第43話
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拒絶反応を起こさずにいてくれる保証など、どこにもない。
「時限爆弾だっテ?」
「そう…鉄の身体に人の魂。拒絶反応という爆弾が待っているはずだ」
アルは、肉体と魂が紙一重であると理解していたから。
バリーから言われた言葉を反芻し、自分も同じである、その理由を、痛々しいまでに語る。
「明日か、あるいは10年後か。100年後か、1分後か…いつ、その時が来るか、それはボクにもわからない。わかっただろう?この身体は不老不死には程遠いんだよ」
ウィンリィは戸惑うしかない。
異常なこと。
恐ろしいこと。
しかし、今さら否定することはできそうにない。
なかったことにするには体験は生々し過ぎ、知らされたことは説得力を持ち過ぎていた。
「そんな…じゃあ、一日でも早く元に戻らないと…………」
「いや、待ってくれヨ。その身体がやばくなったら、魂を他のものに乗せ換えて生き続ける事はできないカ?痛みを感じない、食べ物もいらなイ。便利でいいじゃないか、その身体…」
リンは別段責めるでもない、むしろ平静な口調の中に、興味さえ込めているのだが、それでもはウィンリィは顔をしかめてしまう。
「いい訳ないでしょ!!」
いきなり立ち上がった彼女から、怒りの声があがった。
「……何も、知らないくせに…!!」
一方、そんな怒りの声をぶつけられたリンはウィンリィに向けていた意識をアルに移し、その原因を看破した。
ウィンリィはちらりとアルを一瞥した後、小さく謝って背を向ける。
「…ごめん」
「ウィンリィ!」
そんな彼女の荒れ様……あるいは取り乱し様に、アルは困惑しつつも慌てず、追いかける。
「ウィンリィ!ウィンリィ、入るよ?」
部屋の扉を叩くアル。
隣の部屋で、リンとランファンが様子を窺う。
一声かけてから部屋に入ると、明かりもつけずにクッションで顔を隠すウィンリィが眉を下げてこちらを見ていた。
「……もー…いつも兄さんやウィンリィが先に怒るから、ボクは怒るタイミングを逃がしっぱなしだ」
「だって…」
陽気に笑うアルの言葉に、ウィンリィは苦しみに凝 った表情のままゆっくりと言葉を紡ぐ。
――人体錬成を発動して左足を、さらには弟の魂を鎧に定着させるために右腕を失ったエドは、意識を取り戻さないまま、ひどい高熱を起こした。
――ウィンリィは寝る間を惜しんで、エドの看病を続ける。
――水を替えるために重い瞼を擦って部屋を出ると、
「ねむ…」
――暗がりの中、膝を揃えて座り込むアルが目に飛び込み、眠気など吹っ飛んだ。
「アル…眠れないの?」
「…うん。どうやら、この身体は眠る事ができないみたいだ」
「寒く…」
「…もないね。何も感じない身体だ」
――そこで会話が終了し、ウィンリィは視線をあちこちにさまよわせる。
――すると、窓から差し込む月の光を見上げながら、アルは懐かしそうに告げる。
「夜ってこんなに長かったんだね。ついこの前まで、夜は兄さんとキョウコと錬金術の話や将来の事を語りあって…話し疲れたらたっぷり寝て、幸せな夢を見て…一晩がとても長かった」
――三人一緒にベッドに寝転がり、難しい錬金術の話や将来の話、空想の雲が立ち昇り、もくもくと膨れ上がって形を成す。
――最後は話し疲れて眠ってしまう。
「今は一晩がとても………とても長くて、余計な事ばかり考える……!!」
――アルフォンス・エルリックの世界が、壊れた。
――頭を抱え、身体を震わせるが……何も感じない、睡眠や食欲などの欲求も必要なくなった。
――まだ幼い少年にとってはあまりにも残酷で、打ちひしがれた。
リンの発言に対して、ウィンリィがショックを覚えているのは、そんな表面的な部分ではなかった。
「アルのあんな姿見てたら、どうしても今のままでいいなんて思えないよ。ねぇ、元の身体に戻れるよね?ねぇ!?」
今にも泣き出しそうに肩を震わせ、すがるような叫びが、口を突いて出た。
(キョウコ……早く戻ってきて。姉さんがいてくれないと、ボクもウィンリィもどうしていいかわからないよ)
アルは、そんな少女の叫びを悲しく思い、穏やかで慈悲深いキョウコが戻ってきてくれることを願い、祈った。
――ウィンリィが部屋から出ていってから、何時間が経ったのだろうか。
――いつも眺めている風景なのに、それがひどく孤独に思われて、
「……ボクは、誰…?」
――小さくこぼれた声は、彼の本心だったような気がした。
「何バカな事言ってんの」
――突然聞こえてきた低い声に、アルは文字通り飛び起きた。
「のへぁっ!?キョウ、キョウコ!?」
――勢いよく振り返ったアルの視界に入ったのは、いつの間に現れたのか壁に寄りかかって立っているキョウコだった。
――黒になった髪と瞳を気味悪がるように部屋にこもるようになった少女がわざわざ出てきたことに、アルの頭はパニックを起こす。
「え、あれ?夢?夢なの?」
「…んなわけあるか」
――慌てふためくアルを、キョウコは呆れたように見つめながら毒を吐いた。
――呆然としていると、いつの間に移動したのかキョウコが手を引っ張って部屋に招き入れる。
――ベッドに上がるとタオルケットで頭からすっぽりと覆い、床に座り込むアルを見下ろす。
(今のボクには、キョウコと目を合わせる方がよっぽど苦しい)
「……何考えてるの」
――不意に聞こえてきた言葉に、意図せずして肩が跳ねる。
「さっさと吐いた方がいいよ」
(だってさっきウィンリィにいろいろ言っちゃって、知らない感情だけじゃなく、自己嫌悪まで湧いてきちゃってるって言うのに、それをキョウコにまで……ただのイジメじゃん。絶対ヤダよ)
――そんな思いも虚しく、アルは結局、キョウコの容赦ない追求の眼差しに負けて渋々口を開くこととなった。
「ねぇ、キョウコ。ボク、これから突拍子のない、きっと信じられないような事話すけど、呆れないで最後まで聞いてね」
――絶対だよ、と念を押すアルに対し、目をつむる。
――それを肯定と受け取って、ちょっとだけ躊躇しながらも話を始めた。
「眠れないんだ。それに寒くもない…何も感じない身体だ」
――くるくるくるくると、頭の中でいろんな人が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
――キョウコは相変わらず、目をつむったまま動かない。
「ふと思ったんだ。夜ってこんなに長かったんだね。ついこの前まで、夜は兄さんとキョウコと錬金術の話や将来の事を語りあって…話し疲れたらたっぷり寝て、幸せな夢を見て…一晩がとても長かった」
――その言葉にピクリと反応するが、目も開けず、何も言わなかった。
「自分のした事はわかってる。禁忌とされている人体錬成……母さんを生き返らせようとして……ただ、あの時は純粋にすごく悲しくて、辛かった。今は一晩がとても……とても長くて、余計な事ばかり考える……!!」
――頭を抱えれば、あの雨音が聞こえてくるようで、そしてあの時の痛みが帰ってくるようで、慌てて顔を上げる。
――そのまま、もう感覚のない冷たい腕を撫で、落胆する。
「ともかく、ボクは死んだはずだった。でもボクは生きてる。ここに、いるんだ」
――そのまま足を投げ出す。
――手を後ろにつくと、だいぶ見慣れた鎧の体を見つめて話を続ける。
「だからボクは、これからもずっと人間のままでい続けるつもりだった。これからもずっと、あの時まで肉体を失う気なんて無かったんだ。それでも、たった10年でボクはボクじゃなくなっちゃったみたいだけど………もう一度、人間のままでいたい。もうボクの記憶しか、ボクという生き方しかみんなと繋がってないってわかってるから。だからボクはボクでありたいのに、ボクとして知らない感情を手に入れてしまった」
――人間にはなかった感情は、少しずつ、しかし確実にアルを蝕んでいく。
――それは恐怖であり、自身の喪失だ。
「ボクが知らない感情を持つ事は自分を失う事と一緒。ボクは鎧に侵食されて、最終的には消え失せるんだ。それでも、消える方が怖い。繋がりが消える方が怖い。馴染めなくてもいい。拒絶されてもいい。そんなの、繋がりを失うよりずっといい」
――そこまで話して、アルの口は動くことをやめた。
――言いたいことは言った。
――詰まってたことは全て吐き出した。
――全部吐き出せて、少しだけ楽になる。
――だが、それと同時に、一つの不安が襲いかかった。
(キョウコに嫌われたらどうしよう)
――それだけ。
――たった、それだけ。
――覚悟を承知の上で、禁忌の人体錬成を発動させたというのに。
――一度は死んだ魂を捨てたというのに。
――それでもアルはキョウコに嫌われることを、ただ恐れた。
――自分自身に矛盾を感じて、でもどうしようもなくて、全て投げ出すように考えることを放棄した。
――部屋に、久方ぶりの沈黙が包む。
「はぁ」
――そんな沈黙を壊したのは、キョウコの溜め息だった。
――首を傾げながら視線を移すと、キョウコはまっすぐに、その黒い瞳をこちらに向けていた。
「それがどうしたの。どちらを選ぼうとアルの自由よ。誰かが文句を言う事じゃない」
――あっさりと切り捨てるように、キョウコは言った。
「だけど、どちらを選ぼうと、もうあの明るい未来には帰れない。どんなに縋りつこうと、どんなに求めようと、それは変わらない事実。嘆いても喚いても、ここで生きてくしかないの」
――それだけは覚えておいて、キョウコはそう言った。
「……うん、そうだね」
(そう、ボクはもう戻れない。ここで生きていくしかない。わかってる、わかってるよ。それでも改めて突きつけられると、ボクは首を絞められたように苦しくなるんだよ)
――アルはその苦しさに思わず目を伏せた。
「……ただ、アルがこの残酷な世界で必死に生きると誓うなら」
「時限爆弾だっテ?」
「そう…鉄の身体に人の魂。拒絶反応という爆弾が待っているはずだ」
アルは、肉体と魂が紙一重であると理解していたから。
バリーから言われた言葉を反芻し、自分も同じである、その理由を、痛々しいまでに語る。
「明日か、あるいは10年後か。100年後か、1分後か…いつ、その時が来るか、それはボクにもわからない。わかっただろう?この身体は不老不死には程遠いんだよ」
ウィンリィは戸惑うしかない。
異常なこと。
恐ろしいこと。
しかし、今さら否定することはできそうにない。
なかったことにするには体験は生々し過ぎ、知らされたことは説得力を持ち過ぎていた。
「そんな…じゃあ、一日でも早く元に戻らないと…………」
「いや、待ってくれヨ。その身体がやばくなったら、魂を他のものに乗せ換えて生き続ける事はできないカ?痛みを感じない、食べ物もいらなイ。便利でいいじゃないか、その身体…」
リンは別段責めるでもない、むしろ平静な口調の中に、興味さえ込めているのだが、それでもはウィンリィは顔をしかめてしまう。
「いい訳ないでしょ!!」
いきなり立ち上がった彼女から、怒りの声があがった。
「……何も、知らないくせに…!!」
一方、そんな怒りの声をぶつけられたリンはウィンリィに向けていた意識をアルに移し、その原因を看破した。
ウィンリィはちらりとアルを一瞥した後、小さく謝って背を向ける。
「…ごめん」
「ウィンリィ!」
そんな彼女の荒れ様……あるいは取り乱し様に、アルは困惑しつつも慌てず、追いかける。
「ウィンリィ!ウィンリィ、入るよ?」
部屋の扉を叩くアル。
隣の部屋で、リンとランファンが様子を窺う。
一声かけてから部屋に入ると、明かりもつけずにクッションで顔を隠すウィンリィが眉を下げてこちらを見ていた。
「……もー…いつも兄さんやウィンリィが先に怒るから、ボクは怒るタイミングを逃がしっぱなしだ」
「だって…」
陽気に笑うアルの言葉に、ウィンリィは苦しみに
――人体錬成を発動して左足を、さらには弟の魂を鎧に定着させるために右腕を失ったエドは、意識を取り戻さないまま、ひどい高熱を起こした。
――ウィンリィは寝る間を惜しんで、エドの看病を続ける。
――水を替えるために重い瞼を擦って部屋を出ると、
「ねむ…」
――暗がりの中、膝を揃えて座り込むアルが目に飛び込み、眠気など吹っ飛んだ。
「アル…眠れないの?」
「…うん。どうやら、この身体は眠る事ができないみたいだ」
「寒く…」
「…もないね。何も感じない身体だ」
――そこで会話が終了し、ウィンリィは視線をあちこちにさまよわせる。
――すると、窓から差し込む月の光を見上げながら、アルは懐かしそうに告げる。
「夜ってこんなに長かったんだね。ついこの前まで、夜は兄さんとキョウコと錬金術の話や将来の事を語りあって…話し疲れたらたっぷり寝て、幸せな夢を見て…一晩がとても長かった」
――三人一緒にベッドに寝転がり、難しい錬金術の話や将来の話、空想の雲が立ち昇り、もくもくと膨れ上がって形を成す。
――最後は話し疲れて眠ってしまう。
「今は一晩がとても………とても長くて、余計な事ばかり考える……!!」
――アルフォンス・エルリックの世界が、壊れた。
――頭を抱え、身体を震わせるが……何も感じない、睡眠や食欲などの欲求も必要なくなった。
――まだ幼い少年にとってはあまりにも残酷で、打ちひしがれた。
リンの発言に対して、ウィンリィがショックを覚えているのは、そんな表面的な部分ではなかった。
「アルのあんな姿見てたら、どうしても今のままでいいなんて思えないよ。ねぇ、元の身体に戻れるよね?ねぇ!?」
今にも泣き出しそうに肩を震わせ、すがるような叫びが、口を突いて出た。
(キョウコ……早く戻ってきて。姉さんがいてくれないと、ボクもウィンリィもどうしていいかわからないよ)
アルは、そんな少女の叫びを悲しく思い、穏やかで慈悲深いキョウコが戻ってきてくれることを願い、祈った。
――ウィンリィが部屋から出ていってから、何時間が経ったのだろうか。
――いつも眺めている風景なのに、それがひどく孤独に思われて、
「……ボクは、誰…?」
――小さくこぼれた声は、彼の本心だったような気がした。
「何バカな事言ってんの」
――突然聞こえてきた低い声に、アルは文字通り飛び起きた。
「のへぁっ!?キョウ、キョウコ!?」
――勢いよく振り返ったアルの視界に入ったのは、いつの間に現れたのか壁に寄りかかって立っているキョウコだった。
――黒になった髪と瞳を気味悪がるように部屋にこもるようになった少女がわざわざ出てきたことに、アルの頭はパニックを起こす。
「え、あれ?夢?夢なの?」
「…んなわけあるか」
――慌てふためくアルを、キョウコは呆れたように見つめながら毒を吐いた。
――呆然としていると、いつの間に移動したのかキョウコが手を引っ張って部屋に招き入れる。
――ベッドに上がるとタオルケットで頭からすっぽりと覆い、床に座り込むアルを見下ろす。
(今のボクには、キョウコと目を合わせる方がよっぽど苦しい)
「……何考えてるの」
――不意に聞こえてきた言葉に、意図せずして肩が跳ねる。
「さっさと吐いた方がいいよ」
(だってさっきウィンリィにいろいろ言っちゃって、知らない感情だけじゃなく、自己嫌悪まで湧いてきちゃってるって言うのに、それをキョウコにまで……ただのイジメじゃん。絶対ヤダよ)
――そんな思いも虚しく、アルは結局、キョウコの容赦ない追求の眼差しに負けて渋々口を開くこととなった。
「ねぇ、キョウコ。ボク、これから突拍子のない、きっと信じられないような事話すけど、呆れないで最後まで聞いてね」
――絶対だよ、と念を押すアルに対し、目をつむる。
――それを肯定と受け取って、ちょっとだけ躊躇しながらも話を始めた。
「眠れないんだ。それに寒くもない…何も感じない身体だ」
――くるくるくるくると、頭の中でいろんな人が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
――キョウコは相変わらず、目をつむったまま動かない。
「ふと思ったんだ。夜ってこんなに長かったんだね。ついこの前まで、夜は兄さんとキョウコと錬金術の話や将来の事を語りあって…話し疲れたらたっぷり寝て、幸せな夢を見て…一晩がとても長かった」
――その言葉にピクリと反応するが、目も開けず、何も言わなかった。
「自分のした事はわかってる。禁忌とされている人体錬成……母さんを生き返らせようとして……ただ、あの時は純粋にすごく悲しくて、辛かった。今は一晩がとても……とても長くて、余計な事ばかり考える……!!」
――頭を抱えれば、あの雨音が聞こえてくるようで、そしてあの時の痛みが帰ってくるようで、慌てて顔を上げる。
――そのまま、もう感覚のない冷たい腕を撫で、落胆する。
「ともかく、ボクは死んだはずだった。でもボクは生きてる。ここに、いるんだ」
――そのまま足を投げ出す。
――手を後ろにつくと、だいぶ見慣れた鎧の体を見つめて話を続ける。
「だからボクは、これからもずっと人間のままでい続けるつもりだった。これからもずっと、あの時まで肉体を失う気なんて無かったんだ。それでも、たった10年でボクはボクじゃなくなっちゃったみたいだけど………もう一度、人間のままでいたい。もうボクの記憶しか、ボクという生き方しかみんなと繋がってないってわかってるから。だからボクはボクでありたいのに、ボクとして知らない感情を手に入れてしまった」
――人間にはなかった感情は、少しずつ、しかし確実にアルを蝕んでいく。
――それは恐怖であり、自身の喪失だ。
「ボクが知らない感情を持つ事は自分を失う事と一緒。ボクは鎧に侵食されて、最終的には消え失せるんだ。それでも、消える方が怖い。繋がりが消える方が怖い。馴染めなくてもいい。拒絶されてもいい。そんなの、繋がりを失うよりずっといい」
――そこまで話して、アルの口は動くことをやめた。
――言いたいことは言った。
――詰まってたことは全て吐き出した。
――全部吐き出せて、少しだけ楽になる。
――だが、それと同時に、一つの不安が襲いかかった。
(キョウコに嫌われたらどうしよう)
――それだけ。
――たった、それだけ。
――覚悟を承知の上で、禁忌の人体錬成を発動させたというのに。
――一度は死んだ魂を捨てたというのに。
――それでもアルはキョウコに嫌われることを、ただ恐れた。
――自分自身に矛盾を感じて、でもどうしようもなくて、全て投げ出すように考えることを放棄した。
――部屋に、久方ぶりの沈黙が包む。
「はぁ」
――そんな沈黙を壊したのは、キョウコの溜め息だった。
――首を傾げながら視線を移すと、キョウコはまっすぐに、その黒い瞳をこちらに向けていた。
「それがどうしたの。どちらを選ぼうとアルの自由よ。誰かが文句を言う事じゃない」
――あっさりと切り捨てるように、キョウコは言った。
「だけど、どちらを選ぼうと、もうあの明るい未来には帰れない。どんなに縋りつこうと、どんなに求めようと、それは変わらない事実。嘆いても喚いても、ここで生きてくしかないの」
――それだけは覚えておいて、キョウコはそう言った。
「……うん、そうだね」
(そう、ボクはもう戻れない。ここで生きていくしかない。わかってる、わかってるよ。それでも改めて突きつけられると、ボクは首を絞められたように苦しくなるんだよ)
――アルはその苦しさに思わず目を伏せた。
「……ただ、アルがこの残酷な世界で必死に生きると誓うなら」