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ミスキャンの工藤さん

 3年連続でミス東都大に選ばれ、4年目もあの人で決まりだなと言われていた美少女を差し置いてミス東都大に選ばれたのは、その年、首席で法学部に入学した工藤さんだった。


 圧倒的な美貌と均整のとれたプロポーションでその年の女王に選ばれた工藤さんはその次の年も、さらにその次の年もミス東都大に選ばれ、先日ついに4度目の栄冠を得て東都大のレジェンドと相成ったのだ。
 我が校の女王工藤さんは、美しさだけでなく首席入学したということから判る通り頭脳も飛びぬけて優秀で、先日提出した論文があまりに素晴らしく、今度教授について海外の学会に行かないかと声をかけられたそうだ。(工藤さんはそれを笑顔でお断りしていた)

 
 工藤さんの伝説を上げると切がないので省略するが、工藤さんは歩く伝説と言われるくらいには最強の美女で、振られた男の数知れず。そもそも、高校時代に日本警察の救世主と呼ばれメディアを騒がせた事もある、いわば有名人でもあるので、伝説に事欠かないのは恐らく今に始まった事ではない。

 密かに存在する『工藤さんを見守る会』という名のファンクラブは生徒、教授問わず在籍している。今では学内に留まることなく、他校、ひいては大手企業のお偉いさんも在籍しているとかいないとか。工藤さん伝説は日々更新されていくのだ。

 そんな彼女と私、岡野が友人という関係になったのは偶然も偶然、入学して初めての授業で隣の席に居たからだ。

 隣の席にたまたま居たからといって、普通はそう簡単に友達になれるものではないと思う。何せ彼女は入学当初から注目を集める美女であり才女。そのオーラはもはや芸能人と言っても過言ではない。そんなスーパー美女の隣に、こんな平凡な一般人である私が何故友人として収まっているかというと、隣にいた私に「はじめまして、工藤新一です。よかったら友達になってくれない?」と小首を傾げて微笑んだのだ。その瞬間、私は工藤さんの友達になった。それだけ?と思うべからず。その一言だけで十分私の心は持ってかれたのだ。多分、私以外の人間でも同じことだろうと思っている。

しかし、友人と言えど工藤さんの私生活は彼女と交流4年目にしてもほぼ謎のまま。

4年も一緒にいたら会話の中で私生活の話になり、ふつうはある程度お互い知っているものだと思っているし、工藤さん以外の友人に関してはまさしくそうだ。工藤さんだけが例外なのだ。
 ちなみに、工藤さんに何度か突っ込んだ質問をした事があったのだが、その度に白く細い綺麗な指を一本、赤く艶やかで形の良い唇に当てて「岡野、それ以上は守秘義務だ」とウィンクされるのであまりの可愛さにそれ以上聞く事が出来ないばかりか、女の私でさえもあの時は惚れるかと思った。


 なんだかんだと4年の付き合いになった工藤さんであるが、彼女の私生活面をあまり知らないからと言って別に仲が悪いという事ではない。飲みに行く事だってあるし(「ごめん岡野、ちょっと警察に呼ばれたから行くな」と飛び出して残されることもあるが)ショッピングに行ったりもする。それに工藤さん、実はとても口がよろしくない。その美しい容姿に似合わず男言葉だったりする。私の事も、岡野かオメーと呼ぶ。出会い頭は女性らしい言葉使いだったのだが、気づいたらそうなっていた。それにしても、オメーってちょっと酷くはないか?と思った時期もあるが今となっては悪くないなと思い始めている。

 しかし、彼女がそんな荒い言葉で会話をするのはこの大学では私だけなのだ。

 他の友達と話している時は綺麗で『ミスキャンの工藤さん』のイメージ通りの言葉づかいで、一度それについて尋ねた時には「だって、岡野は私の事わかってくれると思ってっからさー」と嬉しい事を言ってくれた。もう私が惚れても文句は言えないぞ工藤さん。


 なので、ランチタイムに雑談をしつつ、いつも通り飲みに誘うよう工藤さんに「来週の金曜日合コンするけど一緒に行かない?」と誘ってみたのだ。彼女から彼氏の話は一度もなかったし男の影というのも私の目からみて感じなかったから。

しかし、工藤さんは私の予想の範疇にいるような女では無いのだ。

「あー…、彼氏そういうの嫌がるから行けない。ごめんな」

と、さらっと爆弾を投下した。

待て、ちょっと待てくれ工藤さん、今なんと言った。彼氏が、嫌がると言ったか???待って、ちょっと頭を整理させてくれ~。SNS上の語彙力を失ったオタク並みの脳内で待ったをかける私に工藤さんは「おい、いきなり黙ってどうした?」と心配そうに見つめてくる。

「ごめん、大丈夫。それより工藤さん、彼氏いたんだ……」

「あれ?言ってなかった?」

 売り物かと突っ込みを入れたくなるくらい、いつもの綺麗な自前のお弁当を食べながら、あっけらかんと工藤さんは言うけれどその彼氏が居るという衝撃の事実は周りが静まり返る程だ。なんて人だ工藤さん、今の一言でこの部屋にいた男子の何人かは失恋したぞ。なぜか私もショックを隠せない。4年もいて教えてももらえなかったという気持ちと、どこぞの男に工藤さんが取られたという気持ちが心の中でバトルしている。

「聞いてないよ……!!でもそっか、じゃあ仕方ないね。」

「ホントごめんな。誘ってくれてありがとう」

「いや、でもそうだね、その辺じっくり聞きたいから今度飲みに行こうよ」

「ああ、岡野ならいつでも歓迎だよ」

やばい、工藤さんが歓迎してくれて私は大感激だよ。にこにこ笑顔の工藤さんは本当に可愛い。美しい。美の女神が裸足で逃げ出すレベルだ。同じ女である私も赤面してしまうのは致し方ないと思う。


***


 翌週の金曜日、夕方。今日の講義すべてをすっぽかした工藤さんから突然電話が来た。4年友達をやっているが、工藤さんから電話が来ることは稀で正直驚いた。体調が悪くて休んだものだと思っていたので「今日来ないから心配したよ」と言おうとしたのだが、その言葉を発する間もなく、工藤さんは爆弾を投下した。

「岡野、私やっぱり合コン行く」

開口一番に爆弾を投下した工藤さんは、「今から行くって言っても大丈夫?」なんて気を使って言ってくるが、そんなの今は問題ではない。

「それは大丈夫だけど…。待って、工藤さん。ちょっと待って。この前彼氏いるって言ってたよね。大丈夫?」

「大丈夫、何も問題ない。確か今日って言ってたよな。場所と時間、後でLINEして」

 絶対問題あるやつだよ~~!!!工藤さん、それ絶対問題あるやつだから!だって恋人求める男女がお酒飲みながら語り合って、じゃあお付き合いしませんか?とかあわよくばこのままホテル行こうか?なんてこともあるんだからね!工藤さんレベルの美女なら絶対あり得る話なんだからね!?
 なんて事は直接今は言えないので、「彼氏さんと何かあったの?」とさり気なく聞いてみると「……あんなの彼氏なんかじゃねー」と唸るような工藤さんの低い声が耳元に届いた。絶対彼氏となんかあったやつだ。

「とにかく、合コンなんて行ったら彼氏さんに誤解されちゃうかもしれないからさ、やめておこうよ。飲みなら別の日に私と行こう」

「岡野、私は今すぐにでも飲みたいし、彼氏とかもうそんなんどうでもいいんだ。もうこうなったらワンナイトラブでも来いってんだ」

「えっやめて~!私の知ってる工藤さんはそんな事言わない!!」

 なんだそれはと工藤さんは訝しげに言うが、私の知ってる私の幻想の工藤さんは女神よりも尊い存在なので、ワンナイトラブとかしない。
ついでに言えば工藤さんはもしかしたらトイレにも行かないのではと思っている。
 つまり、彼女の取り込んだ食べ物や飲み物は必要な栄養素を体内に取り込んだのちに不要となった残骸は全て腸内で消滅されるので、排泄されることは無いと。ちなみに以前このトイレの下りを工藤さん本人に話したら「私だってトイレくらい行くぜ」と若干引き気味に返されたのを今でも覚えている。

「とにかく!私は!今日絶対行くからな!!」

 工藤さんはそう言って電話を切ってしまった。なんて事だ。でもこれで追加予約しないで、工藤さんの席ねーから!みないな某マンガのいじめみたいなアレしたら、すでに怒り気味の工藤さんは爆発してしまう可能性があるので幹事に連絡だけはしておいた。


***


 集合時間の10分前からスタンバイしていたという工藤さんは、普段より美しさが100倍くらいになっていた。


 ネイビーのハイネックノースリーブのサマーニットから白くて細い腕がスラッとのびて、ハイウエストデニムのスキニーパンツは綺麗なヒップの形を魅せ、黒真珠のように艶やかな長い黒髪はやんわりと巻かれて左に流されている。耳元には工藤さんの目の色と同じサファイヤブルーの石がきらきらと輝いて、腕にはブランド物だとわかる品の良い時計とクラッチバッグ。足元はブルーのエナメル生地のピンヒール。アクセントにバック部分にリボンがついていて足元を揺らめいている。お顔は言わずもがな美しさの塊である。長い睫はカールを描いてサファイヤブルーの瞳を際立てて、形の良い唇はいつもより赤みが強くつやつやとしている。

 頭のてっぺんから足のつま先まで完璧装備の工藤さんは、その場に居た女子の誰よりも美しい。当然であろう、我が国が誇る東都大のミスキャンパスだ。他の追随をそう易々と許すわけがない。そんな工藤さんに目を奪われたのは合コンに参加した男だけでなく他の客もで、ついでにいえば女性メンバーの一部も彼女のファンになっていた。流石工藤さん、一般人にはできないであろうことを簡単にやってのける!そこに痺れる憧れる!!


 全員が席について乾杯して、簡単に自己紹介をする。一部顔見知りなので、自己紹介もそこそこにして男と女の腹の探り合いが始まる。そうして皆でわいわい楽しんでいるけれど、場が盛り上がれば盛り上がる程、工藤さんはお酒を煽りどこか無理をしているような気がした。4年彼女を見てきた私がいうのだから少し信用して欲しい。
 表面上は綺麗にいつも通りに微笑んでいるけれど、ふとした瞬間に表情が暗くなるのだ。彼氏と何かあったのは電話の様子だと間違いないようだけれど、それについて話すつもりは無いようで、合間合間にこっそり「彼氏さん大丈夫?」と聞いてみるが「だから、何も問題ねーって」と返されてしまう。そう言われてしまえば何も言えないので、私に出来る事と言ったら彼女を狙う雄共から守ることくらいだ。ちびちび酒を飲みながら彼女によからん視線を向ける男子を睨みつけ、彼女の隣に来ようものならトイレに連れ出した。
 そんな事を続けていると、男子の視線もどんどん私への恨みのそれに変わっていくのは致し方ないことで、耐えられなかった男子が声を挙げた。

「岡野~!せっかく工藤さん来てんのにお前が邪魔で話もできねーよ!」

「そうだぞ!お前は工藤さん独り占めに来たんじゃなくて彼氏探しに来たんだろ??」

 工藤さんを狙う雄共の恨み言はもっともだ。私だって彼氏が欲しくて、出会いを求めてここに来たのだ。今日の為にバイト代半分を費やして可愛い服とアクセサリーを買ったのだ。しかし、そんなのはもはやどうでも良い。今一番大切なのは私の彼氏探しではなく、工藤さんの貞操なのだ。
 威嚇する猫よろしく、フーッと唸りをあげる私に引いたのか、もはや私達に近づく男はいなかった。別に、悲しくなんてない…。友達を守ったんだから本望だ。工藤さんには後日しっかり借りを返してもらうから!!そして工藤さんの彼氏は私に感謝して欲しい。
 男子との激しいやり取りの間、一度も口を出さなかった渦中の工藤さんといえば、お酒片手に頬を赤くしてうつらうつらと眠そうにていた。会話が耳に入らないくらいには酔っていた。普段とは違う色気が大爆発だ。
 酔いながらもこの店の豊富過ぎるお酒のメニューに目をやって、いろんなカクテルを注文している工藤さん。合コンに来たというよりもはや飲みに来ただけなんだろうか。そういえば電話で今すぐにでも飲みたいとか言っていたし、ワンナイトラブでも来いとか言っておきながら最初から積極的に男子と絡んではいなかった。そんな工藤さんの注文するお酒を見ていて気づいた。

「工藤さん、バーボン好きなの?」

「……なんで?」

「だって、さっきからバーボンベースのカクテルばっかり飲んるじゃない」

「………うそ」

 マンハッタン、ワードエイト、サザンジンジャー…そんな工藤さんの手にはカクテルではなく、2杯目のバーボンのロックだ。メニューにも、このカクテルはこの組み合わせですって記載があるので今まで飲んでいたのがバーボンベースであるのは間違いはない。どうやら無意識にバーボンのカクテルを選んでいるようだった。別に驚くような事ではないと思うのだが、工藤さんは目を見開いて驚いていた。

「ばーぼん……すき、うん。だいすき」

「へぇ…でも工藤さん、お酒はそれくらいにしておこうか?」

 酔って舌足らずの工藤さんも可愛いけど明らかに飲みすぎだ。その手のバーボンを一度取り上げると「いやっばーぼん!とらないでぇっ」と取り上げたクラスに手を伸ばしてくる。何この生き物可愛い…知ってたけど。

「ダメだよ!せめて一回お水飲んで」

「いやだ!おかの、なんで?今日、いじわるするの?」

 も~!!!!可愛い!意味わからん可愛さ!!潤ませた目で見つめられると、私の無いはずの股間が勃った気がした。この光景を見ていた一部男子は屈みながらそそくさと席を外したので私の感覚はどうやら間違っていないらしい。
それから少しの間工藤さんと攻防を続け、それは工藤さんが疲れて眠ってしまうまで続いた。



***


お開きの時間になっても目覚めない工藤さんをどうするかというのが今我々に課せられた目下の議題である。

「オレ、工藤さん送ってく!」とかほざく男を「そんなこと言って、どうせ美味しく頂くつもりでしょ!」と一蹴し、工藤さんを守っているものの、どうしたもんか。私も工藤さんの家を知らない。工藤さんの家に遊びに言った事も無ければ、どこに住んでいるかなんて聞いた事も無い。聞いたところで得意の『守秘義務』という言葉が出てくるだけだからだ。ぐっすり眠る工藤さんを置き去りにし、どこぞの男にお持ち帰りされるなんてもってのほかだ。

 悩んでいると、テーブルに置かれた工藤さんのスマホが着信を告げた。

 画面には『零さん』と表示されていて、彼女の連絡先を知るならばもしかするとこの零さんとやらは、工藤さんの住所を知っているかもしれない。連絡先を知りながら住所を知らない私の話はこの際置いといて欲しい。
 他人の電話に勝手に出るのもどうかとは思ったが、今、手がかりはこれしかないと電話を手に取り耳に当てると酷く焦った男の声が「新一くん!!」と工藤さんを呼んでいる。

『新一くん!今どこ!?こんな遅くまで何してるの!?』

「あ、あの…工藤さんのお知り合いですか?」

『………どちら様ですか』

明らかにがっかりし、かつ、訝しげに問いかけてくる男の声はなかなかに艶やかで耳障りが良い。

「私、岡野と申します。工藤さんとは大学で仲良くさせていただいてます」

『ああ!岡野さん。彼女からよく話をきいてますよ。』

「かのじょ……あー!もしかして、工藤さんの彼氏さんですか?」

『ええ、彼女とお付き合いさせていただいてます』

工藤さんの彼氏!!ついに工藤さんの彼氏との接触に成功した。彼なら工藤さんの住所を知っているに違いない。希望の光が見え内心喜びでいっぱいの私に、電話の向こうの彼は『ところで岡野さん、新一くんは…?』と問いかけてきた。
 勝手に彼女の電話に出てしまった事をお詫びし、事の流れを説明した。私が『合コン』と言った瞬間、彼氏さんの「へぇ…合コンねぇ……」と低い声が聞こえた時は背中に汗が流れた。ひぃいっ工藤さん、問題ないとか嘘だったじゃないか!問題ありだよ、彼氏怒ってるよ絶対!何はともあれ、工藤さんが寝てしまったものの住所がわからなくて困っているのだと、彼氏のあなたなら知っているのではないか、と尋ねた。彼はあっさり『ええ、もちろん。知ってますよ』と明るく返して、

『岡野さん、新一くんを迎えに行きたいと思いますので、今どちらに居るのか教えていただけますか?』


ブオンと車のエンジンの音がした。



***



「新一くん!」


 15分ほど待ってやってきたのは、とんでもないイケメンのお兄さんだった。ダークグレーのスーツは皺ひとつなくパリッとして、靴はピカピカだ。品の良い服装さることながらその容姿はまさしく眉目秀麗。褐色の肌に金糸の髪、意志の強いブルーグレーの瞳はきょろきょろと工藤さんを探していた。こっちですよと手を振ってやると、彼氏さんは一息ついてこちらに足を向けてきた。
寝ている工藤さんを見て安心したのか、深いため息をついて「新一くん……心配したよ」と彼女の隣に腰を下ろした彼氏さんは、急いで来たようで額からは汗が流れてる。汗流れてもかっこいいのは本当にかっこいい人だけだと思っているので、工藤さん、羨ましいぞ。

「岡野さん、だよね?ありがとう。彼女が迷惑かけてごめんね。ほら、新一くん、帰るよ!」

「いえ、とんでもない。それより…工藤さんと何かあったんですか?」

眠る工藤さんを起こそうとする彼は苦笑いをして「えーと、ちょっと喧嘩をしてね」と口を濁す。しかし疑問である。ちょっとした喧嘩で工藤さんが「あんなの彼氏なんかじゃねー」とか言うだろうか。否、私の知ってる工藤さんはそんな事言わないのだ。そんなん信用ならんぞ彼氏殿よと視線をやれば「それより、この子こんなに酔ってるけどどれくらい飲んだの?」と話をそらしてきた。ここで初対面の私が怒っても仕方ないので今回は引いておこう。

「えっと、最初に生をジョッキで1杯、カクテル3杯にバーボン2杯ですね」

「彼女、そんなに飲んだの……」

工藤さんをしっかり見守っていた私は、何を何杯飲んだかはばっちり把握済みだ。それにしても工藤さん飲みすぎだ。たまに一緒に飲むので知っているが、彼女はお酒に強いわけではない。なのでいつもは2杯程度ゆっくり嗜む程度に飲んでいるのだ。しかし、今日は普段からは想像できないくらい、それこそ彼女のお酒のリミッターを考えると浴びるように飲んだと言っても良い。酔いつぶれてぐっすり夢の世界にいる彼女は彼氏が体を揺すっても起きる気配がない。

「工藤さんバーボン好きみたいで、最初の生以外はバーボンのカクテルだったりして随分好きみたいですね?」

「…それ、本当?」

「本当ですよ~。流石に飲みすぎなんでグラス取り上げたら『ばーぼん取らないで』って珍しく駄々こねるし」

新一くんそれは可愛すぎるだろと彼氏さんは赤面して両手で顔を覆っている。そんな彼氏さんも可愛いけれど、工藤さんが可愛すぎる事に関しては彼に同意しかない。何故か工藤さんがバーボン好きというだけで照れている彼氏さんの「新一くん、起きて」と揺する力も心なしか弱くなっている。

「……ん、?れーさん?」

「あっ新一くん、起きた?ほら、帰ろう。」

舌足らずで寝ぼけ眼の工藤さんの破壊力は今までの工藤さんを軽く凌駕した。私は思わずスマホのカメラを構えようとしたが、鉄の理性で何とか耐えた。可愛いなと顔を緩めていると、工藤さんは目を見開いて声を挙げた。

「やっ!!れーさんきらい!かえらない」

工藤さんは彼氏、れーさんの手を払い除け私をギュッと抱きしめた。工藤さんお酒の匂いはもちろんするけどめちゃくちゃいい匂いだ。何の香水使ってるのかな。豊なお胸も私のまな板にぴったんこだ。最高だよ工藤さん。でもね、もし私が男だったら大変な事になってたよ。
彼女に嫌いと言われたれーさんは「え…き、嫌い?」と涙目だ。

「し、新一くん……今朝の事は本当に申し訳ないと思ってる。だから、ね?帰ろう?」

「嫌ったら嫌!!れーさんと家かえるくらいなら、おかののとこ行くー!!」

「ちょっ工藤さん!?」

嬉しい。正直嬉しいけど!嬉しいけど、その…貴方のれーさん見てよ、ショック受けて固まってるよ…。嫌いの一言と、一緒に帰るくらいなら友達の家に行くという工藤さんの発言に、れーれんのみならず私も困惑故に固まるしかない。残念ながら私の部屋は空き巣に入られたのかと誤解されるレベルで汚いので、今夜工藤さんを招待するわけにはいかない。

「ほら、岡野さんも困ってるでしょ?我儘言ってないで帰るよ!」

れーさんは私から工藤さんを無理やり引きはがして自分へと引き寄せた。「離せよっ!!」と工藤さんは暴れて抵抗するものの、酔っ払いに素面の、それも男性に勝てるわけもなくすっぽり彼の胸の中に納まってしまった。

「れーさん、離せよ」

「新一くんが僕と帰るって言うまで離さない」

「なんだよそれ……自分勝手すぎんだよ」

「そうだよ。でも知ってたでしょ?僕がそういう男だって」

にっこりと笑うれーさんの顔を見て工藤さんが顔を赤くしたのは明らかにお酒のせいではない。次第に甘くなっていく二人の空気に、私はお邪魔だなと感じせざるを得ない。

「えーと、工藤さん。私は帰るから、ちゃんと仲直りするんだよ!じゃ!また月曜日に!」

岡野!私を見捨てるのか!?ときゃんきゃん鳴く工藤さんをれーさんに任せて私はタクシーで自宅に帰ることにした。これ以上あの場にいたら私は馬に蹴られてしまう。
なんにせよ、れーさんはいい人そうだし、嫌いと言いながら抱きしめられて満更でもないといったような工藤さんを見ていたら私が居なくてもすぐに仲直りしてしまうだろう。二人がどんな喧嘩をしたのかは知らないけれど、彼にはあの美しい彼女をしっかり捕まえていて欲しいものである。私の心臓がもたないし、今後また同じ事があったなら私は彼女を守るのに必死で彼氏が一向に出来ない。それは由々しき事態だ。私だって飲み会帰りに迎えに来てくれる優しい彼氏が欲しい。





月曜日、登校早々全力で謝る工藤さんの首元には無数のキスマークがあった。
「仲直りできたんだね」と首元を指さしてやると顔を真っ赤にしてお得意の「岡野、守秘義務だ」とお得意の台詞を弱々しく呟いたのだ。

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