帰宅部 サクヤ編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……それで、これからどうしようか」
部員全員の思いを代弁するかのように維弦が口を開いた。
パピコでイケPとの戦闘を終えた後、帰宅部はμの次に繋がる手がかりもろくに見つけられず手持ち無沙汰でいた。
勿論、イケPにμの居場所も問いただした。しかし返ってきたのは「分からない」という回答。強いていえば「確か何かのイベントに参加するって聞いたような」、という何ともあやふやな情報のみ。
イケP自身、自分のライブの準備で忙しくて他の楽士のことは聞いていなかったらしい。
「うーん……宛がないですもんねぇ、どうしよう……」
「鍵介くんは何か分からないの?」
困りきったようにため息をつく美笛の横で、鳴子が思いついたようにソファの近くにいた鍵介へと質問した。
「うーん…そうだなぁ……前も言いましたけど、僕楽士の中でも一番新参だったのでそんなに詳しくないんですよね。それでも仲のいい楽士が一人だけいたんですけど、その人もいつもふらふらしてて何処がテリトリーだとかは分からなかったし……」
「そっかぁ……」
鍵介の言葉を聞き、鳴子はがっくりと肩を落とした。
イケPからはろくなヒントを得られず、Storkのときのような手がかりとなる物も無い。もしやと思って頼った鍵介もわからずじまい。完全に八方塞がりだ。
しかし、このままここに篭っている訳にもいかない。取り敢えず一度解散、外を散策してμに繋がる手がかりがあれば連絡するように──颯がそう指示を出そうとしたのと同時にピンポンパンポン、とスピーカーから校内放送が流れた。
「え……な、何ですか?」
「生徒の呼び出しかしら?珍しいわね、放送なんて」
颯が記憶している限り、この学校で放送が行われることはない。避難訓練なんてやらないし、生徒の呼び出しだって滅多なことが無い限り流れないのに。最近このスピーカーが使われたのだって、鍵介が楽士として帰宅部と敵対したあのとき限りだ。
不思議そうに首を傾げる部員を他所に、スピーカーからは大人しめな女子生徒の声が流れてくる。
『全校生徒へ連絡します、15時30分より体育館にて決起集会を行います。5分前までに体育館にお集まり下さい』
「決起集会だぁ?」
「って……何の?」
訳が分からず声を上げる鼓太郎と彩声。颯が周りを見回してみても誰も心当たりは無いようだ。
「全校生徒って……私たちも、ですよね」
「だろうな……。どうだ、部長?行ってみるか?」
鈴奈の呟きに笙悟が頷き、颯へと判断を煽った。
「ここに居てもμの手がかりが見つかるわけじゃない。取り敢えず、行ってみようか」
「もしかしたら楽士が居るかもしれないしね!それじゃ皆、バビュッと向かっちゃって!」
颯がそう言えばアリアがくるくると部室内を飛び回り、部員を急かすように扉を指さした。特に異論も出ず、部員達は各々喋りながら部室を後にした。……一人、部室に残して。
「もしかして……いや、まさか」
一人残った鍵介は誰に言うでもなく、考え込むように顎に手を当てて呟いた。その呟きに確信は無く、疑念が混じったものだ。
しかし、鍵介はその湧いた疑念を突き詰めることなく首を振って霧散させ、少し遠いところにいる部員らを追うように小走りで部室を後にした。
***
体育館に来てみれば既に大勢の生徒が席に着席していた。見たところ、どうやら自由席のようだ。
一番後ろの一角がぽっかりと空いていたため、部員達は思い思いにそこへと腰掛けた。
「けど、何が始まるのかしら。今までこんなこと無かったのに……」
「そうですよねー……あれ、鍵介くん?」
右隣に座る琴乃と話していた美笛は、自分の左隣に座る鍵介が妙に静かなことに気付いた。いつもだったら会話に参加してくるだろうに、今日は体育館に来てからずっと何か考え込むように黙っている。
「あ……いえ、何でもありません」
「……?…あっ」
鍵介が美笛の言葉にはぐらかすように答え、美笛が首を傾げたそのすぐ後、ざわざわと煩かった体育館が徐々に静かになり始めた。
舞台の方を見れば、舞台下の方に生徒会か係の生徒か、マイクを持った生徒が居るのが見えた。
「──それではこれより、決起集会を始めます」
大人しめな声、その生徒が放送を担当していたであろうことは部員のおおよそに想像がついていた。
司会の生徒は落ち着いた声で原稿を読み進める。
「……実行委員長の伊良原さんのお話です。伊良原さん、お願いします」
「なっ……!」
生徒がその名前を呼ぶのと、黙っていた鍵介が弾かれたように声を上げたのはほぼ同時だった。
その名前が呼ばれると、静かだった体育館はまたざわつき始めた。それは期待と興奮が入り交じった、明るい喧騒だ。
やがて1人の生徒が自信ありげに大股で舞台へと上がってきた。
遠くの颯達からでも分かる。染めたような金髪にスカートやらリボンやら、派手に着崩した制服。手首には目立つ赤のシュシュ。見るからに俗に言う、「パリピ」のような生徒だ。
「咲耶ーーっ!!!」
「待ってました!!」
「えっ……!?な、なんですか!?」
彼女が姿を表した途端、まるでライブ会場かのように沸き立つ体育館。鈴奈は驚いて素っ頓狂な声を出した。
しかし、沸き立った生徒は帰宅部員にも数名。
「あっ……あーーっ!!伊良原咲耶じゃん!」
「えっ……ああっ!本当だ!」
声を上げたのは鳴子と彩声。前者は驚き、後者は興奮の色が強かった。
その伊良原と呼ばれた生徒は真ん中の机の前に来ると、これまた楽しそうに、明るく話し始めた。
「みんなーーっ!!集まってくれてありがとう!!」
「はあ……?」
集会に似つかわしくない、まるでライブのようなテンション。鼓太郎が唖然としたような声を上げた。
しかし会場は彼女のその挨拶にワアアッ、と震えるように沸き立つ。
「キャーーッ!!!咲耶ーーーっ!!!!うわ、本物私初めて見たかも……!」
「写メ撮っとかなきゃ!えーっと、えーっと……!」
彩声と鳴子も周りの生徒と同じようにはしゃいでいる。彩声なんて、完全にアイドルのライブに来たファンそのものだ。
「ふむ……彼女、相当な有名人のようだ。なあ、彼女は一体誰なんだ?」
永至が熱を持った二人に問いかけてみれば、鳴子がえっ!?と驚愕した声を出して答えた。
「琵琶坂先輩知らないんですか!?伊良原咲耶!超有名人な吉志舞JK代表ですよ!読モやってたり動画でメイク講座出してたり、女子高生のお手本みたいな人なのに!!」
「ああもう、咲耶が出るなら最前列に座ればよかった……!」
彩声はもうずっと壇上に釘付けだ。いつの間にか前のめりになって食い入るように先を見つめている。
「彩声ちゃん、あの子のファンなのね。私も名前だけは知ってたけど……」
「オシャレな女子高生に人気なイメージありますよねー……ていうか鍵介くん、本当に大丈夫?」
「……あ、ああ……はい」
美笛に声をかけられて鍵介はまた我に返ったように返事をした。しかしその後、また何かを考えるように静かになってしまった。
「……颯、鍵介どうしたんだろう?さっきから美笛が話しかけてるのにずーっとあんな感じだし」
「うーん……もしかしたら、あの咲耶って子と面識があるんじゃないか?黙ってる割に目がずっとそっちにいってる」
一番後ろで部員を見ていたアリアは心配したように颯に話しかけた。心配するその気持ちは颯も同じようで。様子が違う鍵介に颯は気遣わしげな目を向けた。
「──それじゃ、文化祭まであと一週間!皆で盛り上げていきましょうっ!!文化祭実行委員長、伊良原咲耶でした!」
「……文化祭?」
維弦が首を傾げて呟いた。こちらが色々と話している中、いつの間にか壇上での話は終わっていたらしい。締めの言葉が聞こえ、それから司会の誘導で生徒達は三々五々と散っていく。
「あー……周りが煩くて全然聞いてなかったわ。文化祭?がどうかしたのか?」
「は?笙悟先輩聞いてなかったの?だから──」
「ちょっと、そこの人達!!」
笙悟の質問に呆れたように彩声が答えようとしたそのとき、前方から大きな声が聞こえ部員はそちらに目を向けた。
そこには先程壇上に立っていた──伊良原咲耶の姿が。
「あたしが喋ってんのにずーっとペラペラペラペラ煩かったんですけど?人が話してる時は静かにするって知らないの?」
咲耶は苛ついたように眉を寄せ、カツカツと帰宅部の方へと近づいてきた。
「ウソ……咲耶だ!!うわ顔ちっちゃいし睫毛長いし凄いかわいい……!!初めてこんな近くで見た…!!」
「あれっ、あれ?もしかしてあたしのファンの子だったりする?」
しかし、彩声が感嘆の声を咲耶に上げれば先程までの不機嫌はどこへやら、すぐにぱっと明るい笑顔に戻った。
「は、はいっ!あの、いつも動画見てます!咲耶さんのメイク凄い可愛くて……今日も咲耶さんがこの前やってた春色メイクやってるんです!」
「あっほんとだ!うわ嬉しい……!すっごく似合ってるよ!ね、FROZENでツーショ撮っていい?あーっと……名前何ていうの?」
「あ、彩声です!天本彩声!」
「彩声ね、オッケー!それじゃ撮るよー」
咲耶は彩声の隣に行くと距離を密着させ、スマホを構えた。慣れたように笑顔を作る咲耶と対照的に、彩声は緊張しているのか笑顔がぎこちない。
「彩声先輩、凄い嬉しそう……あれ、鳴子先輩はいいんですか?」
鳴子先輩もあの人のファンなんでしょ?と美笛に聞かれ、鳴子は少し考えた後ふるふると首を横に振った。
「んー……あたしはいいや。有名人だから知ってるだけで別にファンってわけじゃないし、雑誌とか読んだことないし……咲耶はあたしみたいなタイプより彩声ちゃんみたいなタイプに人気があるんだよね」
「──はいっ、撮れた!ありがと彩声!」
「こ、こちらこそありがとうございます!」
鳴子が美笛と話していると自撮りが終わったようで、彩声の上擦った明るいお礼が聞こえた。
「あー……伊良原、だったか?さっきはすまなかったな、集会中に煩くして。それで来たのか?」
画像整理でもしているのかスマホを弄り出した咲耶に、笙悟は頭を掻きながら問いかけた。
「ん?あっ、そうそう忘れる所だった!えっとね──えっ」
「……ん?」
ぐるりと部員達を見回して何か言おうとした咲耶は、ある一点で驚いたように固まった。
どうしたんだいきなり、と笙悟が咲耶の目線の先を見てみれば、そこには鍵介。
「……あー……ええと……お久しぶりです、咲耶先輩」
「……えっ?」
気まずそうに放った鍵介の言葉は帰宅部の面々に衝撃を与えるには十分なもので。事実彩声からはぽかんとしたような声が零れた。
「久しぶりって……あんた、こんな所で何してんの!?突然いなくなったと思って探してたんだよ!?」
「と、言われましても……僕がこっちに付いたって話、聞いてなかったんですか?」
「そんなの……あっ!……いやだって、あんなのいきなり聞かされたって新手のドッキリかなくらいにしか思わないでしょ?正直まだ信じてないし……は?マジで言ってるの?だってこの前まで……」
「……すみません」
「──えっと……これは…どういうこと、でしょう……」
「鍵介くんと咲耶さん、知り合いなのかしら?随分仲良しみたいだけど」
突如として始まった鍵介と咲耶という意外な組み合わせの掛け合いに部員はぽかんと置いてきぼり。鈴奈と琴乃はまだ喋る余裕があったが、先程まで咲耶と写真を撮っていた彩声は驚きすぎたのか文字通り、開いた口が塞がっていない。
「……ねえ鍵介、戻ってこないの?うちのスパイとかじゃなくて、本当にそっちにいるの?」
「少なくとも今は戻る気はありません。それに、今戻ったとしてももう僕の居場所は無いでしょう?」
「それは……でも、」
「すみません、咲耶先輩。でもこれが僕の決めた道なんです」
まだ何か言い募ろうとする咲耶に鍵介は少しだけ苦しそうな表情をして、突き放すように言い放った。
すると咲耶は傷ついたような、そんな寂しそうな表情を一瞬浮かべたように見えた。……しかし、それも一瞬。
そう、とそれだけ返すと咲耶は鍵介の横を通り過ぎ、一番後ろに居た颯の前へ向かった。
「はい、これ」
「……?あの、」
颯に渡されたのはカラフルな小冊子。咲耶の表情は、既に壇上で見た笑顔に戻っている。
「文化祭のパンフレット!まだ誰も持ってないでしょ?帰宅部の人達にも参加して欲しいからさ。部長ってきみだよね?来週の土曜日だから、忘れないで参加してね!」
「……え?君…」
「それじゃ、あたしはこれで!当日楽しみにしててね、色んなイベントやる予定だから!」
一方的にぐいぐいと颯に押し付けるように喋り倒すと咲耶はすぐに体育館を後にしてしまった。残ったのは帰宅部のみ。
「なんか……嵐みたいな人でしたね……」
鈴奈がぽつりと呟いた。
「あの子……帰宅部のことを知っていた。俺が部長だってことも……。鍵介、あの子の知り合いなんだろ?彼女、何なんだ?」
颯が先程パンフレットを渡されたとき、咲耶ははっきり「帰宅部」と口に出していた。それから迷うことなく自分を部長だと言った。
自分の想像があっているなら彼女は──。それを確かめるべく、鍵介を見た。他の部員も同じなのか、皆鍵介に注目していた。
鍵介はその雰囲気に諦めたようにはあ、と一つため息をつくと、眼鏡をかちゃ、と軽く掛け直してから口を開いた。
「伊良原咲耶先輩──彼女は、オスティナートの楽士です」
部員全員の思いを代弁するかのように維弦が口を開いた。
パピコでイケPとの戦闘を終えた後、帰宅部はμの次に繋がる手がかりもろくに見つけられず手持ち無沙汰でいた。
勿論、イケPにμの居場所も問いただした。しかし返ってきたのは「分からない」という回答。強いていえば「確か何かのイベントに参加するって聞いたような」、という何ともあやふやな情報のみ。
イケP自身、自分のライブの準備で忙しくて他の楽士のことは聞いていなかったらしい。
「うーん……宛がないですもんねぇ、どうしよう……」
「鍵介くんは何か分からないの?」
困りきったようにため息をつく美笛の横で、鳴子が思いついたようにソファの近くにいた鍵介へと質問した。
「うーん…そうだなぁ……前も言いましたけど、僕楽士の中でも一番新参だったのでそんなに詳しくないんですよね。それでも仲のいい楽士が一人だけいたんですけど、その人もいつもふらふらしてて何処がテリトリーだとかは分からなかったし……」
「そっかぁ……」
鍵介の言葉を聞き、鳴子はがっくりと肩を落とした。
イケPからはろくなヒントを得られず、Storkのときのような手がかりとなる物も無い。もしやと思って頼った鍵介もわからずじまい。完全に八方塞がりだ。
しかし、このままここに篭っている訳にもいかない。取り敢えず一度解散、外を散策してμに繋がる手がかりがあれば連絡するように──颯がそう指示を出そうとしたのと同時にピンポンパンポン、とスピーカーから校内放送が流れた。
「え……な、何ですか?」
「生徒の呼び出しかしら?珍しいわね、放送なんて」
颯が記憶している限り、この学校で放送が行われることはない。避難訓練なんてやらないし、生徒の呼び出しだって滅多なことが無い限り流れないのに。最近このスピーカーが使われたのだって、鍵介が楽士として帰宅部と敵対したあのとき限りだ。
不思議そうに首を傾げる部員を他所に、スピーカーからは大人しめな女子生徒の声が流れてくる。
『全校生徒へ連絡します、15時30分より体育館にて決起集会を行います。5分前までに体育館にお集まり下さい』
「決起集会だぁ?」
「って……何の?」
訳が分からず声を上げる鼓太郎と彩声。颯が周りを見回してみても誰も心当たりは無いようだ。
「全校生徒って……私たちも、ですよね」
「だろうな……。どうだ、部長?行ってみるか?」
鈴奈の呟きに笙悟が頷き、颯へと判断を煽った。
「ここに居てもμの手がかりが見つかるわけじゃない。取り敢えず、行ってみようか」
「もしかしたら楽士が居るかもしれないしね!それじゃ皆、バビュッと向かっちゃって!」
颯がそう言えばアリアがくるくると部室内を飛び回り、部員を急かすように扉を指さした。特に異論も出ず、部員達は各々喋りながら部室を後にした。……一人、部室に残して。
「もしかして……いや、まさか」
一人残った鍵介は誰に言うでもなく、考え込むように顎に手を当てて呟いた。その呟きに確信は無く、疑念が混じったものだ。
しかし、鍵介はその湧いた疑念を突き詰めることなく首を振って霧散させ、少し遠いところにいる部員らを追うように小走りで部室を後にした。
***
体育館に来てみれば既に大勢の生徒が席に着席していた。見たところ、どうやら自由席のようだ。
一番後ろの一角がぽっかりと空いていたため、部員達は思い思いにそこへと腰掛けた。
「けど、何が始まるのかしら。今までこんなこと無かったのに……」
「そうですよねー……あれ、鍵介くん?」
右隣に座る琴乃と話していた美笛は、自分の左隣に座る鍵介が妙に静かなことに気付いた。いつもだったら会話に参加してくるだろうに、今日は体育館に来てからずっと何か考え込むように黙っている。
「あ……いえ、何でもありません」
「……?…あっ」
鍵介が美笛の言葉にはぐらかすように答え、美笛が首を傾げたそのすぐ後、ざわざわと煩かった体育館が徐々に静かになり始めた。
舞台の方を見れば、舞台下の方に生徒会か係の生徒か、マイクを持った生徒が居るのが見えた。
「──それではこれより、決起集会を始めます」
大人しめな声、その生徒が放送を担当していたであろうことは部員のおおよそに想像がついていた。
司会の生徒は落ち着いた声で原稿を読み進める。
「……実行委員長の伊良原さんのお話です。伊良原さん、お願いします」
「なっ……!」
生徒がその名前を呼ぶのと、黙っていた鍵介が弾かれたように声を上げたのはほぼ同時だった。
その名前が呼ばれると、静かだった体育館はまたざわつき始めた。それは期待と興奮が入り交じった、明るい喧騒だ。
やがて1人の生徒が自信ありげに大股で舞台へと上がってきた。
遠くの颯達からでも分かる。染めたような金髪にスカートやらリボンやら、派手に着崩した制服。手首には目立つ赤のシュシュ。見るからに俗に言う、「パリピ」のような生徒だ。
「咲耶ーーっ!!!」
「待ってました!!」
「えっ……!?な、なんですか!?」
彼女が姿を表した途端、まるでライブ会場かのように沸き立つ体育館。鈴奈は驚いて素っ頓狂な声を出した。
しかし、沸き立った生徒は帰宅部員にも数名。
「あっ……あーーっ!!伊良原咲耶じゃん!」
「えっ……ああっ!本当だ!」
声を上げたのは鳴子と彩声。前者は驚き、後者は興奮の色が強かった。
その伊良原と呼ばれた生徒は真ん中の机の前に来ると、これまた楽しそうに、明るく話し始めた。
「みんなーーっ!!集まってくれてありがとう!!」
「はあ……?」
集会に似つかわしくない、まるでライブのようなテンション。鼓太郎が唖然としたような声を上げた。
しかし会場は彼女のその挨拶にワアアッ、と震えるように沸き立つ。
「キャーーッ!!!咲耶ーーーっ!!!!うわ、本物私初めて見たかも……!」
「写メ撮っとかなきゃ!えーっと、えーっと……!」
彩声と鳴子も周りの生徒と同じようにはしゃいでいる。彩声なんて、完全にアイドルのライブに来たファンそのものだ。
「ふむ……彼女、相当な有名人のようだ。なあ、彼女は一体誰なんだ?」
永至が熱を持った二人に問いかけてみれば、鳴子がえっ!?と驚愕した声を出して答えた。
「琵琶坂先輩知らないんですか!?伊良原咲耶!超有名人な吉志舞JK代表ですよ!読モやってたり動画でメイク講座出してたり、女子高生のお手本みたいな人なのに!!」
「ああもう、咲耶が出るなら最前列に座ればよかった……!」
彩声はもうずっと壇上に釘付けだ。いつの間にか前のめりになって食い入るように先を見つめている。
「彩声ちゃん、あの子のファンなのね。私も名前だけは知ってたけど……」
「オシャレな女子高生に人気なイメージありますよねー……ていうか鍵介くん、本当に大丈夫?」
「……あ、ああ……はい」
美笛に声をかけられて鍵介はまた我に返ったように返事をした。しかしその後、また何かを考えるように静かになってしまった。
「……颯、鍵介どうしたんだろう?さっきから美笛が話しかけてるのにずーっとあんな感じだし」
「うーん……もしかしたら、あの咲耶って子と面識があるんじゃないか?黙ってる割に目がずっとそっちにいってる」
一番後ろで部員を見ていたアリアは心配したように颯に話しかけた。心配するその気持ちは颯も同じようで。様子が違う鍵介に颯は気遣わしげな目を向けた。
「──それじゃ、文化祭まであと一週間!皆で盛り上げていきましょうっ!!文化祭実行委員長、伊良原咲耶でした!」
「……文化祭?」
維弦が首を傾げて呟いた。こちらが色々と話している中、いつの間にか壇上での話は終わっていたらしい。締めの言葉が聞こえ、それから司会の誘導で生徒達は三々五々と散っていく。
「あー……周りが煩くて全然聞いてなかったわ。文化祭?がどうかしたのか?」
「は?笙悟先輩聞いてなかったの?だから──」
「ちょっと、そこの人達!!」
笙悟の質問に呆れたように彩声が答えようとしたそのとき、前方から大きな声が聞こえ部員はそちらに目を向けた。
そこには先程壇上に立っていた──伊良原咲耶の姿が。
「あたしが喋ってんのにずーっとペラペラペラペラ煩かったんですけど?人が話してる時は静かにするって知らないの?」
咲耶は苛ついたように眉を寄せ、カツカツと帰宅部の方へと近づいてきた。
「ウソ……咲耶だ!!うわ顔ちっちゃいし睫毛長いし凄いかわいい……!!初めてこんな近くで見た…!!」
「あれっ、あれ?もしかしてあたしのファンの子だったりする?」
しかし、彩声が感嘆の声を咲耶に上げれば先程までの不機嫌はどこへやら、すぐにぱっと明るい笑顔に戻った。
「は、はいっ!あの、いつも動画見てます!咲耶さんのメイク凄い可愛くて……今日も咲耶さんがこの前やってた春色メイクやってるんです!」
「あっほんとだ!うわ嬉しい……!すっごく似合ってるよ!ね、FROZENでツーショ撮っていい?あーっと……名前何ていうの?」
「あ、彩声です!天本彩声!」
「彩声ね、オッケー!それじゃ撮るよー」
咲耶は彩声の隣に行くと距離を密着させ、スマホを構えた。慣れたように笑顔を作る咲耶と対照的に、彩声は緊張しているのか笑顔がぎこちない。
「彩声先輩、凄い嬉しそう……あれ、鳴子先輩はいいんですか?」
鳴子先輩もあの人のファンなんでしょ?と美笛に聞かれ、鳴子は少し考えた後ふるふると首を横に振った。
「んー……あたしはいいや。有名人だから知ってるだけで別にファンってわけじゃないし、雑誌とか読んだことないし……咲耶はあたしみたいなタイプより彩声ちゃんみたいなタイプに人気があるんだよね」
「──はいっ、撮れた!ありがと彩声!」
「こ、こちらこそありがとうございます!」
鳴子が美笛と話していると自撮りが終わったようで、彩声の上擦った明るいお礼が聞こえた。
「あー……伊良原、だったか?さっきはすまなかったな、集会中に煩くして。それで来たのか?」
画像整理でもしているのかスマホを弄り出した咲耶に、笙悟は頭を掻きながら問いかけた。
「ん?あっ、そうそう忘れる所だった!えっとね──えっ」
「……ん?」
ぐるりと部員達を見回して何か言おうとした咲耶は、ある一点で驚いたように固まった。
どうしたんだいきなり、と笙悟が咲耶の目線の先を見てみれば、そこには鍵介。
「……あー……ええと……お久しぶりです、咲耶先輩」
「……えっ?」
気まずそうに放った鍵介の言葉は帰宅部の面々に衝撃を与えるには十分なもので。事実彩声からはぽかんとしたような声が零れた。
「久しぶりって……あんた、こんな所で何してんの!?突然いなくなったと思って探してたんだよ!?」
「と、言われましても……僕がこっちに付いたって話、聞いてなかったんですか?」
「そんなの……あっ!……いやだって、あんなのいきなり聞かされたって新手のドッキリかなくらいにしか思わないでしょ?正直まだ信じてないし……は?マジで言ってるの?だってこの前まで……」
「……すみません」
「──えっと……これは…どういうこと、でしょう……」
「鍵介くんと咲耶さん、知り合いなのかしら?随分仲良しみたいだけど」
突如として始まった鍵介と咲耶という意外な組み合わせの掛け合いに部員はぽかんと置いてきぼり。鈴奈と琴乃はまだ喋る余裕があったが、先程まで咲耶と写真を撮っていた彩声は驚きすぎたのか文字通り、開いた口が塞がっていない。
「……ねえ鍵介、戻ってこないの?うちのスパイとかじゃなくて、本当にそっちにいるの?」
「少なくとも今は戻る気はありません。それに、今戻ったとしてももう僕の居場所は無いでしょう?」
「それは……でも、」
「すみません、咲耶先輩。でもこれが僕の決めた道なんです」
まだ何か言い募ろうとする咲耶に鍵介は少しだけ苦しそうな表情をして、突き放すように言い放った。
すると咲耶は傷ついたような、そんな寂しそうな表情を一瞬浮かべたように見えた。……しかし、それも一瞬。
そう、とそれだけ返すと咲耶は鍵介の横を通り過ぎ、一番後ろに居た颯の前へ向かった。
「はい、これ」
「……?あの、」
颯に渡されたのはカラフルな小冊子。咲耶の表情は、既に壇上で見た笑顔に戻っている。
「文化祭のパンフレット!まだ誰も持ってないでしょ?帰宅部の人達にも参加して欲しいからさ。部長ってきみだよね?来週の土曜日だから、忘れないで参加してね!」
「……え?君…」
「それじゃ、あたしはこれで!当日楽しみにしててね、色んなイベントやる予定だから!」
一方的にぐいぐいと颯に押し付けるように喋り倒すと咲耶はすぐに体育館を後にしてしまった。残ったのは帰宅部のみ。
「なんか……嵐みたいな人でしたね……」
鈴奈がぽつりと呟いた。
「あの子……帰宅部のことを知っていた。俺が部長だってことも……。鍵介、あの子の知り合いなんだろ?彼女、何なんだ?」
颯が先程パンフレットを渡されたとき、咲耶ははっきり「帰宅部」と口に出していた。それから迷うことなく自分を部長だと言った。
自分の想像があっているなら彼女は──。それを確かめるべく、鍵介を見た。他の部員も同じなのか、皆鍵介に注目していた。
鍵介はその雰囲気に諦めたようにはあ、と一つため息をつくと、眼鏡をかちゃ、と軽く掛け直してから口を開いた。
「伊良原咲耶先輩──彼女は、オスティナートの楽士です」
1/3ページ