第44話
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厚い雲に覆われた隙間から、光が射す。
雨に濡れた身体を冷たい、しかし穏やかな風が吹き抜けていく。
「なぁ、ばっちゃん。ちゃんと墓…作りたい」
「……墓石になんて刻むんだい?」
詰まったように、エドは曖昧な言葉を並べて視線を横に誤魔化し、白骨に移した。
「………………わかんね。わかんねーけど、これ……あの時、たしかに動いてオレを見ていた。たった一瞬でも人間だった。オレが作って死なせてしまった………人間だ」
長い年月の果てに肉が腐敗し、既に骨だけとなったそれを埋葬する。
「墓、作るよ」
その後、掘り起こしたそれをもう一度埋め、簡素な墓標をつくった。
(母親でも何者でもない形すら人ではなかったこれを「人間」と言うか。この子は人間というものの定義が広すぎる)
生物としては生きていたが、人間としては吐き気を催す状態だ。
もう二度とは戻らないし、救えない。
墓標を見つめるエドの横顔は無表情で、視線を伏し目がちに固定したまま、少しの間全く動かなかった。
――もっとも…そうでなくては、今のアルを人間ではないと認める事になるのかね。
人体錬成の代償に、身体の全てを失ったアル。
兄の決死の錬成によって鎧に魂を宿し、今を生きている。
エドを誰よりも深く理解し、気にかけている。
(そうだ…アル…)
その時、忘れかけていた矛盾と葛藤がよみがえる。
「エド、これがトリシャじゃないと言うのなら…その……今のアルは…人体錬成が不可能だと言うのなら、おまえの錬成したというアルの魂は…」
「うん、確認しなきゃならない事が沢山ある」
ピナコの台詞が、エドの心を現実に戻した。
ロックベル家へと戻る途中でぼそりと、エドが不意につぶやいた。
「ばっちゃん。オレとアルは間違い無く母さんの子供だよな?」
「ああ、そうだよ。二人とも、出産の時はあたしが取り上げたんだ。間違い無く、トリシャとホーエンハイムの子供さ」
質問したエドはしきりに頷きを繰り返して、言葉を紡ぐ。
「うん。うん、よし。魂の情報は間違ってなかったのに、失敗した……よし」
完全に想定外な、意味のわからない言葉のつながりにピナコは疑問符を浮かべた。
同時に、彼女と会えない日が一日、また一日と過ぎ去っていくうち、エドの心には凍えるような不安が降り積もっていく。
(キョウコ…後回しにしてゴメンな。でも、今はアルの方が先決だ)
湧き上がる激情をかろうじて押し止めたのは、尋常ならざる理性の働きによるものである。
(キョウコの方はどうなんだと訊きたいところだが……こっちの方が先だね)
ピナコの方も、大切に育てきた少女を気にかけていたが、彼の後ろ姿から理解していた。
リゼンブールから南部に位置するダブリスの一角で経営する肉屋から電話のベルが鳴り、
「ごほっ」
軽い咳をしてから、イズミは受話器を取る。
「はい、カーティス…なんだ、エドか!どうしたの」
電話の相手は弟子のエドからだった。
ロックベル家に戻ると、泥で汚れた身体をタオルで拭いてから、ためらいがちに訊ねる。
「あの……師匠に効きたい事があって……オレ……師匠のプライドとか大事なものをぶち壊してしまうかもしれない質問なんです。答えたくなかったら、そのまま電話を切ってください」
十分な注意と覚悟をもって、前置きの言葉を紡ぐ。
≪師弟の縁も切ってくれてかまわない…って、そういや破門されてたんだっけ…≫
「なんだ、はっきり言いなさい」
回りくどい言い方になってしまった。
腹の底に力を溜めて、ぐっと唇を噛みしめ、口を開く。
≪…師匠がお子さんを錬成した時の事を覚えてますか?≫
イズミはその問いに、かつて人体錬成を発動した記憶がよみがえる。
それは、彼女にとって非情極まる質問。
「――ああ、忘れるものか」
死産した子供をよみがえらせるため、禁忌とされていた人体錬成が脳裏に過ぎる。
――忘れるものか……!!
真理を知る代わりに身体の一部を失い、それ以来、錬金術を気軽に使うまいと心に決めた。
「それがどうかしたか」
恐らくは彼女にとっても、最も酷な事実である。
「オレとアルが錬成した母さんが、母さんではなかったんです」
だからこそ、エドはそれを、絶望から希望の宣告として突きつける。
「なんの事だ?何が言いたい?」
釈然としない弟子に不審がるイズミに逡巡した後、はっきりと告げた。
「師匠が人体錬成してできあがったお子さんは、本当に師匠の子供でしたか?」
その宣告を聞いた瞬間、乱暴に受話器を置く音がエドの耳に入り、眉を下げる。
彼女は目を見開き、凍りついていた。
トリシャの墓を訪れ、クセルクセス遺跡で出会ったイシュヴァール人から聞かされた話をピナコに教える。
「そうかい。息子たちは戦地でよくやっとったんだね。親として誇りに思うよ。どんな死に際だったか、聞いてないかい?」
「……いや、聞いてない」
まさか患者から殺されたとは言えず、エドは顔を強張らせ、背を向ける。
「…そうかい」
「あいつ…ホーエンハイムはどこ行くって言ってた?」
「さあね、何も聞いてない」
「…のヤロー!言うだけ言ってバックれかよ!ぶん殴ってやろうと思ってたのに!」
「あ!!忘れとった!!」
途端に顔を歪めるエドに、急に声をあげて思い出したようにピナコは伝える。
「あいつに会う事があったら伝えとくれ」
「何を?」
「トリシャの遺言」
彼の母、今は亡きトリシャからの遺言。
それは、後悔と懺悔の滲む言葉だった。
――流行り病にかかり、薬や対処療法を受けても、トリシャの容態が快方に向かうことはなく、兄弟やキョウコの看病も芳しくなく、病気は進行していく。
――刻一刻と無慈悲に弱くなっていった。
「ピナコさん、あの人が帰って来たら、伝えてもらえますか」
――寝たきりとなったトリシャは、滅多に帰ってこない夫に伝えてほしいと、弱々しい声で告げる。
「何言ってんだい!元気になって自分で伝えなよ!」
――ピナコは弱音を吐くトリシャに、活を与えるように言い放つ。
「あの人に、約束守れなかったって…先に逝きます、ごめんなさいって…伝えてください」
――それは二人が交わした約束だ。
――その表情には非難や怒りの色は一切ない。
――ただ、純粋な愛情のみが湛えられている。
――儚げな笑みを浮かべ、トリシャはそれを最後に息を引き取った。
それを聞いたエドは首を傾げる。
「約束?なんの?」
「さぁ……たしかに伝えたよ。ホーエンハイムによろしくね」
「なんでオレが!!」
「あんなボンクラでも父親にゃ変わりないだろ。孤児のキョウコを拾ってくれた、いわば命の恩人だ」
無責任で無関心、おまけに無感情な父親が、一人の少女を連れて久しぶりに帰って来た。
もしホーエンハイムがキョウコを見つけなければ出会わなかっただろうと思い、仕方なく押し黙る。
「帰って来た晩に、長い事おまえ達の面倒見てくれてすまないって頭下げられたよ。親として、何もしてやれないって」
「け!親をやる気が無 ぇだけだろ!」
顔を歪めて舌を鳴らし、ぶっきらぼうな声をあげる。
「…会ったらな。一発殴った後に伝えといてやるよ」
「中央に戻るのかい」
そんなピナコの問いにエドは案の定、渋い顔になる。
「ああ、アルに怒られに戻る。ひょっとしたら兄弟の縁、切られるかもな」
温厚な弟が激怒する様を想像し、苦笑を浮かべた。
深く透き通った蒼い空、病院の屋上でキョウコは体を動かしていた。
「――ふっ!!」
その小さな口から鋭い吐息がこぼれ、一人黙々と修練に打ち込む。
もやもやした重圧が、胸の中に鬱積 していて辛い。
――エドが帰ってくるまでに、この両手の傷を完治させないと。
――それまでに、なんとか……なんとか残った、この体術で戦えるようにならないと……っ!
悩みに鬱々とししつも、また一人での修練でありながら、闇雲に身体を動かしたりはしない。
一度ずつ、しっかりと動かして、己の体捌 きを検証する。
高い日の下にも吐息を鋭く流し、意識して全身の体勢を整え、
――だけど、まだ勝算はある!!
動作を洗練させる。
その瞬発力と速度は、当人も気づかぬままに常人としての域を超えつつある。
自分が、繰り出した拳や蹴りに攻撃の気配を全く悟らせないことへの自覚は、ない。
「はっ、はっ、はあっ、はあっ……」
ひたすらに考え、無心に続けた後にもかかわらず、未だもやもやして落ち着かない気分が全身に薄く漂っている……そんな自分の腹の据わらなさが気にくわなかった。
「バカバカしい……何が"勝算がある"よ。こんな小手先……相手はじっとしちゃいないのに」
――本当はもう……わかってる。
――見たくないの、あたしは……「現実」を。
ラストに中枢神経系の器官・脊髄の機能を停止され、下半身不随となったハボック。
彼は、ロイの部下として足掻くよりも苦渋の退役を選んだ。
――あの僅かな油断で、あたしは勝利の可能性と、ハボックさんの軍人としての活躍と人生を失なわせた。
――あたしは……いつも何かを失くし続けてきた。
――家族と故郷を失くしたあの日から……ずっと…。
どこまでもどこまでも深く透き通った壮麗な蒼を、少女は両の瞳に映す。
所持金を持っているはずのエドが不在で、料金を滞納してホテルから出られないアル。
同行人のウィンリィは受付にある電話からガーフィールに連絡して、帰れない理由を伝える。
「本っ当にごめんなさい、ガーフィールさん!!金ヅルが帰って来なくて、ホテルから出られないんです」
≪んまぁ!!女の子にお金の心配させるなんて、ダメな男ね!!≫
申し訳なさそうに話すウィンリィへ、ガーフィールは眉をつり上げてほったらかしにすることを怒る。
≪帰って来たら、尻の毛までむしり取ってやんなさい、そんな甲斐性無し!!≫
「はは…」
≪こっちの仕事は気にしなくていいわよ!!休み延長してあげるから!!そのかわり、帰って来たらバリバリ働いてね!!≫
「はいっ!!もちろんっ!!」
すぐ傍にいる従業員の厳しい眼差しと彼への申し訳なさに思わず頭を下げる。
すると、玄関のベルが鳴り、
「おう、ウィンリィ」
何も知らないエドが帰って来た。
ウィンリィは滂沱と涙を流し、顔を見るなり罵倒する。
「ばかーーっ!!」
「わーーー!!?機械鎧は壊してないぞ!!?」
怒鳴られたと勘違いして慌てるエドの先で、
「金ヅル来たーー!!」
待ちくたびれた従業員は一転、目を光らせる。
「そうじゃないの!!いいからさっさとアルの所に行きなさい!!」
「なんなんだよ!!」
雨に濡れた身体を冷たい、しかし穏やかな風が吹き抜けていく。
「なぁ、ばっちゃん。ちゃんと墓…作りたい」
「……墓石になんて刻むんだい?」
詰まったように、エドは曖昧な言葉を並べて視線を横に誤魔化し、白骨に移した。
「………………わかんね。わかんねーけど、これ……あの時、たしかに動いてオレを見ていた。たった一瞬でも人間だった。オレが作って死なせてしまった………人間だ」
長い年月の果てに肉が腐敗し、既に骨だけとなったそれを埋葬する。
「墓、作るよ」
その後、掘り起こしたそれをもう一度埋め、簡素な墓標をつくった。
(母親でも何者でもない形すら人ではなかったこれを「人間」と言うか。この子は人間というものの定義が広すぎる)
生物としては生きていたが、人間としては吐き気を催す状態だ。
もう二度とは戻らないし、救えない。
墓標を見つめるエドの横顔は無表情で、視線を伏し目がちに固定したまま、少しの間全く動かなかった。
――もっとも…そうでなくては、今のアルを人間ではないと認める事になるのかね。
人体錬成の代償に、身体の全てを失ったアル。
兄の決死の錬成によって鎧に魂を宿し、今を生きている。
エドを誰よりも深く理解し、気にかけている。
(そうだ…アル…)
その時、忘れかけていた矛盾と葛藤がよみがえる。
「エド、これがトリシャじゃないと言うのなら…その……今のアルは…人体錬成が不可能だと言うのなら、おまえの錬成したというアルの魂は…」
「うん、確認しなきゃならない事が沢山ある」
ピナコの台詞が、エドの心を現実に戻した。
ロックベル家へと戻る途中でぼそりと、エドが不意につぶやいた。
「ばっちゃん。オレとアルは間違い無く母さんの子供だよな?」
「ああ、そうだよ。二人とも、出産の時はあたしが取り上げたんだ。間違い無く、トリシャとホーエンハイムの子供さ」
質問したエドはしきりに頷きを繰り返して、言葉を紡ぐ。
「うん。うん、よし。魂の情報は間違ってなかったのに、失敗した……よし」
完全に想定外な、意味のわからない言葉のつながりにピナコは疑問符を浮かべた。
同時に、彼女と会えない日が一日、また一日と過ぎ去っていくうち、エドの心には凍えるような不安が降り積もっていく。
(キョウコ…後回しにしてゴメンな。でも、今はアルの方が先決だ)
湧き上がる激情をかろうじて押し止めたのは、尋常ならざる理性の働きによるものである。
(キョウコの方はどうなんだと訊きたいところだが……こっちの方が先だね)
ピナコの方も、大切に育てきた少女を気にかけていたが、彼の後ろ姿から理解していた。
リゼンブールから南部に位置するダブリスの一角で経営する肉屋から電話のベルが鳴り、
「ごほっ」
軽い咳をしてから、イズミは受話器を取る。
「はい、カーティス…なんだ、エドか!どうしたの」
電話の相手は弟子のエドからだった。
ロックベル家に戻ると、泥で汚れた身体をタオルで拭いてから、ためらいがちに訊ねる。
「あの……師匠に効きたい事があって……オレ……師匠のプライドとか大事なものをぶち壊してしまうかもしれない質問なんです。答えたくなかったら、そのまま電話を切ってください」
十分な注意と覚悟をもって、前置きの言葉を紡ぐ。
≪師弟の縁も切ってくれてかまわない…って、そういや破門されてたんだっけ…≫
「なんだ、はっきり言いなさい」
回りくどい言い方になってしまった。
腹の底に力を溜めて、ぐっと唇を噛みしめ、口を開く。
≪…師匠がお子さんを錬成した時の事を覚えてますか?≫
イズミはその問いに、かつて人体錬成を発動した記憶がよみがえる。
それは、彼女にとって非情極まる質問。
「――ああ、忘れるものか」
死産した子供をよみがえらせるため、禁忌とされていた人体錬成が脳裏に過ぎる。
――忘れるものか……!!
真理を知る代わりに身体の一部を失い、それ以来、錬金術を気軽に使うまいと心に決めた。
「それがどうかしたか」
恐らくは彼女にとっても、最も酷な事実である。
「オレとアルが錬成した母さんが、母さんではなかったんです」
だからこそ、エドはそれを、絶望から希望の宣告として突きつける。
「なんの事だ?何が言いたい?」
釈然としない弟子に不審がるイズミに逡巡した後、はっきりと告げた。
「師匠が人体錬成してできあがったお子さんは、本当に師匠の子供でしたか?」
その宣告を聞いた瞬間、乱暴に受話器を置く音がエドの耳に入り、眉を下げる。
彼女は目を見開き、凍りついていた。
トリシャの墓を訪れ、クセルクセス遺跡で出会ったイシュヴァール人から聞かされた話をピナコに教える。
「そうかい。息子たちは戦地でよくやっとったんだね。親として誇りに思うよ。どんな死に際だったか、聞いてないかい?」
「……いや、聞いてない」
まさか患者から殺されたとは言えず、エドは顔を強張らせ、背を向ける。
「…そうかい」
「あいつ…ホーエンハイムはどこ行くって言ってた?」
「さあね、何も聞いてない」
「…のヤロー!言うだけ言ってバックれかよ!ぶん殴ってやろうと思ってたのに!」
「あ!!忘れとった!!」
途端に顔を歪めるエドに、急に声をあげて思い出したようにピナコは伝える。
「あいつに会う事があったら伝えとくれ」
「何を?」
「トリシャの遺言」
彼の母、今は亡きトリシャからの遺言。
それは、後悔と懺悔の滲む言葉だった。
――流行り病にかかり、薬や対処療法を受けても、トリシャの容態が快方に向かうことはなく、兄弟やキョウコの看病も芳しくなく、病気は進行していく。
――刻一刻と無慈悲に弱くなっていった。
「ピナコさん、あの人が帰って来たら、伝えてもらえますか」
――寝たきりとなったトリシャは、滅多に帰ってこない夫に伝えてほしいと、弱々しい声で告げる。
「何言ってんだい!元気になって自分で伝えなよ!」
――ピナコは弱音を吐くトリシャに、活を与えるように言い放つ。
「あの人に、約束守れなかったって…先に逝きます、ごめんなさいって…伝えてください」
――それは二人が交わした約束だ。
――その表情には非難や怒りの色は一切ない。
――ただ、純粋な愛情のみが湛えられている。
――儚げな笑みを浮かべ、トリシャはそれを最後に息を引き取った。
それを聞いたエドは首を傾げる。
「約束?なんの?」
「さぁ……たしかに伝えたよ。ホーエンハイムによろしくね」
「なんでオレが!!」
「あんなボンクラでも父親にゃ変わりないだろ。孤児のキョウコを拾ってくれた、いわば命の恩人だ」
無責任で無関心、おまけに無感情な父親が、一人の少女を連れて久しぶりに帰って来た。
もしホーエンハイムがキョウコを見つけなければ出会わなかっただろうと思い、仕方なく押し黙る。
「帰って来た晩に、長い事おまえ達の面倒見てくれてすまないって頭下げられたよ。親として、何もしてやれないって」
「け!親をやる気が
顔を歪めて舌を鳴らし、ぶっきらぼうな声をあげる。
「…会ったらな。一発殴った後に伝えといてやるよ」
「中央に戻るのかい」
そんなピナコの問いにエドは案の定、渋い顔になる。
「ああ、アルに怒られに戻る。ひょっとしたら兄弟の縁、切られるかもな」
温厚な弟が激怒する様を想像し、苦笑を浮かべた。
深く透き通った蒼い空、病院の屋上でキョウコは体を動かしていた。
「――ふっ!!」
その小さな口から鋭い吐息がこぼれ、一人黙々と修練に打ち込む。
もやもやした重圧が、胸の中に
――エドが帰ってくるまでに、この両手の傷を完治させないと。
――それまでに、なんとか……なんとか残った、この体術で戦えるようにならないと……っ!
悩みに鬱々とししつも、また一人での修練でありながら、闇雲に身体を動かしたりはしない。
一度ずつ、しっかりと動かして、己の
高い日の下にも吐息を鋭く流し、意識して全身の体勢を整え、
――だけど、まだ勝算はある!!
動作を洗練させる。
その瞬発力と速度は、当人も気づかぬままに常人としての域を超えつつある。
自分が、繰り出した拳や蹴りに攻撃の気配を全く悟らせないことへの自覚は、ない。
「はっ、はっ、はあっ、はあっ……」
ひたすらに考え、無心に続けた後にもかかわらず、未だもやもやして落ち着かない気分が全身に薄く漂っている……そんな自分の腹の据わらなさが気にくわなかった。
「バカバカしい……何が"勝算がある"よ。こんな小手先……相手はじっとしちゃいないのに」
――本当はもう……わかってる。
――見たくないの、あたしは……「現実」を。
ラストに中枢神経系の器官・脊髄の機能を停止され、下半身不随となったハボック。
彼は、ロイの部下として足掻くよりも苦渋の退役を選んだ。
――あの僅かな油断で、あたしは勝利の可能性と、ハボックさんの軍人としての活躍と人生を失なわせた。
――あたしは……いつも何かを失くし続けてきた。
――家族と故郷を失くしたあの日から……ずっと…。
どこまでもどこまでも深く透き通った壮麗な蒼を、少女は両の瞳に映す。
所持金を持っているはずのエドが不在で、料金を滞納してホテルから出られないアル。
同行人のウィンリィは受付にある電話からガーフィールに連絡して、帰れない理由を伝える。
「本っ当にごめんなさい、ガーフィールさん!!金ヅルが帰って来なくて、ホテルから出られないんです」
≪んまぁ!!女の子にお金の心配させるなんて、ダメな男ね!!≫
申し訳なさそうに話すウィンリィへ、ガーフィールは眉をつり上げてほったらかしにすることを怒る。
≪帰って来たら、尻の毛までむしり取ってやんなさい、そんな甲斐性無し!!≫
「はは…」
≪こっちの仕事は気にしなくていいわよ!!休み延長してあげるから!!そのかわり、帰って来たらバリバリ働いてね!!≫
「はいっ!!もちろんっ!!」
すぐ傍にいる従業員の厳しい眼差しと彼への申し訳なさに思わず頭を下げる。
すると、玄関のベルが鳴り、
「おう、ウィンリィ」
何も知らないエドが帰って来た。
ウィンリィは滂沱と涙を流し、顔を見るなり罵倒する。
「ばかーーっ!!」
「わーーー!!?機械鎧は壊してないぞ!!?」
怒鳴られたと勘違いして慌てるエドの先で、
「金ヅル来たーー!!」
待ちくたびれた従業員は一転、目を光らせる。
「そうじゃないの!!いいからさっさとアルの所に行きなさい!!」
「なんなんだよ!!」