最適化令嬢
第34話
『知られざる回路の帰還』シーン0-5
-雷鳴の代償-
ソルフィア暦1285年9月22日、午後2時38分。カレントリア王国雷撃連隊整備ドームに、金属音が響いていた。
リアクトル・ファリテーナは、サンダーランスの雷撃コイルの前に膝をついていた。巨大な兵器。カレントリアが誇る電磁兵器システム。その心臓部である放電制御装置を、彼は慎重に調整していた。
「雷撃コイル第3系統、出力安定。放電レート、正常範囲内」彼は計器を確認しながら呟いた。
整備班の仲間たちが、周囲で作業を続けている。10名ほどの技術兵。皆、それぞれの持ち場でサンダーランスの整備に当たっていた。
「トニトルス中尉、第5系統も頼む」班長の声が聞こえる。
リアクトルは頷いた。「了解」
彼は工具箱から診断装置を取り出した。雷撃コイルの内部回路に接続する。数値が画面に表示される。電圧、電流、抵抗値。すべて正常だ。
「問題なし。次の系統に移ります」
その時だった。
ビリッ、という音。次の瞬間、雷撃コイルから火花が散った。
「何だ?」リアクトルは反射的に後ろに下がった。
しかし遅かった。コイルが激しく振動し始める。計器の数値が暴走する。電圧が急上昇。放電制御が効かない。
「まずい!」リアクトルは叫んだ。「雷撃コイル暴走!全員退避!」
整備班の技術兵たちが一斉に動いた。しかし、暴走は止まらない。火花が周囲の装置に飛び散る。電磁過負荷が連鎖し始めた。第3系統から第5系統へ。さらに第7系統へ。ドーム全体に警報が鳴り響く。
「くそっ、手動遮断が効かない!」班長が制御盤を叩いた。「システムダウンだ!」
リアクトルは周囲を見回した。整備班の仲間たち。若い兵士たち。このままでは全員が感電死する。電磁過負荷は既に臨界に達しようとしている。あと数秒で、ドーム全体が巨大な放電装置と化す。
彼の頭に、母の声が響いた。
「リアクトル、技術者の仕事はね、人の命を守ることなのよ」エミッタの言葉。
幼い頃、配線を教えてくれた時の言葉。
「電流は便利だけど、危険でもある。だから、私たちが制御するの」
リアクトルは決断した。「くっ、手動で遮断するしかない」
彼は工具箱から自作の装置を取り出した。放電鎮静ブリッジ。トニトルスの称号を得るきっかけとなった、彼の発明品。電磁過負荷を強制的に安全停止させる装置だ。
「トニトルス中尉、何をする気だ!」班長が叫んだ。「そんな距離から接続したら、お前が感電するぞ!」
「知ってます」リアクトルは答えた。「でも、他に方法がない」
彼は放電鎮静ブリッジを握りしめた。装置の端子を、暴走している雷撃コイルに向ける。しかし距離が足りない。直接接触しなければ、回路が完成しない。
リアクトルは深呼吸した。そして、暴走している雷撃コイルに手を伸ばした。素手で。火花が散る中、彼は端子を掴んだ。
瞬間、電流が彼の体を貫いた。
全身に激痛が走る。筋肉が痙攣する。視界が白く染まる。しかし、彼は手を離さなかった。もう片方の手で、放電鎮静ブリッジを雷撃コイルに押し付ける。装置が起動する。高周波のノイズが響く。電磁過負荷を吸収し、分散し、安全に放出する。
「止まれ、止まれ、止まれ」リアクトルは歯を食いしばった。
体が焼けるように熱い。電気信号が体内を乱れ飛んでいる。心臓が不規則に打つ。呼吸が苦しい。でも、止まれ。頼む、止まってくれ。
雷撃コイルの振動が弱まった。火花が小さくなる。計器の数値が下がり始める。放電鎮静ブリッジが、電磁過負荷を制御している。あと少し。あと少しで。
そして、静寂。
雷撃コイルが停止した。警報が止まる。ドーム内に、重い沈黙が降りた。
リアクトルは雷撃コイルから手を離した。放電鎮静ブリッジが床に落ちる。彼の体がふらついた。膝が崩れる。
「トニトルス中尉!」班長が駆け寄った。
仲間たちが彼を支える。
「みんな、無事か?」リアクトルは尋ねた。
声がかすれている。視界がぼやけている。
「ああ、全員無事だ」班長が答えた。「お前のおかげだ」
彼の声が震えている。「だが、お前が」
リアクトルは自分の手を見た。外傷はない。しかし、体の中が変だ。電気信号が乱れている。心臓の鼓動が不規則だ。呼吸が浅い。
「平気だ」彼は言った。「外傷はない。意識もある」
しかし、次の瞬間、彼の体が崩れ落ちた。床に倒れ込む。
「トニトルス中尉!」仲間たちの声が遠くなる。
視界が暗くなる。でも、意識はある。まだ、大丈夫だ。
「救急班!急げ!」班長の叫び声。
足音。ストレッチャーが運ばれてくる。リアクトルの体が持ち上げられる。天井が見える。ドームの高い天井。そこに、送電線が走っている。電流が流れている。止まることなく。
「母さん」リアクトルは呟いた。「守れたよ。みんなを」
目が閉じそうになる。意識が遠のく。でも、心の中で笑っていた。技術者として、正しいことをした。父も、きっとそうしただろう。
ソルフィア暦1285年9月22日、午後2時55分。リアクトルは軍病院に緊急搬送された。
「生体ID登録開始」医療班のオペレーターが端末に向かった。「患者情報を入力。R.ファリテーナ、所属SRM-5-B、雷撃第5分隊技術補佐官」
彼女は血液サンプルを採取した。システムに接続する。
カレントリア王国軍は、全兵士の生体情報をデータベースで管理している。DNA、血液型、既往症。緊急時に迅速な治療を行うためのシステムだ。そして、このシステムには副次的な機能がある。親族照合機能。戦場で身元不明の遺体が見つかった時、家族を探すための機能。
端末の画面に、メッセージが表示された。
【DNA照合中】
【親族データベース検索中】
【一致検出】
オペレーターの目が見開かれた。
「これは」彼女は画面を凝視した。
親族一致99.99%。該当者の名前が表示されている。S.サイリスタ。カレントリア王国宰相。
「すぐに上に報告を」オペレーターは上官に告げた。「患者R.ファリテーナに、親族一致が検出されました。相手は、ソルダ・サイリスタ宰相です」
報告は、軍医療管理局から王宮内政局へと送られた。そして、ヴォルティス・エレクトラム・カレントリア三世の元に届いた。
「ふーん」ヴォルティス王は報告書を眺めた。「ソルダに息子がいたんだ。しかも雷撃第5分隊のトニトルス。へえ、面白いね」
彼は笑った。「これ、ソルダ知ってるのかな?知らないよね、絶対」
王は端末を操作した。「ソルダに連絡。明日、ちょっと話があるって伝えて。あ、内容は言わなくていいよ。サプライズだから」
整備ドームで、リアクトルは整備班全員の命を救った。しかし、その代償として、彼は19年間秘められてきた回路を、意図せず明るみに出してしまった。DNAという、否定できない証拠によって。
運命の歯車が、静かに回り始めた。父と子を結ぶ、知られざる回路が、ついに発覚しようとしていた。
