鍵介夢SS
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「来月の入学式、新入生代表で挨拶するんだって?」
ソーンから聞いたよ、とサクヤは爪にマニキュアを塗りながら今しがた入室したカギPに話しかけた。
楽士達の隠れ家にはサクヤとカギP以外の姿は無く、しんと静まり返っている。
「もう貴女の耳に届いてるんですね。ええ、昨日の卒業式の後連絡が来たんです。是非僕にお願いしたいって」
卒業式の直後に来月の入学式の新入生代表に抜擢される。誇らしいことではあるが、やはりこの説明は随分とあべこべで、馬鹿みたいだ。
「へーっ、流石じゃん!やっぱ期待されてるんだね」
塗り終わったのかふうっ、と爪に息を吹きかけてサクヤはやっとカギPに向き直った。
「今年度はあたしが新入生代表だったから、来年度はどうなるかなって思ってたんだよねー…そっか、カギPかぁ。まあ今人気急上昇中でソーンからの期待も高いだろうしね。当然っちゃあ当然か」
「やだなあ、貴女には負けますよ。──入学式は任せてください。先輩のご期待に添える、素晴らしい挨拶をさせて頂きますから」
「挨拶程度でそんな、大袈裟じゃない?……あっ、でもそっか。来年度になればカギPは一年生かぁ。あたしが学年的にも先輩になるんだね」
今サクヤは一年生で、カギPは三年生だ。正直メビウスに気づいている者達に学年なんてあって無いようなものだが。サクヤもそれを承知の上で言っているのだろう、その口調は何処か冗談めかしていた。
「それじゃ、あたしは先輩として『響鍵介くん、吉志舞高校入学おめでとう!貴方にとってこの三年間が輝かしいものになりますように!』ってきみにお祝いの言葉を送りましょう!」
サクヤはネイルを乾かしている途中の手を大仰に広げ、わざとらしく演劇調に陳腐な言葉を並べ立てて見せた。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます伊良原先輩。……あれぇ?けどおかしいなぁ。先輩、去年僕の後輩じゃありませんでしたっけ?貴女の新入生スピーチ、見た覚えがあるんだけどなぁ」
「えぇー?何言ってるの鍵介くん、君は今年一年生でしょ?んなことある訳ないじゃん。そんな、まるでループしてるみたいな──っふ、はは……!」
「あははっ、あるんですよねぇそれが!」
二人きりの空間にお互いの笑い声がけらけらと響いた。その笑い声はとても楽しそうだが、同時に何かを馬鹿にしたような蔑みを孕んでいる。
ひとしきり笑えば、ふとカギPが何かを思いついたようにあ、と声を出した?
「そうだ、サクヤ。入学式に貴女も参加してくださいよ」
「ええ?やだよめんどくさい。何?カギPくんは先輩のあたしがいないとスピーチも出来ない寂しがり屋なの?」
「違いますよ。面白いパフォーマンスを思いついたんです、是非貴女にも見て欲しくて。きっと楽しめると思います」
カギPのその言葉は自信に裏付けられていて。彼がそうやって自信満々に物事を話す時は大体ろくでもないようなことなのをサクヤは知っていた。けれどその実、それはとても面白いことも知っていた。
「──ふーん、きみがそういう言い方するってことは暇つぶしにはなるってことだ。いいよ、行ったげる。一番後ろでいい?きみの出番まで寝てたいから」
「ええ、何処でもお好きにどうぞ」
* * *
「──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
マイク越しに聴こえる男子生徒の声に、サクヤはふっと意識を浮上させた。
寝起きでぼうっとする頭を軽く振り、体育館の壁にかかった時計を見てみれば針は十時三十分を指している。
確か彼の出番はこの後だ。これは中々良いタイミングに起きたな、とサクヤは目立つことも気にせずぐぐ、と大きく伸びをした。
「──新入生代表、1年1組響鍵介……」
(おっ)
NPCのアナウンスから聞き馴染んだ名前が聞こえ、サクヤは舞台に目を移した。
ブレザーを肩に掛けた男子生徒が自信満々にカツカツと靴音を響かせて袖から出てきたのが見えた。相変わらず自信に溢れている。
そのまま普通にスピーチをするんだろうか、と思ったがその予想は外れ、カギPは舞台の真ん中まで来れば勢いよく机上に置かれたマイクを引っ掴み、楽しそうに口を開いた。
「あー!あーあーあー、聞こえますかー?」
「は……?」
随分高いテンションだな、とサクヤはぽかんと口を開いた。カギPはしかし意気揚々に話し続ける。
「えー、新入生代表の……響鍵介と言います。これからよろしくお願いします──せーんぱいっ!!」
突然、カギPが声を荒げ手を振る動作をした。するとそれに呼応するかのように空中にぽんぽんとスピーカーが現れて、その真ん中に──我らが歌姫、μの姿。
スピーカーから流れるアップテンポの曲。μはそれに合わせて高らかに歌い始める。
「……ピーターパンシンドロームだ」
その曲をサクヤはよく知っていた。
彼の代表曲と言っても過言ではない楽曲。
イントロで気づけなかったのは、原曲とはかけ離れた元気なアレンジが施されていたからか。
μが歌えば、すぐに体育館内に異変が起きた。続々とデジヘッドへと変わっていく生徒達。
あっという間に生徒の九割が化け物へと変貌を遂げてみせる。するとそれらは「気づいている」生徒の元へ続々と襲いかかっていく。
「キャーッ!!!」
「おい、走れッ!!」
そこかしこから聞こえる叫び声。ドタドタと駆け回る足音。
鳴り響く明るい音楽とは不釣り合いな地獄絵図が、サクヤの視界に広がっていた。
一番後ろにいるからよく見える。一人の女子生徒がデジヘッドに捕まり洗脳される姿。大柄な男子生徒が小柄な女子生徒の手を取って逃げる姿。「気づいていない」生徒に事の異常さを無意味にも訴える男子生徒。
なんだ、これは。こんな光景。なんて、なんて──
「ふっ……はは、あはははっ!!」
──なんて面白いんだろう!
サクヤは一人、椅子に座ったまま大きな声で笑った。いくら大きな声で笑おうが、大音量で曲が流れているのだ。誰一人としてサクヤの方を見なかった。
「あはっ、やだ何これ……はは、最高…!」
サクヤはけらけらと笑いながら席を立つと、舞台の方へと歩みを進めた。
他の逃げ惑う生徒とは対照的に、サクヤは堂々と真っ直ぐ前を見据えて歩く。そうすれば勿論デジヘッドの間を通り抜けることになるのだが、彼らは彼女にだけは一切手を触れなかった。それどころか、彼女の邪魔にならないように道を開けてくれる。
ふと横を見れば、黒髪の男子生徒と目が合った。
理知的な顔立ちをした彼はデジヘッドに襲われないサクヤを見て驚いたのか目を見開き、けれど今はそれどころじゃない、と瞬時に判断したのかすぐそこに居た生徒の手を取って走り去ってしまった。
サクヤが舞台近くに付いた頃にはもう、体育館には数人のデジヘッドが彷徨いているだけになっていた。
舞台上でずっとこの地獄を不遜な態度で見下ろしていたカギPは、サクヤが舞台下に来るとひょい、と舞台から飛び降りてサクヤの傍へと来た。
「カギPお疲れ様!ね、最高!最高だったよきみのパフォーマンス!!」
笑いすぎて涙出てきたもん、と目尻に残った涙を拭いながら言えばカギPはほら、面白かったでしょう?と得意げに微笑んだ。
「貴女なら絶対に気に入ってくれると思ってたんですよ!喜んで頂けたようで何よりです」
「うん、ほんと面白かった!あー、動画撮っとけばよかったなぁ……あのビビリよう、ほんと何なの思い出しただけで…はは!」
「オーディエンスにそこまで楽しんで頂けて、ドールP冥利に尽きますよ。これ、貴女の為にやったようなもんなんで」
カギPはサクヤの反応に満足すれば、少し面倒くさげに出口に目を向けた。
「すみません、まだ色々と話したいんですけど……逃げた生徒の様子を見に行かないといけなくて」
「あー、そっか!そこまでが仕事だもんね。じゃ、また後で。久々に面白いもの見たよ、本当にありがとう!」
「いえいえ。それじゃあ、失礼します」
カギPは軽く笑んで会釈をすれば、そのまま体育館を後にした。
しんとした体育館がサクヤを包み込む。
いつの間にか曲は止まっていて、μもスピーカーも綺麗さっぱり消えていた。ただ、ぐちゃぐちゃになった椅子の列が残ってるだけ。──まるで、先程の出来事が夢のようだ。
「あー、面白かった!あたしも次何かあったらあれくらいド派手にやろっかなー」
ああでも、それじゃパクリになっちゃうかな?こういうの考えるの下手だからな、カギPにセッティングしてもらおうかな。
サクヤは機嫌よく、先程散々聴いた曲を鼻歌で歌いながら一人暗い体育館を後にした。
ソーンから聞いたよ、とサクヤは爪にマニキュアを塗りながら今しがた入室したカギPに話しかけた。
楽士達の隠れ家にはサクヤとカギP以外の姿は無く、しんと静まり返っている。
「もう貴女の耳に届いてるんですね。ええ、昨日の卒業式の後連絡が来たんです。是非僕にお願いしたいって」
卒業式の直後に来月の入学式の新入生代表に抜擢される。誇らしいことではあるが、やはりこの説明は随分とあべこべで、馬鹿みたいだ。
「へーっ、流石じゃん!やっぱ期待されてるんだね」
塗り終わったのかふうっ、と爪に息を吹きかけてサクヤはやっとカギPに向き直った。
「今年度はあたしが新入生代表だったから、来年度はどうなるかなって思ってたんだよねー…そっか、カギPかぁ。まあ今人気急上昇中でソーンからの期待も高いだろうしね。当然っちゃあ当然か」
「やだなあ、貴女には負けますよ。──入学式は任せてください。先輩のご期待に添える、素晴らしい挨拶をさせて頂きますから」
「挨拶程度でそんな、大袈裟じゃない?……あっ、でもそっか。来年度になればカギPは一年生かぁ。あたしが学年的にも先輩になるんだね」
今サクヤは一年生で、カギPは三年生だ。正直メビウスに気づいている者達に学年なんてあって無いようなものだが。サクヤもそれを承知の上で言っているのだろう、その口調は何処か冗談めかしていた。
「それじゃ、あたしは先輩として『響鍵介くん、吉志舞高校入学おめでとう!貴方にとってこの三年間が輝かしいものになりますように!』ってきみにお祝いの言葉を送りましょう!」
サクヤはネイルを乾かしている途中の手を大仰に広げ、わざとらしく演劇調に陳腐な言葉を並べ立てて見せた。
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます伊良原先輩。……あれぇ?けどおかしいなぁ。先輩、去年僕の後輩じゃありませんでしたっけ?貴女の新入生スピーチ、見た覚えがあるんだけどなぁ」
「えぇー?何言ってるの鍵介くん、君は今年一年生でしょ?んなことある訳ないじゃん。そんな、まるでループしてるみたいな──っふ、はは……!」
「あははっ、あるんですよねぇそれが!」
二人きりの空間にお互いの笑い声がけらけらと響いた。その笑い声はとても楽しそうだが、同時に何かを馬鹿にしたような蔑みを孕んでいる。
ひとしきり笑えば、ふとカギPが何かを思いついたようにあ、と声を出した?
「そうだ、サクヤ。入学式に貴女も参加してくださいよ」
「ええ?やだよめんどくさい。何?カギPくんは先輩のあたしがいないとスピーチも出来ない寂しがり屋なの?」
「違いますよ。面白いパフォーマンスを思いついたんです、是非貴女にも見て欲しくて。きっと楽しめると思います」
カギPのその言葉は自信に裏付けられていて。彼がそうやって自信満々に物事を話す時は大体ろくでもないようなことなのをサクヤは知っていた。けれどその実、それはとても面白いことも知っていた。
「──ふーん、きみがそういう言い方するってことは暇つぶしにはなるってことだ。いいよ、行ったげる。一番後ろでいい?きみの出番まで寝てたいから」
「ええ、何処でもお好きにどうぞ」
* * *
「──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
マイク越しに聴こえる男子生徒の声に、サクヤはふっと意識を浮上させた。
寝起きでぼうっとする頭を軽く振り、体育館の壁にかかった時計を見てみれば針は十時三十分を指している。
確か彼の出番はこの後だ。これは中々良いタイミングに起きたな、とサクヤは目立つことも気にせずぐぐ、と大きく伸びをした。
「──新入生代表、1年1組響鍵介……」
(おっ)
NPCのアナウンスから聞き馴染んだ名前が聞こえ、サクヤは舞台に目を移した。
ブレザーを肩に掛けた男子生徒が自信満々にカツカツと靴音を響かせて袖から出てきたのが見えた。相変わらず自信に溢れている。
そのまま普通にスピーチをするんだろうか、と思ったがその予想は外れ、カギPは舞台の真ん中まで来れば勢いよく机上に置かれたマイクを引っ掴み、楽しそうに口を開いた。
「あー!あーあーあー、聞こえますかー?」
「は……?」
随分高いテンションだな、とサクヤはぽかんと口を開いた。カギPはしかし意気揚々に話し続ける。
「えー、新入生代表の……響鍵介と言います。これからよろしくお願いします──せーんぱいっ!!」
突然、カギPが声を荒げ手を振る動作をした。するとそれに呼応するかのように空中にぽんぽんとスピーカーが現れて、その真ん中に──我らが歌姫、μの姿。
スピーカーから流れるアップテンポの曲。μはそれに合わせて高らかに歌い始める。
「……ピーターパンシンドロームだ」
その曲をサクヤはよく知っていた。
彼の代表曲と言っても過言ではない楽曲。
イントロで気づけなかったのは、原曲とはかけ離れた元気なアレンジが施されていたからか。
μが歌えば、すぐに体育館内に異変が起きた。続々とデジヘッドへと変わっていく生徒達。
あっという間に生徒の九割が化け物へと変貌を遂げてみせる。するとそれらは「気づいている」生徒の元へ続々と襲いかかっていく。
「キャーッ!!!」
「おい、走れッ!!」
そこかしこから聞こえる叫び声。ドタドタと駆け回る足音。
鳴り響く明るい音楽とは不釣り合いな地獄絵図が、サクヤの視界に広がっていた。
一番後ろにいるからよく見える。一人の女子生徒がデジヘッドに捕まり洗脳される姿。大柄な男子生徒が小柄な女子生徒の手を取って逃げる姿。「気づいていない」生徒に事の異常さを無意味にも訴える男子生徒。
なんだ、これは。こんな光景。なんて、なんて──
「ふっ……はは、あはははっ!!」
──なんて面白いんだろう!
サクヤは一人、椅子に座ったまま大きな声で笑った。いくら大きな声で笑おうが、大音量で曲が流れているのだ。誰一人としてサクヤの方を見なかった。
「あはっ、やだ何これ……はは、最高…!」
サクヤはけらけらと笑いながら席を立つと、舞台の方へと歩みを進めた。
他の逃げ惑う生徒とは対照的に、サクヤは堂々と真っ直ぐ前を見据えて歩く。そうすれば勿論デジヘッドの間を通り抜けることになるのだが、彼らは彼女にだけは一切手を触れなかった。それどころか、彼女の邪魔にならないように道を開けてくれる。
ふと横を見れば、黒髪の男子生徒と目が合った。
理知的な顔立ちをした彼はデジヘッドに襲われないサクヤを見て驚いたのか目を見開き、けれど今はそれどころじゃない、と瞬時に判断したのかすぐそこに居た生徒の手を取って走り去ってしまった。
サクヤが舞台近くに付いた頃にはもう、体育館には数人のデジヘッドが彷徨いているだけになっていた。
舞台上でずっとこの地獄を不遜な態度で見下ろしていたカギPは、サクヤが舞台下に来るとひょい、と舞台から飛び降りてサクヤの傍へと来た。
「カギPお疲れ様!ね、最高!最高だったよきみのパフォーマンス!!」
笑いすぎて涙出てきたもん、と目尻に残った涙を拭いながら言えばカギPはほら、面白かったでしょう?と得意げに微笑んだ。
「貴女なら絶対に気に入ってくれると思ってたんですよ!喜んで頂けたようで何よりです」
「うん、ほんと面白かった!あー、動画撮っとけばよかったなぁ……あのビビリよう、ほんと何なの思い出しただけで…はは!」
「オーディエンスにそこまで楽しんで頂けて、ドールP冥利に尽きますよ。これ、貴女の為にやったようなもんなんで」
カギPはサクヤの反応に満足すれば、少し面倒くさげに出口に目を向けた。
「すみません、まだ色々と話したいんですけど……逃げた生徒の様子を見に行かないといけなくて」
「あー、そっか!そこまでが仕事だもんね。じゃ、また後で。久々に面白いもの見たよ、本当にありがとう!」
「いえいえ。それじゃあ、失礼します」
カギPは軽く笑んで会釈をすれば、そのまま体育館を後にした。
しんとした体育館がサクヤを包み込む。
いつの間にか曲は止まっていて、μもスピーカーも綺麗さっぱり消えていた。ただ、ぐちゃぐちゃになった椅子の列が残ってるだけ。──まるで、先程の出来事が夢のようだ。
「あー、面白かった!あたしも次何かあったらあれくらいド派手にやろっかなー」
ああでも、それじゃパクリになっちゃうかな?こういうの考えるの下手だからな、カギPにセッティングしてもらおうかな。
サクヤは機嫌よく、先程散々聴いた曲を鼻歌で歌いながら一人暗い体育館を後にした。