第36話
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「――いつだ。どうしてヒューズ中佐は殺されたんだ、どうして、ロス少尉が…………」
(――エド!?)
ついにやって来てしまった。
キョウコは蒼白な顔に汗を滲ませ、逆上するエドの態度に困惑する。
――キョウコ、私に合わせてくれ。
声ではない、しかし目線だけを動かしたロイの涼やかな言葉が響いた。
キョウコは咄嗟に答えを返すことができなかった。
ロイが、誰が納得しなかったとしても、どのような結果に終わったとしても、その責任は全て責任者である自分が負うと、そう言ってるのだ。
――逃げるな、キョウコ。
――この私に、華麗に果敢に挑んだ時のように、気丈に振る舞ってくれ。
逃れる道は、全て塞がれてしまった。
また――ここまで訴えられて、逃げるつもりもなかった。
――わかりました、義務を果たします。
確かな意志をもって見据える構えを取ると、ロイはしっかりと頷いた。
「なんで黙ってた!!!」
それは完全に、衝動的な行為だった。
ロイがキョウコと目配せしたのと同時、苛立つ、という認識が彼の意識に届いた時には、既に両手は胸ぐらを掴んでいた。
「もーー、信じらんない!!鍵もかけないで飛び出して行くなんて、不用心にも程があるわ!!明かりも、つけっぱなし!!」
兄弟の部屋を訪れたウィンリィは、その乱雑さに憤慨する。
「ああもう、こんなに散らかして。どうして男の子ってこう………」
片付けようと部屋に入り、ホテルを出る際に黒髪の幼馴染みが告げた言葉が脳裏に過ぎる。
(――「あたしはエドやアルみたいに、隠し事はしないよ」――)
喜びに緩みかけたその表情を、しかし厳しさが打つ。
(――「でもね、真実は優しいものとは限らない。しっかり踏まえた上で、逃げずに受けとめるしかないの」――)
その時、彼女の明るい顔立ちから表情が消える。
テーブルに無造作に置かれた新聞を取り、ある事件についての記事を読む。
胸ぐらを掴まれたロイは目の前の少年を強く殴る。
乱れた襟元を直し、冷ややかに突き放した。
「上官に手を上げるか。身の程をみきまえろ」
血混じりの唾を吐き捨て、再び殴りかかるエドの腕を、キョウコが止める。
「上官に手を上げる事は許されない。腕を下ろして、エド」
いつも通り。
いつもと変わらない姿。
いつもと変わらないもの。
その価値を、彼は知らない。
「キョウコ、おまえ……!なんで平気なんだよ!なんでこんな空気、普通に吸えんだよ!」
「慣れてるからね。たかが人体の構成物質が焼けたくらいで、騒がないで。戦場は、これに血の臭いや硝煙の臭い、死臭、腐臭がしてたのよ?」
途端、エドは苦虫を噛み潰すような顔をする。
「キョウコ…おまえも知ってたのか?ヒューズ中佐の事」
「……ヒューズ准将よ。その言葉の意味、わかるでしょ?殉職して、地位が上がったの」
「知るか、そんな事!それよりも、なんで黙ってた!!おまえ、今までオレ達と一緒にいたのに、隠し事なんて……なんで!!」
今のエドは感情が先走っていて、冷静に物事が判断、処理できない状態だ。
そんな彼に、何を言っても無駄だろう。
「違和感を感じて、大佐から真実を訊かせてもらったの。黙ってたのは謝る、ゴメンなさい。でも、今は知る必要がないと判断したから言わなかった」
「知る必要がないだと!?」
「今のあなたが、何よりもそれを正しいと証明してくれている」
何故か、何か、許せない猛烈な怒りのようなものを湧き上がらせた。
「――っ!!」
今までのロイへの怒りも吹き飛ばし、弾かれたように彼女に振り向く。
心の中に生まれた勢いと力のまま、大声で目の前の少女を怒鳴りつけた。
「おまえは……おまえはオレ達の仲間じゃなかったのかよ!?ふざけんな!!」
一切の手加減なく放たれた怒気が、喧騒を静寂に塗り替える。
それは、彼に唯一残された彼女に期待した絶望。
「よーくわかったぜ…おまえはいつも、肝心な事を何も話さない!!オレはおまえを仲間だと思ってるのに……!!」
そうじゃない。
そんなわけないじゃない。
あなたはあたしの大切な人なのに、そんなこと思うわけない。
「兄さん!!なにやってるのさ!?」
後ろから遅れて駆けつけたアルが見た、キョウコの胸ぐらを掴むエド――この状況に驚き、兄を押さえ込む。
「だめだ、兄さん!!」
「はなせ、アル!!」
「だめだって!!何があったのか、知らないけど………」
だが、そんなものは彼の耳には届いても、意思には届かない。
「この野郎はロス少尉を!!」
「ロス少尉……!?」
エドの言葉に、アルはロスの焼死体を視界に入れ、炎に焼き砕かれた光景に息を呑む。
全てを理解したアルは、兄の代わりに言葉を紡いだ。
「どういう事ですか、大佐」
「ヒューズを殺したマリア・ロスが脱走し、射殺命令が出ていた。それだけだ」
「それじゃあ、なんの説明にもなってない!!」
悔しさを滲ませて、しかし強く、アルは声を張り上げる。
「ヒューズの死を隠していた事は謝ろう。しかし鋼の。いかなる状況としても、女性に暴力を振るうなど、男の風上にもおけん行為だ。子供だな」
ロイの冷ややかな言葉に、収まっていた憤怒が再び最高潮に達したエドを、慌ててアルが制す。
「兄さん!!」
夜に響き渡る喧騒に、何事かと訝しんだホームレスが足を止め、
「なんだ、ありゃ」
「うわっ!!」
その場を蹂躙していた焼死体に、引きつった声を漏らす。
エドの詰問から解放されたキョウコに、ロイの手が差し伸べられた。
その手を掴んで立ち上がる拍子に見えた、彼の顔。
怒りと憎しみが入り混じるような黄金の目。
だが、自分の行為を後悔するような戸惑いを含んだ複雑な表情。
(ゴメンなさい、そんな顔をさせてしまって。でも、今は謝れない。もう少し待ってて…全部話せる日が来るまで……)
微かに悲しみに揺らぐ漆黒の瞳を、ロイは見逃さなかった。
(――「とても、悲しそうなお顔をなさっています」――)
冷えた黒髪から覗かせる横顔を見つめながら、リザの言葉が過ぎり、独り言のようにつぶやく。
「…そうだな中尉。こいつはさすがに応えるよ」
ロイの放たれた劫火がロスを焼き尽くす。
圧力の実感を伴う凄まじい破裂音が爆ぜ溢れた。
キョウコの目はロスの焼死体を映さずに、憤怒の声を投げるエドを恐れもなく見据えている。
その非の打ち所のない美しい顔には、冷酷で残酷な感情が貼りつけられていた。
その一部始終を、バリーとリンが廃ビルの屋上から見下ろす。
「くそっ、予定外だ」
「どうすル?」
「人が集まって来た。このままとんずらするしかあるめェよ。行くぞ」
屋上を越え、二人は夜の闇に消えていった。
しばらくして憲兵が到着し、現場の検視に移り始めた。
一般人の立ち入りを禁じ、遺体を運ぶための布を調達する。
尋問を受けるエドは国家錬金術師の証である銀時計を見せる。
「あれが東方司令部から来た…そうか。隣は"氷の魔女"」
ダグラスは部下から、東方司令部から招聘されたロイと"氷の魔女"のキョウコだと聞かされ、粘つくような細められた眼差しを送る。
キョウコとロイは憲兵から事情聴取を調べられている。
ダグラスは二人に近づき、より詳細な説明を求める。
「憲兵司令部のダグラスだ。どういう事か、説明してくれ、マスタング大佐」
「抵抗すれば射殺して良しとの通達が出ていたはずだ。命令通り、抵抗されたから殺したまでだ」
「点数稼ぎにしては、張り切りすぎではないのか……"氷の魔女"まで出動させるとは」
「点数?中央の紳士は東の田舎者が出世するのが、そんなに気にくわんのかね。彼女は私の部下だ、何か問題でも?」
あからさまな嫌味に対し、こちらも挑発的に言い放った途端、忌々しそうに舌打ちを鳴らす。
「やりすぎだと言っているのだ!あれでは、誰だかわからんではないか!」
眼鏡の奥に潜む視線の先には、憲兵が運ぶ布に包まれた遺体があった。
ロスの死体が検死に出され、病院に移動したエド達は結果を待つ。
アームストロングも合流し、ヒューズの死を伝えなかったことに深く謝る。
「ヒューズ准将の死を伝えなかったのは、本当にすまなかった」
「賢者の石に関わりすぎたから殺された……」
だが、エドの出した声は辛苦の響き、悲痛な面持ちに満ちていた。
「……オレのせいだ、オレが巻き込んだ」
「おぬしのせいではない!思いつめてはいかん!」
「ウィンリィが、中佐に会えるの楽しみにしてたんだ。オレ、あいつになんて説明すればいい」
それに、ヒューズの死という事実は自分だけの問題ではない。
それら猛烈な、後悔にも似た未練を湧き上がらせる、悲しい道を想像するエドを、アームストロングはどう答えていいのか困惑する。
「お揃いか?」
すると、解剖室から鑑定医が出てきた。
死因不明の死体を検案または解剖して死因を明らかにする監察医解剖。
「なんせ、損傷がひどくてな。生前焼けか、死後焼けかの区別もつかん」
ロスの焼死体を担当したノックスは慣れたものなのか、こともなげに言う。
「では、本人ではないという可能性も…」
アームストロングの一縷の希望を、ノックスは頭を横に振った。
「いや、かろうじて残された歯の治療痕からマリア・ロスと断定した。ひでえもんだ、こんな別嬪 さんを炭クズのボロクソになるまで焼いちまいやがって。余程の恨みでもあるんだろうな」
火は彼女の顔を膨らませ、焦がし、肉を炭化させ、存在自体を消滅させていく。
まるで人としての尊厳の欠片もない焼き方だと言外に告げる。
全くもって、微塵の迷いも躊躇もない、勢いのよすぎる所業だった。
「なあ、マスタングさんよ」
鑑定結果のカルテを見ながら、顔色一つ変えずに椅子に座るロイに話しかけた。
「もう少し上手く焼いたらどうだ。鑑定医 の身にもなってみろや」
「久しぶりだったからな。加減がわからん」
「そっちにいる嬢ちゃん……"氷の魔女"だろ?どうなんだい?」
不安が、顔に出ていたのだろう。
上目遣いに、窺い見るように向けたエドの眼差しに、椅子に座ったロイの隣、立ったままのキョウコは落ち着いた口調で質問を返す。
「……"氷の魔女"として行動をする際、たとえ上官の命令でも取り消す事が可能――それは、力ずくで合意を取りつける事」
目を大きく見開いて驚きを表現するエドを横目に、キョウコは静かに、怜悧 そのものの美貌で続ける。
軍部でも、国家錬金術師でも知れ渡った有名な"氷の魔女"――その点の説明は、未だ彼らには詳しくしていない。
エドが当惑するのも当然のことだった。
「結果、あたしは大佐に負けました。その後の事は……言わなくてもご覧の通りです」
「イシュヴァール戦の英雄が親友の敵とはいえ、部下の制止を振り払って小娘相手にここまでやるたぁ。ヘドが出るね」
(――エド!?)
ついにやって来てしまった。
キョウコは蒼白な顔に汗を滲ませ、逆上するエドの態度に困惑する。
――キョウコ、私に合わせてくれ。
声ではない、しかし目線だけを動かしたロイの涼やかな言葉が響いた。
キョウコは咄嗟に答えを返すことができなかった。
ロイが、誰が納得しなかったとしても、どのような結果に終わったとしても、その責任は全て責任者である自分が負うと、そう言ってるのだ。
――逃げるな、キョウコ。
――この私に、華麗に果敢に挑んだ時のように、気丈に振る舞ってくれ。
逃れる道は、全て塞がれてしまった。
また――ここまで訴えられて、逃げるつもりもなかった。
――わかりました、義務を果たします。
確かな意志をもって見据える構えを取ると、ロイはしっかりと頷いた。
「なんで黙ってた!!!」
それは完全に、衝動的な行為だった。
ロイがキョウコと目配せしたのと同時、苛立つ、という認識が彼の意識に届いた時には、既に両手は胸ぐらを掴んでいた。
「もーー、信じらんない!!鍵もかけないで飛び出して行くなんて、不用心にも程があるわ!!明かりも、つけっぱなし!!」
兄弟の部屋を訪れたウィンリィは、その乱雑さに憤慨する。
「ああもう、こんなに散らかして。どうして男の子ってこう………」
片付けようと部屋に入り、ホテルを出る際に黒髪の幼馴染みが告げた言葉が脳裏に過ぎる。
(――「あたしはエドやアルみたいに、隠し事はしないよ」――)
喜びに緩みかけたその表情を、しかし厳しさが打つ。
(――「でもね、真実は優しいものとは限らない。しっかり踏まえた上で、逃げずに受けとめるしかないの」――)
その時、彼女の明るい顔立ちから表情が消える。
テーブルに無造作に置かれた新聞を取り、ある事件についての記事を読む。
胸ぐらを掴まれたロイは目の前の少年を強く殴る。
乱れた襟元を直し、冷ややかに突き放した。
「上官に手を上げるか。身の程をみきまえろ」
血混じりの唾を吐き捨て、再び殴りかかるエドの腕を、キョウコが止める。
「上官に手を上げる事は許されない。腕を下ろして、エド」
いつも通り。
いつもと変わらない姿。
いつもと変わらないもの。
その価値を、彼は知らない。
「キョウコ、おまえ……!なんで平気なんだよ!なんでこんな空気、普通に吸えんだよ!」
「慣れてるからね。たかが人体の構成物質が焼けたくらいで、騒がないで。戦場は、これに血の臭いや硝煙の臭い、死臭、腐臭がしてたのよ?」
途端、エドは苦虫を噛み潰すような顔をする。
「キョウコ…おまえも知ってたのか?ヒューズ中佐の事」
「……ヒューズ准将よ。その言葉の意味、わかるでしょ?殉職して、地位が上がったの」
「知るか、そんな事!それよりも、なんで黙ってた!!おまえ、今までオレ達と一緒にいたのに、隠し事なんて……なんで!!」
今のエドは感情が先走っていて、冷静に物事が判断、処理できない状態だ。
そんな彼に、何を言っても無駄だろう。
「違和感を感じて、大佐から真実を訊かせてもらったの。黙ってたのは謝る、ゴメンなさい。でも、今は知る必要がないと判断したから言わなかった」
「知る必要がないだと!?」
「今のあなたが、何よりもそれを正しいと証明してくれている」
何故か、何か、許せない猛烈な怒りのようなものを湧き上がらせた。
「――っ!!」
今までのロイへの怒りも吹き飛ばし、弾かれたように彼女に振り向く。
心の中に生まれた勢いと力のまま、大声で目の前の少女を怒鳴りつけた。
「おまえは……おまえはオレ達の仲間じゃなかったのかよ!?ふざけんな!!」
一切の手加減なく放たれた怒気が、喧騒を静寂に塗り替える。
それは、彼に唯一残された彼女に期待した絶望。
「よーくわかったぜ…おまえはいつも、肝心な事を何も話さない!!オレはおまえを仲間だと思ってるのに……!!」
そうじゃない。
そんなわけないじゃない。
あなたはあたしの大切な人なのに、そんなこと思うわけない。
「兄さん!!なにやってるのさ!?」
後ろから遅れて駆けつけたアルが見た、キョウコの胸ぐらを掴むエド――この状況に驚き、兄を押さえ込む。
「だめだ、兄さん!!」
「はなせ、アル!!」
「だめだって!!何があったのか、知らないけど………」
だが、そんなものは彼の耳には届いても、意思には届かない。
「この野郎はロス少尉を!!」
「ロス少尉……!?」
エドの言葉に、アルはロスの焼死体を視界に入れ、炎に焼き砕かれた光景に息を呑む。
全てを理解したアルは、兄の代わりに言葉を紡いだ。
「どういう事ですか、大佐」
「ヒューズを殺したマリア・ロスが脱走し、射殺命令が出ていた。それだけだ」
「それじゃあ、なんの説明にもなってない!!」
悔しさを滲ませて、しかし強く、アルは声を張り上げる。
「ヒューズの死を隠していた事は謝ろう。しかし鋼の。いかなる状況としても、女性に暴力を振るうなど、男の風上にもおけん行為だ。子供だな」
ロイの冷ややかな言葉に、収まっていた憤怒が再び最高潮に達したエドを、慌ててアルが制す。
「兄さん!!」
夜に響き渡る喧騒に、何事かと訝しんだホームレスが足を止め、
「なんだ、ありゃ」
「うわっ!!」
その場を蹂躙していた焼死体に、引きつった声を漏らす。
エドの詰問から解放されたキョウコに、ロイの手が差し伸べられた。
その手を掴んで立ち上がる拍子に見えた、彼の顔。
怒りと憎しみが入り混じるような黄金の目。
だが、自分の行為を後悔するような戸惑いを含んだ複雑な表情。
(ゴメンなさい、そんな顔をさせてしまって。でも、今は謝れない。もう少し待ってて…全部話せる日が来るまで……)
微かに悲しみに揺らぐ漆黒の瞳を、ロイは見逃さなかった。
(――「とても、悲しそうなお顔をなさっています」――)
冷えた黒髪から覗かせる横顔を見つめながら、リザの言葉が過ぎり、独り言のようにつぶやく。
「…そうだな中尉。こいつはさすがに応えるよ」
ロイの放たれた劫火がロスを焼き尽くす。
圧力の実感を伴う凄まじい破裂音が爆ぜ溢れた。
キョウコの目はロスの焼死体を映さずに、憤怒の声を投げるエドを恐れもなく見据えている。
その非の打ち所のない美しい顔には、冷酷で残酷な感情が貼りつけられていた。
その一部始終を、バリーとリンが廃ビルの屋上から見下ろす。
「くそっ、予定外だ」
「どうすル?」
「人が集まって来た。このままとんずらするしかあるめェよ。行くぞ」
屋上を越え、二人は夜の闇に消えていった。
しばらくして憲兵が到着し、現場の検視に移り始めた。
一般人の立ち入りを禁じ、遺体を運ぶための布を調達する。
尋問を受けるエドは国家錬金術師の証である銀時計を見せる。
「あれが東方司令部から来た…そうか。隣は"氷の魔女"」
ダグラスは部下から、東方司令部から招聘されたロイと"氷の魔女"のキョウコだと聞かされ、粘つくような細められた眼差しを送る。
キョウコとロイは憲兵から事情聴取を調べられている。
ダグラスは二人に近づき、より詳細な説明を求める。
「憲兵司令部のダグラスだ。どういう事か、説明してくれ、マスタング大佐」
「抵抗すれば射殺して良しとの通達が出ていたはずだ。命令通り、抵抗されたから殺したまでだ」
「点数稼ぎにしては、張り切りすぎではないのか……"氷の魔女"まで出動させるとは」
「点数?中央の紳士は東の田舎者が出世するのが、そんなに気にくわんのかね。彼女は私の部下だ、何か問題でも?」
あからさまな嫌味に対し、こちらも挑発的に言い放った途端、忌々しそうに舌打ちを鳴らす。
「やりすぎだと言っているのだ!あれでは、誰だかわからんではないか!」
眼鏡の奥に潜む視線の先には、憲兵が運ぶ布に包まれた遺体があった。
ロスの死体が検死に出され、病院に移動したエド達は結果を待つ。
アームストロングも合流し、ヒューズの死を伝えなかったことに深く謝る。
「ヒューズ准将の死を伝えなかったのは、本当にすまなかった」
「賢者の石に関わりすぎたから殺された……」
だが、エドの出した声は辛苦の響き、悲痛な面持ちに満ちていた。
「……オレのせいだ、オレが巻き込んだ」
「おぬしのせいではない!思いつめてはいかん!」
「ウィンリィが、中佐に会えるの楽しみにしてたんだ。オレ、あいつになんて説明すればいい」
それに、ヒューズの死という事実は自分だけの問題ではない。
それら猛烈な、後悔にも似た未練を湧き上がらせる、悲しい道を想像するエドを、アームストロングはどう答えていいのか困惑する。
「お揃いか?」
すると、解剖室から鑑定医が出てきた。
死因不明の死体を検案または解剖して死因を明らかにする監察医解剖。
「なんせ、損傷がひどくてな。生前焼けか、死後焼けかの区別もつかん」
ロスの焼死体を担当したノックスは慣れたものなのか、こともなげに言う。
「では、本人ではないという可能性も…」
アームストロングの一縷の希望を、ノックスは頭を横に振った。
「いや、かろうじて残された歯の治療痕からマリア・ロスと断定した。ひでえもんだ、こんな
火は彼女の顔を膨らませ、焦がし、肉を炭化させ、存在自体を消滅させていく。
まるで人としての尊厳の欠片もない焼き方だと言外に告げる。
全くもって、微塵の迷いも躊躇もない、勢いのよすぎる所業だった。
「なあ、マスタングさんよ」
鑑定結果のカルテを見ながら、顔色一つ変えずに椅子に座るロイに話しかけた。
「もう少し上手く焼いたらどうだ。
「久しぶりだったからな。加減がわからん」
「そっちにいる嬢ちゃん……"氷の魔女"だろ?どうなんだい?」
不安が、顔に出ていたのだろう。
上目遣いに、窺い見るように向けたエドの眼差しに、椅子に座ったロイの隣、立ったままのキョウコは落ち着いた口調で質問を返す。
「……"氷の魔女"として行動をする際、たとえ上官の命令でも取り消す事が可能――それは、力ずくで合意を取りつける事」
目を大きく見開いて驚きを表現するエドを横目に、キョウコは静かに、
軍部でも、国家錬金術師でも知れ渡った有名な"氷の魔女"――その点の説明は、未だ彼らには詳しくしていない。
エドが当惑するのも当然のことだった。
「結果、あたしは大佐に負けました。その後の事は……言わなくてもご覧の通りです」
「イシュヴァール戦の英雄が親友の敵とはいえ、部下の制止を振り払って小娘相手にここまでやるたぁ。ヘドが出るね」