第20話
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――記憶の糸をたどると、いつも最初に出て来るのは、書斎で研究にふけるあいつの姿だ。
書斎で研究にふける父親の後ろ姿を、幼い頃のエドは扉を少し開け、その隙間からそっと眺めていた。
――錬金術師だったあいつに、親らしい事をしてもらった思い出は、全くと言っていい程無い。
――あいつが出て行った日、理由をたずねても、母さんは『しょうがない』と言うだけで、淋しそうに笑っていたが、影で泣いていたのを知ってる。
――母さんが病に倒れ、この世を去ったのは、それからまもなくの事だった。
分厚い胸板と広い肩幅、服越しでもわかる、くっきりと隆起した筋肉。
見上げるような大男の登場に、エドとキョウコは呆然と眺めるしかない。
二人の注視を受けながら男は口を開く。
「…………エド……か?」
若干引き気味の笑みを浮かべて、エドは相槌を打つ。
男の目が見開かれ、大きく右手を突き出したかと思うと、彼の頭を鷲掴みにした。
突然の行動に成す術もなく固まっていると、力強く頭を撫でられる。
「よく来た。大きくなったな」
(ちぢむ………!!)
頭を撫でられて(というか、そんなレベルの力じゃないけども)痛い。
このままでは、ただでさえ小さい身長が縮む。
ぐりぐりと力強く撫でられた手が外され、身長が縮んでないか、慌てて確かめる。
「…………キョウコか?」
「………はい。お久しぶりです…シグさん」
次に、物凄い緊張しているキョウコを顔をじっくりと見て、幾分か優しい手つきで頭を撫でる。
「よく来た。美人になったな」
最後に、緊張に身構える鎧へと視線を向ける。
「こっちは?」
「アルフォンスです、ごぶさたしてます」
「そうか。すごく大きくなったな」
男――シグは二人にした時と同じように鎧の頭を撫でた。
(鎧になってから、初めて頭なでられた…)
小さな幸せに浸るアルの横で、シグは怪訝そうに眉をひそめる。
「急にどうした」
錬金術の修行を終えて以降、各地を旅する三人の急な来訪について聞いてみた。
「師匠 に教えてもらいたい事があって…」
「ああ、こっち来な。メイスン、しばらく店たのむ」
「へーい」
メイスンに包丁とエプロンを渡し、肉屋に隣接する自宅の方へと案内する。
「師匠の身体の具合は?」
「そこそこ元気だが、まぁ病弱にはかわり無いな。おいイズミ、エルリックとアルジェントのチビ共が来たぞ」
開け放たれた窓枠から、彼らの師匠――イズミを呼ぶ。
その頃、イズミはベッドの上で本を読んでいた。
「エドとアルとキョウコが?」
「起きれるか?」
「大丈夫。今日は少し、体調がいいから」
イズミを待つ間、玄関で待つ兄弟はひそひそと話し合う。
「師匠、具合悪くて寝てたんだ」
「また身体、悪くなったんじゃねー?」
(何か、悪寒が……)
そんな中、キョウコは扉の奥から近づいてくる足音に危機感を覚え、一歩離れた。
そして、彼女の勘が当たることになる。
開け放たれた扉から前触れもなく、強烈な前蹴りが繰り出された。
いきなりの前蹴りを食らったエドは悲鳴をあげながら転倒する。
「もぎゃああああああああ」
巻き起こる突風がキョウコの髪とコートを舞い上がらせ、アルは壁に身体を密着させて、
「あわわわわわ」
と涙目になって怯える。
扉の奥からエドを蹴り飛ばした人物が片足を踏み下ろし、怒りのこもった低い声を出す。
「おまえ達の噂は、ダブリス までよ~~~~~く届いてるぞ、この馬鹿弟子が。軍の狗 に成り下がったって?」
鎖骨にフラメルの入れ墨を彫り、見るからに強気そうな相貌が、どういうわけか険悪そのものの表情を作っている。
鋭く走る眼光も、強烈な強さを持っていた。
「ああ?」
具合が悪い?
病弱?
そんなの関係ないとばかりの猛攻撃。
「なんとか言え!!」
「無理だよ、イズミ」
シグに服を掴まれているエドは血に塗 れ、魂が口から半分出ている。
ニューネッシー――その姿は、まさに伝説上の怪獣。
踵を返して逃げ出そうとしたアルだったが、イズミに見つかってしまう。
「ん?この鎧は、どちら様?」
「あっ…おっ…弟のアルフォンスです。師匠っっ、あああ、あのっ」
「アル!ずいぶん大きくなって!」
その成長ぶりに目を見張るイズミが手を差し出す。
勿論、否やはない。
アルも慌てて手を出し、握手を交わす。
「いやぁ。師匠も変わりないよう、で?」
握手を交わした直後、彼の視界がぐるりと反転し、そのまま地面に叩きつけられた。
「鍛え方が足りん!」
一瞬で兄弟を戦闘不能にしてみせたイズミは、鍛え方が足りないと斬り捨てる。
毎日、兄弟で組み手をしているとはいえ、一旦イズミが『その気』で構えを取ると、不思議なくらいに攻撃は当たらない。
彼女の軽快なフットワークの前に虚しく空振りを繰り返すだけだ。
最後に残ったキョウコは荷物を置いて、居住まいを正す。
「ん?そこの女の子は?」
「あ……えぇと……お、お久しぶりです、師匠!キョウコです」
「おぉ、キョウコか!ずいぶんと美人になったな!」
イズミは笑顔を浮かべて近づく。
「っ……!?」
瞬間、機先を制す左拳が顔面に迫り、慌てて後ずさった。
それと同時に、同じスピードで踏み込んでくるイズミの姿に思考が止まる。
射程距離――自分は体勢を崩している――前方、構えた。
「だあっ!」
叫ぶと共に、キョウコは残っていた右足で地を蹴った。
再び飛び退いたところで撃墜される。
なら、一か八か――。
イズミの身体が一瞬、固まる。
キョウコは飛び退くのではなく、真っ正面に挑んだ。
「師匠、ごめんなさい!!」
瞬時にイズミの腕を取って足を払い、引きずり倒そうとした。
刹那、イズミは手を伸ばすと逆に胸ぐらを掴み上げる。
「――甘いな」
「――っ!?」
キョウコの身体を自身の背中へと巻き上げつつ、軸足をぎゅんっ!と独楽 のように回転させ、駆け抜ける勢いを乗せたまま、一本背負いで投げ飛ばした。
「きゃん!?」
見事なタイミングで後ろへ投げ飛ばされたキョウコは、お尻から地面に落ちた。
息を詰まらせ悶絶するキョウコを傲然と見下ろし、イズミは楽しそうに、しかし思い切り厳しく指摘する。
「ふむ。最初に良かったのは一撃目までだな……だが、あたしを投げようなぞ、100年早い!」
「は……はい」
尻もちをついているキョウコだが、兄弟の方に足を向け、スカートが少しだけめくれ……でも足が邪魔になり、その奥がギリギリ見えそうで見えないという、素晴らしくももどかしい状況になってます。
キョウコもギリギリですが、兄弟もギリギリです。
エドに至っては鼻血を出しかけてます。
だが、どうにか鼻を手で押さえ鼻血を押さえ込む。
アルはそんな無様なことをしないが、視線をキョウコにロックオン。
思春期少年二人を横目に、イズミは立たせようと手を差し伸べる。
「あ…ありがとうございます」
「何、これ以上キョウコの無防備な姿を、ダメな男共の目に晒 すわけにはいかないからな」
ダメじゃない男の子の目は、シリアスな場面で見せる、カッコ良くて凛々しい目のことでしょうから、ダメな方の目というのは、エッチな方の目でしょう。
「そそそそんな事ないですよ!!」
そう否定しつつも、エドは盛大に目を泳がせる。
そこでキョウコを見ると、スカートを押さえて睨んでいました。
「こっ、これは不可抗力というかなんというか……」
そんなエドの情けない言い訳に、キョウコは、ぷいっ、と知らんぷり。
「キョウコ~~」
情けなさ過ぎです。
でも、言い返すための材料を持たない自分が悲しい。
こっそりと逃れたアルは弱々しく訴える。
「師匠、具合悪いんじゃなかったんですか~~~~」
「何を言う!おまえ達が遠路はるばる来たというから、こうして…」
ご機嫌だったイズミがたちまち不機嫌になり、声を荒げた……その時だ。
突如、大量の血を吐き出し、紡がれた言葉は途中で遮られた。
「無理しちゃダメだろ。ほら薬」
シグが眉を下げて薬を出し、咳き込むイズミを介抱する。
三人の錬金術と体術の師匠であるイズミ。
その唯一にして最大の弱点は、極度の虚弱体質によって、些細なことで発作を起こし、喀血 してしまうということだった。
「いつもすまないねぇ」
「おまえ、それは言わない約束だろう」
「あんた…!!」
視線が合えば互いに微笑みかけ、ひしっ、と抱きつく。
惚気 モード全開を繰り広げられ、兄弟は呆れたような半眼になり、キョウコは苦笑いを浮かべる。
(相変わらずだなぁ……)
さらりとバカップルぶりを発揮するイズミとシグ。
割と見慣れたその光景に、今さらながら、あぁ、戻ってきたんだな、と強く実感する三人であった。
「え~と………あらためて」
「お久しぶりです」
「うん、よく来た!」
キョウコとアルが改めて挨拶を交わすと、
「でっっ」
イズミはエドの頭を思い切り叩いて歓迎した。
「賢者の石?」
家の中に三人を招き入れ、イズミは会話の中に出てきた単語を聞いて、眉をひそめた。
「師匠なら、何か知ってるかなーと……」
「私は、石には興味が無いからなぁ。そんな伝説でしか存在しないようなモン研究して、どーすんの?」
「いやっ…ほら、知的好奇心と言いましょうか!」
「錬金術師として、やっぱり気になるんですよ」
歯切れ悪く答えるエドに、すかさずキョウコがフォローする。
「………賢者の石ねぇ…」
そんな二人の様子に怪しがるイズミだったが、しばらく考え込むと、シグが口を挟んだ。
「そういえば、この前の旅行で中央 に寄った時、石にやたら詳しい錬金術師に会ったよな」
「ああ、あの男!えーと、たしか…『ホーエンイム』って名乗ってたっけ」
まさか。
まさか、その名前が出てくるとは思っていない三人は驚きに目を見開いた。
「どんな人ですか!?」
滅多に出さない大声をあげて詰め寄るアルに、イズミは淡々と告げる。
「割と背が高くて…金髪メガネに、あごヒゲだったかな。年はよくわからなかったけど……けっこう、男前だったよ」
脳裏に浮かぶのは、長身でスーツを着た金髪の紳士。
途端、シグが不機嫌そうに顔をしかめるのを見て、イズミはその肩を叩く。
「やっだぁ!あんたの方が、いい男よぉ!!」
公衆の面前で抱き合ったりノロケたり、ラブラブなのはいいことだが、時と場所をわきまえてほしい。
エドはげんなりと顔を歪め、キョウコは困惑する。
鎧の顔をうつむけたアルが、僅かに声を低くして言う。
「生きてたんだ……」
「知り合いか?」
アルは一瞬、迷ったようだが、その人物が自分達の父親であることを告げた。
「……父親です。ボク達の……」
「あの、昔出てったっていう、おまえ達の父親?キョウコを引き取ったのも、その人だろ?」
「……はい」
「丁度いいじゃないか、まだ中央にいるかも…」
「あんな奴!!」
すると、エドは膝にのせた拳を震わせて、聞きたくもない言葉を、無理矢理自分の声で遮った。
「あんな奴に頼るのだけは、ごめんだ……!!」
何気なく父親との再会を促すだったが、金髪の少年の返ってきた反応に唖然とする。
「あ…あの、父さん、石について何か言ってました?」
「ん~~~~~…」
おそるおそる訊ねるアルに、イズミはその時のことをもう一度思い出すように悩んだ後、顎に指を添えて告げた。
「長年の望みが、もうすぐどうとか…うれしそうに語ってたっけ」
そして迎えた昼食の時間、加わったメイスンと共に五人は食卓を囲んでいた。
男達はがっつく勢いでスパゲティやハムを口に運び、キョウコはナイフとフォークで肉を切り分け、イズミはカップに口をつける。
「へぇーー。世の中には、あくどい奴がいるもんだねぇ」
三人の近況報告を聞き、メイスンはがつがつと食べながら能天気な声で言った。
「オレもムカっ腹立ったからさ。東方司令部の大佐にチクっといた」
「馬鹿だねぇ。炭鉱の権利書をそのまま持ってりゃ、老後も安泰なのに」
すると、イズミに肩をすくめられた。
「あんまり、危ない事しちゃダメだぞ。子供なんだから」
シグが骨付き肉を豪快にかじりながら告げると、アルは憂鬱な溜め息を漏らす。
「キョウコとボクは平和に生きたいと思ってるんですけど、兄さんがねぇ……」
「なんだよ、オレのせいかよ!」
「「ちがうの?」」
ここでエドが憮然とした面持ちで見つめると、二人は首を傾げる。
「アルフォンス君、食べないの?」
「食欲、無いんで…」
おざなりな返答をする間も、三人で歩んだ旅の冒険を話す。
今となっては、全てが懐かしい。
これまでの旅の話の中で、無視してはいけない事実が発覚した。
ユースウェル炭坑に訪れた際の、キョウコの黒い笑顔。
今まで凛々しい風情の淑やかさだったのに、迫力が半端ではない。
とにかく、笑顔なのに恐ろしいのだ。
「オレ、キョウコの意外な一面を見たよ」
「ボク、あれ以来、キョウコを姉さんって呼ぶようになったよ」
ぶるりと身体を震わせるエドとは対照的に、アルは興奮気味に語る。
にわかには信じがたい話であった。
だが、それを聞いたイズミはにやりと笑う。
「ほぅ。あのエドが、少しは大人しくなったか。恋の力は偉大だっていうけど、まさしくそうだね」
「にぎゃーーーーーっ!!」
真っ赤になってエドが叫ぶ。
しかし、その時の顔は怒りではなく、明らかに羞恥で赤くなっていた。
また、自分の気持ちに鈍感だった少年が過剰反応するとは驚きだった。
「うるさいよ、静かにしなっ!」
彼なりの必死の抵抗も虚しく、イズミに殴られてしまう。
キョウコがつついてみたが、痙攣するだけで反応がなかった。
「恋の力……」
ぴくりとも動かないエドをじっと見つめ、キョウコはぼそりとつぶやく。
「うん。まぁ、いるよね……………すぐそこに」
「え?」
「ううん、なんでもないよ。ちなみに、ボクが好きなのはキョウコだけどね」
アルからキョウコへのストレート発言。
しかも、ど真ん中ストライク。
キョウコは目をまばたきさせて固まる。
そして、呆然としていた瞳に理解の色が浮かび、次の瞬間、その美貌を真っ赤にさせた。
「ほぅ、アル、随分と言うようになったな」
「ボクも学びましたから」
書斎で研究にふける父親の後ろ姿を、幼い頃のエドは扉を少し開け、その隙間からそっと眺めていた。
――錬金術師だったあいつに、親らしい事をしてもらった思い出は、全くと言っていい程無い。
――あいつが出て行った日、理由をたずねても、母さんは『しょうがない』と言うだけで、淋しそうに笑っていたが、影で泣いていたのを知ってる。
――母さんが病に倒れ、この世を去ったのは、それからまもなくの事だった。
分厚い胸板と広い肩幅、服越しでもわかる、くっきりと隆起した筋肉。
見上げるような大男の登場に、エドとキョウコは呆然と眺めるしかない。
二人の注視を受けながら男は口を開く。
「…………エド……か?」
若干引き気味の笑みを浮かべて、エドは相槌を打つ。
男の目が見開かれ、大きく右手を突き出したかと思うと、彼の頭を鷲掴みにした。
突然の行動に成す術もなく固まっていると、力強く頭を撫でられる。
「よく来た。大きくなったな」
(ちぢむ………!!)
頭を撫でられて(というか、そんなレベルの力じゃないけども)痛い。
このままでは、ただでさえ小さい身長が縮む。
ぐりぐりと力強く撫でられた手が外され、身長が縮んでないか、慌てて確かめる。
「…………キョウコか?」
「………はい。お久しぶりです…シグさん」
次に、物凄い緊張しているキョウコを顔をじっくりと見て、幾分か優しい手つきで頭を撫でる。
「よく来た。美人になったな」
最後に、緊張に身構える鎧へと視線を向ける。
「こっちは?」
「アルフォンスです、ごぶさたしてます」
「そうか。すごく大きくなったな」
男――シグは二人にした時と同じように鎧の頭を撫でた。
(鎧になってから、初めて頭なでられた…)
小さな幸せに浸るアルの横で、シグは怪訝そうに眉をひそめる。
「急にどうした」
錬金術の修行を終えて以降、各地を旅する三人の急な来訪について聞いてみた。
「
「ああ、こっち来な。メイスン、しばらく店たのむ」
「へーい」
メイスンに包丁とエプロンを渡し、肉屋に隣接する自宅の方へと案内する。
「師匠の身体の具合は?」
「そこそこ元気だが、まぁ病弱にはかわり無いな。おいイズミ、エルリックとアルジェントのチビ共が来たぞ」
開け放たれた窓枠から、彼らの師匠――イズミを呼ぶ。
その頃、イズミはベッドの上で本を読んでいた。
「エドとアルとキョウコが?」
「起きれるか?」
「大丈夫。今日は少し、体調がいいから」
イズミを待つ間、玄関で待つ兄弟はひそひそと話し合う。
「師匠、具合悪くて寝てたんだ」
「また身体、悪くなったんじゃねー?」
(何か、悪寒が……)
そんな中、キョウコは扉の奥から近づいてくる足音に危機感を覚え、一歩離れた。
そして、彼女の勘が当たることになる。
開け放たれた扉から前触れもなく、強烈な前蹴りが繰り出された。
いきなりの前蹴りを食らったエドは悲鳴をあげながら転倒する。
「もぎゃああああああああ」
巻き起こる突風がキョウコの髪とコートを舞い上がらせ、アルは壁に身体を密着させて、
「あわわわわわ」
と涙目になって怯える。
扉の奥からエドを蹴り飛ばした人物が片足を踏み下ろし、怒りのこもった低い声を出す。
「おまえ達の噂は、
鎖骨にフラメルの入れ墨を彫り、見るからに強気そうな相貌が、どういうわけか険悪そのものの表情を作っている。
鋭く走る眼光も、強烈な強さを持っていた。
「ああ?」
具合が悪い?
病弱?
そんなの関係ないとばかりの猛攻撃。
「なんとか言え!!」
「無理だよ、イズミ」
シグに服を掴まれているエドは血に
ニューネッシー――その姿は、まさに伝説上の怪獣。
踵を返して逃げ出そうとしたアルだったが、イズミに見つかってしまう。
「ん?この鎧は、どちら様?」
「あっ…おっ…弟のアルフォンスです。師匠っっ、あああ、あのっ」
「アル!ずいぶん大きくなって!」
その成長ぶりに目を見張るイズミが手を差し出す。
勿論、否やはない。
アルも慌てて手を出し、握手を交わす。
「いやぁ。師匠も変わりないよう、で?」
握手を交わした直後、彼の視界がぐるりと反転し、そのまま地面に叩きつけられた。
「鍛え方が足りん!」
一瞬で兄弟を戦闘不能にしてみせたイズミは、鍛え方が足りないと斬り捨てる。
毎日、兄弟で組み手をしているとはいえ、一旦イズミが『その気』で構えを取ると、不思議なくらいに攻撃は当たらない。
彼女の軽快なフットワークの前に虚しく空振りを繰り返すだけだ。
最後に残ったキョウコは荷物を置いて、居住まいを正す。
「ん?そこの女の子は?」
「あ……えぇと……お、お久しぶりです、師匠!キョウコです」
「おぉ、キョウコか!ずいぶんと美人になったな!」
イズミは笑顔を浮かべて近づく。
「っ……!?」
瞬間、機先を制す左拳が顔面に迫り、慌てて後ずさった。
それと同時に、同じスピードで踏み込んでくるイズミの姿に思考が止まる。
射程距離――自分は体勢を崩している――前方、構えた。
「だあっ!」
叫ぶと共に、キョウコは残っていた右足で地を蹴った。
再び飛び退いたところで撃墜される。
なら、一か八か――。
イズミの身体が一瞬、固まる。
キョウコは飛び退くのではなく、真っ正面に挑んだ。
「師匠、ごめんなさい!!」
瞬時にイズミの腕を取って足を払い、引きずり倒そうとした。
刹那、イズミは手を伸ばすと逆に胸ぐらを掴み上げる。
「――甘いな」
「――っ!?」
キョウコの身体を自身の背中へと巻き上げつつ、軸足をぎゅんっ!と
「きゃん!?」
見事なタイミングで後ろへ投げ飛ばされたキョウコは、お尻から地面に落ちた。
息を詰まらせ悶絶するキョウコを傲然と見下ろし、イズミは楽しそうに、しかし思い切り厳しく指摘する。
「ふむ。最初に良かったのは一撃目までだな……だが、あたしを投げようなぞ、100年早い!」
「は……はい」
尻もちをついているキョウコだが、兄弟の方に足を向け、スカートが少しだけめくれ……でも足が邪魔になり、その奥がギリギリ見えそうで見えないという、素晴らしくももどかしい状況になってます。
キョウコもギリギリですが、兄弟もギリギリです。
エドに至っては鼻血を出しかけてます。
だが、どうにか鼻を手で押さえ鼻血を押さえ込む。
アルはそんな無様なことをしないが、視線をキョウコにロックオン。
思春期少年二人を横目に、イズミは立たせようと手を差し伸べる。
「あ…ありがとうございます」
「何、これ以上キョウコの無防備な姿を、ダメな男共の目に
ダメじゃない男の子の目は、シリアスな場面で見せる、カッコ良くて凛々しい目のことでしょうから、ダメな方の目というのは、エッチな方の目でしょう。
「そそそそんな事ないですよ!!」
そう否定しつつも、エドは盛大に目を泳がせる。
そこでキョウコを見ると、スカートを押さえて睨んでいました。
「こっ、これは不可抗力というかなんというか……」
そんなエドの情けない言い訳に、キョウコは、ぷいっ、と知らんぷり。
「キョウコ~~」
情けなさ過ぎです。
でも、言い返すための材料を持たない自分が悲しい。
こっそりと逃れたアルは弱々しく訴える。
「師匠、具合悪いんじゃなかったんですか~~~~」
「何を言う!おまえ達が遠路はるばる来たというから、こうして…」
ご機嫌だったイズミがたちまち不機嫌になり、声を荒げた……その時だ。
突如、大量の血を吐き出し、紡がれた言葉は途中で遮られた。
「無理しちゃダメだろ。ほら薬」
シグが眉を下げて薬を出し、咳き込むイズミを介抱する。
三人の錬金術と体術の師匠であるイズミ。
その唯一にして最大の弱点は、極度の虚弱体質によって、些細なことで発作を起こし、
「いつもすまないねぇ」
「おまえ、それは言わない約束だろう」
「あんた…!!」
視線が合えば互いに微笑みかけ、ひしっ、と抱きつく。
(相変わらずだなぁ……)
さらりとバカップルぶりを発揮するイズミとシグ。
割と見慣れたその光景に、今さらながら、あぁ、戻ってきたんだな、と強く実感する三人であった。
「え~と………あらためて」
「お久しぶりです」
「うん、よく来た!」
キョウコとアルが改めて挨拶を交わすと、
「でっっ」
イズミはエドの頭を思い切り叩いて歓迎した。
「賢者の石?」
家の中に三人を招き入れ、イズミは会話の中に出てきた単語を聞いて、眉をひそめた。
「師匠なら、何か知ってるかなーと……」
「私は、石には興味が無いからなぁ。そんな伝説でしか存在しないようなモン研究して、どーすんの?」
「いやっ…ほら、知的好奇心と言いましょうか!」
「錬金術師として、やっぱり気になるんですよ」
歯切れ悪く答えるエドに、すかさずキョウコがフォローする。
「………賢者の石ねぇ…」
そんな二人の様子に怪しがるイズミだったが、しばらく考え込むと、シグが口を挟んだ。
「そういえば、この前の旅行で
「ああ、あの男!えーと、たしか…『ホーエンイム』って名乗ってたっけ」
まさか。
まさか、その名前が出てくるとは思っていない三人は驚きに目を見開いた。
「どんな人ですか!?」
滅多に出さない大声をあげて詰め寄るアルに、イズミは淡々と告げる。
「割と背が高くて…金髪メガネに、あごヒゲだったかな。年はよくわからなかったけど……けっこう、男前だったよ」
脳裏に浮かぶのは、長身でスーツを着た金髪の紳士。
途端、シグが不機嫌そうに顔をしかめるのを見て、イズミはその肩を叩く。
「やっだぁ!あんたの方が、いい男よぉ!!」
公衆の面前で抱き合ったりノロケたり、ラブラブなのはいいことだが、時と場所をわきまえてほしい。
エドはげんなりと顔を歪め、キョウコは困惑する。
鎧の顔をうつむけたアルが、僅かに声を低くして言う。
「生きてたんだ……」
「知り合いか?」
アルは一瞬、迷ったようだが、その人物が自分達の父親であることを告げた。
「……父親です。ボク達の……」
「あの、昔出てったっていう、おまえ達の父親?キョウコを引き取ったのも、その人だろ?」
「……はい」
「丁度いいじゃないか、まだ中央にいるかも…」
「あんな奴!!」
すると、エドは膝にのせた拳を震わせて、聞きたくもない言葉を、無理矢理自分の声で遮った。
「あんな奴に頼るのだけは、ごめんだ……!!」
何気なく父親との再会を促すだったが、金髪の少年の返ってきた反応に唖然とする。
「あ…あの、父さん、石について何か言ってました?」
「ん~~~~~…」
おそるおそる訊ねるアルに、イズミはその時のことをもう一度思い出すように悩んだ後、顎に指を添えて告げた。
「長年の望みが、もうすぐどうとか…うれしそうに語ってたっけ」
そして迎えた昼食の時間、加わったメイスンと共に五人は食卓を囲んでいた。
男達はがっつく勢いでスパゲティやハムを口に運び、キョウコはナイフとフォークで肉を切り分け、イズミはカップに口をつける。
「へぇーー。世の中には、あくどい奴がいるもんだねぇ」
三人の近況報告を聞き、メイスンはがつがつと食べながら能天気な声で言った。
「オレもムカっ腹立ったからさ。東方司令部の大佐にチクっといた」
「馬鹿だねぇ。炭鉱の権利書をそのまま持ってりゃ、老後も安泰なのに」
すると、イズミに肩をすくめられた。
「あんまり、危ない事しちゃダメだぞ。子供なんだから」
シグが骨付き肉を豪快にかじりながら告げると、アルは憂鬱な溜め息を漏らす。
「キョウコとボクは平和に生きたいと思ってるんですけど、兄さんがねぇ……」
「なんだよ、オレのせいかよ!」
「「ちがうの?」」
ここでエドが憮然とした面持ちで見つめると、二人は首を傾げる。
「アルフォンス君、食べないの?」
「食欲、無いんで…」
おざなりな返答をする間も、三人で歩んだ旅の冒険を話す。
今となっては、全てが懐かしい。
これまでの旅の話の中で、無視してはいけない事実が発覚した。
ユースウェル炭坑に訪れた際の、キョウコの黒い笑顔。
今まで凛々しい風情の淑やかさだったのに、迫力が半端ではない。
とにかく、笑顔なのに恐ろしいのだ。
「オレ、キョウコの意外な一面を見たよ」
「ボク、あれ以来、キョウコを姉さんって呼ぶようになったよ」
ぶるりと身体を震わせるエドとは対照的に、アルは興奮気味に語る。
にわかには信じがたい話であった。
だが、それを聞いたイズミはにやりと笑う。
「ほぅ。あのエドが、少しは大人しくなったか。恋の力は偉大だっていうけど、まさしくそうだね」
「にぎゃーーーーーっ!!」
真っ赤になってエドが叫ぶ。
しかし、その時の顔は怒りではなく、明らかに羞恥で赤くなっていた。
また、自分の気持ちに鈍感だった少年が過剰反応するとは驚きだった。
「うるさいよ、静かにしなっ!」
彼なりの必死の抵抗も虚しく、イズミに殴られてしまう。
キョウコがつついてみたが、痙攣するだけで反応がなかった。
「恋の力……」
ぴくりとも動かないエドをじっと見つめ、キョウコはぼそりとつぶやく。
「うん。まぁ、いるよね……………すぐそこに」
「え?」
「ううん、なんでもないよ。ちなみに、ボクが好きなのはキョウコだけどね」
アルからキョウコへのストレート発言。
しかも、ど真ん中ストライク。
キョウコは目をまばたきさせて固まる。
そして、呆然としていた瞳に理解の色が浮かび、次の瞬間、その美貌を真っ赤にさせた。
「ほぅ、アル、随分と言うようになったな」
「ボクも学びましたから」