最適化令嬢
第40話
『接触不良の父子』
ソルフィア暦1285年10月21日、午前10時12分。イオン宮、宰相府執務室。
ヴォルティス・エレクトラム・カレントリア三世が、ソルダの執務室を訪れた。ノックもせず、扉を開けて入ってくる。「ソルダ、調子どう?」
ソルダは椅子に座ったまま頭を下げた。右足はクッションの上に乗せられている。第3補助導線くんが、机の横に立てかけられていた。「陛下、お忙しい中ありがとうございます」彼は答えた。「足の方は、順調に回復しております」
ヴォルティスはソルダの椅子を見た。背もたれに貼られた『Let It Sit』のステッカー。
「ああ、あのステッカー、まだ貼ってあるんだ」彼は笑った。「気に入ってくれた?」
「はい」ソルダは真顔で答えた。「S.I.T.の精神、日々胸に刻んでおります」
ヴォルティスは首をかしげた。「えっと、それ、ただ座ってろって意味なんだけど」彼は苦笑した。「まあいいか。ところでさ、リアクトル君のこと」
ソルダの表情が固くなった。「はい」
ヴォルティスはソファに座った。「あの子、すごいよね。サンダーランスの暴走を止めて、みんなの命を救ったんだよね」彼は言った。「で、DNA検査で親子って判明して」
「はい」ソルダは繰り返した。声が小さい。
ヴォルティスは笑った。「でもさ、面白いよね」彼は足を組んだ。「19年間、お互い知らなかったんでしょ?」
ソルダは黙って頷いた。ヴォルティスは続けた。「リアクトル君は配線いじって、わざと停電起こして、ソルダに会おうとしたんだよね〜」彼はクスクス笑った。「で、ソルダは噂が立っても『いませんよ』って否定してたんだよね」
「はい」ソルダは顔を伏せた。「恥ずかしい限りです」
ヴォルティスは手を叩いた。「接触不良の父子だね」彼は笑った。「回路が繋がりかけてたのに、お互い一歩踏み出せなくて、ずっとスパークしてたんだ」
ソルダは目を瞬かせた。「接触不良?」
「うん」ヴォルティスは頷いた。「だって、リアクトル君は1283年から軍にいたんでしょ?でもソルダは名簿見てなかった。1284年にトニトルスの称号もらって有名になっても、ソルダは深く調べなかった」彼は指を折った。「噂が立っても否定。春に廊下で会っても、姓を聞かなかった。で、結局、サンダーランスの事故で強制的にバレた」
ソルダは黙って聞いていた。ヴォルティスは笑顔で続けた。「それってさ、電流が流れそうで流れない、接触不良の回路じゃん」彼は手を広げた。「で、事故っていう過負荷で、やっと通電したんだよね」
ソルダは深く息をついた。「陛下の仰る通りです」彼は認めた。「私は、見ようとしませんでした。息子がすぐそこにいたのに」
ヴォルティスは首を振った。「でもさ、今は繋がったんだから、いいんじゃない?」彼は言った。「接触不良でも、一度通電したら、もう大丈夫でしょ」
ソルダは顔を上げた。「しかし、私は」彼は言いかけた。
「Let It Flow」ヴォルティスは遮った。「過去のことは流そうよ。大事なのは、今、回路が繋がってることでしょ」彼は立ち上がった。「それに、リアクトル君、ソルダのこと許してくれてるみたいだし〜」
ソルダは第3補助導線くんを見た。「ええ」彼は小さく笑った。「息子は、優しいです」
ヴォルティスは扉に向かった。「じゃ、頑張ってね。接触不良だった父子が、ちゃんと通電するまで」彼は振り返った。「あ、でも推し活はほどほどにね。また自爆したら、今度はリアクトル君に怒られるよ〜」
ソルダは苦笑した。「肝に銘じます」
ヴォルティスは手を振って、執務室を出て行った。扉が閉まる。ソルダは一人、椅子に残された。
「接触不良の父子」彼は呟いた。その言葉を繰り返す。「確かに、その通りだ」
彼は窓の外を見た。王都コンダクタールの街並み。送電線が走っている。電流は流れ続ける。時に接触不良で止まることもある。しかし、一度繋がれば、また流れ始める。
ソルダは第3補助導線くんを手に取った。息子が作ってくれた杖。「ありがとう、リアクトル」彼は呟いた。「君がいなければ、私はずっと、接触不良のままだった」
執務室の窓から、秋の陽光が差し込んでいた。19年間の接触不良を経て、ようやく繋がった父と子の回路。これから先、電流は流れ続けるだろう。止まることなく。
ソルダは椅子に深く座り直した。『Let It Sit』のステッカーが、背もたれで静かに光っている。接触不良の父子は、ようやく、通電を始めたのだった。
