最適化令嬢



第66話
『電導侯の受難』第六部

グラヴィス宮の三階バルコニーは、会議場全体を見渡せる絶好の観測地点だった。ソルダ・サイリスタは双眼鏡を手に、遠く下の西棟接続廊下を凝視している。彼の目には涙が浮かんでいた。

「ああ、リアクトル」彼は震える声で呟く。「お前があんな」

双眼鏡の向こうで、息子が六名のマダムたちに完全包囲されている。エンシアス三名、ソルフィア三名。リアクトルは壁を背にして、両手で何かの図面を盾のように掲げていた。

「助けに行きたいが」ソルダは唇を噛む。「私がここで飛び出せば外交問題に発展しかねない」

隣でヴェルメ・リガーゼが手帳に何かを書き込んでいる。彼のペンが滑らかに走り、几帳面な文字が並ぶ。

「記録:カレントリアの技術護衛官リアクトル・サイリスタ、物理防壁構築能力は最高水準」彼は眼鏡の位置を直しながら続ける。「ただし熟女による生体包囲網に対する絶縁性は極めて低い。特筆すべきは、危機回避の際に発動する安全確認本能が、逆に相手の庇護欲を刺激する点」

ソルダが双眼鏡を握りしめた。

「ヴェルメ殿」彼の声に悲痛さが滲む。「今は記録している場合では」

ヴェルメは冷静に答えた。

「いえ、貴重なデータです」彼は手帳の新しいページを開く。「電導侯の人間的魅力が外交の潤滑油になる可能性を示唆しています。リミッタ様が表のティールームで電圧を制御している間、リアクトル様は裏で電流として各国婦人との関係構築を」

ソルダは頭を抱えた。

「それは結果論だ」彼は苦しそうに呻く。「あの子は本気で逃げたがってる」

下の廊下では、リアクトルがソルフィアのマダムたちに何かを必死に説明している。彼の顔は完全に赤く、配線図を両手で掲げて物理的な盾にしようとしていた。

しかしマダムたちはその図面に興味を示し、さらに距離を詰めている。

ソルダは天を仰いだ。

「神よ」彼は祈るように呟く。「どうか息子に社交スキルを。せめてリミッタの十分の一でも」

ヴェルメが手帳を閉じた。

「宰相閣下」彼は穏やかな声で言う。「むしろこの純朴さこそが武器かもしれません」彼は下の光景を眺める。

「計算された社交より、不器用な誠実さの方が人の心を動かす場合もあります。リアクトル様は意図せず、各国の婦人方から絶大な好感を得ている」

ソルダは複雑な表情で息子を見つめ続けた。リアクトルが今度はエンシアスのマダムに配線の危険性を説明している。

彼の仕草は真剣そのもので、マダムたちはその説明に聞き入っていた。

「あの真面目さは」ソルダは小さく笑う。「私ではなく、亡き妻に似たのだな」

彼は双眼鏡を下ろし、溜息をついた。「ダラフの言う通りだ。リアクトルは現場の子だ。社交界よりも配線盤の前が似合う」

ヴェルメがペンを仕舞う。

「ですが今日の経験は、彼にとって貴重な学びになるでしょう」彼は手帳をポケットに入れた。「電流は抵抗があってこそ、その性質が明らかになります」

下の廊下で、リアクトルがインカムに手を伸ばそうとしている。ソルダは再び双眼鏡を構え、息子の次の行動を見守った。

彼の目には涙と、そして僅かな笑みが浮かんでいた。


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