最適化令嬢
第63話
『電導侯の受難』第三部
リアクトルは右手を素早く耳元に運び、インカムのボタンを押した。
「リミッタ、応答しろ」彼の声は普段より一オクターブ高く、切迫している。「緊急事態だ」
インカムから優雅な女性の声が返ってきた。
「どうなさいましたの、リアクトル」リミッタの声には余裕が滲んでいる。「ハッキングでも検知いたしましたか?」
「違う!」リアクトルは小声で叫び、三人のマダムから顔を背けた。「エンシアスのマダムたちが配線区画を占拠してる。退いてくれない」
彼は壁に額を押し付けるようにして囁く。「物理排除していいか」
マダムたちはリアクトルの焦った様子を面白そうに眺めている。深紅のドレスの婦人が小さく笑い、栗色の髪の婦人が扇子で口元を隠した。
緑のドレスの婦人は首を傾げて彼の横顔を覗き込もうとする。
インカムからリミッタの呆れた溜息が聞こえた。
「ダメに決まっておりますわ」彼女の声に冷たい威圧感が混じる。「彼女たちの夫は今わたくしが交渉中の特命大使たちですのよ。適当に微笑んで、無難な会話で時間を稼いでおきなさいな」
リアクトルは天を仰いだ。薄暗い廊下の天井に、配管の影が這っている。
「無茶言うな」彼は喉の奥で呻く。「お前みたいにV、話術で上手く立ち回れるか。俺は現場の人間だぞ」
「それはあなたの問題ですわ」リミッタの声が容赦なく返ってくる。「では、お仕事頑張ってくださいね」
通信が一方的に切れた。
リアクトルは慌てて別の周波数に切り替える。
「トランス!」彼の声に縋るような響きが混じった。「そっちから応援を。マジで頼む」
インカムから夫の疲れ切った声が返ってきた。
「ごめんリアクトル」トランスは申し訳なさそうに答える。「僕も各国の書記官に囲まれて動けない。書類の山で身動きが取れないんだ」
彼は短く息を吐いた。「頑張って、大人の階段を上ってくれ」
「待て、トランス!」リアクトルは必死に呼びかけたが、通信は既に切れていた。
彼はインカムから手を離し、絶望的な表情で目の前のマダムたちを見る。三人は優雅な笑顔で彼を見つめていた。
深紅のドレスの婦人が満面の笑みで尋ねる。
「どなたかとお話中?お忙しいのね」彼女の声には好奇心と愉しげな響きが混じっている。
リアクトルは力なく首を横に振った。
「いえ、何でも」彼の声は完全に諦めの色を帯びていた。「ただの、業務連絡です」
彼は作業用手袋を両手で握りしめ、床の配線を見つめる。援軍はない。リミッタはティールームで外交を優先し、トランスは書記官たちに捕まっている。
栗色の髪の婦人が一歩近づいた。
「それなら、お話の続きをしましょう」彼女は優雅に扇子を閉じる。「あなたの軍服、とても素敵ね。どなたがデザインなさったの?」
リアクトルは壁に背中を押し付けたまま、小さく息を吐いた。
逃げ場はない。
彼は観念したように肩の力を抜き、マダムたちの質問に答える覚悟を決めた。
