第17話
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「キャ~~~~~~、ステキ~~~~~~」
ショーウィンドウに飾られた豪華な指輪を眺め、瞳を輝かせる一人の女性。
「この指輪、レミス工房のニューモデルよぉ!まさかこんな街で、お目にかかるなんて~~~」
まさか、高級ブランドの新しい指輪がこんなところに売っているとは思わなかった女性は、隣にいる男へとおねだりする。
「ねぇ、買って、買ってぇ~~~ん」
「はっはっはっ。いいとも、ハニー」
真っ白なスーツにワックスで髪を固めた男は、爽やかに微笑んで快く承知した。
「キャ~~~~~、ステキ~~~~」
今度はウィンリィが、瞳を輝かせながらショーウィンドウに飾られた商品を眺めていた。
「この機械鎧!!」
アクセサリーの類かと思いきや、そこは機械鎧オタクの少女、箱に詰まれた鈍い銀色に輝く機械鎧を凝視する。
「ゴッズの11年モデル!!まさか、この目で拝める日が来るなんてぇ~~」
しばらく高級ブランドのモデルを堪能していると、不意に横合いから注がれる胡乱な眼差し。
「……何?」
「いや………なんでもない…」
黒の上着を脱いだエドが、眺めながら冷めた声で言う。
シャツの長袖を捲ったキョウコも苦笑いをしていた。
二人とも赤と黒のコートを脱いでいて、アルはキョウコとウィンリィの荷物を持っている。
四人は汽車を降りて、熱い日差しの下にいた。
普段では決して浴びることのない、激烈な陽光の下に。
「ラッシュバレー!!『にわか景気の谷』の名の通り、イシュヴァールの内乱があった時に義肢技術を発達させて、急速に大きくなった街よ」
先頭を歩くウィンリィが大きく両手を広げて、人の多い賑やかな街並みを見渡す。
ラッシュバレー、と看板が掲げられた街並みはいくつもの市場や露店が集まり、とても活気に満ち溢れている。
「『機械鎧技術の聖地 』とも言われているわね」
「本当だ。機械鎧だらけだね」
しみじみとアルはつぶやいた。
あちこちに機械鎧の店が建ち並び、街の住民はアルを珍しそうに見ていた。
「おっ。全身機械鎧」
「すげぇ」
どうやら、彼の全身が機械鎧だと勘違いしている。
「未だに国内のあちこちで戦火が上がってるから、義肢の需要は多いみたいね。本当は、こんな商売が繁盛しない世の中になればいいんだけど…」
機械鎧技術が発展し、研究熱心な機械鎧技師達がにぎわう一方で、国内外の不安定な情勢に、ウィンリィは少し悲しげな声色で話す。
すると騒がしい歓声が耳に届き、視線を向ければ、そこには大きな人だかりができている。
「すげー!51連勝!!」
「勝てねーよ、あんなの!!」
その中央には、両腕を機械鎧にした、いかにも力のありそうな大男が腕を組んで座っている。
そして、興味深そうに眺める人々が集まっていた。
大男の隣に立つ司会者が声を張り上げて言い放つ。
「マシン・アーム・レスリング!!機械鎧装備者限定の腕相撲だよ!賭け金一万センズでこいつに賭けたら、テーブルの上の賭け金の山は全部、持ってけ泥棒だぁ!!」
「よっしゃ!俺がやる!」
そこに、一人の男が名乗りを出た。
「へへっ。今日、新品にしたばっかでね、性能を試してみたかったんだ」
「おっ!いいねお兄さん、ノリノリだね!!」
二人は机に肘をついて腕を掴む。
「そんじゃ、レディ、ファイッ!!」
司会者の合図と共に、大男は挑戦者の機械鎧を机に叩きつけた。
「新品っつったっけか?」
唖然とする挑戦者の目の前には、先程まで自分の腕についていた機械鎧が無惨にも引きちぎられていた。
「悪ィな。廃品回収に出しといてやるよ」
「そんな~~~~~~~~~~~~~~」
「壊れた!」
「腕、壊れたね!?」
嘆き悲しむ挑戦者に、興奮に震える大勢の技師達が一斉に集まる。
その目つきは獲物を狙う猛禽類のごとく、両手にレンチとドライバーを持って取り囲む。
「腕を作るなら、うちで!!」
「いや、うちで!!」
「サービスするぜ、お兄さん!!」
「見積もりはこれ位で!!」
彼らはうろたえる男を胴上げすると、壊れた機械鎧を直すべく強制的に連れて帰る。
「分割オッケイよ!!」
「足りなきゃ、働いて返してね!!」
「たすけて~~。まだローンが残ってるのに~~」
涙目で喚く挑戦者の悲痛な叫び声が遠ざかる。
その一部始終を見ていた二人は技師達の恐ろしさに身を震わせた。
「ハイエナのようだ……」
「眼が光ってる……」
「さあて、次は…おおっと、そこのでかくて強そうなお兄さん!どうだい、ひと勝負!」
次の挑戦者を探す司会者は雑踏の中でも一際目立つ鎧の体に目を留めると、声を張り上げる。
「ボク!?ダメダメ!やりません!!」
途端、アルはせわしなく両手と顔を左右に振って勝負の誘いをお断りする。
新たな挑戦者を探すべく司会者はぐるりと見回して……キョウコに目を留める。
「……んん?」
目が、合う。
数秒の、沈黙。
大男と司会者は互いに顔を見合わせた後、突然、瞳を楽しそうに輝かせた。
にんまりといやらしい笑顔になる。
キョウコは本能的に嫌な感じを覚えて眉をつり上げた。
「ねえねえ、そこのお嬢ちゃん。可愛い顔してるじゃない」
「俺達のところに来ないか?一緒に楽しもうぜ」
ナンパ、とキョウコはすぐに思い至る。
事態に気づいたエド達が声をあげるより早く、近づいた大男が馴れ馴れしく肩を撫でようとして――彼女の表情が憤怒へと一変した。
腰のホルスターから登場するのは、兄弟にはお馴染み《スノー・ブラック》。
その中には、まだまだ弾発が残っていたはず。
多分、大男を十三回くらいは殺せるはずである。
「汚い手で触れようとしてんじゃない。風穴、空けられたいの?」
鋭い眼差しをぎらりと光らせ、大男の腹に固い物を押しつけた。
すなわち、銃口を。
大男は小さな悲鳴をあげ、キョウコから離れた。
深々と溜め息をつく兄弟に、びっくり硬直していたウィンリィ。
キョウコは、ふんと鼻息をつく。
生憎、銃は彼女の黒いコートに隠れて人々の目には見えていなかった。
声をかける相手を完全に誤った司会者は困った時の愛想笑いを浮かべて金髪の少年に視線を移す。
「そんじゃあ、こっちの右腕が機械鎧の…おう失礼!こんな豆坊っちゃんじゃ、元から勝負にならないね!!」
見るからに小柄でその身長の低さでは相手にならないと大声で告げ、オーバーリアクションで額を叩いた。
本気とも冗談とも取れない言葉に、周りからは笑いが起こる。
「さあ、誰かいないか、誰か!?」
その場の皆が大笑いする中、司会者の口から出た禁句に、
「あちゃ~」
キョウコは掌で顔を露骨に覆い、アルとウィンリィはハッと顔を青ざめる。
次の瞬間、エドが乱暴に椅子に座り、勢いよく机に両手を叩きつけた。
ムキになったような鬼のような形相で、十五歳の小柄な身体のどこで製造されているのかと思うほどの殺気を振り撒くっていた。
「…おほっ!?やる気だよ、この坊っちゃん」
「おもしれぇ!!」
「ちょっとエド!いくらなんでも、勝てる訳ないでしょ!!」
一触即発の空気に、慌ててウィンリィが止めにかかる。
だが、彼は頭に血が上って聞いてくれない。
ウィンリィはうろたえ、助けを求めるように振り返ってきた。
すると、エドと睨み合う大男は視線を追ってニヤリと笑う。
「もし俺が勝ったら……そうだな。そっちの黒髪の嬢ちゃんをもらおうか」
「……できるものなら、ね」
「「ええ!?」」
キョウコのあっさりとした返事に、アルとウィンリィは反応する。
エドは、ムッ、とばかりに元々険しい顔つきをさらに歪める。
「ちょっ…何、簡単に言ってんのよ!?エドも何か言ってよ!!」
あたふたと動揺するウィンリィが抗議の声をあげる中、アルは怒りにわななくエドの様子を見て声を漏らす。
「ん」
多分、その時点でキョウコは気づいたはずだ。
背の低さがコンプレックスである彼にとって、豆粒という言葉は禁句であり、逆鱗に触れたら無傷ではすまない。
「リーチもパワーも違いすぎだぁ」
「こりゃ、肩ごと持ってかれるぞ」
「お嬢ちゃんも気の毒になぁ」
見るからに小柄で、子供っぽい容姿をしたエドと、対照的に大柄で腕っぷし強そうな大男とは、明らかに体格が違い過ぎる。
そんな少年の参戦に、周りからは諦めの笑いが巻き起こる。
「整備師、スタンバイ!!」
「Yaーー!!」
技師達は機械鎧が壊れるのを、今か今かと待ち望んでいる。
中央の開始線に立つ司会者は腕を高く上げ、頭上でピタリと止める。
「レディ!!」
二人は机に肘をついて双方の腕を掴む。
共に嘲笑も挑発もない引き締まった表情をしているが、大男の顔には余裕が垣間見えた。
勢いよく腕を振り下ろす合図と共に、注目の勝負が始まった。
「ファイッ!!」
その瞬間、勝敗は一瞬で決した。
対戦相手の、自分が立てば胸ほどかしない小柄な少年が握った腕を机に叩きつけたのだ。
力任せに叩きつけたことで腕の機械鎧が引きちぎられ、金属の部品がバラバラとこぼれ落ちる。
心配そうに見守るウィンリィや諦め気味だった観客は、まさかの結末に目を見開いて固まる。
例外として、キョウコとアルだけは腰に手を当てて深い溜め息をついていた。
「…はい?」
目の前で起きたことが信じられず、あんぐりと口を開けて忘我する大男。
引きちぎられて壊れてしまった機械鎧を見せつけるように掲げ、未だ怒りが収まらないのか、エドは口許を引くつかせる。
「悪ィね。今日は廃品回収が大忙しだ」
次の瞬間、整備師達が驚愕と歓声に沸いた。
「壊れた!!」
「腕壊れたね!?」
相手が誰だろうと関係ない、整備師達は一斉に群がり、大男を胴上げして強制的に連れ去る。
「腕を作るなら、うちで!!」
「いや、うちで!!」
「サービスしまっせ!!」
「ぎゃーー、いやーーー」
すっかり整備師達の餌食として叫び声をあげる大男を横目に、エドは椅子にふんぞり返り、どこからか取り出したのか日の丸の扇を広げる。
「はっはっは。ユカイ、ユカイ」
何故勝てたのか見当もつかないウィンリィは訳知り顔のアルに聞いてみた。
「何やったの?」
「錬金術で、相手の腕をもろい物質に作り変えたの」
勝負が始まる前に、エドは机の下で両手を合わせて錬成、それから大男の機械鎧をもろい物質に作り変えたのだ。
種明かしを知ったウィンリィは半眼になって即座に言い放つ。
「ずるーい」
「うわははは、聞こえんなぁ!!」
突き刺さる視線などお構いなしに、エドは腕を組んで笑う。
悪知恵が働く兄に対し、アルは呆れたように息を吐く。
(悪…)
腕を組んでなおも偉そうな態度を取るエドを不機嫌そうに流し見て、今度はキョウコの方に話しかける。
「…ってことは、キョウコも知ってたの?」
「……っふふ…うん。万が一の時を考えての傍観だったけど、こうも都合よく事が運ぶと、安堵よりも笑いが出ちゃうわね……」
「え…でも、なんであんな賭けに出たの?」
「ウィンリィ、考えてもみなよ。NGワードの身長を言われたエドがただ黙ってるわけないし。きっと、何かやってくれると思ったから」
意味深めにつぶやくキョウコの、無邪気な笑みが逆に恐ろしい。
彼女の意図を理解して、エドは舌打ちした。
自分の短気な性格を熟知した上で、わざと大男の賭けに乗り、こっそり机の下で発動させた錬金術を見逃したのだ。
「策士だね、姉さん!」
噂だけは聞いていたが、いざ幼馴染みの腹黒さを目の前にすると、さすがのウィンリィも戸惑いを隠せない。
すると、先程の活躍ぶりに興味を持った一人の技師が声をかけてきた。
「君!ここらじゃ、見ない形の機械鎧だね」
「おお本当だ。見てごらん、この造り」
「え」
目を丸くするエドを尻目に右腕を持ち上げ、まじまじと見つめる。
それを目ざとく聞きつけたウィンリィが制作者であることを指差す。
「あたし、あたし」
「へぇ。お嬢ちゃんが製作者?いい仕事してるねぇ」
意外な人物に感嘆しながら、他の技師達もさらに近寄ってきた。
機械鎧だけでなく、制作した技術者にも興味があるだようだ。
「東部の?ほほう、どうりで珍しい型だと思った」
「あの、おい、ちょっと」
「なるほど。ここにシリンダーを」
見ず知らずの人間から好き勝手に右腕を触られ、なんとか声をあげようとするも誰も聞く耳持たず。
ひとしきり右腕を見つめると、左足も機械鎧だと聞いて顔を上げる。
「え?左足も機械鎧?」
「おーーい」
「見せろ、見せろ!!」
「足出せ!」
「面倒くせぇな、ズボン脱げや、小僧!!」
「ぎゃーー、いやーーー」
エドは必死に抵抗するが、問答無用で衣服を脱がされ悲鳴をあげた。
「さっすが、聖地 とよばれる街ね!みんな、研究熱心だわ!」
ようやく満足したのか、技師達は満ち足りた笑顔で帰っていった。
彼らの熱意にウィンリィは感心したように腕を組んで頷く後ろで、服を脱がされ、パンツ一丁となったエドが猛然と反論する。
「だからって、なんでオレが公衆の面前でパンツ一丁にされなきゃならねーんだよ!!!」
ちなみに、冒頭にて登場したカップルが通りがかり様、
「はっはっは。見てごらん、ハニー」
「あらいやだ」
街のど真ん中でパンツ一丁のエドを遠巻きに眺める。
恥ずかしい姿となった兄を眺めながら、アルはおかしそうに笑う。
「あっはっは。大通りでパンツ一丁になった錬金術師なんて、そうそういないよ、兄さん!」
「ああそうですね、フンドシ一丁のアルフォンス君!」
からかうつもりが逆に言い返されてしまい、
「フンドシとちがうやーい」
前掛けをフンドシと言われて泣き出すアルの頭を、キョウコは、よしよし、と撫でる。
「ったく……ん?」
エドはふて腐れたようにぶつぶつとつぶやき、脱がされた衣服を手に取って着替える。
ズボンを穿く途中、あることに気づいた。
ショーウィンドウに飾られた豪華な指輪を眺め、瞳を輝かせる一人の女性。
「この指輪、レミス工房のニューモデルよぉ!まさかこんな街で、お目にかかるなんて~~~」
まさか、高級ブランドの新しい指輪がこんなところに売っているとは思わなかった女性は、隣にいる男へとおねだりする。
「ねぇ、買って、買ってぇ~~~ん」
「はっはっはっ。いいとも、ハニー」
真っ白なスーツにワックスで髪を固めた男は、爽やかに微笑んで快く承知した。
「キャ~~~~~、ステキ~~~~」
今度はウィンリィが、瞳を輝かせながらショーウィンドウに飾られた商品を眺めていた。
「この機械鎧!!」
アクセサリーの類かと思いきや、そこは機械鎧オタクの少女、箱に詰まれた鈍い銀色に輝く機械鎧を凝視する。
「ゴッズの11年モデル!!まさか、この目で拝める日が来るなんてぇ~~」
しばらく高級ブランドのモデルを堪能していると、不意に横合いから注がれる胡乱な眼差し。
「……何?」
「いや………なんでもない…」
黒の上着を脱いだエドが、眺めながら冷めた声で言う。
シャツの長袖を捲ったキョウコも苦笑いをしていた。
二人とも赤と黒のコートを脱いでいて、アルはキョウコとウィンリィの荷物を持っている。
四人は汽車を降りて、熱い日差しの下にいた。
普段では決して浴びることのない、激烈な陽光の下に。
「ラッシュバレー!!『にわか景気の谷』の名の通り、イシュヴァールの内乱があった時に義肢技術を発達させて、急速に大きくなった街よ」
先頭を歩くウィンリィが大きく両手を広げて、人の多い賑やかな街並みを見渡す。
ラッシュバレー、と看板が掲げられた街並みはいくつもの市場や露店が集まり、とても活気に満ち溢れている。
「『機械鎧技術の
「本当だ。機械鎧だらけだね」
しみじみとアルはつぶやいた。
あちこちに機械鎧の店が建ち並び、街の住民はアルを珍しそうに見ていた。
「おっ。全身機械鎧」
「すげぇ」
どうやら、彼の全身が機械鎧だと勘違いしている。
「未だに国内のあちこちで戦火が上がってるから、義肢の需要は多いみたいね。本当は、こんな商売が繁盛しない世の中になればいいんだけど…」
機械鎧技術が発展し、研究熱心な機械鎧技師達がにぎわう一方で、国内外の不安定な情勢に、ウィンリィは少し悲しげな声色で話す。
すると騒がしい歓声が耳に届き、視線を向ければ、そこには大きな人だかりができている。
「すげー!51連勝!!」
「勝てねーよ、あんなの!!」
その中央には、両腕を機械鎧にした、いかにも力のありそうな大男が腕を組んで座っている。
そして、興味深そうに眺める人々が集まっていた。
大男の隣に立つ司会者が声を張り上げて言い放つ。
「マシン・アーム・レスリング!!機械鎧装備者限定の腕相撲だよ!賭け金一万センズでこいつに賭けたら、テーブルの上の賭け金の山は全部、持ってけ泥棒だぁ!!」
「よっしゃ!俺がやる!」
そこに、一人の男が名乗りを出た。
「へへっ。今日、新品にしたばっかでね、性能を試してみたかったんだ」
「おっ!いいねお兄さん、ノリノリだね!!」
二人は机に肘をついて腕を掴む。
「そんじゃ、レディ、ファイッ!!」
司会者の合図と共に、大男は挑戦者の機械鎧を机に叩きつけた。
「新品っつったっけか?」
唖然とする挑戦者の目の前には、先程まで自分の腕についていた機械鎧が無惨にも引きちぎられていた。
「悪ィな。廃品回収に出しといてやるよ」
「そんな~~~~~~~~~~~~~~」
「壊れた!」
「腕、壊れたね!?」
嘆き悲しむ挑戦者に、興奮に震える大勢の技師達が一斉に集まる。
その目つきは獲物を狙う猛禽類のごとく、両手にレンチとドライバーを持って取り囲む。
「腕を作るなら、うちで!!」
「いや、うちで!!」
「サービスするぜ、お兄さん!!」
「見積もりはこれ位で!!」
彼らはうろたえる男を胴上げすると、壊れた機械鎧を直すべく強制的に連れて帰る。
「分割オッケイよ!!」
「足りなきゃ、働いて返してね!!」
「たすけて~~。まだローンが残ってるのに~~」
涙目で喚く挑戦者の悲痛な叫び声が遠ざかる。
その一部始終を見ていた二人は技師達の恐ろしさに身を震わせた。
「ハイエナのようだ……」
「眼が光ってる……」
「さあて、次は…おおっと、そこのでかくて強そうなお兄さん!どうだい、ひと勝負!」
次の挑戦者を探す司会者は雑踏の中でも一際目立つ鎧の体に目を留めると、声を張り上げる。
「ボク!?ダメダメ!やりません!!」
途端、アルはせわしなく両手と顔を左右に振って勝負の誘いをお断りする。
新たな挑戦者を探すべく司会者はぐるりと見回して……キョウコに目を留める。
「……んん?」
目が、合う。
数秒の、沈黙。
大男と司会者は互いに顔を見合わせた後、突然、瞳を楽しそうに輝かせた。
にんまりといやらしい笑顔になる。
キョウコは本能的に嫌な感じを覚えて眉をつり上げた。
「ねえねえ、そこのお嬢ちゃん。可愛い顔してるじゃない」
「俺達のところに来ないか?一緒に楽しもうぜ」
ナンパ、とキョウコはすぐに思い至る。
事態に気づいたエド達が声をあげるより早く、近づいた大男が馴れ馴れしく肩を撫でようとして――彼女の表情が憤怒へと一変した。
腰のホルスターから登場するのは、兄弟にはお馴染み《スノー・ブラック》。
その中には、まだまだ弾発が残っていたはず。
多分、大男を十三回くらいは殺せるはずである。
「汚い手で触れようとしてんじゃない。風穴、空けられたいの?」
鋭い眼差しをぎらりと光らせ、大男の腹に固い物を押しつけた。
すなわち、銃口を。
大男は小さな悲鳴をあげ、キョウコから離れた。
深々と溜め息をつく兄弟に、びっくり硬直していたウィンリィ。
キョウコは、ふんと鼻息をつく。
生憎、銃は彼女の黒いコートに隠れて人々の目には見えていなかった。
声をかける相手を完全に誤った司会者は困った時の愛想笑いを浮かべて金髪の少年に視線を移す。
「そんじゃあ、こっちの右腕が機械鎧の…おう失礼!こんな豆坊っちゃんじゃ、元から勝負にならないね!!」
見るからに小柄でその身長の低さでは相手にならないと大声で告げ、オーバーリアクションで額を叩いた。
本気とも冗談とも取れない言葉に、周りからは笑いが起こる。
「さあ、誰かいないか、誰か!?」
その場の皆が大笑いする中、司会者の口から出た禁句に、
「あちゃ~」
キョウコは掌で顔を露骨に覆い、アルとウィンリィはハッと顔を青ざめる。
次の瞬間、エドが乱暴に椅子に座り、勢いよく机に両手を叩きつけた。
ムキになったような鬼のような形相で、十五歳の小柄な身体のどこで製造されているのかと思うほどの殺気を振り撒くっていた。
「…おほっ!?やる気だよ、この坊っちゃん」
「おもしれぇ!!」
「ちょっとエド!いくらなんでも、勝てる訳ないでしょ!!」
一触即発の空気に、慌ててウィンリィが止めにかかる。
だが、彼は頭に血が上って聞いてくれない。
ウィンリィはうろたえ、助けを求めるように振り返ってきた。
すると、エドと睨み合う大男は視線を追ってニヤリと笑う。
「もし俺が勝ったら……そうだな。そっちの黒髪の嬢ちゃんをもらおうか」
「……できるものなら、ね」
「「ええ!?」」
キョウコのあっさりとした返事に、アルとウィンリィは反応する。
エドは、ムッ、とばかりに元々険しい顔つきをさらに歪める。
「ちょっ…何、簡単に言ってんのよ!?エドも何か言ってよ!!」
あたふたと動揺するウィンリィが抗議の声をあげる中、アルは怒りにわななくエドの様子を見て声を漏らす。
「ん」
多分、その時点でキョウコは気づいたはずだ。
背の低さがコンプレックスである彼にとって、豆粒という言葉は禁句であり、逆鱗に触れたら無傷ではすまない。
「リーチもパワーも違いすぎだぁ」
「こりゃ、肩ごと持ってかれるぞ」
「お嬢ちゃんも気の毒になぁ」
見るからに小柄で、子供っぽい容姿をしたエドと、対照的に大柄で腕っぷし強そうな大男とは、明らかに体格が違い過ぎる。
そんな少年の参戦に、周りからは諦めの笑いが巻き起こる。
「整備師、スタンバイ!!」
「Yaーー!!」
技師達は機械鎧が壊れるのを、今か今かと待ち望んでいる。
中央の開始線に立つ司会者は腕を高く上げ、頭上でピタリと止める。
「レディ!!」
二人は机に肘をついて双方の腕を掴む。
共に嘲笑も挑発もない引き締まった表情をしているが、大男の顔には余裕が垣間見えた。
勢いよく腕を振り下ろす合図と共に、注目の勝負が始まった。
「ファイッ!!」
その瞬間、勝敗は一瞬で決した。
対戦相手の、自分が立てば胸ほどかしない小柄な少年が握った腕を机に叩きつけたのだ。
力任せに叩きつけたことで腕の機械鎧が引きちぎられ、金属の部品がバラバラとこぼれ落ちる。
心配そうに見守るウィンリィや諦め気味だった観客は、まさかの結末に目を見開いて固まる。
例外として、キョウコとアルだけは腰に手を当てて深い溜め息をついていた。
「…はい?」
目の前で起きたことが信じられず、あんぐりと口を開けて忘我する大男。
引きちぎられて壊れてしまった機械鎧を見せつけるように掲げ、未だ怒りが収まらないのか、エドは口許を引くつかせる。
「悪ィね。今日は廃品回収が大忙しだ」
次の瞬間、整備師達が驚愕と歓声に沸いた。
「壊れた!!」
「腕壊れたね!?」
相手が誰だろうと関係ない、整備師達は一斉に群がり、大男を胴上げして強制的に連れ去る。
「腕を作るなら、うちで!!」
「いや、うちで!!」
「サービスしまっせ!!」
「ぎゃーー、いやーーー」
すっかり整備師達の餌食として叫び声をあげる大男を横目に、エドは椅子にふんぞり返り、どこからか取り出したのか日の丸の扇を広げる。
「はっはっは。ユカイ、ユカイ」
何故勝てたのか見当もつかないウィンリィは訳知り顔のアルに聞いてみた。
「何やったの?」
「錬金術で、相手の腕をもろい物質に作り変えたの」
勝負が始まる前に、エドは机の下で両手を合わせて錬成、それから大男の機械鎧をもろい物質に作り変えたのだ。
種明かしを知ったウィンリィは半眼になって即座に言い放つ。
「ずるーい」
「うわははは、聞こえんなぁ!!」
突き刺さる視線などお構いなしに、エドは腕を組んで笑う。
悪知恵が働く兄に対し、アルは呆れたように息を吐く。
(悪…)
腕を組んでなおも偉そうな態度を取るエドを不機嫌そうに流し見て、今度はキョウコの方に話しかける。
「…ってことは、キョウコも知ってたの?」
「……っふふ…うん。万が一の時を考えての傍観だったけど、こうも都合よく事が運ぶと、安堵よりも笑いが出ちゃうわね……」
「え…でも、なんであんな賭けに出たの?」
「ウィンリィ、考えてもみなよ。NGワードの身長を言われたエドがただ黙ってるわけないし。きっと、何かやってくれると思ったから」
意味深めにつぶやくキョウコの、無邪気な笑みが逆に恐ろしい。
彼女の意図を理解して、エドは舌打ちした。
自分の短気な性格を熟知した上で、わざと大男の賭けに乗り、こっそり机の下で発動させた錬金術を見逃したのだ。
「策士だね、姉さん!」
噂だけは聞いていたが、いざ幼馴染みの腹黒さを目の前にすると、さすがのウィンリィも戸惑いを隠せない。
すると、先程の活躍ぶりに興味を持った一人の技師が声をかけてきた。
「君!ここらじゃ、見ない形の機械鎧だね」
「おお本当だ。見てごらん、この造り」
「え」
目を丸くするエドを尻目に右腕を持ち上げ、まじまじと見つめる。
それを目ざとく聞きつけたウィンリィが制作者であることを指差す。
「あたし、あたし」
「へぇ。お嬢ちゃんが製作者?いい仕事してるねぇ」
意外な人物に感嘆しながら、他の技師達もさらに近寄ってきた。
機械鎧だけでなく、制作した技術者にも興味があるだようだ。
「東部の?ほほう、どうりで珍しい型だと思った」
「あの、おい、ちょっと」
「なるほど。ここにシリンダーを」
見ず知らずの人間から好き勝手に右腕を触られ、なんとか声をあげようとするも誰も聞く耳持たず。
ひとしきり右腕を見つめると、左足も機械鎧だと聞いて顔を上げる。
「え?左足も機械鎧?」
「おーーい」
「見せろ、見せろ!!」
「足出せ!」
「面倒くせぇな、ズボン脱げや、小僧!!」
「ぎゃーー、いやーーー」
エドは必死に抵抗するが、問答無用で衣服を脱がされ悲鳴をあげた。
「さっすが、
ようやく満足したのか、技師達は満ち足りた笑顔で帰っていった。
彼らの熱意にウィンリィは感心したように腕を組んで頷く後ろで、服を脱がされ、パンツ一丁となったエドが猛然と反論する。
「だからって、なんでオレが公衆の面前でパンツ一丁にされなきゃならねーんだよ!!!」
ちなみに、冒頭にて登場したカップルが通りがかり様、
「はっはっは。見てごらん、ハニー」
「あらいやだ」
街のど真ん中でパンツ一丁のエドを遠巻きに眺める。
恥ずかしい姿となった兄を眺めながら、アルはおかしそうに笑う。
「あっはっは。大通りでパンツ一丁になった錬金術師なんて、そうそういないよ、兄さん!」
「ああそうですね、フンドシ一丁のアルフォンス君!」
からかうつもりが逆に言い返されてしまい、
「フンドシとちがうやーい」
前掛けをフンドシと言われて泣き出すアルの頭を、キョウコは、よしよし、と撫でる。
「ったく……ん?」
エドはふて腐れたようにぶつぶつとつぶやき、脱がされた衣服を手に取って着替える。
ズボンを穿く途中、あることに気づいた。