第0話
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東方司令部の一室。
敷き詰められた赤い絨毯 や、本棚で様々な本や資料が所狭しと並ぶ正面に見えるのは、大きな机と革張りの椅子。
中心には、仕事用のデスクが置いてある。
ロイは革張りの豪華な椅子に座り、両手を組んだ。
「さて……この数か月、連続爆弾事件が起きている。それぞれが調査した結果を聞かせてくれ」
まず最初にファルマンが、次にブレダが報告する。
「主に、時限爆弾式ですが、その場所が不確定多数……いつ爆発するのか、未だに解明できていません」
「なんの変哲もない壁や石畳から、突然爆弾が起こった、と人々が証言しております」
執務机の上に、大量の封筒と束ねた書類が山積みになっている。
ロイは手にした書類の束を机上に放り落とした。
音からもわかる無駄な厚さに目を向け、溜め息をつく。
「いまいち要領を得ない上に、量ばかり多いとは……」
立て続けに襲撃に遭い、この結果、人々の不満と怒りが軍にぶつけられ、上層部からは辛辣な指摘という圧力がかかる。
組織立った情報の集積と分析、結果、導き出される犯人の割り出しが明らかになった。
すぐさま総力を持って犯人を追うが、狙いの的確さから見るに、相当に頭が切れ、ことごとく逃げられている。
「一連の連続爆弾テロは、元国家錬金術師"地弾"レキ・ロータス。彼の錬金術の特性は、触れた物を全て……とまでにはいかないが爆弾に変える。自身も指輪型の錬成陣で爆発を起こす事が可能だ」
流れるような説明の後、組んだ両手の上に顎をのせて、ロイは言う。
「――そこで、彼女の派遣を決定した」
「彼女?」
「誰ですか、それ?」
ハボックとフュリーが訊ねたその時、扉からノック音が届いいた。
「大佐、お連れしました」
「入れ」
入ってきたのは有能な部下、リザと長い黒髪の美少女であった。
白いカッターシャツに、真っ黒なコートを羽織って黒いスカートを身につけている。
美貌の割にファッションは普通なのだが、センスよくまとめているので、かなり洒落 て見える。
絶世の美貌と抱きしめたら折れてしまいそうな危うい身体が、衣服の印象まで引き上げているせいでもあるのだろう。
この少女こそが、若干13歳で国家資格を取得した氷雪系最強の錬金術師、キョウコ・アルジェントである。
二つ名は――"氷刹の錬金術師"。
「大佐、私にしかできない仕事とは、なんでしょうか?」
幼い、しかし凜とした声に応えてロイは目で合図を送り、手に持っていた書類を慌てて近寄ったハボックに渡した。
「あぁ、キョウコ、君にとっての大掛かりな初仕事だ。確認してくれ」
ハボックから書類を受け取り、キョウコは中身を確かめた。
「一連で起きている連続爆弾事件の犯人を逮捕、解決してほしい」
「了解」
隠れ家にいる犯人――レキは、変調により入った異変の隙間から首を傾げた。
「ん?」
聞こえるのは、耳を澄ますでもない、よく通る少女の声。
「なるほど。周りに仕掛けてある地雷を侵入者が来たところで爆発させれば終わる、という楽観的な前提を、あなたは持って、今まで逃げていたのね」
(……?)
眼前の事実が示している意味を、感覚として理解できても、なお本来するべき行動に移されないでいた。
「たいした敵ではないという認識が、自分の優位性が、本来どこに根ざしていたのかを、あなたは豊富な経験という名の慣れから見落としていたようね」
その失態も仕様がない、と弁護できなくもない。
常識的に考えて、敵が当たり前の顔をして、のうのうと歩いていられるわけがなかった。
(まさか、そんな、馬鹿な)
少女の言う通り、そこら中に地雷が仕掛けてある。
軍の動揺と隙を、この手段で何度も生み出している。
指摘されて、ようやくそのことに気づいたが、もはや退くには遅かった。
今や、レキの命は、ギリギリの死線の上で綱引きをしている。
絡めに絡めた策謀が、いつしか自分をも束縛してしまっていたのだった。
全くもって、もっともな困惑からようやく立ち直り、床に手をつく。
瞬間、大きくたわんで弾け、中央に収縮、大爆発を起こした。
「っ!!」
その撒き散らされた炎の中、少女は一瞬怯む。
対して、炎渦巻く中でも平静なレキは、窓に逃げる。
少女も後を追い、自身の戦闘準備を始める。
まずは、手袋をはめた両手を合わせる。
刹那、空中から各所に雪のように舞い、一斉に凍りつき、全てを舐めて通り過ぎた。
「おおっ!?」
後には、真昼の陽光を翳 らす曇天が、粉雪が時折過ぎらす冬の景色に覆われている。
「氷!?」
驚いたレキは咄嗟に、足下に爆火を噴射して飛び退った。
その影もない足元へと氷弾が立て続けに突き刺さり、炸裂する。
「――まさか…!」
「こんにちは、あなたを捕まえに来ました」
身の周りを幾重にも渦巻く吹雪が弾けるように散って、今まで遮断していた存在感を、気配を、十分に誇示する。
凛々しい美貌の少女だった。
風になびく艶やかな黒髪と、華奢な肢体を包む黒いコートの麗容。
美しい……悪夢では決してない雪の妖精の、可憐不思議な姿にレキは見惚れる。
しかし、これはただ愛 で鑑賞する、花の美しさではない。
戦うための刀剣、散る命の儚さを示す、戦装束の美しさである。
さすがのレキも驚いた。
「氷刹か!」
若干13歳で国家資格を取得した、若き錬金術師。
その名は、キョウコ・アルジェント。
東欧の片隅、広場を前に置いた古い教会。
その左右非対称に並ぶ一対の尖塔頂部へと、何者かが降り立った。
「ちっ、いきなり仕掛けてくるとはな……がっつきやがって」
奇妙なのは、姿形ではない。
憎々しげに吐き捨てつつ、傾斜の急な屋根からさらに上を見上げたこと。
彼自身、その見上げた空から降りてきたこと。
顔の両横、甲を前に広げた掌の指全てに、曲げることすら難しそうなほどに多くの指輪が数十はめられていることに。
そして、その両の掌を包んで炎が燃え上がったこと。
「見た目どおりの、ガキか!」
レキは罵り、炎を引く両手を大きく横に振り払う。
と、炎の散ると共に数十の指輪、全てが抜け落ちた。
それぞれ輝く宝石の奥に錬成の光が宿り、早く鋭く宙を舞う。
指輪は数十の弾丸となって、
「死ねぇー!!」
レキの叫び仰ぐ頭上へと飛んだ。
頭上は、本来在るべき青空ではなく、粉雪が時折過ぎらす冬の景色に覆われていた。
まさに、異界というべき空間であった。
その雪を背に、飛び降りてくる一つの影。
コートを翼のようにはためかせ、銃を爪のように突き出し、髪と瞳を漆黒に煌めかせる、少女。
「……」
貫かんと迫る数十もの指輪による炎弾を、キョウコは漆黒の瞳で見据え、両手を合わせた。
飛び火のように、雨霰 と降り注いだ炎の無差別攻撃が、氷の結晶からなる曼荼羅 がごとき、華麗な錬金術で鎮火される。
飛んでくる数十個全て、という無駄手間はかけていない。
飛び降りる自分と軌道が交差する数個だけを、鎮火している。
ほとんど神業と言っていい、キョウコの手際だった。
「うおおっ!?」
レキが驚愕の声をあげる間に、その恐るべき少女は彼の――足を止めていた間抜けな標的の頭上に迫っている。
指輪を弾いた動作の次に、腰のホルスターから引き抜き、構えた銃――《スノー・ブラック》を渾身の弾丸として放つ。
「っだ!」
「ひい!?」
辛うじてかわしたレキの左腕が、血に染まる。
痛覚も与えぬ間に、
「はあっ!」
傾斜の屋根へと着地した少女、神速の二撃目が撃ち放った。
「っがあっ!」
ズガガガッ、と射撃の音が奔り、レキはたまらず隣の尖塔へと背中をつけるように飛び退る。
「ちっ」
キョウコは二撃に余したことへの舌打ち一つ、後を追って飛び出そうとした。
その足元、屋根の端に転がしてあった、一個だけ飛ばさず落としておいた指輪に、レキは意思を込めて着火する。
(――今だ!!)
刹那、爆 ぜる音と共に炎が塔の上に溢れ、キョウコを呑み込んだ。
「とどめ、だ!」
レキは怪我を負っていない腕を、屋根に叩きつけるように振り下ろした。
応えて、上空から舞い戻ってきた数十の指輪が、炎の中へと一気に叩き込まれた。
弾け震える塔にさらなる、指輪の数だけの爆発が新たに起こり、一挙に崩落させる。
「っぐひゃあーっははははははは!!」
自身、爆風で宙を吹っ飛びながらレキは笑った。
その両足に、やはり炎が湧き巻いて車輪を象 り、手負いの身を静かに教会前の広場へと着地させる。
「間抜けな国家錬金術師のガキめ!」
炎に照らされる顔を痛みと凶相に歪め、肩の傷を鷲掴みに絶叫する。
「この"地弾の錬金術師"レキ様を舐めたのが運の尽きよ!!」
レキは、血をこぼす傷口から掌を離し、前に向けた。
「戻れ『コルデー』!」
指示を受けた数十の指輪たる武具――不思議を起こす器物――が、炎の中から主の元に戻ってくる。
全てが、硬い音を打ち合って指にはまる。
レキはそれらの輝きを、
「ふん」
天敵を討ち果たした愉悦と共に眺めた。
「無駄な戦いで新たな犠牲者を増やす、か。軍の狗め」
と、破壊の光景の中から、
「なんて馬鹿な――」
漆黒の塊が砲弾のように突っ込んでくる。
「――馬鹿、な!?」
その円錐状の塊が布状に解けてコートとなり、中からキョウコが、狙いを定めて銃を構える無傷の少女が、地を蹴って突っ込んでくる。
レキは掌を前に突き出し『コルデー』に新たな命令を下す。
「っ!!」
その前に、キョウコは引鉄に手をかけて撃った。
地面が燃える轟音の中、静止すること数秒、レキが倒れた。
カラ、カラ、カラン、と主を失った数十の指輪が路面へと零れ落ち、
「――ふう」
ようやくキョウコは吐息を漏らした。
翌日、一連の連続爆弾テロの犯人が捕まった噂は、すぐに広まった。
報告書を書き終え、通常の業務へ移るというキョウコの頭の中で精緻に存在するスケジュールは唐突な呼び出しで遮られた。
白いシャツに黒いコートを羽織ったキョウコは今、二人の軍人に誘導され、目的の場所目指して歩く。
他の軍人がキョウコの前を少し距離を取って横切っていく。
彼らの胸には一様に、肩章。
通り過ぎていったその背中から、純粋な悪意がこぼれる。
「あれが"氷刹の錬金術師"だよ」
「本当に、感情なんてねぇんじゃねぇの?」
「バカッ!そんな事言ってると殺されるぜ」
「おっかない、おっかない!」
聞きたくもない会話が、キョウコの耳に流れ着く。
軍にキョウコのような子供がいるのは、さぞかし異様な光景だっただろう。
ジロジロと見られた。
淑 やかに入室を請うキョウコの声に、朗らかな歓迎の辞が返された。
手を揃え、目を伏せ、キョウコが礼儀作法の手本のようなお辞儀を見せた。
部屋に准将クラスの軍人が同席していたが、すっかり雰囲気に呑まれている。
その人物――ブラッドレイはキョウコに手招きしながら、視線をちらりと部下に走らせる。
「用は私だ。すまない、少し空けてもらえるかな」
そう言えば、好奇と羨望の眼差しをキョウコに向ける。
「さぁ、座るがいい」
ブラッドレイの、よく言えば打ち解けた、悪く言えば馴れ馴れしい口調が影を潜めている。
指し示された椅子に座り、話を切り出した。
「一連の連続爆破テロの犯人を捕まえたとは……うむ。みごとみごと。キョウコ・アルジェント」
「お誉めにあずかり、光栄です」
すると、ブラッドレイは急に話題を変えた。
「――ところで"魔女"を知ってるかね?」
魔女――13世紀から18世紀にかけて悪魔と契約し、空を飛び、劇薬を調合するという、主に女性のこと。
ヨーロッパの諸国家とキリスト教会が、異端者を魔女であるとみなして宗教裁判にかけ、多くを火あぶりの刑に処した。
「はい。それが何か……?」
「………やはり、遠回りはいかんな、単刀直入に言おう。"氷刹の錬金術師"キョウコ・アルジェントと見込んで命ずる。鋭敏に全ての事象を捉える頭脳、その徹底した錬金術……マスタング大佐だけでなく、私の下でも働いてくれないか?」
ただの言葉ではない。
命令があれば、常に最前線で戦えと誓約させる傲慢な最高権力者の勅命。
その威に間近で接したキョウコは、凛々しい美貌を硬直させる。
「………」
異常なこと、怖ろしいこと。
しかし、今さら否定することはできそうにない。
しばらく逡巡して、キョウコは弁解ではなく、やはり常のように行動で破る。
黒いコートを大きく鋭く片手で広げるや、その浮き上がる内で優雅に敬礼する。
誓う姿の顔を引き締め、漆黒に煌めく瞳をブラッドレイに向ける。
その名を呼ぶな、それは不吉ゆえに。
その顔を見るな、それは異端ゆえに。
軍人は黙して語らず。
大総統は微笑んで語らず。
でなければ、その魔女に近づくな。
冷気を纏う闇の魔女は、機を見て凍らそうと画策するぞ。
冷気纏い、雪降らせ。
全てを愛し、全てを憎む。
闇に魅入られ、闇を魅入る。
それすなわち、氷の魔女なり。
敷き詰められた赤い
中心には、仕事用のデスクが置いてある。
ロイは革張りの豪華な椅子に座り、両手を組んだ。
「さて……この数か月、連続爆弾事件が起きている。それぞれが調査した結果を聞かせてくれ」
まず最初にファルマンが、次にブレダが報告する。
「主に、時限爆弾式ですが、その場所が不確定多数……いつ爆発するのか、未だに解明できていません」
「なんの変哲もない壁や石畳から、突然爆弾が起こった、と人々が証言しております」
執務机の上に、大量の封筒と束ねた書類が山積みになっている。
ロイは手にした書類の束を机上に放り落とした。
音からもわかる無駄な厚さに目を向け、溜め息をつく。
「いまいち要領を得ない上に、量ばかり多いとは……」
立て続けに襲撃に遭い、この結果、人々の不満と怒りが軍にぶつけられ、上層部からは辛辣な指摘という圧力がかかる。
組織立った情報の集積と分析、結果、導き出される犯人の割り出しが明らかになった。
すぐさま総力を持って犯人を追うが、狙いの的確さから見るに、相当に頭が切れ、ことごとく逃げられている。
「一連の連続爆弾テロは、元国家錬金術師"地弾"レキ・ロータス。彼の錬金術の特性は、触れた物を全て……とまでにはいかないが爆弾に変える。自身も指輪型の錬成陣で爆発を起こす事が可能だ」
流れるような説明の後、組んだ両手の上に顎をのせて、ロイは言う。
「――そこで、彼女の派遣を決定した」
「彼女?」
「誰ですか、それ?」
ハボックとフュリーが訊ねたその時、扉からノック音が届いいた。
「大佐、お連れしました」
「入れ」
入ってきたのは有能な部下、リザと長い黒髪の美少女であった。
白いカッターシャツに、真っ黒なコートを羽織って黒いスカートを身につけている。
美貌の割にファッションは普通なのだが、センスよくまとめているので、かなり
絶世の美貌と抱きしめたら折れてしまいそうな危うい身体が、衣服の印象まで引き上げているせいでもあるのだろう。
この少女こそが、若干13歳で国家資格を取得した氷雪系最強の錬金術師、キョウコ・アルジェントである。
二つ名は――"氷刹の錬金術師"。
「大佐、私にしかできない仕事とは、なんでしょうか?」
幼い、しかし凜とした声に応えてロイは目で合図を送り、手に持っていた書類を慌てて近寄ったハボックに渡した。
「あぁ、キョウコ、君にとっての大掛かりな初仕事だ。確認してくれ」
ハボックから書類を受け取り、キョウコは中身を確かめた。
「一連で起きている連続爆弾事件の犯人を逮捕、解決してほしい」
「了解」
隠れ家にいる犯人――レキは、変調により入った異変の隙間から首を傾げた。
「ん?」
聞こえるのは、耳を澄ますでもない、よく通る少女の声。
「なるほど。周りに仕掛けてある地雷を侵入者が来たところで爆発させれば終わる、という楽観的な前提を、あなたは持って、今まで逃げていたのね」
(……?)
眼前の事実が示している意味を、感覚として理解できても、なお本来するべき行動に移されないでいた。
「たいした敵ではないという認識が、自分の優位性が、本来どこに根ざしていたのかを、あなたは豊富な経験という名の慣れから見落としていたようね」
その失態も仕様がない、と弁護できなくもない。
常識的に考えて、敵が当たり前の顔をして、のうのうと歩いていられるわけがなかった。
(まさか、そんな、馬鹿な)
少女の言う通り、そこら中に地雷が仕掛けてある。
軍の動揺と隙を、この手段で何度も生み出している。
指摘されて、ようやくそのことに気づいたが、もはや退くには遅かった。
今や、レキの命は、ギリギリの死線の上で綱引きをしている。
絡めに絡めた策謀が、いつしか自分をも束縛してしまっていたのだった。
全くもって、もっともな困惑からようやく立ち直り、床に手をつく。
瞬間、大きくたわんで弾け、中央に収縮、大爆発を起こした。
「っ!!」
その撒き散らされた炎の中、少女は一瞬怯む。
対して、炎渦巻く中でも平静なレキは、窓に逃げる。
少女も後を追い、自身の戦闘準備を始める。
まずは、手袋をはめた両手を合わせる。
刹那、空中から各所に雪のように舞い、一斉に凍りつき、全てを舐めて通り過ぎた。
「おおっ!?」
後には、真昼の陽光を
「氷!?」
驚いたレキは咄嗟に、足下に爆火を噴射して飛び退った。
その影もない足元へと氷弾が立て続けに突き刺さり、炸裂する。
「――まさか…!」
「こんにちは、あなたを捕まえに来ました」
身の周りを幾重にも渦巻く吹雪が弾けるように散って、今まで遮断していた存在感を、気配を、十分に誇示する。
凛々しい美貌の少女だった。
風になびく艶やかな黒髪と、華奢な肢体を包む黒いコートの麗容。
美しい……悪夢では決してない雪の妖精の、可憐不思議な姿にレキは見惚れる。
しかし、これはただ
戦うための刀剣、散る命の儚さを示す、戦装束の美しさである。
さすがのレキも驚いた。
「氷刹か!」
若干13歳で国家資格を取得した、若き錬金術師。
その名は、キョウコ・アルジェント。
東欧の片隅、広場を前に置いた古い教会。
その左右非対称に並ぶ一対の尖塔頂部へと、何者かが降り立った。
「ちっ、いきなり仕掛けてくるとはな……がっつきやがって」
奇妙なのは、姿形ではない。
憎々しげに吐き捨てつつ、傾斜の急な屋根からさらに上を見上げたこと。
彼自身、その見上げた空から降りてきたこと。
顔の両横、甲を前に広げた掌の指全てに、曲げることすら難しそうなほどに多くの指輪が数十はめられていることに。
そして、その両の掌を包んで炎が燃え上がったこと。
「見た目どおりの、ガキか!」
レキは罵り、炎を引く両手を大きく横に振り払う。
と、炎の散ると共に数十の指輪、全てが抜け落ちた。
それぞれ輝く宝石の奥に錬成の光が宿り、早く鋭く宙を舞う。
指輪は数十の弾丸となって、
「死ねぇー!!」
レキの叫び仰ぐ頭上へと飛んだ。
頭上は、本来在るべき青空ではなく、粉雪が時折過ぎらす冬の景色に覆われていた。
まさに、異界というべき空間であった。
その雪を背に、飛び降りてくる一つの影。
コートを翼のようにはためかせ、銃を爪のように突き出し、髪と瞳を漆黒に煌めかせる、少女。
「……」
貫かんと迫る数十もの指輪による炎弾を、キョウコは漆黒の瞳で見据え、両手を合わせた。
飛び火のように、
飛んでくる数十個全て、という無駄手間はかけていない。
飛び降りる自分と軌道が交差する数個だけを、鎮火している。
ほとんど神業と言っていい、キョウコの手際だった。
「うおおっ!?」
レキが驚愕の声をあげる間に、その恐るべき少女は彼の――足を止めていた間抜けな標的の頭上に迫っている。
指輪を弾いた動作の次に、腰のホルスターから引き抜き、構えた銃――《スノー・ブラック》を渾身の弾丸として放つ。
「っだ!」
「ひい!?」
辛うじてかわしたレキの左腕が、血に染まる。
痛覚も与えぬ間に、
「はあっ!」
傾斜の屋根へと着地した少女、神速の二撃目が撃ち放った。
「っがあっ!」
ズガガガッ、と射撃の音が奔り、レキはたまらず隣の尖塔へと背中をつけるように飛び退る。
「ちっ」
キョウコは二撃に余したことへの舌打ち一つ、後を追って飛び出そうとした。
その足元、屋根の端に転がしてあった、一個だけ飛ばさず落としておいた指輪に、レキは意思を込めて着火する。
(――今だ!!)
刹那、
「とどめ、だ!」
レキは怪我を負っていない腕を、屋根に叩きつけるように振り下ろした。
応えて、上空から舞い戻ってきた数十の指輪が、炎の中へと一気に叩き込まれた。
弾け震える塔にさらなる、指輪の数だけの爆発が新たに起こり、一挙に崩落させる。
「っぐひゃあーっははははははは!!」
自身、爆風で宙を吹っ飛びながらレキは笑った。
その両足に、やはり炎が湧き巻いて車輪を
「間抜けな国家錬金術師のガキめ!」
炎に照らされる顔を痛みと凶相に歪め、肩の傷を鷲掴みに絶叫する。
「この"地弾の錬金術師"レキ様を舐めたのが運の尽きよ!!」
レキは、血をこぼす傷口から掌を離し、前に向けた。
「戻れ『コルデー』!」
指示を受けた数十の指輪たる武具――不思議を起こす器物――が、炎の中から主の元に戻ってくる。
全てが、硬い音を打ち合って指にはまる。
レキはそれらの輝きを、
「ふん」
天敵を討ち果たした愉悦と共に眺めた。
「無駄な戦いで新たな犠牲者を増やす、か。軍の狗め」
と、破壊の光景の中から、
「なんて馬鹿な――」
漆黒の塊が砲弾のように突っ込んでくる。
「――馬鹿、な!?」
その円錐状の塊が布状に解けてコートとなり、中からキョウコが、狙いを定めて銃を構える無傷の少女が、地を蹴って突っ込んでくる。
レキは掌を前に突き出し『コルデー』に新たな命令を下す。
「っ!!」
その前に、キョウコは引鉄に手をかけて撃った。
地面が燃える轟音の中、静止すること数秒、レキが倒れた。
カラ、カラ、カラン、と主を失った数十の指輪が路面へと零れ落ち、
「――ふう」
ようやくキョウコは吐息を漏らした。
翌日、一連の連続爆弾テロの犯人が捕まった噂は、すぐに広まった。
報告書を書き終え、通常の業務へ移るというキョウコの頭の中で精緻に存在するスケジュールは唐突な呼び出しで遮られた。
白いシャツに黒いコートを羽織ったキョウコは今、二人の軍人に誘導され、目的の場所目指して歩く。
他の軍人がキョウコの前を少し距離を取って横切っていく。
彼らの胸には一様に、肩章。
通り過ぎていったその背中から、純粋な悪意がこぼれる。
「あれが"氷刹の錬金術師"だよ」
「本当に、感情なんてねぇんじゃねぇの?」
「バカッ!そんな事言ってると殺されるぜ」
「おっかない、おっかない!」
聞きたくもない会話が、キョウコの耳に流れ着く。
軍にキョウコのような子供がいるのは、さぞかし異様な光景だっただろう。
ジロジロと見られた。
手を揃え、目を伏せ、キョウコが礼儀作法の手本のようなお辞儀を見せた。
部屋に准将クラスの軍人が同席していたが、すっかり雰囲気に呑まれている。
その人物――ブラッドレイはキョウコに手招きしながら、視線をちらりと部下に走らせる。
「用は私だ。すまない、少し空けてもらえるかな」
そう言えば、好奇と羨望の眼差しをキョウコに向ける。
「さぁ、座るがいい」
ブラッドレイの、よく言えば打ち解けた、悪く言えば馴れ馴れしい口調が影を潜めている。
指し示された椅子に座り、話を切り出した。
「一連の連続爆破テロの犯人を捕まえたとは……うむ。みごとみごと。キョウコ・アルジェント」
「お誉めにあずかり、光栄です」
すると、ブラッドレイは急に話題を変えた。
「――ところで"魔女"を知ってるかね?」
魔女――13世紀から18世紀にかけて悪魔と契約し、空を飛び、劇薬を調合するという、主に女性のこと。
ヨーロッパの諸国家とキリスト教会が、異端者を魔女であるとみなして宗教裁判にかけ、多くを火あぶりの刑に処した。
「はい。それが何か……?」
「………やはり、遠回りはいかんな、単刀直入に言おう。"氷刹の錬金術師"キョウコ・アルジェントと見込んで命ずる。鋭敏に全ての事象を捉える頭脳、その徹底した錬金術……マスタング大佐だけでなく、私の下でも働いてくれないか?」
ただの言葉ではない。
命令があれば、常に最前線で戦えと誓約させる傲慢な最高権力者の勅命。
その威に間近で接したキョウコは、凛々しい美貌を硬直させる。
「………」
異常なこと、怖ろしいこと。
しかし、今さら否定することはできそうにない。
しばらく逡巡して、キョウコは弁解ではなく、やはり常のように行動で破る。
黒いコートを大きく鋭く片手で広げるや、その浮き上がる内で優雅に敬礼する。
誓う姿の顔を引き締め、漆黒に煌めく瞳をブラッドレイに向ける。
その名を呼ぶな、それは不吉ゆえに。
その顔を見るな、それは異端ゆえに。
軍人は黙して語らず。
大総統は微笑んで語らず。
でなければ、その魔女に近づくな。
冷気を纏う闇の魔女は、機を見て凍らそうと画策するぞ。
冷気纏い、雪降らせ。
全てを愛し、全てを憎む。
闇に魅入られ、闇を魅入る。
それすなわち、氷の魔女なり。