第25話
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語られるのは、無邪気さと好奇心、そして子供特有の残酷性から生まれてしまった悪夢。
それが、全ての始まり。
一度入れば出られない、停滞した過去を聞いたイズミは厳しい表情で腕を組み、話し終えた三人の表情は暗い。
誰もが何もなし得ない、数秒の沈黙を、
「……三丁目の通りに………」
ただ一人、手で顔を覆い、長く溜め息をついたイズミが破った。
「……カンオケ屋があるから、自分に合ったのを作って来い!!」
物凄い目つきで睨み、左手を右の拳に包んで、ゴキ、ベキ、ベキン、と鳴らす。
これから皆殺しをするとの意思をわかりやすく体現していた。
『ひーーーー!!』
身をすくめて怯える三人の悲鳴があがる。
「冗談はさて置いて…あれほど、人体錬成はやるなと言ったのに。師弟そろって、しょーもない…」
明らかな記憶の共通点、確かな思い出がある。
客観的に言えば、同じ。
イズミも人体錬成を発動していた。
「やっぱり、師匠も…」
「内蔵 をね。あちこち持って行かれた」
イズミは目線を逸らしながら、かつて新たな命を宿したはずの腹に手を当てる。
「大馬鹿者だよ、ほんとに」
忠告したにもかかわらず自分と同じ間違いをしてしまった三人へ、突き放すように淡々と告げる。
『すいません』
三人は力なく視線を外し、肩を落とす。
忠告されたにもかかわらず、師匠と同じ間違いをしてまい、謝罪をする三人。
それでもイズミの怒りは収まらず、数倍もの罵倒を浴びせた。
「ばかたれ!」
『すいません』
「おろか者!」
『はいっ』
「くそ弟子!」
『おっしゃる通りで』
三人はしばらくの間、自分達に集まる罵倒を全て受け止め、なすがままだ。
「豆!!」
いつもなら、売り言葉に買い言葉で猛反発するところだが。
「………………はい…」
相手は鬼のように恐れる師匠、何も言い返せない。
どストレートに罵倒した後、イズミは痛ましげに表情を揺らし、静かに言葉を紡いだ。
「…………つらかったね」
彼女の顔にあったのは、怒りでも、感嘆でもない、哀しみ。
同情や感傷からのものであった。
不意を討たれたようにエドは絶句し、キョウコは唇を噛みしめて押し黙る。
「…いや、自業自得ですし」
「つらいとか、そういう気持ちは…」
まっすぐ過ぎる少年と少女は、悩む時も安易に妥協せず、直下に落ちてしまう。
解決のために助けることを求めない。
自分の問題だから、と背に負うのみだった。
「ね」
「うん」
キョウコが顔を向けると、アルも同じ意見。
「このばかたれが」
すると、師匠たる女性は優しく、深い愛情と共に、三人を胸に抱きしめる。
「無理しなくていい」
一瞬、エドとキョウコは表情を歪めたが、泣かなかった。
今たる二人の頑なさは、迸 る感情の濁流をせき止める、堤防の堅固さだった。
「「すいません」」
きつく眉根を寄せ、最も真剣な口調で告げる。
「すいませ……」
アルも声を震わせて、言葉を紡ぐ。
抱きしめられた三人は、必死に溢れ出そうとするものを堪えて、代わりに抱きしめ返す。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
そして、ひたすらに謝った。
「しかし、12歳と13歳で国家資格を取ってしまうとはね。天才ってやつかねぇ」
イズミは前代未聞である、最年少で国家取得を資格した二人を称賛した。
「そんな!」
「違います!」
だが、それを二人は眉を寄せて真っ向から否定する。
「天才なんかじゃありません」
「あたしとエドは、あれを見たから……」
「いや、あれを見て生きて帰って来れただけでも、十分に天才とよべるだろう。わが弟子ながら、たいしたものだね」
イズミの横顔は優しげで穏やかだったが、次に振り向いた時には厳しい眼差しで三人を射抜く。
「だが、ケジメはつけなきゃならないんだよ。破門だ」
その言葉を突きつけられた三人は絶句し、イズミは断固とした口調で続けた。
「私はね、おまえ達をそんな身体にするために、錬金術を教えたんじゃないんだよ。もう、弟子とは思わない」
「師…」
咄嗟に言いかけたアルを、エドが手で制する。
「アル」
「まだ汽車は出る。帰りなさい」
言葉だけは軽く返すイズミに、エドは拳を硬く握りしめ、別れを告げた。
「お世話になりました!」
帰り支度をしていた際、ベルトから飛び出た銀時計は宙にぶら下がる。
その衝撃で蓋が開いたのか、隙間から写真が落ちた。
キョウコはそれを拾うと、そこに写る自分の姿を見つめる。
長く艶やかな黒髪をなびかせ、凍りつくような美貌で睥睨している。
「…………」
それと一緒に刻まれた言葉。
"Don't I'm Icy witch"
大総統直々の命で駆り出され、常に最前線で戦わされる国家錬金術師。
軍人は少女を、畏怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて……"氷の魔女"と、そう呼んだ。
その名には、感情など何も表さない、冷徹無比な魔女。
だが、彼女の力を借りなければ、任務が困難であることも事実。
故に軍人は己の無力さを嘲笑い、利用される彼女を哀れむ。
その時、コンコン、と扉をノックする音に我に返れば、エドの声が聞こえてきた。
「キョウコー」
目に滲んだ涙を拭い、蓋を閉めてコートに押し込む。
「おーい、キョウコー」
「エド?ちょっと待って――」
「鍵開いてるみてーだから、入るぞー」
扉の隙間から覗くエドの眼前に、見るからに危険な輝きを発する銃口が飛び込んできた。
「あたしがいいって言う前に、勝手に入らないでくれる?」
「……はい」
細められた両の瞳に睨みつけられ、エドはすぐさま扉を閉じる。
それから数分後、エドが扉を開けて部屋に入ると、キョウコはもう、いつも通りの微笑みで迎えてくれた。
「ごめんな。ノックも無しに扉を開けて」
「あたしの方こそ、ごめん。驚いちゃったから」
彼女と話しながらも、エドは気を引き締めていた。
精一杯、内心を悟られずに話を続ける。
「いくつか質問するけど、いいか?」
「何?」
「じゃあまず、キョウコは国家錬金術師になってからも、軍で働いていたのか?」
「なんでそんな事、訊くの?」
「確認のために」
「確認?」
怪訝な顔のキョウコに、エドは問いを繰り返す。
「そのところ、どうなんだ?それとも、答えたくない?」
「……働いていたわ。ちょうどいいところで区切りをつけて、エドとアルと合流して、旅に出たけど」
その答えを聞いて、エドは頷いた。
「じゃあ、もう一つ」
エドはまっすぐキョウコを見据えて、核心に迫る問いを投げる。
「"氷の魔女"は、どうやって広まって……本当は誰がつけたんだ?」
無理矢理、聞き出すつもりはないが、本人に聞かなければわからないこともあり、こちらが知る努力をしなければならない。
もはや浸透している、その名で呼ばれ、不条理な想いやくすぶっていた未練、あるいはそれらの残滓 ――理屈で考えた、そうなっているはずだという感情――が込み上げる。
キョウコは嘲笑になりそこなった笑い声をあげた。
「何言ってるの、エド。前にも話したけど、軍の上層部が名づけたものよ」
しかし、エドは笑いに反応しようとせず、真面目な顔で返事を待っている。
キョウコの笑いは小さくなって、やがて消えた。
「……本気?」
「ああ」
半ば覚悟していても、緊張で喉がごくりと鳴る。
本当に言っていいのか、葛藤してしまう。
しかしそんな葛藤する思考を吹き飛ばし、果敢に言い募る。
「質問は終わりだ。今度はオレの話を訊いてくれるか。まずキョウコの話を訊いて、初めて知った事が多すぎて少し混乱したが…わかった事がある。実技試験でキョウコは氷の錬金術を披露し、その名が広まった」
黄金色の瞳がちらりとこちらを向く。
やがて、低くつぶやくようにキョウコが言う。
探るように。
「どこまで知ってるの?」
それは、彼の言葉が正解であると言ったのと同じだった。
「知ってるわけじゃない。考えて推測しただけ。確信はなかったけど、今のキョウコの言葉で正しい事がわかった」
そこで一旦、言葉を切り、自分の推測を語り終えたエドはキョウコの方を振り返る。
「とすると、やっぱり――」
「半分正解で、半分外れ」
くすっ、と黒髪の少女が薄笑いを浮かべるような光景をエドは幻視する。
意外な言葉を口にした唇に一瞬、どこか剣呑な笑みが刻まれた。
「どういうこ……」
思わず聞こうとしたエドは、動揺を誤魔化しきれなかった。
キョウコが自分の上に覆い被さってきたのだ。
闇色の瞳と髪が急に迫り、黄金色の目に焼きつく。
「なっ、なにを……!?」
頬も触れ合うような、近さ。
鼻にかかる、ほのかで柔らかな匂い。
エドはその全てに、痺れる。
だが、心底驚いたことにキョウコは、その美貌に見覚えのない、冷酷な微笑みを浮かべていた。
「エド。"氷の魔女"なんて恐ろしい呼び名が、何故一般市民に秘匿され続けているのか、不思議だと思わない?」
突然の質問に戸惑ったが、言われてみれば、それは大いに奇妙な話だ。
とっくの昔にどこからか秘密が漏れ、世間を驚愕させてもいいはずではないか。
「そうさせているのは………」
言うや、キョウコは、ポン、とエドを突き放した。
「うわっ……」
ベッドに倒れ込むエドと入れ替わりに、キョウコが立ち上がり、冷厳と吐き捨てる。
「素直に教えると思う?まだまだ甘いよ」
エドは今さら、自分が好意を持つ少女への領域に無粋に入っていたことを自覚して、その重さに愕然となった。
他でもない、その場の勢いと無謀な気持ちで。
それらに全く気づかず、ただ熱さだけで暴走していた自分の愚かさに、全身が震えた。
人知れず愕然とするエドを置いて、キョウコは荷物とコートを携え、部屋を出た。
三人を駅へと送りに歩くシグは、詳しく語られなかったイズミの虚弱体質を打ち明ける。
「あいつ、一人目の子供を身籠 った時に、病気をしてな。頑張ったんだけど、産んであげられなくて。その時、二度と子供ができない身体になって…一晩中、謝られたよ。あいつは何も悪くないのにな」
前もっての無用な深刻を払うため、しかし内容は重く、話は続く。
「その時から、人体錬成を考えてたんだろうなぁ。結果、あのザマだ。気付いてやれなかった俺もバカだけどよ」
シグとの間に子を宿すも、病気のため死産し、子供を産むのが難しい身体に。
そのため禁忌の人体錬成を発動するが、失敗。
完全に子を産めない身となり、虚弱体質となった。
「キョウコは、その事…」
「知ってたよ。だから、あの時――」
エドが何気なく発言した、夫婦の間にいない子供の話題――キョウコはその事情を知っていたのだ。
それが、全ての始まり。
一度入れば出られない、停滞した過去を聞いたイズミは厳しい表情で腕を組み、話し終えた三人の表情は暗い。
誰もが何もなし得ない、数秒の沈黙を、
「……三丁目の通りに………」
ただ一人、手で顔を覆い、長く溜め息をついたイズミが破った。
「……カンオケ屋があるから、自分に合ったのを作って来い!!」
物凄い目つきで睨み、左手を右の拳に包んで、ゴキ、ベキ、ベキン、と鳴らす。
これから皆殺しをするとの意思をわかりやすく体現していた。
『ひーーーー!!』
身をすくめて怯える三人の悲鳴があがる。
「冗談はさて置いて…あれほど、人体錬成はやるなと言ったのに。師弟そろって、しょーもない…」
明らかな記憶の共通点、確かな思い出がある。
客観的に言えば、同じ。
イズミも人体錬成を発動していた。
「やっぱり、師匠も…」
「
イズミは目線を逸らしながら、かつて新たな命を宿したはずの腹に手を当てる。
「大馬鹿者だよ、ほんとに」
忠告したにもかかわらず自分と同じ間違いをしてしまった三人へ、突き放すように淡々と告げる。
『すいません』
三人は力なく視線を外し、肩を落とす。
忠告されたにもかかわらず、師匠と同じ間違いをしてまい、謝罪をする三人。
それでもイズミの怒りは収まらず、数倍もの罵倒を浴びせた。
「ばかたれ!」
『すいません』
「おろか者!」
『はいっ』
「くそ弟子!」
『おっしゃる通りで』
三人はしばらくの間、自分達に集まる罵倒を全て受け止め、なすがままだ。
「豆!!」
いつもなら、売り言葉に買い言葉で猛反発するところだが。
「………………はい…」
相手は鬼のように恐れる師匠、何も言い返せない。
どストレートに罵倒した後、イズミは痛ましげに表情を揺らし、静かに言葉を紡いだ。
「…………つらかったね」
彼女の顔にあったのは、怒りでも、感嘆でもない、哀しみ。
同情や感傷からのものであった。
不意を討たれたようにエドは絶句し、キョウコは唇を噛みしめて押し黙る。
「…いや、自業自得ですし」
「つらいとか、そういう気持ちは…」
まっすぐ過ぎる少年と少女は、悩む時も安易に妥協せず、直下に落ちてしまう。
解決のために助けることを求めない。
自分の問題だから、と背に負うのみだった。
「ね」
「うん」
キョウコが顔を向けると、アルも同じ意見。
「このばかたれが」
すると、師匠たる女性は優しく、深い愛情と共に、三人を胸に抱きしめる。
「無理しなくていい」
一瞬、エドとキョウコは表情を歪めたが、泣かなかった。
今たる二人の頑なさは、
「「すいません」」
きつく眉根を寄せ、最も真剣な口調で告げる。
「すいませ……」
アルも声を震わせて、言葉を紡ぐ。
抱きしめられた三人は、必死に溢れ出そうとするものを堪えて、代わりに抱きしめ返す。
『ごめんなさい、ごめんなさい』
そして、ひたすらに謝った。
「しかし、12歳と13歳で国家資格を取ってしまうとはね。天才ってやつかねぇ」
イズミは前代未聞である、最年少で国家取得を資格した二人を称賛した。
「そんな!」
「違います!」
だが、それを二人は眉を寄せて真っ向から否定する。
「天才なんかじゃありません」
「あたしとエドは、あれを見たから……」
「いや、あれを見て生きて帰って来れただけでも、十分に天才とよべるだろう。わが弟子ながら、たいしたものだね」
イズミの横顔は優しげで穏やかだったが、次に振り向いた時には厳しい眼差しで三人を射抜く。
「だが、ケジメはつけなきゃならないんだよ。破門だ」
その言葉を突きつけられた三人は絶句し、イズミは断固とした口調で続けた。
「私はね、おまえ達をそんな身体にするために、錬金術を教えたんじゃないんだよ。もう、弟子とは思わない」
「師…」
咄嗟に言いかけたアルを、エドが手で制する。
「アル」
「まだ汽車は出る。帰りなさい」
言葉だけは軽く返すイズミに、エドは拳を硬く握りしめ、別れを告げた。
「お世話になりました!」
帰り支度をしていた際、ベルトから飛び出た銀時計は宙にぶら下がる。
その衝撃で蓋が開いたのか、隙間から写真が落ちた。
キョウコはそれを拾うと、そこに写る自分の姿を見つめる。
長く艶やかな黒髪をなびかせ、凍りつくような美貌で睥睨している。
「…………」
それと一緒に刻まれた言葉。
"Don't I'm Icy witch"
大総統直々の命で駆り出され、常に最前線で戦わされる国家錬金術師。
軍人は少女を、畏怖と憐憫と侮蔑と嘲笑を込めて……"氷の魔女"と、そう呼んだ。
その名には、感情など何も表さない、冷徹無比な魔女。
だが、彼女の力を借りなければ、任務が困難であることも事実。
故に軍人は己の無力さを嘲笑い、利用される彼女を哀れむ。
その時、コンコン、と扉をノックする音に我に返れば、エドの声が聞こえてきた。
「キョウコー」
目に滲んだ涙を拭い、蓋を閉めてコートに押し込む。
「おーい、キョウコー」
「エド?ちょっと待って――」
「鍵開いてるみてーだから、入るぞー」
扉の隙間から覗くエドの眼前に、見るからに危険な輝きを発する銃口が飛び込んできた。
「あたしがいいって言う前に、勝手に入らないでくれる?」
「……はい」
細められた両の瞳に睨みつけられ、エドはすぐさま扉を閉じる。
それから数分後、エドが扉を開けて部屋に入ると、キョウコはもう、いつも通りの微笑みで迎えてくれた。
「ごめんな。ノックも無しに扉を開けて」
「あたしの方こそ、ごめん。驚いちゃったから」
彼女と話しながらも、エドは気を引き締めていた。
精一杯、内心を悟られずに話を続ける。
「いくつか質問するけど、いいか?」
「何?」
「じゃあまず、キョウコは国家錬金術師になってからも、軍で働いていたのか?」
「なんでそんな事、訊くの?」
「確認のために」
「確認?」
怪訝な顔のキョウコに、エドは問いを繰り返す。
「そのところ、どうなんだ?それとも、答えたくない?」
「……働いていたわ。ちょうどいいところで区切りをつけて、エドとアルと合流して、旅に出たけど」
その答えを聞いて、エドは頷いた。
「じゃあ、もう一つ」
エドはまっすぐキョウコを見据えて、核心に迫る問いを投げる。
「"氷の魔女"は、どうやって広まって……本当は誰がつけたんだ?」
無理矢理、聞き出すつもりはないが、本人に聞かなければわからないこともあり、こちらが知る努力をしなければならない。
もはや浸透している、その名で呼ばれ、不条理な想いやくすぶっていた未練、あるいはそれらの
キョウコは嘲笑になりそこなった笑い声をあげた。
「何言ってるの、エド。前にも話したけど、軍の上層部が名づけたものよ」
しかし、エドは笑いに反応しようとせず、真面目な顔で返事を待っている。
キョウコの笑いは小さくなって、やがて消えた。
「……本気?」
「ああ」
半ば覚悟していても、緊張で喉がごくりと鳴る。
本当に言っていいのか、葛藤してしまう。
しかしそんな葛藤する思考を吹き飛ばし、果敢に言い募る。
「質問は終わりだ。今度はオレの話を訊いてくれるか。まずキョウコの話を訊いて、初めて知った事が多すぎて少し混乱したが…わかった事がある。実技試験でキョウコは氷の錬金術を披露し、その名が広まった」
黄金色の瞳がちらりとこちらを向く。
やがて、低くつぶやくようにキョウコが言う。
探るように。
「どこまで知ってるの?」
それは、彼の言葉が正解であると言ったのと同じだった。
「知ってるわけじゃない。考えて推測しただけ。確信はなかったけど、今のキョウコの言葉で正しい事がわかった」
そこで一旦、言葉を切り、自分の推測を語り終えたエドはキョウコの方を振り返る。
「とすると、やっぱり――」
「半分正解で、半分外れ」
くすっ、と黒髪の少女が薄笑いを浮かべるような光景をエドは幻視する。
意外な言葉を口にした唇に一瞬、どこか剣呑な笑みが刻まれた。
「どういうこ……」
思わず聞こうとしたエドは、動揺を誤魔化しきれなかった。
キョウコが自分の上に覆い被さってきたのだ。
闇色の瞳と髪が急に迫り、黄金色の目に焼きつく。
「なっ、なにを……!?」
頬も触れ合うような、近さ。
鼻にかかる、ほのかで柔らかな匂い。
エドはその全てに、痺れる。
だが、心底驚いたことにキョウコは、その美貌に見覚えのない、冷酷な微笑みを浮かべていた。
「エド。"氷の魔女"なんて恐ろしい呼び名が、何故一般市民に秘匿され続けているのか、不思議だと思わない?」
突然の質問に戸惑ったが、言われてみれば、それは大いに奇妙な話だ。
とっくの昔にどこからか秘密が漏れ、世間を驚愕させてもいいはずではないか。
「そうさせているのは………」
言うや、キョウコは、ポン、とエドを突き放した。
「うわっ……」
ベッドに倒れ込むエドと入れ替わりに、キョウコが立ち上がり、冷厳と吐き捨てる。
「素直に教えると思う?まだまだ甘いよ」
エドは今さら、自分が好意を持つ少女への領域に無粋に入っていたことを自覚して、その重さに愕然となった。
他でもない、その場の勢いと無謀な気持ちで。
それらに全く気づかず、ただ熱さだけで暴走していた自分の愚かさに、全身が震えた。
人知れず愕然とするエドを置いて、キョウコは荷物とコートを携え、部屋を出た。
三人を駅へと送りに歩くシグは、詳しく語られなかったイズミの虚弱体質を打ち明ける。
「あいつ、一人目の子供を
前もっての無用な深刻を払うため、しかし内容は重く、話は続く。
「その時から、人体錬成を考えてたんだろうなぁ。結果、あのザマだ。気付いてやれなかった俺もバカだけどよ」
シグとの間に子を宿すも、病気のため死産し、子供を産むのが難しい身体に。
そのため禁忌の人体錬成を発動するが、失敗。
完全に子を産めない身となり、虚弱体質となった。
「キョウコは、その事…」
「知ってたよ。だから、あの時――」
エドが何気なく発言した、夫婦の間にいない子供の話題――キョウコはその事情を知っていたのだ。