最適化令嬢



第53話
『ディストピアの午後』

午前11時。リミッタのメイド喫茶は、計算通りの回転率で稼働していた。

「いらっしゃいませ、ご主人様」リミッタは完璧な笑顔で客を迎えた。「本日のメニューはカロリーメイトとプロテインのセットのみとなっております」

「えっ、選べないの?」客の一人が戸惑った顔をした。

「はい。最適化されたメニューですので」リミッタは淀みなく答えた。「栄養バランス、原価率、提供時間、すべてにおいて完璧に計算されております。こちらの座席へどうぞ」

客はベルトコンベアの座席に案内された。座った瞬間、座席が静かに動き始める。

「うわっ、動いた!」

「大丈夫ですわ。15分後に自動的に出口へ到着いたします」リミッタは説明した。「その間、ゆっくりとお食事をお楽しみくださいませ」

客たちは不安そうな顔で座席に揺られている。

リミッタはカロリーメイトとプロテインを盆に乗せ、次々と配っていく。

「こちら、カロリーメイト・チーズ味、400kcal。プロテイン・バニラ味、タンパク質20g。1日に必要な栄養素の23%を摂取できますわ」

「あ、ありがとう...」客は困惑しながら受け取った。

天井のスピーカーから、合成音声が流れる。

『萌えええきゅん♪美味しくなるおまじない♪』

432Hzの最適化された周波数。しかし、その無機質な音声に、客たちは微妙な表情を浮かべた。

「これ...本当におまじない?」

「なんか、機械音声みたいだけど」

しかし、カロリーメイトを食べ始めると、意外な反応が返ってきた。

「あれ、普通に美味しいな」

「プロテイン、バニラ味で飲みやすい」

「しかも500ソルムって安いし、効率的だ」

リミッタはタブレットに記録をつけた。「客数47名。平均滞在時間14分52秒。計算との誤差8秒。許容範囲内ですわ」

15分が経過すると、ベルトコンベアが客を出口へ運んでいく。

「えっ、もう終わり?」

「はい。滞在時間15分が経過いたしました」リミッタは優雅に微笑んだ。「ご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

客たちは半ば強制的に出口へ排出される。

「なんか...工場のラインみたいだった」

「でも、効率的だったな」

「もう一回並ぼうかな」

リミッタは満足げに頷いた。「完璧な回転率ですわね」

その時、教室のドアが開いた。

トランス生徒会長が入ってきた。

「リミッタ、様子を見に...」彼は教室の光景を見て、言葉を失った。

ベルトコンベアに乗って移動する客たち。機械的に配られるカロリーメイト。天井から響く合成音声の『萌えええきゅん♪』。そして、完璧すぎる笑顔で業務をこなすリミッタ。

トランスは胃を押さえた。

「これ...」彼は呟いた。「メイド喫茶じゃなくて、工場...?」

リミッタは優雅に近づいてきた。「会長、いらっしゃいませ。ご視察ですか?」

「う、うん」トランスは努めて笑顔を作った。「順調そうだね」

「ええ。開店2時間で客数103名。売上51,500ソルム。前年度比327%の成果ですわ」リミッタは誇らしげに報告した。

「それは...すごいけど」トランスは周囲を見回した。「でも、これ、ディストピアのメイド喫茶だよ!」

「ディストピア?」リミッタは首を傾げた。「完璧に最適化された空間の、何がディストピアですの?」

「だって」トランスは指を折った。「ベルトコンベアで客を運ぶ、メニューがカロリーメイトだけ、合成音声で『萌えええきゅん』、そして君の笑顔が完璧すぎて怖い」

「怖い?」リミッタは少し眉をひそめた。「わたくしの笑顔、完璧に計算されていますわ。口角の角度、目の開き具合、すべて最適化されています」

「だから怖いんだよ!」トランスは叫んだ。「人間味がないの!メイド喫茶って、もっとこう、温かい雰囲気があるべきでしょ?」

「温かい雰囲気?」リミッタは考え込んだ。「非効率ですわね」

「効率じゃないの!情緒なの!」

「情緒より、利益率ですわ」リミッタはタブレットを示した。「我がクラスの原価率は38%。他のクラスは平均62%。明らかに優位性がありますわ」

トランスは深く息を吐いた。「リミッタ、君は本当にすごいよ。でも、たまには、計算を忘れて...」

その時、教室の照明が突然チカチカと点滅した。

「え?」

ベルトコンベアの動きが、わずかに遅くなる。

リミッタは即座に電圧計を確認した。「電圧が下がっていますわ。定格の92%...これは」

照明が再び点滅した。今度は、完全に消えかけた。

客たちがざわつき始める。

「停電?」

「何が起きたの?」

ベルトコンベアが、ほぼ停止しかけた。

リミッタは冷静に状況を分析した。「東棟全体の電力供給が不安定になっています。各クラスが同時に高出力機器を稼働させているため、過負荷状態に陥っていますわ」

「じゃあ、どうするの?」トランスは不安そうに聞いた。

「ベルトコンベアの電力を一時的に削減します」リミッタは制御盤に向かった。「速度を70%に低下させれば、電力消費を30%削減できますわ」

彼女は素早く調整した。

ベルトコンベアが、ゆっくりと動き始める。

「これで、しばらくは持ちますわ」リミッタは言った。

しかし、その表情には、わずかな不安が浮かんでいた。

完璧に計算された計画が、外部要因によって乱されている。

「会長」リミッタは振り返った。「他のクラスの電力使用状況を確認してくださいませ。このままでは、東棟全体がブレックダウンします」

「わ、わかった」トランスは慌てて教室を出た。

リミッタは一人、ベルトコンベアを見つめた。

計算通りに動いていた完璧なシステムが、今、揺らいでいる。

「外部ノイズ」リミッタは呟いた。「予測不能な変数...」

照明が、また点滅した。

客たちの不安そうな声。

リミッタは深く息を吸った。

「大丈夫ですわ」彼女は自分に言い聞かせた。「わたくしの計算は完璧です。必ず、最適解を見つけられます」

しかし、その心臓は、少しだけ速く鳴っていた。

制御できない状況への、わずかな恐怖。

その時、教室のドアが勢いよく開いた。

泥だらけの作業着を着たリアクトルが飛び込んできた。

「おい、令嬢!」

リミッタは振り返った。「リアクトル?」

「お前のクラス、電力使いすぎだ!」リアクトルは叫んだ。「ベルトコンベアとIHヒーターの同時稼働で、東棟の電圧が降下してんぞ!」

リミッタは即座に反論した。「わたくしのクラスは800Wです。隣のクラスの青色LED発光わたあめは、わたあめ機本体で1200W。そちらの方が明らかに過剰ですわ」

「親父のクラスの青色LEDはもう落とした!」リアクトルは工具箱を置いた。「今から、お前のクラスの電力配分を見直す!」

「勝手なことはさせませんわ!」リミッタは立ちはだかった。「わたくしの完璧な計画に、手を出さないでくださいませ!」

「計画もクソも、このままじゃ全棟停電だ!」リアクトルは譲らなかった。

二人は、互いに睨み合った。

電圧(V)と電流(I)の、最初の衝突。

客たちは、ベルトコンベアの上で、困惑しながら二人を見つめていた。


55/62ページ
スキ