第29話
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武装した軍人達は、徹底して裏の人間を取り押さえ、抵抗する者には容赦ない仕打ちを与える。
「くそったれが……実験所には戻らねぇぞ」
無論、見られてはいけないものは速やかに処理され、闇の中へ葬り去られる。
見られてはいけないもの……それは物であり、人である。
「地下一階、制圧完了」
「ぎゃっ」
消される命。
淡々と仕事をこなす軍人は、命を壊すことにためらいなどない。
ただ、命を奪う理由ならある。
それが、自分達に与えられた任務だからだ。
「地下二階」
声を受けて、地下の奥へと突入する。
無人の、静まり返った部屋へと足を踏み入れ、警戒する彼らは不覚にも気づいていなかった。
真上にあるパイプに足を固定して、宙ぶらりんの状態で潜むドルチェットが不適な笑みを浮かべていることに。
刹那、ドルチェットの手にある刀が襲いかかり、二人の軍人の脇腹と肩を斬る。
「ぐおっ」
「やっぱ俺、強いよなぁ?なぁ!?」
「前!前!」
慌てふためく男が指差す先には、敵の出現に対応するため、銃を構える軍人がいた。
「げっ」
目を剥くほどの驚きを見せた瞬間、耳をつんざく破壊音と共に壁を貫き、飛び出した斧でロアは軍人を殴る。
「油断するな」
「おお、すまんな」
「一回は制圧された。裏口も、もうダメだ」
瓦礫に埋もれた軍人の手からショット銃を奪い、男に渡す。
「グリードさんは?」
「あの人なら、問題無いだろう。グリードさんが来るまで、この階を死守する」
「へいへい。死なん程度にがんばりますよ」
そうおどけてうそぶきながら、ドルチェットは刀を構えて、進軍してくる軍人達を迎え撃つ。
未だアルを探すキョウコは、鼻を突く酒の匂いと埃に包まれた通路を注意深く走る。
「軍の心得、基本中の基本、利用するものは利用する……」
胸の前で両手を合わせ、近くにあった黒いカーテンに添えた。
まばゆい錬成反応の後、一瞬で黒いコ-トに変わる。
錬成したばかりのコートに袖を通し、襟を立てる。
「さて……」
これで戦闘衣装は整った。
その時、キョウコの視線に見慣れた青い軍服が映った。
「あれは……」
険しい顔つきで話す軍人達。
それも、一人や二人ではない。
武器を片手に、何やら不穏な空気を漂わせているではないか。
軍隊の指揮を執るのは国の最高権力者、ブラッドレイ。
彼の後ろには、アームストロングを初めとして数々の猛者達が並び立つ。
異様な緊迫感に包まれた路地は、誰が見ても尋常ではないことが理解できた。
冷厳と下された命令。
要のない者は全て排除するというのが、今回の作戦だ。
しょせんは、大半がチンピラのような集団であり、鍛え抜かれた軍事と比べれば、その兵力は差がありすぎる。
ましてや、大総統に国家錬金術師が参戦するとなれば、結果は明らかだろう。
「大総統!」
その時、凜とした響きが全員の動きを止めた。
声の主は、彼らよりも小柄な少女。
しかし、圧倒的な存在感によって彼女の姿を確認した途端、順々に道を開けた。
その道をキョウコは歩き、ブラッドレイのもとまで辿り着く。
「キョウコ・アルジェント……」
アームストロングが何か言いたげだったが、キョウコはちらりとも見ずに通り過ぎる。
「これは、どういう状況なのですか?」
「鋼の錬金術師と、その弟……そして君が捕らえられているいると訊いて、ここを殲滅しにやって来たのだ」
「私も参戦させて下さい。多少の怪我はこのくらい、なんともありません」
黒いコートの中から覗くは、陶磁器のように美しく透き通るような白い肌。
ブラッドレイはそれを確認し、重々しく頷く。
「よろしい……では、いつも通り、自由に動きたまえ」
他の人間が下手に援護をしたり、中途半端な指揮を執れば、かえって"氷の魔女"の足を引っ張ることになる。
いかなる理由があっても"氷の魔女"の領域に不用意に踏み入れれば、味方であろうと氷づけにされる。
それは恐ろしくあるが、近づくことさえしなければ、味方として頼もしいことはない。
ゆえに"氷の魔女"の参戦を知った軍人達は、勝利の自信を確信へと変えた。
ただ一人、アームストロングを除いては。
(もはや、止められぬか……)
豪腕とは名ばかりの、無力な拳を震わせる。
優しさだけでは、彼女を救うことはできない。
時を同じくして、デビルズネストのさらに地下では、こちらも人知を超えた戦いがあった。
「死んだか?」
鋼の剣も折れ、右腕の機械鎧も壊れ、エドは満身創痍の体 をなしていた。
重傷にもかかわらず、
「ぺっ」
と血混じりの唾を吐き捨て、身を起こす。
震えが酷い。
まるで、今にも崩れ落ちそうな勢いだ。
「よし、いいぞ。子供は元気でなくちゃな」
ガン、と鈍い響きをあげて顔面に拳を叩き込むが、機械鎧の部品がさらに壊れるだけ。
「何度やっても、おまえは俺に勝てねぇよ」
グリードに顔面を鷲掴みにされ、恐ろしい勢いで投げ飛ばされた。
「……!!」
エドの身体は木箱にぶち当たり、物の壊れる音と共に、容赦なく切り裂き、叩いた。
グリードはボロボロになったエドの胸ぐらを掴み、前に掲げる。
「さぁて、魂の秘密を吐いてもらおうか」
「……」
その時、エドがぼそりとつぶやいた。
「あ?」
「ありがとよ」
「はあ?」
突然の礼にグリードが、硬化越しにもわかる胡乱の姿勢を見せた。
「頭に上ってた血が少ーし抜けて、脳味噌が冴えてきた。身体も少し軽くなった。さすが、うちの整備師だ。こんなんなっても、まだ動く」
全くの無傷……ではないものの、微かな音を響かせて、機械鎧が動く。
血みどろの中、金色の瞳が燦然 と燃える。
両手を合わせ、自分を掴み上げるグリードの腕に触れた。
「うお!?」
まばゆい錬成の光に咄嗟に腕を離し、エドは放り落とされる。
「……っ!?まだ抵抗するかよ。あーもう、これで…大人しく寝てろ!!」
呆れた溜め息をついて攻撃が迫ると同時に、エドは再び右腕を錬成、グリードの拳と衝突した。
斧と手っ甲に包まれた拳がぶつかり合い、錬金術が発動する。
「むう!!」
ロアの武器の斧は、アームストロングの銅像に錬成された。
「見たか!!これぞ我がアームストロング家に代々伝わりし、以下略!!!」
誇らしげに朗々と重ねる、お馴染みの台詞。
芝居がかった大仰な身振り手振りに、男達は呆れて物も言えなかった。
「…あーー。うむ、これは一筋縄ではいかにようだ。本気でやらせてもらう」
ロアも胡乱な表情で言葉を紡ぐと、使い物にならなくなった斧を捨て、おもむろに上着を脱ぐ。
直後、彼の身体が脈動した。
それは次第に大きくなっていき、身体そのものにも変化が現れ始めた。
ある者は猟犬のように素早く、ある者は闘牛のように力強い。
彼らは、人体実験によって廃棄された合成獣だ。
「…なんと面妖な…」
奇っ怪で鈍い音を立てながら、五指は徐々に形を崩し始め、表情は険しくなり、筋肉が肥大化していく。
変貌したロアが放つ、不気味なオーラと雄叫びは尋常ではなかった。
アームストロングが素早くしゃがむと、背後の壁がたやすく穿たれる。
「む!!」
破壊力に満ちる攻撃をかわし続け、カウンターで詰め寄り、顔面に拳を繰り出す。
「ふんッ!!」
完全に入った――だが、ロアはまだそこにある腕を掴むと、そのまま宙に高く持ち上げる。
一瞬の浮遊感。
勢いに任せた剛力が、アームストロングの身体を豪快に地面へ叩きつけた。
「む…ぬおっ!!?」
こちらの体格など無関係に叩きつけられ、重い衝撃が襲う。
痛みを感じる暇もなく、壁に挟まれ、引きずられる。
「おおおおお」
衝撃と鈍痛が全身を巡り、意識が飛びかける。
「おおおおおおおおお」
それを絶叫によって繋ぎ止め、地に足を打ち、反撃。
凄まじい殴り合いへと転化し、脇腹と頬に打ち込まれ、両者は地に倒れ込んだ。
アームストロングは目許の血を拭い、笑みを漏らす。
「ふふ……久しぶりに血湧き、肉躍る…!!」
「さすが、アームストロング殿。昔と変わらぬ豪腕よ。俺も…イシュヴァールの殲滅戦に一兵卒として参加していた」
するとロアは、アームストロングを知っている素振りを見せた。
合成獣達の中には、軍に在籍していた者……つまりは、元同志も混じっている。
「む…元同志か…ならば、なおさら!吾輩、無駄な殺生は好まぬ。投降せよ!」
同じ戦場で戦ってきた者達の存在。
それを知ったことで、無駄な殺生を嫌う彼は抵抗を止めて投降するよう、アームストロングは説得する。
「無理な注文だ!」
「少佐!そこを退 いてください!!」
援軍が銃を構え、退くよう呼びかけるが、アームストロングは応じない。
「少佐!!」
「おろかな!命を無駄にするな!!キング・ブラッドレイ大総統が来ておるのだぞ」
軍の最高指揮官のブラッドレイが最前線で指揮を執っている。
ドルチェットが素早く反応した。
「ブラッドレイ!?なんでそんな偉い奴が来てんだよ!!」
「それが何を意味しているか、わかるであろう」
「イシュヴァール殲滅を指示した奴だ。ここを徹底的に潰すつもりか」
ロアの言っていることは間違っていない。
動揺を色濃く浮かべ、ドルチェットは苦虫を噛み潰した顔で仲間達の生存を懸念する。
「じゃあ、店の奴ら、もう……」
――圧倒的な軍の勢力によって、男達の抵抗も虚しく制圧、もしくは殺されていく。
他の男達も一気に顔色が蒼白になり、声を荒げる。
「ロア!ヤバい相手だ!」
「む……」
「逃げるぞ。隠し通路へ走れ」
「お…おう…」
ドルチェットは仲間だけに聞こえるよう、小声で話す。
途端、鋭い痛みが走った。
「何をしている、アームストロング少佐」
剣。
背後、全く唐突に、ブラッドレイの握る剣が、ドルチェットの腹部を貫いていた。
「おっ…こ……の、な」
暗闇から伸びている剣は、彫像のように静止している。
「ドルチェット!!」
ロアは、この場に置かれた状況にではなく、仲間の危機に対して震え上がる怒りを覚えた。
「うおおおおおおお」
どうしようもない状況下、男が苦し紛れに引鉄を引き、ブラッドレイを撃つ。
素早く銃弾を避けると、あろうことか剣を放り投げた。
「なっ………」
「っ!?」
突然の行動に、敵も味方も唖然とする。
皆の視線は宙を舞う一本の剣に注がれ、ブラッドレイの後ろから地を蹴って跳んだ少女が空中で剣を掴んだ。
少女――キョウコは黒い瞳に驚愕に固まる男を映すと、そのまま大上段に振り下ろす。
全身から噴き出した血飛沫が、頬やコートに付着する。
それでも、キョウコは氷のような無表情を変えない。
「ブラッドレイィィィィィィ」
一方、キョウコの姿に一瞬、忘我していたロアが我に返るなり吠えていた。
「私がいきましょう……」
「いや、かまわんよ」
剣を構えるキョウコを下がらせると、ブラッドレイは腰に携えた剣を二本抜き、神速の速さで襲いかかるロアを逆に斬り捨てる。
「申し訳ありません。剣に血がついてしまいました」
「気にするな。それは、君に貸そう」
「はい」
キョウコは一礼すると、奥へと歩み出す。
「……キョウコ・アルジェント!!」
自ら闇へと堕ちていく彼女を、アームストロングは声を張り上げて止める。
しかし、キョウコは振り返ることはしない。
――その呼びかけに、価値があると思っての発言ですか。
――喚くなら、相応の責任を持って喚いてください。
「くそったれが……実験所には戻らねぇぞ」
無論、見られてはいけないものは速やかに処理され、闇の中へ葬り去られる。
見られてはいけないもの……それは物であり、人である。
「地下一階、制圧完了」
「ぎゃっ」
消される命。
淡々と仕事をこなす軍人は、命を壊すことにためらいなどない。
ただ、命を奪う理由ならある。
それが、自分達に与えられた任務だからだ。
「地下二階」
声を受けて、地下の奥へと突入する。
無人の、静まり返った部屋へと足を踏み入れ、警戒する彼らは不覚にも気づいていなかった。
真上にあるパイプに足を固定して、宙ぶらりんの状態で潜むドルチェットが不適な笑みを浮かべていることに。
刹那、ドルチェットの手にある刀が襲いかかり、二人の軍人の脇腹と肩を斬る。
「ぐおっ」
「やっぱ俺、強いよなぁ?なぁ!?」
「前!前!」
慌てふためく男が指差す先には、敵の出現に対応するため、銃を構える軍人がいた。
「げっ」
目を剥くほどの驚きを見せた瞬間、耳をつんざく破壊音と共に壁を貫き、飛び出した斧でロアは軍人を殴る。
「油断するな」
「おお、すまんな」
「一回は制圧された。裏口も、もうダメだ」
瓦礫に埋もれた軍人の手からショット銃を奪い、男に渡す。
「グリードさんは?」
「あの人なら、問題無いだろう。グリードさんが来るまで、この階を死守する」
「へいへい。死なん程度にがんばりますよ」
そうおどけてうそぶきながら、ドルチェットは刀を構えて、進軍してくる軍人達を迎え撃つ。
未だアルを探すキョウコは、鼻を突く酒の匂いと埃に包まれた通路を注意深く走る。
「軍の心得、基本中の基本、利用するものは利用する……」
胸の前で両手を合わせ、近くにあった黒いカーテンに添えた。
まばゆい錬成反応の後、一瞬で黒いコ-トに変わる。
錬成したばかりのコートに袖を通し、襟を立てる。
「さて……」
これで戦闘衣装は整った。
その時、キョウコの視線に見慣れた青い軍服が映った。
「あれは……」
険しい顔つきで話す軍人達。
それも、一人や二人ではない。
武器を片手に、何やら不穏な空気を漂わせているではないか。
軍隊の指揮を執るのは国の最高権力者、ブラッドレイ。
彼の後ろには、アームストロングを初めとして数々の猛者達が並び立つ。
異様な緊迫感に包まれた路地は、誰が見ても尋常ではないことが理解できた。
冷厳と下された命令。
要のない者は全て排除するというのが、今回の作戦だ。
しょせんは、大半がチンピラのような集団であり、鍛え抜かれた軍事と比べれば、その兵力は差がありすぎる。
ましてや、大総統に国家錬金術師が参戦するとなれば、結果は明らかだろう。
「大総統!」
その時、凜とした響きが全員の動きを止めた。
声の主は、彼らよりも小柄な少女。
しかし、圧倒的な存在感によって彼女の姿を確認した途端、順々に道を開けた。
その道をキョウコは歩き、ブラッドレイのもとまで辿り着く。
「キョウコ・アルジェント……」
アームストロングが何か言いたげだったが、キョウコはちらりとも見ずに通り過ぎる。
「これは、どういう状況なのですか?」
「鋼の錬金術師と、その弟……そして君が捕らえられているいると訊いて、ここを殲滅しにやって来たのだ」
「私も参戦させて下さい。多少の怪我はこのくらい、なんともありません」
黒いコートの中から覗くは、陶磁器のように美しく透き通るような白い肌。
ブラッドレイはそれを確認し、重々しく頷く。
「よろしい……では、いつも通り、自由に動きたまえ」
他の人間が下手に援護をしたり、中途半端な指揮を執れば、かえって"氷の魔女"の足を引っ張ることになる。
いかなる理由があっても"氷の魔女"の領域に不用意に踏み入れれば、味方であろうと氷づけにされる。
それは恐ろしくあるが、近づくことさえしなければ、味方として頼もしいことはない。
ゆえに"氷の魔女"の参戦を知った軍人達は、勝利の自信を確信へと変えた。
ただ一人、アームストロングを除いては。
(もはや、止められぬか……)
豪腕とは名ばかりの、無力な拳を震わせる。
優しさだけでは、彼女を救うことはできない。
時を同じくして、デビルズネストのさらに地下では、こちらも人知を超えた戦いがあった。
「死んだか?」
鋼の剣も折れ、右腕の機械鎧も壊れ、エドは満身創痍の
重傷にもかかわらず、
「ぺっ」
と血混じりの唾を吐き捨て、身を起こす。
震えが酷い。
まるで、今にも崩れ落ちそうな勢いだ。
「よし、いいぞ。子供は元気でなくちゃな」
ガン、と鈍い響きをあげて顔面に拳を叩き込むが、機械鎧の部品がさらに壊れるだけ。
「何度やっても、おまえは俺に勝てねぇよ」
グリードに顔面を鷲掴みにされ、恐ろしい勢いで投げ飛ばされた。
「……!!」
エドの身体は木箱にぶち当たり、物の壊れる音と共に、容赦なく切り裂き、叩いた。
グリードはボロボロになったエドの胸ぐらを掴み、前に掲げる。
「さぁて、魂の秘密を吐いてもらおうか」
「……」
その時、エドがぼそりとつぶやいた。
「あ?」
「ありがとよ」
「はあ?」
突然の礼にグリードが、硬化越しにもわかる胡乱の姿勢を見せた。
「頭に上ってた血が少ーし抜けて、脳味噌が冴えてきた。身体も少し軽くなった。さすが、うちの整備師だ。こんなんなっても、まだ動く」
全くの無傷……ではないものの、微かな音を響かせて、機械鎧が動く。
血みどろの中、金色の瞳が
両手を合わせ、自分を掴み上げるグリードの腕に触れた。
「うお!?」
まばゆい錬成の光に咄嗟に腕を離し、エドは放り落とされる。
「……っ!?まだ抵抗するかよ。あーもう、これで…大人しく寝てろ!!」
呆れた溜め息をついて攻撃が迫ると同時に、エドは再び右腕を錬成、グリードの拳と衝突した。
斧と手っ甲に包まれた拳がぶつかり合い、錬金術が発動する。
「むう!!」
ロアの武器の斧は、アームストロングの銅像に錬成された。
「見たか!!これぞ我がアームストロング家に代々伝わりし、以下略!!!」
誇らしげに朗々と重ねる、お馴染みの台詞。
芝居がかった大仰な身振り手振りに、男達は呆れて物も言えなかった。
「…あーー。うむ、これは一筋縄ではいかにようだ。本気でやらせてもらう」
ロアも胡乱な表情で言葉を紡ぐと、使い物にならなくなった斧を捨て、おもむろに上着を脱ぐ。
直後、彼の身体が脈動した。
それは次第に大きくなっていき、身体そのものにも変化が現れ始めた。
ある者は猟犬のように素早く、ある者は闘牛のように力強い。
彼らは、人体実験によって廃棄された合成獣だ。
「…なんと面妖な…」
奇っ怪で鈍い音を立てながら、五指は徐々に形を崩し始め、表情は険しくなり、筋肉が肥大化していく。
変貌したロアが放つ、不気味なオーラと雄叫びは尋常ではなかった。
アームストロングが素早くしゃがむと、背後の壁がたやすく穿たれる。
「む!!」
破壊力に満ちる攻撃をかわし続け、カウンターで詰め寄り、顔面に拳を繰り出す。
「ふんッ!!」
完全に入った――だが、ロアはまだそこにある腕を掴むと、そのまま宙に高く持ち上げる。
一瞬の浮遊感。
勢いに任せた剛力が、アームストロングの身体を豪快に地面へ叩きつけた。
「む…ぬおっ!!?」
こちらの体格など無関係に叩きつけられ、重い衝撃が襲う。
痛みを感じる暇もなく、壁に挟まれ、引きずられる。
「おおおおお」
衝撃と鈍痛が全身を巡り、意識が飛びかける。
「おおおおおおおおお」
それを絶叫によって繋ぎ止め、地に足を打ち、反撃。
凄まじい殴り合いへと転化し、脇腹と頬に打ち込まれ、両者は地に倒れ込んだ。
アームストロングは目許の血を拭い、笑みを漏らす。
「ふふ……久しぶりに血湧き、肉躍る…!!」
「さすが、アームストロング殿。昔と変わらぬ豪腕よ。俺も…イシュヴァールの殲滅戦に一兵卒として参加していた」
するとロアは、アームストロングを知っている素振りを見せた。
合成獣達の中には、軍に在籍していた者……つまりは、元同志も混じっている。
「む…元同志か…ならば、なおさら!吾輩、無駄な殺生は好まぬ。投降せよ!」
同じ戦場で戦ってきた者達の存在。
それを知ったことで、無駄な殺生を嫌う彼は抵抗を止めて投降するよう、アームストロングは説得する。
「無理な注文だ!」
「少佐!そこを
援軍が銃を構え、退くよう呼びかけるが、アームストロングは応じない。
「少佐!!」
「おろかな!命を無駄にするな!!キング・ブラッドレイ大総統が来ておるのだぞ」
軍の最高指揮官のブラッドレイが最前線で指揮を執っている。
ドルチェットが素早く反応した。
「ブラッドレイ!?なんでそんな偉い奴が来てんだよ!!」
「それが何を意味しているか、わかるであろう」
「イシュヴァール殲滅を指示した奴だ。ここを徹底的に潰すつもりか」
ロアの言っていることは間違っていない。
動揺を色濃く浮かべ、ドルチェットは苦虫を噛み潰した顔で仲間達の生存を懸念する。
「じゃあ、店の奴ら、もう……」
――圧倒的な軍の勢力によって、男達の抵抗も虚しく制圧、もしくは殺されていく。
他の男達も一気に顔色が蒼白になり、声を荒げる。
「ロア!ヤバい相手だ!」
「む……」
「逃げるぞ。隠し通路へ走れ」
「お…おう…」
ドルチェットは仲間だけに聞こえるよう、小声で話す。
途端、鋭い痛みが走った。
「何をしている、アームストロング少佐」
剣。
背後、全く唐突に、ブラッドレイの握る剣が、ドルチェットの腹部を貫いていた。
「おっ…こ……の、な」
暗闇から伸びている剣は、彫像のように静止している。
「ドルチェット!!」
ロアは、この場に置かれた状況にではなく、仲間の危機に対して震え上がる怒りを覚えた。
「うおおおおおおお」
どうしようもない状況下、男が苦し紛れに引鉄を引き、ブラッドレイを撃つ。
素早く銃弾を避けると、あろうことか剣を放り投げた。
「なっ………」
「っ!?」
突然の行動に、敵も味方も唖然とする。
皆の視線は宙を舞う一本の剣に注がれ、ブラッドレイの後ろから地を蹴って跳んだ少女が空中で剣を掴んだ。
少女――キョウコは黒い瞳に驚愕に固まる男を映すと、そのまま大上段に振り下ろす。
全身から噴き出した血飛沫が、頬やコートに付着する。
それでも、キョウコは氷のような無表情を変えない。
「ブラッドレイィィィィィィ」
一方、キョウコの姿に一瞬、忘我していたロアが我に返るなり吠えていた。
「私がいきましょう……」
「いや、かまわんよ」
剣を構えるキョウコを下がらせると、ブラッドレイは腰に携えた剣を二本抜き、神速の速さで襲いかかるロアを逆に斬り捨てる。
「申し訳ありません。剣に血がついてしまいました」
「気にするな。それは、君に貸そう」
「はい」
キョウコは一礼すると、奥へと歩み出す。
「……キョウコ・アルジェント!!」
自ら闇へと堕ちていく彼女を、アームストロングは声を張り上げて止める。
しかし、キョウコは振り返ることはしない。
――その呼びかけに、価値があると思っての発言ですか。
――喚くなら、相応の責任を持って喚いてください。