最適化令嬢
第67話
『電導侯の受難』第七部
ティールームの重厚な扉が静かに開いた。リミッタ・エラスタンス・ソレラントが優雅に姿を現す。
彼女は一瞬で廊下の状況を把握した。リアクトルが両陣営のマダムたち、エンシアス三名とソルフィア三名、合計六名に完全包囲されている。
彼は配線図を盾のように掲げ、壁際に追い詰められていた。
「まあ、リアクトル」リミッタの声が廊下に響く。
「お仕事は順調かしら?」彼女の声には涼やかな威圧感が滲んでいる。
リアクトルは救世主を見る目でリミッタを見た。
「リミッタ!」彼の声は完全に悲痛だ。「通信防壁の最終チェックが終わってない」
彼は必死に訴える。「でもこの方々が、配線の安全性について質問を」
六名のマダムたちが一斉にリミッタへ振り返り、優雅な会釈をした。リミッタは完璧な笑顔でそれに応じる。
「ご婦人方、お楽しみのところ申し訳ございません」彼女は扇子を優雅に開く。「この者、まだ重要な防衛任務が残っておりますの。少々お借りしてもよろしいかしら?」
リミッタの声には有無を言わさぬ威圧感が滲んでいた。マダムたちは一瞬躊躇したが、カレントリア宰相補佐夫人の圧力に抗うことはできない。
彼女たちは名残惜しそうにリアクトルを見る。
エンシアスの深紅のドレスの婦人が微笑んだ。
「それは残念」彼女は扇子で口元を隠す。「でもまた後で、電導侯。配線のお話の続きを聞かせてくださいね」
リアクトルは首を激しく横に振った。
「いえ、もう任務が詰まってまして」彼は早口で言い訳する。「その、また機会が、いつか、遠い未来に」
ソルフィアの紫のドレスの婦人が笑う。
「あら、遠慮なさらないで。私たち、あなたのような真面目な若者、大好きなの」
リミッタがリアクトルの腕を取った。
「では、失礼いたしますわ」彼女は有無を言わさず歩き出す。
リアクトルは引きずられるように彼女に従った。六名のマダムたちが手を振っている。リアクトルは顔を背けて歩みを速める。
十分な距離を取った場所で、リアクトルは深く息を吐いた。
「助かった」彼は壁に寄りかかり、額の汗を拭う。「あのままだと俺の胃が物理的にショートするところだった」
リミッタは呆れたように溜息をついた。
「六名のご婦人を相手に、よく耐えましたわね」彼女は扇子を閉じる。「特にソルフィアの方々、かなり積極的でしたわよ」
「耐えたんじゃない」リアクトルは疲れた表情で壁に背中を預ける。「逃げ場がなかっただけだ。トランスもお前も助けてくれないし」
彼は恨めしそうにリミッタを見る。「で、表のティールーム外交は?」
リミッタは満足そうに微笑んだ。
「完璧ですわ」彼女は扇子を優雅に開く。「ヴェローナ王妃とティンダリス女王との密約も無事調印。ゼルフィアへの最恵国待遇、カレントリアの関税優遇措置、全て通りました」
彼女はリアクトルの肩を軽く叩く。
「あなたの物理防壁のおかげで、シェライト陛下の監視網は一切機能しませんでした」
リアクトルは安堵の表情を見せた。
「それなら」彼は小さく笑う。「この受難にも意味があったか」
リミッタが悪戯っぽく笑った。
「ええ」彼女は扇子を口元に当てる。「それに副産物として、あなたの『不器用で純朴な魅力』が各国マダムたちの記憶に刻まれましたわ」
彼女は意地悪そうに微笑む。
「次の外交では、彼女たちが味方になるかもしれません。『あの真面目な電導侯が頼んでいるなら』と」
リアクトルは顔を青くした。
「勘弁してくれ」彼は両手で顔を覆う。「次はもっと地下深くに潜る。マダムたちが来られない場所で作業する」
二人は廊下を歩き、次の任務へ向かった。遠くから、解放されたマダムたちの笑い声が聞こえてくる。リアクトルは肩を震わせて歩みを速めた。
リミッタは彼の様子を見て、小さく笑う。
「リアクトル」彼女は優雅に歩きながら言う。「あなた、意外と外交官の素質がありますわよ」
「ない」リアクトルは即答した。「絶対にない。俺は配線と付き合ってる方が百倍マシだ」
リミッタは微笑んで手帳を取り出す。
「記録:電導侯リアクトル・サイリスタ、対マダム絶縁性ゼロ。ただし誠実性による好感度獲得能力は最高水準」
彼女はペンを走らせる。
リアクトルは絶望的な表情で天を仰いだ。
廊下の天井に這う配線が、彼にとって唯一の慰めに見えた。
69/69ページ
