第9話
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「これでよし」
「おっ。いい感じです、ピナコ先生」
小柄な老婆が男性へと義足を装着し、具合を確かめる。
先生と呼ばれた老婆――ピナコはついでとばかりに機械鎧に変更してみないかと投げかける。
「どうだい。おもいきって、機械鎧にしてみないかい?」
「はは…冗談でしょう?たしかに便利かもしれませんが、手術後の痛みとリハビリが大変だと言うじゃありませんか」
機械鎧は、義肢の技術が発展したもの。
中でも近いのは、節電義手(筋肉を動かす時に流れる電流を捉えて指を動かす義手の一種)であり、義手と違って自分の意思で動かせるところだ。
ただ、装着するための手術と、使いこなせるようになるまでのリハビリが大変だ。
「いい年して、何をビビってんだい。右手と左足を、いっぺんに機械鎧にしたガキもいるってのに」
「私にはそんな勇気はありませんよ。じゃあ」
男性はピナコの誘いにやんわりとお断りしながら、帰り支度を始める。
ピナコは煙管を吸って見送った。
玄関先でひなたぼっこをしていた、左の前足が機械鎧の大型犬が起き上がり、吠える。
「ん?なんだい、デン」
飼い犬――デンの視線の先を見やると、ピナコはこちらにまっすぐ向かってくる人影に口の端をつり上げた。
「――おや、来たね。ウィンリィ!上客が来たよ!ウィンリィ!」
二階にいる少女へと呼びかける。
その頃、つなぎ服を着る少女――ウィンリィは玄関から届く祖母の声に、作業する手を止めて振り返る。
こちらへまっすぐ歩いてくる姿を目にして、ピナコは懐かしむように目を細めた。
「ふん…元気そうじゃないか」
周りは、どこを見ても自然。
迎えた光景は、緩やかな起伏を描きながら広がる広漠 とした牧草地だ。
草原に囲まれた、小高い丘の連なりと鬱蒼と茂る林で構成される地平線の果てまで敷き詰められている。
午前という時間帯も相まって、やや気温は低いが空気は澄んでおり、天気もいい。
流れる綿菓子のような雲が、ゆっくりと緩やかな風に流れていく。
なんとも牧歌的で平和な光景が、そこには広がっていた。
草原に囲まれた長い一本道を歩いて着いた先、一軒の家を目指してエド達は歩く。
「よう、ピナコばっちゃん。また、たのむよ」
機械鎧技師であるロックベル宅に到着したエドは声をかけた。
エドとキョウコは荷物を降ろし、アームストロングはアルを降ろす。
「こっち、アームストロング少佐」
「ピナコ・ロックベルだよ」
握手を交わす傍ら、デンは木箱に詰まれたアルに興味を示す。
「デン、久しぶりー」
「元気にしてた?」
キョウコは屈んで、デンの頭を撫でる。
アームストロングと握手を交わした後、ピナコはじっくりとキョウコの美貌を見つめる。
「しかし、しばらく見ないうちに、またべっぴんになったねぇ。キョウコ」
「やだ、ばっちゃんったら……!」
照れ照れと、頬を赤くするキョウコから目線を外し、次にエドへと顔を向ける。
「しかし、しばらく見ないうちに…エドはちっさくなったねぇ」
明らかに、アームストロング(対比物)を見比べて言い放った。
身長の低い彼にとっては地雷ともいえる言葉に、堪忍袋の緒が簡単に切れた。
「だれがちっさいって!?このミニマムばば!!」
「言ったね、ドちび!!」
「豆つぶばば!!」
「マイクロちび!!」
「ミジンコばば!!」
お互い身長の低い者同士が醜く言い争う中、ウィンリィは急ぎ足でバルコニーに向かう。
「――あの、バカ!来る時は先に連絡入れろって、あれほど言ってんのに…」
文句を言いながら、つなぎ服の上半身を脱いだ――下には、黒のヘソ出しチューブトップを着ている。
「こらー!!エド!!」
甲高い怒鳴り声に震えが走った瞬間、ナイスコントロールでスパナが後頭部に直撃する。
「ごふ!!!」
突然のスパナにエドは前のめりになって倒れ、キョウコが顔を上げると、バルコニーから怒鳴り声が飛ぶ。
「メンテナンスに来る時は、先に電話の一本でも入れるように言ってあるでしょーーーーー!!」
前のめりになって倒れたエドは頭を押さえて怒鳴り返した。
「てめー、ウィンリィ!!殺す気か!!」
痛みを堪えながら訴えたエドに、ウィンリィは満面の笑顔で三人を迎える。
「あはは!おかえり!」
いつも明るく元気なもう一人の幼馴染み、ウィンリィだ。
彼女はエドの機械鎧の整備師であり、優れた機械鎧を作ることに余念がない。
「おう!」
「ただいま、ウィンリィ!」
「ただいまー」
満面の笑顔で出迎えるウィンリィに、三人もそれぞれの返事で帰ってきたことを告げる。
エドの片腕となった右側――機械鎧の部分を指差して、ウィンリィはあらん限り絶叫した。
「んなーーーーーーーーっ!!」
「おお悪ィ、ぶっ壊れた」
コートを脱ぎ、ソファに座るエドはくつろいでいた。
コーヒーを飲みながら放たれた言葉に、ウィンリィは憤怒と悲哀と困惑に歪ませて激昂する。
「ぶっ壊れたって、あんたちょっと!!あたしが丹精こめて作った最高級機械鎧を、どんな使い方したら壊れるって言うのよ!!」
「いや。それがもう、粉々のバラバラに」
彼女が驚愕し、動揺のあまり上擦った口調で問いつめるのに対し、彼は呑気に笑う。
「はっはっはっ」
ウィンリィはショックのあまりよろめき、
「バ……」
顔面蒼白になる。
そして、彼の頭にはスパナが突き刺さり、大量の血が滴る。
「で、なに?アルも壊れちゃってるわけ?あんたら、いったいどんな生活してんのよ」
「いやぁ。てへっ」
危ない生活を送る兄弟に顔をしかめるウィンリィが突然、何かを思いついたかのようにほくそ笑んだ。
「これは……癒しが必要だわ」
隣で苦笑するキョウコを流し見る。
「ウィンリィ?」
ウィンリィは戸惑うキョウコに素早く近づき、飛びつくように抱きついた。
「えい!」
「きゃ!?」
ウィンリィは思い切り黒髪の少女の身体に肌を密着させ、頬に頬をすり寄せる。
「キョウコーー!!会いたかったーー!!」
「もう、ウィンリィったら。あたしもだよ」
「キョウコは?大丈夫なの?怪我は無い?」
前髪をつまみ上げ、頬を触る。
細い肩と腰を撫で回し、腕を持ち上げたところで、キョウコは顔を真っ赤にして抵抗する。
「だ、大丈夫だから、なんともないから!」
「左肩に怪我した奴が何言ってんだ」
「ちょっ、エド!余計な事言わないでよ!」
痛いところを突かれたのか、うろたえるキョウコの訴えを、エドはコーヒーを飲んで軽く受け流す。
「だって、エドとアルが危険で、なんか身体が勝手に動いちゃって……」
感情に任せて言葉を言い切る前に、キョウコは自分の失態を悟って口をつぐんだ。
おそるおそる横を見れば、金髪の親友はまじまじとキョウコの美貌を注視して――つぶやいた。
「詳しく話を聞かせてちょうだい、キョウコ……」
質問攻めの対象がキョウコに移ったのは言うまでもなかった。
「――で、その賢者の石の資料とやらを手に入れるために、一日も早く中央に行きたいって言うのかい?」
「そう。大至急やってほしいんだ」
Tシャツと短パンに着替えたエドは、壊れた機械鎧を修理するためにリゼンブールに訪れた理由を説明する。
ピナコは相槌を打ちつつ、左足の機械鎧をじっくりる。
「うーん。腕だけじゃなく、足も調整が必要だね」
それを聞いたキョウコは感心したように目を丸くし、ウィンリィは意地悪く告げる。
「へぇー。一応、身長は伸びてんだ」
「この前測った時は、×センチだったっけ」
身長を公表させまいと、エドはウィンリィの台詞に×の看板を出す。
「足の方は元 があるからいいとして、腕は一から作り直さなきゃならんから…」
ピナコは難しい顔つきになると煙管で、カンカン、と左足の機械鎧を軽く叩く。
「ええ?一週間くらいかかるかな」
一から作り直す、と言われ、エドが不安げに眉を下げる。
ピナコは煙管を吸ってしばらく思案し、煙を吐いて豪語した。
「なめんじゃないよ。三日だ」
ウィンリィに機械鎧の知識を教え、自身も機械鎧の職人として生きてきたため、眼鏡の奥から垣間見える鋭い目つきに圧倒される。
「とりあえず、三日間はスペアでがまんしとくれ」
「うん」
とりあえず左足の機械鎧を外し、仮の義足に取り替える。
「と……やっぱ、慣れてない足は歩きにくいな」
「削り出しから、組み立て、微調整、仕上げと…うわ、カンペキ徹夜だわ」
「悪いな。無理言って」
作業の確認を始めるウィンリィに申し訳なさそうに言うと、予想外の答えが返ってきた。
「一日でも早く中央に行きたいんでしょ?だったら、無理してやろうじゃないのさ」
口の端をつり上げ、徹夜を覚悟の上で言い放った。
彼女の強気な瞳がまっすぐにエドを射抜く。
気丈に言い放つ、そんな様子に思わず拍子抜けしてしまうが、それも一瞬にして、いつもの明るい調子に変わる。
「そのかわり、特急料金、がっぽり払ってもらうからね!」
背中を勢いよく叩くと、
「あ。慣れない足だっけ」
エドは簡単に吹っ飛んで、逆さまに倒れ込んだ。
機械鎧を修理してもらう三日間、何もすることがない兄弟はデンと共に庭で身体を休めていた。
「…ったく、なんなんだ、あの狂暴女は!!」
「ははは。何を今さら」
悪態をつく兄に対して、弟の方は剛胆に割り切っていた。
「はーーー、三日か…」
自堕落に芝生に寝っ転がる。
束の間の休息を取って満喫しようかと考えたが、彼の心は落ち着かない。
「…………とりあえず、やる事が無いとなると、本当にヒマだな。ここ、図書館もなんも無いし」
「ここしばらくハードだったから、たまには、ヒマもいいんじゃない?」
「~~~~~ヒマなのは性に合わねぇ!!」
たまには何も考えずにボケっと過ごすのもどうかと持ちかけるが、エドは身体を動かし、じたじたと暴れ、隣のデンも真似する。
(だろうね…)
血気盛んな兄の性格を、弟は冷静に分析する。
「ところで、キョウコはどこにいるんだ?」
「ああ、なんかウィンリィに連れて行かれたよ。すぐ戻って来るって言ってたけど」
アルは、彼女がいるであろうロックベル家の二階を見上げた。
「あのさ…ウィンリィ。やっぱり、この格好恥ずかしいよ…」
おずおずと訊ねるキョウコに、ウィンリィは腰に手を当てて険しい声音で斬り捨てた。
「何言ってんの。あんな魔女みたいな格好、今は止めときなさいよ」
今、彼女は白いカッターシャツの上に黒いコートを羽織る普段の服装ではなく、ウィンリィと同じ、黒のヘソ出しチューブトップのつなぎ服だった。
「でっ、でも…」
「それに、髪も。ちゃんと梳 かしてる?髪は女の命なんだから」
次にウィンリィは、特に芸もなく、ただ無造作に結んでいたポニーテールを下ろす。
それだけで、腰まで届くかというキョウコの癖のつかない漆黒の髪。
ウィンリィは鼻歌混じりに、丁寧に黒髪を櫛で梳かす。
キョウコは恥ずかしそうに頬を赤く染めつつも黙ってされるがままになっている。
そして、ウィンリィはキョウコの――包帯に巻かれた左肩を見やる。
「まったく…!キョウコの方はあんまり怪我がなかったけど、心配するんだからね」
「うん、ごめん……」
表情が幾分か暗くなる。
それにも増して、悲しい顔をするキョウコ。
そのしょぼーんとした雰囲気は、凄まじく庇護欲をそそる。
「ううっ」
ウィンリィの可愛いもの好きの本能が身体を乗っ取ろうとする。
もし理性が本能に敗北したら、ウィンリィはキョウコを抱きしめること請け合いだ。
それほどまでに、キョウコは可愛いかった。
ウィンリィの脳内で行われている死闘、本能と理性がそれぞれ最後の一撃を放った。
そしてキョウコの後ろから抱きつく。
「あーーっ、もうっ!キョウコ、そんな表情しないで!!すっごく可愛いから!」
「えっ?えっ?」
訳も分からず声をあげるが、ウィンリィはお構いなしに恍惚とした表情でうっとりと言う。
「やっぱいいわね…この抱き心地といい、可愛らしさといい、素直さといい……」
「あの~ウィンリィ…さん?」
「もう少しだけ!もう少しだけでいいから、あたしからこの幸せを奪わないで!」
一番困っているだろうキョウコには悪いと思いながら、本能を刺激されたとしか思えない自分の欲求を抑えることはできず。
ウィンリィはしばらくの間、キョウコを抱きしめる行為に没頭した。
その頃、暇そうに地面に寝転んでいたエドは急に起き上がった。
気だるいままだった身体が一瞬で持ち直す。
背筋はすっきりと伸び、四肢の隅々、指先まで力が行き渡る。
「どうしたのさ。兄さん」
「なんか、キョウコの身に危険が……」
目つきを鋭くさせて、じっと二階の部屋を注視するエドであった。
「おっ。いい感じです、ピナコ先生」
小柄な老婆が男性へと義足を装着し、具合を確かめる。
先生と呼ばれた老婆――ピナコはついでとばかりに機械鎧に変更してみないかと投げかける。
「どうだい。おもいきって、機械鎧にしてみないかい?」
「はは…冗談でしょう?たしかに便利かもしれませんが、手術後の痛みとリハビリが大変だと言うじゃありませんか」
機械鎧は、義肢の技術が発展したもの。
中でも近いのは、節電義手(筋肉を動かす時に流れる電流を捉えて指を動かす義手の一種)であり、義手と違って自分の意思で動かせるところだ。
ただ、装着するための手術と、使いこなせるようになるまでのリハビリが大変だ。
「いい年して、何をビビってんだい。右手と左足を、いっぺんに機械鎧にしたガキもいるってのに」
「私にはそんな勇気はありませんよ。じゃあ」
男性はピナコの誘いにやんわりとお断りしながら、帰り支度を始める。
ピナコは煙管を吸って見送った。
玄関先でひなたぼっこをしていた、左の前足が機械鎧の大型犬が起き上がり、吠える。
「ん?なんだい、デン」
飼い犬――デンの視線の先を見やると、ピナコはこちらにまっすぐ向かってくる人影に口の端をつり上げた。
「――おや、来たね。ウィンリィ!上客が来たよ!ウィンリィ!」
二階にいる少女へと呼びかける。
その頃、つなぎ服を着る少女――ウィンリィは玄関から届く祖母の声に、作業する手を止めて振り返る。
こちらへまっすぐ歩いてくる姿を目にして、ピナコは懐かしむように目を細めた。
「ふん…元気そうじゃないか」
周りは、どこを見ても自然。
迎えた光景は、緩やかな起伏を描きながら広がる
草原に囲まれた、小高い丘の連なりと鬱蒼と茂る林で構成される地平線の果てまで敷き詰められている。
午前という時間帯も相まって、やや気温は低いが空気は澄んでおり、天気もいい。
流れる綿菓子のような雲が、ゆっくりと緩やかな風に流れていく。
なんとも牧歌的で平和な光景が、そこには広がっていた。
草原に囲まれた長い一本道を歩いて着いた先、一軒の家を目指してエド達は歩く。
「よう、ピナコばっちゃん。また、たのむよ」
機械鎧技師であるロックベル宅に到着したエドは声をかけた。
エドとキョウコは荷物を降ろし、アームストロングはアルを降ろす。
「こっち、アームストロング少佐」
「ピナコ・ロックベルだよ」
握手を交わす傍ら、デンは木箱に詰まれたアルに興味を示す。
「デン、久しぶりー」
「元気にしてた?」
キョウコは屈んで、デンの頭を撫でる。
アームストロングと握手を交わした後、ピナコはじっくりとキョウコの美貌を見つめる。
「しかし、しばらく見ないうちに、またべっぴんになったねぇ。キョウコ」
「やだ、ばっちゃんったら……!」
照れ照れと、頬を赤くするキョウコから目線を外し、次にエドへと顔を向ける。
「しかし、しばらく見ないうちに…エドはちっさくなったねぇ」
明らかに、アームストロング(対比物)を見比べて言い放った。
身長の低い彼にとっては地雷ともいえる言葉に、堪忍袋の緒が簡単に切れた。
「だれがちっさいって!?このミニマムばば!!」
「言ったね、ドちび!!」
「豆つぶばば!!」
「マイクロちび!!」
「ミジンコばば!!」
お互い身長の低い者同士が醜く言い争う中、ウィンリィは急ぎ足でバルコニーに向かう。
「――あの、バカ!来る時は先に連絡入れろって、あれほど言ってんのに…」
文句を言いながら、つなぎ服の上半身を脱いだ――下には、黒のヘソ出しチューブトップを着ている。
「こらー!!エド!!」
甲高い怒鳴り声に震えが走った瞬間、ナイスコントロールでスパナが後頭部に直撃する。
「ごふ!!!」
突然のスパナにエドは前のめりになって倒れ、キョウコが顔を上げると、バルコニーから怒鳴り声が飛ぶ。
「メンテナンスに来る時は、先に電話の一本でも入れるように言ってあるでしょーーーーー!!」
前のめりになって倒れたエドは頭を押さえて怒鳴り返した。
「てめー、ウィンリィ!!殺す気か!!」
痛みを堪えながら訴えたエドに、ウィンリィは満面の笑顔で三人を迎える。
「あはは!おかえり!」
いつも明るく元気なもう一人の幼馴染み、ウィンリィだ。
彼女はエドの機械鎧の整備師であり、優れた機械鎧を作ることに余念がない。
「おう!」
「ただいま、ウィンリィ!」
「ただいまー」
満面の笑顔で出迎えるウィンリィに、三人もそれぞれの返事で帰ってきたことを告げる。
エドの片腕となった右側――機械鎧の部分を指差して、ウィンリィはあらん限り絶叫した。
「んなーーーーーーーーっ!!」
「おお悪ィ、ぶっ壊れた」
コートを脱ぎ、ソファに座るエドはくつろいでいた。
コーヒーを飲みながら放たれた言葉に、ウィンリィは憤怒と悲哀と困惑に歪ませて激昂する。
「ぶっ壊れたって、あんたちょっと!!あたしが丹精こめて作った最高級機械鎧を、どんな使い方したら壊れるって言うのよ!!」
「いや。それがもう、粉々のバラバラに」
彼女が驚愕し、動揺のあまり上擦った口調で問いつめるのに対し、彼は呑気に笑う。
「はっはっはっ」
ウィンリィはショックのあまりよろめき、
「バ……」
顔面蒼白になる。
そして、彼の頭にはスパナが突き刺さり、大量の血が滴る。
「で、なに?アルも壊れちゃってるわけ?あんたら、いったいどんな生活してんのよ」
「いやぁ。てへっ」
危ない生活を送る兄弟に顔をしかめるウィンリィが突然、何かを思いついたかのようにほくそ笑んだ。
「これは……癒しが必要だわ」
隣で苦笑するキョウコを流し見る。
「ウィンリィ?」
ウィンリィは戸惑うキョウコに素早く近づき、飛びつくように抱きついた。
「えい!」
「きゃ!?」
ウィンリィは思い切り黒髪の少女の身体に肌を密着させ、頬に頬をすり寄せる。
「キョウコーー!!会いたかったーー!!」
「もう、ウィンリィったら。あたしもだよ」
「キョウコは?大丈夫なの?怪我は無い?」
前髪をつまみ上げ、頬を触る。
細い肩と腰を撫で回し、腕を持ち上げたところで、キョウコは顔を真っ赤にして抵抗する。
「だ、大丈夫だから、なんともないから!」
「左肩に怪我した奴が何言ってんだ」
「ちょっ、エド!余計な事言わないでよ!」
痛いところを突かれたのか、うろたえるキョウコの訴えを、エドはコーヒーを飲んで軽く受け流す。
「だって、エドとアルが危険で、なんか身体が勝手に動いちゃって……」
感情に任せて言葉を言い切る前に、キョウコは自分の失態を悟って口をつぐんだ。
おそるおそる横を見れば、金髪の親友はまじまじとキョウコの美貌を注視して――つぶやいた。
「詳しく話を聞かせてちょうだい、キョウコ……」
質問攻めの対象がキョウコに移ったのは言うまでもなかった。
「――で、その賢者の石の資料とやらを手に入れるために、一日も早く中央に行きたいって言うのかい?」
「そう。大至急やってほしいんだ」
Tシャツと短パンに着替えたエドは、壊れた機械鎧を修理するためにリゼンブールに訪れた理由を説明する。
ピナコは相槌を打ちつつ、左足の機械鎧をじっくりる。
「うーん。腕だけじゃなく、足も調整が必要だね」
それを聞いたキョウコは感心したように目を丸くし、ウィンリィは意地悪く告げる。
「へぇー。一応、身長は伸びてんだ」
「この前測った時は、×センチだったっけ」
身長を公表させまいと、エドはウィンリィの台詞に×の看板を出す。
「足の方は
ピナコは難しい顔つきになると煙管で、カンカン、と左足の機械鎧を軽く叩く。
「ええ?一週間くらいかかるかな」
一から作り直す、と言われ、エドが不安げに眉を下げる。
ピナコは煙管を吸ってしばらく思案し、煙を吐いて豪語した。
「なめんじゃないよ。三日だ」
ウィンリィに機械鎧の知識を教え、自身も機械鎧の職人として生きてきたため、眼鏡の奥から垣間見える鋭い目つきに圧倒される。
「とりあえず、三日間はスペアでがまんしとくれ」
「うん」
とりあえず左足の機械鎧を外し、仮の義足に取り替える。
「と……やっぱ、慣れてない足は歩きにくいな」
「削り出しから、組み立て、微調整、仕上げと…うわ、カンペキ徹夜だわ」
「悪いな。無理言って」
作業の確認を始めるウィンリィに申し訳なさそうに言うと、予想外の答えが返ってきた。
「一日でも早く中央に行きたいんでしょ?だったら、無理してやろうじゃないのさ」
口の端をつり上げ、徹夜を覚悟の上で言い放った。
彼女の強気な瞳がまっすぐにエドを射抜く。
気丈に言い放つ、そんな様子に思わず拍子抜けしてしまうが、それも一瞬にして、いつもの明るい調子に変わる。
「そのかわり、特急料金、がっぽり払ってもらうからね!」
背中を勢いよく叩くと、
「あ。慣れない足だっけ」
エドは簡単に吹っ飛んで、逆さまに倒れ込んだ。
機械鎧を修理してもらう三日間、何もすることがない兄弟はデンと共に庭で身体を休めていた。
「…ったく、なんなんだ、あの狂暴女は!!」
「ははは。何を今さら」
悪態をつく兄に対して、弟の方は剛胆に割り切っていた。
「はーーー、三日か…」
自堕落に芝生に寝っ転がる。
束の間の休息を取って満喫しようかと考えたが、彼の心は落ち着かない。
「…………とりあえず、やる事が無いとなると、本当にヒマだな。ここ、図書館もなんも無いし」
「ここしばらくハードだったから、たまには、ヒマもいいんじゃない?」
「~~~~~ヒマなのは性に合わねぇ!!」
たまには何も考えずにボケっと過ごすのもどうかと持ちかけるが、エドは身体を動かし、じたじたと暴れ、隣のデンも真似する。
(だろうね…)
血気盛んな兄の性格を、弟は冷静に分析する。
「ところで、キョウコはどこにいるんだ?」
「ああ、なんかウィンリィに連れて行かれたよ。すぐ戻って来るって言ってたけど」
アルは、彼女がいるであろうロックベル家の二階を見上げた。
「あのさ…ウィンリィ。やっぱり、この格好恥ずかしいよ…」
おずおずと訊ねるキョウコに、ウィンリィは腰に手を当てて険しい声音で斬り捨てた。
「何言ってんの。あんな魔女みたいな格好、今は止めときなさいよ」
今、彼女は白いカッターシャツの上に黒いコートを羽織る普段の服装ではなく、ウィンリィと同じ、黒のヘソ出しチューブトップのつなぎ服だった。
「でっ、でも…」
「それに、髪も。ちゃんと
次にウィンリィは、特に芸もなく、ただ無造作に結んでいたポニーテールを下ろす。
それだけで、腰まで届くかというキョウコの癖のつかない漆黒の髪。
ウィンリィは鼻歌混じりに、丁寧に黒髪を櫛で梳かす。
キョウコは恥ずかしそうに頬を赤く染めつつも黙ってされるがままになっている。
そして、ウィンリィはキョウコの――包帯に巻かれた左肩を見やる。
「まったく…!キョウコの方はあんまり怪我がなかったけど、心配するんだからね」
「うん、ごめん……」
表情が幾分か暗くなる。
それにも増して、悲しい顔をするキョウコ。
そのしょぼーんとした雰囲気は、凄まじく庇護欲をそそる。
「ううっ」
ウィンリィの可愛いもの好きの本能が身体を乗っ取ろうとする。
もし理性が本能に敗北したら、ウィンリィはキョウコを抱きしめること請け合いだ。
それほどまでに、キョウコは可愛いかった。
ウィンリィの脳内で行われている死闘、本能と理性がそれぞれ最後の一撃を放った。
そしてキョウコの後ろから抱きつく。
「あーーっ、もうっ!キョウコ、そんな表情しないで!!すっごく可愛いから!」
「えっ?えっ?」
訳も分からず声をあげるが、ウィンリィはお構いなしに恍惚とした表情でうっとりと言う。
「やっぱいいわね…この抱き心地といい、可愛らしさといい、素直さといい……」
「あの~ウィンリィ…さん?」
「もう少しだけ!もう少しだけでいいから、あたしからこの幸せを奪わないで!」
一番困っているだろうキョウコには悪いと思いながら、本能を刺激されたとしか思えない自分の欲求を抑えることはできず。
ウィンリィはしばらくの間、キョウコを抱きしめる行為に没頭した。
その頃、暇そうに地面に寝転んでいたエドは急に起き上がった。
気だるいままだった身体が一瞬で持ち直す。
背筋はすっきりと伸び、四肢の隅々、指先まで力が行き渡る。
「どうしたのさ。兄さん」
「なんか、キョウコの身に危険が……」
目つきを鋭くさせて、じっと二階の部屋を注視するエドであった。