第22話
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キョウコが寝静まった夜、自宅に隣接する肉屋でイズミは包丁を研 ぎ、シグはモップで床掃除をしていた。
「あいつら、大丈夫かね」
あいつら、とは、無人島に置き去りにされた幼い兄弟である。
だが、イズミはそんなシグの懸念を先んじるように言った。
「『経験に勝る知識無し』ってね。錬金術の基礎にして、肝の部分を身心 に叩き込むには、あの方法が一番いいのよ」
銀色に反射する包丁を眺めて、昔を懐かしむように説明する。
その普段見せない穏やかな横顔からは、嘘を言っているようにはとても見えない。
「これで何も学べなかったら、しょせんは、そこまでの才能だったって事。弟子入りはすっぱりあきらめてもらうだけね。あの子ら、必死だったし、これ位の試験はパスするでしょ」
どうにも納得できないシグだったが、この件に関しては錬金術としては一流の彼女に任せると決めたのだ。
ならばイズミの修練法を黙って受け入れるしかない。
「はい、研ぎ終わり」
研ぎ終わった包丁を柄 ではなく、刃を前にして投げ渡す。
「あいよ。俺が心配してんのは、あいつらの命の方だが」
目にも止まらぬ速さで飛来したそれを、シグは真剣白刃取り――の片手版である、指先で刃を挟んで受け取った。
「私の修業の時なんて、ブリッグズ山に1か月放り込まれたわよ」
「おまえと一般人を一緒にするな」
――白く蒼く光景を染める黎明 の極寒の山。
――荒れる吹雪の中で、若きイズミはナイフ一本、巨大熊と対決していた。
「それに比べりゃ、天国天国」
「しかしなぁ、やっぱり、あんな小さい子を…」
「死にゃしないわよ!」
なおも納得できないシグをよそに、イズミはあくまで涼しい顔である。
「南部 は凍死の心配も無いし、食料も豊富だし。それに島 は、命取られるような猛獣もいないしね」
同じ頃、無人島に置き去りにされたエドとアルは絶体絶命にあった。
「「う、わああああああああああ」」
突如、現れた仮面の男が棍棒を振りかぶって襲いかかってきたのだ。
ゴオン、と二人の中間に重々しい打撃を叩き込んだそれを見て、
「ひ…」
アルは悲鳴をあげる間もなく、棍棒を持っていない左手で吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
ようやく衝撃から立ち直りつつあるのか、エドは冷や汗を垂らしながらも勇気を振り絞った。
「このぉ!!」
勢いよく男の顎を蹴り上げる。
仮面の男はぐらりと身体を揺らし……しかし、すぐに足をついて踏みとどまった。
全く効いていない。
「え」
お返しとばかりに繰り出された頭突きが急襲。
「ふんッ」
エドの小さな身体が大きく仰け反った。
強烈な打撃音が弾け、後方へ吹っ飛ばす。
「あっ…あっ、でっ、いでっ!!」
固い土にしたたか身体を打ちつけて何度か転げ回り、咄嗟に立ち上がろうとして、足元が木の根に引っかかる。
「ちち…」
鼻の頭まで泥まみれになったエドの頭上、腕を振り上げて襲い来る男に、逃げるタイミングを失ってしまった。
「や…ば…」
エドの額に汗が浮かび、頬を伝って落ちていく。
――逃げられな……。
「い?」
恐怖に屈した途端、足場が崩れ、寸前で男の攻撃を受けずに済んだが、逆さまになるように頭から落下した。
「あだだだだ!!痛いけど、助かったぁ!!」
間髪入れずに、エドを追って男が降りてきた。
部族のような仮面が向けられる。
その間にエドは次の行動に移っていた。
走る。
とにかく走る。
「はっ、はっ、はっ…はっ!」
魔物のような木々が鬱蒼 と茂る、深く暗い、闇夜の無人島をひたすらに走る。
「?アル…なんだよぉ、迷子になんてんじゃねぇよぅ…アル~~~」
吹き飛ばされたアルとは、逃げる途中ではぐれてしまった。
軽く涙目になっていると、突然服を引っ張られ、パニック状態に陥る。
「わーー!!オレ、食っても美味くないぞーー!!ぎゃーー!!」
「兄さん、ボクだよ!」
「アル!?よかった、はぐれたかと…」
「しっ!」
アルは口許に指を当てた。
視線の先では、男は荒い息をつきながら、重い足音を響かせて去っていく。
二人は木の陰に隠れ、気づかれないよう、互いの口を塞いでいた。
男が去った後、二人は溜まった恐怖を一気に爆発させる。
「なんだったの、あの人!!」
「怖っ!!めっちゃ、怖っっ!!」
夜が明け、二人は昨夜の出来事に恐怖を覚えながら食料を探しに、林に囲まれた険しい道を歩く。
「猛獣いないって、言ってたくせに…」
「猛獣より、やばそうなのいるじゃんか~~」
「どうしよう………」
「どうしようったって、迎えに来るの、1か月先だし…とりあえず、腹が減ってちゃ、戦もできねぇ」
あらかじめ渡されたナイフを持つと、蔓 を引っ張って確認する。
その後、枝と蔓で簡素な罠をつくり、見事に野生の兎を捕まえた。
「「やったーーー!!」」
とにかくお腹が減っていた二人にとって、脂したたる肉はご馳走だ。
「キーーーッ」
捕まった兎は悲痛な鳴き声をあげて、じたばたと暴れる。
「食料ゲット!!」
「てきとーな罠でも掴まるもんだなぁ!」
思わず喉を鳴らす兄弟。
ようやくご馳走にありつけると喜びに涙を流すが、目の前の兎をどうやって調理しようか、悩み始める。
「――で、どうやって食べるの、これ」
「んーーー~~…スパッと!」
「スパッと?」
生きている動物を殺す――一般人にとっては、初めてかつ残酷な経験であり、ごくり…と喉を鳴らす。
すると、兎はうるうると両目を潤ませて、食べないで、というふうに二人に懇願する。
その眼差しに耐えかねたエドが、アルにナイフを渡す。
「……やっぱ、おまえやれ」
「やだよ!兄さんがやってよ!!ボク、動物殺した事無いもん!!」
「オレだって無ぇよ!!」
「いつも面倒な事は、キョウコやボクに押しつけて!!」
「なにをーっ!?」
兄弟喧嘩をしているその隙に、獲物を求めて飛んできた狐が野兎を横取りする。
「「あーー!!!」」
苛立ちと疲労が色濃く滲み出る兄弟はこの数十分の間、逃げ回る狐めがけて全力疾走。
「「待てーーーーーーーっ!!」」
走りっぱなしでいい加減、疲れてきたエドは必死の表情で茂みを掻き分けながら歩く。
「めし~~~~どこ行った~~」
「兄さん!」
木の根元の洞穴 に、母狐が子狐に先程の兎を食事として与えていた。
「あ…子供がいたんだ…」
「母親…かな」
「…うん」
親子はそのまま音を立てて兎を食べ、骨が砕かれる音と肉が噛みしだかれる音と血が滴る音と、吐き気を誘う三重奏の不協和音が不気味に響く。
「………うぷ」
「肉はやめて、魚にしよう…」
エドは顔を真っ青にし、アルは口許を押さえた。
というわけで、魚に変更した二人は枝の先に蔓を結んで即席の竿をつくり、釣りを開始する。
しかし、いくら経っても魚は釣れず、夕方になってしまった。
「…キツネって食えるのかな」
「おちつけよ」
極度の空腹に恐ろしい形相となるエドに、アルは、ふふ…と渇いた笑みを浮かべる。
「「あっ!!」」
その時、エドの竿から反応が訪れ、
「「来たーーーッ!!」」
勢いよく引っ張ると、待望の魚が釣れた。
「「火ーーーッ!!」」
そして、原始的な火起こし方法で有名なきりもみ式で摩擦を繰り返して火を起こす。
「「めしーーーッ!!」」
魚を串に刺してじっくりと焼き、やっとのことで飯にありつける。
「「いただきまーーー」」
幸福の瞬間は、背後から現れた仮面の男によって阻止された。
「「出たーーーーっ!!!」」
気配を殺して出現した乱入者に絶叫した。
高らかに振り上げられた蹴りが襲いかかり、二人は慌てて逃げる。
次の瞬間には、目を見張った。
「あ!!」
男は器用に足の指で串を持ち上げ、そのまま食べようとしていた。
「あーん」
苦労して釣った魚を横取りされ、エドは男を睨みつける。
「オレのめし!!」
「…このぉ!!」
今度はアルが動いた。
木の棒を振りかぶりながら一気に距離を詰める。
奔 った木の棒はしかし、寸前で跳ね上げられた膝と肘で挟撃 される。
万力で挟み込まれるように攻撃は止められ、さらに手刀で真っ二つに折られた。
「あ…」
反射的に目線が男から折れた棒へといく。
大きく隙が作り出され、無防備なアルの腹部に蹴りが突き刺される。
「がはっ」
「アル!!てめッ、よくも!!」
怒りに顔を歪ませて、エドは拳を構えて突進する。
だが、突進も虚しく乱暴に首を掴まれ、木の幹に叩きつけられた。
「オレの島だ、出て行け!!」
男は大口を開けて魚にかぶりつくと、至近距離で脅す。
「ここを…出てったら…………修業が、ダメに…くっ…なっちまう……!!」
抵抗するように声をあげるが、さらに一息、首を締め上げられる。
(ちくしょう…ちくしょう。ちくしょ…う…)
激痛と息苦しさが、悪寒と共に襲いかかってくる。
やがて、枯れた息と共に、意識は闇に沈んだ。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
意識が覚醒したエドは、湖で身体を洗っていた。
「あーーいて…あの野郎…」
岸では、葉でつくった簡素な布団でアルが寝そべっている。
「くそ!減りすぎて、腹も鳴らねーや」
湖の遥か彼方には、太った排気パイプが突き出しており、空に向かって灰色の分厚い煙を立ち昇らせているのが見える。
「~~~~~~~~~っ!!」
エドはそれをしばらく睨みつけると、勢いよく顔を洗った。
「ぜってーあきらめねーぞ!」
岸に上がると、ナイフで木の幹に傷をつけ、日数を数える。
「あと、28日!!」
二人は協力して火を起こし、魚を釣り、獲物を捕獲する。
自分達が作った罠にエドが引っかかり、釣った魚が小魚程度だったり。
男との戦いも、いつしか鍛錬に変わっていった。
始めた当初は、ただ怯え、逃げるだけだったが、それがいつの頃か、自分達も応戦するようになっていた。
この厳しい鍛錬を、兄弟はさんざん打っ飛ばされづつも、とにかく諦めずに続けている。
木の根元に生えているキノコを悩みながらも食べたが、やっぱり毒キノコであったり。
男との勝負では、打たれ敗られ、引っ掻き傷や打撲だらけの身体となっていく。
食料を調達しに釣るエドは居眠りをしてしまい、挙げ句、夕方になっても釣り針に魚はいなかった。
「なぁ…オレたち、ここに何しに来てんだっけ…」
「……さぁ」
野生での生活による過労と襲撃での睡眠不足……常に気を緩めないほどの緊張から、二人は自分達の目的すら忘れてしまっていた。
さらに12日が経ち、夜通し降り続いた霧雨 は、まだ止んでいなかった。
その中、葉でつくった簡素な小屋に膝を揃えて座る二人の瞳は虚ろ。
「…………ッ!!」
アルが、地面に両手をついて声にならない悲鳴をあげた。
まぶたがひどく重く、頭が痛む。
疲労が色濃く残っていて、エドは虚ろな瞳を地面に向けてつぶやく。
「……オレたち、ここで死んだら、どうなるんだろ」
「いやだよ…キョウコやウィンリィや、ばっちゃんが悲しむ。ボクだって、まだまだやりたい事がある…こんなの…錬金術と、なんの関係があるんだよ!!」
濡れた地面に爪を食い込ませて、奥歯を噛みしめて、あらゆる鬱屈 に満ちた叫びが貫く。
「もういやだ!!帰りたいよぉ!!」
もう、鍛錬をする気力もなかったため、呆気なく完敗した。
水溜りを踏んで、男は右手に棍棒、左手にアルの襟首を掴んで叫ぶ。
「立て!闘え!」
「ごほっ…ごほ…」
地に倒れるエドは脇腹を押さえ、咳き込む。
「闘えぬなら、出て行け!!」
その瞬間、意識せぬうちに、身体が勝手に動き、腰のナイフを取り出し、微塵の揺るぎもなく前を指している。
いや、刺している。
すると、男はアルを離し、無言で踵を返した。
エドは怪訝そうに眉根を寄せるが、一気に緊張から力が抜けたように、再び倒れ込んだ。
「あいつら、大丈夫かね」
あいつら、とは、無人島に置き去りにされた幼い兄弟である。
だが、イズミはそんなシグの懸念を先んじるように言った。
「『経験に勝る知識無し』ってね。錬金術の基礎にして、肝の部分を
銀色に反射する包丁を眺めて、昔を懐かしむように説明する。
その普段見せない穏やかな横顔からは、嘘を言っているようにはとても見えない。
「これで何も学べなかったら、しょせんは、そこまでの才能だったって事。弟子入りはすっぱりあきらめてもらうだけね。あの子ら、必死だったし、これ位の試験はパスするでしょ」
どうにも納得できないシグだったが、この件に関しては錬金術としては一流の彼女に任せると決めたのだ。
ならばイズミの修練法を黙って受け入れるしかない。
「はい、研ぎ終わり」
研ぎ終わった包丁を
「あいよ。俺が心配してんのは、あいつらの命の方だが」
目にも止まらぬ速さで飛来したそれを、シグは真剣白刃取り――の片手版である、指先で刃を挟んで受け取った。
「私の修業の時なんて、ブリッグズ山に1か月放り込まれたわよ」
「おまえと一般人を一緒にするな」
――白く蒼く光景を染める
――荒れる吹雪の中で、若きイズミはナイフ一本、巨大熊と対決していた。
「それに比べりゃ、天国天国」
「しかしなぁ、やっぱり、あんな小さい子を…」
「死にゃしないわよ!」
なおも納得できないシグをよそに、イズミはあくまで涼しい顔である。
「
同じ頃、無人島に置き去りにされたエドとアルは絶体絶命にあった。
「「う、わああああああああああ」」
突如、現れた仮面の男が棍棒を振りかぶって襲いかかってきたのだ。
ゴオン、と二人の中間に重々しい打撃を叩き込んだそれを見て、
「ひ…」
アルは悲鳴をあげる間もなく、棍棒を持っていない左手で吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる。
ようやく衝撃から立ち直りつつあるのか、エドは冷や汗を垂らしながらも勇気を振り絞った。
「このぉ!!」
勢いよく男の顎を蹴り上げる。
仮面の男はぐらりと身体を揺らし……しかし、すぐに足をついて踏みとどまった。
全く効いていない。
「え」
お返しとばかりに繰り出された頭突きが急襲。
「ふんッ」
エドの小さな身体が大きく仰け反った。
強烈な打撃音が弾け、後方へ吹っ飛ばす。
「あっ…あっ、でっ、いでっ!!」
固い土にしたたか身体を打ちつけて何度か転げ回り、咄嗟に立ち上がろうとして、足元が木の根に引っかかる。
「ちち…」
鼻の頭まで泥まみれになったエドの頭上、腕を振り上げて襲い来る男に、逃げるタイミングを失ってしまった。
「や…ば…」
エドの額に汗が浮かび、頬を伝って落ちていく。
――逃げられな……。
「い?」
恐怖に屈した途端、足場が崩れ、寸前で男の攻撃を受けずに済んだが、逆さまになるように頭から落下した。
「あだだだだ!!痛いけど、助かったぁ!!」
間髪入れずに、エドを追って男が降りてきた。
部族のような仮面が向けられる。
その間にエドは次の行動に移っていた。
走る。
とにかく走る。
「はっ、はっ、はっ…はっ!」
魔物のような木々が
「?アル…なんだよぉ、迷子になんてんじゃねぇよぅ…アル~~~」
吹き飛ばされたアルとは、逃げる途中ではぐれてしまった。
軽く涙目になっていると、突然服を引っ張られ、パニック状態に陥る。
「わーー!!オレ、食っても美味くないぞーー!!ぎゃーー!!」
「兄さん、ボクだよ!」
「アル!?よかった、はぐれたかと…」
「しっ!」
アルは口許に指を当てた。
視線の先では、男は荒い息をつきながら、重い足音を響かせて去っていく。
二人は木の陰に隠れ、気づかれないよう、互いの口を塞いでいた。
男が去った後、二人は溜まった恐怖を一気に爆発させる。
「なんだったの、あの人!!」
「怖っ!!めっちゃ、怖っっ!!」
夜が明け、二人は昨夜の出来事に恐怖を覚えながら食料を探しに、林に囲まれた険しい道を歩く。
「猛獣いないって、言ってたくせに…」
「猛獣より、やばそうなのいるじゃんか~~」
「どうしよう………」
「どうしようったって、迎えに来るの、1か月先だし…とりあえず、腹が減ってちゃ、戦もできねぇ」
あらかじめ渡されたナイフを持つと、
その後、枝と蔓で簡素な罠をつくり、見事に野生の兎を捕まえた。
「「やったーーー!!」」
とにかくお腹が減っていた二人にとって、脂したたる肉はご馳走だ。
「キーーーッ」
捕まった兎は悲痛な鳴き声をあげて、じたばたと暴れる。
「食料ゲット!!」
「てきとーな罠でも掴まるもんだなぁ!」
思わず喉を鳴らす兄弟。
ようやくご馳走にありつけると喜びに涙を流すが、目の前の兎をどうやって調理しようか、悩み始める。
「――で、どうやって食べるの、これ」
「んーーー~~…スパッと!」
「スパッと?」
生きている動物を殺す――一般人にとっては、初めてかつ残酷な経験であり、ごくり…と喉を鳴らす。
すると、兎はうるうると両目を潤ませて、食べないで、というふうに二人に懇願する。
その眼差しに耐えかねたエドが、アルにナイフを渡す。
「……やっぱ、おまえやれ」
「やだよ!兄さんがやってよ!!ボク、動物殺した事無いもん!!」
「オレだって無ぇよ!!」
「いつも面倒な事は、キョウコやボクに押しつけて!!」
「なにをーっ!?」
兄弟喧嘩をしているその隙に、獲物を求めて飛んできた狐が野兎を横取りする。
「「あーー!!!」」
苛立ちと疲労が色濃く滲み出る兄弟はこの数十分の間、逃げ回る狐めがけて全力疾走。
「「待てーーーーーーーっ!!」」
走りっぱなしでいい加減、疲れてきたエドは必死の表情で茂みを掻き分けながら歩く。
「めし~~~~どこ行った~~」
「兄さん!」
木の根元の
「あ…子供がいたんだ…」
「母親…かな」
「…うん」
親子はそのまま音を立てて兎を食べ、骨が砕かれる音と肉が噛みしだかれる音と血が滴る音と、吐き気を誘う三重奏の不協和音が不気味に響く。
「………うぷ」
「肉はやめて、魚にしよう…」
エドは顔を真っ青にし、アルは口許を押さえた。
というわけで、魚に変更した二人は枝の先に蔓を結んで即席の竿をつくり、釣りを開始する。
しかし、いくら経っても魚は釣れず、夕方になってしまった。
「…キツネって食えるのかな」
「おちつけよ」
極度の空腹に恐ろしい形相となるエドに、アルは、ふふ…と渇いた笑みを浮かべる。
「「あっ!!」」
その時、エドの竿から反応が訪れ、
「「来たーーーッ!!」」
勢いよく引っ張ると、待望の魚が釣れた。
「「火ーーーッ!!」」
そして、原始的な火起こし方法で有名なきりもみ式で摩擦を繰り返して火を起こす。
「「めしーーーッ!!」」
魚を串に刺してじっくりと焼き、やっとのことで飯にありつける。
「「いただきまーーー」」
幸福の瞬間は、背後から現れた仮面の男によって阻止された。
「「出たーーーーっ!!!」」
気配を殺して出現した乱入者に絶叫した。
高らかに振り上げられた蹴りが襲いかかり、二人は慌てて逃げる。
次の瞬間には、目を見張った。
「あ!!」
男は器用に足の指で串を持ち上げ、そのまま食べようとしていた。
「あーん」
苦労して釣った魚を横取りされ、エドは男を睨みつける。
「オレのめし!!」
「…このぉ!!」
今度はアルが動いた。
木の棒を振りかぶりながら一気に距離を詰める。
万力で挟み込まれるように攻撃は止められ、さらに手刀で真っ二つに折られた。
「あ…」
反射的に目線が男から折れた棒へといく。
大きく隙が作り出され、無防備なアルの腹部に蹴りが突き刺される。
「がはっ」
「アル!!てめッ、よくも!!」
怒りに顔を歪ませて、エドは拳を構えて突進する。
だが、突進も虚しく乱暴に首を掴まれ、木の幹に叩きつけられた。
「オレの島だ、出て行け!!」
男は大口を開けて魚にかぶりつくと、至近距離で脅す。
「ここを…出てったら…………修業が、ダメに…くっ…なっちまう……!!」
抵抗するように声をあげるが、さらに一息、首を締め上げられる。
(ちくしょう…ちくしょう。ちくしょ…う…)
激痛と息苦しさが、悪寒と共に襲いかかってくる。
やがて、枯れた息と共に、意識は闇に沈んだ。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
意識が覚醒したエドは、湖で身体を洗っていた。
「あーーいて…あの野郎…」
岸では、葉でつくった簡素な布団でアルが寝そべっている。
「くそ!減りすぎて、腹も鳴らねーや」
湖の遥か彼方には、太った排気パイプが突き出しており、空に向かって灰色の分厚い煙を立ち昇らせているのが見える。
「~~~~~~~~~っ!!」
エドはそれをしばらく睨みつけると、勢いよく顔を洗った。
「ぜってーあきらめねーぞ!」
岸に上がると、ナイフで木の幹に傷をつけ、日数を数える。
「あと、28日!!」
二人は協力して火を起こし、魚を釣り、獲物を捕獲する。
自分達が作った罠にエドが引っかかり、釣った魚が小魚程度だったり。
男との戦いも、いつしか鍛錬に変わっていった。
始めた当初は、ただ怯え、逃げるだけだったが、それがいつの頃か、自分達も応戦するようになっていた。
この厳しい鍛錬を、兄弟はさんざん打っ飛ばされづつも、とにかく諦めずに続けている。
木の根元に生えているキノコを悩みながらも食べたが、やっぱり毒キノコであったり。
男との勝負では、打たれ敗られ、引っ掻き傷や打撲だらけの身体となっていく。
食料を調達しに釣るエドは居眠りをしてしまい、挙げ句、夕方になっても釣り針に魚はいなかった。
「なぁ…オレたち、ここに何しに来てんだっけ…」
「……さぁ」
野生での生活による過労と襲撃での睡眠不足……常に気を緩めないほどの緊張から、二人は自分達の目的すら忘れてしまっていた。
さらに12日が経ち、夜通し降り続いた
その中、葉でつくった簡素な小屋に膝を揃えて座る二人の瞳は虚ろ。
「…………ッ!!」
アルが、地面に両手をついて声にならない悲鳴をあげた。
まぶたがひどく重く、頭が痛む。
疲労が色濃く残っていて、エドは虚ろな瞳を地面に向けてつぶやく。
「……オレたち、ここで死んだら、どうなるんだろ」
「いやだよ…キョウコやウィンリィや、ばっちゃんが悲しむ。ボクだって、まだまだやりたい事がある…こんなの…錬金術と、なんの関係があるんだよ!!」
濡れた地面に爪を食い込ませて、奥歯を噛みしめて、あらゆる
「もういやだ!!帰りたいよぉ!!」
もう、鍛錬をする気力もなかったため、呆気なく完敗した。
水溜りを踏んで、男は右手に棍棒、左手にアルの襟首を掴んで叫ぶ。
「立て!闘え!」
「ごほっ…ごほ…」
地に倒れるエドは脇腹を押さえ、咳き込む。
「闘えぬなら、出て行け!!」
その瞬間、意識せぬうちに、身体が勝手に動き、腰のナイフを取り出し、微塵の揺るぎもなく前を指している。
いや、刺している。
すると、男はアルを離し、無言で踵を返した。
エドは怪訝そうに眉根を寄せるが、一気に緊張から力が抜けたように、再び倒れ込んだ。