最適化令嬢
第65話
『電導侯の受難』第五部
リアクトルは懐中時計を確認しながら西棟への接続廊下を急いだ。エンシアスのマダムたちを何とか表の会場へ送り届け、ようやく解放されたのだ。
彼は安堵の息を吐き、通信防壁の最終チェックポイントへ向かおうとする。
「あら、カレントリアの電導侯」優雅な声が廊下に響いた。「こんな所で」
リアクトルは足を止め、恐る恐る声の方を振り返る。廊下の向こうから三名の貴婦人が歩いてくる。ソルフィア王国の紋章を刺繍した豪華なドレス、宝石を散りばめた髪飾り。王都の社交界を代表する貴婦人たちだ。リアクトルの顔が蒼白になる。
彼は反射的に敬礼した。
「は、はい」声が上ずる。「業務巡回中です」
彼は素早く通り過ぎようと歩き出したが、紫のドレスを纏った婦人が進路を塞ぐように立った。
「まあまあ、そんなに急がないで」彼女は扇子を優雅に開く。「少しお話ししましょう。カレントリアからいらした方と直接お話しする機会なんて滅多にないもの」
リアクトルの背筋に冷たいものが走った。彼は後退しようとするが、既に別の二人が左右から距離を詰めている。三人に囲まれる形になり、彼は壁を背にして立ち尽くした。
銀色のドレスの婦人が興味深そうに彼の軍服を眺めた。
「カレントリアの軍服、とても洗練されているわね」彼女は首を傾げる。「どなたがデザインなさったの?王国の制服担当官?」
リアクトルは視線を彷徨わせた。
「えっと、それは」彼は自分の袖を見る。「自分で少し手を加えまして」
三人のマダムたちの目が一斉に輝いた。紫のドレスの婦人が感嘆の声を上げる。
「まあ、ご自分で?」彼女は一歩近づく。「センスがおありなのね」
リアクトルは後退したが、背後の壁に阻まれた。
「いえ、ただ機能性を重視しただけで」彼は早口で説明し始める。「ソルフィアで見た傭兵服の、その、動きやすさを参考に。配線作業の時に袖が引っかからないように袖口を調整したり、工具を収納できるポケットを増やしたり」
彼は自分の軍服の細部を指差す。
銀色のドレスの婦人が微笑んだ。
「傭兵服?」彼女の声に好奇心が滲む。「まあ、そんな危険なお仕事も経験なさったの?」
リアクトルは慌てて首を横に振った。
「いえ、自分は技術兵で、戦闘は」彼は言葉を探す。「ただ15歳の時にソルフィアで配線工事を」
彼はそこで口を噤んだ。言い過ぎたと気づく。
三人のソルフィアマダムたちは顔を見合わせ、意味深に頷き合った。金色のドレスの婦人が興味深そうに尋ねる。
「15歳で?それはソルフィア王国で?」彼女は扇子で口元を隠して微笑む。「もしかして、グラヴィス宮の地下インフラ修復の時?あの大規模な工事」
リアクトルは完全に固まった。彼女たちはその事件を知っている。ソルフィアの社交界では有名な話なのだろう。彼は喉の奥で小さく呻き、観念したように頷く。
「は、はい。その、命懸けで配線を直しまして」
紫のドレスの婦人が胸に手を当てた。
「まあ、あの時の少年兵が」彼女は感動したように目を潤ませる。「今やカレントリアの電導侯に。なんて素敵な出世物語」
リアクトルは必死に両手を振った。
「いえ、出世とかそういうのじゃなくて」彼の声は完全に焦りに満ちている。「ただ、配線が好きなだけで」
三人のマダムたちはさらに距離を詰めてくる。リアクトルの退路は完全に消えた。
彼は絶望的な表情で廊下の天井を仰ぎ、心の中でリミッタの名を呼んだ。
助けてくれ。
