鍵介夢SS
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「先輩、入りますよー」
小さな声で宣言すると、あまり音を立てないようにそうっと扉を開けた。
誰もいない、何の変哲もない学校の保健室。保健医もいなく、その場はがらんとしている。唯一目に付くとすれば、カーテンで隠された奥のベッドだろうか。
鍵介は奥へ進むと、片手に下げていたレジ袋を近くの戸棚の上に置き、シャッと軽い音を立ててカーテンを引いた。
「ん……え、けんす…?あ、カギPか……」
「いいですよどっちでも。……具合、どうですか?」
心配そうな色を含んだ鍵介の視線の先には、いつもと違いぐったりとした弱々しげな咲耶の姿があった。緩慢に瞬きをする咲耶の瞳は潤んでいて、何処か焦点が合っていない。──まだ熱が高いのだろうか。
「具合……悪い、かなぁ…メビウスで熱出たことなんてないから……高いのか低いのか…」
「一度は計ったんですよね?何度だったんですか?」
鍵介が咲耶の額に手を当ててみればじわ、と掌に熱さが伝わってきた。普通では有り得ないような額の熱さに思わずうわ、と声を漏らした。
「昨日の夜に計って…38.5……」
「って、かなり高いじゃないですか。多分これ全然下がってないですよ」
「……鍵介の手、冷たいねー…気持ちいい」
「先輩の体温がおかしいんですってば」
いつもと違う、ふわふわとした受け答え。これ相当やられてるな、と鍵介は溜息をついた。
μが眠ったことにより、このメビウスに少しずつ異変が起き始めていた。
それは嗜好品の消失だったり、はたまた「願い事」の効力が弱まったり。兎に角、μの力で保っていたものの綻びが少しずつ大きくなっている。
鍵介自身、負った傷の治りが遅くなるという綻びの影響を受けた。──そして、目の前の彼女も。
帰宅部との戦闘を負えてから、咲耶は時折ふらついたり怠そうにしていることが多くなった。暫くはその程度で済んでいたが、昨晩──とうとう倒れた。
疲労からの熱。医者のNPCにはそう言われたらしい。恐らく帰宅部との戦闘で体力を消耗し過ぎたのだろう、とソーンは話していた。もしかすると、咲耶は元々体力が無いのかもしれない。それをμの力で補っていたとなると、今回熱を出したことも納得できる。
鍵介が咲耶のことを知ったのはソーンから連絡が来てからだ。「サクヤが高熱で倒れたから看病をして欲しい」と直々に。……自分と咲耶が当たり前のようにペアとして扱われていて、ソーンが真っ先に鍵介へと連絡をくれたのが内心嬉しかったり。
何はともあれ。連絡を受けた鍵介は返事もそこそこに薬局へ走り保冷シートやら解熱剤やらスポーツドリンクやら、自分が思いつく限りの必要そうな物を買い漁って咲耶が居ると聞いた保健室に来たわけだ。
「食欲あります?一応レトルトのお粥とかは買ってきたんですけど」
「ごめん……今はちょっと」
「わかりました。それじゃ、せめて一口でいいんでこれ飲んでください」
身体、起こせますか?と尋ねれば咲耶はゆっくりと時間をかけて上体を起こした。そうすれば掛け布団で見えなかった咲耶の服装が顕になる。彼女はあろうことか、未だに制服を着込んでいた。流石にブレザーは脱いでいたが、それでも暑苦しそうだ。
まだ着替えてなかったんですか、と蓋を開けたスポーツドリンクを手渡しながら聞けば咲耶は弱々しい力でそれを受け取り、こくりと一口飲んだ。あんまりにも頼りない握力だったので、鍵介がずっと底を支えてやっていたが。
「だって、こんな所に着替えなんてないし…家も宮比市の端っこだから……今帰ったらあたし、一人ぼっちになっちゃう」
「……」
咲耶らしくない、気弱な返事に鍵介は暫しの間気を取られた。もういらない、とボトルを返されて我に返り、慌ててボトルを受け取る。それから解熱剤のカプセルと水の入ったボトルを渡した。
咲耶が薬を飲んだのを見届ければボトルを貰い、背中を支えてやりまたベッドへと沈めてやる。
「……ごめん、あたし今きっと気弱ってる」
変なこと言ってごめん、と謝った咲耶の額に保冷シートを貼り付けてやれば、冷たかったのか咲耶がぎゅっと目を瞑った。
「熱出てる時なんて皆そうですよ、謝ることじゃありません。……先輩は一人じゃないですよ。僕が居ます」
咲耶の頭を軽くぽん、と撫でてやれば咲耶は少し驚いたように目を見開いた。
「……鍵介、なんか今日優しくない?どうしたの」
「そりゃあこんなに弱った素直な先輩、そうそう見れるもんじゃないですから。今のうちに沢山甘やかしとこうかなーって。出来た彼氏でしょ。先輩も僕に甘えるなら今じゃないですか?いつもは照れてばっかなんですし」
「何それ、鍵介だってあたしが何かすればすぐ照れるくせに。……でも、ありがとう」
「いえいえ。……ほら、少し寝て下さい。薬飲んだし、起きる頃には少し楽になってるんじゃないですか」
しかし鍵介のその言葉に、咲耶は少し表情を曇らせた。
「……ごめん、その…寝たくないんだ」
何でまた、と鍵介が聞けば咲耶は潤んだ瞳に怯えの色を滲ませた。その瞳は、まるで何かを拒絶しているようだ。
「さっき、ちょっとうとうとしてたんだけど……したら、凄く怖い夢見て……。どんな夢か、内容は思い出せないんだけど……ただ、凄く嫌な感じがしたのは覚えてる。……また寝たらその夢見るんじゃないかって思うと、ね」
メビウスで悪夢を見る、だなんて話聞いたこともない。だって、この世界では夢の中すら全てμに支配されているのだ。だからいい夢は見れても悪夢だなんて見るはずがない。
これもμが眠っている影響か、と鍵介は小さく歯噛みした。もしかすると、悪夢というのは現実の──。
楽士に選ばれた人間は現実に絶望しきった者ばかりだ。だからこそ理想の世界であるメビウスに骨を埋める選択をしたと言うのに、その理想が壊れつつある。それは楽士たちを少しずつ精神的に追い詰めていた。──彼女も例外ではなかったのだ。
咲耶がどうしてメビウスに来たのか、鍵介は知らない。咲耶が絶対に話そうとしないからだ。それを無理に聞くほど馬鹿でもない。
けれど、彼女がメビウスに対して「ここが現実」と宣うほどに依存しているのは知っていた。本当の「現実」を誰よりも拒絶していたことも。
もし、夢と言うのが現実の記憶ならば。夢の内容を覚えていないのは、僅かに残っているμの力によるものならば。──このまま綻びが大きくなれば、彼女は。
「っ……」
いや、そんなことは無い。鍵介は緩く頭を振って脳裏を過ぎった想像をかき消した。
ここはメビウスだ。理想の世界だ。そんな世界で人が──彼女が壊れてしまう筈がない。
メビウスがある限りこの理想は永遠だ。その理想を維持する為に自分達が居るのではないか。
鍵介は一度目を伏せて息をつくと、それから熱い咲耶の手を握った。
「なら、ずっと手を握ってますから。……ベタですけど、こうすれば少しは安心できるんじゃないですか」
子供のように、ただ握っていただけの手をそろそろと動かし、指を絡めて隙間を埋める。
いつもなら恥ずかしくて中々出来ない行為も、今は何だかしたくてたまらなかった。……こうして繋がっておかないと、彼女が何処かへ行ってしまいそうに思えた。
「……どうしたの、ほんとに……いつもこんなかっこいいことしないのに」
「悪かったですねかっこよくなくて」
「そんな怒んないでよ。……ごめんね、ありがとう」
「……なんで先輩が謝るんですか」
中々決まらなくて不貞腐れる鍵介に咲耶ははにかんで、繋がれた手を弱々しくはあるが握り返した。咲耶らしくない、縋るような握り方だった。
「ここに居るから、安心して休んで下さい。咲耶先輩」
咲耶は鍵介の声を聞くと、ほっとしたように眠りについた。
「……帰宅部、か」
魘されることもなく、静かに眠りについた咲耶をぼんやりと見つめながら鍵介は呟いた。
メビウスを捨て、現実に帰りたがるレジスタンス。
鍵介には帰る理由が分からない。どうして彼処まで必死になれるのか、願い事が全て叶う夢の世界を捨てて、何も叶わない地獄へ帰る彼らの行動が分からない。
──いや、分からなくていい。どうせ聞いたところで理解出来ないだろう。
メビウスが壊れれば、自分と咲耶が引き離されてしまう。……最悪、咲耶は現実に戻れば死んでしまうかもしれない。それほどにも、彼女はメビウスに溺れていたから。
咲耶がいなくなれば、自分だってどうなるか分からない。初めて出来た、自分の恋人。大好きで大好きで、振り回されることすら楽しいと思える。
もし、メビウスが壊れて現実に戻って、そこで咲耶が自分の知らないうちに死んでしまえば?手の届かない所へ行ってしまったら?
「そんなの……」
ふざけるな、許せるわけがない。
どうして僕らの幸せを壊されなくちゃいけないんだ。
ゴミみたいな現実で、ゴミみたいな人生送って。絶望の最中に居た時にこの世界へ呼ばれた。
この世界では僕は音楽の才能に溢れていて。皆から尊敬されるオスティナートの楽士で。──そうして何より、大切だと思える人が居て。
僕も彼女ももう、この世界でしか生きていけないんだ。
この世界を壊そうと、僕の幸せを壊そうとするのなら──
理想の中に幸福を見いだせない可哀想なローグ共。そんな奴らは、早く消えた方がいい。
ソーンからカギPに帰宅部のスパイをするよう命令が下ったのは、それから一週間後のことだった。
小さな声で宣言すると、あまり音を立てないようにそうっと扉を開けた。
誰もいない、何の変哲もない学校の保健室。保健医もいなく、その場はがらんとしている。唯一目に付くとすれば、カーテンで隠された奥のベッドだろうか。
鍵介は奥へ進むと、片手に下げていたレジ袋を近くの戸棚の上に置き、シャッと軽い音を立ててカーテンを引いた。
「ん……え、けんす…?あ、カギPか……」
「いいですよどっちでも。……具合、どうですか?」
心配そうな色を含んだ鍵介の視線の先には、いつもと違いぐったりとした弱々しげな咲耶の姿があった。緩慢に瞬きをする咲耶の瞳は潤んでいて、何処か焦点が合っていない。──まだ熱が高いのだろうか。
「具合……悪い、かなぁ…メビウスで熱出たことなんてないから……高いのか低いのか…」
「一度は計ったんですよね?何度だったんですか?」
鍵介が咲耶の額に手を当ててみればじわ、と掌に熱さが伝わってきた。普通では有り得ないような額の熱さに思わずうわ、と声を漏らした。
「昨日の夜に計って…38.5……」
「って、かなり高いじゃないですか。多分これ全然下がってないですよ」
「……鍵介の手、冷たいねー…気持ちいい」
「先輩の体温がおかしいんですってば」
いつもと違う、ふわふわとした受け答え。これ相当やられてるな、と鍵介は溜息をついた。
μが眠ったことにより、このメビウスに少しずつ異変が起き始めていた。
それは嗜好品の消失だったり、はたまた「願い事」の効力が弱まったり。兎に角、μの力で保っていたものの綻びが少しずつ大きくなっている。
鍵介自身、負った傷の治りが遅くなるという綻びの影響を受けた。──そして、目の前の彼女も。
帰宅部との戦闘を負えてから、咲耶は時折ふらついたり怠そうにしていることが多くなった。暫くはその程度で済んでいたが、昨晩──とうとう倒れた。
疲労からの熱。医者のNPCにはそう言われたらしい。恐らく帰宅部との戦闘で体力を消耗し過ぎたのだろう、とソーンは話していた。もしかすると、咲耶は元々体力が無いのかもしれない。それをμの力で補っていたとなると、今回熱を出したことも納得できる。
鍵介が咲耶のことを知ったのはソーンから連絡が来てからだ。「サクヤが高熱で倒れたから看病をして欲しい」と直々に。……自分と咲耶が当たり前のようにペアとして扱われていて、ソーンが真っ先に鍵介へと連絡をくれたのが内心嬉しかったり。
何はともあれ。連絡を受けた鍵介は返事もそこそこに薬局へ走り保冷シートやら解熱剤やらスポーツドリンクやら、自分が思いつく限りの必要そうな物を買い漁って咲耶が居ると聞いた保健室に来たわけだ。
「食欲あります?一応レトルトのお粥とかは買ってきたんですけど」
「ごめん……今はちょっと」
「わかりました。それじゃ、せめて一口でいいんでこれ飲んでください」
身体、起こせますか?と尋ねれば咲耶はゆっくりと時間をかけて上体を起こした。そうすれば掛け布団で見えなかった咲耶の服装が顕になる。彼女はあろうことか、未だに制服を着込んでいた。流石にブレザーは脱いでいたが、それでも暑苦しそうだ。
まだ着替えてなかったんですか、と蓋を開けたスポーツドリンクを手渡しながら聞けば咲耶は弱々しい力でそれを受け取り、こくりと一口飲んだ。あんまりにも頼りない握力だったので、鍵介がずっと底を支えてやっていたが。
「だって、こんな所に着替えなんてないし…家も宮比市の端っこだから……今帰ったらあたし、一人ぼっちになっちゃう」
「……」
咲耶らしくない、気弱な返事に鍵介は暫しの間気を取られた。もういらない、とボトルを返されて我に返り、慌ててボトルを受け取る。それから解熱剤のカプセルと水の入ったボトルを渡した。
咲耶が薬を飲んだのを見届ければボトルを貰い、背中を支えてやりまたベッドへと沈めてやる。
「……ごめん、あたし今きっと気弱ってる」
変なこと言ってごめん、と謝った咲耶の額に保冷シートを貼り付けてやれば、冷たかったのか咲耶がぎゅっと目を瞑った。
「熱出てる時なんて皆そうですよ、謝ることじゃありません。……先輩は一人じゃないですよ。僕が居ます」
咲耶の頭を軽くぽん、と撫でてやれば咲耶は少し驚いたように目を見開いた。
「……鍵介、なんか今日優しくない?どうしたの」
「そりゃあこんなに弱った素直な先輩、そうそう見れるもんじゃないですから。今のうちに沢山甘やかしとこうかなーって。出来た彼氏でしょ。先輩も僕に甘えるなら今じゃないですか?いつもは照れてばっかなんですし」
「何それ、鍵介だってあたしが何かすればすぐ照れるくせに。……でも、ありがとう」
「いえいえ。……ほら、少し寝て下さい。薬飲んだし、起きる頃には少し楽になってるんじゃないですか」
しかし鍵介のその言葉に、咲耶は少し表情を曇らせた。
「……ごめん、その…寝たくないんだ」
何でまた、と鍵介が聞けば咲耶は潤んだ瞳に怯えの色を滲ませた。その瞳は、まるで何かを拒絶しているようだ。
「さっき、ちょっとうとうとしてたんだけど……したら、凄く怖い夢見て……。どんな夢か、内容は思い出せないんだけど……ただ、凄く嫌な感じがしたのは覚えてる。……また寝たらその夢見るんじゃないかって思うと、ね」
メビウスで悪夢を見る、だなんて話聞いたこともない。だって、この世界では夢の中すら全てμに支配されているのだ。だからいい夢は見れても悪夢だなんて見るはずがない。
これもμが眠っている影響か、と鍵介は小さく歯噛みした。もしかすると、悪夢というのは現実の──。
楽士に選ばれた人間は現実に絶望しきった者ばかりだ。だからこそ理想の世界であるメビウスに骨を埋める選択をしたと言うのに、その理想が壊れつつある。それは楽士たちを少しずつ精神的に追い詰めていた。──彼女も例外ではなかったのだ。
咲耶がどうしてメビウスに来たのか、鍵介は知らない。咲耶が絶対に話そうとしないからだ。それを無理に聞くほど馬鹿でもない。
けれど、彼女がメビウスに対して「ここが現実」と宣うほどに依存しているのは知っていた。本当の「現実」を誰よりも拒絶していたことも。
もし、夢と言うのが現実の記憶ならば。夢の内容を覚えていないのは、僅かに残っているμの力によるものならば。──このまま綻びが大きくなれば、彼女は。
「っ……」
いや、そんなことは無い。鍵介は緩く頭を振って脳裏を過ぎった想像をかき消した。
ここはメビウスだ。理想の世界だ。そんな世界で人が──彼女が壊れてしまう筈がない。
メビウスがある限りこの理想は永遠だ。その理想を維持する為に自分達が居るのではないか。
鍵介は一度目を伏せて息をつくと、それから熱い咲耶の手を握った。
「なら、ずっと手を握ってますから。……ベタですけど、こうすれば少しは安心できるんじゃないですか」
子供のように、ただ握っていただけの手をそろそろと動かし、指を絡めて隙間を埋める。
いつもなら恥ずかしくて中々出来ない行為も、今は何だかしたくてたまらなかった。……こうして繋がっておかないと、彼女が何処かへ行ってしまいそうに思えた。
「……どうしたの、ほんとに……いつもこんなかっこいいことしないのに」
「悪かったですねかっこよくなくて」
「そんな怒んないでよ。……ごめんね、ありがとう」
「……なんで先輩が謝るんですか」
中々決まらなくて不貞腐れる鍵介に咲耶ははにかんで、繋がれた手を弱々しくはあるが握り返した。咲耶らしくない、縋るような握り方だった。
「ここに居るから、安心して休んで下さい。咲耶先輩」
咲耶は鍵介の声を聞くと、ほっとしたように眠りについた。
「……帰宅部、か」
魘されることもなく、静かに眠りについた咲耶をぼんやりと見つめながら鍵介は呟いた。
メビウスを捨て、現実に帰りたがるレジスタンス。
鍵介には帰る理由が分からない。どうして彼処まで必死になれるのか、願い事が全て叶う夢の世界を捨てて、何も叶わない地獄へ帰る彼らの行動が分からない。
──いや、分からなくていい。どうせ聞いたところで理解出来ないだろう。
メビウスが壊れれば、自分と咲耶が引き離されてしまう。……最悪、咲耶は現実に戻れば死んでしまうかもしれない。それほどにも、彼女はメビウスに溺れていたから。
咲耶がいなくなれば、自分だってどうなるか分からない。初めて出来た、自分の恋人。大好きで大好きで、振り回されることすら楽しいと思える。
もし、メビウスが壊れて現実に戻って、そこで咲耶が自分の知らないうちに死んでしまえば?手の届かない所へ行ってしまったら?
「そんなの……」
ふざけるな、許せるわけがない。
どうして僕らの幸せを壊されなくちゃいけないんだ。
ゴミみたいな現実で、ゴミみたいな人生送って。絶望の最中に居た時にこの世界へ呼ばれた。
この世界では僕は音楽の才能に溢れていて。皆から尊敬されるオスティナートの楽士で。──そうして何より、大切だと思える人が居て。
僕も彼女ももう、この世界でしか生きていけないんだ。
この世界を壊そうと、僕の幸せを壊そうとするのなら──
理想の中に幸福を見いだせない可哀想なローグ共。そんな奴らは、早く消えた方がいい。
ソーンからカギPに帰宅部のスパイをするよう命令が下ったのは、それから一週間後のことだった。