第45話

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「………………なんだ、こいつらは」

軍に捕まる前にと寂びた路地に戻ったスカーは、しばらく品定めでもするように目を細める。

「あ!お帰りですか、旦那!一週間も帰って来ないから、心配してたんでやんスよ!」

「なんだ、こいつらは」

手をすり合わせてご機嫌を窺うヨキを無視して、目の前の人物を指差す。

それに応えて、ヨキが助けた(?)メイとシャオメイが深々と頭を下げて事情を説明する。

「はじまめして。メイ・チャンと申しまス。このたび、あなた様の主のヨキ様に命を助けていただきましタ。そのご恩に報いんと、こうしてここにいる次第でございまス」

「主?」

ド迫力の眼光で睨みつけられ、ヨキは視線を斜め上に逸らして下手な口笛を吹く。

「礼などいらん。さっさと立ち去……」

突き放そうと口を開いた直後、足元にシャオメイが近づき、可愛らしさ全開の上目遣いで首を傾げてきた。

スカーに、まるで雷に落ちたかのような衝撃が走った。

不意にメイは、彼の右腕に刻まれた入れ墨が地中を流れる気のルート――龍脈を使って発動する術だと把握する。

「錬丹術ですネ。龍脈…地の力の流れを知り、それを使う術。入れ墨それは我が国の錬丹術の流れをくむものですネ」

「……おまえはシン国の者か」

「はイ」

れの兄はシンから来た旅人にもらった書物から錬金術に興味を持ったと言っていた。入れ墨これは兄の研究の成果だ」

「お兄様は今、何ヲ?」

首を傾げて何気なく質問し、

「死んだ」

返ってきた答えに、メイの笑顔が強張り、一筋の汗が伝った。

「国家錬金術師に殺された」

スカーはメイの方を見もせず、どこかにいる仇敵に向かって腹の底から呪詛を吐いた。







「腐ってたら、どうしよう」

アルが不幸の底から響く底冷えした声音で言ってきた。

その発言にエドとウィンリィが目を丸くして振り向くと、どうやら自分の身体の現状を考えたらしく、慌てたように続ける。

「だってあっちにあるって言うボクの肉体は栄養を取ってないんだよ!?睡眠も取ってないんだよ!?バリーの肉体みたいに崩壊しかけてたら、その身体に戻ったとしても…!!」

腐敗し、剥がれる皮膚と肉となった身体に戻り、

「兄さーん、キョウコ-、ウィンリィーー」

モザイクをかけるほど顔面崩壊したアルにおののく三人……という想像で冷や汗を掻く。

同じくイメージできたのか、ウィンリィが慌てた様子でエドに話を投げた。

「え!?ちょっとどうしよう、エド!!」

「うむ。仮説だが……」

エドは腕を組んで大きく頷き、一旦言葉を切る。

「母さんを錬成しようとした時、魂の情報としてオレとアルの血を混ぜたよな?」

「うん」

「そして、二人一緒にあっちに持って行かれて、一度分解された…その過程で、オレの精神とアルの精神が混線してしまった可能性は無いだろうか?」

母親の魂の情報は、子供である自分達の記憶と、肉体的に遺伝された情報――つまり「血液」で再生できると考え、二人は血を材料に使用したのだ。

「何が言いたいのさ?」

「こっちのオレとあっちのアルがリンクしている可能性は無いかって事だ。ほら、オレって年の割に身長ちいさ……」

両手を広げるエドの顔色は悪い。

触れてはいけないトラウマでコンプレックスである身長の話題に抵抗を感じ、口の端が痙攣する。

「ちい…ち…」

次第に口すぼみになり、ついには悲壮に顔を覆った。

「…………ちいさいし…」

ちょっと皆様聞きました!?

エドが自分のトラウマでコンプレックスである身長の低さを認めましたよ!?

頭にキノコ生やして凄い落ち込んでるけど認めましたよ!?

(みとめた………!!)

(トラウマと向きあった…!!)

身長と聞けば激怒する彼の申告に、二人は驚きを隠せない。

「えーと…つまり、アルの肉体の成長分もエドが背負ってる……って事?とっぴょーしも無い」

「とっぴょーし無くない!!」

整理するかのようにたどたどしく言葉を並べるウィンリィが呆れ顔でつっこむが、エドはえらく自信満々のようで言い切る。

これがキョウコだったら、客観的な評価と明晰な語り口をするだろう。

「あんたは牛乳飲まないから伸びないの!」

「また牛乳かよ!!」

「……………」

二人が激しく言い合う光景をぼんやりと見つめながら、思い当たる節が少なくないアルは深く考え込んだ。


――そういえば、気付けば兄さんってしょっちゅう寝てる…。


ソファでも机でも、汽車の中でもいつの間にか寝ている兄を思い出し、それが自分の肉体の分まで睡眠を取っているのかと思い、二人が言い合う光景を見つめる。


――ボクの肉体の分まで睡眠とってくれてる…?


――まさか…でも…。


普段の闊達な言行げんこうと短気という微笑ましい(?)短所につい誤魔化されてしまいそうになるが、彼は非常に鋭い感性の持ち主だ。

そのことを改めて思い出すと、不思議と笑みがこぼれる。

「へへ…そうだといいな。同じ血を分けた兄弟だもんね」

「おうよ!二人で一人前!」

互いの拳を軽くぶつけ、何かしら自分の中で結論が出たようで、エドは声を弾ませる。

「うおっしゃ!!アルが元に戻ればオレの身長も伸びる!!希望がわいてきたぞ!!」

普段どんなに破天荒を装ったところで、根っこの部分で生真面目な生来の気質は隠しきれていない。

それがなんだか、アルには微笑ましかった。

「そうなったら、ちゃんと食べて寝ないとダメだよ、兄さん!牛乳も飲む事!」

「結局、そっちに持ってくのかよ!!」

「いや、怒りっぽいのもカルシウム不足のせいだね」

「こう見えてもちゃんと伸びてんだよ!じわじわと!」

アルの言葉に、批判的な成分を聞き分けたのだろうか。

青筋を立てて、軽く握った拳を鎧に当てる。

キョウコと比べたら大人げないし、短気だし、すぐ突っ走るし」

「いつまでもガキじゃねーんだから、うるさく言うな!」

前触れもなく前置きもなく放たれた言葉に、ウィンリィの身体が固まった。

表情は平静のまま、落ち着きが失せているのも同じ。

そして、安堵を丸出しにした確認の声音で立ち上がる。

「あーあ、とりあえず安心した!明日、ガーフィールさんの所に戻るね。部屋に戻って支度しなくちゃ。じゃあね」

「おう」

実に端的な、エドの頷きだった。

それだけでも聞きたかったことは十分理解できたが、本音を言えば心情を察してほしかったところだ。

静かに扉を閉め、背を預ける。

脳裏に昔から変わらず小さい少年の、しかし大きな背中が過ぎり、少し眉を寄せる。

(そうだよね。いつまでも子供ガキじゃないんだ…)

まるで、今ある状況を壊すことを恐れるように。

(キョウコ)

彼女は、はっきりと自覚していた。

異変に気づいて群衆をかき分けて、自分の名前を呼んでくれる少女が、来てくれることを。

(私を見つけて、呼んで)

ほんのさっきまで絶望につながる希望を言い放って、そのことに驚いて、全部わかっていて、それでも甘えたかった。

彼女ならできる、してくれる……そうあるよう、願った。

(来て、お願いだから)

が、現実はやはり、彼女の甘えを許さなかった。

自身の立ち位置と言い訳できる精一杯の時間、数秒をキョウコのために使い果たし、ウィンリィは知る。

少女は、来ない。

自身の意思は矢継ぎ早に行動を求める。

キョウコに会えないままにラッシュバレーに戻る、こんなところでぐずぐずしていられない、ガーフィールに迷惑がかかる――そこで、思考が急に止まった。

「――っ」

思わず唇を強く噛む。

この兄弟における悩みで、今までそうしてくれていた存在が、欠けている。

いざという時に傍らにいない。

「バカ…」

ウィンリィは小さな声でキョウコを責めた。

ポケットに手をやり、その懐の内にある一枚の紙切れ、キョウコが残してくれた手紙を押さえ、立ち尽くす。

一人立つ少女は再び、半ば自分に向けて、言った。

「大丈夫。ちょっと前までと――同じ」







ウィンリィが自分の部屋に戻ってから、真理の扉を開けるかどうかを最終的に決定することになった。

「問題はどうやって扉を開けるかって事だ」

「うん。通行料があれば、扉を開ける事ができる…」

「ああ、今度は何を犠牲に扉を開けるか……」

通行料として何かを差し出さなければならない、という局面も想定される。

こういう時、彼はついつい、自分を犠牲にする。

その場の優先順位は限りなく低くても、とりあえず、できること、慣れていることで自分の価値を再確認し、落ち着きを取り戻す、一種の代償行為だ。

蓄積された真実故か、エドもこの些細な代償欲求の罠にかかっていた。

「『手足のもう一本くらい』って考えてるだろ」

エドの声なき声を正確に理解したアルの反論が返ってきた。

「そんなの嫌だよ!!一緒に元の身体に戻るって約束したろ!?」

「わ…わかってるよ。そうだよな、約束だもんな」

反論されたエドは、ポーカーフェイスを保つのも一苦労だった。

「やっぱり賢者の石…かな」

「でも、あれ、人の命使ってんだぞ!?」

「そうなんだよねぇ……」

その懸念を共有し、わかっていたからこそ、二人は無言になる。

「「……………」」

すっかり行きづまった頭で思考に没入するエドは、うつ伏せになった身体を起こした。

「………人柱」

エドのつぶやきに、彼の声が届く範囲にいたアルが首を傾げた。

第五研究所でラストが放った言葉が、高い発言力を有するに至った。

「貴重な人柱だから死なれちゃ困る……って言ってた」

「そうだ。扉を開けた者を人柱確定って……」

アルの台詞をエドが不可解といった面持ちで引き継いだ。

「あっちに行って帰って来れるだけの力量を持った術師を、奴らは『人柱』と言っている?」

「ボクの場合は兄さんが引き戻してくれた訳だけど」

キョウコの場合、人体錬成に巻き込まれて……奴ら、人柱オレたちに扉を開けさせて何かするつもりか?」

思う中で、何かが引っかかった。

「そもそも人造人間を造ったのは誰だ?奴らに指示を出してるのは誰だ?軍の研究機関か?だとしたら、そんな大仕事を大総統が知らないはずが無い」

最初の最初、第五研究所に侵入した時を思い出す。

次に、人造人間グリード一味の掃討を思い出す。

どういうわけか、軍人を引き連れたブラッドレイは表の人間は制圧させ、中に潜入してから攻撃を開始した。

彼らがまず最初に敢行したのは裏の人間への攻撃だった。

「じゃあ、なぜ大総統はキョウコという最強の錬金術師を行使してまで人造人間グリード一味を掃討した?グリードの謀反…?」

前提がひっくり返った。

頭を抱え、あたふたと仕草は慌て、同時に頭脳は高速で回転する。

「ぶあ!!グリードの取引を断って失敗した……!!ちゃんと話訊いとけばよかった……!!」

「でもあれは結果オーライだよ。あの時、グリードと取引してたら、大総統に裁かれたかもしれない……いくらキョウコだとしても、聞く耳持たないよ。ボク達この世にいなかったかもしれない。めちゃくちゃ強かったよ、大総統………」

黒のコートは襟を立て、タイは崩しているものの、艶やかな黒髪と澄んだ漆黒の双眸。

ただ、その美しさは感嘆を抱かせる壮麗さではない。

戦慄を呼ぶ凄艶だった。

容赦というものを感じさせない鋭い双眸で見つめる。

優しく見つめて、綻ぶように笑って、しかしてとつもなく恐ろしい。

キョウコも十分強いって自覚してたけど、それ以上だった………人間じゃないみたいに…………」

ところが、ブラッドレイはそれ以上、より戦慄さを醸し出し、脅威と死の兆しを振り撒いた。

エドは息を呑んで数秒、か細い声を絞り出した。

「人造人間だったりして」

エドの真剣な表情から発せられた言葉に、アルは虚ろな目を細めた。

その場が緊迫した静寂に包まれる。

だがそれも一瞬、すぐに笑いへと変わった。

「まっさかー!!」

「だよなぁー!!」

二人は冗談のように笑い飛ばした後、深い吐息をつく。

「とにかく、人造人間に話を訊こう」

「どうやって?」

「できる事からひとつひとつ、やってくしか無ぇさ。たまには特権、使わねぇとな」

ベルトに吊るされた銀時計を掲げ、実行に移した。
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