磁場のない教室で



磁場のない教室で ―入寮申請編―

ソルフィア中央統合高等学校の入学許可を受け取ってから、ヒノノギは祖父の書斎で慎重に各種書類に記入していた。最後に残ったのは寮の入寮希望申請書。彼は祖父から譲られた万年筆を手に、用紙を見つめた。

「希望する部屋のタイプを選択してください」という項目の下に、「一人部屋」と「二人部屋(相部屋)」という選択肢があった。

ヒノノギは迷わず「一人部屋」に丸をつけた。理由欄には丁寧な文字で記した。

『静かな環境で研究をしたいので、可能であれば一人部屋を希望します。夜遅くまで実験メモや計算をすることが多いため、ルームメイトに迷惑をかけたくありません。』

「これで完璧だ」ヒノノギはペンを置き、書類に最後の署名をした。

数日後、書類は学校事務局の入寮管理課に届けられた。

同じ頃、ソルフィア中央統合高等学校の理事会室では、シェライト・エレム・ソルフィアが手元の書類に目を通していた。

「これは...」

シェライトの前には、入学予定者の名簿と入寮希望申請書のコピーが広げられていた。彼の指が一つの名前の上で止まる。「ヒノノギ・レーゼシュライツ」

彼の瞳が鋭く光った。

「ヴェルメ」シェライトは背後に控えていた生徒会長を呼んだ。「この名前を覚えておけ」

ヴェルメ・リガーゼは眼鏡を押し上げながら、優雅に一歩前に進んだ。

「フェリレン・シディロス・フェアルシュトックの孫ですね。量子共鳴の論文の著者」

「さすがヴェルメ、よく知っている」シェライトは微笑んだ。「だが、ここに一つ問題がある」

彼は申請書を指差した。そこには「一人部屋希望」の文字。

「これは...修正が必要だな」

ヴェルメは即座に理解した。「お手配いたしましょう」

入学式の二日前、ヒノノギは学校から送られてきた封筒を開封した。中には寮の部屋割りが記された通知書が入っていた。

「フェロマグネット・レジデンス...」彼は怪訝な顔で寮の名前を読み上げた。「磁気関係の名前なのか。まあいいか」

目を通していくと、彼の表情が曇った。

「二人部屋...?」

通知書には明確に記されていた。

『412号室(二人部屋)、ルームメイト:シェライト・エレム・ソルフィア』

ヒノノギは眉をひそめた。一人部屋を希望したはずなのに、なぜ二人部屋なのか。しかも、ルームメイトの名前は...

「シェライト・エレム・ソルフィア...?」

彼は名前を繰り返し、その後に続く括弧書きに目を止めた。『(二年生)』

「先輩と相部屋?しかもこの名前は...王族では?」

混乱したヒノノギは即座に学校に電話した。

「もしもし、ソルフィア中央統合高等学校入寮管理課です」

「あの、入学予定のヒノノギ・レーゼシュライツと申します。寮の部屋割りについてなのですが、私は一人部屋を希望したはずなのに...」

「レーゼシュライツさん、お待ちしておりました」電話口の女性はまるで用意されたセリフを読むように流暢に答えた。「現在、一人部屋の空きはございません。新入生の部屋は全て埋まっております」

「でも、私は申請書に...」

「申し訳ありませんが、一人部屋の希望は殺到しており、先着順とさせていただいております」

その説明に、ヒノノギは深いため息をついた。

「分かりました。ありがとうございます」

電話を切ると、彼は再び通知書を見つめた。

「シェライト・エレム・ソルフィア...」

入学式当日、ヒノノギは荷物を持ってフェロマグネット・レジデンスの前に立った。巨大で荘厳な建物は、まるで王宮の一部であるかのような威厳を放っていた。

受付で鍵を受け取り、彼は412号室へと向かった。しかし、階段を上がる途中、彼は階数表示を見て気づいた。

「あれ?415号室が私の部屋のはずだけど...」

通知書を確認すると、確かに412号室と書いてある。混乱しながらも、彼は指定された部屋に向かった。

しかし、412号への廊下で、彼は間違えて415号室の前で立ち止まった。ドアが少し開いていたので、中を覗くと、そこは明らかに空の一人部屋だった。

「おかしいな...」

ヒノノギは首を傾げた。「一人部屋の空きはないと言われたのに...」

「迷子か?」

背後から冷たく澄んだ声が聞こえた。振り向くと、そこには黒髪の少年が立っていた。煌めく青い瞳と威厳に満ちた立ち姿は、一目で"普通"ではないことを物語っていた。

「あ、いや...部屋を探していたんです。412号室を...」

少年は不思議そうに首を傾げた。「412号室?それは私の部屋だが」

ヒノノギの脳内で点と点が繋がった。

「もしかして...シェライト・エレム・ソルフィアさん、ですか?」

少年...シェライトは微笑んだ。「そうだ。そして、君がヒノノギ・レーゼシュライツだな」

ヒノノギは困惑した表情でうなずいた。「はい...でも、一つ質問してもいいですか?」

「なんだ?」

「王族の方なのに、なぜ一般生と相部屋なんですか?王族専用の区画があるはずでは...」

シェライトの笑みが広がった。それは勝利を確信するような、どこか不気味な笑みだった。

「私は『一般生との交流』を重視しているんだ。特に...才能ある者との交流をね」

彼の声には深い意味が込められているように感じられた。

「さあ、荷物を持って来い。412号室を案内しよう」

ヒノノギは不安を感じながらも、シェライトの後に続いた。廊下を歩きながら、彼はもう一度415号室の方を振り返った。

「でも、あの部屋は空いているようでしたが...」

「そうか?」シェライトは振り向きもせずに答えた。「たまたま掃除中だったのかもしれないな」

その言葉には明らかな嘘が含まれているように感じられた。しかし、ヒノノギには反論する余地がなかった。

「ここだ」

シェライトが412号室のドアを開けると、そこには普通の学生寮とは思えない豪華な二人部屋が広がっていた。片側には王族の紋章が刻まれた調度品、もう片側にはシンプルな学生用の机とベッド。

「左側が私のスペース、右側がお前のだ」シェライトは部屋の中央に立ち、優雅に手を広げた。「よろしくな、ルームメイト」

彼の瞳には、計算し尽くした満足感が宿っていた。

ヒノノギは荷物を床に置き、深いため息をついた。なぜか直感的に感じた。この三年間は、決して平穏ではなさそうだと。


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