…)
ほぼ反射的に動作したクナイを手に握り、身体が重力方向に引っ張られていくのを感じながら、ランファンは血液の華を咲かせる。
「食べていい?」
「手早くな」
「わーーーーーーーーー」
了承を得たグラトニーは嬉々として飛びかかり、
「ーーーーーーーい?」
声の切れを待たず、真横へと加速したリンの斬撃が、その顔面と両手を一線、真っ二つに断ち切った。
「ランファン!!しっかりしろ!!逃げるぞ!!」
間を置かず、苦悶に眉を歪ませるランファンを抱きかかえる。
溢れ出し、地面に血だまりとして流れる鮮血に足を踏み出して、ブラッドレイが剣尖を突きつける。
「この私の眼から逃げられると思っているのかね?」
「たしかにやばそうダ……けど、やってみないとわからないヨ」
先手必勝で仕掛け、彼女を担いだ状態から青竜刀を構える。
飛びかかったブラッドレイと、それを正面から受け止めたリンは、切り結んだ刀の交点を中心に、回転して身体を入れ替える。
「ほう…闘い慣れているな」
金属同士の、鼓膜を突くような激突音が爆ぜ、
「ドーモ」
と軽く言葉を交わしながらも、刃を合わせる。
ブラッドレイが斬りかかるも、リンはバックステップやサイドステップを駆使して紙一重で回避。
のみならず、隙を見て目にも止まらぬ速度で斬りつける。
「常に私の死角…左目側に回り込むか…ならば!グラトニー!」
「はーーい」
まさに予想外、ブラッドレイの背後から復活したグラトニーが現れた。
リンにとっては怖気しか呼ばない、陽気に笑いかける笑みが迫る。
避け得ない戦慄の一瞬で、グラトニーは組んだ両手を振り回す。
微塵の容赦もない苛烈さ迅速さで、リンの身体は吹き飛ばされた。
その成功の余勢を駆って、
「やたーー、ストライクーー」
喜ぶグラトニーの横で、ブラッドレイはリンが落下していった先を眺める。
「く……」
廃ビルに突っ込んだリンは奥歯を噛みしめ、破滅的な衝撃が貫いて視界が揺れる。
すぐにハッとして顔を上げると、ブラッドレイとグラトニーが後を追ってやって来た。
「さて、人目のつかぬ所に来てもらったので色々と訊こうか。君達は何者だ。目的は何かね。何故、グラトニーの中がわかる」
ぐったりとしたランファンを担いで、彼は探る。
「………」
気力充実した手練れの敵をかわす道を、冷静に慎重に探している。
唯一、出口へとつながる通路を見つけ、隙を狙うだけの緩みを考える。
(出口まで40歩ってところか…突っ切れるか…?)
あとは、激突の中から戦機を掴み取るしかない。
(クソ…キョウコの忠告をもっと聞いていれば…)
途中まで思って、それが無駄な求めであると理解する。
「この期に及んでまだ逃げる算段か。愚かな、そして解せんな。その荷物になっている者を捨てれば、君一人だけでも逃げきれるだろうに、何故そうしない?」
現在、負傷した彼女を抱えてこの場を逃げ切れるわけがないと容易に察しがついた。
リンはその冷徹な事実に、怒りを覚える。
「……荷物だト?ならば訊くが、貴方は弱き者や仲間が傷つき、倒れているのを見捨てる事ができ…」
「できる」
自己暗示をかけるように、ブラッドレイは断言した。
「そうして生きてきた。そこになんの躊躇も無い」
口から声の出るより先に、キョウコが発した言葉が脳裏に過ぎり、語り始める。
「貴方は…この国で一番偉い人だナ。たしか、キング・ブラッドレイ大総統。王は民のために在る者。民、無くして王は在りえなイ」
一旦言葉を切って、確固たる価値観をぶつける。
「キング・ブラッドレイ!貴方は真の王になれなイ!!」
ブラッドレイが窺う眼前で、重く瞼を開けたランファンが口で閃光弾のピンを外し、放り投げた。
刹那、閃光が室内の全てを真っ白に塗り潰していく。
「閃光弾…!!?おのれ!!」
「目に頼りすぎだ、ブラッドレイ!!」
この閃光をいきなり見せられた人間は、どんな歴戦の猛者 でも萎縮する。
(しばらく視力は回復するまい。風が流れている…よし!出口はこの方角!!)
閃光の中で正確に捉え、半ば瞼を閉じつつ、リンは風の先へと奔る体勢を整える。
(あと20歩……)
「…!?」
直後、リンの真横に飛来した剣が突き刺さり、足止めをされた。
「どうした。こちらの目はまだ生きているぞ」
眼帯で隠された左目には、虹彩というものが存在しない。
ただ白い眼球が、丸く埋まっている。
そして、その白い眼球の中央にウロボロスの刺青が刻まれていた。
一方、閃光弾の直撃を食らい、
「目が見えないよーー、ラース、どこーー、目がーー」
油断したグラトニーは一生懸命、目を擦る。
「ふ…この眼帯に感謝するのは生涯で初めてだな。上手く閃光を防いでくれたわ。『真の王』…と言ったな、小僧。なんと青臭い唾棄 すべき理想論か」
リンが宣言した表明に対してすら、全くの他人事として、物見高くも赤裸々に、ブラッドレイは物申せしてしまう。
「真の王などこの世のどこにも在 らぬ!!」
広々とした草原の大地に並べられた墓標の中の一つに、ウィンリィは丁寧に花束を置いた。
彼女の前には『Maes-Hughes』と刻まれた墓標。
「ひどいなぁ…どうしてみんな、私の知らない所で居なくなっちゃうんだろう」
見えざる空虚の浸食を見る思いのウィンリィの隣で、グレイシアが黙って耳を傾ける。
その手にはしっかりと、エリシアの手が握られていた。
「私の父も母も『すぐ帰って来るからいい子にして待ってるんだよ』…ってイシュヴァールに行ってしまって二度と帰って来なかったんです。最後に見たのが戦場に行く両親の大きな背中」
――幼い娘の頭を撫でて、戦争の渦中にあるイシュヴァールへと向かう両親。
――だんだんと遠ざかる後ろ姿に思わず泣き出すウィンリィを、ピナコが慰める。
「その背中がだんだん小さくなっていって寂しくて泣いちゃって。でも、仕事を誇りに持って出て行くその後ろ姿を頼もしく思ったのを覚えています」
紛争や自然災害の被害者や、貧困など様々な理由で保健医療サービスを受けられない人々のために、中立・公平な立場で医療活動を行ってきた。
困っている人を救うための仕事をしている、自慢の両親だった。
「私、ヒューズさんに自分の父親の背中を重ねていたのかもしれません。私が失って二度と手に入らないもの。父と母と………その真ん中で笑ってる自分……」
当惑が、少女の胸中を占めていた。
もう帰ってこない両親を、思い出しながら。
「ヒューズさんとグレイシアさんとエリシアちゃんに自分のそれを重ねてて、そこを家族みたいに迎え入れてくれたから、うれしかったです、とても。なんだか懐かしくて幸せな気持ち」
グレイシアと手をつなぐエリシアは、もう片方の手を差し出す。
ウィンリィはその手をきゅっと握りしめる。
その横で、グレイシアは優しく微笑んだ。
「…たまに会いに来てあげてね。あの人、けっこう寂しがり屋だから」
「またお家に遊びにきてね、ウィンリィお姉ちゃん!」
ウィンリィの手を握って、エリシアは満面の笑みを投げかける。
「エリシアちゃん?」
「そうしたら今度は、キョウコお姉ちゃんも一緒に、3人でいっぱい遊ぼうね!」
ウィンリィは驚いた目で硬直し、また遊ぼうと言ってくれる幼い少女を見つめていた。
見下ろす彼女の目を、じっと見返す純真な瞳。
「うん、ありがとう、エリシアちゃん」
悲しげな感情が解かれたのか、緩んだ表情を向けて、微かに微笑んだ。
手を繋ぎながら仲良く街中へと戻る途中、ひそひそと話し合う、人が集まる場面に遭遇した。
「錬金術師?」
「エルリック兄弟が暴れてるってよ」
「どこ?」
「え!?」
聞こえてきた会話の内容に、ウィンリィは思わず足を止め、驚きの声をあげた。
「憲兵があっちゃこっちゃ走り回ってるぞ」
「ああ、それでか」
「ちょっ…グレイシアさん、ここで失礼します!」
「ええ」
幼馴染みのもとに向かう前に、
「エリシアちゃん、またね」
「あいーー」
軽く言って二人と別れたウィンリィは一目散に街中を駆けていった。
「もー、何やってんのよ、あのバカどもは!!エルリック兄弟って事は、きっとキョウコも一緒ね!」
大暴れの事情に大方の察しをつけながら走っていると、会話が届いた。
「国家錬金術師殺害犯?」
「まだいたの?」
「おいおい、大丈夫か」
「軍も何やってんだ」
焦りの表情に、ふと翳が差した彼女の脳裏で、
「やだ…!」
戦場へと向かっていった両親の背中と、兄弟の背中が重なり、引きつった声を漏らす。
(なんで重なるのよ………!!)
自然と足が早くなる。
息を乱しながら走る彼女の頬に嫌な汗が伝った。
「とと…どうした?今日はずいぶん落ち着きが無いな」
唐突に訪れた馬の異変に、手綱を握る
(まるで何かにおびえてるみたいな…)
馬車に乗り込む乗客の中に、ロックベル家からもらってきた二枚の写真を見つめ、微笑むホーエンハイムがいる。
自身気づかぬまま、いつもよりほんの少し多めに、彼は笑っていた。
すると、笑みの気配を察した子供連れの女性が声をかけてきた。
「ご家族の写真ですか?嬉しそうに見ていらしたから」
傍に伴い訊ねる女性に、
「ええ…久しぶりに家に戻りましてね。上の息子に会いました」
そう、素直に返す。
「すっかりでかくなってて、強い目をしていて、もう、父親は必要無さそうでしたよ」
胸中に抱く様々なわだかまりは、やはり容易に溶けはしなかったが。
成長を見ての満足か、強い姿を見ての妥協か、判別もつかなかったが。
それでも、今の、どこかに
「ケンカ別れでもして来たんですか?」
「ははは、そんなもんです。もう家に帰る理由も無くなった」
「そんな寂しい事……」
「なぁに、そのうち会えるでしょう。同じ錬金術師ですから」
面食らって、僅か声を失った女性は重ねて聞くが、ホーエンハイムは写真を懐に収める。
その答えに女性は疑問符を浮かべ、
「れんきんじゅつし?」
子供は素朴な疑問に首を傾げる。
刹那、馬を走らせながら銃を撃ちかける男を合図に、一斉に馬群が馬車を追い越した。
「野盗!?」
不意に、という速度も感じさせずに接近された御者は拳銃を取り出し、弾倉を装填する。
「くそ!!」
のみならず発砲、荒々しい破裂音とまばゆい発砲炎が消え果てる。
「ぐあっ」
上空にサインを送った直後、男に肩を撃ち抜かれた。
男は怯んだその隙に手綱を引っ張り、
「どーーう、ストッープ」
馬を止めさせ、負傷した肩を押さえる御者を蹴りつける。
無造作に落ちて、次の標的は乗客へと移る。
浅黒い肌の男が銃を突きつけると、乗客をかばうホーエンハイムが両手を上げて命乞いの姿勢を取る。
「落ち着いてくれ。我々の命を奪っても、なんのメリットも無い」
「ほぉ、おっさんが一番手かい」
「ええ!?」
しかし、その言葉を男が承諾に変換して告げ、容赦なく引鉄を引いた。
銃声が
その頃、御者の反抗できぬよう手配した男達は仲間の集合を待っていた。
「どうした。まだ片付かねぇのか」
「早くしろよ。信号弾を見た憲兵が来ちまうぞ。どした?」
仲間の様子を見るべく、後ろの座席に向かうと、大量の汗を流して驚愕していた。
「ひどいな、なんて事してくれるんだ。見逃してくれないかなぁ」
思わず、恐怖に背筋を震わせるほどの、光景が。
身体に二発の弾丸を受けても平然としているホーエンハイムに、二人は腰を抜かして後ずさった。
「うおわわわ…!!」
「なんだ、この野郎!!胸に鉄板でも仕込んでんのか!?頭、吹っ飛ばしてやる!!」
すっかり怯える男に変わって、駆けつけた男が改造した拳銃を構えて撃ち放つ。
「む!」
数分後、空に打ち上がったサインを確認した憲兵が到着、行く先に発見したものは、山の真ん中に停まっている馬車。
「どうした!大丈夫か!?」
これを見た憲兵は馬から降り、御者に訊ねる。
「賊に襲われまして…」
「乗客がやられたのか?」
「いえ、誰も…荷物も盗らずに、奴ら逃げて行きました」
「逃げた?」
「ええ、まるで…」
極度の緊張の中で、彼は口許を押さえて言葉を紡ぐ。
が、それ以上のことができない。
その理由が恐怖による萎縮である、という当たり前の感覚を思い出したのは、すなわち盗賊の反応に気づいたから。
「化物に会ったみたいな悲鳴をあげて…」
乗客が怯えて固まる中、弾丸を受けて穴が空いたコートに視線を下ろし、ホーエンハイムは懐にあった写真の無事に安堵する。
「ひどいな…こんなに撃ちやがって…ああ、よかった。写真は無事だった」
先程まで和やかに話しかけてきた女性が顔を青ざめていた。
震える声音で聞く。
「あなた…なんなの、その身体…………何者なの…!?」
「化物だよ」
複雑な思いを巡らして、ホーエンハイムは答えた。
電柱の足場に両足をついたブラッドレイは小さく声を漏らす。
「ふむ…」
手元を見ると、パキ、と軽い音を立てて折れた剣があった。
(
ほぼ反射的に動作したクナイを手に握り、身体が重力方向に引っ張られていくのを感じながら、ランファンは血液の華を咲かせる。
「食べていい?」
「手早くな」
「わーーーーーーーーー」
了承を得たグラトニーは嬉々として飛びかかり、
「ーーーーーーーい?」
声の切れを待たず、真横へと加速したリンの斬撃が、その顔面と両手を一線、真っ二つに断ち切った。
「ランファン!!しっかりしろ!!逃げるぞ!!」
間を置かず、苦悶に眉を歪ませるランファンを抱きかかえる。
溢れ出し、地面に血だまりとして流れる鮮血に足を踏み出して、ブラッドレイが剣尖を突きつける。
「この私の眼から逃げられると思っているのかね?」
「たしかにやばそうダ……けど、やってみないとわからないヨ」
先手必勝で仕掛け、彼女を担いだ状態から青竜刀を構える。
飛びかかったブラッドレイと、それを正面から受け止めたリンは、切り結んだ刀の交点を中心に、回転して身体を入れ替える。
「ほう…闘い慣れているな」
金属同士の、鼓膜を突くような激突音が爆ぜ、
「ドーモ」
と軽く言葉を交わしながらも、刃を合わせる。
ブラッドレイが斬りかかるも、リンはバックステップやサイドステップを駆使して紙一重で回避。
のみならず、隙を見て目にも止まらぬ速度で斬りつける。
「常に私の死角…左目側に回り込むか…ならば!グラトニー!」
「はーーい」
まさに予想外、ブラッドレイの背後から復活したグラトニーが現れた。
リンにとっては怖気しか呼ばない、陽気に笑いかける笑みが迫る。
避け得ない戦慄の一瞬で、グラトニーは組んだ両手を振り回す。
微塵の容赦もない苛烈さ迅速さで、リンの身体は吹き飛ばされた。
その成功の余勢を駆って、
「やたーー、ストライクーー」
喜ぶグラトニーの横で、ブラッドレイはリンが落下していった先を眺める。
「く……」
廃ビルに突っ込んだリンは奥歯を噛みしめ、破滅的な衝撃が貫いて視界が揺れる。
すぐにハッとして顔を上げると、ブラッドレイとグラトニーが後を追ってやって来た。
「さて、人目のつかぬ所に来てもらったので色々と訊こうか。君達は何者だ。目的は何かね。何故、グラトニーの中がわかる」
ぐったりとしたランファンを担いで、彼は探る。
「………」
気力充実した手練れの敵をかわす道を、冷静に慎重に探している。
唯一、出口へとつながる通路を見つけ、隙を狙うだけの緩みを考える。
(出口まで40歩ってところか…突っ切れるか…?)
あとは、激突の中から戦機を掴み取るしかない。
(クソ…キョウコの忠告をもっと聞いていれば…)
途中まで思って、それが無駄な求めであると理解する。
「この期に及んでまだ逃げる算段か。愚かな、そして解せんな。その荷物になっている者を捨てれば、君一人だけでも逃げきれるだろうに、何故そうしない?」
現在、負傷した彼女を抱えてこの場を逃げ切れるわけがないと容易に察しがついた。
リンはその冷徹な事実に、怒りを覚える。
「……荷物だト?ならば訊くが、貴方は弱き者や仲間が傷つき、倒れているのを見捨てる事ができ…」
「できる」
自己暗示をかけるように、ブラッドレイは断言した。
「そうして生きてきた。そこになんの躊躇も無い」
口から声の出るより先に、キョウコが発した言葉が脳裏に過ぎり、語り始める。
「貴方は…この国で一番偉い人だナ。たしか、キング・ブラッドレイ大総統。王は民のために在る者。民、無くして王は在りえなイ」
一旦言葉を切って、確固たる価値観をぶつける。
「キング・ブラッドレイ!貴方は真の王になれなイ!!」
ブラッドレイが窺う眼前で、重く瞼を開けたランファンが口で閃光弾のピンを外し、放り投げた。
刹那、閃光が室内の全てを真っ白に塗り潰していく。
「閃光弾…!!?おのれ!!」
「目に頼りすぎだ、ブラッドレイ!!」
この閃光をいきなり見せられた人間は、どんな歴戦の
(しばらく視力は回復するまい。風が流れている…よし!出口はこの方角!!)
閃光の中で正確に捉え、半ば瞼を閉じつつ、リンは風の先へと奔る体勢を整える。
(あと20歩……)
「…!?」
直後、リンの真横に飛来した剣が突き刺さり、足止めをされた。
「どうした。こちらの目はまだ生きているぞ」
眼帯で隠された左目には、虹彩というものが存在しない。
ただ白い眼球が、丸く埋まっている。
そして、その白い眼球の中央にウロボロスの刺青が刻まれていた。
一方、閃光弾の直撃を食らい、
「目が見えないよーー、ラース、どこーー、目がーー」
油断したグラトニーは一生懸命、目を擦る。
「ふ…この眼帯に感謝するのは生涯で初めてだな。上手く閃光を防いでくれたわ。『真の王』…と言ったな、小僧。なんと青臭い
リンが宣言した表明に対してすら、全くの他人事として、物見高くも赤裸々に、ブラッドレイは物申せしてしまう。
「真の王などこの世のどこにも
広々とした草原の大地に並べられた墓標の中の一つに、ウィンリィは丁寧に花束を置いた。
彼女の前には『Maes-Hughes』と刻まれた墓標。
「ひどいなぁ…どうしてみんな、私の知らない所で居なくなっちゃうんだろう」
見えざる空虚の浸食を見る思いのウィンリィの隣で、グレイシアが黙って耳を傾ける。
その手にはしっかりと、エリシアの手が握られていた。
「私の父も母も『すぐ帰って来るからいい子にして待ってるんだよ』…ってイシュヴァールに行ってしまって二度と帰って来なかったんです。最後に見たのが戦場に行く両親の大きな背中」
――幼い娘の頭を撫でて、戦争の渦中にあるイシュヴァールへと向かう両親。
――だんだんと遠ざかる後ろ姿に思わず泣き出すウィンリィを、ピナコが慰める。
「その背中がだんだん小さくなっていって寂しくて泣いちゃって。でも、仕事を誇りに持って出て行くその後ろ姿を頼もしく思ったのを覚えています」
紛争や自然災害の被害者や、貧困など様々な理由で保健医療サービスを受けられない人々のために、中立・公平な立場で医療活動を行ってきた。
困っている人を救うための仕事をしている、自慢の両親だった。
「私、ヒューズさんに自分の父親の背中を重ねていたのかもしれません。私が失って二度と手に入らないもの。父と母と………その真ん中で笑ってる自分……」
当惑が、少女の胸中を占めていた。
もう帰ってこない両親を、思い出しながら。
「ヒューズさんとグレイシアさんとエリシアちゃんに自分のそれを重ねてて、そこを家族みたいに迎え入れてくれたから、うれしかったです、とても。なんだか懐かしくて幸せな気持ち」
グレイシアと手をつなぐエリシアは、もう片方の手を差し出す。
ウィンリィはその手をきゅっと握りしめる。
その横で、グレイシアは優しく微笑んだ。
「…たまに会いに来てあげてね。あの人、けっこう寂しがり屋だから」
「またお家に遊びにきてね、ウィンリィお姉ちゃん!」
ウィンリィの手を握って、エリシアは満面の笑みを投げかける。
「エリシアちゃん?」
「そうしたら今度は、キョウコお姉ちゃんも一緒に、3人でいっぱい遊ぼうね!」
ウィンリィは驚いた目で硬直し、また遊ぼうと言ってくれる幼い少女を見つめていた。
見下ろす彼女の目を、じっと見返す純真な瞳。
「うん、ありがとう、エリシアちゃん」
悲しげな感情が解かれたのか、緩んだ表情を向けて、微かに微笑んだ。
手を繋ぎながら仲良く街中へと戻る途中、ひそひそと話し合う、人が集まる場面に遭遇した。
「錬金術師?」
「エルリック兄弟が暴れてるってよ」
「どこ?」
「え!?」
聞こえてきた会話の内容に、ウィンリィは思わず足を止め、驚きの声をあげた。
「憲兵があっちゃこっちゃ走り回ってるぞ」
「ああ、それでか」
「ちょっ…グレイシアさん、ここで失礼します!」
「ええ」
幼馴染みのもとに向かう前に、
「エリシアちゃん、またね」
「あいーー」
軽く言って二人と別れたウィンリィは一目散に街中を駆けていった。
「もー、何やってんのよ、あのバカどもは!!エルリック兄弟って事は、きっとキョウコも一緒ね!」
大暴れの事情に大方の察しをつけながら走っていると、会話が届いた。
「国家錬金術師殺害犯?」
「まだいたの?」
「おいおい、大丈夫か」
「軍も何やってんだ」
焦りの表情に、ふと翳が差した彼女の脳裏で、
「やだ…!」
戦場へと向かっていった両親の背中と、兄弟の背中が重なり、引きつった声を漏らす。
(なんで重なるのよ………!!)
自然と足が早くなる。
息を乱しながら走る彼女の頬に嫌な汗が伝った。