第18話
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見上げるのは、雲一つない豪快な晴天。
灼熱のごとき照らしつける太陽に暑さでだらだらと汗を流す一方、アルは鎧の体なので暑くもないし疲れを取らない。
「ほらほら。さっさと歩かないと、置いてくよー」
暑さで思考が働かない三人へ、前を歩くパニーニャが先を促す。
流れ落ちる汗を拭い、エドは眉間に皺を寄せて口を開く。
「置いてくって……なんで…なんでオレが、こんな山奥まで付き合わされなきゃなんねーんだー!!」
最初は抑え気味だった声量が次第に大きくなり、最後にはあらん限り叫ぶ。
降り注ぐ太陽の光に、キョウコは目を細める。
手を空に掲げて、指の隙間から差し込む日差しの強烈さにめまいを覚える。
五人が歩く周りは、険しい瘤 の群れのような山地が広がっていた。
「すごい、すごい、すごい!」
無事にパニーニャを捕まえた後、ウィンリィは歓声をあげて、彼女が装着する機械鎧を絶賛する。
「初めて見るわ、こんな機械鎧!!」
ちなみに、万が一のことを考え、彼女が逃げられないよう両手に枷をしている。
「サスペンションも他の機械鎧と比べ物にならないくらい高度なんだけど、なんと言っても、全体のバランスよね」
武器が内蔵された足を持ち上げ、そのあまりの素晴らしさに自然と表情は真剣なものとなり、しゃべる口は止まらない。
「武器を内蔵する為に、徹底的に外装のスリム化がされてるのね。それでいて、あの運動量と衝撃に耐えられるだけの硬度を持ってるなんて、見たところ、材質は鋼だけど熱処理の方が」
初めて目にする機械鎧に釘付けになるあまり、ひっきりなしにまくし立てる金髪の少女に、聞き手に徹していたパニーニャは少し脂汗を垂らしながらされるがまま。
「いい天気だなぁ。アル、キョウコ」
「そうだね、兄さん」
「あっ、蝶が飛んでる」
半ば諦め半分、三人はウィンリィの話についていけず、空を見上げて現実逃避中だ。
「ねぇ、パニーニャ!この機械鎧を作った技師を教えて!」
「え?いいけど…」
すると、パニーニャは何やら考える素振りを見せた後、話を続けた。
「すごいへんぴな所に住んでるから、案内が必要だよ」
「ええ~~~~?」
「あたしが案内してあげるからさ。かわりに、今日のスリの件は見逃してくれる?」
「うん、見逃しちゃう!」
不意にウィンリィは請け合った。
満面の笑みで、ひどく自信に溢れた顔つきである。
「待て――い!!」
親指を突き立て、あっさりとパニーニャの条件を承諾した途端、エドがすぐさま割って入る。
「勝手に決めんなよ、ウィンリィ!!こいつは憲兵に突き出すに決まってんだろ!」
「なによ、スリのひとつやふたつ、肝っ玉のちっさい男ね」
「ちっさい言うな!」
金髪の少年は納得がいかないようで、険しい眼差しで睨んでくる。
だからウィンリィは、彼女の名前を出してみた。
「そんなに言うけどね、実際に、パニーニャを捕まえたのはキョウコよ」
「……………う」
キョウコの名前が出た途端、表情を強張らせて後ずさる。
さすがの彼も、キョウコ相手に口論で勝つことはできない。
「だいたい、街中をこんなにしといてだなぁ…」
声を荒げて指差したのは、パニーニャとの追いかけっこで自分が錬金術で壊したり、丸ごと変形させた建物。
「わしの店をこんなにしたのは、兄ちゃんかい?」
「うちの屋根も、すごい事になってんだけど」
「俺ん家のエントツ、壊したろ」
「宅のジュリーちゃんをいじめたそうね」
「ガル」
次々と殺到する苦情に、エドは顔を真っ青にさせる。
困ったことになった。
自業自得とはいえ建物を元通りに直すとなると、時間と手間がかかる。
キョウコへ目で助けを請う。
「自分の責任だからね」
笑顔で払いのけられ、絶望感を味わった。
――修復中。
「キリキリ直せ、小僧!!」
「やってるよ!!」
「ばうばうばう!!」
「うるせーー!!」
街の住人から早く直せと好き放題指示を出され、ブルドッグから激しく吠えられる。
その度にエドは不機嫌丸出しの大声で叫びながら両手を合わせ、建物を修復していく。
機械鎧技師を案内するという条件つきで解放されたパニーニャは飄々と笑う。
「いやぁ、まさかあそこで捕まるとは、思ってもみなかったよ」
「一応、あたしも錬金術師だから。あなたの盗んだその銀時計、大事なものだからね。返してもらうわよ」
「仕方ないね。はい、どーぞ」
パニーニャはポケットから銀時計を取り出すと、持ち主へと返す。
「よかったね、キョウコ」
ホッと胸を撫で下ろすキョウコに、アルがにこやかに言う。
改めて、キョウコの美貌を見たパニーニャは、わあ、と全く関係ないことで感嘆してドキドキする。
妖精を思わせる端正な顔立ちは、可憐さよりも凛々しさの成分の方がやや強い。
長い黒髪を一つに結ってまとめている。
「ねえねえ、お姉さん」
「お姉さんって…あたしの事?」
「そう!名前の方、教えてくれない?」
「キョウコよ」
「キョウコね。名前、覚えたわ。早速だけど、さっきのアレ、すごかったね!」
人当たりはよさそうで、言葉遣いも態度も親しげ。
さっきまで自分の銀時計を盗み出し、屋根の上でエドと追いかけっこをしていたはずなのに話しかける辺り、ノリが軽い。
「さっきの……ああ!氷の枷の事?」
「そうそう!もうこれ以上、追いかけてこないだろうなぁって油断しちゃったけどね」
調子よく話していると、横合いからウィンリィが顔を出して自慢げに言う。
「パニーニャの両足が機械鎧だって、誰よりも気づいたのがキョウコなのよ」
キョウコは微笑んだまま何も言わない。
こういう時は雄弁よりも沈黙の方がいい。
たいていの人間にとってキョウコの抑制された感情表現は、淑やかで穏やかな美少女の理想を体現したものに見えたに違いない。
同じ女性であるパニーニャでさえ、ポッと頬を染めてしまった。
真っ赤な顔でキョウコの微笑みに見惚れるパニーニャの様子に、アルとウィンリィは半眼になってぼそぼそと囁く。
「……これはアレなのかしら?」
「……これはアレってやつだね」
これはアレである。
ニコッと微笑むと相手が頬をポッと染めるやつである。
略してニコポ。
笑顔一つで相手を惚れさせるハーレム系主人公が持つ能力のことである。
「――あれ?みんな、どうしたの?」
いつの間にかニコポスキル所持疑惑をかけられたキョウコは、周囲の雰囲気の変化を感じて首を傾げた。
それから三十分後――。
ようやっと街の修復作業を終え、疲労と息切れに悩まされる。
キョウコ達のいる場所に戻ってきたエドは荒い息を吐きながらも言い放った。
「とにかくだ!そいつは憲兵に突き出して!時計は返してもらう!!」
そう言い放つ彼の耳に、三人の会話が飛び込んできた。
「けっこう山の中まで歩くから、身軽な方がいいよ」
「じゃあ、荷物は宿に預けといた方がいいわね」
「どんなところなのか、楽しみ~」
女子達はいつの間にか、機械鎧技師に会う予定を立てている。
傍目には仲睦まじく会話しているように見える。
しかし、エドの声は聞こえてはいなかった。
「聞けーーー!!」
「だめだ、兄さん。ああなったら、ウィンリィは止まんないよ」
すると、アルは肩をすくめて『諦めろ』とばかりにつぶやく。
「キョウコも何、呑気に話してんだーー!!」
照りつける太陽の日差しの下 、三人は汗ばんだ額を拭いながら道を進む。
「…本当に、へんぴな所に住んでるのね、その整備師さん……」
「あち~~」
振り返れば、遥か後方の地平線、なだらかな丘と丘の狭間に、小さく見え隠れする街道。
美景を望む山岳地帯ながら肝心の街が遠いこと、樹相薄い岩山で、暮らしに不向きな地勢であることから、近隣には民家の一軒すら見えない。
「うん。機械鎧に使う良質な鉱石が出るとかで、こんな山奥に工房を持ってるんだ。あと単に、人嫌いって言うか無愛想だから、街中には住みたくないらしいよ」
「それよりも、オレ達の時計!早く返せよ!」
「まあまあ、そんなに焦らなくても……」
うだるような暑さから声を荒げるエドに、キョウコは苦笑いを浮かべる。
「整備師の所まで案内したら、スリの件は見逃すって約束だからね。約束を破らないように、人質」
「…その約束したの、オレじゃねえっつーの……………………」
荒い息の間に主張するが、褐色の少女はどこ吹く風。
彼も決して貧弱な身体の造りはしていないのだが、走り込みの疲労も重なって、もうかなり膝に来ている状態だ。
「ひーーー」
不安定に揺れる吊り橋を渡り、しばらく歩き続けていると、パニーニャがある場所を指差した。
「見えて来たよ!あれ!」
なだらかな裾野を広げる丘陵郡の、やや奥まった外れにぽつんと佇む工房。
しきりに金鎚の音が響き渡る。
「こんちわっ」
工房の中に入ったパニーニャが挨拶をすると、頭にタオルを巻く眼鏡の男性が作業する手を止め、驚きの声をあげる。
「パニーニャ!おまえ、こんな山奥までこまめによく来るなぁ」
「今日はお客さんを連れて来たよ」
「へえ。機械鎧の注文かな………ってうわ、でっか!!ちっさ!!」
機械鎧の注文かと思い、パニーニャが連れて来た客人を見るなり、彼は驚いてしまった。
そこに立っていたのは、全身機械鎧かと見紛うほど灰色の鎧に身を包んだアルと、見た目からしてやや身長の低いエド。
兄弟を見ればそれが普通の反応なのだが、背の小ささがコンプレックスである彼にとっては聞き捨てならない言葉であるため、
「きーきーきー」
当然、青筋を立てて掴みかかろうとする。
「どうどう」
猿のように鳴いて怒る兄を、アルが羽交い締めにしてなだめる。
「この子は整備師のウィンリィ。ドミニクさんの機械鎧に興味があるんだって」
「こんにちは」
ウィンリィは軽く頭を下げ、そつのない挨拶をする。
「珍しいね、こんな若い女の子が機械鎧になんて…」
男性は紹介されたウィンリィの顔をまじまじと見て、意外そうに言う。
「で、この子はキョウコ」
「初めまして、キョウコ・アルジェントです」
キョウコが男性に向かい淑やかに一礼する。
キョウコの美貌と立ち振る舞いの美しさを考慮に入れれば、彼の顔が少しくらい緩んだとしても仕方のないことだろう。
「あら、パニーニャ。今日はお友達を連れて来たの?」
その時、三人分のコップが置かれた盆を持った女性が工房の窓から声をかけてきた。
そのお腹は、大きく膨らんでいる。
「サテラさん、こんちわっ」
「ちょうどよかった。今、お茶にしようと思ってたのよ」
「わーい」
「みんな、一緒にどうだ?」
そう言って朗らかに笑いかける男性。
パニーニャの話では、彼女の両足を作った機械鎧技師は人嫌いで無愛想。
目の前にいる人のよさそうな男性がドミニクだとは考えられず、キョウコとウィンリィは首を傾げた。
「この人がドミニクさん?」
「ぜんぜん、無愛想じゃないけど…」
「あはは。ちがうよー」
二人の反応に苦笑しつつ、パニーニャはあっさりと答える。
「オレはリドル、リドル・レコルト。こっちは妻のサテラ」
男性――リドルは隣に寄り添う女性――サテラを紹介すると、五人を工房の中へと案内する。
「無愛想なのは、俺の親父のドミニクだよ」
そこには、金鎚を叩いた鉄の出来映えを確かめるドミニクの姿があった。
「ドミニクさん、こんちわっ!」
パニーニャがひょっこり顔を出すと、ドミニクはこちらを一瞥しようとしない。
眉間に皺を寄せた顔でぶっきらぼうな声をかける。
「なんだ、また来たのか」
「なんだはないでしょー。この足の支払いもあるのにさ」
「いらんと言っとるだろが」
それだけ言って再び金鎚を叩くドミニクに、パニーニャは困った笑みを浮かべる。
「相変わらず、冷たいなぁ」
困った笑みを浮かべるパニーニャの横からリドルが顔を出す。
「義父 さん、パニーニャがお客さんを連れて来たんですよ。時間もちょうどいいし、お茶にしませんか」
「客?」
珍しい客人に、ドミニクは怪訝そうな顔を向け、眉をひそめた。
「カルバリン砲てぇのはな、漢 のロマンだ」
ドミニクは開口一番に告げた。
腕を組んで誇らしげに豪語する。
だが、パニーニャにとってはたまったものではない。
「ロマンじゃなくて趣味でしょー。女の子の足にこんなもん付けるかな、普通」
「うるせい!俺の芸術にケチつける権利は、おめぇに無ぇ!!」
ぴしゃりと反論を叩きつけられて、パニーニャは唇を尖らせる。
二人の会話を聞いていたウィンリィは興奮気味になってドミニクが作った機械鎧の素晴らしさを語る。
「そうそう、芸術よ!通常の機能に加えて、両足に武器内蔵!それでいて、外観は損なわず、シンプルに!ムダの無い設計は、まさに芸術だわ!」
「いけるクチだな、小娘」
「うふ」
一瞬で金髪の少女が同士だと理解したドミニクの目が光る。
「従来のカーボン比率に比べてだな」
「外装の強度と軽量化は」
「装備者の体力に合わせて」
そして二人は意気投合し、機械鎧の構造について花を咲かせる。
(うっ……入り込めない世界………)
ウィンリィが『機械鎧オタク』だということは、キョウコに教えてもらっていた。
それを聞いた時には、ひどい言われようだ、と彼女に同情したものだが、今の姿を見ていると、そう言われても仕方がないな、という気にもなってしまう。
その傍ら、三人はサテラのお腹を興味深く眺めていた。
「おーー」
「「わーー」」
臨月を迎えてぱんぱんに膨んだお腹。
もうすぐ生まれる赤ん坊の誕生に、得も言われぬ感動を覚える。
「この中に、子供が入ってるんだ!」
「うわ~~。感動~~」
「あと、半月程で生まれるんだよ」
「さすがに重くて、しんどいわねぇ」
リドルが穏やかに言えば、サテラは愚痴をこぼす。
だが、リドルはそんな彼女が愛おしくてたまらない。
吐き気、けだるさを代表とする体調不良の数々に絶え間なく襲われるつわりを経て、迎えた臨月。
妊娠と出産はそれほどの一大事なのである。
彼女はそれに耐え切って、子供を産んでくれるつもりなのだ。
「触ってみてもいいかな!?」
「あたしもいいですか!?」
「ふふ。どうぞ」
最初にエドが、おそるおそるといった様子で手を伸ばし、妊婦のお腹を触る。
微かにだが、赤ん坊が動いているのが感触でわかった。
「お~~~、すげ~~~」
エドは感嘆の声をあげ、言葉では言い表せない感動を覚える。
「なんかよくわかんないけど、すげ~~~~」
「あはは」
灼熱のごとき照らしつける太陽に暑さでだらだらと汗を流す一方、アルは鎧の体なので暑くもないし疲れを取らない。
「ほらほら。さっさと歩かないと、置いてくよー」
暑さで思考が働かない三人へ、前を歩くパニーニャが先を促す。
流れ落ちる汗を拭い、エドは眉間に皺を寄せて口を開く。
「置いてくって……なんで…なんでオレが、こんな山奥まで付き合わされなきゃなんねーんだー!!」
最初は抑え気味だった声量が次第に大きくなり、最後にはあらん限り叫ぶ。
降り注ぐ太陽の光に、キョウコは目を細める。
手を空に掲げて、指の隙間から差し込む日差しの強烈さにめまいを覚える。
五人が歩く周りは、険しい
「すごい、すごい、すごい!」
無事にパニーニャを捕まえた後、ウィンリィは歓声をあげて、彼女が装着する機械鎧を絶賛する。
「初めて見るわ、こんな機械鎧!!」
ちなみに、万が一のことを考え、彼女が逃げられないよう両手に枷をしている。
「サスペンションも他の機械鎧と比べ物にならないくらい高度なんだけど、なんと言っても、全体のバランスよね」
武器が内蔵された足を持ち上げ、そのあまりの素晴らしさに自然と表情は真剣なものとなり、しゃべる口は止まらない。
「武器を内蔵する為に、徹底的に外装のスリム化がされてるのね。それでいて、あの運動量と衝撃に耐えられるだけの硬度を持ってるなんて、見たところ、材質は鋼だけど熱処理の方が」
初めて目にする機械鎧に釘付けになるあまり、ひっきりなしにまくし立てる金髪の少女に、聞き手に徹していたパニーニャは少し脂汗を垂らしながらされるがまま。
「いい天気だなぁ。アル、キョウコ」
「そうだね、兄さん」
「あっ、蝶が飛んでる」
半ば諦め半分、三人はウィンリィの話についていけず、空を見上げて現実逃避中だ。
「ねぇ、パニーニャ!この機械鎧を作った技師を教えて!」
「え?いいけど…」
すると、パニーニャは何やら考える素振りを見せた後、話を続けた。
「すごいへんぴな所に住んでるから、案内が必要だよ」
「ええ~~~~?」
「あたしが案内してあげるからさ。かわりに、今日のスリの件は見逃してくれる?」
「うん、見逃しちゃう!」
不意にウィンリィは請け合った。
満面の笑みで、ひどく自信に溢れた顔つきである。
「待て――い!!」
親指を突き立て、あっさりとパニーニャの条件を承諾した途端、エドがすぐさま割って入る。
「勝手に決めんなよ、ウィンリィ!!こいつは憲兵に突き出すに決まってんだろ!」
「なによ、スリのひとつやふたつ、肝っ玉のちっさい男ね」
「ちっさい言うな!」
金髪の少年は納得がいかないようで、険しい眼差しで睨んでくる。
だからウィンリィは、彼女の名前を出してみた。
「そんなに言うけどね、実際に、パニーニャを捕まえたのはキョウコよ」
「……………う」
キョウコの名前が出た途端、表情を強張らせて後ずさる。
さすがの彼も、キョウコ相手に口論で勝つことはできない。
「だいたい、街中をこんなにしといてだなぁ…」
声を荒げて指差したのは、パニーニャとの追いかけっこで自分が錬金術で壊したり、丸ごと変形させた建物。
「わしの店をこんなにしたのは、兄ちゃんかい?」
「うちの屋根も、すごい事になってんだけど」
「俺ん家のエントツ、壊したろ」
「宅のジュリーちゃんをいじめたそうね」
「ガル」
次々と殺到する苦情に、エドは顔を真っ青にさせる。
困ったことになった。
自業自得とはいえ建物を元通りに直すとなると、時間と手間がかかる。
キョウコへ目で助けを請う。
「自分の責任だからね」
笑顔で払いのけられ、絶望感を味わった。
――修復中。
「キリキリ直せ、小僧!!」
「やってるよ!!」
「ばうばうばう!!」
「うるせーー!!」
街の住人から早く直せと好き放題指示を出され、ブルドッグから激しく吠えられる。
その度にエドは不機嫌丸出しの大声で叫びながら両手を合わせ、建物を修復していく。
機械鎧技師を案内するという条件つきで解放されたパニーニャは飄々と笑う。
「いやぁ、まさかあそこで捕まるとは、思ってもみなかったよ」
「一応、あたしも錬金術師だから。あなたの盗んだその銀時計、大事なものだからね。返してもらうわよ」
「仕方ないね。はい、どーぞ」
パニーニャはポケットから銀時計を取り出すと、持ち主へと返す。
「よかったね、キョウコ」
ホッと胸を撫で下ろすキョウコに、アルがにこやかに言う。
改めて、キョウコの美貌を見たパニーニャは、わあ、と全く関係ないことで感嘆してドキドキする。
妖精を思わせる端正な顔立ちは、可憐さよりも凛々しさの成分の方がやや強い。
長い黒髪を一つに結ってまとめている。
「ねえねえ、お姉さん」
「お姉さんって…あたしの事?」
「そう!名前の方、教えてくれない?」
「キョウコよ」
「キョウコね。名前、覚えたわ。早速だけど、さっきのアレ、すごかったね!」
人当たりはよさそうで、言葉遣いも態度も親しげ。
さっきまで自分の銀時計を盗み出し、屋根の上でエドと追いかけっこをしていたはずなのに話しかける辺り、ノリが軽い。
「さっきの……ああ!氷の枷の事?」
「そうそう!もうこれ以上、追いかけてこないだろうなぁって油断しちゃったけどね」
調子よく話していると、横合いからウィンリィが顔を出して自慢げに言う。
「パニーニャの両足が機械鎧だって、誰よりも気づいたのがキョウコなのよ」
キョウコは微笑んだまま何も言わない。
こういう時は雄弁よりも沈黙の方がいい。
たいていの人間にとってキョウコの抑制された感情表現は、淑やかで穏やかな美少女の理想を体現したものに見えたに違いない。
同じ女性であるパニーニャでさえ、ポッと頬を染めてしまった。
真っ赤な顔でキョウコの微笑みに見惚れるパニーニャの様子に、アルとウィンリィは半眼になってぼそぼそと囁く。
「……これはアレなのかしら?」
「……これはアレってやつだね」
これはアレである。
ニコッと微笑むと相手が頬をポッと染めるやつである。
略してニコポ。
笑顔一つで相手を惚れさせるハーレム系主人公が持つ能力のことである。
「――あれ?みんな、どうしたの?」
いつの間にかニコポスキル所持疑惑をかけられたキョウコは、周囲の雰囲気の変化を感じて首を傾げた。
それから三十分後――。
ようやっと街の修復作業を終え、疲労と息切れに悩まされる。
キョウコ達のいる場所に戻ってきたエドは荒い息を吐きながらも言い放った。
「とにかくだ!そいつは憲兵に突き出して!時計は返してもらう!!」
そう言い放つ彼の耳に、三人の会話が飛び込んできた。
「けっこう山の中まで歩くから、身軽な方がいいよ」
「じゃあ、荷物は宿に預けといた方がいいわね」
「どんなところなのか、楽しみ~」
女子達はいつの間にか、機械鎧技師に会う予定を立てている。
傍目には仲睦まじく会話しているように見える。
しかし、エドの声は聞こえてはいなかった。
「聞けーーー!!」
「だめだ、兄さん。ああなったら、ウィンリィは止まんないよ」
すると、アルは肩をすくめて『諦めろ』とばかりにつぶやく。
「キョウコも何、呑気に話してんだーー!!」
照りつける太陽の日差しの
「…本当に、へんぴな所に住んでるのね、その整備師さん……」
「あち~~」
振り返れば、遥か後方の地平線、なだらかな丘と丘の狭間に、小さく見え隠れする街道。
美景を望む山岳地帯ながら肝心の街が遠いこと、樹相薄い岩山で、暮らしに不向きな地勢であることから、近隣には民家の一軒すら見えない。
「うん。機械鎧に使う良質な鉱石が出るとかで、こんな山奥に工房を持ってるんだ。あと単に、人嫌いって言うか無愛想だから、街中には住みたくないらしいよ」
「それよりも、オレ達の時計!早く返せよ!」
「まあまあ、そんなに焦らなくても……」
うだるような暑さから声を荒げるエドに、キョウコは苦笑いを浮かべる。
「整備師の所まで案内したら、スリの件は見逃すって約束だからね。約束を破らないように、人質」
「…その約束したの、オレじゃねえっつーの……………………」
荒い息の間に主張するが、褐色の少女はどこ吹く風。
彼も決して貧弱な身体の造りはしていないのだが、走り込みの疲労も重なって、もうかなり膝に来ている状態だ。
「ひーーー」
不安定に揺れる吊り橋を渡り、しばらく歩き続けていると、パニーニャがある場所を指差した。
「見えて来たよ!あれ!」
なだらかな裾野を広げる丘陵郡の、やや奥まった外れにぽつんと佇む工房。
しきりに金鎚の音が響き渡る。
「こんちわっ」
工房の中に入ったパニーニャが挨拶をすると、頭にタオルを巻く眼鏡の男性が作業する手を止め、驚きの声をあげる。
「パニーニャ!おまえ、こんな山奥までこまめによく来るなぁ」
「今日はお客さんを連れて来たよ」
「へえ。機械鎧の注文かな………ってうわ、でっか!!ちっさ!!」
機械鎧の注文かと思い、パニーニャが連れて来た客人を見るなり、彼は驚いてしまった。
そこに立っていたのは、全身機械鎧かと見紛うほど灰色の鎧に身を包んだアルと、見た目からしてやや身長の低いエド。
兄弟を見ればそれが普通の反応なのだが、背の小ささがコンプレックスである彼にとっては聞き捨てならない言葉であるため、
「きーきーきー」
当然、青筋を立てて掴みかかろうとする。
「どうどう」
猿のように鳴いて怒る兄を、アルが羽交い締めにしてなだめる。
「この子は整備師のウィンリィ。ドミニクさんの機械鎧に興味があるんだって」
「こんにちは」
ウィンリィは軽く頭を下げ、そつのない挨拶をする。
「珍しいね、こんな若い女の子が機械鎧になんて…」
男性は紹介されたウィンリィの顔をまじまじと見て、意外そうに言う。
「で、この子はキョウコ」
「初めまして、キョウコ・アルジェントです」
キョウコが男性に向かい淑やかに一礼する。
キョウコの美貌と立ち振る舞いの美しさを考慮に入れれば、彼の顔が少しくらい緩んだとしても仕方のないことだろう。
「あら、パニーニャ。今日はお友達を連れて来たの?」
その時、三人分のコップが置かれた盆を持った女性が工房の窓から声をかけてきた。
そのお腹は、大きく膨らんでいる。
「サテラさん、こんちわっ」
「ちょうどよかった。今、お茶にしようと思ってたのよ」
「わーい」
「みんな、一緒にどうだ?」
そう言って朗らかに笑いかける男性。
パニーニャの話では、彼女の両足を作った機械鎧技師は人嫌いで無愛想。
目の前にいる人のよさそうな男性がドミニクだとは考えられず、キョウコとウィンリィは首を傾げた。
「この人がドミニクさん?」
「ぜんぜん、無愛想じゃないけど…」
「あはは。ちがうよー」
二人の反応に苦笑しつつ、パニーニャはあっさりと答える。
「オレはリドル、リドル・レコルト。こっちは妻のサテラ」
男性――リドルは隣に寄り添う女性――サテラを紹介すると、五人を工房の中へと案内する。
「無愛想なのは、俺の親父のドミニクだよ」
そこには、金鎚を叩いた鉄の出来映えを確かめるドミニクの姿があった。
「ドミニクさん、こんちわっ!」
パニーニャがひょっこり顔を出すと、ドミニクはこちらを一瞥しようとしない。
眉間に皺を寄せた顔でぶっきらぼうな声をかける。
「なんだ、また来たのか」
「なんだはないでしょー。この足の支払いもあるのにさ」
「いらんと言っとるだろが」
それだけ言って再び金鎚を叩くドミニクに、パニーニャは困った笑みを浮かべる。
「相変わらず、冷たいなぁ」
困った笑みを浮かべるパニーニャの横からリドルが顔を出す。
「
「客?」
珍しい客人に、ドミニクは怪訝そうな顔を向け、眉をひそめた。
「カルバリン砲てぇのはな、
ドミニクは開口一番に告げた。
腕を組んで誇らしげに豪語する。
だが、パニーニャにとってはたまったものではない。
「ロマンじゃなくて趣味でしょー。女の子の足にこんなもん付けるかな、普通」
「うるせい!俺の芸術にケチつける権利は、おめぇに無ぇ!!」
ぴしゃりと反論を叩きつけられて、パニーニャは唇を尖らせる。
二人の会話を聞いていたウィンリィは興奮気味になってドミニクが作った機械鎧の素晴らしさを語る。
「そうそう、芸術よ!通常の機能に加えて、両足に武器内蔵!それでいて、外観は損なわず、シンプルに!ムダの無い設計は、まさに芸術だわ!」
「いけるクチだな、小娘」
「うふ」
一瞬で金髪の少女が同士だと理解したドミニクの目が光る。
「従来のカーボン比率に比べてだな」
「外装の強度と軽量化は」
「装備者の体力に合わせて」
そして二人は意気投合し、機械鎧の構造について花を咲かせる。
(うっ……入り込めない世界………)
ウィンリィが『機械鎧オタク』だということは、キョウコに教えてもらっていた。
それを聞いた時には、ひどい言われようだ、と彼女に同情したものだが、今の姿を見ていると、そう言われても仕方がないな、という気にもなってしまう。
その傍ら、三人はサテラのお腹を興味深く眺めていた。
「おーー」
「「わーー」」
臨月を迎えてぱんぱんに膨んだお腹。
もうすぐ生まれる赤ん坊の誕生に、得も言われぬ感動を覚える。
「この中に、子供が入ってるんだ!」
「うわ~~。感動~~」
「あと、半月程で生まれるんだよ」
「さすがに重くて、しんどいわねぇ」
リドルが穏やかに言えば、サテラは愚痴をこぼす。
だが、リドルはそんな彼女が愛おしくてたまらない。
吐き気、けだるさを代表とする体調不良の数々に絶え間なく襲われるつわりを経て、迎えた臨月。
妊娠と出産はそれほどの一大事なのである。
彼女はそれに耐え切って、子供を産んでくれるつもりなのだ。
「触ってみてもいいかな!?」
「あたしもいいですか!?」
「ふふ。どうぞ」
最初にエドが、おそるおそるといった様子で手を伸ばし、妊婦のお腹を触る。
微かにだが、赤ん坊が動いているのが感触でわかった。
「お~~~、すげ~~~」
エドは感嘆の声をあげ、言葉では言い表せない感動を覚える。
「なんかよくわかんないけど、すげ~~~~」
「あはは」