第42話
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ホテルのフロントで電話をするアルは、兄がまだリゼンブールに帰っていないことに驚く。
「ええ!?兄さん、まだリゼンブールに行ってないの!?」
≪「まだ」ってなんだい、何かあったのかい≫
「困ったな…宿泊費が尽きかけてるし、腕も治してほしいのに…」
深い溜め息をつくと、傍らに立つ従業員は金銭の尽きかけに過敏に反応する。
「なぬ!?」
「ちゃんと払いますから!!」
死活問題に声を上擦らせる従業員を、ウィンリィは慌ててなだめる。
「ああ、そうだ、アル!大変だよ!」
すると、ピナコは思い出したように声をあげる。
「何?」
≪エドは帰って来てないけど…≫
その瞬間、彼女の口から発せられた人物に、アルは愕然とした。
「…え……?父さんが……?」
許せない猛烈な怒りを湧き上がらせた。
今までの呆けも吹き飛ばし、弾かれたように顔を上げる。
心の中に生まれた勢いと力のまま、大声で目の前の父親を睨んだ。
「ホーエンハイム…………ヴァン・ホーエンハイムか!!」
「エド…ワードか?」
ホーエンハイムも驚いた表情で目を見開き、息子の成長に首を傾げる。
「大きく…なったな?」
「なんで疑問形なんだよ」
「中央あたりで有名だぞ、おまえ。史上最小国家錬金術師だって?」
「最年少だッッ」
果たしてそれは天然なのか、悪意か、その表情は一切読めない。
きりきりと目をつり上げて詰め寄るエドをよそに、ぼんやりとした無表情のまま、ホーエンハイムは言う。
「おまえだけじゃない、あの子……キョウコの噂も耳にしてる。圧倒的な美貌をもつ、氷雪系最強の錬金術師――と」
(なんでキョウコは言い間違えないんだよ……そりゃ、キレイだし強いけどよ……)
悔しそうに顔をしかめていると、人体錬成について聞かれた。
「それから、ピナコに聞いたぞ。人体錬成したんだって?」
母親をよみがえらせようとした、残酷な事実を言い当てられ、エドは苦虫を噛み潰したような顔を鋭くうつむけた。
「~~~…てめぇ今頃、どの面下げて戻って来た!!」
歯ぎしりしたのち、顔を上げてどうにか反論する。
「親に向かっててめぇとはなんだよ」
「てめぇなんざてめぇで十分だ!母さんの墓の前じゃなかったら、殴ってるところだ」
「トリシャ…なんで死んだ…」
ホーエンハイムはトリシャの墓を見つめる。
「なんでもクソもあるか!!てめぇが苦労させたせいだ!!」
「もう少しなんだ…もう少し…」
問いにも説明にも傾注 せず、何か別のことに意識を向けている。
今の彼は、自分を半ば無視して、ただ棒立ちしているだけ。
「ああ!?もう少しって、まだ苦労かけるつもりだったのかよ!!」
「約束したのに…」
「女手ひとつで、しかもお前が連れてきた見ず知らずのキョウコまで育てて、どんだけ頑張ったかわかってんのか!!」
「トリシャ…俺を置いていくなよ…」
「置いてったのはてめーだ!…って、会話がかみ合ってない!!」
うわ言のように続けるホーエンハイムを、全く話がかみ合っていないことにエドは頭を抱え、
「宇宙人か!!」
苛立ち紛れにつっこむ。
そして、無理矢理割り込むように言い放つ。
「今更帰ってきたところで、てめーの居場所は無いんだよ!!何しに帰って来た!!」
「そうだ…俺の家…なんで焼いてしまったんだ。何も…何ひとつ残ってないじゃないか」
「もう後戻りしないと決めた。帰る家は無くていい。あれがオレ達の覚悟だ」
「ちがうな」
ホーエンハイムは、そんな少年の言葉と行動を、真っ向から否定した。
「自分の過ちを、その跡を見たくないからじゃないか」
今までの無愛想を吹き飛ばし、じりじりと詰め寄る。
今までの剣幕が嘘のように、エドは身をすくませた。
「嫌な思い出から逃れるためか?自分がしでかした事の痕跡を消したかったのか?」
「………ちがう!」
「寝小便した子供がシーツを隠すのと一緒だ」
ホーエンハイムは未熟な少年に、強烈な一撃を叩き込む。
「逃げたな、エドワード」
「てめぇに何がわかる!!!」
忌々しくも確かに打ちのめされた瞬間、エドの中で、彼自身にもよくわからない感情が爆発した。
「わかるさ」
「……てめぇと喋ってると胸クソ悪くなってくる!!」
これ以上話すことはない、と言うように踵を返すと、首を捻って聞いてくる。
「墓参りに来たんじゃないのか」
「こんな荒 んだ気分で、できるか!付いて来んな!!」
「ピナコん家に帰るんだろ?俺もそっちなんだから、しょうが無いだろう………髪、伸ばしてるのか」
ふと、髪を結んだエドの後ろ姿を見て、余計な一言を付け加える。
「おそろいだ」
苛立ちが頂点に達したのか、髪を解いてすぐさま三つ編みに変え、凄まじい形相で振り返る。
「……………俺の若い頃にそっくりだ」
ズンズンと大股で歩くエドの後ろ姿を見つめながら、若い頃の面影と重ねてつぶやいた。
二人はそれ以降、一言も会話を交わさぬまま、夜になった。
開け放たれた扉から、ベッドに寝るエドを確認する。
幼い兄弟が自分に近寄るのをただ見ているばかりで、接し方がよくわからなかった。
部屋に入り、今なら可能なのかと思い、手を伸ばす。
「………」
伸ばす途中でどうしてもためらい、部屋を出た。
寝ていたと思われたエドは起きていて、悄然と立ち去る気配を背に、きつく眉を寄せていた。
リビングの淡い照明の下、ピナコと静かに晩酌する最中、ホーエンハイムは言った。
「人体錬成なんて…なんで誰もあいつらを叱ってやらなかったんだ」
「あの状況で叱れるものか。あんた親だろ、叱ってあげなよ」
ホーエンハイムは自分の役回りへの抗議として、無言で酒を呷 る。
「……………どうやって叱っていいのかわからん」
「なんで電話の一本も入れてやらなかった!トリシャはずっと待ってたんだよ!」
リビングの隅に座るデンは、未だ警戒するように低い唸り声を漏らす。
人と人の間にある気持ちを熟知したピナコは、トリシャの死に涙する兄弟とキョウコの、誰よりも近い場所にいなかったのか咎める。
「あの子らだって父親 がいれば、母親 を作ろうだなんて思わなかっただろうに!かわいそうに。あの子らは母親の死を二度見てしまったんだよ」
「母親を作る…か」
すると、デンはお座りしたままある方向を見つめ、そのままリビングを出るのを見つめながら、疑問を口にする。
「…ピナコ。あいつらが人体錬成で失敗してできたものの、後片付けしてくれたのはおまえだったな」
「ああ」
「本当にそれはトリシャだったのか」
「言っただろ、人の形をしていなかったって。あれをトリシャとはとても…」
「そうじゃなくて、たとえば瞳の色…声………髪の色…」
予想だにしない言葉に、ピナコは目を見開く。
思い出しただけでも吐き気しかしなかった。
――事情を知ったピナコが急いでエルリック家の居間に向かった時、それを見た瞬間、悪寒が走った。
――兄弟が錬成した母親は、全く見たこともない化け物の姿。
「…どういう事だい?あれはトリシャじゃなかった……?」
顔面も蒼白なピナコの胸に、不条理な怒りが吹き上がる。
「全く関係の無い物を作って、あの子らは身体を持ってかれて、瞳と髪の色を変えられたって言うのかい!?そんなひどい話があるかい!!」
ぎり、と歯が噛みしめられ、小さな目が歪む。
常に寛大に構えるピナコが、この時ばかりは動揺も露にうろたえている。
さっきとは打って変わって、見かけ以上の、歳月を経た深さを満たして、ホーエンハイムは視線を後ろに流す。
そこには、父の後を追って話に傾けていたエドが、金の相貌に動揺と驚きを表していた。
取り乱し寸前の蒼白な顔で、自分の全てが張りを失う。
「エド!まだ寝てんのかい!?親父さんが出ちまうよ!!」
ロックベル家のリビングで、ピナコは二階に向けて声を張り上げた。
いくら声をかけても、エドが起きる気配はない。
「起こして来ようか?」
「いいよ。もたもたしてたら、汽車に遅れる。世話になったな」
いつものグレーのスーツにコートを羽織って準備をする傍ら、コルクボードに飾られた写真が目に入った。
その中で、まだ幼いエドと赤ん坊のアルを抱くトリシャと自分の家族写真を指差す。
「この写真、もらっていいか?」
「どれでも好きなだけ、持って行きな」
「いや、この一枚でいい。四人で撮ったの、これしか無いんだ」
昔に撮った、一枚きりの、大切な家族の写真。
「……やっぱり二枚いる」
もう一枚、キョウコがエルリック家の家族になってから徐々に明るい反応を見せてきた頃の写真をピンから外す。
ピナコは、ずっと気になっていた、キョウコとの出会いについて訊ねた。
「どうしてキョウコを連れてこようと思ったんだい?」
十年ほど前、とある事件で天涯孤独となったキョウコを、ホーエンハイムが気まぐれで拾った。
以来、彼女は母親代わりとして子供達を育ててきた。
ホーエンハイムは少し黙って、自分の答えを整理する。
「……さぁな。俺にもわからないよ」
とだけ返し、言葉を継ぐ。
「ピナコ…おまえやっぱりいい奴だな。昔から何ひとつ変わらない俺を不審な目で見ることも無く、普通通り接してくれた。お礼にいい事を教えてやるよ。じきに酷い事がこの国で起こる。今のうちによその国へ逃げとけ」
二枚の写真を胸ポケットに収め、嫌味ではなく心底から気遣った。
そんな彼の言葉を、ピナコは不思議に思い、他国への移住を拒否する。
「…この国は年がら年中、酷い事だらけさ。なんで今更、逃げなきゃならないんだい。それにここを帰って来る場所にしてる奴らがいるんでね」
自らの道を選んだ子供達を見守り、いつでも故郷のリゼンブールで帰りを待つと告げる。
答えなどわかりきっているだろうに。
「…………忠告はしたぞ」
ホーエンハイムは神妙な表情で、じっとピナコの顔を見つめる。
「ホーエンハイム!たまにはご飯食べに帰っといでよ」
出立するホーエンハイムの背中に注がれる眼差しと口調が、彼女に対する信頼の印象をさらに強くした。
「残念だよピナコ。もうおまえのメシが食えなくなるなんて」
無表情な目の中に、微かに見える感情は、憐れみ。
彼のつぶやきは、確かに、心からの嘆きだった。
電話を終えて部屋に戻ると、リンとランファンが待っていた。
ウィンリィは病院にお見舞いに行ったアルに、キョウコの容態について訊ねる。
「キョウコ、元気だった?」
「うん、ちょっと無理しすぎたみたい。退院するまでには時間かかりそう」
「色々言いたい事はあるけど、とりあえずよかったーー」
安堵の息を吐くウィンリィ。
「………」
「どうしタ、ランファン?」
キョウコが無事だと聞いて仮面の奥で表情が緩むのを、リンは見逃さなかった。
「……あのお方が無事でいてくれて、よかったなト」
「あのお方?」
「あぁ、キョウコの事だネ。俺とランファンを助けてくれたかラ」
「はい………素敵でしタ、あの凛々しい横顔」
仮面越しにもわかる『女』の姿勢に、アルとウィンリィは顔を引きつらせた。
――フ…フラグが立った!!
最初は友好的な雰囲気ではないだったはずの自分を助けてもらったことで、微かに芽生える感情。
たった一日か二日でそこまでの気持ちを抱かせるキョウコの人たらしに脱帽する。
「な…なんて事…ていうか、キョウコも自分の事に関しては全く無自覚というか天然というか……」
「同性にモテながら、その事実にも気づかない……どんだけ鈍感なんだか」
「ええ!?兄さん、まだリゼンブールに行ってないの!?」
≪「まだ」ってなんだい、何かあったのかい≫
「困ったな…宿泊費が尽きかけてるし、腕も治してほしいのに…」
深い溜め息をつくと、傍らに立つ従業員は金銭の尽きかけに過敏に反応する。
「なぬ!?」
「ちゃんと払いますから!!」
死活問題に声を上擦らせる従業員を、ウィンリィは慌ててなだめる。
「ああ、そうだ、アル!大変だよ!」
すると、ピナコは思い出したように声をあげる。
「何?」
≪エドは帰って来てないけど…≫
その瞬間、彼女の口から発せられた人物に、アルは愕然とした。
「…え……?父さんが……?」
許せない猛烈な怒りを湧き上がらせた。
今までの呆けも吹き飛ばし、弾かれたように顔を上げる。
心の中に生まれた勢いと力のまま、大声で目の前の父親を睨んだ。
「ホーエンハイム…………ヴァン・ホーエンハイムか!!」
「エド…ワードか?」
ホーエンハイムも驚いた表情で目を見開き、息子の成長に首を傾げる。
「大きく…なったな?」
「なんで疑問形なんだよ」
「中央あたりで有名だぞ、おまえ。史上最小国家錬金術師だって?」
「最年少だッッ」
果たしてそれは天然なのか、悪意か、その表情は一切読めない。
きりきりと目をつり上げて詰め寄るエドをよそに、ぼんやりとした無表情のまま、ホーエンハイムは言う。
「おまえだけじゃない、あの子……キョウコの噂も耳にしてる。圧倒的な美貌をもつ、氷雪系最強の錬金術師――と」
(なんでキョウコは言い間違えないんだよ……そりゃ、キレイだし強いけどよ……)
悔しそうに顔をしかめていると、人体錬成について聞かれた。
「それから、ピナコに聞いたぞ。人体錬成したんだって?」
母親をよみがえらせようとした、残酷な事実を言い当てられ、エドは苦虫を噛み潰したような顔を鋭くうつむけた。
「~~~…てめぇ今頃、どの面下げて戻って来た!!」
歯ぎしりしたのち、顔を上げてどうにか反論する。
「親に向かっててめぇとはなんだよ」
「てめぇなんざてめぇで十分だ!母さんの墓の前じゃなかったら、殴ってるところだ」
「トリシャ…なんで死んだ…」
ホーエンハイムはトリシャの墓を見つめる。
「なんでもクソもあるか!!てめぇが苦労させたせいだ!!」
「もう少しなんだ…もう少し…」
問いにも説明にも
今の彼は、自分を半ば無視して、ただ棒立ちしているだけ。
「ああ!?もう少しって、まだ苦労かけるつもりだったのかよ!!」
「約束したのに…」
「女手ひとつで、しかもお前が連れてきた見ず知らずのキョウコまで育てて、どんだけ頑張ったかわかってんのか!!」
「トリシャ…俺を置いていくなよ…」
「置いてったのはてめーだ!…って、会話がかみ合ってない!!」
うわ言のように続けるホーエンハイムを、全く話がかみ合っていないことにエドは頭を抱え、
「宇宙人か!!」
苛立ち紛れにつっこむ。
そして、無理矢理割り込むように言い放つ。
「今更帰ってきたところで、てめーの居場所は無いんだよ!!何しに帰って来た!!」
「そうだ…俺の家…なんで焼いてしまったんだ。何も…何ひとつ残ってないじゃないか」
「もう後戻りしないと決めた。帰る家は無くていい。あれがオレ達の覚悟だ」
「ちがうな」
ホーエンハイムは、そんな少年の言葉と行動を、真っ向から否定した。
「自分の過ちを、その跡を見たくないからじゃないか」
今までの無愛想を吹き飛ばし、じりじりと詰め寄る。
今までの剣幕が嘘のように、エドは身をすくませた。
「嫌な思い出から逃れるためか?自分がしでかした事の痕跡を消したかったのか?」
「………ちがう!」
「寝小便した子供がシーツを隠すのと一緒だ」
ホーエンハイムは未熟な少年に、強烈な一撃を叩き込む。
「逃げたな、エドワード」
「てめぇに何がわかる!!!」
忌々しくも確かに打ちのめされた瞬間、エドの中で、彼自身にもよくわからない感情が爆発した。
「わかるさ」
「……てめぇと喋ってると胸クソ悪くなってくる!!」
これ以上話すことはない、と言うように踵を返すと、首を捻って聞いてくる。
「墓参りに来たんじゃないのか」
「こんな
「ピナコん家に帰るんだろ?俺もそっちなんだから、しょうが無いだろう………髪、伸ばしてるのか」
ふと、髪を結んだエドの後ろ姿を見て、余計な一言を付け加える。
「おそろいだ」
苛立ちが頂点に達したのか、髪を解いてすぐさま三つ編みに変え、凄まじい形相で振り返る。
「……………俺の若い頃にそっくりだ」
ズンズンと大股で歩くエドの後ろ姿を見つめながら、若い頃の面影と重ねてつぶやいた。
二人はそれ以降、一言も会話を交わさぬまま、夜になった。
開け放たれた扉から、ベッドに寝るエドを確認する。
幼い兄弟が自分に近寄るのをただ見ているばかりで、接し方がよくわからなかった。
部屋に入り、今なら可能なのかと思い、手を伸ばす。
「………」
伸ばす途中でどうしてもためらい、部屋を出た。
寝ていたと思われたエドは起きていて、悄然と立ち去る気配を背に、きつく眉を寄せていた。
リビングの淡い照明の下、ピナコと静かに晩酌する最中、ホーエンハイムは言った。
「人体錬成なんて…なんで誰もあいつらを叱ってやらなかったんだ」
「あの状況で叱れるものか。あんた親だろ、叱ってあげなよ」
ホーエンハイムは自分の役回りへの抗議として、無言で酒を
「……………どうやって叱っていいのかわからん」
「なんで電話の一本も入れてやらなかった!トリシャはずっと待ってたんだよ!」
リビングの隅に座るデンは、未だ警戒するように低い唸り声を漏らす。
人と人の間にある気持ちを熟知したピナコは、トリシャの死に涙する兄弟とキョウコの、誰よりも近い場所にいなかったのか咎める。
「あの子らだって
「母親を作る…か」
すると、デンはお座りしたままある方向を見つめ、そのままリビングを出るのを見つめながら、疑問を口にする。
「…ピナコ。あいつらが人体錬成で失敗してできたものの、後片付けしてくれたのはおまえだったな」
「ああ」
「本当にそれはトリシャだったのか」
「言っただろ、人の形をしていなかったって。あれをトリシャとはとても…」
「そうじゃなくて、たとえば瞳の色…声………髪の色…」
予想だにしない言葉に、ピナコは目を見開く。
思い出しただけでも吐き気しかしなかった。
――事情を知ったピナコが急いでエルリック家の居間に向かった時、それを見た瞬間、悪寒が走った。
――兄弟が錬成した母親は、全く見たこともない化け物の姿。
「…どういう事だい?あれはトリシャじゃなかった……?」
顔面も蒼白なピナコの胸に、不条理な怒りが吹き上がる。
「全く関係の無い物を作って、あの子らは身体を持ってかれて、瞳と髪の色を変えられたって言うのかい!?そんなひどい話があるかい!!」
ぎり、と歯が噛みしめられ、小さな目が歪む。
常に寛大に構えるピナコが、この時ばかりは動揺も露にうろたえている。
さっきとは打って変わって、見かけ以上の、歳月を経た深さを満たして、ホーエンハイムは視線を後ろに流す。
そこには、父の後を追って話に傾けていたエドが、金の相貌に動揺と驚きを表していた。
取り乱し寸前の蒼白な顔で、自分の全てが張りを失う。
「エド!まだ寝てんのかい!?親父さんが出ちまうよ!!」
ロックベル家のリビングで、ピナコは二階に向けて声を張り上げた。
いくら声をかけても、エドが起きる気配はない。
「起こして来ようか?」
「いいよ。もたもたしてたら、汽車に遅れる。世話になったな」
いつものグレーのスーツにコートを羽織って準備をする傍ら、コルクボードに飾られた写真が目に入った。
その中で、まだ幼いエドと赤ん坊のアルを抱くトリシャと自分の家族写真を指差す。
「この写真、もらっていいか?」
「どれでも好きなだけ、持って行きな」
「いや、この一枚でいい。四人で撮ったの、これしか無いんだ」
昔に撮った、一枚きりの、大切な家族の写真。
「……やっぱり二枚いる」
もう一枚、キョウコがエルリック家の家族になってから徐々に明るい反応を見せてきた頃の写真をピンから外す。
ピナコは、ずっと気になっていた、キョウコとの出会いについて訊ねた。
「どうしてキョウコを連れてこようと思ったんだい?」
十年ほど前、とある事件で天涯孤独となったキョウコを、ホーエンハイムが気まぐれで拾った。
以来、彼女は母親代わりとして子供達を育ててきた。
ホーエンハイムは少し黙って、自分の答えを整理する。
「……さぁな。俺にもわからないよ」
とだけ返し、言葉を継ぐ。
「ピナコ…おまえやっぱりいい奴だな。昔から何ひとつ変わらない俺を不審な目で見ることも無く、普通通り接してくれた。お礼にいい事を教えてやるよ。じきに酷い事がこの国で起こる。今のうちによその国へ逃げとけ」
二枚の写真を胸ポケットに収め、嫌味ではなく心底から気遣った。
そんな彼の言葉を、ピナコは不思議に思い、他国への移住を拒否する。
「…この国は年がら年中、酷い事だらけさ。なんで今更、逃げなきゃならないんだい。それにここを帰って来る場所にしてる奴らがいるんでね」
自らの道を選んだ子供達を見守り、いつでも故郷のリゼンブールで帰りを待つと告げる。
答えなどわかりきっているだろうに。
「…………忠告はしたぞ」
ホーエンハイムは神妙な表情で、じっとピナコの顔を見つめる。
「ホーエンハイム!たまにはご飯食べに帰っといでよ」
出立するホーエンハイムの背中に注がれる眼差しと口調が、彼女に対する信頼の印象をさらに強くした。
「残念だよピナコ。もうおまえのメシが食えなくなるなんて」
無表情な目の中に、微かに見える感情は、憐れみ。
彼のつぶやきは、確かに、心からの嘆きだった。
電話を終えて部屋に戻ると、リンとランファンが待っていた。
ウィンリィは病院にお見舞いに行ったアルに、キョウコの容態について訊ねる。
「キョウコ、元気だった?」
「うん、ちょっと無理しすぎたみたい。退院するまでには時間かかりそう」
「色々言いたい事はあるけど、とりあえずよかったーー」
安堵の息を吐くウィンリィ。
「………」
「どうしタ、ランファン?」
キョウコが無事だと聞いて仮面の奥で表情が緩むのを、リンは見逃さなかった。
「……あのお方が無事でいてくれて、よかったなト」
「あのお方?」
「あぁ、キョウコの事だネ。俺とランファンを助けてくれたかラ」
「はい………素敵でしタ、あの凛々しい横顔」
仮面越しにもわかる『女』の姿勢に、アルとウィンリィは顔を引きつらせた。
――フ…フラグが立った!!
最初は友好的な雰囲気ではないだったはずの自分を助けてもらったことで、微かに芽生える感情。
たった一日か二日でそこまでの気持ちを抱かせるキョウコの人たらしに脱帽する。
「な…なんて事…ていうか、キョウコも自分の事に関しては全く無自覚というか天然というか……」
「同性にモテながら、その事実にも気づかない……どんだけ鈍感なんだか」