最適化令嬢
第45話
『光は国境を越えて(裏面)』エピローグ
ソルフィア暦1285年10月19日、朝。イオン宮の執務室に、新聞が届いた。
ソルダ・サイリスタは、デスクの上に広げられた新聞を見つめていた。一面には大きな見出しが躍っている。
『ガッツの宰相、感動の演説』
『足を痛めても国のために立つ』
『支配から解放へ、磁場から光へ』
記事には、杖をつきながら答弁台に立つソルダの写真が掲載されていた。第3補助導線くん。息子が作ってくれた杖。それが今、「激務に耐える宰相の象徴」として新聞に載っている。
補佐官が報告書を持って入ってきた。「宰相閣下」彼は言った。「最新の支持率調査です」彼は書類をデスクに置いた。「前回比15ポイント上昇。過去最高を記録しました」
ソルダは書類を手に取った。数字が並んでいる。確かに、爆上がりだ。「足を痛めても職務を全うする姿勢」「国を憂う真摯な姿勢」「若き王を支える知恵」。称賛の言葉が並んでいる。
しかし真実は違う。推し活で自爆しただけだ。ソルダは苦笑した。「世論とは、不思議なものだな」彼は呟いた。
その時、端末に通知が入った。リアクトルからのメッセージだ。ソルダは画面を開いた。
『宰相。昨日のデータ解析が完了しました。反動アシスト機構の効果は想定以上です。このデータを基に、戦場用軽補助外骨格の設計を開始します。ご協力ありがとうございました。なお、本日午後の冷却セッションは17時を予定しています。遅刻しないでください。R.F.』
ソルダは画面を見つめた。息子は、父親の怪我を軍事技術の進歩に変えようとしている。淡々と、容赦なく、しかし確実に。「君らしいな」彼は呟いた。
執務室の窓から、王都コンダクタールの街並みが見える。送電線が走っている。電流は流れ続ける。19年間断絶していた回路が、今、少しずつ繋がり始めている。不器用に。時に痛みを伴いながら。それでも、確実に。
ソルダは右足を見た。サポーターで固定されている。痛みは和らいできた。リアクトルの診断によれば、あと10日で完治予定だという。「10日か」彼は呟いた。「それまでは、実験台か」
デスクの隅に、第3補助導線くんが立てかけてある。息子が作ってくれた杖。推し活の自爆から生まれた、父子の絆の象徴。ソルダはそれを見つめた。「この杖は」彼は呟いた。「いつか、イオン宮の宝物庫に保管されるだろうな」
補佐官が尋ねた。「宰相閣下?」
「いや」ソルダは首を振った。「何でもない」彼は立ち上がった。杖をつきながら。「この杖が、いつか『伝説の杖』として語り継がれる日が来るかもしれない、と思ってね」
補佐官は笑った。「足を痛めても国のために立った宰相の杖、ですか」
「まあ、そんなところだ」ソルダは答えた。本当は推し活で自爆した杖だが、それは言えない。
窓の外で、送電線が静かに音を立てている。電流は流れ続ける。父と子を結ぶ、新しい回路を通って。
ソルフィア暦1285年10月19日。カレントリア王国宰相ソルダ・サイリスタは、支持率爆上がりの新聞を横目に、息子からの冷却セッション予約通知を確認していた。推し活の自爆が、国家の支持と軍事技術の進歩と父子の絆を生み出した奇跡の一週間。
彼は第3補助導線くんを握りしめた。この杖と共に、彼はまだしばらく、息子の実験台として歩き続けるだろう。そしていつか、この杖は伝説となる。「推し活で自爆した宰相が、息子に作ってもらった杖」ではなく、「国のために尽くした宰相の象徴」として。
Let It Flow。流れるままに。
Let It Trip。躓くままに。
Let It Sit。座るままに。
すべての偶然が、必然に変わっていく。カレントリア王国の電流のように。止まることなく。
イオン宮の執務室で、ソルダは小さく笑った。そして、次の務めに向かうため、第3補助導線くんをつきながら立ち上がった。
父と子の回路は、今日も静かに電流を流し続けている。
