第13話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
既に、前の対スライサー戦でボロボロなエドの前に現れたのは、黒い服装を身に纏った、謎の二人組だ。
ただ者ではないことは一目でわかった。
肉感的な黒いドレス姿の妖艶な女・ラストは苦笑混じりの声をあげる。
「困った子ね。どうやって、ここの事を知ったのかしら」
「うが…」
「あまり見られたくなかったけど、しょうがないわね」
血印を貫かれ、呻き声をあげる兄を宙に放し、彼女は鋭利な爪で真っ二つに切り裂いた。
それが意味するところを弟は当然のように知っている。
「兄者!!兄者!!兄者ぁ!!」
狂乱に陥る弟は、必死に兄へと呼びかける。
だが、血印が切り裂かれた今、兄の命はこの世から永遠に失われた。
「ちくしょう!俺達はまだ闘える!!身体をくれ…新しい身体をくれ!!」
これは悪い夢だと言わんばかりに、駄々をこねて喚き散らす。
すると、エンヴィーは落ちていた剣を持ち、驚きのあまり硬直するエドの横を通り過ぎると、新しい身体をくれと懇願する弟の前で立ち止まった。
「身体を……かっ…」
命乞いを遮るように、振り落とされる白刃が弟の血印を突き刺した。
「ぐだぐだとやかましいんだよ、このボケが!」
完全に据わった目つきで、狂乱に陥る弟を唾棄するかのように、鋭く冷たく吐き捨てた。
「おめーら、大事な人柱を殺しちまうところだったんだぞ?わかってんのか?おまけに、こっちの事バラすところだったしよ。計画に差し支えたら、どう責任とるんだコラ!」
怒り心頭とばかりに罵声を轟かせ、何度も何度も執拗に血印めがけて剣を突き刺す。
微かに動いていた腕も、完全に止まっていた。
「なんとか言え、コラ!ああ?」
そんなエンヴィーを止めたのは、ラストの一言だった。
「エンヴィー。もう死んでる」
「あ?あらー、根性無いなぁ。本 っ当 、弱っちくて、嫌になっちゃうね。あー、そうそう」
元の軽い口調に戻り、おどけたように両腕を広げる。
謎の二人は、スライサー兄弟をなんの躊躇もせずに壊した。
頬を汗が伝い、緊張が極限までに達する。
エンヴィーは、そんなエドの心情に気づいていないのか、はたまたわかっていての行動だろうか。
やれやれ、というふうに両手を広げ、エドへと向き直り、しゃがみ込む。
「初めまして、鋼のおチビさん。ここにたどり着くとは流石だね、ほめてあげるよ。でも、まずいもの見られちゃったからなぁ……やっぱり、あんたも殺しとこうか?」
真っ青になって震えるエドの前で、エンヴィーが凶悪な形相で凄 む。
その貼りつけたような凶悪な笑みからは、恐怖しかしない。
「こ…の…」
それでもエドは痛みに軋む身体を奮い立たせ、血だらけにもかかわらず、ふらりと立ち上がる。
「お?」
呆気に取られるエンヴィーの顔面めがけて、強烈な前蹴りを放った。
「おお!?」
全く想定外の不意討ちであったが、咄嗟に頭を振ったエンヴィーの頬を掠める。
「あらー…やる気満々だよ、このおチビさん」
不意をついた蹴りは、ギリギリでかわされてしまった。
それでも、満身創痍になりながら噛みつくような目でエンヴィーを睨みつける。
「やだなぁ、ケンカは嫌いなんだよね。ケガしたら痛いしさぁ」
エンヴィーにその気はなくとも、エドの中で膨れ上がる怒りは止まらない。
激しい憤怒が燃えるように、強く両手を合わせる。
「チビチビと、うるせーんだよ!てめェが売ったケンカだろが!!買ってやるから、ありがたく」
その時、右腕が音を立ててぶら下がるように外れた。
「…え?」
機械鎧が故障し、動かなくなったのだ。
「なーーーーー!?こんな時にィィィ~~~」
「…機械鎧の故障みたいね」
「ラッキー♪」
嬉しそうに両手を挙げるエンヴィーはエドの三つ編みを掴むと、強烈な膝蹴りを腹部に食らわせる。
「げふっ!!」
細身の身体からは想像もつかない、恐ろしい威力の一撃。
「殺すってのは、冗談」
「げほ」
腹部にめり込んだ膝に息が詰まる。
「腕が壊れてよかったね、余計なケガしなくて済んだからさ」
快活に告げるエンヴィーが三つ編みを離すと、エドは地面に倒れ込む。
瞬間、背後から二人を切り刻むべく無数の氷弾が飛んできた。
ラストは鋭い爪で、エンヴィーは裏拳を放って破壊する。
破壊された氷弾は呆気なく水と化し、飛び散った。
背後に現れた何者かが攻撃として……氷弾を放ったことを、二人はようやく理解した。
氷の結晶が華麗に舞い咲く。
跳躍と攻撃の余韻に、長い髪が揺れる。
飛び散る水の粒の向こうから、双眸が見据えている。
全て、同じ色。
漆黒の煌めき。
一人の少女が、二人の背後に立っていた。
さすがの二人も驚き、それが誰なのかを知っていた。
「これは……!」
「氷!」
"氷の魔女"として威名轟かす少女。
氷刹の錬金術師だ。
「あなた達、ここで何してるの」
実験室に飛び込んできたキョウコは、完全にケンカ腰で話を始めた。
その美貌を飾るように、ポニーテールの黒髪がなびき、スカートが翻え、冷気を纏った風が発生する。
戦闘準備の姿だった。
「あちゃー。鋼のおチビさんだけじゃなくて、氷の姫様まで来るなんて」
「………あたしの事を知ってるの?」
「えぇ、噂はかねがね……有名よ。史上最年少の国家錬金術師、その中でも指折りの……それに引き換え、全く困った子よね、鋼の坊やは」
「世界の全てを憎み、拒絶したような目をしながらなお、血も涙も、心さえも深く暗い闇の中へと自ら堕とす。あんまり無茶しないように言っといてよ」
言葉ほどにも怯えを見せない二人に、キョウコは嘲笑う。
相変わらず眉根を険しく寄せているため、凶悪としか映らない。
「……それはしょうがないわよ。一応忠告はしたんだけど、やっぱり無茶しちゃうんだもの」
出す声も当然、険悪だった。
「――ま、あたしも人の事、言えないんだけどね」
冷気の風は今や、吹雪のようにキョウコを囲んで吹き荒れている。
「あらー。こっちもやる気満々だよ、似た者同士だねぇ」
「エンヴィー。少しだけ相手してあげたら?」
「えー、ラストおばはんがやってよ」
「………」
キョウコは話に加わらず、ただ前を向いて見据えている。
最初に見た時から、この二人は話のわかる相手じゃない、と確信している。
自分を上回る戦意と敵意を初めて感じた。
しかもそれは、ほんの一瞬で燃え上がった。
それでも二人は、戦いを不毛だと感じ、止める理屈もわかる。
だが、キョウコはそれを、
(……まどろっこしいな……)
と思っていた。
戦いに臨んでは冷静沈着という、普段の彼女には有り得ないことだった。
つまり今、彼女は常の状態ではなかった。
まるで、自分こそが戦いを求める戦闘狂になったように、戦いを欲していた。
自分のこの鬱々とした感情を、誰かに、何かに、思い切り、ぶつけたかった。
「ごちゃごちゃうるさい!そっちが来ないなら、こっちから行くわよ!」
「わぉ!?」
キョウコは弾丸のように飛び出した。
疾風のような左右の拳打、続く旋風のような上段回し蹴り。
そのことごとくを、エンヴィーはひらりひらりとかわし、飛び下がる。
その後、キョウコが矢継ぎ早に繰り出す殴打と蹴りを、エンヴィーがかわし、弾き、受け流すという、非常に一方通行的な攻撃が繰り広げられている。
「エンヴィー、よけないで攻撃したらどうなの?」
ラストはいつものように妖艶な笑みを浮かべて告げる。
「だって、綺麗な顔に傷つけたくないよ!」
「いい加減、当たりなさい!!」
次から次へと繰り出す攻撃はことごとく避けられ、エンヴィーからの反撃はないものの、キョウコは奥歯を噛みしめ、焦り始めていた。
「――だね。そろそろ遊ぼうかな」
直後、キョウコは理屈抜きに悪寒を感じた。
「っ!?」
咄嗟に腰を落とし、両足を大きく開いて構えた。
考えた結果の行動ではない。
こうしなければまずい、と本能に導かれるまま、自分の知る最も守備的な構えを取ったのだ。
「さすがだなぁ。すごくいい勘してる。平凡で惰弱な人間はあっという間に殺される……だけど君は、やはりそういうところが鋭いみたいだ」
エンヴィーは勝手に感心しているが、キョウコはそれどころではない。
今は、エンヴィーの体勢の方が気になる。
軽く半身になり、拳を握る手をだらりと無造作に下げている。
恐ろしいことに、これが彼の戦闘態勢なのだ。
構えはしない。
攻撃にも防御にも構えない。
あくまで自然体、融通無碍 。
この体勢から全てを見切り、全てを食らわせる。
冷静に彼我の戦力差を考慮して――。
(……ダメだ、今のあたしの力じゃ、絶対にかなわない)
どんな戦術を取ろうが、どんな作戦を実行しようが、一度、戦端が開かれたら一分も保たないと痛いほどに確信することとなった。
険しい表情で見据えるキョウコを狙って、後ろからラストの鋭く伸びた爪が襲いかかる。
「しまっ――!!」
反応するのが一瞬遅れ、気づいた時には、もう鋭利な爪は左肩――スカーに傷つけられた箇所を掠めた。
「う、ぐっ!!」
神経を直接ヤスリで削るに等しい激痛と共に、がくんと力が入らなくなる。
飛び散った鮮血が床に付着した。
対戦を割り込まれ、エンヴィーは不機嫌な声をあげる。
「ちょっと、ラストおばはん!何してくれんのさ」
「"氷の魔女"が気に入ったからと言って、いつまでも遊んでじゃないわよ」
「うるさいよ」
「ぐ、う…」
キョウコは苦痛に喘ぎ、壁に背を預けてもたれかかる。
(ヤバ……傷口、開いたかも……)
視線を移せば、地面に倒れるエドの姿。
ひどいありさまであった。
(せめて、エドだけでも護らなくちゃ)
残された身体の機能を最大限に酷使して、キョウコは戦う。
奥歯を噛みしめて、エンヴィーの懐へ一気に飛び込む。
「っとぉ!」
驚いて上体を反らすエンヴィーだが、頭がやや引いたところを狙いすました掌底を繰り出す。
角度タイミング全て悪くない一撃だった。
「おっと!!あぶないなぁ!!」
エンヴィーは、それを楽しそうに受け流したかと思うと、胸に衝撃。
これもまた無造作な右の当て身で、鈍い打撃を叩きつけられた。
かなり軽そうな一打なのに、ズシンと身体の芯まで衝撃が響く。
息が詰まり、全身の力が抜けていく。
「かはっ、げほ……っ!」
キョウコは膝を折り、喘いだ。
次元が違いすぎて、攻防にならない。
そして、エンヴィーはキョウコに歩み寄ると艶やかな黒髪を無造作に掴み、顔を近づけた。
「思ったんだけど、なんで錬金術を使わないの?」
「……答える必要は無いわ」
「狭い室内じゃ、空気中の水分を氷に錬成しようにも危険が伴うからね」
キョウコはただひたすら、険しく細められた黒い瞳でエンヴィーを射抜く。
確かに彼の言う通り、狭い室内……まして、淀んだ空気ではいくら錬成しても完全な氷にはできない。
先程の氷弾も、せいぜい氷の塊でしかないのだ。
キョウコの険しい表情に、エンヴィーは相変わらず飄々とした表情で肩をすくめた。
「万が一にも死なれちゃ困るから。今日はこの辺にしとくね」
次の瞬間、キョウコの身体は弾かれたように吹き飛んでいた。
「っぐあ、うっ!!」
低空で数メートルの距離を飛び、肩から床に落ち、勢いは衰えずにさらに転がり、途中でスカートが破れ、エドが倒れている傍までいき、ようやく止まった。
「あなた…達は、一体……?」
立ち上がる気力もなく、息も絶え絶えに問いかけるが、そこで意識が途絶えた。
「いいこと、二人とも。あなた達は"生かされてる"って事を忘れるんじゃないわよ」
ラストは憐憫すらこもった視線で気絶する二人を一瞥する。
「さて…もうここで石を造る必要も無いし、爆破して証拠隠滅してしまいましょうか」
「でも本当に、この子生かしといて大丈夫かな」
ぐったりと倒れるエドをつまらなそうに見下ろし、エンヴィーはそんなことをつぶやいた。
「ここを嗅ぎつけられたのは計算外だったけど、石の製造法を知っただけじゃ、何もできないわよ。計画はもう、最終段階に入っているのだから」
大きな力を持つ錬金術師。
彼女達の目的のためには、彼らの命が必要になる。
だから今は生かしておいてあげるのだ。
そう言い聞かせるラストに仕方なく納得すると、エンヴィーは冷たい笑顔に少しだけ怒りの色を浮かべ、倒れているキョウコに視線を向けた。
「俺が誘った時はあっさり断ったくせに、こいつらは別なんだ。貴重な人材じゃなかったら、殺して無理矢理連れてってやるのに――ま、そんな事はしないから安心しなよ」
ただ者ではないことは一目でわかった。
肉感的な黒いドレス姿の妖艶な女・ラストは苦笑混じりの声をあげる。
「困った子ね。どうやって、ここの事を知ったのかしら」
「うが…」
「あまり見られたくなかったけど、しょうがないわね」
血印を貫かれ、呻き声をあげる兄を宙に放し、彼女は鋭利な爪で真っ二つに切り裂いた。
それが意味するところを弟は当然のように知っている。
「兄者!!兄者!!兄者ぁ!!」
狂乱に陥る弟は、必死に兄へと呼びかける。
だが、血印が切り裂かれた今、兄の命はこの世から永遠に失われた。
「ちくしょう!俺達はまだ闘える!!身体をくれ…新しい身体をくれ!!」
これは悪い夢だと言わんばかりに、駄々をこねて喚き散らす。
すると、エンヴィーは落ちていた剣を持ち、驚きのあまり硬直するエドの横を通り過ぎると、新しい身体をくれと懇願する弟の前で立ち止まった。
「身体を……かっ…」
命乞いを遮るように、振り落とされる白刃が弟の血印を突き刺した。
「ぐだぐだとやかましいんだよ、このボケが!」
完全に据わった目つきで、狂乱に陥る弟を唾棄するかのように、鋭く冷たく吐き捨てた。
「おめーら、大事な人柱を殺しちまうところだったんだぞ?わかってんのか?おまけに、こっちの事バラすところだったしよ。計画に差し支えたら、どう責任とるんだコラ!」
怒り心頭とばかりに罵声を轟かせ、何度も何度も執拗に血印めがけて剣を突き刺す。
微かに動いていた腕も、完全に止まっていた。
「なんとか言え、コラ!ああ?」
そんなエンヴィーを止めたのは、ラストの一言だった。
「エンヴィー。もう死んでる」
「あ?あらー、根性無いなぁ。
元の軽い口調に戻り、おどけたように両腕を広げる。
謎の二人は、スライサー兄弟をなんの躊躇もせずに壊した。
頬を汗が伝い、緊張が極限までに達する。
エンヴィーは、そんなエドの心情に気づいていないのか、はたまたわかっていての行動だろうか。
やれやれ、というふうに両手を広げ、エドへと向き直り、しゃがみ込む。
「初めまして、鋼のおチビさん。ここにたどり着くとは流石だね、ほめてあげるよ。でも、まずいもの見られちゃったからなぁ……やっぱり、あんたも殺しとこうか?」
真っ青になって震えるエドの前で、エンヴィーが凶悪な形相で
その貼りつけたような凶悪な笑みからは、恐怖しかしない。
「こ…の…」
それでもエドは痛みに軋む身体を奮い立たせ、血だらけにもかかわらず、ふらりと立ち上がる。
「お?」
呆気に取られるエンヴィーの顔面めがけて、強烈な前蹴りを放った。
「おお!?」
全く想定外の不意討ちであったが、咄嗟に頭を振ったエンヴィーの頬を掠める。
「あらー…やる気満々だよ、このおチビさん」
不意をついた蹴りは、ギリギリでかわされてしまった。
それでも、満身創痍になりながら噛みつくような目でエンヴィーを睨みつける。
「やだなぁ、ケンカは嫌いなんだよね。ケガしたら痛いしさぁ」
エンヴィーにその気はなくとも、エドの中で膨れ上がる怒りは止まらない。
激しい憤怒が燃えるように、強く両手を合わせる。
「チビチビと、うるせーんだよ!てめェが売ったケンカだろが!!買ってやるから、ありがたく」
その時、右腕が音を立ててぶら下がるように外れた。
「…え?」
機械鎧が故障し、動かなくなったのだ。
「なーーーーー!?こんな時にィィィ~~~」
「…機械鎧の故障みたいね」
「ラッキー♪」
嬉しそうに両手を挙げるエンヴィーはエドの三つ編みを掴むと、強烈な膝蹴りを腹部に食らわせる。
「げふっ!!」
細身の身体からは想像もつかない、恐ろしい威力の一撃。
「殺すってのは、冗談」
「げほ」
腹部にめり込んだ膝に息が詰まる。
「腕が壊れてよかったね、余計なケガしなくて済んだからさ」
快活に告げるエンヴィーが三つ編みを離すと、エドは地面に倒れ込む。
瞬間、背後から二人を切り刻むべく無数の氷弾が飛んできた。
ラストは鋭い爪で、エンヴィーは裏拳を放って破壊する。
破壊された氷弾は呆気なく水と化し、飛び散った。
背後に現れた何者かが攻撃として……氷弾を放ったことを、二人はようやく理解した。
氷の結晶が華麗に舞い咲く。
跳躍と攻撃の余韻に、長い髪が揺れる。
飛び散る水の粒の向こうから、双眸が見据えている。
全て、同じ色。
漆黒の煌めき。
一人の少女が、二人の背後に立っていた。
さすがの二人も驚き、それが誰なのかを知っていた。
「これは……!」
「氷!」
"氷の魔女"として威名轟かす少女。
氷刹の錬金術師だ。
「あなた達、ここで何してるの」
実験室に飛び込んできたキョウコは、完全にケンカ腰で話を始めた。
その美貌を飾るように、ポニーテールの黒髪がなびき、スカートが翻え、冷気を纏った風が発生する。
戦闘準備の姿だった。
「あちゃー。鋼のおチビさんだけじゃなくて、氷の姫様まで来るなんて」
「………あたしの事を知ってるの?」
「えぇ、噂はかねがね……有名よ。史上最年少の国家錬金術師、その中でも指折りの……それに引き換え、全く困った子よね、鋼の坊やは」
「世界の全てを憎み、拒絶したような目をしながらなお、血も涙も、心さえも深く暗い闇の中へと自ら堕とす。あんまり無茶しないように言っといてよ」
言葉ほどにも怯えを見せない二人に、キョウコは嘲笑う。
相変わらず眉根を険しく寄せているため、凶悪としか映らない。
「……それはしょうがないわよ。一応忠告はしたんだけど、やっぱり無茶しちゃうんだもの」
出す声も当然、険悪だった。
「――ま、あたしも人の事、言えないんだけどね」
冷気の風は今や、吹雪のようにキョウコを囲んで吹き荒れている。
「あらー。こっちもやる気満々だよ、似た者同士だねぇ」
「エンヴィー。少しだけ相手してあげたら?」
「えー、ラストおばはんがやってよ」
「………」
キョウコは話に加わらず、ただ前を向いて見据えている。
最初に見た時から、この二人は話のわかる相手じゃない、と確信している。
自分を上回る戦意と敵意を初めて感じた。
しかもそれは、ほんの一瞬で燃え上がった。
それでも二人は、戦いを不毛だと感じ、止める理屈もわかる。
だが、キョウコはそれを、
(……まどろっこしいな……)
と思っていた。
戦いに臨んでは冷静沈着という、普段の彼女には有り得ないことだった。
つまり今、彼女は常の状態ではなかった。
まるで、自分こそが戦いを求める戦闘狂になったように、戦いを欲していた。
自分のこの鬱々とした感情を、誰かに、何かに、思い切り、ぶつけたかった。
「ごちゃごちゃうるさい!そっちが来ないなら、こっちから行くわよ!」
「わぉ!?」
キョウコは弾丸のように飛び出した。
疾風のような左右の拳打、続く旋風のような上段回し蹴り。
そのことごとくを、エンヴィーはひらりひらりとかわし、飛び下がる。
その後、キョウコが矢継ぎ早に繰り出す殴打と蹴りを、エンヴィーがかわし、弾き、受け流すという、非常に一方通行的な攻撃が繰り広げられている。
「エンヴィー、よけないで攻撃したらどうなの?」
ラストはいつものように妖艶な笑みを浮かべて告げる。
「だって、綺麗な顔に傷つけたくないよ!」
「いい加減、当たりなさい!!」
次から次へと繰り出す攻撃はことごとく避けられ、エンヴィーからの反撃はないものの、キョウコは奥歯を噛みしめ、焦り始めていた。
「――だね。そろそろ遊ぼうかな」
直後、キョウコは理屈抜きに悪寒を感じた。
「っ!?」
咄嗟に腰を落とし、両足を大きく開いて構えた。
考えた結果の行動ではない。
こうしなければまずい、と本能に導かれるまま、自分の知る最も守備的な構えを取ったのだ。
「さすがだなぁ。すごくいい勘してる。平凡で惰弱な人間はあっという間に殺される……だけど君は、やはりそういうところが鋭いみたいだ」
エンヴィーは勝手に感心しているが、キョウコはそれどころではない。
今は、エンヴィーの体勢の方が気になる。
軽く半身になり、拳を握る手をだらりと無造作に下げている。
恐ろしいことに、これが彼の戦闘態勢なのだ。
構えはしない。
攻撃にも防御にも構えない。
あくまで自然体、
この体勢から全てを見切り、全てを食らわせる。
冷静に彼我の戦力差を考慮して――。
(……ダメだ、今のあたしの力じゃ、絶対にかなわない)
どんな戦術を取ろうが、どんな作戦を実行しようが、一度、戦端が開かれたら一分も保たないと痛いほどに確信することとなった。
険しい表情で見据えるキョウコを狙って、後ろからラストの鋭く伸びた爪が襲いかかる。
「しまっ――!!」
反応するのが一瞬遅れ、気づいた時には、もう鋭利な爪は左肩――スカーに傷つけられた箇所を掠めた。
「う、ぐっ!!」
神経を直接ヤスリで削るに等しい激痛と共に、がくんと力が入らなくなる。
飛び散った鮮血が床に付着した。
対戦を割り込まれ、エンヴィーは不機嫌な声をあげる。
「ちょっと、ラストおばはん!何してくれんのさ」
「"氷の魔女"が気に入ったからと言って、いつまでも遊んでじゃないわよ」
「うるさいよ」
「ぐ、う…」
キョウコは苦痛に喘ぎ、壁に背を預けてもたれかかる。
(ヤバ……傷口、開いたかも……)
視線を移せば、地面に倒れるエドの姿。
ひどいありさまであった。
(せめて、エドだけでも護らなくちゃ)
残された身体の機能を最大限に酷使して、キョウコは戦う。
奥歯を噛みしめて、エンヴィーの懐へ一気に飛び込む。
「っとぉ!」
驚いて上体を反らすエンヴィーだが、頭がやや引いたところを狙いすました掌底を繰り出す。
角度タイミング全て悪くない一撃だった。
「おっと!!あぶないなぁ!!」
エンヴィーは、それを楽しそうに受け流したかと思うと、胸に衝撃。
これもまた無造作な右の当て身で、鈍い打撃を叩きつけられた。
かなり軽そうな一打なのに、ズシンと身体の芯まで衝撃が響く。
息が詰まり、全身の力が抜けていく。
「かはっ、げほ……っ!」
キョウコは膝を折り、喘いだ。
次元が違いすぎて、攻防にならない。
そして、エンヴィーはキョウコに歩み寄ると艶やかな黒髪を無造作に掴み、顔を近づけた。
「思ったんだけど、なんで錬金術を使わないの?」
「……答える必要は無いわ」
「狭い室内じゃ、空気中の水分を氷に錬成しようにも危険が伴うからね」
キョウコはただひたすら、険しく細められた黒い瞳でエンヴィーを射抜く。
確かに彼の言う通り、狭い室内……まして、淀んだ空気ではいくら錬成しても完全な氷にはできない。
先程の氷弾も、せいぜい氷の塊でしかないのだ。
キョウコの険しい表情に、エンヴィーは相変わらず飄々とした表情で肩をすくめた。
「万が一にも死なれちゃ困るから。今日はこの辺にしとくね」
次の瞬間、キョウコの身体は弾かれたように吹き飛んでいた。
「っぐあ、うっ!!」
低空で数メートルの距離を飛び、肩から床に落ち、勢いは衰えずにさらに転がり、途中でスカートが破れ、エドが倒れている傍までいき、ようやく止まった。
「あなた…達は、一体……?」
立ち上がる気力もなく、息も絶え絶えに問いかけるが、そこで意識が途絶えた。
「いいこと、二人とも。あなた達は"生かされてる"って事を忘れるんじゃないわよ」
ラストは憐憫すらこもった視線で気絶する二人を一瞥する。
「さて…もうここで石を造る必要も無いし、爆破して証拠隠滅してしまいましょうか」
「でも本当に、この子生かしといて大丈夫かな」
ぐったりと倒れるエドをつまらなそうに見下ろし、エンヴィーはそんなことをつぶやいた。
「ここを嗅ぎつけられたのは計算外だったけど、石の製造法を知っただけじゃ、何もできないわよ。計画はもう、最終段階に入っているのだから」
大きな力を持つ錬金術師。
彼女達の目的のためには、彼らの命が必要になる。
だから今は生かしておいてあげるのだ。
そう言い聞かせるラストに仕方なく納得すると、エンヴィーは冷たい笑顔に少しだけ怒りの色を浮かべ、倒れているキョウコに視線を向けた。
「俺が誘った時はあっさり断ったくせに、こいつらは別なんだ。貴重な人材じゃなかったら、殺して無理矢理連れてってやるのに――ま、そんな事はしないから安心しなよ」