最適化令嬢
第42話
『光は国境を越えて(裏面)』第一部
ソルフィア暦1285年10月18日、午前9時47分。カレントリア王国国会議事堂の宰相控室に、秋の朝の光が差し込んでいた。
ソルダ・サイリスタは控室のソファに座り、右足を前に伸ばしていた。靭帯軽損傷。推し活で自爆してから10日が経過したが、まだ痛む。彼の前には、リアクトル・ファリテーナが膝をついてサポーターを調整していた。手元には小型の診断端末が握られている。
「宰相、この4日間の歩行データを解析しました」リアクトルは淡々と言った。診断端末の画面には、ソルダの歩容データがグラフで表示されている。彼はサポーターの締め付け圧を微調整した。「杖に頼りすぎると左膝に負荷が集中します。補正しておきました」
「ありがとう、リアクトル君」ソルダは答えた。「助かる」息子は優しい。そう思っていたが、この淡々とした口調には何か別の意図がある気がする。私を実験台にしているのか?ソルダは内心で呟いた。しかし、悪い気はしなかった。息子が自分の怪我を真剣に分析してくれている。それだけで、十分だった。
リアクトルはサポーターの固定具を締め直した。「サポーターに微弱な反動アシスト機構を組み込みました」彼は真顔で説明した。「足首の動きを検知して、ごく僅かに姿勢を補正します」診断端末を確認しながら、彼は続けた。「歩容データ、非常に参考になります」
「それは、つまり?」ソルダは尋ねた。息子の表情には、わずかな満足感が浮かんでいる。
「将来的には戦場用の軽補助外骨格に応用できるかもしれません」リアクトルは答えた。無表情だが、声には少し楽しそうな響きがある。「宰相の捻挫が、軍事技術の進歩に貢献しているわけです」
ソルダは絶句した。「君は」彼は呟いた。「父親の怪我をちゃっかり研究に」しかし、それが息子らしいと感じて、苦笑してしまった。技術者の血は争えない。自分も同じことをしただろう。
リアクトルは立ち上がり、控室の隅に立てかけてあった杖を手に取った。「はい、第3補助導線くん」彼はソルダに差し出した。「グリップ部分、少し太くしました。長時間握っても疲れません」彼の目がソルダを見つめる。「絶対に手放さないでください」
ソルダは杖を受け取った。グリップ部分が確かに太くなっている。握りやすい。「この杖で、国会に立つのか」彼は呟いた。感慨深い。19年間知らなかった息子が作ってくれた杖で、国家の命運を左右する演説をする。
「大丈夫です」リアクトルは診断端末を確認しながら言った。「データ的には、あと2週間は必要ですが」彼は冷静に診断した。「1時間程度の演説なら、問題なく立っていられます」
その時、扉がノックされた。「宰相閣下、時間です」補佐官の声が聞こえる。
ソルダは第3補助導線くんを握りしめて立ち上がった。右足に体重をかける。痛みはあるが、耐えられる。リアクトルの調整のおかげだ。「行くか」彼は呟いた。
「頑張ってください」リアクトルは淡々と言った。そして小さく付け加えた。「データ、楽しみにしています」
ソルダは笑った。「私の演説が、君の研究材料か」彼は息子の肩を軽く叩いた。「それもいい」
控室の扉が開く。廊下の向こうに、国会議場への入口が見える。ソルダは第3補助導線くんをつきながら、一歩踏み出した。右足に痛みが走る。しかしサポーターが姿勢を補正してくれる。歩ける。
リアクトルは控室の窓から、父の背中を見送った。第3補助導線くんをついて歩く姿。診断端末の画面には、リアルタイムで歩容データが表示されている。「完璧だ」彼は呟いた。「このデータがあれば、軽補助外骨格の設計が大きく進む」
窓の外で、王都コンダクタールの送電線が静かに音を立てている。電流は流れ続ける。父と子を結ぶ、新しい回路を通って。止まることなく。
