最適化令嬢
第61話
『電導侯の受難』第一部
グラヴィス宮の東棟裏通路は、表の華やかな社交場とは対照的に薄暗く、配管と配線が剥き出しになった実用本位の空間だった。
リアクトル・サイリスタは地下通信室から続く狭い階段を上りきると、作業用手袋を外しながら懐中時計を確認する。
予定より三分早い。通信防壁の第一ラインは完璧に構築できた。
「あら、素敵な青年将校さん」艶やかな声が廊下に響いた。「こんな裏通路でお一人なの?」
リアクトルは反射的に顔を上げ、瞬時に全身が硬直する。廊下の向こうから三名の貴婦人が談笑しながら近づいてくる。
華やかなシルクのドレス、宝石を散りばめたティアラ、そして胸元や袖口を飾る金属製の装飾品。
エンシアス王国の外交使節団に同行している大使夫人たちだ。リアクトルの頬が見る見る赤くなり、彼は咄嗟に壁際へ後退した。
「い、いえ、業務中です」彼は視線を逸らしながら答える。「この区画は配線の定期点検が必要でして」
慌てて作業用の手帳を取り出し、それを盾のように胸の前に掲げた。紙の向こうから三人の視線が突き刺さってくる。
マダムの一人が興味深そうに歩み寄った。豊かな栗色の髪を優雅にまとめ、深紅のドレスを纏っている。
「まあ、真面目な方なのね」彼女は微笑む。「お名前は?」
リアクトルはさらに一歩後退したが、背中が冷たい石壁に当たった。退路がない。
「リアクトル・サイリスタです」彼の声は普段より一オクターブ高い。「電導侯の、その、技術護衛として」
首元のネクタイが急に窮屈に感じられ、彼は無意識にそれを引っ張った。
「電導侯?」三人目の貴婦人が驚いたように声を上げる。
緑のドレスを着た彼女は首を傾げて微笑んだ。「まあ、高貴な方だったのね。でもこんな裏方作業をなさるなんて」
リアクトルは咳払いをして姿勢を正した。青と銀を基調とした軍服の襟を正し、できるだけ冷静を装う。
「高貴も何も、現場主義ですから」彼は手帳を脇に抱え、貴婦人たちの装いを素早く観察した。
そして技術者としての本能が発動する。
「ところで、そちらのドレスの金属装飾、この区画の静電気には危険です」彼は深紅のドレスの婦人を指差す。「早くフロアへお戻りになった方が」
三人のマダムたちは顔を見合わせ、意味深な微笑みを浮かべた。リアクトルの背筋に嫌な予感が走る。
彼女たちは退くどころか、さらに距離を詰めてきた。廊下の空気が妙に甘く感じられる。
リアクトルは手帳を握りしめ、必死に次の言い訳を探した。
