磁場のない教室で
磁場のない教室で ―目覚めの朝―
ソルフィア暦1276年2月15日。朝日が窓から差し込み、シェライト・エレム・ソルフィアの瞼を静かに照らした。
「んっ...」
彼は目を開け、見慣れた天井を見上げた。しかし、次の瞬間、彼の瞳が驚愕で見開かれる。
「ここは...」
シェライトは飛び起きた。部屋は彼の記憶にある王宮の寝室ではなく、明らかに学生寮のような空間だった。壁にはソルフィア中央統合高等学校の校章が飾られ、制服らしきものがハンガーに掛けられている。
「どういうことだ...?」
彼は混乱し、自分の両手を見た。小さい。若い。明らかに成人男性のものではない手だ。鏡に映る顔も、10代後半の少年の顔。だが、頭の中には28歳のシェライト王としての記憶が鮮明に残っていた。
「私は...シェライト王のはずだ。ソルフィア暦1288年...いや、西暦2025年の...」
彼はゆっくりと部屋を見回した。書棚には物理学の教科書と磁性体に関する専門書が並び、机の上には未完成の磁場実験レポートが置かれている。ペンケースには「シェライト・E・S 高校2年」と記されていた。
「なぜ私が高校生に...?」
混乱するシェライト。彼は急いで部屋のPCを起動させた。日付を確認すると、ソルフィア暦1276年2月15日と表示されている。
「12年前...?」
彼が途方に暮れていると、突然PCの画面が青く染まり、小さなアイコンが踊るように現れた。
「やっほー!おはよう、シェライト!」
ピンク色の文字と共に、フェムト秒レーザーをモチーフにしたような小さなキャラクターが画面上で跳ねた。
「お前は...?」シェライトは眉をひそめた。
「フェムちゃんだよ!フェムト秒エンハンスト・マルチバース・トランスレーター!略してフェムちゃん!」
シェライトは画面に映る奇妙なキャラクターを疑わしげに見つめた。「私は知らないはずだが...」
「もちろん知らないよ!だって、フェムちゃんは未来のシェライトが作ったAIだもん!」
「未来の...私が?」
「そう!ソルフィア暦1288年のシェライト王が王立研究所で作ったんだよ!でも、ちょーっと暴走しちゃって...」フェムちゃんは恥ずかしそうに笑った。「シェライトの意識を過去に送っちゃったの!」
「だから私は...」
「そう!28歳のシェライト王の意識が17歳の高校生シェライトの体に入っちゃったんだよ!」
シェライトは深いため息をついた。「荒唐無稽な...だが、これが現実なら...」
彼は急に何かに気づいたように身を乗り出した。「ちょっと待て。この時代は...」
「ピンポーン!そう、ヒノノギが統合高校に入学する直前だよ!」フェムちゃんは嬉しそうに踊った。「未来で逃げられちゃったヒノノギを、もう一度自分の磁場の中に入れるチャンス!しかもザクランはまだ中学生だから干渉もなし!」
シェライトの表情が変わった。混乱が去り、計算高い光が瞳に宿る。
「なるほど...」彼はゆっくりと立ち上がり、窓際に歩み寄った。「この学校は...」
「ソルフィア中央統合高等学校!王家と国家の共同運営で、成績優秀な学生と王族が一緒に学ぶ特別な学校だよ!もちろん、フェムちゃんがちょっとだけ設定いじったけどね!」
「私はなぜここにいる?王立高校ではなく...」
「だってさー、王立高校じゃヒノノギと会えないじゃん!でも、統合高校なら王家の特権で同じ寮に住めるし、同じ授業を受けられるし...ほら、最高の『磁場形成環境』でしょ?」
シェライトは窓から見える校舎を眺めながら、ゆっくりと微笑んだ。「磁場形成環境か...」
「シェライト!知ってる?ヒノノギは今年の4月に入学するんだよ!」フェムちゃんが興奮気味に伝えた。「しかも、中央高校志望だったのに、統合高校に来ることになるの!」
「なぜだ?彼の成績なら中央高校が適切だろう」
「ヒヒッ、それがね...」フェムちゃんは意味ありげに笑った。「統合高校にフェムト秒レーザー研究設備を設置しちゃったんだよね!ヒノノギが断れない誘惑を!」
シェライトの目が驚きで見開かれた。「フェムト秒レーザー?それは...」
「そう!ヒノノギの弱点!彼の成績と研究計画書を見て、学校が『特例』として彼を招待するの。もちろん、本当はフェムちゃんが裏で操作したんだけどね!」
シェライトはゆっくりと椅子に座り直した。混乱は完全に去り、今や冷静な計算に満ちた表情になっていた。
「フェムちゃん...この状況を整理したい。私は28歳のシェライト王の記憶を持ったまま、高校2年生のシェライトとして存在している。そして2ヶ月後、ヒノノギが入学してくる...」
「そう!そして、ザクランがヒノノギに『光』を見せるのはまだずっと先!今はまだ中学生だし!」
シェライトは深く考え込んだ。「未来での失敗...」
「ヒノノギが光学お兄さんになっちゃった原因は、ザクランの『純粋な光』だよね?」フェムちゃんが優しく続けた。「でも今回は、ザクランが現れる前に、ヒノノギを完全に電子お兄さんにできるんだよ!」
シェライトの表情に決意が宿った。「そうか...ここは『磁場の楽園』を作るチャンスなのだな」
「その通り!しかも...」フェムちゃんは声を潜めた。「フェムちゃんが寮の部屋割りもいじっておいたから、ヒノノギとルームメイトになれるよ!」
シェライトは思わず笑みを浮かべた。「なんという好条件...」
彼は立ち上がり、部屋の中を歩き回りながら考え始めた。「2ヶ月...準備は十分だな」
「何を準備するの?」フェムちゃんが興味深そうに尋ねた。
「まずは寮の環境だ」シェライトは決然と言った。「『フェロマグネット・レジデンス』...磁場を象徴する名前に変えよう」
「おお!いいね!」
「次に、ヒノノギが実験で使う設備...光学関連は最小限に抑え、電子工学の設備を充実させる。彼の電子工学の才能を最大限に引き出す環境を作る」
「さすが!」フェムちゃんが拍手した。
「そして...」シェライトは窓辺に立ち、朝日に照らされる校舎を見つめた。「ヒノノギのための『王立科学賞』の設立を父に提案しよう...電子工学分野での功績に与えられる賞だ」
「計画的すぎる!」フェムちゃんが驚いた。
シェライトは満足げに微笑んだ。「未来での失敗を繰り返すわけにはいかない。今度こそ、ヒノノギは私の磁場の中で最高の軌道を描く」
彼は窓から見える朝焼けの空を見上げた。ソルフィア暦1276年2月15日。28歳のシェライト王の意識を持った17歳の高校生シェライトにとって、新たな挑戦の始まりだった。
「さて、準備を始めよう。フェムちゃん、私の戦略をサポートしてくれるな?」
「もちろん!」フェムちゃんは元気よく答えた。「でも、時々ちょっと予想外のことするかもだけど、許してね?」
シェライトはため息をついた。「それがお前らしいのだろうな...」
彼は机に向かい、ノートを開いた。一面に「ヒノノギ・レーゼシュライツ囲い込み計画」と書き、その下に細かな計画を書き始めた。未来の記憶を持つ彼には、ヒノノギの弱点も強みも全てお見通しだった。
「今度こそ...」彼は決意に満ちた声でつぶやいた。「電子お兄さんは、私の磁場から逃れられない」
窓の外では、新学期の準備が進むソルフィア中央統合高等学校のキャンパスが、朝日に照らされて輝いていた。この学校は、シェライトにとって「やり直しの舞台」。ヒノノギを完全に自分のものにするための、磁場の楽園だった。
