第30話
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狭い路地に張られた柵越しに、若い二人組が集まる。
「なんだ、なんだ」
「なんで軍人がこんな所にいるんだよ」
「立入禁止だ。よそへ回れ」
「えーー、マジかよ」
眉をしかめる二人に紛れて、ボロボロのマントを頭から纏ったビドーが様子を窺う。
(どうなってんだよぉ……まさか、合成獣人間 を狩りに来たのか…?グリードさん…)
軍から逃げ出した自分達を身勝手に始末する軍人に戦慄し、裏の世界でしか生きることのできない自分達を部下にしてくれたグリードを危惧する。
瓦礫の山に埋もれ、血を流して倒れる男達の凄惨な場面に遭遇した軍人は顔をしかめる。
「なんとも、すさまじいね」
「人間技じゃねぇよ」
「どっちが?」
合成獣人間達が、ありったけの力を振り絞って死闘を繰り広げる。
次の瞬間、その場は死と破壊の嵐が渦巻く地獄と化した。
姿が霞 むような超神速で剣を振るい、絶対零度の冷気が吹き荒れる。
「こいつらも、大総統も。"氷の魔女"は初めて見たけど、噂通りだ」
「はは…アームストロング少佐もな」
「しかし、皆殺しとは…後味悪いねぇ…」
気の萎えるように話し合うすぐ背後で、乱れ荒げられる息遣い、口許からこぼれる血が落ち、ロアは起き上がる。
「う…わ」
意表をつかれ、銃のスライドに手こずっていると、巨岩をも一撃で砕く打撃が叩きつけられた。
地面が圧倒的な重量で抉られ、潰される。
「この…死にぞこないが……ッ!?」
もう一人が銃を構えた直後、斬撃の跡を身体に一線刻まれ、即死する。
「いでででで…」
気絶から覚めて、自分達の置かれた状況を思い出したロアは呼びかける。
「ドルチェット………行くぞ」
「おう」
それを感じて、ドルチェットはぶっきらぼうに応えた。
薄暗い地下水道を駆け回る、鈍い打撃音が間断なく響く。
「どうなってるの!?グリードさんは?」
鎧の中に閉じ込められたままのマーテルが出してくれと叩く音だ。
「…わからない。暗くてよく見えない」
「近づいてはダメよ。あたしの後ろにいて」
キョウコは駆け寄りそうになったアルを制して、鎧――その中にいるマーテルを睨みつける。
「あなたは、自分の心配をしたらどう?」
キョウコの美貌を窺ったアルは、そこに張りつめた緊迫感があるのに気づいて驚いた。
キョウコが――本気で殺そうとしている。
アルが知る誰よりも優しくて、凛々しくて、美しくて、何事も畏れない自信を持つ彼女が。
キョウコの緊張が伝わってきて、アルも鎧の身体を震わせる。
「これはお願いじゃない、命令なの。一刻も早く、アルの身体から出ていきなさい……風穴か凍りづけ、どっちがいい?」
「………っ!」
「キョウコ……!?」
「あたしの言葉が訊こえないのかしら」
キョウコの声は本気だった。
激しく震え始める空気――勿論、アルの意識にはそれがはっきり伝わってきた。
冷気の風が吹き抜ける。
キョウコの醸し出す独特な威圧感に気圧されながらも、リスクは承知でマーテルは煽ってみた。
「そんなに、この子が大切なのね。人々に恐れ、血も涙も、心さえも深く暗い闇の中へと自ら堕とすと言われている"氷の魔女"とあろう者が、感情を入れるなんて……」
刹那、キョウコの瞳が鋭く眇められ、ゆらりと前に進む。
それだけで、意思とは無関係に、マーテルの全身に悪寒が走った。
黒い袖から伸び、手袋で覆われた手が無言で近づくと鎧の中に潜り込み、マーテルを引きずり出そうとする。
その直前、アルの腕がキョウコの腕を弾いた。
「キョウコ!やめてくれ!」
悲痛に訴えるが、ひらめくスカートの中から拳銃を抜き、なんの容赦もなく照準を合わせた。
「あたしは、自分が生きてここにいる意味があれば、嫌われてもいいの」
悲しいとか辛いとか、痛みとか、流れるべき涙とか、楽しさも感動も溢れる笑顔も。
自分以外の誰かが当たり前に持つそれらは全て、いつかの昔に失くしてしまった。
ほんの少しの感情めいたものが申し訳程度にあるだけで『キョウコ·アルジェント』の中には、何もないのだ。
それを今まで、特別に不都合だと感じたことはないけれど。
「はぁ――っ!はぁ――っ!」
荒く息を吐いて、マーテルの額に汗が浮かぶ。
生きながらにして魔女に蹂躙される無残な人の姿が過ぎり、戦慄が走る。
相手の琴線に触れる話題を意図して選んだ。
事実、煽ったのだ。
まさか、我を忘れるほどに怒り狂ってしまうとは、思いもよらなかった。
完全に、見誤った。
その時、間断なく響いていた戦いの音が止まり、静寂が満ちる。
「闘いの音が止まった…」
キョウコは視線を周囲に静かに向ける。
微かな足音が聞こえ、アルは平静を装って声を張り上げた。
「……誰だ!?」
答えはない。
どこからも。
ただ、暗闇だけが二人を押し包んでいる。
気配を感じた方向に、無表情のグリードが現れた。
「あ」
刹那、彼の首に剣が貫通し、両腕がない状態のまま倒れる。
闇の中から、剣を突き立てたブラッドレイが現れた。
「グリードさ……」
「ダメだ!!」
マーテルが急いで顔を出すが、勢いよく頭部を閉められ、手が挟まる。
「うわぶ!!?」
再び閉じ込められたマーテルは激昂してアルに迫る。
「……っこの!開けなさい!!」
「だめだよ!!出たらあぶない!!」
「出しなさい!!」
「だめったらダメ!!」
しばらくアルとマーテルの押し問答が続く。
グリードの首から剣を抜き、冷ややかに細められた眼差しで訊ねた。
「これで15回は死んだか」
その右目は、眼帯で覆われていた。
「あと何回かね?ん?」
「て…め…」
口の端から血を流し、青筋を立てるグリードはかなり苛ついていた。
一切の無駄のない、神速の剣さばきで攻撃し、硬化も再生も発動を与えず、切り刻む。
「ああ、くそ。さっきの所でくたばってりゃ楽に死ねたなぁ、ロア」
すると、暗闇でもわかるほどに血みどろのロアとドルチェットが立っていた。
「まったく、ツいてねーー」
「尻尾を巻いて逃げてもいいぞ、ドルチェット」
「そうしたいところだが、ご主人様があんなじゃあな…いやになるぜ。犬ってのは忠誠心が強くってよぉ」
おぼつかない足取りでアルに近くと刀を振り下ろし、縛りつけていた手首の鎖を斬る。
「……何をするつもり?」
キョウコが眉を寄せて見つめると、せめて彼女だけでも逃がしてほしいという思いを込めて、言う。
「まだ、中にいるんだろ。そいつ、逃がしてやってくれ」
「たのんだぞ」
情けない姿を残していきたくなかった。
その預けた言葉を紡ぎ、最後まで強く在ろうとする後ろ姿を残して、飛びかかる。
「あっ…」
「無駄よ。あの二人、すでに死を覚悟してる」
獣のような絶叫が、慟哭が、地下水道に響き渡り、
「「ぬおおおおおおらあ」」
彼らは戦意に燃え、持てる力を振り絞り、全力で戦う。
「ロア!!」
脱出して加勢するため、マーテルは頭部を開けようとするが、
「……っ!?」
上からアルが押さえられ、我を忘れるほどの怒りが弾けた。
「ちょっと、ジャマしないで!!出しなさい!!」
「いやだ!!」
「あんたとここでやりあってるヒマは無いのよ!!開けろって言ってるの!!」
監視役として入り込んだ鎧の中は、もはや自分を閉じ込める檻でしかなかった。
その惨めな事実への認識が、一挙に解放された感情の大きさ熱さを許容できず、鎧を叩いて、この不甲斐ない、自分の力を感情を受け止めきれない拳にぶつける。
「ダメだよ!!出ちゃダメだ!!」
「うるさい!!開けなさい!!仲間がやられるのをだまって見てろっての!?」
彼らの疲労を知りながら、容赦も遠慮もせず、ブラッドレイは剣を繰り出す。
「出す訳にはいかない!!たのまれたんだ!!二人に!!」
「開けろ!!!」
「ダメだ!!」
雫が垂れるほど滲んだ血ごと強く握りしめ、涙をこぼして願う。
「開けてよ………!!お願いだから……!!」
マーテルが懇願する中、断固たる硬さで遮るアルは揺れて、苦悩する。
「ダメだ……出ちゃ……ダメだ……!!」
ドルチェットをいともたやすく両断すると、ロアが凄まじい形相で殴りかかる。
前髪の下からその様子を窺うキョウコは、彼女の揺らぐ様を冷酷に見つめた。
見つめ、銃を収める。
視線の先には、ほとんど無傷のブラッドレイと命の火が尽きた二人の光景。
時間がかかったものの、両腕の再生が終わったグリードが起き上がった。
「おいおい、ブラッドレイさんよ。どうしてくれんだ、俺の部下をこんなにしちまってよ」
「駒に情が移ったか。くだらん」
「情だぁ!?阿呆か!!俺を誰だと思ってんだ!!強欲のグリード様だぞ!?金も女も部下も何もかも、俺の所有物なんだよ、みんな、俺の物なんだよ。だから俺は、俺の所有物を見捨てねぇ!!なんせ欲が深いからなぁ!!」
未だ、声は熱い。
敗北を受け入れられないのではない。
後 れを取ったことを悔しく思っているわけでもない。
敗北してなお、欲に執着しているのである。
「強欲!!!ますます、くだらん!!!」
冷淡に吐き捨てると共に腰から四本の剣を抜くと、グリードの身体に切っ先を突き入れ、一気に貫く。
「しばらく、寝ているがよい」
グリードはバランスを崩し、重く冷たい水の中に倒れると、ブラッドレイは背を向けた。
ブラッドレイの迫力と凄まじい戦いに圧倒されたが、まずはこの場を逃げることを優先し、アルは一歩踏み出す。
(に……逃げなきゃ…………)
「待ちたまえ」
そこに、制止の声がかかった。
「エドワード君の弟だね。ケガは無いかね?手を貸そうか?ん?」
おそるおそる振り返れば、朗らかな笑みを浮かべたブラッドレイが手を差し伸べてきた。
「それとも、キョウコ・アルジェントの方がいいかね?」
「は…はい、大丈夫です。一人で帰れますから…じゃあ……」
「…………っ!!」
マーテルは、自分の愚かさに打ちひしがれ、突きつけられたものの重さにくじけ、後悔に深く沈んだり……しなかった。
彼女は必死に足掻いて、ブラッドレイの首を鷲掴む。
「だっ……だめだ、マーテルさん!!やめるんだ!!」
「ブラッドレイ!!!」
残った力を振り絞る、何も、何も、頭にない。
ただ敵に、冷酷に細められた片目で見つめるブラッドレイの首を、ギリギリと締め上げる。
「なんだ、なんだ」
「なんで軍人がこんな所にいるんだよ」
「立入禁止だ。よそへ回れ」
「えーー、マジかよ」
眉をしかめる二人に紛れて、ボロボロのマントを頭から纏ったビドーが様子を窺う。
(どうなってんだよぉ……まさか、
軍から逃げ出した自分達を身勝手に始末する軍人に戦慄し、裏の世界でしか生きることのできない自分達を部下にしてくれたグリードを危惧する。
瓦礫の山に埋もれ、血を流して倒れる男達の凄惨な場面に遭遇した軍人は顔をしかめる。
「なんとも、すさまじいね」
「人間技じゃねぇよ」
「どっちが?」
合成獣人間達が、ありったけの力を振り絞って死闘を繰り広げる。
次の瞬間、その場は死と破壊の嵐が渦巻く地獄と化した。
姿が
「こいつらも、大総統も。"氷の魔女"は初めて見たけど、噂通りだ」
「はは…アームストロング少佐もな」
「しかし、皆殺しとは…後味悪いねぇ…」
気の萎えるように話し合うすぐ背後で、乱れ荒げられる息遣い、口許からこぼれる血が落ち、ロアは起き上がる。
「う…わ」
意表をつかれ、銃のスライドに手こずっていると、巨岩をも一撃で砕く打撃が叩きつけられた。
地面が圧倒的な重量で抉られ、潰される。
「この…死にぞこないが……ッ!?」
もう一人が銃を構えた直後、斬撃の跡を身体に一線刻まれ、即死する。
「いでででで…」
気絶から覚めて、自分達の置かれた状況を思い出したロアは呼びかける。
「ドルチェット………行くぞ」
「おう」
それを感じて、ドルチェットはぶっきらぼうに応えた。
薄暗い地下水道を駆け回る、鈍い打撃音が間断なく響く。
「どうなってるの!?グリードさんは?」
鎧の中に閉じ込められたままのマーテルが出してくれと叩く音だ。
「…わからない。暗くてよく見えない」
「近づいてはダメよ。あたしの後ろにいて」
キョウコは駆け寄りそうになったアルを制して、鎧――その中にいるマーテルを睨みつける。
「あなたは、自分の心配をしたらどう?」
キョウコの美貌を窺ったアルは、そこに張りつめた緊迫感があるのに気づいて驚いた。
キョウコが――本気で殺そうとしている。
アルが知る誰よりも優しくて、凛々しくて、美しくて、何事も畏れない自信を持つ彼女が。
キョウコの緊張が伝わってきて、アルも鎧の身体を震わせる。
「これはお願いじゃない、命令なの。一刻も早く、アルの身体から出ていきなさい……風穴か凍りづけ、どっちがいい?」
「………っ!」
「キョウコ……!?」
「あたしの言葉が訊こえないのかしら」
キョウコの声は本気だった。
激しく震え始める空気――勿論、アルの意識にはそれがはっきり伝わってきた。
冷気の風が吹き抜ける。
キョウコの醸し出す独特な威圧感に気圧されながらも、リスクは承知でマーテルは煽ってみた。
「そんなに、この子が大切なのね。人々に恐れ、血も涙も、心さえも深く暗い闇の中へと自ら堕とすと言われている"氷の魔女"とあろう者が、感情を入れるなんて……」
刹那、キョウコの瞳が鋭く眇められ、ゆらりと前に進む。
それだけで、意思とは無関係に、マーテルの全身に悪寒が走った。
黒い袖から伸び、手袋で覆われた手が無言で近づくと鎧の中に潜り込み、マーテルを引きずり出そうとする。
その直前、アルの腕がキョウコの腕を弾いた。
「キョウコ!やめてくれ!」
悲痛に訴えるが、ひらめくスカートの中から拳銃を抜き、なんの容赦もなく照準を合わせた。
「あたしは、自分が生きてここにいる意味があれば、嫌われてもいいの」
悲しいとか辛いとか、痛みとか、流れるべき涙とか、楽しさも感動も溢れる笑顔も。
自分以外の誰かが当たり前に持つそれらは全て、いつかの昔に失くしてしまった。
ほんの少しの感情めいたものが申し訳程度にあるだけで『キョウコ·アルジェント』の中には、何もないのだ。
それを今まで、特別に不都合だと感じたことはないけれど。
「はぁ――っ!はぁ――っ!」
荒く息を吐いて、マーテルの額に汗が浮かぶ。
生きながらにして魔女に蹂躙される無残な人の姿が過ぎり、戦慄が走る。
相手の琴線に触れる話題を意図して選んだ。
事実、煽ったのだ。
まさか、我を忘れるほどに怒り狂ってしまうとは、思いもよらなかった。
完全に、見誤った。
その時、間断なく響いていた戦いの音が止まり、静寂が満ちる。
「闘いの音が止まった…」
キョウコは視線を周囲に静かに向ける。
微かな足音が聞こえ、アルは平静を装って声を張り上げた。
「……誰だ!?」
答えはない。
どこからも。
ただ、暗闇だけが二人を押し包んでいる。
気配を感じた方向に、無表情のグリードが現れた。
「あ」
刹那、彼の首に剣が貫通し、両腕がない状態のまま倒れる。
闇の中から、剣を突き立てたブラッドレイが現れた。
「グリードさ……」
「ダメだ!!」
マーテルが急いで顔を出すが、勢いよく頭部を閉められ、手が挟まる。
「うわぶ!!?」
再び閉じ込められたマーテルは激昂してアルに迫る。
「……っこの!開けなさい!!」
「だめだよ!!出たらあぶない!!」
「出しなさい!!」
「だめったらダメ!!」
しばらくアルとマーテルの押し問答が続く。
グリードの首から剣を抜き、冷ややかに細められた眼差しで訊ねた。
「これで15回は死んだか」
その右目は、眼帯で覆われていた。
「あと何回かね?ん?」
「て…め…」
口の端から血を流し、青筋を立てるグリードはかなり苛ついていた。
一切の無駄のない、神速の剣さばきで攻撃し、硬化も再生も発動を与えず、切り刻む。
「ああ、くそ。さっきの所でくたばってりゃ楽に死ねたなぁ、ロア」
すると、暗闇でもわかるほどに血みどろのロアとドルチェットが立っていた。
「まったく、ツいてねーー」
「尻尾を巻いて逃げてもいいぞ、ドルチェット」
「そうしたいところだが、ご主人様があんなじゃあな…いやになるぜ。犬ってのは忠誠心が強くってよぉ」
おぼつかない足取りでアルに近くと刀を振り下ろし、縛りつけていた手首の鎖を斬る。
「……何をするつもり?」
キョウコが眉を寄せて見つめると、せめて彼女だけでも逃がしてほしいという思いを込めて、言う。
「まだ、中にいるんだろ。そいつ、逃がしてやってくれ」
「たのんだぞ」
情けない姿を残していきたくなかった。
その預けた言葉を紡ぎ、最後まで強く在ろうとする後ろ姿を残して、飛びかかる。
「あっ…」
「無駄よ。あの二人、すでに死を覚悟してる」
獣のような絶叫が、慟哭が、地下水道に響き渡り、
「「ぬおおおおおおらあ」」
彼らは戦意に燃え、持てる力を振り絞り、全力で戦う。
「ロア!!」
脱出して加勢するため、マーテルは頭部を開けようとするが、
「……っ!?」
上からアルが押さえられ、我を忘れるほどの怒りが弾けた。
「ちょっと、ジャマしないで!!出しなさい!!」
「いやだ!!」
「あんたとここでやりあってるヒマは無いのよ!!開けろって言ってるの!!」
監視役として入り込んだ鎧の中は、もはや自分を閉じ込める檻でしかなかった。
その惨めな事実への認識が、一挙に解放された感情の大きさ熱さを許容できず、鎧を叩いて、この不甲斐ない、自分の力を感情を受け止めきれない拳にぶつける。
「ダメだよ!!出ちゃダメだ!!」
「うるさい!!開けなさい!!仲間がやられるのをだまって見てろっての!?」
彼らの疲労を知りながら、容赦も遠慮もせず、ブラッドレイは剣を繰り出す。
「出す訳にはいかない!!たのまれたんだ!!二人に!!」
「開けろ!!!」
「ダメだ!!」
雫が垂れるほど滲んだ血ごと強く握りしめ、涙をこぼして願う。
「開けてよ………!!お願いだから……!!」
マーテルが懇願する中、断固たる硬さで遮るアルは揺れて、苦悩する。
「ダメだ……出ちゃ……ダメだ……!!」
ドルチェットをいともたやすく両断すると、ロアが凄まじい形相で殴りかかる。
前髪の下からその様子を窺うキョウコは、彼女の揺らぐ様を冷酷に見つめた。
見つめ、銃を収める。
視線の先には、ほとんど無傷のブラッドレイと命の火が尽きた二人の光景。
時間がかかったものの、両腕の再生が終わったグリードが起き上がった。
「おいおい、ブラッドレイさんよ。どうしてくれんだ、俺の部下をこんなにしちまってよ」
「駒に情が移ったか。くだらん」
「情だぁ!?阿呆か!!俺を誰だと思ってんだ!!強欲のグリード様だぞ!?金も女も部下も何もかも、俺の所有物なんだよ、みんな、俺の物なんだよ。だから俺は、俺の所有物を見捨てねぇ!!なんせ欲が深いからなぁ!!」
未だ、声は熱い。
敗北を受け入れられないのではない。
敗北してなお、欲に執着しているのである。
「強欲!!!ますます、くだらん!!!」
冷淡に吐き捨てると共に腰から四本の剣を抜くと、グリードの身体に切っ先を突き入れ、一気に貫く。
「しばらく、寝ているがよい」
グリードはバランスを崩し、重く冷たい水の中に倒れると、ブラッドレイは背を向けた。
ブラッドレイの迫力と凄まじい戦いに圧倒されたが、まずはこの場を逃げることを優先し、アルは一歩踏み出す。
(に……逃げなきゃ…………)
「待ちたまえ」
そこに、制止の声がかかった。
「エドワード君の弟だね。ケガは無いかね?手を貸そうか?ん?」
おそるおそる振り返れば、朗らかな笑みを浮かべたブラッドレイが手を差し伸べてきた。
「それとも、キョウコ・アルジェントの方がいいかね?」
「は…はい、大丈夫です。一人で帰れますから…じゃあ……」
「…………っ!!」
マーテルは、自分の愚かさに打ちひしがれ、突きつけられたものの重さにくじけ、後悔に深く沈んだり……しなかった。
彼女は必死に足掻いて、ブラッドレイの首を鷲掴む。
「だっ……だめだ、マーテルさん!!やめるんだ!!」
「ブラッドレイ!!!」
残った力を振り絞る、何も、何も、頭にない。
ただ敵に、冷酷に細められた片目で見つめるブラッドレイの首を、ギリギリと締め上げる。