第35話
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中央駅のホームに下りた。
雑踏の流れから外れて、駅の出口から一直線に延びる大通りや、広がる中央の街並み。
エド達は多くの人とすれ違いながら歩き出す。
「さて!先に軍部に顔出してくるか。ヒューズ中佐って軍法会議所だよな?」
「うん」
不意に、アルは声を潜めて賢者の石について問いかける。
「…あれから賢者の石の情報集めしてくれるかな」
「うーん…どうかなぁ。大総統に釘刺されてるし」
無意識に眉をひそめてしまいそうになったが、キョウコは意識して表情の変化を差し止めた。
過敏な反応を見られて警戒されたくなかったからだが、エドがキョウコに目を向けた。
唇を引き結び、無言を通した。
どう話しかければいいのかわからない、口を開けば何を言うか自分でもわからないからだった。
「何?なんの話?」
ウィンリィが訝しげに声をかけたのはその直後。
兄弟が顔を寄せ合っているのを発見したからだ。
「男同士の話!」
突っぱねた物言いに、ウィンリィは一瞬、怯んだ。
だがすぐに勝ち気そうな瞳をつり上げ、ムッとした声で言い返す。
「もーー、いつもそれだし!あ、キョウコは女の子だから問題無いよね!」
ウィンリィは振り返ってキョウコに目配せした。
「ね、キョウコ、教えて!」
「キョウコ、ぜってー言うなよ!」
ウィンリィに続いて、エドが口止めを求める。
自分へ向けられる幼馴染み二人の視線に、キョウコは考え込んだ。
答えが出たらしく、金髪の少女の方へ歩み寄ると、微笑みながら告げる。
「ごめんね、エド。あたし、女の子だから」
ウィンリィはフフンと勝ち誇った表情で、キョウコの腕に自分の腕を絡めた。
「兄さん諦めなよ。あの最強コンビには敵わないって」
「ぐっ…」
悔しそうに顔をしかめる彼の前に、黒装束の二人組が訊ねた。
「おイ!若はどこダ。貴様ら、ずっと一緒だったはずだゾ」
人々は目の前で奇異を振り撒く集団に目線を流しながら歩き続ける。
なにせ駅のホームの真ん中に、
「モデル…?」
「鎧…」
「お面…」
「芸人…?」
小柄な黒髪美少女、等身大の鎧、仮面をつけた黒装束が堂々といるのだ。
どうにも異様な雰囲気があるため、近づく者はいない。
それでも皆、遠巻きに観察している。
――いない!!
そこで、初めてリンの存在を思い出したエド達は、周りに彼の姿が見えないことに気がついた。
――また行方不明………。
落胆する二人を残して、エド達は先を進む。
「せーせーした!行くぞ!」
「はーーーい」
その頃、道端で倒れるリンの周りに人だかりができていた。
そんな彼の両脇に、二人の憲兵がしゃがみ込む。
「おい…大丈夫か?」
「メシ………」
「あーあ、行きだおれかよ。どこの者だ?」
「何?シンから来た?入国証は?」
質問に答えることができないリンの額から、大量の汗が流れ落ちていく。
アメストリスからの入国手続きを済ませておらず、密航していたことが判明し、憲兵に連行される。
「はいはい、どいた、どいたー」
「不法入国者のお通りだよー」
「タスケテーーーー」
憲兵に連れられるリンの様子を、
「あら、まぁ」
周囲の者は訝しげな表情で見つめていた。
目的地である軍法会議所に到着すると、門番が立っており、その中で一際目立つ綺麗な金髪の軍人を発見し、エドは目を丸くする。
「あれー?ホークアイ中尉がいる!」
「リザさん!」
軍人から書類を受け取ったリザは振り向き、エド達に近寄る。
「あら!エドワード君、アルフォンス君、元気だった?!」
「うん、相変わらずだよ」
「キョウコちゃん、久しぶりね」
穏やかな表情で声をかけるリザに、キョウコも笑みを浮かべた。
「あ!!あの時のお姉さん!!」
親しげな様子を不思議そうに見ていたウィンリィが驚きの声をあげ、リザは視線を移して目を見張る。
「あなたたしか、リゼンブールの…」
「はい!ウィンリィです」
「すっかりキレイになって!」
「キョウコにはかないませんけど。リザさんは髪を伸ばしたんですね」
なんだか仲よさげに話し合う光景に、
「仲良しさん?」
「いつのまに」
兄弟は首を傾げる。
キョウコも意外感を覚えていた。
ウィンリィとリザは接点がなかったはず。
だが、6年前に二人が会話を交わしていたことを知らない。
「…待て!中尉がいるって事は…」
エドが悪寒を感じた途端、横から軍の車が停まった。
「やあ、キョウコ、鋼の」
助手席から飄々と出てきた人物に、エドはとても嫌そうな顔になり、キョウコは憂鬱げに美貌を曇らせる。
「あれ、大佐、こんにちは」
「あ」
アルは朗らかに挨拶し、ウィンリィはまたしても見覚えのある顔に声をあげる。
「なんだね、その嫌そうな顔は」
いつも通りの不機嫌さを表すエドにいつも通りの返事を返した後、ウィンリィの姿を捉え、すぐさま声をかける。
「やっ、これはかわいいお嬢さんだ。私はロイ・マスタング、地位は大佐だ。何?一度会っている?ああ、あの時のかわいらしい方。おどろいた、あまりにも美しく成長しているから気がつかなかった。世の男共が放ってはおかんだろうね、何か困った事があったらいつでも相談にのるよ。ははははははははははははははははは」
年上の男性から突然、声をかけられ、ウィンリィは恥ずかしさと困惑が混じった表情で頬を赤らめる。
客観的に見れば割とナンパに見える話し方と共に、とても初対面な態度とは思えない瞬間、キョウコは眉をつり上げて素早くウィンリィをロイから遠ざける。
「大佐、彼女はあたしの親友なんです!遊びのつもりで誘ってそのまま捨てるなんて、許しませんからね!」
激しい口調で食ってかかる彼女を、ロイは驚く素振りを見せたが、すぐに立ち直った。
「……妬いてるのかい?」
「なっ…妬いてなんかいません!あたしは大佐の魔の手からウィンリィを助けようと……!」
「……気持ちは嬉しいよ」
急にロイは悪戯っぽく微笑む。
キョウコを困らせて愉しもうと思いついた時の、遊び人めいた笑顔だった。
危険を察した時は、もう遅かった。
ロイは右手で細い腰を抱き寄せ、左手で白く滑らかな頬を撫でる。
「キョウコが怒ってくれるから、私はいつも君の可愛い顔を一番に見ていられる」
と囁く顔が近い。
「そっ、そういう事はやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!」
「さあ、何の事だったか。久しぶりに会った嬉しさで忘れたようだ」
キョウコの動揺を見透かしてか、ロイは妖しく微笑んでいる。
すぐに気づいたエドが不愉快そうに歪めた表情を近づける。
「なんで大佐がここにいるんだよ!!」
大人の余裕で微笑みかけるロイの腕から、ひょいっとキョウコが引き離される。
微かに眉をひそめたロイだったが、リザの方はそれどころではないというふうに険しく睨みつける。
ついさっきまでエド達に見せていた、穏やかな顔とは大違いの厳しい顔だった。
降参、と両手を挙げた動作に頷いてから、リザはキョウコの美貌を見つめて柔らかく微笑む。
気を取り直し、東方司令部から中央司令部に栄転になったことを伝える。
「先日、中央勤務になったのでな。今日はどうした」
「ああ、情報収集に来たんだ。賢者の石と人造人間について調べに来たんだけどさ」
「人造人間?無茶を言うな。『人を作るべからず』と命令している軍から、そんな情報がホイホイ出るものか」
ロイが言うのは、軍からの三大制限の一つである。
『人を作るべからず』ーー人間を作り私的な軍隊を持って、国を脅かす者が現れる事態を防ぐための規約を告げる。
「そりゃそーか」
エドは軍からの規約を思い返したように納得した。
「あ、そうだ、もう一つ。ヒューズ中佐にあいさつに行こうと思ってんだ」
「ヒューズさんは元気ですか?」
二人の口からその名を聞いた直後、ロイとリザの目が大きく見開かれた。
険しい表情で目を見開いたまま、ロイは何も知らないエド達の顔をじっと見つめる。
「――いない」
「は?」
その台詞には重要な情報が欠けていて、リザは顔を悲痛に歪めて、それを意識することもできず、エドは頓狂な声を漏らし、キョウコが単刀直入に訊ねる。
「どういう、意味ですか?」
「…………………………」
どれくらい経っただろうか、ロイは長い沈黙の後、重い口を開いた。
「…田舎に引っ込んだよ。近頃、中央 も物騒なんでな。夫人と子供を連れて、田舎に帰った。家業を継ぐそうだ。もう、中央にはいない」
その言葉を聞いて、エドは残念そうに頭を掻く。
「そっかー…残念だなぁ」
アルとウィンリィも揃って気落ちする。
「軍人て、あぶない仕事だもんね」
「会いたかったのになー。キョウコもそう思うでしょ?」
ウィンリィが話しかければ、キョウコは疑わしそうな目をロイに向けていた。
「………」
「キョウコ?」
だが、ロイの表情は断固として揺るがない。
先程から僅かな乱れも見せず、話題を変える。
「賢者の石と人造人間だったな。何か情報があったら、連絡しよう。行くぞ、中尉」
「はい」
リザに声をかけ、ロイは背を向ける際に言い残す。
「キョウコ、鋼の。先走って、無茶な事はするなよ」
「ああ、程々にしとくよ」
エドが相槌を打つ一方、キョウコには去り際の言葉が、重く、消しがたいものとして残った。
ヒューズは中央にはいない、妻子と共に田舎に引っ越したというロイの話を聞きながら、キョウコは不審感を胸に抱いていた。
(……違う、何か、違う……)
その不審の中に、思いを過ぎらせる。
ヒューズの名前を口に出した時の二人の様子に抱いた違和感が、次第に大きくなる。
うつむいていた顔を上げ、キョウコが口を開く。
「そういえばあたし、大佐に訊きたい事があったんだ」
「え?じゃあボク達も一緒に…」
「アル達は先にホテルに行ってて」
「でも…」
「大丈夫!まったく心配性なんだから」
答えるキョウコは、いつもの彼女だった。
にこやかに笑ってアルの横を通り過ぎた時、腕を掴まれた。
振り返れば、不安に揺れる瞳でエドが引き止める。
「キョウコ……」
「すぐ戻るから」
その微笑みに目を奪われたエドの腕から自分の腕を引き抜き、そのまま歩き出したキョウコの背中を、黙って見つめた。
「兄さん?」
「エド、どうしたのよ?」
「あいつ………」
エドは所在なさげなままに伸ばした手を、ぎゅっと握りしめる。
軍法会議所を出てから、リザは目を細めて厳しく指摘する。
「こんな時だけ、子供扱いですか」
「今は知る必要が無い。あの兄弟とキョウコにとって前進するのに邪魔なものはなるべく少ない方がいい」
カツコツ、と舗装に音を立てながら歩くロイは険しく眉を寄せて不必要なものだと斬り捨てる。
しかし、すぐに偉そうに言える立場ではないと自嘲した。
「………なんてな…私もアームストロング少佐の事をお人好しとは言っていられんな」
その場で足を止め、空を仰ぎ見る。
自分の日常から欠けたモノ――今立つ対面の、空白。
その大きさ深さに引きずられないよう、しっかり確固と立つ。
「キョウコにはもう、口を訊いてもらえんかもしれんな」
「大佐……」
「だが、それでも構わないさ。彼女にとって、障害となるものは全て取り除くまでだ」
リザは言いかけて、踏みとどまり……思った通りの言葉を、別の意味で返した。
「本当に、キョウコちゃんがそれを望んでると思いですか?」
当然、ロイは別の意味で訝しみ、本音を隠した。
「……何が言いたい?」
「いえ」
屹立が、ようやく張りつめていたものを緩める。
雑踏の流れから外れて、駅の出口から一直線に延びる大通りや、広がる中央の街並み。
エド達は多くの人とすれ違いながら歩き出す。
「さて!先に軍部に顔出してくるか。ヒューズ中佐って軍法会議所だよな?」
「うん」
不意に、アルは声を潜めて賢者の石について問いかける。
「…あれから賢者の石の情報集めしてくれるかな」
「うーん…どうかなぁ。大総統に釘刺されてるし」
無意識に眉をひそめてしまいそうになったが、キョウコは意識して表情の変化を差し止めた。
過敏な反応を見られて警戒されたくなかったからだが、エドがキョウコに目を向けた。
唇を引き結び、無言を通した。
どう話しかければいいのかわからない、口を開けば何を言うか自分でもわからないからだった。
「何?なんの話?」
ウィンリィが訝しげに声をかけたのはその直後。
兄弟が顔を寄せ合っているのを発見したからだ。
「男同士の話!」
突っぱねた物言いに、ウィンリィは一瞬、怯んだ。
だがすぐに勝ち気そうな瞳をつり上げ、ムッとした声で言い返す。
「もーー、いつもそれだし!あ、キョウコは女の子だから問題無いよね!」
ウィンリィは振り返ってキョウコに目配せした。
「ね、キョウコ、教えて!」
「キョウコ、ぜってー言うなよ!」
ウィンリィに続いて、エドが口止めを求める。
自分へ向けられる幼馴染み二人の視線に、キョウコは考え込んだ。
答えが出たらしく、金髪の少女の方へ歩み寄ると、微笑みながら告げる。
「ごめんね、エド。あたし、女の子だから」
ウィンリィはフフンと勝ち誇った表情で、キョウコの腕に自分の腕を絡めた。
「兄さん諦めなよ。あの最強コンビには敵わないって」
「ぐっ…」
悔しそうに顔をしかめる彼の前に、黒装束の二人組が訊ねた。
「おイ!若はどこダ。貴様ら、ずっと一緒だったはずだゾ」
人々は目の前で奇異を振り撒く集団に目線を流しながら歩き続ける。
なにせ駅のホームの真ん中に、
「モデル…?」
「鎧…」
「お面…」
「芸人…?」
小柄な黒髪美少女、等身大の鎧、仮面をつけた黒装束が堂々といるのだ。
どうにも異様な雰囲気があるため、近づく者はいない。
それでも皆、遠巻きに観察している。
――いない!!
そこで、初めてリンの存在を思い出したエド達は、周りに彼の姿が見えないことに気がついた。
――また行方不明………。
落胆する二人を残して、エド達は先を進む。
「せーせーした!行くぞ!」
「はーーーい」
その頃、道端で倒れるリンの周りに人だかりができていた。
そんな彼の両脇に、二人の憲兵がしゃがみ込む。
「おい…大丈夫か?」
「メシ………」
「あーあ、行きだおれかよ。どこの者だ?」
「何?シンから来た?入国証は?」
質問に答えることができないリンの額から、大量の汗が流れ落ちていく。
アメストリスからの入国手続きを済ませておらず、密航していたことが判明し、憲兵に連行される。
「はいはい、どいた、どいたー」
「不法入国者のお通りだよー」
「タスケテーーーー」
憲兵に連れられるリンの様子を、
「あら、まぁ」
周囲の者は訝しげな表情で見つめていた。
目的地である軍法会議所に到着すると、門番が立っており、その中で一際目立つ綺麗な金髪の軍人を発見し、エドは目を丸くする。
「あれー?ホークアイ中尉がいる!」
「リザさん!」
軍人から書類を受け取ったリザは振り向き、エド達に近寄る。
「あら!エドワード君、アルフォンス君、元気だった?!」
「うん、相変わらずだよ」
「キョウコちゃん、久しぶりね」
穏やかな表情で声をかけるリザに、キョウコも笑みを浮かべた。
「あ!!あの時のお姉さん!!」
親しげな様子を不思議そうに見ていたウィンリィが驚きの声をあげ、リザは視線を移して目を見張る。
「あなたたしか、リゼンブールの…」
「はい!ウィンリィです」
「すっかりキレイになって!」
「キョウコにはかないませんけど。リザさんは髪を伸ばしたんですね」
なんだか仲よさげに話し合う光景に、
「仲良しさん?」
「いつのまに」
兄弟は首を傾げる。
キョウコも意外感を覚えていた。
ウィンリィとリザは接点がなかったはず。
だが、6年前に二人が会話を交わしていたことを知らない。
「…待て!中尉がいるって事は…」
エドが悪寒を感じた途端、横から軍の車が停まった。
「やあ、キョウコ、鋼の」
助手席から飄々と出てきた人物に、エドはとても嫌そうな顔になり、キョウコは憂鬱げに美貌を曇らせる。
「あれ、大佐、こんにちは」
「あ」
アルは朗らかに挨拶し、ウィンリィはまたしても見覚えのある顔に声をあげる。
「なんだね、その嫌そうな顔は」
いつも通りの不機嫌さを表すエドにいつも通りの返事を返した後、ウィンリィの姿を捉え、すぐさま声をかける。
「やっ、これはかわいいお嬢さんだ。私はロイ・マスタング、地位は大佐だ。何?一度会っている?ああ、あの時のかわいらしい方。おどろいた、あまりにも美しく成長しているから気がつかなかった。世の男共が放ってはおかんだろうね、何か困った事があったらいつでも相談にのるよ。ははははははははははははははははは」
年上の男性から突然、声をかけられ、ウィンリィは恥ずかしさと困惑が混じった表情で頬を赤らめる。
客観的に見れば割とナンパに見える話し方と共に、とても初対面な態度とは思えない瞬間、キョウコは眉をつり上げて素早くウィンリィをロイから遠ざける。
「大佐、彼女はあたしの親友なんです!遊びのつもりで誘ってそのまま捨てるなんて、許しませんからね!」
激しい口調で食ってかかる彼女を、ロイは驚く素振りを見せたが、すぐに立ち直った。
「……妬いてるのかい?」
「なっ…妬いてなんかいません!あたしは大佐の魔の手からウィンリィを助けようと……!」
「……気持ちは嬉しいよ」
急にロイは悪戯っぽく微笑む。
キョウコを困らせて愉しもうと思いついた時の、遊び人めいた笑顔だった。
危険を察した時は、もう遅かった。
ロイは右手で細い腰を抱き寄せ、左手で白く滑らかな頬を撫でる。
「キョウコが怒ってくれるから、私はいつも君の可愛い顔を一番に見ていられる」
と囁く顔が近い。
「そっ、そういう事はやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか!」
「さあ、何の事だったか。久しぶりに会った嬉しさで忘れたようだ」
キョウコの動揺を見透かしてか、ロイは妖しく微笑んでいる。
すぐに気づいたエドが不愉快そうに歪めた表情を近づける。
「なんで大佐がここにいるんだよ!!」
大人の余裕で微笑みかけるロイの腕から、ひょいっとキョウコが引き離される。
微かに眉をひそめたロイだったが、リザの方はそれどころではないというふうに険しく睨みつける。
ついさっきまでエド達に見せていた、穏やかな顔とは大違いの厳しい顔だった。
降参、と両手を挙げた動作に頷いてから、リザはキョウコの美貌を見つめて柔らかく微笑む。
気を取り直し、東方司令部から中央司令部に栄転になったことを伝える。
「先日、中央勤務になったのでな。今日はどうした」
「ああ、情報収集に来たんだ。賢者の石と人造人間について調べに来たんだけどさ」
「人造人間?無茶を言うな。『人を作るべからず』と命令している軍から、そんな情報がホイホイ出るものか」
ロイが言うのは、軍からの三大制限の一つである。
『人を作るべからず』ーー人間を作り私的な軍隊を持って、国を脅かす者が現れる事態を防ぐための規約を告げる。
「そりゃそーか」
エドは軍からの規約を思い返したように納得した。
「あ、そうだ、もう一つ。ヒューズ中佐にあいさつに行こうと思ってんだ」
「ヒューズさんは元気ですか?」
二人の口からその名を聞いた直後、ロイとリザの目が大きく見開かれた。
険しい表情で目を見開いたまま、ロイは何も知らないエド達の顔をじっと見つめる。
「――いない」
「は?」
その台詞には重要な情報が欠けていて、リザは顔を悲痛に歪めて、それを意識することもできず、エドは頓狂な声を漏らし、キョウコが単刀直入に訊ねる。
「どういう、意味ですか?」
「…………………………」
どれくらい経っただろうか、ロイは長い沈黙の後、重い口を開いた。
「…田舎に引っ込んだよ。近頃、
その言葉を聞いて、エドは残念そうに頭を掻く。
「そっかー…残念だなぁ」
アルとウィンリィも揃って気落ちする。
「軍人て、あぶない仕事だもんね」
「会いたかったのになー。キョウコもそう思うでしょ?」
ウィンリィが話しかければ、キョウコは疑わしそうな目をロイに向けていた。
「………」
「キョウコ?」
だが、ロイの表情は断固として揺るがない。
先程から僅かな乱れも見せず、話題を変える。
「賢者の石と人造人間だったな。何か情報があったら、連絡しよう。行くぞ、中尉」
「はい」
リザに声をかけ、ロイは背を向ける際に言い残す。
「キョウコ、鋼の。先走って、無茶な事はするなよ」
「ああ、程々にしとくよ」
エドが相槌を打つ一方、キョウコには去り際の言葉が、重く、消しがたいものとして残った。
ヒューズは中央にはいない、妻子と共に田舎に引っ越したというロイの話を聞きながら、キョウコは不審感を胸に抱いていた。
(……違う、何か、違う……)
その不審の中に、思いを過ぎらせる。
ヒューズの名前を口に出した時の二人の様子に抱いた違和感が、次第に大きくなる。
うつむいていた顔を上げ、キョウコが口を開く。
「そういえばあたし、大佐に訊きたい事があったんだ」
「え?じゃあボク達も一緒に…」
「アル達は先にホテルに行ってて」
「でも…」
「大丈夫!まったく心配性なんだから」
答えるキョウコは、いつもの彼女だった。
にこやかに笑ってアルの横を通り過ぎた時、腕を掴まれた。
振り返れば、不安に揺れる瞳でエドが引き止める。
「キョウコ……」
「すぐ戻るから」
その微笑みに目を奪われたエドの腕から自分の腕を引き抜き、そのまま歩き出したキョウコの背中を、黙って見つめた。
「兄さん?」
「エド、どうしたのよ?」
「あいつ………」
エドは所在なさげなままに伸ばした手を、ぎゅっと握りしめる。
軍法会議所を出てから、リザは目を細めて厳しく指摘する。
「こんな時だけ、子供扱いですか」
「今は知る必要が無い。あの兄弟とキョウコにとって前進するのに邪魔なものはなるべく少ない方がいい」
カツコツ、と舗装に音を立てながら歩くロイは険しく眉を寄せて不必要なものだと斬り捨てる。
しかし、すぐに偉そうに言える立場ではないと自嘲した。
「………なんてな…私もアームストロング少佐の事をお人好しとは言っていられんな」
その場で足を止め、空を仰ぎ見る。
自分の日常から欠けたモノ――今立つ対面の、空白。
その大きさ深さに引きずられないよう、しっかり確固と立つ。
「キョウコにはもう、口を訊いてもらえんかもしれんな」
「大佐……」
「だが、それでも構わないさ。彼女にとって、障害となるものは全て取り除くまでだ」
リザは言いかけて、踏みとどまり……思った通りの言葉を、別の意味で返した。
「本当に、キョウコちゃんがそれを望んでると思いですか?」
当然、ロイは別の意味で訝しみ、本音を隠した。
「……何が言いたい?」
「いえ」
屹立が、ようやく張りつめていたものを緩める。