最適化令嬢
第52話
『470nmの執念』
リミッタのメイド喫茶が順調に回転している頃、隣のクラスでは別の混乱が起きていた。
2年B組の「光るわたあめ屋台」。
教室の中央に設置されたわたあめ機の周囲を、無数の青色LEDが取り囲んでいる。天井から吊るされたLEDストリップ、壁に貼られたLEDパネル、わたあめ機本体に巻き付けられたLEDテープ。
すべてが、鮮やかな青色に発光している。
そして、その光景を見守る一人の男。
ソルダ・サイリスタ。カレントリア王立技術高校の理科教諭にして、2年B組の担任。
「もっと明るく!」ソルダは生徒たちに指示を出した。「470nmの青色LEDは絶対に落とすな!これは命令だ!」
「先生、でも電力が...」生徒の一人が不安そうに言った。
「電力など知らん!」ソルダは眼鏡を押し上げた。「この青色こそが、わたあめ屋台の魂だ!この波長こそが、青の本質だ!絶対に妥協するな!」
生徒たちは顔を見合わせた。
「先生、何でこんなに青色にこだわるんだろう」
「知らない。でも、すごい熱意...」
ソルダは青色LEDを見つめていた。
470nm。ヒノノギ・レーゼシュライツ博士の瞳の色。
チェレンコフ光の青。
あの、冷徹で美しい青。
「完璧だ」ソルダは呟いた。「この青色なら、推しも喜ぶ...いや、これは教育目的だ。生徒たちに光の波長を学ばせるための、純粋に教育的な取り組みだ」
彼は自分に言い聞かせた。
しかし、その目は完全に推し活中毒者のそれだった。
「先生、電圧計がちょっとおかしいです」別の生徒が報告した。
「どうした?」
「教室の電圧が、少し下がってます」
「気にするな!」ソルダは手を振った。「このくらいなら問題ない!青色LEDを優先しろ!」
その時、教室のドアが開いた。
泥だらけの作業着を着たリアクトルが入ってきた。
「おい、親父」彼は不機嫌そうに言った。「いや、ソルダ先生。この教室、電力使いすぎだぞ」
ソルダは振り返った。「リアクトル。お前、何の用だ」
「何の用って」リアクトルは電圧計を指差した。「見ろよ、電圧が定格の92%まで下がってる。親父のクラス、青色LED何個つけてんだ」
「217個だ」ソルダは即答した。「すべて470nm、出力30mWの高輝度LED。総消費電力は6.51Wだ」
リアクトルは呆れた顔をした。「わたあめ屋台に217個のLEDって、完全に過剰だろ」
「過剰ではない!」ソルダは反論した。「これは光学の教育だ!生徒たちに、波長470nmの美しさを教えるための!」
「嘘つけ」リアクトルは冷たく言った。「推し活だろ。ヒノノギ博士の瞳の色を再現したいだけだろ」
ソルダは一瞬、言葉に詰まった。
「そ、それは...」
「親父、いや先生」リアクトルは訂正した。「推し活を学校行事に混ぜるな。他のクラスに迷惑がかかってんだよ」
その時、教室の照明が一瞬、チカチカと点滅した。
リアクトルは即座に反応した。「やばい。東棟全体の電圧が不安定になってる」
彼は廊下に出て、電圧計を確認した。案の定、東棟全体の電圧が下がり始めている。
「クソ」リアクトルは舌打ちした。「各クラスが同時に電力使いすぎてる」
廊下を見渡すと、あちこちの教室から煙や匂いが漏れている。
2年C組:たこ焼き屋。IHクッキングヒーター3台を同時稼働。
2年D組:焼きそば屋。電気グリル2台を最大出力で使用。
2年E組:クレープ屋。ホットプレート4台が全開。
そして、リミッタのメイド喫茶のベルトコンベア。
「みんな、電気使いすぎなんだよ!」リアクトルは叫んだ。
再び、照明が点滅した。今度は、完全に消えかけた。
「まずい」リアクトルは工具箱を掴んだ。「このままじゃ、ブレーカーが落ちる」
彼は全力で廊下を走った。
目指すは、東棟の分電盤。
分電盤室。
リアクトルは扉を開け、中に飛び込んだ。
壁一面に並ぶ分電盤。各教室への電力供給を制御する、学校の心臓部。
電圧計を見ると、東棟全体の電圧が定格の88%まで下がっている。
「これは...」リアクトルは即座に判断した。「このままじゃ、過負荷でケーブルが焼き切れる」
彼は工具箱からテスターを取り出し、各回路の負荷を測定し始めた。
2年B組:青色LED217個で6.51W...いや、待て。わたあめ機本体が1200W。
2年C組:IHヒーター3台で4500W。
2年D組:電気グリル2台で3000W。
2年E組:ホットプレート4台で5200W。
2年A組:ベルトコンベア800W。
「合計14.7kW超えてる!」リアクトルは叫んだ。「東棟の供給限界は12kWなのに!」
照明が再び点滅した。
リアクトルは迷わず、優先順位を判断した。
「まず、一番無駄な電力を落とす」
彼はソルダのクラスの回路に手を伸ばした。
しかし、その瞬間。
「待て!」
ソルダが分電盤室に飛び込んできた。
「その回路に触るな!」
「親父、いや先生!」リアクトルは振り返った。「このままじゃ全棟停電だ!お前のクラスの青色LED、落とすしかない!」
「ダメだ!」ソルダは叫んだ。「470nmの青色LEDは絶対に落とすな!これは譲れない!」
「推し活より、学校の安全が優先だろ!」
「これは推し活ではない!教育だ!」ソルダは必死に言い訳した。「光学の...波長の...青の美しさを...」
リアクトルは呆れた顔をした。
「親父。あんた、本当に救えねえな」
彼はソルダの手を振り払い、青色LEDの回路を落とした。
パチン。
ソルダのクラスの青色LED217個が、一斉に消灯した。
「あああああ!」ソルダは膝をついた。「私の470nm...私のヒノノギブルー...」
「うるせえ!」リアクトルは次の回路を調整した。「今からIHヒーターも半分落とす!」
彼は手早く各クラスの電力を調整していく。
青色LED:完全停止。
IHヒーター:3台中2台停止。
電気グリル:出力を50%に制限。
ホットプレート:4台中2台停止。
ベルトコンベア:速度を70%に低下。
数分後、東棟の電圧が定格の95%まで回復した。
リアクトルは額の汗を拭った。「ふう...これでなんとか持つ」
ソルダは床に座り込んでいた。「私の青色LED...」
「いい加減にしろ、親父」リアクトルは冷たく言った。「推し活はプライベートでやれ。学校に持ち込むな」
「しかし...」
「しかしもクソもねえ」リアクトルは工具箱を持ち上げた。「これから他の分電盤もチェックする。お前は教室に戻って、生徒たちにわたあめ作ってろ」
ソルダは立ち上がった。「リアクトル」
「何だよ」
「お前は...立派な技術者だ」ソルダは静かに言った。「私が、誇りに思う」
リアクトルは少し驚いた顔をした。
「...照れくせえこと言うな」彼は背を向けた。「とっとと行けよ」
ソルダは分電盤室を出た。
リアクトルは一人、分電盤を見つめた。
「親父のバカ」彼は小さく呟いた。「推し活もいいけど、もうちょっと周り見ろよ」
しかし、その口元は、少しだけ笑っていた。
