第24話
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東部の田舎町――リゼンブール。
自然に囲まれた、牧羊が盛んな小さな町に一台の馬車が通る。
「すンませんねぇ。こんな田舎なもんで、車もありゃしませんで」
「いや、これはこれで、趣があっていい」
憲兵が手綱を引く馬車に乗っているのは、切れ長の瞳が特徴的な軍人――ロイ(この頃は階級が中佐)。
「で、エルリック家になんのご用で?マスタング中佐」
彼はコートの下から、一枚の紙を出して目を通す。
「リゼンブールに、錬金術に長 ける兄弟がいると聞いて勧誘に来た」
「ああ、国家錬金術師に!そりゃすごい。しかし、東方司令部の中佐さんが、なんでまた…」
「有能な術師を見極めて、推薦をするのも、私の仕事だ」
「憲兵さん、こんちわー」
学校帰りの子供達が挨拶すると、憲兵は手を振って応える。
「実は、内乱のせいで人手不足というだけなのだが」
「ほっほっほ。軍のお偉いさんが迎えに来るなんて、エルリックのちびどもも、おったまげるでしょうよ」
憲兵の言葉に、ロイの端整な相貌が強張った。
眉を寄せて訝しげな表情になる。
「………………」
聞き間違いかと思い、もう一度考え直す。
そうすると、思考がどんどん渦に落ち込んでしまい、憮然とした声音で聞き返していた。
「………………………ちびども?」
「へぇ」
鋭いというより、険しい視線を紙に向け、確認でもするように内容を読み上げる。
「リゼンブール村、エドワード・エルリック。31歳……」
「いえ、そいつ11歳。弟はひとつ年下」
「……………どういう事だね、ホークアイ少尉」
ロイは隣にいるリザ(階級は少尉)に訊ねると、簡潔な答えが返ってきた。
「結論から申し上げるならば、書類不備です」
「……………………」
「ほっほっほっ。会うだけ会ってみたら、ええじゃないですか」
思わず声を失ったロイに、憲兵は朗らかに笑って促す。
そして到着したエルリック家の扉を叩くが、返事はない。
「留守か?」
「わし、裏見て来ますわ」
ロイとリザは家の中、憲兵は裏庭と手分けして探すことにした。
玄関の扉を開けて中に入ってみると、散乱した本や紙の束が目立ち、机の上も同様だった。
そこに置かれた、兄弟の写真と見知らぬ少女の写真。
部屋の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは床に描かれた、大きく精緻 な錬成陣とおびただしい血の海。
突然の現実離れした光景に、ロイは麻痺したように動けなかった。
視線を動かすこともできず、ずっと見つめる。
床に残された薬品の瓶を拾うと、リザが壁にも飛び散った血の跡を見て驚愕する。
「これは…血痕?」
そこへ、庭に向かっていた憲兵が戻ってきた。
「中佐ぁ、裏にもうませんや。きっと…」
憲兵の発言を遮って、ロイは怒りも露に言う。
「どこだ!」
「へ?」
「エルリック兄弟とやらはどこだ!」
「へ…へぇ。家 にいないって事は、ロックベルさん家 かと…」
ロイの怒声に怯えつつ、憲兵は兄弟がいるロックベル家を案内した。
一戸建てのロックベル家が見えてきた途中、カーテンで閉められた二階の部屋に、完全に遮られた布の隙間から、小さな小さな人影はあった。
「――…………」
驚き、呆然として、少女を見上げた。
サラサラと聞こえてくるかのような、肩まで伸ばされた艶やかな黒髪。
雪のように白い肌。
長い睫毛 に縁 取られた、黒い瞳。
華奢な身体は、身じろぎ一つしない。
他に何をするわけでもなく。
ただ、ただ――静かに、立っている。
「――なんて……」
ロイは呻いた。
その顔だって、エルリック家に飾られた写真で記憶していた。
それなのに、である。
どんなことも所詮、知識は知識でしかない、それを思い知らされる鮮烈さだった。
「なんて悲しそうな顔を、する……」
その人影が、写真の中の少女だと、瞬時にはわからなかったのである。
どことなく面影を宿した横顔といい、肩までの髪といい、どこからどう見ての写真の中の少女そのものであったのに。
鈍く、心を斬られた気がした。
愛らしい少女が、大人に見守られ、無邪気に笑っていいはずの年齢の子が、どうしてこんな顔をしなければならないのか、彼にはわからなかった。
ロックベル家に訪れた見知らぬ軍人に、デンは警戒心を表すように吠える。
憲兵が吠えるデンをなだめ、ロイは扉をノックをする。
「うるさいよ、デン。お客さんには…」
ピナコが扉を開けて、客人に吠えるデンに注意する。
すると、失礼を承知で先に一声かけてから、ズカズカッ、と中に入る。
「失礼、ロックベルさん」
「軍人が、いきなりなんだい!!」
追いすがる声を無視してロイは歩き出す。
そんな彼に代わって、後から入ってきたリザが事情を説明する。
「すみません。エルリック兄弟がここにいると聞きましたので」
家の中を見回すと、鎧に押してもらい、車椅子に座った少年――エドが虚ろな目で現れた。
次の瞬間、ロイは眉を跳ね上げ、エドの胸ぐらを掴み、激昂する。
「君達の家に行ったぞ、なんだ、あの有様は!!何を作った!!」
張り裂けんばかりの叫びが、なんの表情もないエドへと突き刺さる。
すると、エドは顔をうつむかせ、う…と唇を噛みしめる。
その時、胸ぐらを掴むロイの腕に手が添えられた。
振り向くと、それは彼の車椅子を押す、灰色の鎧だった。
「ごめんなさい、許してください。ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も謝る鎧……それから発せられるのは、外見に似つかわしくない少年の声だった。
ロイは驚きに目を見開かせ、声を発する鎧――アルを凝視する。
その頃、ロックベルの玄関で待つ憲兵を、デンは未だ警戒心を持ち、うーー…と唸る。
「高額な研究費の支給、特殊文献の閲覧……国の研究機関、その他、施設の利用など…国家錬金術になれば、様々な特権が得られます」
エドとアル、そして二人の保護者代わりでもあるピナコを、ロイは鋭い眼差しで眺め渡していく。
心なしかエドを見つめる時間が長いのは、気のせいではあるまい。
「その代わり、軍の要請には絶対服従の身になる訳ですが、一般人では手の届かぬ研究が可能になるのです。この子達が元の身体に戻る方法も、あるいは…」
ロイは、国家が錬金術の研究を奨励しており、優れた術師には『国家錬金術師』の資格を与え、保護していると伝える。
それを聞いたピナコは神妙な面持ちで訊ねる。
「でも、錬金術師は大衆のためにあるものだと…」
「そう。それゆえに『軍の狗』などと呼ばれている」
「この子らに、国家資格を取れる力量があると?」
すかさずピナコは食い下がった。
半ば睨みつけるような勢いで、年の離れた軍人を小さなまなこで見据える。
大人達の話し合いを、ウィンリィが扉の隙間から不安げに見つめていた。
「エルリック家に残された、錬成陣と人体錬成の過程。そして……魂の錬成をなしとげた事で確信しました」
背景の事情を悟ったふうに、ロイは幼い兄弟を勧誘する。
ピナコは煙管から口を離し、煙を出す。
「…………マスタング中佐。この子が血まみれで転がり込んで来た後にね、あたしはこの子に家に行ったのさ。あれは…家の裏に埋葬したよ。あれは…」
そこで唐突に、言葉が途切れた。
思い出しただけでも吐き気しかなかった。
――事情を知ったピナコが急いでエルリック家の居間に向かった時、それを見た瞬間、悪寒が走った。
「あれは人間なんかじゃなかった!!あんなおそろしい物を作りだす技術なのかい、錬金術ってのは!!」
ピナコの発言は、またも室内に混乱の波紋を広げた。
「あんたは!!またこの子らを、そっちの道に引きずり込もうってのかい!!」
部屋中に響く大声で叫ぶと、困惑の空気が伝播 した。
ロイが兄弟を国家錬金術師に勧誘している間、部屋の外でソファに座って待っているリザに、紅茶が配られた。
「どうぞ」
顔を上げると、こわごわと近寄ってくるウィンリィである。
「あら、ありがとう」
紅茶を飲むリザに声をかけること躊躇した後、やっと口を開いた。
「…………あの…少尉さん…」
「ああ、リザでいいわ。リザ・ホークアイ。よろしくね」
握手をしようと手を伸ばすが、少女の表情は暗い。
そして、唐突に訊ねてくる。
「リザさんは…人を撃った事があるの?」
その質問が持つ意味の重さを理解したリザは、差し伸べた手を見つめて答えた。
「あるわよ。たくさん、ね」
「軍人さんは嫌い。父さんも母さんも、戦場に連れて行かれて、殺されたから。その上、あのマスタングとか言う人は、エドもアルも連れて行こうとするんだもの。あいつらが軍属になるなんて、いや………連れて行かないで…」
そう言い終えて、また口を閉ざす。
平常心を保とうとするが、カップを持つ手が震えている。
「……もしかして、キョウコも………」
「キョウコ?」
同じ目線になるようリザが覗き込むと、ウィンリィの肩が跳ねる。
口にしてはいけない――その表情が語っていた。
「……あ」
「あの二人の他に、もう一人いるの?」
(ど、どうしよう)
ウィンリィは困った。
ロイやリザは、もう一人のことを何も知らない。
早々に危険な話が出てしまった。
「さ、さっきのは、そんな意味深な意味じゃなくて」
「さっき、二人の家に行ってみたけど、女の子の写真があったわ」
彼女は何か隠している、という勘を利かせて、リザはさらに詰め寄る。
「あの子は誰?どこにいるの?」
ウィンリィは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「…………キョウコは、二階の部屋に閉じこもっています。エドとアルが…人体錬成をやっていた時に、修業から帰ってきたキョウコが……」
そこまで言って目に滲んだ涙を拭うと、リザがゆっくり首を振って否定した。
「軍人が連れて行くんじゃないわ、あの子達が自分の意思で決める事だもの。正直、私も軍人は好きじゃないわね。場合によっては、人の命を奪わなければならないもの」
「じゃあ、どうして軍にいるの?」
「守るべき人がいるから」
――ピナコの、憤怒と嫌悪が入り混じった雰囲気を痛いほど感じながらロイは言い放つ。
「ロックベルさん、私はこの子達に強制している訳ではありません」
「でも、それは誰に強制された訳でもない。私が決めた事」
――二人の淀 みのない声が、聞く者に一層の衝撃を与える。
「ただ私は可能性を提示する!」
「私は私の意思で引鉄 を引くの。守るべき人のために」
――ロイは瞳に燃えるような色を浮かべて続ける。
「このまま、鎧の弟と絶望と共に、一生を終えるか!元に戻る可能性を求めて、軍に頭 を垂れるか!」
「その人が目的を果たす、その日まで迷う事無く、引鉄を引くわ」
――リザは銃を握る右手を挙げ、今までと変わらない誓いを果たす。
「――決めるのは、君達だ」
「あの子達にも、強い意思があるのならば、自分で決めて進むでしょう。たとえそれが、泥の河であったとしても」
今日一番感情を見せるロイの説得が終わる頃には、エドは小さな身体を一層縮め、うつむいていた。
残った左腕が微かに震えている。
「――今日はこれで失礼する。その気になったら、イーストシティの司令部に来るといい。力になれるだろう」
話は終盤にさしかかり、アルに招待状と一枚の紙を渡すと扉を開けて、部屋の外で座って待っていたリザに声をかける。
「帰るぞ」
「はい。じゃあ、さよならね。お嬢さん」
「あっ…ウィンリィ……です」
「そう、ウィンリィちゃん。また会えるといいわね」
リザは口の端を笑みに変え、ウィンリィと握手を交わした。
自然に囲まれた、牧羊が盛んな小さな町に一台の馬車が通る。
「すンませんねぇ。こんな田舎なもんで、車もありゃしませんで」
「いや、これはこれで、趣があっていい」
憲兵が手綱を引く馬車に乗っているのは、切れ長の瞳が特徴的な軍人――ロイ(この頃は階級が中佐)。
「で、エルリック家になんのご用で?マスタング中佐」
彼はコートの下から、一枚の紙を出して目を通す。
「リゼンブールに、錬金術に
「ああ、国家錬金術師に!そりゃすごい。しかし、東方司令部の中佐さんが、なんでまた…」
「有能な術師を見極めて、推薦をするのも、私の仕事だ」
「憲兵さん、こんちわー」
学校帰りの子供達が挨拶すると、憲兵は手を振って応える。
「実は、内乱のせいで人手不足というだけなのだが」
「ほっほっほ。軍のお偉いさんが迎えに来るなんて、エルリックのちびどもも、おったまげるでしょうよ」
憲兵の言葉に、ロイの端整な相貌が強張った。
眉を寄せて訝しげな表情になる。
「………………」
聞き間違いかと思い、もう一度考え直す。
そうすると、思考がどんどん渦に落ち込んでしまい、憮然とした声音で聞き返していた。
「………………………ちびども?」
「へぇ」
鋭いというより、険しい視線を紙に向け、確認でもするように内容を読み上げる。
「リゼンブール村、エドワード・エルリック。31歳……」
「いえ、そいつ11歳。弟はひとつ年下」
「……………どういう事だね、ホークアイ少尉」
ロイは隣にいるリザ(階級は少尉)に訊ねると、簡潔な答えが返ってきた。
「結論から申し上げるならば、書類不備です」
「……………………」
「ほっほっほっ。会うだけ会ってみたら、ええじゃないですか」
思わず声を失ったロイに、憲兵は朗らかに笑って促す。
そして到着したエルリック家の扉を叩くが、返事はない。
「留守か?」
「わし、裏見て来ますわ」
ロイとリザは家の中、憲兵は裏庭と手分けして探すことにした。
玄関の扉を開けて中に入ってみると、散乱した本や紙の束が目立ち、机の上も同様だった。
そこに置かれた、兄弟の写真と見知らぬ少女の写真。
部屋の扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは床に描かれた、大きく
突然の現実離れした光景に、ロイは麻痺したように動けなかった。
視線を動かすこともできず、ずっと見つめる。
床に残された薬品の瓶を拾うと、リザが壁にも飛び散った血の跡を見て驚愕する。
「これは…血痕?」
そこへ、庭に向かっていた憲兵が戻ってきた。
「中佐ぁ、裏にもうませんや。きっと…」
憲兵の発言を遮って、ロイは怒りも露に言う。
「どこだ!」
「へ?」
「エルリック兄弟とやらはどこだ!」
「へ…へぇ。
ロイの怒声に怯えつつ、憲兵は兄弟がいるロックベル家を案内した。
一戸建てのロックベル家が見えてきた途中、カーテンで閉められた二階の部屋に、完全に遮られた布の隙間から、小さな小さな人影はあった。
「――…………」
驚き、呆然として、少女を見上げた。
サラサラと聞こえてくるかのような、肩まで伸ばされた艶やかな黒髪。
雪のように白い肌。
長い
華奢な身体は、身じろぎ一つしない。
他に何をするわけでもなく。
ただ、ただ――静かに、立っている。
「――なんて……」
ロイは呻いた。
その顔だって、エルリック家に飾られた写真で記憶していた。
それなのに、である。
どんなことも所詮、知識は知識でしかない、それを思い知らされる鮮烈さだった。
「なんて悲しそうな顔を、する……」
その人影が、写真の中の少女だと、瞬時にはわからなかったのである。
どことなく面影を宿した横顔といい、肩までの髪といい、どこからどう見ての写真の中の少女そのものであったのに。
鈍く、心を斬られた気がした。
愛らしい少女が、大人に見守られ、無邪気に笑っていいはずの年齢の子が、どうしてこんな顔をしなければならないのか、彼にはわからなかった。
ロックベル家に訪れた見知らぬ軍人に、デンは警戒心を表すように吠える。
憲兵が吠えるデンをなだめ、ロイは扉をノックをする。
「うるさいよ、デン。お客さんには…」
ピナコが扉を開けて、客人に吠えるデンに注意する。
すると、失礼を承知で先に一声かけてから、ズカズカッ、と中に入る。
「失礼、ロックベルさん」
「軍人が、いきなりなんだい!!」
追いすがる声を無視してロイは歩き出す。
そんな彼に代わって、後から入ってきたリザが事情を説明する。
「すみません。エルリック兄弟がここにいると聞きましたので」
家の中を見回すと、鎧に押してもらい、車椅子に座った少年――エドが虚ろな目で現れた。
次の瞬間、ロイは眉を跳ね上げ、エドの胸ぐらを掴み、激昂する。
「君達の家に行ったぞ、なんだ、あの有様は!!何を作った!!」
張り裂けんばかりの叫びが、なんの表情もないエドへと突き刺さる。
すると、エドは顔をうつむかせ、う…と唇を噛みしめる。
その時、胸ぐらを掴むロイの腕に手が添えられた。
振り向くと、それは彼の車椅子を押す、灰色の鎧だった。
「ごめんなさい、許してください。ごめんなさい、ごめんなさい」
何度も謝る鎧……それから発せられるのは、外見に似つかわしくない少年の声だった。
ロイは驚きに目を見開かせ、声を発する鎧――アルを凝視する。
その頃、ロックベルの玄関で待つ憲兵を、デンは未だ警戒心を持ち、うーー…と唸る。
「高額な研究費の支給、特殊文献の閲覧……国の研究機関、その他、施設の利用など…国家錬金術になれば、様々な特権が得られます」
エドとアル、そして二人の保護者代わりでもあるピナコを、ロイは鋭い眼差しで眺め渡していく。
心なしかエドを見つめる時間が長いのは、気のせいではあるまい。
「その代わり、軍の要請には絶対服従の身になる訳ですが、一般人では手の届かぬ研究が可能になるのです。この子達が元の身体に戻る方法も、あるいは…」
ロイは、国家が錬金術の研究を奨励しており、優れた術師には『国家錬金術師』の資格を与え、保護していると伝える。
それを聞いたピナコは神妙な面持ちで訊ねる。
「でも、錬金術師は大衆のためにあるものだと…」
「そう。それゆえに『軍の狗』などと呼ばれている」
「この子らに、国家資格を取れる力量があると?」
すかさずピナコは食い下がった。
半ば睨みつけるような勢いで、年の離れた軍人を小さなまなこで見据える。
大人達の話し合いを、ウィンリィが扉の隙間から不安げに見つめていた。
「エルリック家に残された、錬成陣と人体錬成の過程。そして……魂の錬成をなしとげた事で確信しました」
背景の事情を悟ったふうに、ロイは幼い兄弟を勧誘する。
ピナコは煙管から口を離し、煙を出す。
「…………マスタング中佐。この子が血まみれで転がり込んで来た後にね、あたしはこの子に家に行ったのさ。あれは…家の裏に埋葬したよ。あれは…」
そこで唐突に、言葉が途切れた。
思い出しただけでも吐き気しかなかった。
――事情を知ったピナコが急いでエルリック家の居間に向かった時、それを見た瞬間、悪寒が走った。
「あれは人間なんかじゃなかった!!あんなおそろしい物を作りだす技術なのかい、錬金術ってのは!!」
ピナコの発言は、またも室内に混乱の波紋を広げた。
「あんたは!!またこの子らを、そっちの道に引きずり込もうってのかい!!」
部屋中に響く大声で叫ぶと、困惑の空気が
ロイが兄弟を国家錬金術師に勧誘している間、部屋の外でソファに座って待っているリザに、紅茶が配られた。
「どうぞ」
顔を上げると、こわごわと近寄ってくるウィンリィである。
「あら、ありがとう」
紅茶を飲むリザに声をかけること躊躇した後、やっと口を開いた。
「…………あの…少尉さん…」
「ああ、リザでいいわ。リザ・ホークアイ。よろしくね」
握手をしようと手を伸ばすが、少女の表情は暗い。
そして、唐突に訊ねてくる。
「リザさんは…人を撃った事があるの?」
その質問が持つ意味の重さを理解したリザは、差し伸べた手を見つめて答えた。
「あるわよ。たくさん、ね」
「軍人さんは嫌い。父さんも母さんも、戦場に連れて行かれて、殺されたから。その上、あのマスタングとか言う人は、エドもアルも連れて行こうとするんだもの。あいつらが軍属になるなんて、いや………連れて行かないで…」
そう言い終えて、また口を閉ざす。
平常心を保とうとするが、カップを持つ手が震えている。
「……もしかして、キョウコも………」
「キョウコ?」
同じ目線になるようリザが覗き込むと、ウィンリィの肩が跳ねる。
口にしてはいけない――その表情が語っていた。
「……あ」
「あの二人の他に、もう一人いるの?」
(ど、どうしよう)
ウィンリィは困った。
ロイやリザは、もう一人のことを何も知らない。
早々に危険な話が出てしまった。
「さ、さっきのは、そんな意味深な意味じゃなくて」
「さっき、二人の家に行ってみたけど、女の子の写真があったわ」
彼女は何か隠している、という勘を利かせて、リザはさらに詰め寄る。
「あの子は誰?どこにいるの?」
ウィンリィは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「…………キョウコは、二階の部屋に閉じこもっています。エドとアルが…人体錬成をやっていた時に、修業から帰ってきたキョウコが……」
そこまで言って目に滲んだ涙を拭うと、リザがゆっくり首を振って否定した。
「軍人が連れて行くんじゃないわ、あの子達が自分の意思で決める事だもの。正直、私も軍人は好きじゃないわね。場合によっては、人の命を奪わなければならないもの」
「じゃあ、どうして軍にいるの?」
「守るべき人がいるから」
――ピナコの、憤怒と嫌悪が入り混じった雰囲気を痛いほど感じながらロイは言い放つ。
「ロックベルさん、私はこの子達に強制している訳ではありません」
「でも、それは誰に強制された訳でもない。私が決めた事」
――二人の
「ただ私は可能性を提示する!」
「私は私の意思で
――ロイは瞳に燃えるような色を浮かべて続ける。
「このまま、鎧の弟と絶望と共に、一生を終えるか!元に戻る可能性を求めて、軍に
「その人が目的を果たす、その日まで迷う事無く、引鉄を引くわ」
――リザは銃を握る右手を挙げ、今までと変わらない誓いを果たす。
「――決めるのは、君達だ」
「あの子達にも、強い意思があるのならば、自分で決めて進むでしょう。たとえそれが、泥の河であったとしても」
今日一番感情を見せるロイの説得が終わる頃には、エドは小さな身体を一層縮め、うつむいていた。
残った左腕が微かに震えている。
「――今日はこれで失礼する。その気になったら、イーストシティの司令部に来るといい。力になれるだろう」
話は終盤にさしかかり、アルに招待状と一枚の紙を渡すと扉を開けて、部屋の外で座って待っていたリザに声をかける。
「帰るぞ」
「はい。じゃあ、さよならね。お嬢さん」
「あっ…ウィンリィ……です」
「そう、ウィンリィちゃん。また会えるといいわね」
リザは口の端を笑みに変え、ウィンリィと握手を交わした。