第10話
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列車に揺られて数時間後。
三人の故郷であるリゼンブールから離れて横断し、森を過ぎり、峠を越えると、目的地であるセントラルシティに辿り着く。
イーストシティもそれなりに発展した都市だが、やはり、セントラルの発展ぶりはそれ以上だ。
「早くしろよ、アル!キョウコ!」
元気いっぱいなエドを筆頭に、キョウコ達は列車から降りる。
「兄さん。そんなに急がなくても………」
「そうだよ。図書館は逃げる事はないんだから」
「いいから、早く!」
高揚する気持ちが押さえられずに急ぎ足で駅のホームに立つエドは両手を広げて大きく伸びをする。
「来たぜ、セントラル!!」
増発された汽車からは、訪客が引きも切らずの勢いで溢れ出している。
大勢の人達が賑わい、遊興への期待に弾けるような笑みと熱気を表していた。
一同は列車から降りると、駅の改札口から駅前広場へ出る。
そこに、青い軍服姿の二人が立っていた。
「アームストロング少佐。おむかえにあがりました」
「うむ。ごくろう、ロス少尉、ブロッシュ軍曹」
左目のホクロが特徴的な短い黒髪の女性――ロスが敬礼で出迎えると、アームストロングはねぎらいの言葉をかける。
同じく優しげな顔立ちの金髪の男性――ブロッシュも敬礼で出迎え、アームストロングの隣に立つ人物へと視線を移す。
「おっ、こちらが鋼の錬金術師でありますか」
二人は目の前にいるアルを鋼の錬金術師だと勘違いして誉めそやす。
「マリア・ロスです。お会いできて光栄です!」
「デニー・ブロッシュです。いやぁ、ふたつ名通りの出で立ち!貫禄ですな!」
顔を歪めて固まるエド。
対してキョウコはそれが当たり前の光景であると理解し、笑いを堪える。
アルは間違いを正した。
彼が指差す先には、エドが険しい表情で二人を凝視している姿があった。
「え?」
「あっちの、ちっこいの?」
背が小さいと指摘され、猿のように、きーきーきー、と鳴いて掴みかかろうとする。
アームストロングがコートの裾を掴んで持ち上げていたので、動くことができない。
「こっ…これは失礼いたしました!!」
「ちっこいだなどと、いえ、その…」
思い切り人違い、しかも不適切な発言をしてしまった二人は慌てて謝罪する。
「では我輩は、このまま、中央司令部に報告に赴くゆえ」
「え?何?ここでお別れ?おつかれさん。残念だなぁ、バイバイ!!」
残念だと紡ぐ言葉とは裏腹に、素晴らしい笑顔で嬉しそうに言うと、素直に受け取ったアームストロングは滂沱と涙を流し、思い切りエドを抱きしめる。
「我輩も残念だ!!まっこと楽しい旅であったぞ!!また後ほど、会おう!!」
凄まじい筋力と共に抱きしめられ、彼の身体から骨の折れる嫌な音が聞こえた。
「少佐、それくらいにしないと……」
困り顔のキョウコのおかげで解放されたが、彼は昇天寸前。
「あたしも少佐との旅、楽しかったですよ」
そう言って微笑んだ途端、再び感激したアームストロングが彼女の両手を固く握りしめ、滂沱と涙を流す。
「そうか、そうか!!嬉しい事を言ってくれる、我輩も楽しかったぞ!!また後ほど会おう!!」
「は……はい」
迫力ある大声と共に詰め寄られ、頬を引きつらせる。
先程、アームストロングの抱擁で骨が折れてしまったエド。
「エドーー!!?」
慌てたキョウコが肩を揺するが、口から魂と飛び出してしまっている。
ブロッシュはしばらくの間、慌てふためくキョウコの顔を不思議そうにじっと見つめ、誰なのかと訊ねる。
「アームストロング少佐、この方は?」
「おお!君達は初対面だったな。こちらはキョウコ・アルジェントだ」
妖精を思わせる端正な顔立ちは、可憐さよりも凛々しさの方が強い。
漆黒の長い髪をポニーテールにし、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な肢体。
勿論、その貫禄は比べ物にはならない。
「もしかして、あの氷刹の錬金術師でありますか!?」
驚くべき美貌と、最強と誰もが――国家錬金術師でさえ認める錬金術師"氷刹"の名に、ロスは慌てて背筋を正し、頭を下げる。
「氷雪系最強の錬金術師とは知らず、ご無礼を……!」
「そーゆうのやめてください。堅苦しい挨拶は苦手なので」
人の目を惹かずにはおかない、振り向く通行人が認めるに違いない可憐な微笑みに、ロスとブロッシュは思った。
(ヤバイ、噂で聞いた以上に可愛いんだけど)
(誰!?目を合わせたら凍らせるって言った人は!)
噂でしか聞いたことはないが、その人物は目つきで人を凍らせる――そんな恐ろしい想像をしていた二人の緊張感が薄れる。
「あとはまかせた!」
「「はっ!」」
二人は声を揃えて敬礼する。
ここでも護衛がつくことに、エドは不満を漏らす。
「えーー?まだ護衛つけなきゃならないのかよーー」
「当然である!」
アームストロングとはここで別れ、引き続き三人の身辺警護を行うのには、ある理由があった。
それは国家錬金術師ばかりを狙う連続殺人鬼、傷の男がまだ捕まっていないからだ。
「東方司令部の報告によると、傷の男 もまだ捕まっていないそうですし。事態が落ち着くまで、私達が護衛を引き受ける事になってます」
「少佐ほど頼りにならないかもしれませんが、腕には自信がありますので、安心してください」
待機している車に向かいながら、ロスが謹直な声の調子で言うと、ブロッシュは取り繕った笑顔を向けた。
車に乗り込む三人の対面に並んで座るロスとブロッシュ。
車は動き出す――行く先は勿論、国立中央図書館。
「しょーがないなぁ…」
「『よろしくお願いします』だろ兄さん」
いかにも面倒くせぇ、護衛なんていらねぇ……そんなオーラを振り撒くエドに、アルは態度の悪さをたしなめる。
ロスは頭の隅に引っかかりを覚えた。
彼はなんと言った?
兄?
思わず聞いてしまった。
「兄…!?ええと、この鎧の方は弟さん…?」
「はあ」
「それにしても、何故、鎧のお姿で……?」
誰もが一度は思う、兄弟にとってはなんとも答えづらい質問にアイコンタクト。
しばらくの間、考え込むように押し黙り、どうにか口を開いた。
「「趣味で」」
目を泳がせ、誤魔化したれ!と言わんばかりの雰囲気と理由だ。
実にわかりやすい嘘だ。
その、常人にとっては理解しがたい理由に二人は愕然とする。
「趣味って!?少尉殿、趣味ってなんでありますか!?」
「わからないわ。なんなの、この子たち!!」
明らかに戸惑う二人の様子に、キョウコはとても微妙な顔をする。
(うん。さすがに趣味って言われると、ああなりたくなる……)
この状況をやり過ごすため、二人はわざとらしく声をあげる。
「「あ!!見えてきた、見えてきた!!」」
窓の外へ視線を移すと、図書館が見えてきた。
キョウコも窓の外を見ながら、目の前の建物について説明する。
「あれが、国内最大の蔵書量を誇る国立中央図書館。全蔵書を読み切るには、人生を百回くり返しても、まだ足りないと言われる程よ」
「そしてその西隣に位置する建物が、三人の目的とする第一分館。ここには様々な研究資料や過去の記録、各種名簿等が収められて……いるの…」
続いてロスも歴史的価値がある図書館と蔵書について発言するが、何故か言いにくそうに言葉を濁らせる。
「…ですが…」
浮かない表情のロスに首を傾げると、視界にあり得ない光景が飛び込んだ。
「え……?」
何度かまばたきして、息を呑む。
エド、と視線を向けると、顔色を変えたエドは既にドアを押し開けコートを翻すと、車から飛び出していた。
キョウコは運転席の軍人へ、
「すみません!」
と断りを入れて、急いで後を追う。
二人は目の前の建物を見上げて絶句した。
後ろからロスの沈んだ声が届く。
「つい先日、不審火によって、中の蔵書ごと全焼してしまいました」
図書館は灼熱の炎に焼かれ、無惨にも外観は原型をとどめず、煤と灰に覆い尽くされていた。
東方司令部を治めるロイのもとに、左耳にガーゼを貼ったハクロが付き添いの男達を連れてやって来た。
「マスタング大佐」
「や、これは、ハクロ将軍」
リザとハボックを連れて歩くロイは立ち止まり、テロリストによって怪我された傷の調子を訊ねる。
「お怪我の方は、もうよろしいのですか?」
「仕事には差し支えない。それよりも例の、傷の男の件だ。たった一人の人間に、ここまでかき回され、しかもかなりの人数を動員しているにもかかわらず、未だ捕まらないとはどういう事だね」
「はっ。引き続き全力で捜査しますので、今しばらく時間をいただければと…」
怪我の弱々しさを微塵も感じさせず、言葉の端々に蔑みと冷ややかさを滲ませてロイを睨みつける。
「口先だけではなく、成果で示してもらいたいものだな。君の部下の…氷刹は、あちこち飛び回ってるそうだな…こんな時に。いったい、どういう教育をしているんだ。このままでは、東部全域に警戒を出すハメになるぞ」
忌々しそうに、警戒するようにキョウコの名を挙げてはロイの失態を咎める。
最後まで嫌味のように言い残して去っていく後ろ姿を見つめながら、ハボックは口を開いた。
「……めずらしく、ニューオプティンの支部から出て来たと思ったら、グチ言いに来ただけっすか。あのおっさん」
「私みたいな若僧が、大佐の地位にいる事が気にくわないのさ。しかもキョウコは当時、13歳で……女性で国家資格を取得したのならば尚更だ。いつ自分の地位に取って代わられるかと、恐々 としているだけだ。放っておけ」
不満と鬱憤を噴出させるハクロの嫌味を鼻で笑って斬り捨てる。
ロイはしばらくの間、そんなハクロを冷ややかな眼差しで見つめ、話題を変えた。
「しかし、傷の男の件を早期に片付けたいのは、私も同じだ。将来への不安の芽は、さっさと摘んでしまうに限るからな」
執務室へと戻ると、ロイは自身の椅子へと座り、リザとハボックは持ってきた資料を机の上に配置する。
「逆に中央でも、もてあましていた事件をここで片付ければ、私の株も上がるというものだ」
スカーがどこに潜んでいるか、東部全域の地図を広げ、未だ捜索は続けられる。
「『害をもって利となす』。私の昇進に利用できるものは、全て利用させてもらう」
机の上で組んだ両手に顎を添えて、ロイは眼光鋭く宣言する。
「私が大総統の地位に就いて、軍事の政権を手にするまではね」
どこまでも不敵に、底知れぬ野望を秘めるロイ。
軍の最高権力者になるという野望を口にする上司に、ハボックは口の端をつり上げ、リザも満更ではないかのように微笑む。
しかし、この不穏当な発言に、当然のように注意する。
「不穏当な発言は、慎んだ方がよろしいかと」
「ああ。精々、気をつけるとしよう」
さらなる昇進のため、スカー捜索の会議を始めるロイ達の頭上――つまり東方司令部の屋上に、黒い服に身を包んだグラトニーが座っていた。
「どう?グラトニー」
名前を呼ばれて振り返ると、エド達を尾行していたラストが帰ってきた。
「ラスト。おかえりー」
「傷の男は、あれから現れた?」
「ううん、この近くにはいない。あっちは?」
「鋼の坊やと"氷の魔女"が、第一分館に隠されてた賢者の石の資料の存在に気付いちゃってね。先回りして、処分してきたわ」
エドとキョウコが精製資料に気づいたことで必然的に賢者の石の存在も深刻なレベルに達しており、お手上げ、と言ったふうに肩をすくめる。
「さすがに、あれだけ蔵書があると資料を探し出すのも容易じゃなくてね。面倒だから、建物ごと焼いちゃった」
証拠隠滅のために、火事によって完全に消滅した図書館。
意図的に火をつけた彼女は、スカーの行方に頭を悩ませる。
「中央 に入っちゃえば、二人の見張りも必要無いだろうし、とりあえず、こっちの様子を見に戻って来たんだけど…そう。まだ片付いてないの…」
思考を巡らせる途中で、不意にグラトニーが立ち上がった。
「グラトニー?」
急に立ち上がったの仲間に疑問符を浮かべると、グラトニーは鼻を動かし、くんくん、と嗅ぐ。
「におうよ、におうよ。血の臭いをまとったイシュヴァール人が近くにいるよ」
そう告げられた最高の答えに、ラストは口の端をつり上げた。
「グラトニー」
「うん。食べていい?」
「髪の毛一本残さずね」
ラストは澄まし顔で言い放つ。
グラトニーは無邪気な子供のように、歯を剥き出して涎を垂らす。
エド達と対峙して以来、逃げ込んだ地下水道の中を、スカーは水路に沿って設けられたコンクリートの通路を歩いていた。
周囲を包む臭気と地下のトンネルの閉塞感など気にせず、しばらく歩き続け……そこに何かの気配を感じ、振り向く。
そこには、爛々と光るグラトニーの二つの目。
次に、不気味に開けられた口。
二人は言葉を交わすことなく、戦闘の合図が鳴った。
刹那、爆発が地下水道を衝撃で膨らませ、かき回す。
三人の故郷であるリゼンブールから離れて横断し、森を過ぎり、峠を越えると、目的地であるセントラルシティに辿り着く。
イーストシティもそれなりに発展した都市だが、やはり、セントラルの発展ぶりはそれ以上だ。
「早くしろよ、アル!キョウコ!」
元気いっぱいなエドを筆頭に、キョウコ達は列車から降りる。
「兄さん。そんなに急がなくても………」
「そうだよ。図書館は逃げる事はないんだから」
「いいから、早く!」
高揚する気持ちが押さえられずに急ぎ足で駅のホームに立つエドは両手を広げて大きく伸びをする。
「来たぜ、セントラル!!」
増発された汽車からは、訪客が引きも切らずの勢いで溢れ出している。
大勢の人達が賑わい、遊興への期待に弾けるような笑みと熱気を表していた。
一同は列車から降りると、駅の改札口から駅前広場へ出る。
そこに、青い軍服姿の二人が立っていた。
「アームストロング少佐。おむかえにあがりました」
「うむ。ごくろう、ロス少尉、ブロッシュ軍曹」
左目のホクロが特徴的な短い黒髪の女性――ロスが敬礼で出迎えると、アームストロングはねぎらいの言葉をかける。
同じく優しげな顔立ちの金髪の男性――ブロッシュも敬礼で出迎え、アームストロングの隣に立つ人物へと視線を移す。
「おっ、こちらが鋼の錬金術師でありますか」
二人は目の前にいるアルを鋼の錬金術師だと勘違いして誉めそやす。
「マリア・ロスです。お会いできて光栄です!」
「デニー・ブロッシュです。いやぁ、ふたつ名通りの出で立ち!貫禄ですな!」
顔を歪めて固まるエド。
対してキョウコはそれが当たり前の光景であると理解し、笑いを堪える。
アルは間違いを正した。
彼が指差す先には、エドが険しい表情で二人を凝視している姿があった。
「え?」
「あっちの、ちっこいの?」
背が小さいと指摘され、猿のように、きーきーきー、と鳴いて掴みかかろうとする。
アームストロングがコートの裾を掴んで持ち上げていたので、動くことができない。
「こっ…これは失礼いたしました!!」
「ちっこいだなどと、いえ、その…」
思い切り人違い、しかも不適切な発言をしてしまった二人は慌てて謝罪する。
「では我輩は、このまま、中央司令部に報告に赴くゆえ」
「え?何?ここでお別れ?おつかれさん。残念だなぁ、バイバイ!!」
残念だと紡ぐ言葉とは裏腹に、素晴らしい笑顔で嬉しそうに言うと、素直に受け取ったアームストロングは滂沱と涙を流し、思い切りエドを抱きしめる。
「我輩も残念だ!!まっこと楽しい旅であったぞ!!また後ほど、会おう!!」
凄まじい筋力と共に抱きしめられ、彼の身体から骨の折れる嫌な音が聞こえた。
「少佐、それくらいにしないと……」
困り顔のキョウコのおかげで解放されたが、彼は昇天寸前。
「あたしも少佐との旅、楽しかったですよ」
そう言って微笑んだ途端、再び感激したアームストロングが彼女の両手を固く握りしめ、滂沱と涙を流す。
「そうか、そうか!!嬉しい事を言ってくれる、我輩も楽しかったぞ!!また後ほど会おう!!」
「は……はい」
迫力ある大声と共に詰め寄られ、頬を引きつらせる。
先程、アームストロングの抱擁で骨が折れてしまったエド。
「エドーー!!?」
慌てたキョウコが肩を揺するが、口から魂と飛び出してしまっている。
ブロッシュはしばらくの間、慌てふためくキョウコの顔を不思議そうにじっと見つめ、誰なのかと訊ねる。
「アームストロング少佐、この方は?」
「おお!君達は初対面だったな。こちらはキョウコ・アルジェントだ」
妖精を思わせる端正な顔立ちは、可憐さよりも凛々しさの方が強い。
漆黒の長い髪をポニーテールにし、抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な肢体。
勿論、その貫禄は比べ物にはならない。
「もしかして、あの氷刹の錬金術師でありますか!?」
驚くべき美貌と、最強と誰もが――国家錬金術師でさえ認める錬金術師"氷刹"の名に、ロスは慌てて背筋を正し、頭を下げる。
「氷雪系最強の錬金術師とは知らず、ご無礼を……!」
「そーゆうのやめてください。堅苦しい挨拶は苦手なので」
人の目を惹かずにはおかない、振り向く通行人が認めるに違いない可憐な微笑みに、ロスとブロッシュは思った。
(ヤバイ、噂で聞いた以上に可愛いんだけど)
(誰!?目を合わせたら凍らせるって言った人は!)
噂でしか聞いたことはないが、その人物は目つきで人を凍らせる――そんな恐ろしい想像をしていた二人の緊張感が薄れる。
「あとはまかせた!」
「「はっ!」」
二人は声を揃えて敬礼する。
ここでも護衛がつくことに、エドは不満を漏らす。
「えーー?まだ護衛つけなきゃならないのかよーー」
「当然である!」
アームストロングとはここで別れ、引き続き三人の身辺警護を行うのには、ある理由があった。
それは国家錬金術師ばかりを狙う連続殺人鬼、傷の男がまだ捕まっていないからだ。
「東方司令部の報告によると、
「少佐ほど頼りにならないかもしれませんが、腕には自信がありますので、安心してください」
待機している車に向かいながら、ロスが謹直な声の調子で言うと、ブロッシュは取り繕った笑顔を向けた。
車に乗り込む三人の対面に並んで座るロスとブロッシュ。
車は動き出す――行く先は勿論、国立中央図書館。
「しょーがないなぁ…」
「『よろしくお願いします』だろ兄さん」
いかにも面倒くせぇ、護衛なんていらねぇ……そんなオーラを振り撒くエドに、アルは態度の悪さをたしなめる。
ロスは頭の隅に引っかかりを覚えた。
彼はなんと言った?
兄?
思わず聞いてしまった。
「兄…!?ええと、この鎧の方は弟さん…?」
「はあ」
「それにしても、何故、鎧のお姿で……?」
誰もが一度は思う、兄弟にとってはなんとも答えづらい質問にアイコンタクト。
しばらくの間、考え込むように押し黙り、どうにか口を開いた。
「「趣味で」」
目を泳がせ、誤魔化したれ!と言わんばかりの雰囲気と理由だ。
実にわかりやすい嘘だ。
その、常人にとっては理解しがたい理由に二人は愕然とする。
「趣味って!?少尉殿、趣味ってなんでありますか!?」
「わからないわ。なんなの、この子たち!!」
明らかに戸惑う二人の様子に、キョウコはとても微妙な顔をする。
(うん。さすがに趣味って言われると、ああなりたくなる……)
この状況をやり過ごすため、二人はわざとらしく声をあげる。
「「あ!!見えてきた、見えてきた!!」」
窓の外へ視線を移すと、図書館が見えてきた。
キョウコも窓の外を見ながら、目の前の建物について説明する。
「あれが、国内最大の蔵書量を誇る国立中央図書館。全蔵書を読み切るには、人生を百回くり返しても、まだ足りないと言われる程よ」
「そしてその西隣に位置する建物が、三人の目的とする第一分館。ここには様々な研究資料や過去の記録、各種名簿等が収められて……いるの…」
続いてロスも歴史的価値がある図書館と蔵書について発言するが、何故か言いにくそうに言葉を濁らせる。
「…ですが…」
浮かない表情のロスに首を傾げると、視界にあり得ない光景が飛び込んだ。
「え……?」
何度かまばたきして、息を呑む。
エド、と視線を向けると、顔色を変えたエドは既にドアを押し開けコートを翻すと、車から飛び出していた。
キョウコは運転席の軍人へ、
「すみません!」
と断りを入れて、急いで後を追う。
二人は目の前の建物を見上げて絶句した。
後ろからロスの沈んだ声が届く。
「つい先日、不審火によって、中の蔵書ごと全焼してしまいました」
図書館は灼熱の炎に焼かれ、無惨にも外観は原型をとどめず、煤と灰に覆い尽くされていた。
東方司令部を治めるロイのもとに、左耳にガーゼを貼ったハクロが付き添いの男達を連れてやって来た。
「マスタング大佐」
「や、これは、ハクロ将軍」
リザとハボックを連れて歩くロイは立ち止まり、テロリストによって怪我された傷の調子を訊ねる。
「お怪我の方は、もうよろしいのですか?」
「仕事には差し支えない。それよりも例の、傷の男の件だ。たった一人の人間に、ここまでかき回され、しかもかなりの人数を動員しているにもかかわらず、未だ捕まらないとはどういう事だね」
「はっ。引き続き全力で捜査しますので、今しばらく時間をいただければと…」
怪我の弱々しさを微塵も感じさせず、言葉の端々に蔑みと冷ややかさを滲ませてロイを睨みつける。
「口先だけではなく、成果で示してもらいたいものだな。君の部下の…氷刹は、あちこち飛び回ってるそうだな…こんな時に。いったい、どういう教育をしているんだ。このままでは、東部全域に警戒を出すハメになるぞ」
忌々しそうに、警戒するようにキョウコの名を挙げてはロイの失態を咎める。
最後まで嫌味のように言い残して去っていく後ろ姿を見つめながら、ハボックは口を開いた。
「……めずらしく、ニューオプティンの支部から出て来たと思ったら、グチ言いに来ただけっすか。あのおっさん」
「私みたいな若僧が、大佐の地位にいる事が気にくわないのさ。しかもキョウコは当時、13歳で……女性で国家資格を取得したのならば尚更だ。いつ自分の地位に取って代わられるかと、
不満と鬱憤を噴出させるハクロの嫌味を鼻で笑って斬り捨てる。
ロイはしばらくの間、そんなハクロを冷ややかな眼差しで見つめ、話題を変えた。
「しかし、傷の男の件を早期に片付けたいのは、私も同じだ。将来への不安の芽は、さっさと摘んでしまうに限るからな」
執務室へと戻ると、ロイは自身の椅子へと座り、リザとハボックは持ってきた資料を机の上に配置する。
「逆に中央でも、もてあましていた事件をここで片付ければ、私の株も上がるというものだ」
スカーがどこに潜んでいるか、東部全域の地図を広げ、未だ捜索は続けられる。
「『害をもって利となす』。私の昇進に利用できるものは、全て利用させてもらう」
机の上で組んだ両手に顎を添えて、ロイは眼光鋭く宣言する。
「私が大総統の地位に就いて、軍事の政権を手にするまではね」
どこまでも不敵に、底知れぬ野望を秘めるロイ。
軍の最高権力者になるという野望を口にする上司に、ハボックは口の端をつり上げ、リザも満更ではないかのように微笑む。
しかし、この不穏当な発言に、当然のように注意する。
「不穏当な発言は、慎んだ方がよろしいかと」
「ああ。精々、気をつけるとしよう」
さらなる昇進のため、スカー捜索の会議を始めるロイ達の頭上――つまり東方司令部の屋上に、黒い服に身を包んだグラトニーが座っていた。
「どう?グラトニー」
名前を呼ばれて振り返ると、エド達を尾行していたラストが帰ってきた。
「ラスト。おかえりー」
「傷の男は、あれから現れた?」
「ううん、この近くにはいない。あっちは?」
「鋼の坊やと"氷の魔女"が、第一分館に隠されてた賢者の石の資料の存在に気付いちゃってね。先回りして、処分してきたわ」
エドとキョウコが精製資料に気づいたことで必然的に賢者の石の存在も深刻なレベルに達しており、お手上げ、と言ったふうに肩をすくめる。
「さすがに、あれだけ蔵書があると資料を探し出すのも容易じゃなくてね。面倒だから、建物ごと焼いちゃった」
証拠隠滅のために、火事によって完全に消滅した図書館。
意図的に火をつけた彼女は、スカーの行方に頭を悩ませる。
「
思考を巡らせる途中で、不意にグラトニーが立ち上がった。
「グラトニー?」
急に立ち上がったの仲間に疑問符を浮かべると、グラトニーは鼻を動かし、くんくん、と嗅ぐ。
「におうよ、におうよ。血の臭いをまとったイシュヴァール人が近くにいるよ」
そう告げられた最高の答えに、ラストは口の端をつり上げた。
「グラトニー」
「うん。食べていい?」
「髪の毛一本残さずね」
ラストは澄まし顔で言い放つ。
グラトニーは無邪気な子供のように、歯を剥き出して涎を垂らす。
エド達と対峙して以来、逃げ込んだ地下水道の中を、スカーは水路に沿って設けられたコンクリートの通路を歩いていた。
周囲を包む臭気と地下のトンネルの閉塞感など気にせず、しばらく歩き続け……そこに何かの気配を感じ、振り向く。
そこには、爛々と光るグラトニーの二つの目。
次に、不気味に開けられた口。
二人は言葉を交わすことなく、戦闘の合図が鳴った。
刹那、爆発が地下水道を衝撃で膨らませ、かき回す。