最適化令嬢
第62話
『電導侯の受難』第二部
深紅のドレスの婦人が配電盤へ興味深そうに手を伸ばした。
「これが配電盤?初めて見るわ。どんな仕組みなの?」彼女の指先が金属製のカバーに触れようとした瞬間、リアクトルの表情が一変する。
「触るな!」彼は咄嗟に大声を出し、婦人の手首を掴んで引き戻した。
三人が驚いて目を丸くする。リアクトルは自分が何をしたか気づき、慌てて手を離した。
「す、すみません!」彼の顔が真っ赤に染まる。「でもこれは高圧配電盤です。絶縁手袋なしで触れたら感電します」
彼は震える手で腰のポーチから作業用グローブを取り出し、それを三人に見せた。
「こういう専用の手袋がないと危険なんです。それに」彼は緑のドレスの婦人に視線を向ける。「そちらのマダム、ヒールの先端で配線カバーを踏んでます」
彼は床を指差した。「劣化した被膜が剥けたら漏電の危険が。最悪の場合、火災に繋がります」
栗色の髪の婦人が感心したように頷いた。
「まあ、私たちの安全を本気で心配してくださるのね」リアクトルは視線を逸らし、壁に這う配線を指差す。
「当たり前です」彼の声に技術者としての真剣さが滲む。「この区画で事故が起きたら、俺の責任になる。第一、怪我をされたら」
彼は言葉を切り、咳払いをした。「だから早く安全な場所へお戻りください」
しかしマダムたちは動かない。それどころか、さらに興味を持った様子で彼を見つめている。
緑のドレスの婦人が微笑んで一歩近づいた。
「それなら、安全な場所まであなたがエスコートしてくださらない?」彼女の声は蜜のように甘い。「危険な場所がどこにあるか、私たち分からないもの」
リアクトルは完全に固まった。「は、はあ?」
彼は両手を慌てて振る。
「俺が?いや、それは護衛の仕事で、俺は技術担当で」彼は必死に言い訳を探すが、言葉が上手く出てこない。「その、表の会場には正式な護衛が配置されてまして」
三人が同時に彼へ歩み寄る。深紅のドレスの婦人が右から、栗色の髪の婦人が左から、緑のドレスの婦人が正面から。
リアクトルは壁を背にして完全に退路を断たれた。彼の青い瞳が左右に揺れ動き、脱出経路を探すが見つからない。
「でも、あなたが一番この宮殿の構造に詳しいのでしょう?」栗色の髪の婦人が首を傾げる。「それに、あなたほど真剣に私たちの安全を考えてくださる方、他にいないわ」
リアクトルは喉の奥で呻いた。配電盤と三人のマダムに挟まれ、彼は作業用手袋を握りしめる。
こんな時、リミッタならどうするだろう。いや、リミッタなら最初からこんな状況に陥らない。
彼は絶望的な表情で天井を仰いだ。
