最適化令嬢
第51話
『最適化メイド喫茶の設計図』
学園祭前日、放課後の生徒会室。
トランスは机の上に広げられた書類を見て、深く息を吐いた。
「リミッタ」彼は胃を押さえた。「これ、本当にメイド喫茶の企画書?」
「ええ、完璧な計画ですわ」リミッタは自信満々に答えた。彼女の目の前には、A3サイズの設計図が広がっている。教室のレイアウト、客席の配置、動線の計算。すべてが寸分の狂いなく記されていた。
トランスは書類をめくった。「客席がベルトコンベア式って、どういうこと?」
「滞在時間を厳密に15分に制御するシステムですわ」リミッタはタブレットを操作して、3Dモデルを表示した。「客が座った瞬間からタイマーが作動し、15分経過すると自動的に出口へ排出されます」
「排出って」トランスは頭を抱えた。「客を荷物みたいに扱わないで」
「前年度の我がクラスのメイド喫茶は、平均滞在時間43分で回転率が極めて低かったのです」リミッタは資料を示した。「これを15分に短縮すれば、回転率340%増。売上は2.8倍になりますわ」
「でも、情緒って言葉を知ってる?」トランスは訴えた。「メイド喫茶って、ゆったりとした時間を楽しむ場所でしょ?ベルトコンベアで流されたら、工場のラインみたいじゃない」
「非効率な情緒など不要ですわ」リミッタは涼しい顔で答えた。「それに、メニューも最適化しました」
トランスは恐る恐る次のページをめくった。
『メニュー:カロリーメイト(チーズ味)とプロテイン(バニラ味)のセット。価格500ソルム』
「メニュー、これ一つだけ?」
「ええ。最も原価率が低く、栄養バランスが優れており、調理時間がゼロ。完璧ですわ」
「誰がメイド喫茶でカロリーメイト食べたいの!?」トランスは叫んだ。「せめてケーキとか、紅茶とか!」
「非効率ですわ。ケーキは調理時間がかかり、紅茶は提供に手間がかかります」リミッタは首を振った。「カロリーメイトなら包装を開けるだけ。プロテインは粉を水で溶くだけ。完璧に効率化されています」
トランスは次のページに目を通した。そこには『萌え萌えきゅんシステム』という項目があった。
「美味しくなるおまじないは...432Hzの合成音声スピーカーで自動再生?」
「ええ。人間の脳波が最もリラックスする周波数ですわ」リミッタは誇らしげに言った。「メイドが毎回『萌えええきゅん』と言うのは非効率ですもの。スピーカーから最適化された音声を流せば、人件費も削減できます」
トランスは机に突っ伏した。「これ、メイド喫茶じゃなくて、ディストピアの配給所だよ...」
「褒め言葉として受け取りますわ」
「褒めてない!」トランスは顔を上げた。「お願いだから、もう少し普通のメイド喫茶にして。このままじゃ、客が来ないよ」
「大丈夫ですわ」リミッタは微笑んだ。「価格競争力がありますもの。他のクラスは700ソルムから800ソルム。我がクラスは500ソルム。しかも回転率が高いので、待ち時間も短い。客は必ず来ます」
トランスは胃薬を取り出した。「僕の胃が、学園祭まで持つかな...」
学園祭当日、早朝。
リミッタは教室で、ベルトコンベアの設置を指揮していた。
「そこ、もう少し左に」彼女はクラスメイトに指示を出した。「傾斜角度は3度。これ以上だと客が滑り落ちますわ」
「リミッタ令嬢、これ本当に大丈夫なの?」クラスメイトの一人が不安そうに聞いた。
「完璧ですわ」リミッタは設計図を確認した。「計算は何度も検証済みです」
ベルトコンベアが教室の中央に設置された。入口から座席、そして出口へと続く一本のライン。まるで工場の組み立てラインのようだ。
リミッタはスピーカーを天井に取り付けた。「これで432Hzの音声が教室全体に均等に届きますわ」
「ねえ、リミッタ」別のクラスメイトが聞いた。「メニュー、本当にカロリーメイトとプロテインだけ?せめてクッキーとか追加しない?」
「不要ですわ」リミッタはきっぱりと答えた。「カロリーメイトで十分です」
教室の隅には、カロリーメイトの箱が山積みになっている。チーズ味、100箱。そして、プロテインの大袋が5袋。
「これで300人分ですわ」リミッタは満足そうに頷いた。
午前9時。開店準備完了。
リミッタはメイド服に着替えた。
黒と白のクラシックなデザイン。レースのエプロン、リボンのカチューシャ。完璧に整えられた栗色の髪。
しかし、その笑顔は。
「いらっしゃいませ、ご主人様」リミッタは鏡に向かって練習した。
その表情は、完璧に計算された微笑み。しかし、どこか機械的で、温かみがない。
クラスメイトの一人が小声で呟いた。「なんか、怖くない?」
「うん。完璧すぎて逆に怖い」
「あの笑顔、AIみたい」
リミッタは振り返った。「何か仰いましたか?」
「い、いえ!何も!」クラスメイトたちは慌てて首を振った。
リミッタは再び鏡を見た。自分の笑顔を確認する。
完璧だ。角度も、口角の上げ具合も、すべて計算通り。
しかし、なぜだろう。
この笑顔は、少し冷たい気がする。
「まあ、いいですわ」リミッタは呟いた。「効率が重要ですもの」
開店時刻、午前10時。
教室の扉が開かれた。
廊下には、すでに長い行列ができている。
「500ソルムって、安い!」
「しかも待ち時間が短いらしいぞ!」
客たちが次々と入ってくる。
リミッタは入口に立ち、完璧な笑顔で迎えた。
「いらっしゃいませ、ご主人様。本日は我がクラスのメイド喫茶へようこそ」
客たちはベルトコンベアの座席に案内された。
「えっ、これ、動くの?」
「ベルトコンベア...?」
客たちが戸惑っている間に、リミッタは淡々と説明した。
「滞在時間は15分です。時間になりましたら、自動的に出口へ移動いたします。メニューはカロリーメイトとプロテインのセットのみ。ご注文は自動で確定されておりますので、お待ちくださいませ」
「えっ、選べないの?」
「はい。最適化されたメニューですので」リミッタは微笑んだ。
天井のスピーカーから、合成音声が流れた。
『萌えええきゅん♪』
432Hzの最適化された周波数。しかし、どこか無機質な音声。
客たちは顔を見合わせた。
「これ、本当にメイド喫茶...?」
しかし、カロリーメイトとプロテインが提供されると、意外にも好評だった。
「あれ、普通に美味しい」
「栄養バランスいいし、腹持ちもいいな」
「しかも安いし、待ち時間ゼロだし、効率的だ」
リミッタは記録用タブレットに数字を入力した。
「開店10分で、客数23名。回転率、計算通りですわ」
彼女は満足げに微笑んだ。
しかし、その笑顔は、やはり少し冷たかった。
教室の外で、トランスが様子を見ていた。
「客は来てるけど...」彼は胃を押さえた。「これ、本当にメイド喫茶なのかな」
まるで、効率化された配給所。
しかし、確かに機能している。
リミッタの設計通りに。
トランスは小さく呟いた。
「彼女、本当にすごいけど...たまには、計算を忘れて楽しめばいいのに」
しかし、リミッタは淡々と業務を続けた。
客を迎え、カロリーメイトを配り、15分経過したら出口へ送る。
完璧に最適化されたメイド喫茶。
情緒はゼロだが、効率は最高。
それが、リミッタ・エラスタンス・ソレラントの、学園祭だった。
